「レッド君………」
「ああぁぁあああほらあぁあぁあああもぉぉおおおおッ」
開幕ブッパ、最初の村からラスボス直行。
レッド――藤堂彷徨、二十六歳。
喫茶店より退店した瞬間に泣き喚く。
それはそうだろう、何せ喫茶店を出た瞬間に声を掛けられたのだ、それも今一番声を掛けられたくない筆頭に。喫茶店の前に都合よく配置されている電信柱、その陰にひっそりと佇む一人の女性。
同じ特務隊、日本防衛隊の一員であるブルー――本名は宍戸葵。
長い黒髪で目を隠し、ポッと頬を染める小柄の女性だ。首元にはレッドの部屋の合鍵がぶら下がっており、いつも肌身離さず持ち歩いている。勿論レッドが渡した物ではない、彼女が勝手に作ったものだ。
因みに部屋を変えても意味がない、彼女は引っ越した翌日に新しい合鍵を作っている。そして部屋に盗撮カメラを設置される、悲しい。
そもそも引っ越す事すら難しいというのに、その度に対応されては堪ったモノではない。レッドは泣き喚きながら駄々っ子の様に足を踏み鳴らした。
「デート、終わり……? 私、映画見たいな……」
「後ろからストーキングする事はデートと言いません! 帰って!? お願いだから帰って!? 一万円あげるから!」
恐らく今の今までずっと尾行し続けていたのだろう、彼女はデートと言い張っているがレッド的にはストーキングであり断じてデートではない。しかし彼女的には好きな人と一緒に外出する事
相変わらずぶっ飛んでいる。
レッドがポケットから一万円札を取り出して彼女に差し出すも、ブルーは頬を染めたまま「お金より、レッド君の唇が欲しいな……」等と言い出した。
神は死んだ。
「おぉ……おぉぅぉおお……俺には、プライベートという言葉すら許されんのか」
跪き、おいおいと泣き出すレッド。清々しい程の男泣きである、ポタポタと涙がアスファルトに痕を残す。
レッドに駆け寄ったブルーは背中を撫でながら、「何か嫌な事あった? 大丈夫?」と心配そうに首を傾げる。
大体貴女のせいです。
そう言ってもきっと理解してくれないのだろう。
慈悲は無い。
「因みにいつから尾行してたの、正直に言って……?」
「うん? デート? やだなぁ、レッド君、今日は起きた時から一緒に居たじゃない……」
「うん、知ってた……」
レッドは額を地面に擦り付けて嘆いた。
一週間前に引っ越したばっかりなのに、まだ皆には知られていないと思っていたのに。
もう終わりだ、世界は滅んだ、正義も死んだ。
しかし命ある限り人生は続く、ならばこそ今こそ雷帝と呼ばれたレッドの俊足を見せる時。
「――泣いたフリからの……開幕速攻俊足ブッパ!
今まで散々修羅場を潜って来たレッドである、最早この程度の事では動じない。
寧ろ潜って来た死線の数より女性関係(主に隊員)の修羅場遭遇数の方が多い。多くの修羅場はレッドの精神を一気に成長させた、ストーキングされた程度では精神は折れない。
そんな
三十六計逃げるに如かず。
つまり逃亡こそ正義、逃げるが勝ち。
偉い人は言いました。
レッドは凄まじい早業でベルトを装着し変身する、周囲に光が満ちレッドの足元のアスファルトが弾け飛んだ。同時にレッドの衣服も散り散りになり、ブルーが目を輝かせる。
変身の副作用、着用していた衣服の消失。
このせいで服代も馬鹿にならない、一応経費は落ちるのだがレッドだけ異様に変身率が高いので自腹を切る場合が多いのだ。無論言わずもがな、彼女達から逃亡する為に変身しているからです。
光の中から出て来たレッドの姿は正に深紅に燃える正義のヒーロー。赤色を中心に白を混ぜ込み、「何か昭和のライダーっぽいよね」とブラちゃんに称されたスーツである、特徴は首元のマフラー。
このベルト装着技術も本来は闇の組織に対抗する為に血の滲む訓練の果てに習得した技だが、今は専ら彼女達から逃げる為に使用されている。
使えるなら何でも使います、
「
変身を終えたレッドは
固有技――それぞれの隊員が持つ特殊能力の様なものである。
レッドの場合はシンプルに【加速】、己の速度を一から十倍まで引き上げられる能力。要するにめっちゃクソ速くなるという能力である。
