「あら、おはよう。お久しぶりね、野場さん」
「ん? ……おお、遠坂か。ロンドンに行ってるって聞いてたけど?」
「先日帰国したの。ロンドンも良い所だったけれど、やっぱり日本も良い所ね」
「ほーん。じゃあ一応『おかえり』って言ってやろうか? あぁ、すまん。最初に言ってもらいたいのは衛宮だよな。旦那の特権を奪う所だったぜ」
「……人が折角猫を被って普通に相手してあげてるのに、なんでわざわざ怒らせようとするのかしらね、この取引先」
「そりゃあ遠坂、簡単な話だ。言峰さんがいなくなっちまったから、オレがその分遠坂をからかってやんないとバランスとれないだろ?」
「そんなバランス元から無いのだけど?」
「あーっと悪かった悪かった。だから睨むなよ。ってか、いいのか? てっきり学園ではオレに関わらないようにしてたモンだとばかり思っちゃいたが」
「
「ん、あいよ。遠坂の家が卸してくれるアンティークはしっかりした物が多いからな、ウチとしても大歓迎だ」
「まぁ、ウチの家計がキツい時期に、私みたいな一学生からアンティークをごっそり買ってくれたのは……ホント、感謝してるわ」
「こっちも商売で、遠坂は売るもん売ってオレは払うもん払った。これ以上感謝を貰ったら貰い過ぎになっちまうよ」
「……そうね。じゃ、これからも対等な関係で、ヨロシクね?」
「あいよー」
「さて、野場氏。尋問のお時間と行こうではないか」
「待て待て、今日は何に影響されてきてんだ後藤君」
HR前。
何やら物騒な単語と共に話しかけてきたのは、同じクラスの後藤
彼は神妙な顔で顎に手を当て、目を細くしながら無い髭を触る。
「惚けるでない! 拙僧は今朝、目撃したのだ……野場氏! 貴様が魔女と楽しそうに談笑していた所を! 魔女とは仲良くない――この言葉は嘘だったのか!!」
「ち、違う!! オ、オレは何もしてない! そもそも遠坂が嫌いだなんて、い、言ってないんだァ!」
「……残念だが、野場氏。貴様が1年2年の時、魔女とすれ違うたびに視線を逸らしたり、進行ルートをわざと変更していた事はリサーチ済みよぉ! 観念したまえ!」
「信じてくれ……信じてくれよ後藤くん! 間桐
「うすら寒い茶番の中の寒いギャグに僕を巻き込むなよ!」
カカン!
「ええい、問答無用! 拙僧は信じていたのだ! 貴様は確かに運動が出来て、勉学も優秀で、コミュニケーション能力に長け、仕事まで持つ老後生活安泰女だが――拙僧と同じ、ノリに生きる人間だと! 信じていたのだ!」
「そ、そうだぞ! オレはノリに生きる人間だ! 基本的にノリと勢いで生きる人間だ! 人間なんだよッ!」
「ええい黙れェ! 拙僧は聞いた……野場氏、貴様と魔女の……『取引』という、怪しい言葉を! 貴様は日向を歩く者ではなく、日陰を歩く者だったという証拠を!!」
「あ、それは骨董品の話だよ。遠坂の家から何点かアンティークを買い取ったって話」
「なーるほど。怪しい粉の取引というわけではなかったのだな」
「うん。流石にオレも遠坂もそんなヤツには手を出したりしないって」
立ち上がり、相手の襟元を掴み上げるにまで至っていた口論は、2人が席に着く事で収束を見せた。
まるで燃え盛る炎にハロゲン化物消火剤でも吹きかけたかのような急速の鎮圧に、先程巻き込まれたマトゥー・スィンズィからツッコミが入る。
「人を巻きこんどいて意味の解らないオチで納得するのやめてくれないかな!?」
「はーい、HR始めるわよー。ほら、間桐くん。席についてー」
「ぐっ……す、すみません」
オレと後藤君は互いに横目アイコンタクトをして、ニヤりと笑う。
――……計画通りッッ!
