設定の無駄遣い。
作者はニワカ以下。
戦闘シーンなんて書けるわけないです。
高校生活が始まってから2週間が経ち。高校に入ってからここのところ感じている懐かしさと安堵感の理由に、俺はようやく気がついた。
ごく普通の高校生活だ。それが理由だった。小中学校では生徒たちは教室の中でも校則を破ってたびたび〈個性〉を使っていたが、高校生にもなると校則を守って〈個性〉を使わないで、普通に過ごしている。まあ、ちらほらとヤンチャがすぎる生徒もいるにはいるが、それでも、〈個性〉の差別によるイジメ、というものはないように思う。ここに来てようやく俺は、前世と同じ環境になったというわけだ。
「普通って貴重なんだな……」
思わずそう洩らしてしまった。だいぶこの世界の常識にも慣れてきたつもりではあったが、やはり普通の日常というのは心が落ち着く。人間が人間らしくしているような気がすると言うか、前世もこの世界も同じなんだなあ、としみじみ感じると言うか。とは言え、常時発動型の異形系の〈個性〉の子には時々驚かされることもあるが。
そんな俺の高校生活は、中学の頃と同様に〈なんとなく無気力で変わった奴〉とは思われつつも、うまくスタートを切れていると思う。友人と呼べるのも何人ができた。女子とは未だに話せていないが――初日の赤川水月さんとの会話はノーカウント――、一応、青春してると言えるだろう……おそらく。女子とは挨拶を軽く交わす程度である。委員会や係は決まっているし、部活は入るつもりはない。今はすぐそこまで迫った第一回実力テストとやらに向けて頑張るだけだ。心配ごとも特にはない。こうして無難に過ごしている――はずなんだが。
「オイ、テメェ。ちょっと〈個性〉が強いからって調子のってじゃねェよ」
時は放課後、場所はベタに体育館裏。俺は今、3年生の男子生徒たちに呼び出されていた。目の前には咥え煙草にピアスと、一目見てそれと分かる不良が3人。前を開け放した学ランにだらしなくずり下げた腰パン。彼らはそのポケットに両手を突っ込んで、ニタニタ笑いを浮かべながら睨みを利かせている。
俺も前世の中学時代では、ワイシャツのボタンを校則以上に外したり、腰パンにしてベルトもゴテゴテしたものにしたり……と今思えばカワユイことをしていたものだが、流石に高校の時には辞めた。短足に見えてかっこ悪いし、なにより女子に嫌われるからだ。不純な動機である。
それにしても、俺の〈個性〉の情報はどこから漏れたんだ? この高校には今までの知り合いはいないはずだし、誰かの前で〈個性〉を使ったこともない。もしかして、彼らは俺の中学の先輩か。
そんなことを考えながら、俺は自分がちゃっかりとガッカリしているということに呆れていた。他でもない、呼び出された手口のせいである。下駄箱にラブレターが入っていた。それだけ言えば、俺がどうしてガッカリしているのかも、なぜ自分に呆れているのかも分かってもらえるだろうと思う。
中身は40代オッサンだというのに、しかも前世で妻子持ちだったというのに……はあ……まったく、俺は何を期待していたんだ。しっかりしろ。
「溜息吐くたあ、いい度胸してんじゃねェか。あア?」
「へ?」
マズイ、また人の話を聞いてなかった。俺はどうにもすぐ周りが見えなくなるタチらしい。
と、何が気に障ったのか、不良の1人が青筋を浮かべて言った。
「こ、こ、こ……殺す!」
本気で殴りかかってきた。マジかよ。俺は年上だぞ。今は年下だが。俺は少々鍛えてはいるが、それと喧嘩が強いということはかならずしもイコールではない。前世の40年ちょいの中でも、人を殴ったことなんて5回くらいしかない……はずだ。おそらく。それに相手は3人。校則を破るのは気が引けるし、だから〈個性〉は使えない。それを承知で彼らはリンチを目論んでいるんだろうが、生憎と大人しく殴られる気はさらさらない。
逃げるが勝ち、というやつである。俺はくるりと身を翻して駆け出した。
「あっ、待て! 逃げんじゃねェ!」
「クソがああ!」
「待てやおらァァ!」
年上(今は年下だが)を殴ろうとする不届き者どもと遊んでやる暇はない。喧嘩強さはともかく、足の速さは体力と筋力がものを言う。中身はオッサンでも鍛えた体はピチピチの10代。いきがって煙草なんぞを吸っている彼らに追いつかれる道理はない。
俺は3人を撒いてから、リュックを教室に置きっぱなしにしていたことを思い出して、放課後の校舎へ取りに戻った。
◆
「おー、今﨑か」
「石垣先生。どうしたんですか?」
