【完結】ふぇいとほろーあたらくしあてきな?   作:劇鼠らてこ

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10月11日 (5)

 連休最終日である所の月曜日朝。

 常連たるおばさま方おじ様方が来るわけでもなく、一見さんな学生やらが来るわけでもない。店は開いているモノの商店街自体に人が少ないこの時間帯は、途方もなく暇だ。

 10月のこの時期は朝っぱらから土器やら木製の物やらを整備してしまうと、最悪罅が入ることも危惧されるので現在は乾燥中だし、鉄製や銅製、銀製の品々も気温の低いうちに取り扱う物じゃあない。

 

 だから、こういう寒い朝はそういう骨董品たちを除いた、布や織物と言った動物性のものを扱うのが基本だ。

 基本、なのだが。

 

「……うーむ」

 

 オレの目の前のブルーシートいっぱいに広げられている、大きな大きな皮。

 川でもない、革でもない、ふさふさというよりかはゴワゴワという毛を纏った、いわゆる毛皮である。

 防腐処理などはしっかりなされているし、獣の臭いだってしない。

 先日……というと語弊があるかもしれないが、10月の頭に仕入れた巨猪(きょちょ)の毛皮。単なる高級品ではなく、しっかりとした来歴ある骨董品である。

 これを手入れするとなると、ブラッシングした後に干して毛と毛の間に新鮮な空気を通してやることくらいで、洗うのはそんな高頻度でなくても良い。

 

 で、オレが何を云々うなっているのか、という話。

 

「……まさか全滅とは」

 

 これほどの巨猪ともなれば、普通のムートンに使うようなブラシでは歯が立たない。それなりに余っている予算を活用して購入した、動物園などで使用されているブラシならばどうだと試すも、これもダメ。文字通り歯が立たなかった。ブラシも、オレの筋力も。

 これほど硬い毛並は初めてだ。どうやって狩ったんだろうと思わざるを得ないのだが、肩に当たる部分に小さな傷、右耳の後ろに矢傷、左目の部分は大きく穴が開いていて、脇腹にも浅くない傷がある。

 傷から想像できる、沢山の狩人たちが文字通り死力を尽くして狩ったのだろう。

 当時の人間というのは凄いなぁとしみじみ思う。

 

「いや、感心している場合じゃなくてだな」

 

 どうやったらこれをブラッシングできようか、という話だった。

 一応案はある。

 1つ目、ライダーさんを頼る。

 英霊って存在だ、オレなんかとは比べ物にならない筋力の持ち主であることはわかっているし、スキル:怪力Bなんて物が付いているくらいなので、毛皮のブラッシングぐらいは余裕だろう。

 問題はなんでオレがそんなこと知ってんだって話と、ブラシの方がボキィと行く可能性が大きすぎると言う点。

 

 2つ目の案はランサーさんに頼る。

 英霊・筋力という点は上記同文、さらには恐らく折れる事の無いであろう超硬金属で出来た尖った物(アタランス)の持ち主。

 オレの知識の出自さえ目を瞑れば、ブラシの問題は解決する。

 ……ブラッシングにアタランスを使ってくれるかどうかは別問題とする。

 

 3つ目は、昼に来るっていう衛宮に頼む方法だ。

 正直、これが一番楽ではある。

 中身が”ああ”であるとはいえ、殻に関しちゃお人好しの衛宮だ。オレであっても困っていると知れば、オレに隠れて投影を使うなりして硬い金属&一応英霊の筋力でやってくれるだろう。

 事情を語らず……女のオレじゃ無理だった、ってな感じで説明すれば、なんの不自然も無くアイツは受け入れるだろうし。

 この場合のデメリットは、恐ろしい事に「無」。

 何故ならアイツは代価を要求しないから。オレも一応商人の端くれ、それが恐ろしいのはよくわかる。タダより高い物は無いとはよく言うが、タダより恐ろしい物も無いのだ。

 

「……けど現実的なのは、3だよなぁ」

 

 

 

「何がですか?」

 

「うわっほい!?」

 

 ぬぅっと、悩むオレの肩口から出てきたうつくすぃー女性。

 ライダーさんだ。

 時計を見れば確かにライダーさんが出勤してくる時間であり、とりあえずオレは悩むのを中断した。

 

「……これは、猪の毛皮……ですか」

 

