俺以外の男性IS操縦者が軒並み強いんだが by一夏   作:suryu-

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今回はしゅーがく氏視点です。

投稿が遅いのを許してください…(震え)


6話 紅視点

 今日の教室はいつもと違っていた。理由は簡単だ。

今日のISの講義は実機演習なのだ。今まで座学でしか触れてこなかったISを、今日は遂に触ることが出来るということで気分が高揚しているのだ。

 

「やっぱり皆、楽しみにしているんだねぇ」

 

「そうだな」

 

 最近は休み時間もフェルメールと話すことが増え、誰かしらと一緒に居ることが増えた。

中学生までのことを聞かれたりだとか、聞いたりだとかそういうことを話したりしている。そのうちに、また別の話をしたり出来るんだろうな、と俺は思っていた。

 次の講義がISなので、そろそろ移動しなければならない。実機なのでISスーツを着用しての講義だ。

女子は教室で着替えるから良いものの、俺が教室で着替える訳にもいかない。なので男子はアリーナの更衣室で着替えた後、集合して講義を受ける。

 

「悪い。俺、着替えてくる」

 

「男子だもんねぇ~。いってらっしゃーい!!」

 

「あぁ!!」

 

 そろそろ行かないと間に合わないということで、クラスメイトに見送られながら、俺は教室を出て行く。

 実機演習の講義は基本的に2クラス合同で行うことが多いが、3組はどうやら合同で行うことは無いらしい。理由は幾つかあるとのこと。

それは昨日、山吹先生に仕事を頼まれた時に訊いたことだった。

1つ目は『1年のクラスが5つしかないこと』。2つ目は『他学年とISの講義が被っているから』だそうだ。それなら単独になるのも無理はない、と俺は思った。

 アリーナに入って、俺はISスーツに着替える。

もう何回か着ているものだが、やっぱりクラスメイトに見られるのは恥ずかしいものだ。男ではあるが、多分クラスメイトの方がそういうのを気にすることだろう。

あまりジロジロと見るのも悪いだろうから、細心の注意を払わねばならないな。

そんなことを考えながら、俺は実機演習の講義が行われるグラウンドに出ていった。

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

 講義が始まる前には既にグラウンドにクラスメイトたちが集まっていた

俺はというと、どうやら少し遅れての到着だったらしい。

 

「あっ、天色くーん」

 

 チャイムが鳴るまでは離れたところに居ようと思ったのだが、呼ばれては無碍には出来ない。

俺は走ることはなく、歩いて近づいていった。

 俺は織斑 一夏や蓮とは違い、顔のパーツが整っているという訳ではない。つまりは普通なのだ。2人だったらまた別なのかもしれないが、やはり嫌悪感を抱くクラスメイトも居るだろう。

いくらISが動かせる男性だとしても、どうしても駄目な相手は居るというものだ。人間は選ぶ生物だ。

何故こんなことを今になって考え始めたのかというと、周りを見た俺の感想だった。男でISが動かせるからという理由から好奇心で接してくるクラスメイトもいれば、そういうのを全く気にせず来るクラスメイトもいる。その中には、ここ10年で世界中に蔓延しているような風習を肯定しているクラスメイトも居るのだ。

『何で男がISを……』というような感情が滲み出ている者も居るのだ。

何にせよ、そういう相手とは関わらないのが一番なのだ。

 

「天色くんは専用機で実機演習なの?」

 

「そうなるな。使わないのは宝の持ち腐れだ」

 

 こうして話しかけてくるのは寛容なクラスメイト。簡単に言ってしまえば"自分の意思で物事考えるタイプ"だ。

ライフル部に俺を誘ってきた垣谷 実もその1人だ。教室でよく話しかけてくれる内の1人で、俺もよく話しかける。結構さっぱりとした性格をしているのだ。

ちなみにフェルメールの数少ない友だちの1人でもある。

 

「着替えながら聞いたんだけどさぁ、ジェードって山吹先生の解説以上に癖のあるISらしいじゃない?」

 

「ありゃ癖の塊だ。どこを取るにしても癖しかない。もう『癖』って改名した方が良いのかもなー」

 

「そんなに? 何でも、過剰に付けられたスラスタが云々とか……」

 

 ジェードの詳しいスペックを知っているのは山吹先生とフェルメールくらいだが、十中八九フェルメールが喋ったんだろう。

まぁ、どのみち皆知ることになるから問題無いだろうな。

 

