オッサンはヒーローにならない   作:なっとう

1 / 3
設定の無駄遣いがしたかった。


オッサンはヒーローにならない

 

 

 

 どうやら俺は転生とやらをしたらしい―――。そのことに気づいたのは、幼稚園に上がり、たびたび見る変わった夢の内容を理解したときだった。幼い頃から見てきた、知らないはずの知識がないまぜになった夢。知らないはずの言葉や漢字を読め、夢の中で出会う知らないはずの人を懐かしく思い、食べたことのないはずの料理の味を知っている。今思えば、夢以外にもいつくものヒントが転がっていた。つまり、そういうことだった。俺は前世の記憶を断片的に残したまま、転生した、そういうことだった。

 

 自覚した日を境に眠っていただろう昔の人格が目を覚ましたようで、俺は少し「おやじっぽく」なった、と母親にくすくす笑われた。確かに最後の記憶はサラリーマンだったような気がするが、それでもそこまで歳はとっていなかったように思う。おそらく40代辺りじゃないだろうか。家族の記憶はすっぽりと抜けているが、夢の中でたびたび見た女性と小さな子供が妻と娘だと、心のどこか深いところが告げていた。家族の記憶がないのは寂しいが、これでよかったようにも思う。もし妻と娘の記憶が鮮明に残っていたら、おそらく俺は今以上に混乱して、取り乱してしまっていたんじゃないだろうか。きっとそうだろう。家族を残して死んだということだけでも暫くは軽い鬱状態になりかけたというのに、今でこそ何ともないものの、それでもたまに彼女たちを夢に見る。

 

 話を戻そう。

 

 ともかく、転生したことを自覚したその日、つまり幼稚園生のある日から、俺の口癖は「勘弁してくれ」と「仕方ない」、それから「面倒くさい」と「参ったな」になった。なってしまった。溜息の数も増えたらしく、そのたびに母親から「もう、どこでそんな言葉を覚えたのかしら」と困ったように笑われる。ほんとに参った。口癖ばかりは直らないのだ。はあ、と溜息を一つ。体に染みついた――この場合は魂? に染みついた癖はなかなかにしぶとい。直すのも面倒くさいが。

 

 「お父さんの真似かしら?」と母親は心配するが、今世での父親は滅多に溜息や弱音を零さない人物だ。口癖は「俺は知らん」と「好きにやれ」。「俺も好きに生きてきた」と豪快に笑う、子供にそれでいいのかと思うような親だ。まあ俺はそんな父親を好いているし、父親も俺のことを彼なりに可愛がってくれている。ただ、がしがしと荒っぽく頭を撫でるのだけは勘弁して欲しいのが正直なところだったりする。

 母親は反対におしとやかを体現したような人物で、ヒステリックとは程遠いように思う。もっとも、怒ったときの手のつけようのなさは、あの悩みごととは無縁に思える父親が「参った、母さんを怒らせちまった」と弱音を零すほどだが。たいていは父親の側に原因があるので、「やっちまった」と頭を抱えて父親は必死に謝る。俺も、あれは小学5年になった頃だったか、無断で友達と遊びに行って約束の時間に帰らなかったときに玄関の鍵を閉められて追い出されたのには、ほとほと困り果てた。6時に帰ると言って、恥ずかしいことに年甲斐もなく時間を忘れて遊び耽り、結局は8時過ぎに帰ったんだったと記憶している。どうも心が肉体年齢に引っ張られていけない……というの言い訳にしかならない。

 精神年齢はオッサンなので、夜に外に閉め出されても怖いという感情はなかったが、ドア越しにどれだけ心配してたのかを言い聞かされたときの申し訳ない気持ちは心に染みついて今でも離れない。  

 代わりに出てきた父親と男2人で夜の月を見上げて、「好きにするのは結構だが、人に迷惑と心配をかけんじゃねえぞ。これは父さんとの約束だ」と約束を交わしたのはいい思い出だ。

 

 さて、そんな俺も今では立派な高校受験を控えた中学三年生である。昔習ったことはやはりと言うべきか、かなり忘れているもので、幸いなことに若返ったぴちぴちの脳味噌で勉学に忙しい毎日を送っている。二度目の高校受験などクソくらえと吐き捨てたかったが、「迷惑と心配だけはかけんじゃねえぞ」と父親と約束した手前、それだけは守らねばならない。そんな訳で、俺はそこそこの高校に進学すべく手にペンだこをこさえて頑張っている。……自分で言うのもなんだが。