「ん。こないだ仕入れた奴でね、西ギリシア……エトリア=アカルナニアのあたりで仕留められた巨猪の毛皮。鑑定結果は紀元前8世紀中頃のモンだってさ」

 

「紀元前8世紀……ギリシア、ですか」

 

「ああ……って、わぁ。すんごい渋い顔。ライダーさん蜜柑食べた後に牛乳でも飲んだ?」

 

「……いえ、少し思う所があっただけです」

 

 ギリシア神話に良い思い出が無いんですねわかります。

 あとボケがスルーされるのはいつもの事だからきにしてないもん。

 

「で、何を悩んでたのかってーと、コレ」

 

 コレ、といいながら見せるのは、まるでプラスチックのようにぐにゃりと曲がった金属のブラシの毛先。一応オレなりに工夫して力を込めたんだが、ダメだった。てこの原理って便利。でも限界があるわね!!

 

「……なるほど、それは……そうでしょうね」

 

 何か得心が言ったとばかりに頷くライダーさん。

 眼鏡の奥で光る理知的なその瞳は何を映しているのだろう。

 

「……その、アスカ。一応バイトという身ですし……私がやりましょうか?」

 

「へ? いやまぁ、ライダーさんのが長身だからオレより力強いのはわかるけど……すっさまじく硬いし重いぜ? オレとしては、今日の昼ごろに来る衛宮にやってもらおうかと画策してたんだけど」

 

「あぁ……その、私は……こう見えても、それなりに力がありますので」

 

 言い辛そうというか、言いたく無さそうなライダーさん。

 怪力の怪は怪物の怪だもんね、言いたくないよね、自分じゃあ。

 

「あとブラシがないんだわさ。これ動物園用のブラシなんだけど、こんなにぐんにゃりしちまってて」

 

「……細心の注意を払えば……ハルパーで……」

 

 ボソッというつぶやきに、物騒なワードが聞こえた。

 それアレですよね、あなたの死因ですよね。

 

「おはよーございまーす」

 

「あ、お客さんだ。ほれライダーさん、店番よろりんご」

 

「あ……では」

 

 毛皮の件は一旦保留にして、今日1人目のお客様の対応をライダーさんに任せる。

 声色からして常連の人だし、オレがいくこともないだろう。

 気温も暖かくなり始めているので、毛皮には少しだけ待ってもらって他の骨董品()達の相手をさせてもらおう。

 

 ごめんな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ポッポー、ポッポーという、人によっては古めかしいとさえ表現するだろうウチの時計が10時を告げる。12時にも鳴るが、10時と16時にもなるように設定してあるのだ。設定したのは母さんだが。

 母さんが普通7時に起きるべき所を、寝坊したとしても最悪この時間にさえ起きていられればいい、として設定した時間が10時。悲観的なあの人らしいといえばらしいのだが、3時間も二度寝する気だったんだなぁと考えると悲観的なのかどうか怪しい所だったりもする。

 ただまぁ、形見というか思い出というか、オレには必要のない設定とはいえ残しておきたいのだ。

 

「おーい、来たぞー。野場ー?」

 

 そんな思い出の10時きっかりに、そいつは現れた。

 まぁ衛宮なんだが。

 両手にパンパンのエコバッグをぶら下げ、更には後ろの人にも何かを持たせ――って、後ろの人?

 

「ありゃ、セイバーさんじゃないか。ナズェココニルンディス?」

 

「あー、理由は察してくれると助かったんだが……まぁ4人分買って来たから、安心してくれ」

 

「よろしくお願いします、アスカ」

 

「お、おう?」

 

 何かをよろしくされたでござる。

 まぁ、大方オレの家で昼食会もどきをするって聞いたセイバーさんが付いていきたいとでも言ったのだろうけど……。

 ちなみにセイバーさんの持っていた袋はほかほかの肉まんが入っていた。

 

 流石に店の中での飲食はNGなので、土間に通した次第である。

 

 

 

 

 

「……えっと」

 

「いえ、お構いなく。どうぞ続けてください」

 

 衛宮が調理を開始した台所は一種聖域のような雰囲気(聖域をオレは知らないが)を醸し出しており、セイバーさんとオレは追い出されてしまった。逆にライダーさんは調理こそ手伝わないものの、皿洗いや配膳、その他下拵え辺りは任されている。なんだろう、これが女子力? まぁ長年(半年)一緒に居た結果なのだろうけれど。