『スピードこそ速さ』――レッドが胸に刻んだ名言だ。
ブラちゃんにこの名言を教えたら、「せやね」と塩対応された、かなしい。
「おぉぉおおおおおおおッ!」
最終決戦さながらの雄叫びを上げて爆走するレッド、アスファルトを踏み砕いて加速する彼は一瞬で音速の域に片足を突っ込んだ。周囲の自転車やら車やらが盛大に吹き飛んでいくが致し方なし、勝利に犠牲はつきものだ。
因みに変身してからの逃亡成功率は脅威の九割、レッド自身が馬鹿みたいに速いという理由もあるが、その大体の理由は――
「レッド君の服、服ぅッ!」
散り散りになったレッドの脱ぎたて服がデコイ代わりになるから。
ブルーは風圧で吹き飛ぶ服の破片を凄まじい速度で集めている、普通に二メートル以上跳躍するし、「お前、加速能力持ってんじゃねぇの?」と思う程に素早い動きを見せている。尚彼女は生身である、お前もう生身で戦えよとレッドは何度となく思った。
「助かった、やった! レッドちゃん勝利! 大勝利!」
レッドは疾走しながら両手を突き上げる、ポーズとしてはグリコのポーズ。勝利を精一杯体で表現していた。
念には念を入れて一分程全力疾走を行うレッド、スーツを身に纏ったレッドの走行速度は最大で凡そ120km/h、それに彼の能力を加味した全力全開で1200km/h、もはや音速に近い。勿論彼が全力で駆けている間は
因みにこの逃走で東京第六区画が凄まじい損害を被った。
目撃情報によると赤いヒーローが疾走していたとか。
それも全部闇の組織のせいだよ。
くそぅ、闇の組織め!
「良く考えたらブラちゃんの組織の評判が悪いのって、俺がやたらと走り回っているからなのでは……?」
東京の一区を跨いで逃走を終えたレッドは、肩で息をしながらそんな事を考える。というかどう考えてもレッドが悪かった、何でもかんでも闇の組織のせいにし過ぎた。
でも許して欲しい、隊員が怖くて逃走する為にベルト使いました何て言った日には国民感情爆発待ったなしである。理由は必要なのだ、何であれどうであれ。
「すまない、ブラちゃんすまない、でも俺だけは知っているから、闇の組織は超良いホワイト企業だって……」
涙を堪えながら街を走るレッド、因みに能力は使わずに競歩程度の速度である。
道行く人に、「あっ、レッド」、「正義ヒーローだ」、「赤い人」などと呼ばれている。因みに戦隊で唯一男である為、特定の層に血の涙を流しながら、「リア獣」だの「イケメン爆死」だの言われているが羨むなら是非変わって欲しい、そうでなければ胃に穴を空けずに済むのだ、寧ろ代われ。
「いかん……このままでは場所が分かってしまう、昨今のSNSの拡散能力――プライスレス!」
レッドはスーツを着たまま焦り出す、最近では隊員との遭遇率が上昇しており、「何でこんなに場所が早くバレるのだ?」と思っていたら、UitterやらRINEやらでレッドの目撃情報が投稿されていたのだ。
『ちきゅうぼうえいたいのレッド発見~♡ 激やば~!』
などと言う文章と共に、焦燥したレッドとピースした女子高生が写っている投稿を見た時は頭の血管が数本ぶち切れた。こちとら
お前など闇の組織に誘拐されてしまえ!
……あっ、あそこ健全企業だから悪事は働かないんだった。
右往左往するレッドの元に、ピピピピと電子音が届く。
それはレッドのスーツ、その腰に装着された通信機から。通信機能を持たないスーツは通信を外部機器に頼っている、レッドが慌てて通信機を取り出し通話ボタンを押すと、向こう側から間延びした声が響いた。
『レッドさぁん、何か変身信号が届いたんですけどぉ、怪人ですかぁ?』
「……怪人っていうか壊人ですかね」
『?』
レッドの切り返しに疑問符を浮かべる通信相手――レッド達防衛隊のオペレーターである女性だ、名前は工藤京子。
隊員がスーツを起動した場合、信号が日本防衛隊本部に送られる仕組みになっている。GPSやバイタル確認機能も存在しているので隊員の生存、死亡の判断や位置情報なども丸わかりだ。他の隊員ならば喉から手が出る程に欲しい機能だろう――ハッキングとかされてないよね?
