狩人戦記   作:フラーレン

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二章 フジ村

 単体の非力さと非効率さを埋め合わせるべく、多くの動物は群れを成す。草食竜のアプトノスは種全体としての生存率を高めるべく群れを形成する。鳥竜種ランポスは集団で効率的な狩りをする。

 人間も同じであった。集団を作ってより大きな獣を狩り、多くの植物を採集し、子どもを守った。やがて自ら食料を”生産”する技術を手に入れ、定住を可能にすると固定化された集落を形成した。

 やがて集落同士が繋がりを持ち、人間の”文明”は拡大した。人口が増え、新しい可能性に挑戦したくなる者たちが現れると、彼らは新天地を開拓し新しい集落を形成していった。

 

 この村もその流れの最中にある集落の一つだ。フロンティア精神の強い村長はハンターや船大工、鍛冶屋といった様々な職業の人間を束ね、この辺境の地に村を切り開いた。

 大陸東端、アードラー川の下流付近に位置する平原に切り開かれたその村は『フジ村』と名付けられた。

 

 温暖な村の北側には森林が広がり、さらに進むと樹海にたどり着く。時折ハンターが足を踏み入れるが、サバイバルの技術を持たない並の人間が踏み入れば脱出することは叶わないであろう。そのためにそこは人間の手がほとんど加えられていない。

 そのはずであるが、不思議なことに稀に明らかな人工物を見かける。それはかつて文明が存在した名残であり、数百数千年前に過ごしていた人々が滅びたのか…

 

 

 アクシデントを幸運なアクシデントで切り抜け、無事にイャンクックを討伐したジョンはフジ村への帰路についていた。

 頻繁に人が行き来する場所でも無いので道は舗装されておらず、辛うじて荷車一台は通れそうな幅のみある獣道に、村の方角を指す看板が点在する。

 

 荷袋には戦利品であるイャンクックの鱗や甲殻、狩猟中に見つけたツタの葉やドキドキノコなどが詰まっている。

 中でもビン一杯分の『ハチミツ』は栄養満天でハンターとして非常に嬉しい一品である。

 戦果は十分だ。フジ村の安全を確保するという目的もちゃんと達成できた。しかしジョンには気がかりなことがあった。

 

「なんで子供であるエミリが…」

 

 共にフジ村に住むエミリはまだ9歳であり、村からそこそこ離れた森林に1人で迷い込んできた。無論村の誰かが行かせたわけでは無いはずだが、非常に危険なことだ。

 もし自分と遭遇できなかったら?そしてもしあの女性ハンターが駆けつけてくれなかったら?

 エミリの命を救えたのは偶然が重なった産物だ。

 

 ”もっとも、あのハンターは無事にエミリを村へ届けてくれたのだろうか”

 

 本当に無事であることを確認するまで、今回の成果を心から喜ぶ気になれない。

 狩猟の疲れを忘れ、ジョンは村へ向かう足を早めた。

 

 

 

 怪鳥接近の報告があった前日の夕方に村を飛び出し、翌早朝からイャンクック狩猟を始め、次第に日が沈みかけてきた頃にジョンは村へ帰還した。

 すれ違う村人に歓迎されながら酒場の暖簾を潜る。

 

「ワシも昔はチカちゃんのようなキュートな美人の尻を追い回しとったんじゃぞ〜んん〜〜」

 

 酒の入った小柄な老人が手を握ろうとしてきたのを慣れた手つきでチカは振り払った。

 

「はいはい村長、歳をわきまえてちょうだいね。あ!ジョン、おかえりなさい!」

 

 スケベな老人を見下す目から一転、満面の笑みで酒場の看板娘は幼馴染を向かい入れた。

 待ちに待った英雄の凱旋に村長も気が付く。

 

「おお!よくぞ帰って来よった」

 

「おいおい村長、まだこんな時間なのに酒なんか飲んで。それよりほら、ちゃんとイャンクック、狩ってきたよ」

 

 ジョンは呆れながら荷袋からイャンクックの鱗を一枚取り出してみせた。

 勝利の証を確認するとチカは両手を合わせ微笑み、村長は盃をジョンに向け乾杯の仕草をしてみせた。

 

「うむ、お主も頼り甲斐が出てきたものじゃな、よろしい」

 

 ジョンは怪鳥の鱗を荷袋に戻すと、報告以外の目的を思い出した。

 