 

「……」

 

「……」

 

 一方の追い出された組であるオレ達はというと、一昨日のリーゼリットよろしく見学者(セイバーさん)の居る状態での骨董品たちの整備作業に移っている。

 巨猪の毛皮に関しては食後に衛宮に相談するとして、そう言った助けの要らない子達を拭いたり磨いたり修繕したりする作業だ。

 現在やっている作業は古書の手入れ。

 1頁1頁を丁寧に開いて埃やら毛やらを取り除き、外気に触れさせて行く地味な作業。

 その様子をじぃーっと見られて、しかも捲る度に目が文字を追っているのだから、きになりもする。お構いなくできません。

 まぁ、同じ出身地でさらに同じ時代の書物。気になるんだろう。

 

「コレ、読んでみますか?」

 

「……良いのですか?」

 

「えぇ、まぁ。一応タリエシン作『アンヌヴンの略奪』の原本なんで、それなりに貴重ですから丁重に扱ってほしいって要望はありますけど……セイバーさんなら大丈夫だと思いますし」

 

 ちなみに”それなりに”なんてレベルの貴重さではないのだが、大丈夫。

 ウチにあるの、大体そうだから。

 

「タリエシン……!」

 

「ありゃ、知ってました? まぁイギリスの人なら知っててもおかしくない……のかな? 吟遊詩人タリエシン」

 

 一応、アーサー王伝説にも出てくるし。

 書物によってはアーサー王の仲間にもなっているし。

 

「トリスタン物語の原本にー、モンマスとか王たちのブリートなんてのもあります。聖ゴエズノヴィウスの伝説なんかもなじみ深いんじゃないですか? イギリス人なら」

 

 まぁこの辺は割と新しい書物なのだが。『聖ゴエズノヴィウスの伝説』を除く。

 

「あとコレとか」

 

「……黒い本?」

 

 原本であるのだが、著者がわからなければ題名も何もないソレ。

 

「黒本……写本はカーマーゼンにありますけどね」

 

 全部が全部カムライグで書かれているので、読みやすい……のかな?

 オレも読めない事は無いが、スラスラとはいかない。

 

「……アスカは、これらをどこから……」

 

「そりゃあトップシークレットですよ。っていうか言ったらお縄になりかねないものも取り扱ってるし」

 

 どこぞのキリトゥグさんから仕入れた銃とか、銃とか、銃とか。

 

「……いえ、すみません。深く詮索はしません」

 

「すんませんね」

 

 大人だなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「出来たぞー、って……何してんだ野場?」

 

「……萌芽観察?」

 

「……萌芽って、まさかコレのことだったりしないよな?」

 

「いやソレだけど」

 

 その、恐らく内容に反応してひょこんひょこん跳ねる、可愛らしい萌芽の観察である。

 金色の。

 

「セイバーさん? ご飯、出来たってさ」

 

「……」

 

 どこかむすーっとしているセイバーさん。

 今読んでいるのは……カラドック・オブ・スランカーファン作の聖ギルダス伝か。

 まぁフィクションだからね、仕方ないね。

 

「セイバー」

 

「あ、はい、なんでしょうかシロウ」

 

 オレの呼びかけにはその集中力からか一切聞こえない感じだったのに、衛宮の一声ですぐに顔を上げるセイバーさん。直後、美少女なその顔の鼻がひくひくと動く。

 ……流石はカラダの関係あるお二人ですねぇ!

 

「んじゃセイバーさん、手洗ってこようか。オレ、何気に楽しみにしてんだ、衛宮の料理」

 

「おぉ、それは楽しみにするのも当たり前ですね。あれほどの腕の持ち主は、そうそういませんから」

 

「この前食べたブロッサムさんの料理の上を行くらしいからなぁ……」

 

「……ブロッサムさん? ……あぁ、サクラのことですか」

 

 そう、お宅の桜嬢の事です。

 得意料理のベクトルが違うとはいえ、やはりアレだけ美味い美味いと言われる料理。

 食してみたくなるのは当然だろう。

 

 汚いとは言いたくないのだが、古書は古書。

 しっかり手を洗いましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……おー、すんごい作ったな……」

 

