秀知院生徒会室にある開かずの扉と呼ばれる場所の奥。
学園でもごく一部の者だけが知るその場所にそれはあった。
『浅見なんでも相談所』
次代の日本を背負っていくであろう人材が多数通うこの秀知院においても思春期特有のデリケートな悩みを持つ生徒は多く、彼らの話を聞きより良い方向へ導いてあげるのも生徒会役員の務めである。
相談者の情報は決して漏らさず、学園に関わる事ならどんな事でも的確に助言することをモットーとしたこの場所には特定の手順を用いてしか入る事は出来ず、またここにいると言う事はそれだけ大きな悩みであることを意味する。
所長である浅見の前には今日も迷える一人の少年が座っていた。
「すみません、先輩。こんな時間に呼び出して」
「別に構わないさ。でも珍しいな、お前が俺に相談なんて。いつもは会長とかに行くのに」
「いえ、今回は会長には相談しづらい内容でして――」
秀知院生徒会第五のメンバー会計 石上優。
彼が今まさに、満を持して――――
「会長と四宮先輩って付き合ってるんですかね?」
物語の核心に触れようとしていた。
石上優!
彼はデータ処理のエキスパートである!
この秀知院学園は会長のみ選挙で選出され、他の役員は能力に応じて任命されるシステムである。彼は入学間もない一年生にも関わらず白銀のスカウトにより生徒会に加入した優秀な人材である。
普段仕事は持ち帰り生徒会には打ち合わせ程度でしか顔を出さないが、彼もまたれっきとした生徒会メンバー。
紛れも無い秀知院生徒会会計である!
その彼を今、秀知院生徒会は失おうとしていた。
(ヤバい、どう考えても石上が消される……)
一見、興味本位で聞いているように思えるが、対応を間違えば取り返しのつかない事態になる事を数々の経験から浅見は確信していた。
浅見自身、能力によってこの役職に任命されたその道のプロと呼ばれた男。
相手の眼とその仕草からどの程度の深刻さなのかは想像がつく。しかも今回は良く知る後輩が相談人である。自分の返答によって起こりうる未来が浅見には手に取るように見えた。
「で、なんでそう思ったの?」
「いや、この前ですね。お二人が今話題の映画に見に行くところを偶々見まして……」
「ふーん。いいんじゃね? 別に、同じ生徒会の仲間同士なら映画位行くだろ? オレも藤原ちゃんとたまにB級グルメツアーとか行くし、お前も会長とよく遊ぶだろ?」
「それはそうなんですけど……あの二人ですよ? 行くにしてもどちらかから誘わないといけない訳じゃないですか。その光景がどうしても思い浮かばなくて」
そういえば映画のチケットのくだりの時コイツ居なかったな、と思いながらも浅見は軽く流しつつ、ルートの選定に入る。
まず、大前提としてこの石上会計は秀知院生徒会というヒエラルキーにおいて最下位に位置する。
尊敬する
そして、これが一番問題なのだが、
「それに、気になってそのまま見てたんですけど、一緒に行ったなら一緒にチケット買えばいいものを二人で別々に買ってるんですよ。―――――やっぱり会長
この男、致命的に空気が読めないのである。
「いやいや、どうしてそんな考えに行きつくのさ。別にチケット位別々に買うだろ。大体
「実は黙ってたんですけど……僕、四宮先輩に脅されてるんですよ。何があったかは……脅されているので言えませんけど」
「いや、うん。それは知ってる」
以前、かぐやがケチな白銀を誘う為に喫茶店の割引券をテーブルの下に隠していたのを石上が見つけてしまったところを目撃していた浅見は知っていた。そしてその際、背筋の凍るような形相で警告されていたのも。
「多分あの人、既に2、3人は殺ってますよ」
「それな」
時に強すぎる視線は凶器にもなりえる。
事実、かつて『氷のかぐや』と呼ばれていた四宮かぐやはその冷たい眼差しだけで対抗勢力の御令嬢を登校拒否にまで追い込んだ。最近ではだいぶ丸くなったものの、白銀が関わる事例に関してだけは『氷のかぐや』時代の片りんにさらに殺意の波動的なものを混ぜ合わせた強化版の殺人光線を放つことがある。その主な被害者である石上がそれを心配するのは無理も無いだろう。
「でも、かぐや様に限って会長を脅すなんて事は無いんじゃないか? あの二人あれで結構仲いいし」
「僕もそう思って先週四宮先輩に会長が好きなんですかって聞いてみたんですよ」
「お、おう。聞いたのか……」