「エミリは?狩りの途中で遭遇して偶々居合わせたハンターさんに託したんだが」

 

「無事よ。ほら、隠れてないで出てきなさい」

「…」

 

 机の裏からジョンを覗き込む少女はチカに促されてジョンの前まで来た。散々泣いたのだろう、つぶらな両目は赤く充血している。

 

「ありがとう…ジョンにいちゃん」

 

 俯きがちにエミリは礼を述べた。

 ジョンも無事を確認できて満足し、少女と目線を合わせるためにしゃがんだ。

 

「無事で何よりだ…それよりも何であんな危ないことをしたんだ?」

 

 散々味わった恐怖のために十分反省しているはず。そう思ったジョンは、なるだけ叱られていると思われないよう優しく質問した。

 

「かわいいアイルーちゃんがいて、逃げちゃったから追いかけてたら、どっちがどっちかわからなくなって、それで…」

 

 なーるほど、状況はわかった。と言う様にジョンは頷くと、

 

「もうみんなに心配かけたら駄目だからな。ほら、お家に帰りなさい」

「…うん」

 

 優しく諭すと、小さな背中を見送った。もうアイルーを見つけても追いかけないだろう。

 そこでまた一つ、ジョンは思い出した。

 

「エミリを連れ帰ったハンターは?」

 

「あそこでコーヒーを飲んでるわよ」

 

 食器を洗いながら答えるチカの目線を追うと、酒場の隅の席で1人座る女性がいた。紅く曲線の多い防具に身を包んでいるが頭防具と腕防具は外してリラックスしているようだ。机にはライトボウガンが立てかけられている。

 煌びやかな金色の長髪に引き立てられた華に、ジョンは遠目ながらも少しドキッとした。

 

「ほれ!アリサちゃぁん、ウチのハンターが帰ったぞい」

 

 酔ってエロ親父な口調になってしまった村長にチカとジョンはやれやれと呆れた。

 村長の声に女性は静かに立ち上がると、ジョンの前まで歩いてきた。

 綺麗だ…素直にそう思った。背はジョンよりも20センチ近くも低く、顔つきも幼い。華奢な身体つきは本当にハンターなのか疑わせる。歳下であることは確かだ。純白の肌としなやかな金髪が彼を見惚れさせる。

 

「アンタがあの時のハンターね。私はアリサよ。アリサ・ノア」

 

「えっと…」

 

外部のハンターが来ることは珍しく、ジョンの応対はぎこちない。

 

「ジョン・ブラウン。フジ村専属の大剣使いです」

 

 初対面、かは怪しいが、こういう時はまず名乗るのが礼儀だ。

 何から話せばいいのかいいのか判りかねていたジョンをエメラルドグリーンの瞳が覗き込む。

 

「私の顔に何か付いてる?」

 

「いや、あの時は本当に助かったよ、ありがとう」

 

「ああ、その話ね。別に依頼だからいいわよ」

 

 アリサは両手を腰に当て素っ気ない口調で答えた。

 どう会話を続ければいいかジョンが決めかねているところにエロ村長が割り込んできた。

 

「おほぉ、ジョンもアリサちゃんに釘付けみたいじゃの〜。わかる、わかるぞ、もしワシが若かったらお嫁にほc」

「はいはい黙ってね」

 

 チカは調子に乗り始めた村長の頭をどこからか取り出したクマのぬいぐるみで叩き昏倒させた。

 アリサの気分を悪くしてしまっただろうとジョンは気不味く思った。

 

「ご、ごめんな。村長酒に酔うといつもこうでさ…気を悪くしないでよ」

 

 アリサはご機嫌斜めといった様子で両手を組みジョンを睨みつけた。

 ジョンは気まずさに耐えかねチカに目線で救いを訴えた、のだが何故かチカもご機嫌斜めの様子だ。

 

 ”俺が何したってんだよ…”

 

 理不尽な状況に帰還早々落胆させられたジョンに、一ついい考えが浮かんだ。

 

「ちょっと今時間ある?お礼をさせてよ」

 

 エミリの命の恩人に失礼なことをーーー村長が、だがーーーしてしまったままでは申し訳ない。田舎村だが、ここにしか無いものを見せてあげよう。

 

「え、ええ。お礼なんていいけど、受け取っておいてあげるわよ」

 

 断られるほど機嫌を損ねてはないとわかり安心した。

 こうしてジョンはアリサを”とある場所”へ案内することになった。

 

