新釈聖剣伝説   作:そんなバナナ

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其の六

アーサーと共に眠りについた後、アルトリアはいつもの様に夢の中でマーリンと出会っていた。

 

理想の王になる為に。と幼い頃から眠りについた後にマーリンから教育を受けていたアルトリアにとって彼との付き合いは思えばもう随分長いものになる。

 

「先程は急にどこに行ってしまったのですか?」

「うん?あぁ、君たち3人がゆっくりとできる最後の夜には私がいない方がいいと思ってね。なに、私なりの気遣いというやつさ」

 

そうなんでもない事のように言うこの魔術師の姿にふと兄の親友である想い人(アーサー)が重なったアルトリアはなんとなく頰が熱くなるのを感じた。

 

「それで、今日はどの様な御用でしょうか?」

 

もはや王は決まり、自分が学ぶ事など無くなった。その為こうしてアルトリアの元にマーリンが現れる必要も無くなったのだ。少し寂しいがしょうがない。マーリンにはアルトリアよりも王となったアーサーの事を導いて貰わなければならないのだ。

 

「私が君の元を訪れた理由かい?いやぁ、それは勿論君が王となる時のための勉強しか無いじゃないか。折角彼が時間を作ってくれたんだ。さ、今日の勉強を始めようか」

「ちょっと待ってください。もう王はアーサーさんに決まりました。マーリンは何故アーサーさんでは無く私の元に来るのですか?」

「だって彼に何かがあったら困るじゃあないか。ずっと待っていた王を失えば今度こそ民は失意のうちに果てるだろう。そうならない為には君がいつでも王となる準備を整えておかなくてはね。さあ、今度こそ始めようか」

 

「お断りします」

 

マーリンの言葉に何かモヤモヤしたものを覚えたアルトリアは気付けばそう言葉に出していた。

 

「その言い方だとアーサーさんに何か良くないことが起こるみたいです。私は絶対にそんな事は起こさせません!だから今日限りでマーリンの王になる為の授業は拒否させていただきます!あ、今までありがとうございました」

 

矢継ぎ早に言葉を並べ立ててからアルトリアは無理矢理意識を覚醒させる。起きてしまえばマーリンは何もこちらに言う事が出来なくなるだろう。これは基本的に素直で人の良い彼女があのまま夢の中にいて彼に言いくるめられない様にする為に考えた最良の手であった。

 

 

「どうしたんだいアルちゃん、眠れなかったのかい?」

 

眠りから覚めたアルトリアの視線の先にあったものは火を絶やさない様に焚火を弄りながらこちらを見つめるアーサーの姿であった。見れば義兄は布に包まって寝ており、彼らが見張りを交代してから既に短くない時間が経過している事が分かった。

 

「いえ、少し良くない夢を見たもので……」

「それならこっちに来ると良い。この季節でもやっぱり夜は冷えるからね」

 

アルトリアはそう言って自分の隣を軽く叩くアーサーの元に向かい、彼の隣に腰を下ろした。

 

「アーサーさん、私とケイ兄さんは絶対にあなたを支えてみせます。だから何かあったら私と義兄さんを、私を頼ってください」

 

それはアルトリアの決心であった。初めてマーリンに反抗してまで押し通したい意地でもあった。

 

「ああ、そうさせて貰うよ。約束だ……」

 

アーサーはいつもと変わらぬ泰然とした柔和な顔つきでアルトリアの頭を撫でた。

アルトリアの頭を触れるその手はとても暖かかった………。

 

 

 

 

 

 

 

 

「全く、強情な娘だ……」

 

アルトリアが去った後の夢でマーリンは一人呟く。彼女はああ見えて

一度心に固く決めたらテコでも動かないだろう。今まで従順に言う事を聞いていた彼女の初めての反抗からしてこれからは絶対に自分の教育を受ける気が無いのは確かであった。

 

「アルトリアにそんな意志を芽生えさせた彼には困ったものだ」

 

ーーまぁ、それも含めて面白いんだけどね。

 

キングメーカーとも呼ばれる花の魔術師はそう一人ごちた後もはや用が無くなった世界から姿を消した。

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

山賊に襲われた村の救出、街を脅かすサクソン人の撃退、巨人族の討伐、そして偶々遭遇したピクト人との激闘。

 