教室に戻ると、きっと誰もいないだろうと思っていたのだが、オッサン先生の姿があった。相変わらず疲れが滲み出ている石垣先生は、なにやら生徒の席に座って、窓の外を眺めながら黄昏ている。なんと言うか、侘しい。ちなみにその机、出席番号1番の赤川さんのものだ。
「なんつーかなぁ、こう、一年が入って来るたんびに思うわけよ」
そう言って、石垣先生は「まあお前も座れや」と、隣の席の椅子を引いた。促されるままに先生の隣に腰を下ろす。なんだか変な気分だ。あと、少しばかりオッサンくさい。
俺が隣に座ると、石垣先生は窓の外に視線を流して、ぽつりぽつりと話し始めた。
「今の世の中、ほとんどの子供はヒーローになる道を目指そうとする訳だろ。だがまあ、現実の厳しさの前に諦める訳だ。〈個性〉だったり、学費だったり、理由はいろいろあるが、ようは、恵まれていなかった、ってのが多いんだな。今﨑は違うようだからこうして話せているが、そういう奴は結構いるもんなんだよ」
「……まあ、そうですね。なんとなく分かります」
「この学校に来る連中だって、ヒーローになりたかった奴がほとんどだ。奴らはこの若いときに、夢を諦めざるをえなかった訳だな。それを考えるとなあ、なんつーか、こう……、やるせねえ気持ちになるんだな。まあ、俺が勝手になってるだけで、奴らにとっちゃあ過去の話なのかも知れねえけどよ」
はは、と疲れたように笑う石垣先生の表情に、俺はハッとした。……先生、先生は―――――。
「石垣先生」
俺は言いかけた言葉を飲み込んで、代わりに違う言葉を紡いだ。
「先生は、どうして教師になろうと思ったんですか」
彼は少しばかり不意を突かれたように、僅かな間、俺の方を見て呆けた顔をした。それから、石垣先生は少し照れたように苦い笑みを浮かべて、独り言のようにぽつりと呟いた。
「俺はねえ、憧れてる先生がいたんだな……。今﨑、長いが聞きたいか?」
「はい。聞かせて下さい」
「はは、参ったなこりゃ。聞き終わってからつまんねえだなんて言ってくれるなよ」
そう前置きして、それから石垣先生が語ってくれたその話は、彼が高校のときに出会った1人の教師の物語だった。
石垣活人先生は、この世界のほとんどの子供がそうであるように、先生自身もヒーローに憧れていた。数あるヒーロー育成高校のうち、有名どころではないにしろ、それなりに実力のあるヒーローを輩出してきた高校に進んだらしい。ほとんどの高校と同じように、ヒーロー科とサポート科、そして普通科に別れたごく普通のヒーロー育成高校だったそうだ。石垣先生は見事試験に受かってヒーロー科へと進んだらしい。
だが、一つだけ普通と違ったことがあった。普通科では、〈個性〉による差別とイジメがはこびっていたんだそうだ。
「腐っていたねえ」と石垣先生は苦々しく零した。
普通科の生徒の大部分は、入試の成績が振るわずにやむなくヒーロー科を諦めた者だった。いわゆる〈没個性〉と呼ばれる〈優れていない個性〉の持ち主たちと、性格に若干の難のある者たち。彼らは同じ学校にいるヒーロー科の生徒への劣等感と屈辱感から、優越感を求めて自分たちの中に上下関係を構築した。〈個性〉の強弱によるカースト制度、とでも言うんだろうか。俺も小中学生の頃には実際に似たようなのを見てきたから分かる。もっとも、俺はカースト制度の〈外〉の人間だったが。
そうした〈個性〉によるカースト制度において、上位に位置するのは、性格に難があってヒーロー科に受からなかった、という奴が多い。自分は選ばれた人間だと昔から周囲の人間を下に見てきた者たちだ。なんでそんな奴がヒーローを目指そうとするのかイマイチよく分からないが、悪ガキであれ誰であれ、ヒーローには憧れるもんなんだ、ということだろう。或いは、自分の力を誇示したいという思いがあったのかもしれない。
ともかくそんな訳で、石垣先生が通った高校の普通科は、カースト上位の連中による〈個性〉の差別やイジメが酷かったそうだ。
「今思えば、〈没個性〉って呼ばれる人間と自分が同じ普通科という括りにされていることが我慢ならないっつーのも、奴らの苛立ちを膨らませていたんだろうなあ」
そう石垣先生は言った。
自分の〈個性〉に自信を持っていたり、プライドが高かったり、自己顕示欲が強かったり……。そういったことも拍車をかけた。自暴自棄になっていた部分もあったのかもしれない、と石垣先生は言った。
だが、そんな奴らは一部で、大半は弱い個性ながらも本気でヒーローになろうとしていた生徒たちだ。そうなると当然のことながら、差別やイジメに対し、勇気を持って反抗する者たちも少なくはなかった。
こうして、石垣先生の通った高校の普通科では、〈力を持つ不良〉と〈勇気ある生徒〉という2つの勢力がぶつかり合っていた。