「走る時にスラスタが勝手に動くんだよ。安定性を犠牲にして使用者の疲労軽減を図ってるみたいだけど、逆に足が変に力むから疲れるんだよ」

 

「へー、足を浮かす補助をしているのかな?」

 

「まるっきりそのためにスラスタが作動しているんだよ。まぁ、お陰で普通のISじゃ出来ない動きが出来るようにはなっているけどな」

 

 そうこうしていると、山吹先生がグラウンドに現れた。

時間的にも講義が始まる時間ということもあり、俺たちは分かれて整列をする。そうこうしていると、チャイムが鳴る。

 

「さぁーて、ISの実習、いってみよー!!」

 

 テンション爆調だな、この人。ということで、俺がクラス代表なので挨拶をする。

 

「よろしくお願いします」

 

「「「「よろしくお願いします!!」」」」

 

「うむうむ、よろしくされてやろうっ!! じゃあ早速だけどさ、あそこに見えているラファール使うよ」

 

 そう言って、赤色の生地に白いラインの入ったジャージ姿の山吹先生が指を指した。

その先にはグラウンドの端に置かれたビニールシートを被った大きな物体。それが何だか分からなかったが、ラファールだったのか。

 

「はいはい、前列に並んでいる子は取りに行ってねー。残りは私の説明を聞くこと」

 

「「「「はいっ!!」」」」

 

 今日が初実機演習なのに、良いのか? と俺は思った。

まぁ、山吹先生の方針だから良いのだろう。それにこれまでのISの講義の座学では、ISについてのことを学んできている。置かれているラファールを起動し、ここまで歩いてくることの造作もないだろう。

俺は山吹先生の説明に耳を傾けた。

 

「皆が今から使うISの説明をしてもらうか!! ここはお手本でフェルメールさん、よろしくぅ!」

 

「はい。山吹先生の仰ったラファールは正式にはラファール・リヴァイブ。フランス・デュノア社製第二世代型IS。第二世代では後発の機体ながらも、第三世代とは引けを取らない性能を持ち合わせています。装備によって近・中・遠距離仕様に切り替えることが可能なマルチロールファイターで、操縦も容易ですので搭乗者を選びません」

 

「はい合格。てな訳だけど、初回は非武装ね。攻撃はパンチしか出来ないけど、そもそも今日は戦闘訓練はしません!!」

 

 誰も何も言わない。それだけ真剣なのだろう。

 

「本当は打鉄もあったんだけど、別の実習でどうやら剣で打ち合いをするみたいなんだよねぇ。だから残ってたラファールしかないので、皆文句は言わないようにね」

 

 返事はない。文句は無いのだ。

ひとまず、ISに乗って訓練が出来ればいいからな。

 そうこうしていると、ラファールを取りに行っていたクラスメイトが戻ってきた。皆装着した状態でこっちに歩いてくる。かなり足取りはおぼつかないが。

そして近くまで来ると、膝を付いて装着解除をしてこっちに戻ってきた。

ここまでは既に座学で習っているし、出来なければおかしいことだから皆出来て当然なんだろう。

 

「さてさて、ラファールも来たところだから早速やろうか? ラファールは4機あるから全員4グループに分かれてね。それぞれのグループに専用機を持ってる天色くんとフェルメールさん。それとISの訓練経験のある……」

 

 こうして始まったのは良いが、どうしてこういうことになるのだろう。

バラバラにグループに分かれての実習になるが、俺とフェルメールその他2名は事前に講義内容を聞いていた。今日は装着と歩行訓練、装着解除までを行うとのこと。時間が余ったら走るらしい。

それは良いのだ。俺もそんな風にフェルメールにコーチしてもらっていたから。だけど、この状況などうなんだろう。

皆、人数が同じくらいになるように別れたのだ。だがどうしたものか。

 

「天色くんもISを装着するんだよね?」

 

「もし何かあった時に対応出来るのはISだけだもんね?」

 

「ほらほら!!」

 

どうしても皆、俺にISを使って欲しいらしい。俺だって訓練中でまだ浮くことも出来ないというのに、訓練中の暴走を止めることなんて出来ない。

まぁ、生身よりかはマシかと思い、俺はISを装着することにした。

 今までISを装着する時には何かしら口に発していたが、今は考えるだけで展開することが可能だ。

すぐにISを装着して、足を地面に着ける。

 

