秀知院生徒会副会長四宮かぐや。
同生徒会書記藤原千花。
同じく、浅見徹。
この三人は俗に言う幼馴染の関係にある。それぞれ初等部からの顔なじみであり、当然ながらその結束は他の役員よりも固い。
「あ、会長! そのお弁当一口もらってもいいですか?」
「あ、ああ。構わないが」
「わーい! あ、これ美味しいです! お礼にこれどうぞ!」
(藤原さん。どうやら、私たちの関係もここまでのようね)
(うわー。また藤原ちゃんのこと虫を見るような眼で見てるよ。近づきたくねー)
……そう、その結束は何よりも固いのだ。
三人の運命がはっきりと交わる様になったのは中等部時代。
当時、四宮かぐやは四宮家の厳格な帝王学を叩き込まれた影響により、ナチュラルに他人を見下す傾向にあり、周囲との関わりを拒絶していた。
入学以来成績では常に首位を独走し続け、何をやらせても華々しい功績を残し続ける正真正銘の『天才』の存在に周囲の者も初めの内は大いに喜んでいた。が、どれだけ尽くしても決して心を開かず他人を寄せ付けようとしない彼女に対し次第に恐れを抱き離れていく人が次々と現れた。
そうして、いつしかまるで別世界の人間のように扱われるようになった彼女を人々はその氷のような雰囲気も相まって『氷のかぐや姫』と呼ぶようになり、誰も近づこうとしなくなっていった。
そんな彼女の側にいたのはどんなに冷たい態度を取って拒絶してもいつも笑顔で付き従ってくれた藤原千花くらいであり、それ以外の人間は彼女の顔色を伺って機嫌を損なわないようにするばかり。あまりに次元の離れた実力に同調する者も現れず、ましてや彼女に突っかかってくるものなど存在する筈も無かった。
だが、どんな事柄にも例外は存在する。
それこそが中等部時代、ある意味でかぐやと双璧を成していたと言われる男、浅見徹である。
当時、彼は今とは違いかなりキレていた。
「何故いつも一人なのかって? それはオレがプロのソロプレイヤーだからさ!」
『孤高のソロプレイヤー』を自称し、「異世界転生に役立つ参考書」という怪文書を普段から持ち歩く彼を周囲の人々は生暖かく見守り、決して近づこうとしなかったという。そういう意味ではかぐやとは別の意味で彼は孤独だったと言えよう。
だからこそ、生まれながらに孤高の存在である彼女と周囲からの干渉を嫌い孤独を愛する年頃であった彼が出会うのは必然であった。
「…………おい」
きっかけは本当に些細な事だった。
「なんですか?」
「これはオレが先に取ったものだ。手を離せ」
「何を言っているんですか。先に目を付けたのは私です。離すのは貴方の方でしょう」
ある日の放課後、とあるパーティー会場でばったり出くわした二人はまるでそれが当然かのように衝突した。
しかし、今と違い他人との軋轢など気にすることなく周囲を拒絶し続けてきた彼女にとって他人に物を譲るという考えは無かった。そもそも周りが自分を勝手に避けていくため何かを真剣に争うという経験すら皆無だったかぐやはこの時初めて浅見徹という少年を認識する。
そして、肝心の少年はと言えば。
(ソロプレイヤー。それは決して集団には属せず、風の向くまま気の向くままに行動する男の中の男の職業……)
そもそもかぐやなど眼中には無かった。
一人でいる事に固執する彼にとってこの程度の事相手が引いてくれればそれでよい話だったのだ。何か言っているようだが先に手に取ったのはどう考えても自分。どれだけ理屈を並べてもその事実は変わらない。故に自分が譲る必要はない。一度そう自分の中で決めてしまった以上それをたしなめてくれる友人のいない彼にはそれでこの話は終わり。
だが、なぜか相手は引く様子が無いらしい。よろしい、ならば戦争だ。
互いに自分から引くという選択肢が存在しなかったが故に起こった悲劇。
一触即発だったその場を収めたのは意外な人物だった。
「仲良し警察ですっ! 喧嘩する悪い子はここですか!?」
藤原千花。
当時の彼女は――――当時から彼女だった。
トランプとは物事の勝敗を公正に決めるうえで非常に適している玩具である。
誰もが知っていて一組で様々な種目を遊ぶことの出来る多様性は他にはないと言えよう。
そんな数ある種目の中、二人が選んだのは神経衰弱であった。
言わずと知れた定番ゲームであり、伏せられた52枚のカードから2枚のカードを捲り同じ数字であればそれを獲得しもう一度トライが可、揃わなければカードを伏せて次のプレイヤーに。全てのカードがとられた時最も獲得枚数が多かったものが勝者となる。
一般的にこの種目は記憶力がカギとされ、ある程度カードが出揃うまでは勝敗が見えない為自分だけでは無く相手のターン内でも気を配る事が重要とされている。
しかし、この二人に限ってはその法則は当てはまらない。
「勝負は2ポイント先取制。先に2本取った方が勝ちとする。いいな?」
「異論はありません。さっさと終わらせましょう」
「二人とも頑張ってください!!」
因みに、この時点で二人の仲裁をした藤原千花は仲裁した側の人間にも拘らず! 開始数秒でイカサマを二人に見破られた結果この時点ですでに脱落していた!