「あれ、野場と……遠坂? なに? やけに珍しい組み合わせじゃないか」
「よっす美綴。コレ食べる?」
「裂けチー……いや貰うけど」
穂群原学園、屋上。
昼休みなのだが後藤くんが新都へ荒行に行ったため、1人でコンビニ弁当を食べに屋上に出てきた所、先客――遠坂がいた。
遠坂は屋上の手すりに肘をつき、冬木市の街並みを憂うような表情で眺めていたものだから、肩トントンほっぺに人差し指ぐにゅ、の裂けチーVer.を敢行したところ、見事に口の中にイン。なんと今まで一度も食べた事の無かったらしい遠坂は、ロンドンの食事に慣れた舌が心より美味しがっているとオレに裂けチーを催促。
どうせだから一緒に弁当食おうぜ、という所に美綴登場という流れである。
さらにそこへ、
「姉さ――遠坂先輩、お待たせしましたか?」
「いえ、全然? それより、ちゃんと衛宮くんを捕まえて来たのね」
ブロッサムさんと衛宮某が来たではないか。
何この大所帯。というか衛宮ハーレム。
待て待て、オレは衛宮ハーレムじゃないぞ!
「桜の弁当を断れるか。おまけに、昼飯は持ち合せが無かったんだし。というかなんだよ、その大所帯は。美綴はともかく、野場と遠坂がそんなに仲良いとは聞いてなかったぞ」
「そんなに」とは、オレが遠坂の口へ向かって裂けチーを「あーん」している光景の事だろうか。遠坂さんちの凛ちゃんが、手を洗っていない・手を拭くものを持っていないというからオレが突っ込んでやってるだけなのに。
「う、うるさいわね。存外美味しかったのよ!」
「裂けチーが?」
「そう、裂けチーが」
衛宮ってこういうモノ買うんだろうか。
……流石にチーズは買うか。作りようがないし。
牛乳から作れない事も無い……けど?
「見た目的にブロッサムさんは自分と衛宮と遠坂の分を作ってきたってことか。良妻だねぇ。なぁ、美綴」
「ああ、間桐は良いお嫁さんになるよ」
「それには同意。俺もそう思う」
オレの言葉に美綴と衛宮が同意する。が、衛宮の同意には(オレも含めて)白い目が向けられた。
いやいやお前、どう考えても……なぁ?
「……えっと、何故に俺は睨まれてるんデスカ?」
「いや?」
「別に?」
「なんでもないですけど?」
「衛宮くんは変わらないわねぇ」
上から、オレ、美綴、ブロッサムさん、遠坂の順だ。
衛宮は全く納得いっていない様子だったが、いつもの事だと呑み込んだらしい。
ブロッサムさんの持ってきた重箱に目を向けた。
「確かに3人分ですけど、野場先輩と美綴先輩もどうぞ。結構、多目に作りましたから」
「え、マジで? んー、けどオレあげられるモンが裂けチーくらいしかないんだけど……」
「私もー。特に目立ったモノは持ってないよ。ってか野場、アンタどんだけ裂けチー持ってんのよ」
「え? 業務用だから……2本入り96個だな。ほれ」
オレのバッグから、機関銃のバレットベルトが如く出てくる裂けチー。オレの身長では精一杯伸ばしても全部は出てこない。
さらに各種味を取り揃えております!
「……やっぱコイツ馬鹿だわ」
「え、えっと……じゃ、じゃあ1本貰ってもいいですか?」
「あいあい。じゃあオレも、ブロッサムさんのお弁当ちょっともらいますわー。この際だ、美綴分としてガーリック味もあげよう」
「あはは……じゃあ美綴先輩も食べて良いですよ」
「ん、悪いね野場」
バレットベルトな裂けチーをピリ、ピリと切り取って渡す。
いやー、最近なんか結構な頻度でブロッサムさんの手作り料理を食べている気がするけれど、衛宮用に作られたお弁当は初めてだ。
どれ一口。
「……うま」
「おー、やっぱり間桐の弁当は美味いなぁ」
「ありがとうございます」
いやぁ……美味いな。
衛宮の飯はどちらかというと基礎の延長線上で、元が盤石だからこその安定性。
ブロッサムさんのは試行錯誤の末のバランスで、綿密に計算された上の安定性。
どちらも美味い。店に出せるよコレ。
「そういえば野場先輩もお料理できるんでしたよね?」
「あぁ、なんだっけ。BARで働いてたんだっけ?」
「……バー? バーってあのバーか、衛宮」
「へぇ。ロンドンにもBARはあったけれど、野場さんにそんな経験があったなんて」
……オレ、オフレコで頼むって言ったよなぁ。
案の定美綴が変な目で見てきてるじゃないか……。
「……じゃあ、次は野場の弁当を食べてみたいね。今度は私も弁当持ってくるからさ」
「え」
「あぁ、確かに。野場さんってお料理するイメージ無かったけど……お店で働けるくらいの腕前があるなら、ぜひ食べてみたいわね」
「え」
「俺も、興味あるな。同い年の奴が店に料理だせるほどの腕前って聞いたら……食べてもみたくなる」
「衛宮には絶対敵わないと思うんだが」
「……私も、その……レパートリーを広める為にも、食べてみたい……です」
「ブロッサムさんにもかなう気がしないんだけど!?」
あっ!
