今原作読み直しているんですが、石上会計と早坂さんが本格登場するのが三巻とかでビックリ。
「よし、いくか」
藤原書記の登場で勝負が有耶無耶になってから数日。
何とか二人を映画に行かせることに成功した浅見は街に繰り出していた。
生徒会において庶務とは雑務全般を行う下っ端のイメージがあるが、秀知院においてもその認識は残念ながら変わらない。華やかな生徒会メンバーの中でただ一人、いい意味でも悪い意味でも目立たず黙々と仕事をこなしていく。誰に褒められるわけでもなく、ただほんの少し、自分の仕事を見てくれている人が居ればそれでいい。
浅見にとって生徒会における自分の役割は彼らの影であり、常に彼らの補助に回る事こそが自分の役目だと確信している。
そんなわけで、本日も生徒会メンバーを陰ながらサポートしようと思う。決してデバガメでは無い。
「1,2,3……今日は多いな。まぁ、噂は流れていたし当然か」
早めに来ていて正解だ。
二人が本日映画を見る劇場近くには見知った顔がいくつもあった。
普段、第三者から見るとどう考えてもバレバレの好意を示し合っている二人だが、その道は意外にも厳しい。お互いに名門秀知院の中でもトップクラスに優秀な人材。お似合いと言える二人であり、そういう噂もあるにはあるが、それを面白く思わない人間は沢山いる。
あの生徒会の中にいると忘れがちだが、元々秀知院では初等部から在籍する者を『純院』、中途入学の者を『混院』と言い、純院の生徒が混院の生徒に対し横暴な態度を取ると言った行為が日常的に起こっている。
その理屈で言うと混院である白銀と純院であるかぐやが付き合う事を面白く思わない人間は当然存在するわけだ。それでなくても人気のある二人を振り向かせようとあの手この手を使って二人の仲を引き裂こうとする輩が後を絶たない。
「全く、振り向かせたいならこんな手を使わずに真っ向勝負で行けばいいのにな。まぁ、あの二人を見ているとそんな気持ちすらなくなるわけなんだが……」
ともあれ約束の時間まであと二時間。
恐らくあの二人は性格的に一時間前くらいには来て互いに相手の出方を伺うはずなのでそれまでには戻りたい。
「一時間か。雑用係の腕の見せ所だな」
「うわー、流石に引くわー」
露払いを済ませ、二人にばれないように変装した浅見が目にしたものは想像を絶する光景だった。
天気のいい休日の昼下がり、普通なら買い物や遊びに出かける人々で賑わうはずの街の景色は一時間前とはすっかり様変わりしていた。
何人かにお灸を添えたとはいえ、人が居なくなったわけではない。問題はその内訳だ。
『……こちらB地点、対象が現れました。現在ママチャリに乗ってC方向へ進行中』
『こちらC地点自転車置き場。対象はシネマ方向へ向かうと推測される』
左耳に付けていたイヤホンが電波を拾う。
彼らも恐らく自分と同業だろう。既に多くの邪魔ものが処理された後だと思われる街道には浅見と同様に変装したエキストラ達が至る所に配置されていた。見る者が見ればわかるその仕草は完全にプロのそれであり、彼女が今日という日にどれだけの覚悟で臨んでいるか想像できる。
これこそが世界有数の大企業『四宮グループ』の実力。懸けている人材と労力が庶民とは一味違う。
そうとは知らずしっかりと待ち合わせ一時間前にママチャリを駐輪所に止め、何食わぬ顔で待ち合わせ場所に向かう白銀には涙を禁じ得ない。今のところ彼は手のひらの上で踊らされている憐れな獲物だ。同じ男としてどうにかしてやりたいが、それで二人がくっつくのなら心を鬼にして見守ろう。
「会長も憐れよなー。あれ、付き合っても自由とかないぞ。あ、石上からメールだ。なになに? 『束縛してくる女とかありえないですよね』? はは、お前ここにいたら多分死んでたぜ。後、オレはギャルゲーなら全ルートやって全員愛すから、そういうの甲斐性次第だし」
『対象進行中! ランデヴーポイントまでカウント――――』
そうこうしている間に白銀が目的地に着いたらしい。
「貴方達はもう引き上げて構わないわ」
近くに高級車で待機していたかぐやも車を降り、そのまま周囲の人間を引き上げさせ―――
「かしこまりました」
「って、おい! 帰るんかい!?」
頭がいいくせに今一詰めが甘くていつも失敗する主人の指示に素直に従い撤収しようとする集団の元へあわてて向かう。仕事を終え、テキパキと帰宅の準備を進める黒服たちの中でも「はい、てっしゅーでーす」と、やる気の無い声をあげる金髪のギャル風の少女へ駆け寄る。
「おい早坂、本気で帰るのかよ!」
「はい、そういう指示ですし」
早坂愛。
四宮家使用人にして、かぐや専属
そして、日夜白銀に『告らせたい』かぐやの相談に乗り、こうして実働部隊の指揮を執る彼女を浅見は親しみを込めて心の中で同志早坂と呼んでいる。
だが、この早坂。普段は低血圧なのか、どうもテンションが低い。
「待ち伏せまでしといて、会長が来たら撤収とか普通ないだろ。最後までやれよ!」
「はぁ、でも私はあくまで仕事をしているだけですので。どこかの誰かの様に休日の朝から待ち構えて態々雑草まで抜いておくような真似はしませんよ」
「お前さ、見てたんなら手伝えよな。なんか変なのいたんだけど、明らかに学生じゃないどっかの組織に雇われたロシア人が居たんだけど……」
「それはご苦労様です」
何気ない会話。
しかし、この二人が普段こうして話す機会はあまりない。
なんだかんだ言って初等部からの付き合いではあるが、片やかぐやの付き人、片や生徒会職の中でも最も地味な雑用係。その待遇には天と地ほどの差がある。
同じ影を生きる者同士かち合うことは有るが、こうして同じ目的を持って職務に当たる事は割と珍しい。
「で、このまま帰って上手くいくと思うのか?」
「流石に大丈夫なんじゃないですか? 無事に合流できたみたいですし、あとは映画を見るだけでしょう?」
早坂の言う事にも一理ある。
通常、この手のデートは待ち合わせまでが一番の難関であり、白銀が制服できているのはぶっちゃけありえないが、かぐやが流している以上これ以上それが問題になる事は少ないと思われる。
だが、しかし!
