龍が如く 夢想~伝説の血統~   作:ユウジン

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勝者と敗者

「うぉおおおおお!」

 

ひたすら手足を振るった。

 

顔、胸、腹、足……殴って蹴って叩いてまた殴って……とにかく思い付く限りの素手での攻撃方法を髭の男は虎近にぶつける。

 

それを虎近は全て受けて見せる。回避処か防御すらせずその身を持って耐えていた。

 

(くそ!くそ!くそ!)

 

その光景に男は焦る。何でだと。

 

あのときのように奪われる自分じゃない。もう自分は奪う側だ。強者側だ!

 

そう自分に言い聞かせて殴り続ける。なんどもなんども……だが虎近は微動だにせず拳を握り、ゆっくり振り上げてから!

 

「ふん!」

「っ!」

 

ゴッ!と言う音が響き、脳天に走る痛みと衝撃に男は後退り尻餅をついてしまう。

 

たった一発の拳骨だ。それだけなのに男の戦意を根こそぎ奪う一撃に、男は心が折れそうになる。すると、

 

「なんや?もう終わりか?ワイは全然響いとらんで?ええんか?このまま負け犬のままで」

「っ!」

 

その言葉に折れかけていた心が奮い立ちもう一度立ち上がる。その光景に虎近は満足そうにうなずいた。

 

「その意気や」

「っらぁ!」

 

ドスッ!と髭の男は虎近の腹部に拳を叩き込む。

 

「ふん!」

 

それを顔色ひとつ変えずに受けた虎近は男の頬に拳を叩き付ける。

 

「がはぁ……」

 

脳が揺れ、景色が歪む。頬から広がる痺れのようなものが全身に広がり足の先まで力が抜ける。

 

だがそれでも立つ。立たなかったら今までやって来たこと全てが無意味だったと認めることになる。

 

自分は結局弱者なのだと受け入れること……それだけはできないと自らを奮い立たせる。

 

「ふぅーふぅー……」

「えぇ目や。さっきまでに腐った魚みたいな目より良いで」

 

てめぇに誉められたって嬉しくねぇ!と叫んだ男は拳を奮う。ドゴン!と大きな音をたてたその一撃はホンの僅かに……もしかしたら見間違えたレベルで虎近が後ずさる。

 

「オォオオオオオオ!」

 

ドゴン!ドゴン!と何度も何度も叩き込む。もう倒れろと虎近に拳をぶつける。

 

『っ!』

 

だがその時だった。その光景に男だけではなく、それを見ていた全ての人間が目を見開いて驚愕する。

 

それは虎近の様子だ。殴られているだけ……その筈だったのに突如虎近の体から黄色いオーラのようなものが漏れだしたのだ。

 

「なんだ……それ」

 

男はそう漏らした。それもその筈である。直接対峙して、拳をぶつけたからこそ分かる。突然肉体が鋼のようになり、今までも大きく感じていた虎近の体が何十倍も大きくなったような錯覚……

 

そして、

 

「歯ぁ喰い縛れや」

「っ!」

 

ゴッ!と突然自分の顎に伝わる力により男の体が空中に浮く。自分が浮かされたと言う現実を受け入れるのに暫く掛かり、それから襲って来る痛みに顔を歪ませるとそのまま足を掴まれそのまま空中に向かって投げ飛ばされた。

 

「行くで……」

 

そこから虎近は身体を捻り、体からのオーラがより一層強くなった次の瞬間、力の限り腕を振り抜いた。

 

「がっ!」

 

ベキィ!と、男の背中に虎近の腕が叩きつけられると同時に鳴り響き男は肺の中の空気を一滴も漏らさず吐き出しながら吹っ飛んでいく。

 

【パワーラリアットの極み】……そう名付けた虎近の渾身の一撃である。

 

「かはっ……げほっ」

 

肋骨が折れた、吹っ飛んだときに腕も折れた。そして何よりも、今の一撃は男の心を完全にへし折った。

 

「終わりか?」

「……あぁ、もうだめだ」

 

勝てないと、認めてしまった。こいつは自分よりずっと上の存在だと心が理解したのだ。

 

「そうか」

 

そんな短いやり取りをしていると、華琳がやって来る。

 

「それで?叩きのめしたけどこれからどうするのかしら?普通なら首を斬るけどね」

 

そう華琳が問うと、

 

「兄貴!」

 

そう言って後ろにいたチビやデブ、更に他のやつらも飛び掛かってこようとするが、

 

「やめろてめぇら!」

 

と、言って髭の男は他のやつらを止める。

 

「俺は負けた……好きにしろよ」

 

煮るなり焼くなり好きにしろよ。そう男は言って裁量を虎近に任せた。それを見た華琳も虎近を再度見る。

 

全員の視線が虎近に集まる中、虎近は頬を軽く掻いて口を開く。

 

「アホか。お前らは死ぬ権利すらあるわけないやろ」

「なんですって?」

 

華琳が眉を寄せながら虎近の顔を見るが、虎近はそのまま男の元に歩いていくと、

 

「お前、ワイと来いや」

『……はぁ?』

 

そう虎近は言い、男や華琳だけではなく、他の皆までポカンとした。

 

「いやお前だけやない。この場の全員をこのまま殺させん。ワイと来て、ちったぁ華琳の天下の為の踏台くらいになれや」

 

そう言う虎近に華琳は彼の腕を引く。本来なら肩を掴むところだが、でかい虎近の肩をつかめなかったと言うのは余計な情報だろう。

 

「待ちなさい。どういうつもりかしら?まさか貴方、そうすればこいつらの罪がなくなるとでも?」

「んなわけないやろ」

 

華琳の問いに虎近は冷たく言い放ち、言葉を続ける。

 

