現在、闇の組織のトップである――ブラー・ブラック将軍。
そして日本隊防衛隊長、レッドがサシで対面していた。
二人の間には剣呑な空気が流れており、正に一触即発。互いに仲間を連れずタイマン状態で睨み合う双方は、内に潜む闘争を抑えながら沈黙に耐えていた。周囲には人気が無く、決着をつけるのならば絶好の機会。
ブラー・ブラック将軍を討てば実質最高司令官を闇の組織は失った事になる。
それはレッドも同じであり、彼が戦死すれば日本防衛隊は解散を余儀なくされるだろう。
戦力的な意味では無く隊員の精神的な理由で。
そして不意に、レッドが顔を上げる。
その手がぎゅっと拳を握り、震えながら彼は言った。
「もう……俺、転職しようかなって……」
「そっかぁ……」
場所は東京の某喫茶店、特別に用意された店の最奥のテーブルで互いに珈琲を手に消沈する二人。片や闇の組織のトップ、将軍と恐れられる謎の人物。片や日本防衛隊を率いるカリスマ的存在、レッド。
そんな二人がとてもそんな人物とは思えない黄昏た表情を見せ、何かを堪える様に震える姿は中々ショッキングであった。
しかし笑う事無かれ、その二人の境遇は中々に酷いものなのだ。
「もう嫌だ、朝起きる度に隣に仲間が全裸で寝てるのも、それを見られて修羅場になるのも、部屋から私物盗まれるのも、気付いたら婚姻届け書かされそうになるのも、全裸写真撮影されるのも、私達結婚しました! って見覚えのない自分の結婚写真見せられるのも、神からのお告げがありました、さぁ結ばれましょうって電波結婚させられそうになるのも―――もう沢山なんだよぉ……」
「うん、うん、分かる、分かるよ」
レッドがテーブルに突っ伏しながら涙を流すと、黒い覆面を被って黒マントを着用したブラー・ブラック将軍がウンウンと頷く、因みにレッドはスーツ姿である。
二人の手に持った珈琲カップがソーサーとぶつかってカチャカチャと音を鳴らしていた。
「そうだよね、そうだよね、秘書官から『将軍も今年で三十二ですよね? そろそろご結婚なされては? 特に私と』とか迫られるのは怖いよね、執務の最中にサラッと婚姻届けを書かされそうになるのは嫌だよね、気が付いたら部下が隣で全裸で寝てるとか笑えないよね、帰宅したら
しみじみと頷く彼は目の前のレッド――藤堂彷徨の言葉に同意を示す。
因みにブラー・ブラック将軍の本名は山田敏である。しかし一応敵と言う立場――二人は既に親しい中で、互いに唯一の親友だと思っている――に在る為、外では本名を呼ばない様にしていた。
年はレッドが六つ程年下だが、同じ境遇の人間同士通じるものが多い為、年齢差など気にもならない。
「
「
「お願い、ブラちゃん、一生のお願い、変身ベルトもセットであげるからぁああぁ」
「そんなレッちゃん、我たちの仲だろう? そんなモノは仕舞ってくれ、我も何とかしてみるから……」
「ぉおぉぅぅぅ、ありがとうぉぉぅ」
号泣のレッド、慈愛のブラー・ブラック将軍。
変身ベルトを差し出しながら額をテーブルに擦り付けるレッドを、ブラー・ブラック将軍は優しい瞳で見つめている。変身ベルトは日本防衛軍が誇る技術の結晶、常人を日本防衛隊員に変身させる特殊装備だ。正式名称は瞬時展開型粒子強化外骨格とかクソ長い名前があるが、誰もその名でベルトを呼んだ事は無い。
これがあればブラー・ブラック将軍の闇の組織は更に強大になるだろう。しかし親友の唯一の武器を奪うなどブラー・ブラック将軍には出来なかった。ブラー・ブラック将軍、本名山田敏――情には厚い男である。
レッドとしては変身ベルトなど、自分を部隊に縛り付ける鎖程度にしか思っていないのだが、戦力として重要なのは理解している。それでも闇の組織に入れるのならば一つだろうが二つだろうが献上するつもりだ。
「じゃあ一応四天王に話をしてみて、四十人委員会で可決されたら連絡するね、四天王は反対しないと思うけれど、四十人委員会にはレッちゃんの顔を知らない人もいるから……」
「うぅぅ……これで否決されたら俺生きていけない」
「最悪こっちで匿うから、我に任せて」
「あぁぁああああ、天使、天使だよブラちゃん!」
「我、どっちかっていうと魔王の類だけどね」
シュコー、と。
覆面から煙を噴き出すブラー・ブラック将軍をレッドは拝んだ。
最早日本防衛隊などどうでも良い、あんな愛がキチガイレベルに重い連中から逃げ切れるのならば何でも良い。それが親友の膝下ならば万々歳だ。
正義の心? 日本を防衛する義務?
うるせぇブラちゃんの組織は世界平和を唱える超絶ホワイト企業だ、闇の組織どころか光の組織だわ。闇だったらこっちの日本防衛隊の方が深いわボケ。
最早正義は擦りきれた、毎日が修羅場の正義などクソ喰らえ、血反吐をぶちまけながら日本を守るなんて嫌だ、そもそも何から守ると言うのだ、地球温暖化か? ふざけんな。
「じゃあそろそろ戻らないと……我の姿を探して秘書官が走り回っている気がする、多分」
「ブラちゃん……頑張れ、超頑張れ!」
「うん、我頑張る」
じゃあね、と手を振って退店するブラー・ブラック将軍。人払いは済ませてある為、店内には店長一人のみが残っている。人のよさそうな初老の男性だ、彼は退店する将軍に一礼し笑顔で送り出した。
そして次の瞬間には、「将軍見つけましたよ」、「えっ、早い、何でもう居るの早過ぎィ!」という声が外から聞こえて来た。そして荷物の様にリムジンに放られた将軍の姿を見て、レッドは戦慄する。
アレが次の瞬間には自分の身に起こるのではないかと。
やはり俺達の人生は何かを決定的に間違っている
そう思わずにはいられなかった。
初回のプロローグという事で文字数は少なめです。
次回からは三千~五千を目安に書きたい……続くかは分かりませんがゆるりとお持ちください。