「ほら、さっさと実機演習始めないとドヤされるぞー。出席番号順で装着して歩いてみてくれ」

 

「「「「はーい!!」」」」

 

「軽いな……」

 

 山吹先生が話していた時とはまるで雰囲気が違う。何というか、まさしくクラスメイトに勉強を教えてもらう時の態度みたいだ。まぁその通りなんだけど。

 出席番号順に並んだクラスメイトたちは、ラファールに乗って歩く実習を行う。

俺はその横で立って見守るだけ。特に何かするという訳ではない。何か危険があったりだとかする時に注意したりするだけだ。その危険も今のところ無いんだけどな。

たまに危なっかしい歩き方をするクラスメイトも居たりするが、別にイメージ・インターフェイスやPICでどうにかなっている訳でもないので気にすることは無いだろう。

そう思っていた時期が俺にもありました。

 

「やっぱり歩くのは基本中の基本で、特に気にするところとかなさそうだねぇ」

 

「普段歩いているように歩くだけだからな」

 

「まんまそれだよ。ただ視線が高くなって腕が長くなって足が太くなっただけだけどね」

 

 そんなことを話していた。今乗っているのは垣谷さん。

確かにたまに足を引っ掛けたりしているが、注意するところはないだろう。そう思っていたその時だった。

 

「……へっ? きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 何かを考えてしまったんだろう。ついさっき気にしなくてもいいだろうと考えていたイメージ・インターフェイスやPICが作動してしまったみたいだ。

ラファールを装着した垣谷さんがグラウンドから浮き上がり、急上昇を始める。座学でもまだ浮遊と飛行に関しては詳しくやっていないのだ。制御できるとは思えない。

このまま放置してしまうと墜落してしまう。

いくら絶対防御があるとはいえ、墜落の衝撃をシールドエネルギーで吸収しきれなかったら怪我をしてしまうかもしれない。

 

「天色くん!! 何があったの?!」

 

「垣谷さんが急上昇を!!」

 

 すぐに駆けつけた山吹先生に状況を伝えるも、動くことはなかった。

俺もまだ浮遊すら出来たことがないのだ。それにこんな時に限ってフェルメールの姿が見えない。空を飛べるのはフェルメールだけなのに。

 

「回収しないと不味いっ……。天色くん、確か受け渡ししてから毎日訓練してたよね? 飛行は?」

 

 この状況下なら、俺に頼るのは当然だろう。山吹先生が飛んでいっても良いんだろうが、ISスーツを着ていない。

もし着ていたとしても、残っている3機全てがコケて立ち上がろうとしている最中なのだ。途中で解除しても、装着には時間がかかる。

だが、そんなことを踏まえても俺は飛べないのだ。飛んだことが無い。

 

「……まだ飛べてないんですよ」

 

 その言葉に返答は無かった。山吹先生は対応策を考えつつも、どこかに電話を始めた。

そんな間もグラウンド上空では垣谷さんが制御不能状態で飛び回っている。まだ浮いているが、いつ落ちてきてもおかしくない状況なのだ。

ここで俺が行かなければ、もしかしたら垣谷さんは怪我をしてしまうかもしれない。『ISで人が死ぬことはない』と言われているが、これは話が別だ。

初心者が空から墜落だ。洒落にならない。

 

「クソッ!!」

 

 俺は自分の無力さに苛立った。ここまで自分が役立たずだとは思わなかったのだ。ここでただ墜落するのを見ているだけしか出来ないのか、俺の心が蝕まれていく。

だが、やれることを思いついた。走る時にスラスタが作用するのを応用してジャンプすることが出来るということを。

俺はすぐに腰を低く落とし、足に力を入れた。それと同時に脚部のスラスタから排気が始まる。

 

「えぇ、ですから他学年の打鉄が救助に……、ってぇ、天色くん?! 何しているのっ?!」

 

 そんな俺の様子に気付いた山吹先生の声を無視し、俺は飛び上がった。

だがふかし具合が足らなかったみたいだ、50mくらい浮いたところで落下を始めたのだ。垣谷とラファールが飛んでいるのは地上から200mくらいのところ。

今居るところから悲鳴が聞こえてくるが、そこに届かないのが悔しくて仕方が無かった。

 

「空を飛べればッ!!」

 