「こいつらがやったことは絶対に消えん。一度でも盗みをやれば一生泥棒やし、一度でも誰かを騙せば一生嘘吐きや。例えそのあとどんなに改心して善行積んだって汚名が拭われることはない。ましてやこいつらは命っちゅう取り返しのないもんを奪った。こいつらは文句なしのクズや。いや、クズと言う言葉にも失礼なくらいやな。こいつらが奪った命の100倍の命救ったって人殺しのクズと言うもんが消えることは絶対にない。あったらイカンのや」

 

そう虎近が言うと華琳は、ならなぜ助けるのかと聞く。それにたいして虎近は、だからこそだと言う。

 

「こいつらはな。一生後ろ指差されて生きるんや。一生蔑まされて、一生嘲笑われる。いや、もしかしたら奪われたもんの家族に刺されるかもしれんの。せやけど似合いの最後っちゅうやつや。沢山後悔し続けて、そん中で希望見つけて立ち上がって、そんで刺されて奪われればええ。絶望に沈んで行くのがお前らの末路や」

 

そう言いながら虎近は髭の男に手を伸ばす。

 

「せやから来い。お前らが絶望に染まって死ぬその時まで、ワイが面倒見たる」

「では虎近。もしこいつらがまた略奪を行ったとき……あなたは責任をとれるの?」

 

そんな背中に投げ掛けられた言葉に、虎近は笑みを浮かべて答えた。

 

「そんときはワイの首を跳ねればえぇよ」

『っ!』

 

何てことないように……まるで近所に散歩でも行くと言うように虎近は言ってみせる。

 

それに華琳は眉を寄せた。

 

「あなたは命を懸けるの?あなたの言うクズで、そしてあなたの命も狙い、今さっきまで殴り合いをした相手のために?」

「あぁ、それがワイの生き方や。きっとバカなやり方なんやろう。でもな、そんでもこればかりは死んでも治らんわ」

 

その声音はどこまでも優しい。きっとこいつは見た目とは反して優しい性格なんだろう。なのに敢えてこいつらを背負い込むと言うのは愚かすぎにも程がある。

 

きっとこの男はこいつらがいつか絶望と共に死んだときに泣くだろう。そう言う男だ。それでもやると言い切るのならば……

 

「それで?どうするのかしら?」

 

華琳が聞いたのは髭の男の方。その問いに男は動揺する。なぜ目の前の男はここまで自分達を背負い込もうとするのかが分からないのだ。

 

「何で……」

「なんでやろな。ワイにも分からんわ。まぁ強いて言えば……こうして会ってしまったからかもしれんのう」

「会ったから?それだけでか?」

 

虎近の言葉に男は目を見張る。その視線を受けながら虎近は手を引くことなく言葉を続ける。

 

「せや。それだけや。なんかおかしいんか?」

 

と言う虎近に髭の男はそれだけかよ……と溜め息をつきながら虎近の手を取る。

 

「負けたよ……身も心もよ」

「そうか」

 

と、虎近はグッと手を引いて髭の男を立たせると今まで傍観していたものたちに目を向ける。

 

「お前らもや!嫌ならそれでええ。だがもしワイについてくるならこのままただの盗賊として殺されてゴミみたく捨てられたりはさせん。クズなりに使ったる。それでええならワイについてこい!!」

『……』

 

シン……と静かな空気が辺りを支配し、虎近の言葉がどこまでも通っていく。そして次の瞬間、

 

『オォオオオオオオ!!』

 

俺はあんたについてく……そう口々に叫ばれ、虎近はうなずく。

「これで終いや。後は頼んだで」

 

そう言って虎近は服を着ると後ろに下がろうとする。するとその背中に向けて華琳が声を掛ける。

 

「あなたはこれからもこうやって引き込んでいくのかしら?」

「それは無理やろ。これはあいつらやったからこそや。あいつらはクズであっても外道やない。だから言葉が通じたけどな。そんなんやつらばかりやない。口で言うても通じない……いや、言う必要もない外道なんぞ問答無用で充分や」

 

ならいいわ。と華琳は言う。少なくとも誰でも話せば通じると言う頭がめでたいやつではなかったと言うことだ。

 

「ほなな」

 

そう言って後ろに下がって行く虎近を見送りながら華琳は眼前の盗賊たちを見る。

 

こいつらは決して裏切るまい。ここまで来て裏切ればそれこそクズ未満だ。それを知識としてか本能的にかはわからないがそれだけは確かだろう。目を見ればわかる。だがその忠誠は自分には向けられていない。全て冴島 虎近と言う男に向けられている。

 

(面白いじゃない)

 

そんな中華琳は小さく笑っていた。こいつはとびっきり危険な存在だ。何せこれだけの人間を魅了してみせたのだ。

 

余りにも危険すぎる。一歩間違えれば自分の陣営すら飲み込みかねない苛烈すぎる魅力の可能性だ。

 

「天の加護を受けようとすれば相応の危険性と資格が必要と言うことか……」

 

あれにも霞まぬ存在感……成程、そこらの愚物に与えなくて正解だ。あんなものを取り込めばあっという間に愚物は居なくなるだろうが代わりにあんな危ない存在が頭になるだろう。

 

だが華琳は別に敵対が怖いのではない。ただ敵と余りにも単純すぎる関係性ではつまらない。ああいうのは身近において利用して行く方が面白いし、もしあいつにこちらが取り込まれてもそれは自分が器じゃなかっただけである。それに関しては文句は言わない。

だから精々頑張ってもらおう。虎近……いや、天の御使い様には。

 

「ふふ、精々楽しませてちょうだい。冴島 虎近(天の御使いさん)


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