「じゃあもう一度聞くわね。あなたの名前は?」
「冴島 虎近や」
「なら出身は?」
「東京の神室町ちゅうところや」
「はぁ……」
そう言って金髪のドリルツイン少女は頭を掻いた。先程からずっとこの問答を繰り返している。
前回拒否権のない同行をさせられ、虎近は最寄りの町まで連れてこられるとそのまま飯屋(今の基準で見ても高そうな個室付き)にて事情聴取をされていた。だがこれがまた難航している。
まず東京という場所も神室町という場所も知らないと言うのが彼女の弁。逆にこっちもここがどこなのか聞いたが全くわからなかった。
「全く、埒が明かないわね」
「ええい!貴様!華琳様が聞いているというのに先程から適当な事を!」
と、声を荒らげる赤いチャイナ服のような少女。それをみて虎近も溜め息を吐いた。
「そう言ってもワイかて今の状況が掴めとらんしのぅ……」
これは参った……と虎近はまた大きな溜め息を吐いた。実は虎近……恐らく確実にタイムスリップしたということは連れてこられたこの町並みを見て確信している。余程の手の込んだドッキリでなければだが、明らかに現代の建物ではない物が建つこの町に先ほどの趙雲と名乗った少女も案外本当に趙雲だったのかもしれないと思いつつ、その時ふと思い至る。そう言えば自分はこいつらが何者なのかをしらない。ということに……そこで、
「そう言えばまだワイお前らの名前も知らんかったわ」
「なにぃ?そんなものがどうして知りたい」
「別に深い意味はあらへんよ。ただ単に気になっただけや。何時までもオイとかで呼ぶわけにもいかへんやろ?」
と、虎近がいうと赤いチャイナの少女は確かに……と声を漏らした。
先程から思っていたが結構彼女はアホの子かもしれない。余りにも単純すぎる。そんな彼女を青いチャイナの少女は微笑ましく見ている。そうしていると金髪の少女も確かに何時までも名乗らないと言うのも礼儀に欠けるわね……と言葉を漏らす。そして、
「遅れたけど私は姓は曹、名は操で字は孟徳よ」
「っ!」
突然少女が名乗った名前に虎近は驚きを隠せなかった。何せ名乗った名前が名前……だがそれだけに留まらない。何と他の二人が名乗った名前が……
「私は姓は夏候、名は惇、字は元譲だ!」
「同じく姓は夏候、名は淵、字は妙才だ」
と、赤いチャイナと青いチャイナの二人がそれぞれ名乗ると虎近は益々ポカンと彼女達を見た。
「ホンマに言っとるんか?」
「何よ。父母から貰ったこの名に文句があるの?」
ブスッとそう返した金髪の少女……いや、曹操に虎近は首を横に振る。
「そういうわけやないんよ。ただほら、曹操ゆうたら
「あなたその名をどこで!」
と、今度は曹操が驚く番。余りの剣幕に夏候惇と夏候淵に虎近も驚いて目を見開く。
「どうされましたか?」
「魏という国の名前はね……私が何時か自分の国を作る際につけようと思っていた名前の候補の一つ……でも私は誰かに言うどころか書物にすら残していないのよ。知ってるのは私だけのはずよ?それをなぜあなたの口から出るの?」
と、夏候淵が問うと、曹操は少し動揺しながらもそう答えた。
ふむ……と虎近は頬をポリポリと掻く。どう説明したものか、と思いつつもありのままに言うしかないだろうと結論を同時に出した。
話してて思ったが彼女は恐らく下手な誤魔化しや嘘は嫌うだろう。なら素直に言った方が安全だ。
「未来から来た……と言えば分かるか?」
「みらい?」
曹操は虎近の言葉に首をかしげつつも、好奇心に目を輝かせている。
「せやな……ずっと先の明日っちゅうか、お前らから見たら劉邦や項羽に会ってる状態……って感じやな」
「なんと……」
と、恐らくこの三人の中で一番アホだと思われる夏候惇は声を漏らし、他の二人は声を漏らさないが理解して驚いている。
「まあ何でワイがこの世界に来たかとか、そもそもどうやって来たかとか、その辺含め全然分からへんけどな」