レッドは不意に不安になった。
『良く分かりませんけれど、敵なんですねぇ?』
「そうです、敵です、アァ、クッソォ、ツヨイテキダー!」
『……分かりましたぁ、支援は必要ですか? 何なら他の隊員を現地に――』
「おらァ! 喰らえ
全力で素振りをしながら答えるレッド、凄まじい足技が虚空に炸裂しパァン! パァン!と空気を穿つ。それっぽい戦闘音を出しながら全然余裕である事を必死にアピール。
こんな場所で応援――もとい隊員を呼ばれては堪ったモノではない。
MO3――
『はぁ、そうですかぁ……? まぁ良いですが、戦闘が終了したら本部に報告をお願いしますねぇ?』
「任せて下さい! ちゃちゃと倒して報告に行きますから! では!」
ピッと素早く通信を切ったレッドは安堵の息を吐き出す、変身する度に言い訳をしなければならないのは心苦しい。しかしスーツ抜きで彼女達から逃げ切れるとは思えない、時として彼女達は人間の範疇を超える。
生身で車追い抜くからなぁ、あの人達。
菩薩の様な表情で悟りを開いたレッド。
はっとなって周囲を見渡すと、スマホを持った人たちがパシャパシャとレッドを撮影していた。先程の蹴り技を一種の見世物だと思ったのだろう、ちゃうねん、そんなモンやないねん。レッドは慌てて周囲に手を払い、「散れ、散れ!」と叫んだ。
「なんだ、レッドの兄ちゃん、ケチだな~」
「減るもんじゃないし、良いじゃん~」
「減るんだよ! 俺の精神がゴリゴリ減るんだよ! 主に君達が投稿した写真とかで! 頼むからSNSに投稿すんなよ、『レッド発見~!』とかウイートするなよ! 絶対だからな! フリじゃないぞ!」
「レッド発見なう」
「野郎ぶっ殺してやる!」
最早ヒーローの言動ではない。
しかし彼も
高望み? じゃあもう隊員じゃないなら何でも良いよ。
飛び掛かるレッドに素早い動きで逃げていく住民たち、最早この動きも慣れたもの。流石にレッドも本当に住民を血祭りにあげるつもりは無い、本当だよ。
血眼になって拳を振るうレッド、当てるつもりは無いよ。
相手も必死になって避けているけれど手加減しているから、うん、本当に。
――クソこいつ日に日に回避スキルが向上してやがる、大人しく屍晒せ!
「レッド君、楽しそう……だね」
「アッ」
必死こてい逃げ回っていた事が無に帰した瞬間である。
ポンと、白く小さな手がレッドの肩を掴む。
レッドの肩に手を置いた人物、言わずもがな同じ隊員であり仲間――ブルー。彼女はニコニコと笑みを浮かべながらレッドの服の残骸を握り締めていた。
レッドが周囲に助けを求めようと見まわすが、既に周囲は無人になっていた。ブルーが現れた瞬間に解散したのだろう、見れば商店などはシャッターが閉まってある。目の前の本屋など『本日閉店』の張り紙。
さっきまでバリバリ営業してたじゃん、ねぇ。
「急に居なくなったから心配した……どうしたの、
「いや、あの、ほら、何かこう闇の組織が暗躍した気がして、居ても立っても居られない感じ……的な?」
「そっかぁ……レッド君、正義感が強いからね」
ニコリと笑みを見せるブルー、その気配は酷く穏やかだ。しかしレッドは知っている、髪の間から覗く瞳は微塵も笑っていない。これは全てを知っている目だ、捕食者の目だ、ぶるりと体に悪寒が走った。
貞操の危機、圧倒的貞操の危機。
ブルーは肩を掴んでいた手を離し、そのままスルリとレッドの腕に絡ませた。凄まじく自然な動作、止める暇さえない。
「でも、もう敵は倒したんだよね? ……なら、スーツ脱がないと、丁度良い場所、あるから」
「えっ、あっ、いや、別に俺はこのままでも」
「他の人の視線、気になるよ」
「いやそもそも人が居ないんですよ、周りに」
必死に弁明するもレッドの言葉など知らんとばかりに腕を引いて歩き出すブルー、必死に抵抗して重心を後ろに回しているがズルズル引き摺られる。何でそんな力あるの? スーツを着用した状態だと百キロはあるのですよ?
ゴリラなの? 人間の皮を被ったゴリラなの?
