約1年半ぶりの更新です。色々設定も練り直したので前の話も修正を加えるかもしれませんが、よろしくお願いします。
白銀とかぐやが映画を見に行った次の日。
雑務をこなし、いつもより早めに生徒会室にやってきた浅見が見たのは、
「恋愛相談?」
「はい! 恋愛において百戦錬磨との呼び名の高い会長なら何かいいアドバイスいただけるのではないかと思って……!」
交際経験の無い童貞が恋愛相談を受けている光景だった。
「いいか! 女ってのは素直じゃない生き物なんだ! 常に真逆の行動をとるものと考えろ! ――つまり、その一見義理に見えるチョコも、」
「逆に本命……!?」
(いや、義理だろ)
生徒会室。
本来、この秀知院学園で最も厳粛かつ神聖であるはずのこの場所で学園最高の頭脳を持つ男、白銀御行は「バレンタインにおけるチョコボール三粒は本命に値するか」という難題に対し、見当違いの回答をしようとしていた。
わからない。
何故こんなことになっているのか本当にわからない。咄嗟のことで反射的にソファの裏に隠れたはいいものの、抜け出すタイミングを完全に見失った生徒会庶務 浅見徹は自分の隠れているソファに座る男子生徒とその体面に座る白銀に心の中で突っ込みを入れつつ、入り口で半開きになっているドアの様子をうかがっていた。
(どうして!? チョコボールですよ!?)
生徒会副会長 四宮かぐや。
白銀に心を寄せながらもそのプライド故に告白するのではなく、告白させるために日々策略を巡らす彼女はこの日、偶然にも白銀の恋愛観を探る好機を得ていた。
―――バレンタインとは女性から男性へと能動的に想いを告げるチャンス!
普段こそ白銀に告らせたいと思っているかぐやだが、バレンタインばかりは話は別。彼女の中では来年のその時期までにはすでに白銀から告白されている予定だが、仮に恋人同士になっていたとしてもバレンタインは特別。白銀に想いに応えるためにそれ相応の物を手作りしようとしていたのだが……
(会長にとってそのレベルでも本命ということは―――もし、私が手作りチョコなどを渡してしまえば…………)
『なんだ、四宮。態々俺の為に手作りのチョコを用意するとは、告白は俺が先にしたとはいえそこまで思っていてくれたとは―――――――お可愛い奴だな』
(ふぁぁぁぁぁぁ!?)
かぐや、妄想の中とはいえ白銀との恋人同士のシチュエーションを想像し悶絶!
(こ、これは危険すぎますね。いくら会長から告白された前提とはいえ、会長の考える本命以上の物を渡しては私の方が惚れていることになります! 来年のバレンタインの贈り物は今からでも考え直さないといけませんね)
(なーんてことを考えているんだろうなぁ)
ソファの裏に隠れつつも,四宮かぐやの思考を正確に読み取った浅見徹は悩んでいた。
浅見徹と四宮かぐやは俗にいう幼馴染の関係である。本格的に言葉を交わし始めたのは中等部に上がってからではあるものの、同じ上流階級に生まれたものとして幼い頃から互いの情報は頭に入っており、交流をするようになってからもとある事情から直接ではないものの冷戦状態にあった彼らには無意識の内に互いの思考を読み合う癖がついていた。もっとも、『氷のかぐや姫』、『孤高のソロプレイヤー』と呼ばれていた二人にとってはそれくらいは想定済みで相手に簡単に考えを読み取らせない術をいくつも用意していた為、その技術が生かされることはあまりなかったのだが……。
(いけないわ! はやく早坂に連絡してカカオの買い占めを辞めさせないと! 今からでも間に合うかしら?)
(聞こえる聞こえる。聞きたくないのに心の声が聞こえてくるよ。つーか、準備早いよ!? 大手カカオメーカーの買収の話お前だったの!?)
半年ほど前からかぐや側の対策が甘くなってきており、時折こうして心の声が読み取れるようになったのである。当初は『氷のかぐや姫』の心の氷が解けたと喜んでいたのだが、長年の読み合いによる弊害かはたまた反撃と称して与えられたいくつものトラウマによるものか、浅見徹の『対四宮系女子結界』はいつの間にか自分の意志ではオンオフが出来なくなっていたのである。
まあ、氷が解けたとはいえそれはあくまで解けかけ。警戒するのに越したことはないのでそれはいいのだが……。
恋愛頭脳戦!!
先に告った方が負けという誰が最初に作ったのかさえ分からないルールに従い、この生徒会室で繰り広げられる二人の水面下の争いに巻き込まれたことこそが最大の誤算だった!!