花の魔術師マーリンから獅子王アーサー・ペンドラゴンに課せられたと言われる様々な試練はそれはもう困難なものばかりであったという。しかし最も驚くべきことはそれを成したアーサー王が大した修行もせず、戦いの中で自らの武を築き上げていったということであろう。

 

勿論その試練の数々は彼が単独で乗り越えていったのではなく、頼れる親友(サー・ケイ)とその義妹(アルトリア妃)が居た訳ではあるが、それにしても見事な経歴である。

 

さて、それでは今回は数々の試練を経た後のアーサー王が彼の代名詞とも言える聖剣エクスカリバーを手に入れるところまでを語るとしよう。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「以前にも話したと思うが君が持つカリバーンではヴォーティガーンには傷一つ付けることは出来ないだろう。それにそれは元々儀式用の物だからね、最早君の強引な魔力放出に耐えかねてボロボロだ」

 

今日も激しい戦いが終わりせめてものお礼として泊めてもらうことになった民家の一室にて馬小屋を見せてもらいに行ったアルトリアとその付き添いのケイを待つ間、アーサーはそんなマーリンの言葉を聞いた。

 

「ヴォーティガーンの名前が出てくるということはいよいよ、っていうことかな?」

「あぁ、君も気付いているだろう?最初はただの盗賊団から始まって敵がどんどん強大な相手になっているという事を」

 

アーサーが剣を抜いてからもう随分経っていた。そしてその時間の経過と比例して敵は強くなっていった。剣の稽古も大した時間が取れず、取り敢えず戦いの中で掴んだ魔力放出によって一瞬で近づき、力一杯斬りかかるという何とも稚拙な戦い方しか出来るようにならなかったが、時間が無い今はどうしようもない。

 

敵の動きは確かに活発になっている。それはこの前何とか撃退したピクト人を思い出すとより信憑性が増していた。このままではマーリンの言った通りに近いうちに完全にブリテンは異民族に飲まれるだろうことは疑いようがなかった。

 

「より強力な新しい武器が必要になった、と言うことか……。でもどうやって?今から探しに行って間に合うのかな?」

「それはアルトリアとケイが戻ってきてから教えよう」

 

 

「2人ともお待たせしました!」

 

アーサーとマーリンの会話が終わってからそう時が経たないうちにアルトリアとケイが戻ってきた。

 

「やぁケイ、何だか疲れているようだね。アルちゃん、何かあったのかい?」

「アルがなかなか馬から離れなくてな。あのままだとここで一夜を過ごすと言いかねなかったから無理矢理引き剥がしてきた」

 

少しやつれた様子のケイにアーサーが尋ねたところ、大の馬好きのアルトリアの悪癖が発症したようであった。

 

「べ、別に馬小屋で寝ようとは思っていなかったですよ!ただ少しだけ、本当に少しだけ大きなお馬さんに夢中になってしまっただけで……」

「あぁ、アルちゃんは昔から馬の世話が大好きだったからね。それじゃあ2人も帰ってきた所でマーリン、さっきの話の続きだ。俺はこれからどうすればいい?」

 

「これから君はカリバーンを紛失しなければならない」

「紛失?アーサーが剣を無くせば良いのか?」

 

マーリンの紛失という言葉に疑問を持ったケイが口を挟む。

 

「勿論適当にその辺りに放って置いたら良いというわけでは無いよ?紛失というのは物としての欠損、簡単に言ってしまえば折れればいいんだ。ただしそれ(カリバーン)には強い(まじな)いが掛かっている。並みの方法じゃあ折れないんだ」

「でももうカリバーンはボロボロになっているんだろう?それならば俺があと何回か強引に使えば折れるんじゃ無いのかい?」

「確かに君が後2回ほど今までのように使えば使い物にはならなくなるね。でもそれでは光を失うだけだ。破壊は出来ないだろう」

 

さらにマーリンは話を続ける。

 

「選定の剣が破壊されるのは君が騎士としてあるまじき行いをした時と君が王として完成した時の2つ。と言っても後者はヴォーティガーンを倒していない今はまだ無理だろう」

「それではアーサーさんがわざと騎士道に背かなくてはいけないと言うことですか?」

「そう言うことになるね。でもアルトリア、これは次に進むためにはしょうがないことなんだよ。大人しく受け入れるしか無い」

 