あの二人は今まで生きてきた世界が正反対ともいえるコンビだ。通常の同じ価値観を持つカップルなら起こりえない事態を高確率で引き起こしてきた様を浅見はもう何度も見ている。合流できたから安心しろというのは無理な話だ。
「オレの予想では手を繋げればいい方だな」
「そんなにですか」
「そんなにだ」
この半年間における二人の進行具合を見るとこれでもマシな方だ。恐らくその段階までは進まないだろう。だが、せめて手を握るくらいはというのは今まで見守ってきた中で浅見の中に生まれた二人に対する親心が暴走した結果の希望だ。同じポップコーンを食べようとして手が触れあってしまう。そんな恋人イベント位は起こって欲しい。……そもそもあのケチな白銀にわざわざ二人用のポップコーンを買うという選択肢があるかが微妙だが。
「そもそも、かぐや様って映画とか見に行ったことあんの?」
「ないですね。見たいものがあれば我々が用意しますので、こうして一人で街に出かけるのも初めてなくらいですよ」
「……一人で?」
浅見が先程見た至る所に配置された黒服たちは見間違えだったのだろうか。
まあ、いい。そんな事は問題じゃない。今、問題なのは――
「何であの二人一緒にチケット買わないんだろうな」
何故か一緒に並んでいたのに別々のカウンターに入っていく二人。
今回見る映画は仮にも今話題と名の付く人気作。当然そこには『座席指定』の文字がある。
一般庶民の白銀と違い、四宮かぐやは国内屈指の最富裕層である。当然、このようなシステムに明るい筈も無く。未知との遭遇に完全に思考停止に陥っていた。
「……早坂、会長のほう頼めるか?」
「わかりました」
隣にいた同志早坂に素早く目配せを行い、浅見は静かにかぐやの後ろに並ぶ。普通にどちらかが先に買い、相手に座席を伝えればいい話だが、この二人に限ってそんな当たり前の事はしないだろう。
(G-12か。了解了解)
早坂から送られてきた白銀の座席を確認し、その隣の席を確保する。途中白銀が自分の座席のヒントを出していたが、かぐやは何を勘違いしたのか彼の斜め後ろの席を購入していた。そのまま不正解のチケットと白銀の隣の席のチケットを気づかれないようにすり替え、ミッションコンプリート。
(危ない危ない。このままだと手を握るどころか上映中一切顔を合わせないところだった)
まさかこんな初歩的な段階で失敗しそうになるとはこの二人、やはり予想できない。
だが、これで最低限の目的は達成できるだろう。
「ふ、勝ったな」
「何でお前もここにいんの?」
「この映画、一回見たかったんですよ」
「いや、まあ、オレもチケット結局買っちゃったからいいんだけどさ」
その後、何故か本来のかぐやの座席の隣を買ってきた早坂と一緒にデートの行く末を見守ることになったのだが、当の二人は上映が終わったにもかかわらずその場で口論に発展していた。
「犬ですよ! 絶対犬の方がいいに決まっています!」
「いいや、猫だな。猫以外はありえない!」
肝心の二人は互いに似ているという理由で犬猫論争に発展し、既に手を繋ぐどころでは無く浅見たちは自分達の努力が水泡に帰すいつもの感覚を感じながら劇場を後にするのだった。
「ポップコーン食べる?」
「あ、私ショコラチョコ派なんで」
「何それ、俺にも頂戴」
同志早坂の小さいのに値段は割高なポップコーンは美味かった。
本日の収穫。
ちょっと割高なポップコーン。