 

 

 

 少しばかり、話を変える。

 

 ここまで聞けば、俺が転生したのはごく普通の世界のように思われるだろう。しかしそれは間違いである。この世界は〈超常〉が〈日常〉になった世界であるのだから。

 何を言っているか分からない? 大丈夫だ、俺も生前の知識と常識を取り戻したときには呆然とした。どうやらこの世界、少し前までは〈普通の〉世界だったらしいのだが、何年か前に中国で光る赤子が産まれたとかで、それを始まりにどんどんと〈異能〉をもった人間が現れ始めたらしい。訳が分からん。どこの漫画だと呆れたが、まあともかく、そういう世界らしい。今の世の中、人類のだいたい8割方が〈異能〉を――〈個性〉と呼ぶらしい――を備えているのだ。そういうぶっ飛んだ、いろいろと滅茶苦茶なのが当たり前の世界だった。

 

 かく言う俺自身も、4歳の時に〈個性〉を発現させた。〈個性〉は遺伝による影響を受けるらしく、父親の〈バリア〉と母親の〈念力〉から、俺はその両方を使える。なかなかに強力なもので……と言うか、強力すぎる、とさえ言えるだろうものだった。イメージとしては、俺が前世で仕事合間にスマホで読んでいた漫画、〈もふサイコ100〉のメインキャラクターである〈もふ〉くんに似ている。感情ゲージなるものはないが。

 

 この〈個性〉はかなり便利で、手を触れずともリモコンを操作してテレビのチャンネルを変えたり、冷たい水に手を触れずに顔を洗ったり……といったことや、空を飛ぶだとか夏に五月蝿い蚊をバリアで防ぐ、といったことまで幅広く応用が利く。出力も相当なものだと思うが、如何せん感情が高まると無意識に使ってしまうことがあって困る。流石に些細なことで怒るということないにしても、無意識の苛立ちというものはあって、知らず知らずのうちに何かを念力で押し潰してしまっていた……なんてことがあるのだから、相当に危険だと言える。人の頭でなかったからよかったものの、スーパーで西瓜を潰してしまったときなどは我に返って焦ったものだった。感覚としては、苛立った人が手に持った紙コップを握り潰すのに近いかもしれない。大人気ないとは思いつつも、俺がどうにも人の不正や醜い部分を見るに耐えれなく、ついつい親父くさく口を出してしまうタチである、というのも関係があるのかもしれない。怒りを堪えようとすると、〈個性〉の方に力が流れてしまうようだった。

 精神年齢が肉体年齢にかなり引きずられている。頭では自分の心が大人だと理解していても、しかしふと振り返ると年相応に行動してしまっていることが多い。これでいいのかもしれないが、俺としては軽い自己嫌悪と後悔と恥ずかしさに襲われるのだから、参ったものである。

 

 ともかく。

 そういう訳で、俺はなかなかに強力な〈個性〉を持っているし、学力も上の方をキープしている。さてここで進学する高校だが、この世界では大きく分けて3つの生き方の選択肢がある。その3つとは、〈ヒーロー〉、〈他の職業〉、そして〈ヴィラン〉。

 この世界では〈ヒーロー〉なる職業があり、その名の通り、彼ら〈ヒーロー〉は〈個性〉を生かして、〈個性〉を悪用して悪事を働く〈ヴィラン〉と呼称される存在から人々の平和を守るべく戦っている。ヒーローは人々の憧れと尊敬の的であり、対してヴィランは恐怖と嫌悪の対象であることは言うまでもない。残る一つの選択肢は、普通に就職すること。つまり、〈守られる市民になる〉ということだ。まあ大半の人々はこれに当てはまる。俺も、前世の職は覚えていないが、普通に働く社会人になろうと思っている。