 そう思ったのだ。訓練をもっと必死にやっていれば、もっと追い込むような構成にしてもらえば、俺はそう思ったのだ。

だが今悔やんでも遅い。今からどうにかなるものではない。

だが今飛びたいのだ。飛ばなければ、さっきから上昇を再開した垣谷とラファールが墜落してくるかもしれない。それだけは何としても避けたかったのだ。

 

「飛べ、飛べ、飛べ……。浮遊なんて知るかッ!! 思い出せッ!!」

 

 必死に記憶を掘り返す。フェルメールが飛んでみせた訓練の時、そして講義の内容、どんな風に考えて飛ぶのかを。

 

「飛べ、飛べ、飛べ……」

 

 落下しつつも姿勢を維持しつつ、いつスラスタが動き出しても良いようにする。

そしてその時は来たのだった。

地面から約30cmのところで、スラスタが作用。全ての噴射口から高熱の圧縮空気が吐き出されたのだ。周囲の砂を巻き上げ、俺の身体は今まで感じたことのないGを感じる。

とはいえ機体特性上、かなりカットされているみたいだが、今まで訓練してきた中では感じたことのないほどの圧力だった。頭の中では『ISの前方で角錐を展開するように……』とかよく言うが、俺の場合は思いつくだけ想像して出来たのは『前方に矢印の先端を向け続けるように……』というものだった。

そして気づいた時には垣谷とラファールの飛んでいる同高度まで上がることが出来たのだ。

 

「よしッ!! 飛べたッ!! 垣谷さんッ!!」

 

「ぐすっ……うんっ……」

 

 手を取ってそのまま俺は降下していく。

落下するに連れて速度が上がっていくが、俺はこの時気付いていなかった。浮遊をすっ飛ばして飛行をしたは良いが、停止をどうやってやれば良いのか分からなかったのだ。

俺はそのことを素直に垣谷さんに伝える。

 

「済まない垣谷さん」

 

「ぐすっ……何が?」

 

「飛んだは良いが、着陸の仕方を知らないんだ」

 

「えっ?! ちょっとッ?!」

 

 そう言いながら俺は地面に仰向けに寝るような体勢になり、腹の上に垣谷さんを抱え込む。

こうすれば落下した衝撃を受けるのも俺だけだ。俺が抱え込むことで垣谷さんへの衝撃は幾分かは減るはずだ。俺はそう思いつつも、減速しようと試みる。

停止を知らないのなら減速すれば良いだろう、そう思ったのだ。

スラスタから推進力を得ているのだとしたら減速は逆噴射すれば良い、そう思っていた。だが現実は違っていた。

ジェットエンジンみたく、ISの推進器には逆噴射なんて機能は付いていない。更に言ってしまえば、脚部推進器とは逆向きに指向するスラスタは多少は付いているが、それでは減速出来ないということだ。

 

「ごめんッ!!」

 

「うそーーーー!!!!」

 

 俺は大きなクレーターを作った後、衝撃に耐えられずに気絶。IS1機で2機分の質量は支えられなかったらしく、絶対防御を超えるダメージを受けたみたいだった。

背中を打撲、右肩から出血、左腕にヒビが入ったらしい。ちなみにこの学期始まってISの実機演習での負傷者は2人目。どうやら1組の時に織斑 一夏がやらかしているらしい。俺よりは酷くなかったらしいけどな。

ちなみにその話を聞いたのは、俺が気絶してから2時間後に目を覚ました時だった。

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

 保健室で寝起き一番に、俺は山吹先生から説教を食らっていた。『浮遊も出来ないと言ったのに、後先考えずに飛ぶ奴が居るか』とか、『落下姿勢的にスラスタをふかせば減速出来たのに、どうしてしなかったのか』とか、『ISの絶対防御を過信するな』とかお小言を色々貰った。

背中が痛くて顔は見えなかったが、ここ2週間で初めて聞く声の調子だった。

 肩の出血はそこまで酷くなく、打撲も青あざになるほどでもなかった。左腕はギプスで固定させられていたが、頭を打ったので一応1日安静にしておけとのこと。

その話を保健室の養護教諭の先生に言われた後から、どうやら面会の許可が降りたらしい。何だか言い方が大げさな気もするが、まぁ1日入院扱いだからそうもなるんだろう。

 

「……」

 

 そんな訳で一番乗りしてきたのは垣谷さんだった。

まぁ、うん。俺が垣谷さんの立ち位置だったならそうする。

 