「……私の先行ですか」
「お手並み拝見だな」
どんなときでも驚くことはおろか感情を動かすことすらない四宮かぐやという存在に流石のソロプレイヤーも興味が湧いたらしい。そういうと出会ってから初めて彼はかぐやの方を向いた。
対して、かぐやが抱いていた心情はなんだっただろうか。その時の彼女はまるでそれが最初から決まっていたかのようにそう言った。
「心配しなくてもいいですよ。……もう、貴方のターンは回ってきませんから」
「何っ!?」
かぐやが最初に捲ったカードはハートのエース。次に迷う事無く対になる様にクラブのエース捲られる。
「わ、凄いです。かぐやさん! 幸先がいいですよ!」
自分がイカサマをした挙句バレて失格になった藤原女史もこれにはにっこり。全ての配置が不明な状態で偶然当てるとは確かに運がいい。そう思っていた時期もあった。
続いてダイヤのエースに、スペードのエース、ハートの2にクラブの2、ダイヤの2にスペードの2……!?
「26ペア。これで全部ですね」
「なん……だと!?」
全盛期の四宮かぐや伝説。
現在とは違い、駆け引きや出し惜しみをすることなくただひたすらに勝利に向けて進む彼女には常に幸運と勝利の女神が味方していたという。
そんな彼女に掛かればこの程度の奇跡は日常茶飯事。大抵の相手はそれで折れる筈だった。
「まずは1ポイント取られたか。なら、次はオレからだな」
「……まだやるんですか?」
この時点で勝敗は見えている。
例え後攻であろうとかぐやは残っている全ての札を取りきるだろう。先手で過半数を取るなど本来はなら限りなく不可能に近い所業であり、目の前の少年にそれを行えるとは思えなかった。
だが、浅見徹はそんなかぐやの予想を覆す。
「こ、これで14ペア。お前と違って1から順番にとはいかなかったけどこれで今回は俺の勝ちだぞ!」
それはかぐやの才能とは違い、たぐいまれな集中力と日々の鍛錬によるもの。
日頃から自分にはサイコメトラーの才能があるのかもしれないとたった一人で何度もこの競技を行ってきた浅見だからこそできる芸当。日々の努力は決して嘘は付かないものだ。
だから、もう一度同じことをやれと言われれば浅見は迷う事無く頷くだろう。
「も、もう二人とも! 何でそんなに強いんですか!? これじゃイカサマと同じじゃないですか!」
「ああ、藤原さん。まだ居たんですか?」
「イカサマをやっといてよくそんな事が言えるよな」
「う、うう」
極度の集中状態にある二人にとって最早藤原の仲裁も意味をなさない。彼らの間にあるのは相手がイカサマをやっているのではないかという疑心とそれを見抜けない事による苛立ち。そして、相手のトリックがわからない以上次の勝敗の行方はどちらかが先行を取った時点で決まるであろうと言う事のみ。
「最初に言っておく、オレは相手の視線や手の動き、汗のかき方などでどの手が出てくるかある程度分かる。……まあ、要するにオレは生まれてこのかたじゃんけんで負けたことはない! ……この勝負オレの勝ちだ」
「そんな事、天地がひっくり返っても有り得ません」
「と、まあそんな訳でオレ達はその後なんだかんだあって当時の生徒会役員に選ばれて今の関係に落ち着いたわけ」
「結局、最後は藤原さんのせいで台無しでしたけどね」
放課後、いつもより早く仕事を終えた面々は当時この秀知院では無く、別の一般校に通っていた白銀も交えて昔話に花を咲かせていた。因みに石上は既に途中でかぐやの逆鱗に触れノックアウト。藤原に関してはイカサマの件になると周囲から集中砲火を受けて最後に「そういえば、二人はあれから仲良くなったんですよね!」と、いつものようにお花畑な思考回路からの爆弾発言を残してそそくさと逃げだしていた。
「ちょっと待て! 今の状況から一体何があったらこうなるんだ!? 藤原書記が何かやったというのはわかるが、それで犬猿の仲だったらしいお前達がこうして仲良くケーキを食べてる姿なんて思い浮かばんぞ!」
「そこはほら、色々あったんだよ」
「そうですね、色々ありました。当時の生徒会の先輩がなかなか酷い人でしてそれどころじゃなくなったのが大きいですが……」
「本当に何があった!? というか二人とも今とキャラが変わり過ぎじゃないか!?」
「白銀、世の中には色々な価値観があるんだよ」
『この世は金が全てです。え、ボッチ? 孤高を気取る痛い奴? だいじょーぶ! どんなに性格に問題があってもお金があれば無問題っ! お金がある人なら私は暖かく迎え入れましょう。そう、結局この世は金ですよ金』(意訳)。という、ヒトとしてどうなのかと当時の二人ですら思った人格者が当時の生徒会を牛耳っていたのだ。
人の振り見て我が振り直せ。
自分から誘ったくせに会計しかやりたくないからと二人に会長と副会長を押し付けた上に無駄にスペックの高いその先輩に対抗する過程で共闘・裏切り・別離など様々な経験をした結果、浅見とかぐやは当時とは違い衝突する事も無く笑い合うようになった。
そこにはもう『氷のかぐや姫』と言われていた彼女も『孤高のソロプレイヤー』を自称していたキレていた頃の彼の姿も無い。
今では想像もつかない生徒会の仲間たちの昔話を聞いてふと、白銀はどうして当時そこまで接点の無かった彼らが争うことになったのか気になった。
「で、結局お前達二人がそうまでして取り合ったものって何だったんだ?」
「「………………ショートケーキ」」
今回の勝敗
引き分け ショートケーキは藤原書記がおいしくいただきました。