(それにしてもバレンタインか。まだ早いが、半年続いたんだ。このままいけば来年になっても二人が付き合わない可能性が高い。そうなれば、この無意味な恋愛頭脳戦が再び繰り広げられるとして本命を渡すにしても義理になるにしても、その基準はチョコボール3粒!!)
人によって恋愛観は様々。ある人にとっては本命の高級チョコもまたある人には義理となる。
恐らく、このままいけば白銀の来年のバレンタインは良くてチョコボール一箱。四宮かぐやとはそういう女だ。白銀にとってチョコボール三粒が本命扱いなら確実にそれに近しい物を渡す筈。彼らの恋愛頭脳戦は告った方が負け。自分から相手に好意を持っているから付き合ってほしいと取れる行動は絶対に取らない。
(そもそもオレは来年のバレンタインまでこの状況を続けたいとかは全く思っていない訳だが、流石にそうなったら会長が可哀そうだよな……)
同じ男として一箱百円前後のモノを渡されて『それが貴方に対する私の気持ちです』と言われる場面を想像し浅見は絶句する。バレンタインチョコに関して値段と想いは等価ではないというのは最早男女共に暗黙知のようなものだが、それが義理ではなく両名にとっては心からの本命というのはあまりにむごい。
―――このままいけば四宮かぐやと白銀御行の初めてのバレンタインはチョコボール!! どうにか方向修正をしなければなるまい!!
「話は聞かせてもらった!」
「……お前、モテ期来てるな―――ッて浅見!? いたのか!?」
「何、ちょっと石上の真似をしていてな……」
「いや、確かにたまにそこから出てくるけども!?」
実のところ、石上も先程の浅見と同じようにやむを得ない事情により出てこれない場合があって隠れていることが多いのだが、そんな事はどうでもいい。
それよりも重要なのはこの危機的状況を白銀に理解してもらうことだった。
「いいか会長。今俺が言うべきことは一つだ。この部屋は―――ッ!?」
―――監視されている。
そう言おうとした浅見の背筋に冷たいものが走る。
いや、そんな生温いモノじゃない。それは中等部時代何度も感じた絶対零度の殺気。触れるどころか近づくだけで体の内側まで凍り付いてしまうような純然たる殺気!!
(――まさか!?)
他の者に気付かれないように入り口を見る。
そこには、血も涙もない暗殺者のように四宮かぐやがこちらをヒトとして見ていないような眼で見ていた。
かつて、四宮かぐやが『氷のかぐや姫』と言われていた時代に纏っていた瘴気を何倍にも殺意で濃くしたような視線に思わず浅見の口が止まる。
(こ、これは知らねえ!? こんな殺気は知らないぞ!? こ、この女まさか会長の恋愛観を知るためにここまでッ――)
冷戦時代にも感じたことのない殺気。
四宮かぐやは一度は解けたと思われた氷を何倍にも鋭利にして今まさに浅見徹に突き立てていた。
「この部屋は、なんだ?」
「い、いや、なんでもない」
「どうした、冷や汗が凄いぞ? 熱でもあるんじゃないのか?」
「だ、大丈夫だから。それよりも白銀くん何か相談に乗っていたんじゃないのかい?」
「白銀くん!? お前、本当におかしいぞ!?」
浅見に向けられたかぐやの視線はこの生徒会で唯一の一年である石上後輩の心臓を既に三度止めるほどの威力を未だ放っている。
そして、その意味するところは。
(このまま――このままオレに続けろというのか!? そして、相談に乗る振りをして会長の恋愛観を聞きだせというのか!? そ、そこまでするか、四宮かぐやァァァァァ!?)
(フフフ、浅見君。最初からあなたが居る事は気付いていました。会長とのルール上、私が直接聞きだす事は出来ませんが、偶々聞いてしまったのなら仕方ないでしょう。そう、これは仕方のない事なのです!)