だ、だが……ブロッサムさんには盛大な借りがあるんだった!
他の奴らはともかく、ブロッサムさんに言われたら断れない!
「あー……あんま期待するなよ? あと、5人分はわりとキツいんだが」
「出来るだけ多目に作ってくれればいいさ。野場の弁当、楽しみにしてるよ」
「あ、野場さん。アイツを真似して激辛にしたら流石に怒るから」
「おっと衛宮の料理にだけ仕込もうとしていたネタが使えなくなってしまった」
「なんでさ……」
クソ、泰山に香辛料貰うつもりだったのに!!
「あ、あの、野場先輩。無理しなくていいですから……」
「いや、いや! これで借りが返せるなんて思わないけど、ブロッサムさんの願いとあらば聞き届けねばならぬゥですよ。じゃあ連休明けに、持って来るわ!」
よいだろう。
そこまで言うのなら、大学時代に培った料理を見せてェやりましょう!
ただし。
「不味くても文句言うなよ!! 特にそこの舌が肥えてる3人!」
「言わないわよ、そんなこと」
「言うワケないだろ? 人の作ってくれた弁当に不味いなんて」
「言いませんから、大丈夫です」
「私は不味かったらちゃんと不味いって言ってやるよ、野場」
「お前が一番自重しろ美綴ィ!」
いつか。
いつか、氷室が抱いていた疑問。
――いつのまに、オレはこいつらと、こんなに仲良くなったんだろう。
それは蓄積されていく年月の――。
「おや。初めまして――傷だらけの雨傘さん」
「――……逃げていいかな」
「どうぞ。私にあなたは見えませんので」
「じゃ、そう言う事で」
全力で、全速力で逃げ帰る。
出会ってはいけない。出会うべきじゃあない。
アレの周りにいる者を見る事無く。アレの周りにいる物を聞く事無く。
アレをアレだと認知する事無く。
「潜り込ませた情報――だというのに、あなたは私が”いない事”を知っている」
「おっと幻聴か。ハッハー、遠坂の呪いかなぁ?」
嘯く。オレは一般人なの!
アレみたいな危険の塊には近づきたくないの!
そもそもなんでいるんだよ! また合宿のフラグは立ってないだろ!?
「忠告です。あなたが無意味にかき回す事で、”彼女”のタイムリミットまでに”彼”が辿り着けなくなる――私にも限界がありますから」
「だーからヒント渡しただろ! 傘! アンタが答え教えてやりゃいいだろ!」
「”彼”はまだ私に辿り着いていませんので。私と”彼”以外に自由に動き回る事ができるあなたが助言をする必要があります」
「…………やだやだやだやだやだ。あんなのと行動を共にしたら絶対トラブルしかおきねぇもん。トラブルメイカーだもん。オレは骨董達と一緒に居られりゃそれでいいの!」
耳を塞いでも聞こえてくる幻聴。
ハッハー、やだもー。
「”彼”が私に辿り着くまで――それまでだけで十分です」
「――~~~ッ、わかった。わかったから早く帰ってくれ履いてないさん! こんな夜更けにアンタの近くにいたくない!」
「……これはファッションです。――所であなた、聖骸布に反応しないんですね。意外でした」
「オレは女の子だからな! はいお話終了閉店ガラガラ!」
へぇ、マグラダの聖骸布オレに反応しないんだ――なんて感心はあとでいい。
お願いだから出て行ってくれ。でないと安心して眠れない。
誰でも良いから助けてくれ。誰かコイツを追い払ってくれ。
「あ――」
眼を瞑る。
英語で羊を数えていく。
ついでにサクリファイスでお願いします。
静かな夜。
そう、静かな夜。
幻聴は何も聞こえない。幻覚も見えない。幻臭も幻味も幻触も無い!
「あぁ――真経津鏡外に向けてないからか」
急いで向けて、ベッドに入った。
もうなにも、聞こえなかった。