「……気にするな!! うん」

 

「……」

 

 気にするなって言われても、気にするのが人間だ。素直に『はい気にしません』なんて言える人間は少ないだろう。俺だってそうだ。

自分のせいで怪我をさせてしまったから、罪悪感とかがあるんだ。それをどうにか拭いたい、そう思っているに違いない。

どうするのかを考えていると、垣谷さんが口を開いた。

 

「助けてくれて、ありがとう」

 

 そこから動こうとはしない。病室に入ってきて立ったまま、そう言い始めたのだ。

ベッドの横に椅子があるというのに、そこに座ろうとはしない。入ってきた状態のまま、そう言ったのだ。

 

「どういたしまして」

 

 ここでオーバーに言っても仕方ないだろう、俺はそう思った。だが垣谷さんは違っていた。一瞬、苦しそうな表情をしたのだ。

困った。どうしようか。俺は考える。だが、どう言っても苦しそうな表情をするかもしれないと考えると、言葉が出てこないのだ。

そんな状態だが、黙っていても仕方ないだろう。何か言おうと考えて、俺はあることを言った。

 

「……飛べたからチャラ!!」

 

「はい?」

 

「だから、飛べたからチャラってことで」

 

 そう言って俺は強引に通した。だが、それでも垣谷さんは納得しないようだ。

これは俺が何か要求するべきなのだろうか?

考えはするが、多分ギプス程度だったら利き腕でも無いしどうにでもなると思うんだ。だから身の回りのことを頼むことは出来ない。

どうしたものか……。

 

「そんな……でも……」

 

「そうか。うーん」

 

 間を繋ぐために何かしら声を出しておく。

 

「き、今日は入院なんだよね?」

 

「え? あ、そうだけど?」

 

「確か入院中に貰える夕食って味気ないって聞いたんだけどさ……」

 

 それって、外の病院だと思うんだけどな。学園内の保健室の病室だったら、他のものが出てくるかもしれない。

よく分からないな。

 

「へぇー、おかゆとか?」

 

「ううん、負傷者と親しい人に500円渡されるんだけど……」

 

 何それ酷い。……まぁ、普通は部屋で泊まるってことはないだろうからな。それに病人食を食べさせられるような患者は、学園外の大学病院とかに緊急搬送されるだろうし……。

普通に考えれば、当然なんだろうな。

 

「それで?」

 

「養護教諭の先生に返してきて、私が作るけど……迷惑かな?」

 

 何だそりゃ。確かに買ってきたものよりも栄養は偏らないかもしれないけど、俺の夕食を作ってくれるということだろう。

俺としてはありがたいことだが、迷惑では無いのだろうか。本人は俺に『迷惑かな?』と聞いている時点で、自分は迷惑だとは思っていないんだろうけど……。

コンマ何秒か考えた末、俺は作ってもらうことにした。無下にも出来ないからな。

 

「いいや、お願いするよ」

 

「そっか。……じゃあ、作ってくるね」

 

 そう言って垣谷さんは病室を出ていった。小走りで。

 垣谷さんが出ていった後も、入れ替わりで何人か見舞いに来てくれた。フェルメールももちろん来てくれたんだが、変な様子だったのは覚えている。

『大丈夫? 不便はない?』とかずっと訊いてくるのだ。そんなことを訊かれても俺は『特に無い』としか言いようが無いだろうに。

 夕食時、垣谷さんはお盆を持って病室に現れた。どうやら本当に作ってきてくれたらしく、かなり手の込んだものを用意してくれていた。

メインは唐揚げ。シーザーサラダとわかめと豆腐の味噌汁、小鉢に小松菜と胡麻の醤油和え。御飯を持ってきてくれたのだ。良い匂いを漂わせていたそれに、俺の腹は耐えることは難しかった。

腹を鳴らして笑われたのだ。恥ずかしい思いをしたが、垣谷さんの料理は美味しかった。

 垣谷さんが食器を片付けに戻った入れ替わりで、山吹先生が入ってきたが、片手にはコンビニの袋が下げられていた。

内容物はパンやらレトルト食品とお菓子、ビール。そして、俺用とか言ってコーラを置いて病室内で呑み始めたのだ。

パンを食えだの、レトルトを食えだの言われて困ったんだが、まぁ好意だと思って食べたら案の定、苦しくなって夜にトイレに走ることになったのはまた別の話。

 


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