 目の前に広がる皿、皿、皿。

 そう広くない土間のテーブルに、これでもかといわんばかりの皿が並べられている。

 ウチでは久しく使われる事の無かった4つ目の椅子までをフルに使い、12時の場所にオレ、3時にライダーさん、6時に衛宮で9時にセイバーさんの並びで食卓を囲う。

 メニューはそう珍しくも無い家庭料理だが、匂いが心地よい。

 

「んじゃ、食べてくれ。安くて速い方が美味い、なんてもう言わせないからな」

 

「いや、カップ麺は安くて速くて美味いって……あ、いえなんでもないッス」

 

 ふと、視線。

 セイバーさんからだ。

 要は早く手を付けろ、ってことだろう。一応待っていてくれる辺りは律儀だ。

 

「……それじゃあ、いただきます」

 

 ……両親が死んでから。

 誰かの作りたての手料理を食べるなんて……何年振りになるんだろう。

 

「……」

 

 白飯。南瓜の煮付け。

 味噌汁。アジの開き。

 

「……アスカ?」

 

 ……うむ。

 

「おいしい」

 

 おいしい。

 別に、何か高級な食材を使っているというわけでもなく、食べた事の無い味ってわけでもない。

 むしろ、食べたことある味なのだ。

 

「……懐かしい味だ」

 

 いや、これは、本当に。

 オレがポーカーフェイスを得意としていなければ、泣いていたかもしれない味だ。

 思い出す。離乳食を終えて、初めて食べた母さんの料理の味だ。そんでもって、母さんが死ぬ前の……最後の料理の味だ。

 

「……ずるいなぁ」

 

 すでにセイバーさんもライダーさんも料理に手を付け始めているというのに。

 衛宮は、ただオレの食べる様をじっとみつめて……いや、”オレ”をじっと見つめていたから。

 対人間に特化した最弱の英霊。

 人間を殺す事に最も長けているが故に、人間を見る目に関しては誰よりも高い。

 

 見透かされたのか。

 見逃されたのか。

 それとも見通されたのか。

 

「衛宮」

 

「ん」

 

「白飯、おかわり」

 

 おいしいなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「頼みたい事って……コレか」

 

「おう、コレだ」

 

 セイバーさんは帰り申した。

 衛宮家に古書を購入するお金はないし、セイバーさんも満足したようなので古書は今まで通り陰干しになっている。

 食休みをしたあと、ライダーさんと衛宮、オレであの毛皮の前にやってきたわけだ。

 

「……なぁ、ライダー。アレって……」

 

「……はい、士郎。ですが、アスカは……」

 

 毛皮を見た途端にこそこそと話しだす2人。

 なんだろう。

 

「……今日はもう遅いし、今度でもいいか? 道具も持ってくるから」

 

「ん、やってくれるんならいつだって構わん構わん。今度っていうと……次の土曜日辺りは空いてる?」

 

「ああ。じゃ、土曜日の10時頃尋ねるよ」

 

「すまんねー。あ、そうそうテーブルに代金を置いて於いたから」

 

「りょーかい」

 

 次の土曜日……明後日か。

 それまで毛皮ちゃんには待ってもらうとしよう。

 

 衛宮が帰り支度を始める。ライダーさんに、今日は上がっていいと伝えた。

 

 あ、それと。

 

「衛宮、コレをやるよ」

 

「ん、なんだコレ……傘? ボロボロじゃないか」

 

「多分、お前はソレを求めて来たはずだからな」

 

「……?」

 

 天の杯へ辿り着くにはまだ早いけれど。

 一応、ヒントをあげるくらいはいいだろう。

 でも、なんだろうなぁ。

 

 ……オレも、この4日間をずっと続けていたいと願ってしまうようになるのかなぁ。

 

「今日はご馳走様、衛宮」

 

「……ああ。今度からもうちょっとちゃんとしたもの食べろよ」

 

「へいへい」

 

 2人を見送る。

 夕焼けの下を、ライダーさんと衛宮が歩いていく。

 

 オレは、何も思わない。

 オレは、何も考えない。

 オレは、何も感じない。

 

 こうして最後の夜が終わる。

 

 オレの知らない聖杯戦争は終わった。

 オレの知らない戦いは勝者を生むことなく、

 オレの知らない異常は解明されることなく、

 

 オレの知っている楽園は、今もこうして回っている。

 


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