と、虎近が締め括ると曹操は自分の顎に手を添えた。何やら意味深な行動に虎近が今度は首をかしげると、
「成程……もしかしたら貴方は天の御使いかもしれないわね」
「なっ!」
「コレがですか!?」
曹操の呟きに夏候淵はまた驚き、夏候惇に至っては驚きながらコレと言って指を指してくる……
「指差すなあとコレゆうな!で……天の御使い?ってなんやねん」
「ある占い師の戯れ言でね。これから群雄割拠の乱世の世界になる。そのとき天から御使いが舞い降り、天下を取る器を持つ者と共に在るだろうなんていった奴がいたのよ。ま、それにしちゃ随分悪人面な奴だけどね」
フフンと鼻を鳴らして笑う曹操に頬をピクピクさせる虎近。
「じゃあちゃうな。そもそもワイはそんな特別なもんやない」
「ただ少なくとも私が見たことも聞いたこともない国から来た……と言うのは間違いないのでしょう?」
と、曹操に言われ虎近は頷く。確かに彼女の言う通りだ。自分がその天の御使いとは思えないが少なくとも自分はこの時代の……と言うかそもそも彼女たちが本当に曹操や夏候惇に夏候淵だとしたら自分とは時代どころか世界も違う可能性がある。
全くなんでこんなことになったのか……等と思っているとまた曹操が口を開いた。
「それで貴方はこれからどうするか考えているのかしら?」
「なんもない。どこに何があるかもわからんからの。完全に途方にくれとるところや」
でしょうね……と曹操はニヤリとサディスティックな笑みを浮かべる。絶対こいつ苛めっ子タイプだ。
そんな風に虎近が分析していると曹操は更に言葉を続けた。
「ならば冴島 虎近。私と共に来る気はないかしら?」
「本気ですか華琳様!?」
と、曹操の恐らく真名で読んだのは夏候惇だった。虎近はそう来ると予想してたし夏候淵も同様のようだ。
「えぇ、本気よ?天の御使いかもしれないのなら十分に使い道はあるもの」
「ですがこんな如何にも悪者顔の奴の……こやつが天の御使いだと言う保証もありませんし!」
そう夏候惇が言うと曹操はフフ……と小さく笑い、夏候惇は首をかしげる。
「私はね。別に彼が天の御使いじゃなくて構わないの」
「へ?」
と言う曹操の言葉を聞き、夏候惇はポカンとし、虎近は成程……と言葉を口にした。
「つまりお前は天の御使いが欲しいんやない。天の御使いと名乗るものが欲しい……そう言うことやな?」
虎近がそう言うと曹操はその通りと笑みを浮かべながら黙って頷く。
天の御使いは天下を取る器を持つ者と共に……と言うことはそう名乗るものが居るだけでも意味を持つと言うことだ。
ここが現代なら簡単にはいかないだろうが、三国志の時代だとしたら占い師の言葉と言うのは意味を持つ。天の御使いと名乗る奴がいるだけで自分は天下を取るに足る器だと証明出来る。
それが本物だと思わせられれば……であるが。
「どうかしら?天の御使いと言うか役を演じてくれてる間は仕事も用意しましょう。そしたら衣食住の保証もするわ」
「なんや。タダやないんか」
勿論本気な訳じゃない。タダ飯を頂こうと言うほど図太い根性は持ち合わせていないし、あくまで冗談である。
それは曹操も分かっているので、彼女は当然と笑みを浮かべた。
「タダ飯をやるほどお人好しじゃないのよ」
「せやろな」
さてどうしたものか……と虎近は天井を見上げた。彼女が曹操であればこれから色々なことに巻き込まれる。
曹操はこれから起きる群雄割拠の世界で他にも有名な王と比べて最も苛烈に生きた王だ。日本で言うと織田信長に近いものがあるかもしれない。
そう考えると早々に結論を出すのも危険……かと虎近が思った時、曹操はまたサディスティックな笑みを浮かべ、虎近は嫌な予感が脳裏によぎった。
「因みに拒否権はないわよ?」
「なんでやねん……」
と、虎近は自分の頬がひきつったのを感じた。