 ……のだが。

 「今﨑くん、本当にヒーロー目指さないの?」

 と言うのは中学のクラス担任の先生。今は二者面談の真っ最中。いわゆる受験前の、進路の最終確認的なアレだ。懐かしい。ちなみに〈今﨑〉とは俺の名字である。この世界の人々の名字は少々どころかかなり変わったヘンテコな――もとい個性的なものが多い中、俺の家系は昔ながらの名字を使っている。どのようにしてそんな個性的な名字になるに至ったのか、非常に気になりはする。しかしそこに触れてはいけないらしい。文献によると、気づいたら時代の流れがこうなっていたそうだ。適当な文献である。まあともかく、子供の名前にも一昔前なら――俺の前世でも――キラキラネームと呼ばれるような名前をつける親も多い中、俺の両親は〈悠久〉という普通の名前をつけてくれた。〈今﨑悠久〉、それが今世での俺の名前だった。

 「今﨑くん、学力も十分にあるし……ほら、あの雄英だって合格圏内よ?」

 そう言って、担任は暗に「雄英受けろよ」と言ってくる。雄英とは、正式名称を〈国立雄英高等学校〉と言い、有名なヒーローを数多く育て上げ輩出してきている超有名高校であるらしい。ヒーローに疎い俺でも、No.1ヒーローと名高い〈オールマイト〉がそこの出身であることぐらいは知っている。他にもいわゆる〈ヒーロー育成高校〉はあるが、まず始めに名前が挙げられるとしたら雄英、そういうところだ。今の時代はヒーローを志願する人が多いらしく、それだけに倍率も例年えげつないことになるらしい。一度調べはしたが、あまりの衝撃に記憶の彼方に吹き飛んだ。つまり忘れた。

 「ですから……自分は、ヒーローになるつもりはありません。普通に高校に行って、大学に進んで、就職します」

 これを言うのは果たして何度目か。俺の〈個性〉と学力は雄英の合格ラインを軽くクリアしているらしく、しきりに勧められるが、当然ながら俺にヒーローになる気はない。俺の通う中学から初めて雄英に受かる生徒が出るかもしれないと教師陣が期待を寄せてくれているのは知っている。雄英に受かった生徒を輩出したということは大きな宣伝にもなるし、まあ、この地域出身のヒーローが生まれることは地域活性化にも繋がるんだろう。未だにこの地域出身のヒーローはいないというから、期待も分かる。教育委員会から「なるべく雄英を勧めるように」と言われていると、前に担任からボヤかれたこともある。

 だが、ヒーローになる気はない。

 「そうよねえ……。まったく、ごめんなさい。じゃあ、進学について困ってることとかある? あれば何でも言ってちょうだいね」

 「いえ、大丈夫です」

 「そう? じゃあ面談はお終い。ごめんなさいね、時間過ぎちゃった。気をつけて帰ってね」

 「はい。失礼しました」

 

 放課後の教室を出て、溜息を一つ。廊下を歩きながら、俺は右手を眺めつつ、本当にこの選択でよかったのかを考えた。

 

 ヒーローは素晴らしい職業だ。それは間違いない。自己犠牲の精神で体を張って人々を助け、笑顔をもたらす。中身はオッサンな俺だが、憧れはするし、尊敬もする。

 だが、それだけだ。確かに俺は強力な〈個性〉があるが、ヒーローはそんな生易しいものではないだろう。何より人の命を預かると言っていい仕事だ。自分のミス一つ、不用意な行動一つが、取り返しのつかない悲劇に直結する。それに、どんなに辛くても誰かのために命を張る、そんな勇気は俺にはない。憧れだけでなれるものではない。そのためのヒーロー育成高校なのだろうが、〈自分のミスで誰かを守れなかったら〉と考えてしまう時点で、俺はヒーローになるための一歩を踏み出すことができない。躊躇してしまうのだ。言い訳じみてしまうが、歳をとったからというのもあるだろう。〈最善を尽くしても叶わないものがある〉と突きつけられたときの、言い知れぬ虚脱感を知っているから、ということもあるだろう。ヒーローを志す彼らとてそんなことは薄々気づいているはずだ。だが、それでも負けずに一歩踏み出すことができるのが、彼ら――〈ヒーローを目指す者〉なのだ。そう思う。俺はそう考えている。

 

 力を持つ者として、戦うべきだろうか。俺は酷いやつなんだろうか……。割り切ってはいても、ついそんな自己嫌悪が身を縛る。深く息を吐き出し、憂鬱になった気分を切り替えた。

 

 すっかり夕闇に染まった空の下、俺は一人、自分の道を進むべく、家へと歩き始めたのだった。

 

 




6月14日:「怒りゲージ」を「感情ゲージ」に修正。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。