マーリンとアルトリアのやり取りを聞いていた

「……分かった。それじゃあ俺はどんな事をすればいい?」

「なかなかに適応が早いね。もう少し取り乱すと思ったけれど」

「剣を抜いた時に覚悟は決めたさ。それに俺が泥を被って済む問題なのならば別にそれで構わないよ」

 

そう言ったアーサーの顔は穏やかでありその言葉が強がりではないと言うことを如実に表していた。

 

「そうかい……。それならアーサー王、キミはここでケイを切るんだ」

「なっ、それは本気で言っているのですかマーリン⁉︎」

「本気も本気さ。自分を慕って付いてきてくれた何の罪もない友を切る。これに勝る非道はそうそう無いだろう。それにケイ、偉大な王の治世の礎となれるんだキミも本望だろう?」

 

マーリンはケイを見た。その表情は能面のようで心中を伺うことはできないが、決して自分の命を惜しんでいると言うわけでは無いだろう。口ではなんだかんだと言いながら心の中には一本の筋を通している。ケイという男はそういう人間だ。このままいけばすぐに自ら首を差し出すだろう。

 

実を言うとこれはマーリンにとっても痛い誤算であった。そもそもここまでの戦いをアーサーが生き残るとは露ほども思っていなかったのだ。そのために本来なら決められた過程を通って紛失されるはずのカリバーンであったのだが、その機会はまだまだ随分先の事である。モルガンがまだ本格的に王位を求めている彼女になっていない現在ではどうしようもないのだ。

 

本当ならばケイにはいずれアーサーかアルトリアが王となった時に彼もしくは彼女を支えると言う重要な役目を与えたかったのだが仕方がない。これまでの試練(嫌がらせ)の中でもはやマーリンはアーサーの事を認めざるを得ない状況になっていた。

 

もちろんマーリンに今まさにヴォーティガーンを討たんと立ち上がろうとしている彼等に本当はブリテンが滅びるまではまだだいぶ時間があるという真実を伝えて本来の聖剣喪失まで待つという選択肢は無い。

なぜならばそれをしてしまえば今まで自分がアーサーにしてきたものが完全に私怨からくる嫌がらせだと認めるようなものだからだ。そうなればアルトリアは絶対にマーリンの事を許さないだろう。

マーリンにとっては人がどうなろうと構わないが、自分が嫌われるのは嫌なのであった。

 

「本当に……本当に俺が首を差し出せばアーサーはヴォーティガーンを倒す手段を得られるのか?」

 

よし来た!マーリンはそう思った。これで後はアーサーがケイを切るだけだ。これによってカリバーンは木っ端微塵に砕け散るだろう。そして新たな剣(エクスカリバー)を得る筋道が通るのだ。

 

「あぁ、心配しなくていい。きっとそうなる。キミの後は私が引き継いでアーサー王を支えよう。さ、アーサー王。ケイもこう言っている事だしスパッとやっちゃってくれ。この決断によってキミは必要な力を得るだろう」

「そんな……本当に他の手段はないのですか⁉︎こんなのあんまりです……。そうだ、アーサーさん、切るのならばケイ兄さんではなく私にしてください!」

「アルトリア、キミは何を言っているんだい⁉︎キミはここで死んでいい人間ではない!」

「ケイ兄さんだってそうです!」

 

「アル、良いんだ」

 

ここでケイが口を開いた。

 

「ここでの俺の死が後に続くものになるのならば俺は本望だ。アーサーが真の王になる姿を見られないのは残念だがな……。さぁ、アーサー俺を切れ」

 

そこにあったものは死の目前で足掻くような見苦しいものではなく、覚悟を決めた人間のいっそ清々しいあり方であった。

 

「出来ないよ」

「あん?」

「俺は君を切ることは出来ない」

「アーサー、おまえ今の状況がわかっているのか⁉︎このままではおまえもアルも俺もこの島に住む誰も彼もがいずれ死ぬ!でももし、もしここで俺1人が先に死ぬことで未来に続く可能性が得られるのならば俺は迷いなく死を選ぶ!早く俺を切れアーサー!」

 

「君が死んだら意味がないだろう!」

 

それは青年が、アーサーが初めて見せた怒りの感情であった。

 

「俺が剣を抜いたのは苦しむ人々を救いたいからだけじゃあ無い!ケイとアルちゃん、君たち2人を何よりも守りたいからだ!ここで君を切ってヴォーティガーンを倒したってそこに君が居ないのならば意味がないんだ!」

 