「当然でしょう?貴方がこれからの時代の流れを知ってるのだとしたらこれ以上に危険な存在はない。私はこれから起きることがわかると言うのは人生の刺激を無くすと思うから聞きたくもないけど、利用したいと思う奴は幾らでもいるわよ?そして私と同じ結論……貴方は天の御使いだと言い出すでしょう。その名を名乗るものだけで十分な天の御使いとこれから起きることの知識……その辺の愚物なんぞに使わせたらこの大陸がどうなるか分かったものじゃない。だからもしここで去ると言うのなら……」
トン……と自分の首に軽い手刀をいれ、今までで一番楽しそうな笑みを浮かべた。
「分かるでしょう?」
「お前恨みを良く買うやろ?」
と、恨めしそうに虎近がいうと曹操はにっこり笑って答えた。
「当然でしょう?この大陸のすべては私のものになる。ならばその害になり得るものは利用価値があるうちは自分で管理して使うか、もしくは駆除するわ」
「……」
虎近はそんな彼女の言葉に息を飲んだ。大陸を自分のものにする……それはなんてことのないようにいっているが、実際は茨の道だ。それを知らない自分ではないと彼女の眼は言っていた。ただ自分でそう決めただけだと彼女の眼は語る。
「ふぅ……分かった。大人しくお前の所で天の御使いっちゅうやつを演じさせてもらうわ」
負けたと思った。こんな胸を射ぬくような目で見られ、虎近は大人しく降参した。それに対して、宜しい……と曹操は頷き、虎近の顔を見る。
「ならばこれから私のことは華琳と呼びなさい」
「なんですとぉ!?」
先程以上に眼をひん剥いて驚くのは勿論夏候惇……いやまあ虎近や夏候淵も驚きはしたのだが。
「それ真名っちゅうやつやろ?ええんか?」
「あら?真名は知ってたのね」
まあ先程槍を突き付けられたから、と言うのは黙っておこう。
「あの、華琳様……?本当にコイツに真名を預けられるおつもりですか?」
「えぇ、これから私の近くで力となる者よ?真名ぐらい預けなければまるで信用してないようだし、少なくとも私はこの男が信用をある程度は寄せても問題ないと判断したわ」
と言うかと曹操……いや、華琳は言葉を続ける。
「貴女達も彼に真名を預けるのよ?」
「なんですとぉおおおおおおお!?」
夏候惇はひっくり返りそうなほど、と言うか本当にひっくり返って驚愕した。ほんと賑やかなやつである。と言うかさっきからコイツ驚きのリアクションしかしてない気がする……
「ふむ、ならば先程も名乗ったが改めて姓は夏候、名は淵、字は妙才、真名は秋蘭だ。これから頼むぞ」
「おい秋蘭!」
と、夏候淵 妙才こと秋蘭が名乗ると夏候惇が跳ね起きて文句をいい始めた。
「そもそも私はまだコイツを信用して……」
「ならば姉者は華琳様が真名を預けるに足ると判断した眼を疑うのか?」
「あら春蘭。貴女随分と偉くなったものね」
と、ニヤリと笑った秋蘭がそう言うと華琳もニヤァっと邪悪な笑みを浮かべて言う。
「あいや!決してそういうわけではなく……」
「ではどういうわけなのかしら?いってみなさい」
そう詰め寄られ、あぅあぅと言葉を必死に考える夏候惇……見てて飽きないと言うか大変面白い。
「えぇい!私は夏候惇 元譲!真名は春蘭だ!コレでいいですよね?華琳様!?」
「全く、最初からそうしなさい」
まあ夏候惇……いや、春蘭弄りはこれにて閉幕となる。
(まあ仲はええんやろうな)
仲良きことは美しきことかな……と言う言葉もあるしギスギスした人間関係してるよりいいだろう。
「ふふ、でもお仕置きが必要かしらね?今夜の閨の上で……」
「かりんさまぁ」
ほにゃあ……っと頬を綻ばせる春蘭とそれを見て悟っているまたサディスティックな笑みを浮かべる華琳に虎近は、
(ホンマに仲いいだけ……なんやろな?)
そんな光景を見て一抹の不安を虎近は感じたが、今更逃げるわけにもいかず肩を落としたのだった……