流石石橋を叩いて渡るどころかそこに埋まっている地雷に片っ端から突っ込んでいく男だ。怖いもの知らずにもほどがある。
因みに、その時浅見は残念ながらその場にいなかったが二人の会話はある程度予想が付く。
『私が会長をっ!? 馬鹿な事言わないで頂戴! そんな訳ないでしょう!』
『恋愛対象として見ていないんですか?』
『え……ええ、勿論』
『本当に?』
『むしろそんな噂されてメーワクなくらいです!!』
『あ、わかりました。じゃあ、会長に伝えてきまーす』
石上デッドエンド。
「多分、暗殺術極めてます。ソファの角使って締めに来るとかプロですよ」
「ある意味そのデリカシーの無さは尊敬するよ……」
そこで「お二人はお似合いだと思ったので」とか口に出していればよかったものを、的確に地雷だけを踏み抜き自爆する姿は流石は石上クオリティ。後、彼女は彼女で四宮財閥の御令嬢なので護身用にある程度実戦的な武術を極めているのだが、これ以上こじらせないようにここでは黙っておこう。
「あんなこと言っていた四宮先輩が会長と一緒に映画に行くとは思えないですし、会長は会長でまずペア用のチケットを用意している時点でありえないですよ。しかも、二人用のポップコーンを買わされていたんですよ?」
「お前、会長のこと尊敬しているとか言ってるくせに結構辛らつだな」
「そういう所も含めて尊敬していますので。で、ここから先は脅されているんで言えないんですが、四宮先輩まるで会長がチケット買う瞬間を見届けるまで動かないぞって様子だったんですよ。あれって完全に途中で会長が逃げないか見張ってました」
いえ、座席指定システムを知らなくて助けを求めていただけです。
どうやら彼はここに来る前にまた余計な事を言って彼女の逆鱗に触れてしまったらしい。
(ここから石上が生き残る為には……)
正直なところ間が悪いとしか言えないが、こんな彼でも秀知院生徒会には必要不可欠な存在である。
確かに彼は最弱で
「いいか石上。あの二人の事はオレに任せろ。お前は何も心配せずにお前に出来る事をすればいい。必要なものは先輩であるオレが全部背負ってやる」
「浅見先輩……」
そう、これこそが石上会計の生き残る唯一の道。
真実を知ってしまえば彼に残される道は貝の様に閉じこもり口を閉ざすか勇気と胃薬を握り締めて立ち向かうかの二択。そんな困難な日々を先輩として後輩に歩ませる訳にはいかないのだ。
「石上。お前にはお前にしか出来ない事がある。それを見つけるんだ。そうすれば、きっと現状も打開する事が出来る」
「僕、浅見先輩のこと勘違いしていました。影が薄いだけじゃなかったんですね!」
「あ、うん。そうなんだ。……オレってそんなに影薄いかな」
ところ変わって生徒会室。
相談が終わる頃にはすっかり夕日が暮れ、普段は遅くまで残っている筈の白銀の姿も今日は無かった。
「相談事は終わりましたか?」
そんな中、浅見が帰るのを只一人待っていた彼女は夕日を背に思わず見とれてしまうような笑顔で語りかけてきた。
「ええ、まあ。何とか……」
「それはよかった。いつだかのように彼がまた生徒会を辞めるとか言っているのかと心配していましたが……その様子なら問題なさそうですね」
四宮かぐや。
普段の会長とのやり取りからあまり想像は出来ないが、本来の彼女はとても勘の鋭い人間である。中学時代は周囲を寄せ付けない孤高と言った彼女だったが、現在は下の者にも気を掛ける様になってきており、普段は色々とありつつも石上が最近何か悩んでいると気付き、浅見に相談に乗ってあげて欲しいと言ってきたのも彼女であった。
(悪いな石上)
だから、浅見はあえて知らぬふりをした。
彼女がなぜこの時間まで生徒会室に残っていたのか。何故一部の人間しか知らない筈の相談室の事を知っていたのかを。そして、何故石上が以前生徒会を辞めたがっていたことを知っているのかを浅見は断腸の思いで全身全霊を以て気付かないふりをした。
「で、私や会長に黙ってこんな部屋を作って一体貴方は何をしているんです?」
(実は――――オレも脅されてるんだよ……)
浅見徹。
なんだかんだ言って四宮かぐやとは十年来の付き合い。『氷のかぐや』時代から今に至るまで長い年月を掛けてその身に染みついたかぐやに対する恐怖と忠誠心は石上の比では無かった。
今回の勝敗
かぐやの勝利(白銀陥落の為の新たな拠点と人材を入手)
次回、中等部時代のかぐや達の秘密が……