 

 酒場を出るジョンとアリサを見送ってチカはため息をついた。

 

「仲良くしちゃって」

 

 エミリが失踪してパニック状態のところへ流れのハンターとしてアリサが村に来てくれた。来て早々にも関わらず彼女は依頼通りエミリを連れ帰ってくれた。

 無論感謝している。自分にとって妹も同然の少女の命を救ってくれたのだから。

 でもなんというか、今のやり取りを見て、アリサに負けた気がした。

 不満げな顔で「まったく男って奴は」と毒付くと、ヨダレを垂らし寝ている村長を叩き起こした。

 

 

 

 ジョンはアリサを連れて村の東の外れまで歩いていた。この村で生まれ育った彼はこの村の良さというものを知り尽くしているだけに、その表情は自信に満ちていた。

 

「お礼、て何?結構歩いたけど」

 

「まあまあ着いてからのお楽しみさ。それより…エミリのこと、本当にありがとな」

 

 怪鳥を狩猟しているところにエミリは迷い込んできた。彼女を抱えて逃げたがやがて追い詰められた。あと少しでも目の前の女性ハンターの到着が遅ければ…想像もしたくない。

 

「別にアンタのためじゃないわよ。それとアンタ、まだまだ未熟ね。何の手も無しに女の子連れてイャンクックから逃げれるわけ無いでしょ?目くらましするなり、音爆弾で怯ませるなり思いつかなかったの?」

 

「え、いやまあ、すみません…」

 

 彼女の言うことは尤もだ。あの時持っていた音爆弾でイャンクックの敏感な聴覚を刺激して怯ませてやれば、エミリを遠くまで連れていくチャンスがあったかもしれない。現にアリサは閃光玉でイャンクックに目くらましをしてエミリを逃すチャンスを作ってみせたのだ。

 だが歳下のハンターに”未熟”と言われてしまったことが、彼のプライドをズタズタにした。

 本日数回目の落胆をした時、潮の香りが近づいてきた。

 

「もうすぐ着きますよ」

 

 林を抜けるとそこには絶景が広がっていた。

 どこまでも広がる青い海、橙色の空、そして軽く丸みを帯びた地平線。

 静かに波が漂い、カモメが群れて飛び交う。夕日に焼けた空と涼しげな潮風がさらにアクセントを加える。

 ジョンは客人を突き出た岬までエスコートした。

 

「…きれい」

 

 アリサは感嘆の声をあげた。手に持っていたラングロヘルムとラングロガードを足元に置くと、両手を広げ風を感じた。

 

「俺が一番好きな場所。辛い時、必ずここに来るんだ」

 

 さっきまで毒を吐いていたアリサが浮かべた満面の笑みにジョンはホッとした。

 

「いいところ知ってるじゃない!アンタのこと、ちょっとは見直したわ」

 

 どこまでも包み込んでくれそうな赤い空と、何もかも洗い流してくれそうな青い海。彼女はハンターとして自然に飛び込んできたが、こうして心にゆとりを持って雄大な景色を眺めることは、狩猟中にはできなかった。

 並び立つ案内人を見る。まだ15の自分に言えたことでは無いが、若い。ハンターの世界はむさ苦しい野郎共ばかりで正直うんざりするのだが、久しぶりに爽やかな同年代の男と会った気がする。

 

「喜んでもらえて何よりです」

 

 夕日に映えるその笑顔にドキッとしたが、何かの間違いだと思い首を振った。

 

「アリサさん」

 

「何よその変な呼び方。アリサでいいわ」

 

「じゃあ、アリサ。良かったらこの村でゆっくりしていってよ。依頼は街中のギルドに比べたら少ないけど…」

 

「そうね…」

 

 その身の半分以上を地平線に埋めた太陽。どこにいても、決まった時間になれば必ずそれは大地に光を与えてくれる。

 

 ”自分の通るべき道は、この村でわかるのだろうか”

 

 それはまだわからない。でも目の前の男が自分に見せてくれるのは、きっとこの景色だけでは無いような、そんな気がする。

 

「いい景色ね。本当に…」

 

 夕日に照らされてはっきりとはわからないが、そう答える顔は仄かに紅潮していたに違い無い。

 

 彼女はもう暫くその景色を眺めていたかった。

 

 穏やかなさざ波が岸へ到達する。時間の流れの緩やかさを表すように。

 