蛮族に襲われた村を見ても、山賊に慰み者にされた少女の話を聞いても、飢えて痩せ細った人々の姿を見ても悲しそうな表情をするだけで決して怒りを見せなかった親友の怒りにケイはたじろいだ。

 

 

「マーリン、とにかくこれ(カリバーン)が折れれば良いんだろう?」

「そうだね、でもさっきも言った通り並みの方法では……」

 

マーリンの言葉が終わらぬうちにアーサーは鞘から抜いた剣の両端を握る。

 

「聖剣が折れれば良いのならばこうするまでさ!」

 

その言葉と共に全力で、魔力も筋力も総動員した文字通りの全力でカリバーンを折ろうと力を込める。

 

「おいおい、そんな無茶な方法で折れるわけがないだろう⁉︎仮にも強力な魔術で鍛えられた剣だぞ!」

「大丈夫さマーリン、この剣だって無理だろうと思っていたのが抜けたんだ。心から願えばなんだって出来るはずだ!」

 

そう言ってアーサーは更に力を入れる。その時、アーサーを除いた3人は何かがピシリと弾けたような音を聞いた。

 

「ハァァアアッッ!」

 

瞬間弾け飛ぶ刀身。聖剣は真っ二つに折れていた。

 

「嘘だろう⁉︎本当に力技で折ったというのか⁉︎」

 

マーリンはその身を驚愕に震わせていた。

何度も口にした通り腐ってもカリバーンは(まじな)いが掛かっている聖剣、間違っても唯の人間には破壊できるものではなかった。

 

 

「はぁ、はぁ。ほら折れた。これを見ろケイ!決して譲れない想いがあれば俺たちはなんだって出来るんだ!」

 

ーーー想いの力。それは夢魔との混血であり真っ当な人間ではないマーリンにとって一生理解のできないものなのかもしれない。しかしその力は自身の操る魔術の力なんかよりもよっぽど強力な物のように思えた。

 

「勝手に聖剣を抜かれた時もそうだったが本当にキミには驚かされることばかりだ。それにしても想いの力か……もしかしたら我々が作り出したアルトリアと違ってキミは星が生み出した理想の王なのかもしれないね。いいだろう、その残骸を渡してくれ。キミの新たな剣はボク(・・)が受け取りに行こう」

「それは俺が直接行かなくて良いのかい?」

「アーサー王、私が今まで見せてもらったキミのあり方は彼女(精霊)たちにはちょっとした毒だからね。剣を渡した対価にキミ自身を要求されては本末転倒だ」

 

彼の前にも武力に優れた王はいた。知力に優れた王もいた。民を守った王もいた。それぞれ強い輝きを持つ王であったが、アーサーの輝きはその誰よりも勝る。どんな状況でも決して崩れない英雄性、最初は全く興味を持っていなかった自分(マーリン)が引き寄せられたのだ。それはエクスカリバーの持ち主である湖の貴婦人であっても変わらず惹かれるものであろう。

 

欲しいと思ったものは躊躇いなく手に入れようとするものが精霊だ。アーサーと湖の貴婦人を会わせたらきっと彼女はアーサーの為に身を粉にして働いてくれるだろう。しかし精霊は自らの働きに対価を求める。その為にアーサーの事を湖まで連れて行く訳には行かなかった。

 

「これから私はとある湖にて貴方の新たな剣、星の聖剣エクスカリバーを手に入れてくる。それから帰ったら私は正式に貴方に仕える魔術師となろう、その時は受け入れてくれるかい?」

「俺はもうマーリンの事は仲間だと思っていたよ。こちらから頼みたい。マーリン、これからも俺に力を貸してくれないか?」

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

こうしてアーサーはその代名詞とも言える聖剣エクスカリバーを手にする事となる。実は選定の剣こそがエクスカリバーであり彼が自らの剣を折ったなどというのは全くの創作だとする声も少なくはないのではあるがここはこれで話を進めて行こうと思う。

 

獅子王アーサーと卑王ヴォーティガーンの激突まであと少し………

 

 




アーサー「君が!折れるまで!僕は力を入れるのをやめない!」




今回はかなり駆け足。花の旅路も書きたかったけどそれまともにやっちゃうと本当に話が進まなくなっちゃうからしょうがないのです。

次はヴォーティガーンの予定。ロンゴミニアドさんは色々あるから今はまだノータッチで……

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