石垣先生を含むヒーロー科の生徒たちは自分たちの勉強と特訓で忙しく、サポート科と普通科の事情なんてことは噂程度でしか知らなかったと言う。校舎も離れていたそうで、しかしそれでもちほらと耳にはしていたそうた。
そんな中で普通科の国語教師として赴任してきたのが、1人の女性だった。
名を朝霧叶恵。27歳の若い先生だったと言う。
―――そして、彼女は〈無個性〉だった。
普通科の不良たちは標的を変えた。それまで教師たちに暴力をはたらくのは流石に退学にされるからと自重してきた彼らだったが、新米教師で無個性の彼女に対して、陰ながら陰湿な嫌がらせを繰り返すようになった。
そのことを石垣先生が知ったのは、彼女、朝霧叶恵先生が普通科からヒーロー科へと転任してきた後のことだった、と石垣先生は語った。
朝霧先生はヒーロー科に転任させられた。彼女自身はまだ普通科でやらせて下さいと頼み込んだらしいが、校長が判断を下したんだそうだ。
そして、ヒーロー科に転任してきて同じく国語教師となった彼女に、当時の石垣先生は尋ねた。
「どうして、普通科の教師になりたかったんですか」――と。
「俺はねえ、不思議だったんだ。俺が行ってた高校の普通科の荒れ具合は、当時はそりゃあ有名だったからな。そこに朝霧先生はわざわざ希望を出してやってきたってんだから、よほどの悪ガキ好きか、熱血教師か、なにしろ変わった人だと思ったねえ……」
石垣先生はそう言って、懐かしそうに目を細めた。
「朝霧先生は強い人だった。普通科の奴らの嫌がらせに弱るどころか――これはたまたま職員室で聞いたんだがな、呼び出した普通科の生徒たちに『君たちはそんなんだから子供なのだよ、ガキンチョ。個性うんぬんで悩んでる暇があったら、サッサと私のようなカックイイ大人になりなさいな、ホレ』なんて言ってなあ。……ほんとに笑顔が眩しい人だった。そんときはとても、嫌がらせを受けてるだなんて微塵も思ってなかったなあ」
しみじみと語る石垣先生を見てると、俺までも、朝霧叶恵という女性の笑顔がまぶたの裏に浮かぶような気がした。
石垣先生は小さく笑いを零して言った。
「とにかく笑顔の素敵な先生だった。ニコニコしてたり、カラカラ笑っていたり、こっちまでもが元気になっちまうような感じでな。んで、朝霧先生は俺の質問にひとしきり笑ったあと、こう言ったのさ」
―――『普通科の教師になろうとした理由かぁ。そうだね、〈個性〉に悩んでる奴らに、無個性でも一丁前の大人になれんだぞって教えてやりたいのさ、私は。ヒーローにはなれないかもしれないけど、カックイイ大人にはなれんだぞってね。ここで腐ってても仕方ないって、ガキンチョどもに上を向かせたいってカンジ。私が大人ぶってて上から目線だと思うかな? ふふん、大人は大人ぶってるぐらいが丁度いいのだよ、石垣クン。無個性だとか没個性だとか呼ばれようが、自分はカックイイ人間なんだぞ、って気概が大切なのよ。〈個性〉なんてオマケよオマケ。上っ面だけカッコよくたって、中身がガキンチョならみーんな同じガキなんだから。彼らが自分の中身に自信を持ってくれるようになったらいいなって私は思ってる。それだけよ。ホレ、石垣クンもカックイイ大人を目指して頑張りたまえ! なぁんてね』―――
「俺は、そう言って笑った朝霧先生を素直にカッコイイと思ったんだなあ。ヒーロー免許も取るには取ったが、結局は普通の高校の教師になろうと思ってな、資格の取れる大学に進んだ。そんで今は、こうして高校教師をやってるって訳よ。朝霧先生みたいな立派な先生にはなれてねえけどよ、少しはカックイイ大人ってのをこれでも目指してる途中なんだぜ。笑ってくれるなよな、今﨑」
照れたような、気恥しいような苦笑いを浮かべて、石垣先生は話を終えた。相変わらず疲れが滲み出ているが、その表情はすっきりとしてる。語り終えて、いろいろと気分が軽くなったんだろう。それとももしかしたら、記憶の中の朝霧先生の笑顔の力かもしれない。
気づけば、言葉は勝手に俺の口をついて出ていた。
「石垣先生」
「ん? どうした?」
すぐ隣に座っている石垣先生に、俺は黒板の方に顔を向けながら、少しばかり照れたように頬をかいて、ああ、やっぱり俺って単純なんだな、となんとなく情けないような恥ずかしいような気持ちになりながら、
「俺、将来の夢が決まりました」
だなんてことを、言ったのだった。
A「主人公が活躍すると期待させといて一度もバトらないSSがあるらしいぜ」
B「まじかよ!詐欺だな!作者クズだな!」
ごめんなさい。
お粗末さまでした。
一応の完結。
7月:「オッサンはヒーローにならない〈後日譚〉」の連載を始めました。