 カモメはどこまでも飛んで行くーーー

 

 

 

 

 岬から帰る頃には日が落ちていた。

 夜なのに酒場が賑やかだと思い行ってみると「ようやく主役の登場だぁ!」と村の皆に引き込まれたジョンとアリサ。主役を見つけたチカが声をかける。

 

「あ!おかえりなさい。今夜はアリサちゃんの歓迎会よ〜」

 

 次々と入る注文に忙しなく働くチカや手伝いの婦人たち。主役が来る前から酒場はもうどんちゃん騒ぎである。

 

 村長に連れられ宴会の中心に”連行”されたアリサを気の毒に思いながらジョンは端の席に腰を落ち着けると、行儀よく並べられた肉を頬張った。

 すると近くの席に巨漢の男が2人来た。

 

「いや〜お嬢も人気者だな。あんちゃん、拗ねてないかい?」

 

「そんなことないですよ親方さん。俺は食べれる時に食べるんです」

 

 船大工の親方。村長と一緒に村を開拓した古参の1人。アードラー川の下流に位置するこの村の重要な収入源である交易を支える港の主。造船や建築も先導する、村の中心人物である。

 

「ははは!そうだ食え食え、でないと強くなれねぇぞ〜」

 

 豪快に笑う親方に背中を叩かれジョンは軽くむせた。

 

「女の尻追いかけれんのも今のうちだかんな、はっはっは!」

 

「そんな目で見てないですよ。ダイソンさん、何とか言ってやってくださいって」

 

 ジョンが助け船を求めたのは同じく村の古参であり鍛冶屋を営む巨漢の竜人族、ダイソン。寡黙な男で、ハンターであるジョンの武具を鍛錬してくれる欠かせない存在。スキンヘッドがトレードマークである。

 

「…嫉妬したチカに斬り殺されるかもな」

 

「はあ、ダイソンさんまで」

 

 味方がいないことを悟って本日最後の落胆をするジョンであった。

 

 

 

 楽しい(?)宴会は幕を閉じ、ジョンは酔い潰れた村長を家まで届けてから自宅へ戻った。見た目は人間の老人だが、竜人族である彼の年齢は数百に上るであろう。

 竜人族。ヒトに似て、ヒトではない。指が4本であったり耳の形が独特であったりといった外見の違いがあれば、ヒトを遥かに超える長寿であり博識であるという中身の違いもある。村長のように、彼らの一部はヒトの世界に溶け込んで生活している。

 フジ村をよく知る彼なら、仮に月明かりが無かったとしても暗闇の中帰り着くことができただろう。

 村の皆はもう帰ったはずであるが、家の前まで来ると人影を見つけた。暗くてよくわからないが…

 

「アリサ?」

 

 一旦帰ったのだろう、半袖のシャツにズボンという軽装だ。

 

「あら、まだ帰ってなかったの」

 

「村長を介抱するのはいつも俺の仕事でね」

 

 そう、と呟くとアリサはジョンの家の隣の建物を指差した。緩やかな三角屋根、木造1階建。ジョンの家と同じくらいの広さのゲストハウスだ。

 

「あの家、しばらく借りることになったわ」

 

「お、奇遇だな。じゃあお隣さんってわけだ」

 

「え…」

 

 アリサの微妙な反応は見なかったことにした。今日は十分過ぎるほど落胆したのだから。

 それにしても狩り場から帰って宴会までして疲れているはずだが、なぜ外にいるのだろう。

 

「眠れないのか?」

 

「そうね。色々詰まった1日だったから胸が静まらなくて。新しい枕も慣れないわ」

 

 当然といえば当然だ。今朝村に来たばかりの彼女にとっては目新しいものが多かっただろう。宴会で村長に嫌な思いをさせられてなければいいが…

 

「その…ありがとね。夕日、綺麗だったわ。アンタって意外に風情あるのね」

 

「意外って…まあ、喜んでくれて何よりですよ」

 

 本当に何よりだ。あの景色はジョンの宝物であり、心の拠り所なのだから。

 

「もう寝るわ。おやすみなさい」

 

「ああ。おやすみなさい」

 

 アリサを見送り、ジョンは玄関を開けた。

 家の中へ足を踏み入れる前にふと月を見上げる。今宵は満月だ。

 

 ”綺麗な月だ"

 

 青年は満足すると着替えを済ませ、ベッドに横になった。

 

 

 

 

 


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