終いにはガリガリとアスファルト舗装を削り出す。
「ほら、あそこ」
レッドを片手で引き摺った状態で微笑むブルー、そしてひとつのビルを指差す。
レッドが彼女の指先の方を見れば耀くネオンに目を引く外装、古今東西様々な人間が色々な用途で利用する仮宿――その名はラブホテル。
レッドは神速で逃げ出した。
「ダッシュッ! レッドダッシュッ! 走れ風の如くッ!」
「逃がさない――
反転し全力で逃亡しようとしたレッドを、ブルーが即座に変身して捕える。
彼女の変身は一瞬で、レッドの様な派手な閃光は伴わない。
ブルーの姿は魚をモチーフにした強化外骨格、全体的にスマートな印象を見る者に抱かせる。基本的に頭部ヘルムの形は一緒なのだが、ブルーのトレードマークは腰にあるイルカの尻尾だろう。
因みに攻撃としても使える、殴られると凄く痛い。
ブルーはスーツを着用した状態でレッドの腕を抱え込み、そのまま全力で引っ張った。
「あぁぁああ放しでぇえええェ、イヤァァア犯されるぅゥぅッ!」
「先っちょだけ、先っちょだけだから……」
「嘘つけえええぇええェエエ!」
無断で変身した挙句、ラブホの前で引っ張り合う正義のヒーローが二人。
幸いなのは周囲に人が居ない事か、仮にいても全力で顔を逸らすだろうが。ブルーは体全体でレッドに絡みつき、尻尾も使って密着した。
そのまま少しずつ、ズルズルと自分の城――ラブホに引き摺り込もうとする。
「何でそんなに抵抗するの……愛する人同士、交わる、当たり前の事だよ」
「違う、前提条件がまず間違っている! 気付いて! それに気付いて!」
「全裸なのに誘ってないとか、嘘」
「好きで
しかし残酷かな、速度を重視したレッドのスーツはパワーに乏しい、出力値の段階でブルーに敗北している。無情にもレッドはブルーに引き摺られたままラブホに入店を果たす。
ラブホの自動ドアが開き、二人を歓迎する。フロントのお兄さんが「いらっしゃいませー」と口にし、レッドは地面をガリガリ削りながら最後まで首を嫌々と振っていた。
「お部屋の方はパネルで選択してください~、料金は三時間からですねぇ」
「三番の部屋、一日で」
「嫌だぁああああァア放せぇぇえ!」
「畏まりました~、どぞ、部屋の鍵です、ごゆっくり」
「うん」
レッドを引き摺って階段を上るブルー。
引き摺られたレッドは笑顔で手を振るフロントの男に、「お前ちょっとは疑問に思えよォォオ!」と渾身の叫びを放っていた。
斯くしてレッドは魔巣へと引きずり込まれ、ひと時の悪夢に呑まれる事になる。
南無阿弥陀仏!
「レッド君大人しくして」
「ふぉおおぉぉ!」
押し込まれた三番部屋、回るベッドとか鏡とか色々あるけれど気にしない、それどころじゃない。部屋に入って鍵を掛けるや否やレッドを軽々とベッドに放り、無理矢理スーツを解除したブルーは全裸でレッドに襲い掛かる。
双方全裸であるのだがブルーはレッドの股間をガン見しているし、レッドはブルーの全裸を見ない様に顔を背けている。それで興奮して勃起したら最後、骨の髄までしゃぶりつくされる事間違いなし。
嫌に柔らかいベッドの上で格闘する二人、覆い被さろうとするブルーに、させるものかと足をつっかえ棒にするレッド。スーツが無い状態だと筋力は互角か――非常事態に備えて格闘訓練や基礎訓練を隊員は積んでいるが、それでも男と女、筋力差はある筈。
だというのにブルーの力は強い、馬鹿みたいに強い、なんでそんなに強いのだと喚きたくなる程。
「きっせい、事実♪ きっせい、事実♪」
「うぉぉおおヤメロォォ! 不吉な歌を歌うなぁあああ!」
「大丈夫、天井の染みを数えている内に終わるから、ね?」
「ヌァァアア、その前に俺の人生が終わる!」
瞳にドロドロした何かを宿しながら襲い掛かって来るブルー、レッドはこのままだとマズいと気合を入れ直す。何とかこの状況を抜け出すのだ! その想いを込めて目の前の彼女をキッと睨めつけ、叫んだ。
「〇ンコなんかに絶対に負けない!」
斯くしてレッドの孤独な戦いは始まったのである。
次回「〇ンコには勝てなかったよ……」