浅見がかぐやの思考を読むようになったのと同じように、かぐやもまた浅見を意のままに操る術を身に着けていた。
それこそが腹心の早坂に探らせて手に入れた秘密の手帳。そこにはかぐやの政敵となりうるあらゆる人物の弱みが記入されており、以前その一部を読み上げられそうになった浅見のトラウマが蘇る。
瞬間、白銀への同情は呆気なく消え失せた。
「そ、それで、なんだっけ? そこの彼にモテ期が来てるとか」
「あ、ああ、どうやら彼は複数の女子に好意を持たれているらしい。だが、あくまで彼の本命は一人! 我々は彼がどうすれば本命であるクラスメイトの柏木さんと付き合えるかアドバイスすればいいわけだ」
「なるほど、因みに会長ならどうする?」
「俺か? そうだな、俺なら―――ふむ、例えばこの扉の前に件の女がいるとしよう」
そうして近づくのはかぐやが覗き見ているあの扉の前。
そして白銀はあろう事かその扉を思い切り叩いた。
「っ!?」
「俺と付き合え……」
「!?!?」
当然、扉一つ挟んだその先にはかぐやの姿があり、
「……と、突然壁に追い詰められ女は不安になるが、耳元で愛をささやいた途端不安はトキメキへと変わり告白の成功率が上がるわけだ。俺はこの技を『壁ダァン』と名付けた」
「なるほど、『壁ドン』ってやつだな」
まさかの展開だが、これはポイント高いのではないか。
その証拠に先ほどの迄浅見の首に突き刺さりかけていたかぐやの殺気が霧散している。少なくとも四宮かぐやに対しては有効な手段と言えよう。一度使ってしまったことで次は少し工夫が必要だが、彼女の反応を見れば成功率は高い。
しかし、当然ながら一つ扉を挟んだ向こう側にかぐやがいることを知らない白銀がそんな事を考える筈もなく、
「? いや、『壁ダァン』だが?」
「いや、それもうあるやつだから――まさか知らずにやったのか?」
「なるほど、近い名称のモノがあるのか。世の中には俺に近い頭脳の持ち主が居るんだな。だが、『ドン!』より「ダァン!!』の方がインパクトがないか?」
自らの編み出した恋愛必勝術の有用性を説明し始めるのであった。
これでは折角のインパクトもすべて扉の向こうのかぐやに筒抜け。効果も何もあったものではない。
「と、兎に角その『壁ダァン』についてはもういいから、相談者に参考になったかどうか聞いてみたらどうだ?」
「む、そうだな」
きっと暫く『壁ダァン』は使えないだろう。
そもそもこの方法は相手の思考力を奪った状態で告白するという一歩間違えれば脅迫まがいの行為ととられかねないもの。実行する本人にその気がなくとも相手の気分を害した時点で告白は犯罪へと姿を変える。
そのリスクを理解したうえで、相談者の彼はどうするのか。一人の男として男子生徒の覚悟を確認しようとすると、
「天…才…」
(お前もか!?)
そこには白銀の出した提案をまるで天啓を受けたかのようにワナワナと、震えて驚く箱入り息子の姿があった。
(そういえばそうだった! こいつ、よりにもよって会長に恋愛相談しに来るようなバカだったよッ!? 第一、トップが相手に告らせるためだけに半年掛けるような学園の生徒が『壁ドン』も『壁ダァン』も知るわけないよなぁ!?)
―――駄目だこいつら早く何とかしないと!
恋愛頭脳戦という無駄に高度な駆け引きを見ている内に浅見の中の恋愛観もだいぶおかしくなっていたようだ。
この場に普通に告白をしようなんて考える者はいない。
このままでは確実に彼の告白は失敗する。
「失礼しまーす」
「あのなぁ、そもそも告白ってのはある程度好感度を上げたうえで行うもので、上げる前にするものでも上げてからされるのを待つものでもないんだよ!」
「あ、浅見先輩。この前貸したギャルゲーどうでした? 結構難しかったでしょう?」
「毎日の挨拶から話題づくり、更には相手の好みを把握したうえで適切なプレゼントやデートを積み重ね――」
「結構ヒロインごとに好きなものとかシチュエーションが作りこまれているんで、攻略サイト見ないと何回もストーキングして一つ一つ埋めてかないとですし――」
「最っ高のタイミングで自分の考えた自分だけの言葉で語ってこそ――」
「ああ、告白の時期ミスるとバットエンドですもんね。でも、流石に告白のシーンでセリフを入力するのはクソですよね。一気にあそこで冷める人もいるんじゃないかなぁ」
「告白っていうもんなんだけどなァァァァ! 石上ィィィィィィイ!!??」
「え、なんですか先輩!?」
告白。
「浅見君。貴方まさか……」
恋愛って何だろう。
「さ、流石にゲームで学んだ知識をガチの恋愛相談に持ち込むのはどうかと思うぞ?」
「僕、会長の案でやってみます!」
友情って何だろう。
「せ、先輩? ま、また僕なんかやっちゃいました?」
人生って何だろう。
「この、恋愛脳どもがああああ!!??」
それはその年、一番の叫びだったという。
本日の勝敗結果
浅見の負け
しかし、彼はまだ知らない。これが後に続く苦悩の始まりだということを。
次回、四条眞妃は告られたいにつづく。