蒼海航路   作:浮き飛車

2 / 3
小さき天

「おおおッ!こんなもので人材が集まるのか!うーむ、全く、大変な時代になったものだな!」

 

現在、とある施設内を嬉々とした表情で、はしゃぎ回っているこの老人は、姓名を曹操、字を孟徳と言った。三国時代の中国において、勢力の一角を成した魏、その建国者にして、本日新たに、この鎮守府に着任することとなった提督である。

 

彼は人材を集めることが非常に好きだった。

才ある者であれば、たとえ敵として対峙した相手であっても、激しく求めずには居られない。過去には、己の長子・曹昂を殺した張繍、賈詡らでさえも、投降して来ればあっさりと許し、自勢力に取り込んでしまうという寛大さを示した。

 

「これが時の流れか!ははっ!なんだこれは!絵が光っとるぞ!」

 

曹操の人材収集癖に関しては、もはや病気と言ってしまって差し支えないほどの領域に達している。

彼が生きた当時の中国は、人材の採用基準に仁や孝、つまり、清廉な人柄であることを求める儒教社会が支配していた。そんな中で曹操は、人柄を問わず、たとえ悪人、罪人であったとしても才能さえあれば登用することを示した「求賢令」を、生涯で三度も布告しているのだ。これだけでも、その度合いが尋常ではないことが分かる。

 

そんな彼が、艦娘の建造を司る工廠の存在を聞かされて、その日の内に足を運ばない理由など無かった。あろうことか彼は、自室よりも先に、工廠へと案内するよう、電に指示を出したのである。

 

曹操の目から見た工廠は、まさに自動人材招聘装置のように映っていることだろう。

彼の病気は、魏王としての職務を終えた今でもなお健在であった。むしろ、彼に反発する腐れ儒者どもが居なくなった分、より悪化したとも言えようか。

 

建造ドックを前に狂喜乱舞する老人、という異様な光景を見せつけられ、唖然としているのは二人の艦娘。当然、一人は曹操の初期艦にして、暁型駆逐艦4番艦の電。この少女こそ「鎮守府には艦娘を建造できる施設があるのです!」と、曹操に工廠の存在を明かした張本人である。

 

そして、もう一人は、つい今しがた工廠に戻ってきたばかりの、桃色掛かった長髪を靡かせて、大淀のものと同じデザインの制服を着た艦娘。彼女は工作艦・明石である。

大淀が鎮守府の運営を任されているとすれば、明石は工廠設備や、酒保の管理を任されていた。ちなみに、どちらも裏方としての職務ゆえか、二人は非常に馬が合う。

 

明石が工廠から離れたのは、昼食を摂るべく食堂へと向かった、ほんの三十分程度の時間であった。そんな僅かな時間に、一体なにが起きたというのか?なぜ、建設ドックの前に、感情を爆発させるかのように、両腕を目一杯に広げた老年男性がいるのか?

まさか不審者が入り込んだのか、とも考えたが、よく見てみれば彼は白い軍服を身に纏っている。

 

そういえば、早朝に妖精さんたちが何かを騒いでいたような気がするが、もしかして彼が、この鎮守府の提督となる人間なのだろうか?

 

とりあえず、と明石は、何かを知っているであろう初期艦に、問い掛けてみることにした。

 

「えっと……電ちゃん?あの方が新しく着任された提督、で良いの……?」

 

「な、なのです」

 

ああ、やはりあれが提督か。明石は、あの男性が不審者である線が無くなったことに安堵するが、それと同時に、自分があのテンションの高さに付いていけるのか、と不安にもなってしまう。どう見てもお爺ちゃん、といった容姿なのに元気溌剌も良いところだ。

 

おそらく、電も引いてしまっているのだろう。普段から大人しい少女ではあったが、今はそれに輪をかけて大人しい。

提督は鎮守府に来てから、ずっとあの調子なのだろうか?そうだとしたら、初期艦としての任務に就いた、傍らの少女が不憫でならない。もし今度、電が何かで困っていたら助けてあげよう、と明石は思った。

 

明石が電に対して同情の視線を向けるのと、ほぼ時を同じくして、件の提督から「おい」と彼女達に声が掛かった。正確には、面識のある電に対してであろうが。

 

「こいつはどう動かせばいい?」

 

白髪の提督は、ただ子供のように喜色を声音に乗せて、電たちに一歩一歩と近付いて来る。その足取りは軽快そのもの。まさに舞でも披露しているかのようである。

不思議なことに、いざ、こうして真正面から眺めていると、彼がひたすらに純粋な存在のように思えてしまい仕方がなかった。

 

たしかに、彼に付いていけるかと考えると不安が残る。しかし、工廠をここまで喜んでくれるのは、管理者としてとても嬉しいことなのだ。もしかしたら、ただ童心を忘れないままに歳を取っただけなのかもしれない。もしそうならば、大きな駆逐艦が増えたと思えば、何とかなるのではないだろうか?

明石は一つの決意を固めた。

 

提督が自分の存在に気付いたのを見計らい、明石は敬礼の姿勢を取り、ズイッと前に出る。

 

「工作艦、明石です。工廠と酒保の管理を任されています。提督、よろしくお願いいたします」

 

「おお、工作艦だったか!電から聞いてるぞ!俺は姓は曹、名は操、字を孟徳だ!明石、あいつを動かしたい!建造するぞ!」

 

「え?曹……え、あっ!?ちょっ!て、提督っ!?」

 

やはり明石も、曹操という名に反応しそうになるが、叶うことはなかった。あまりにも無邪気な提督が、自己紹介を済ませるや、すぐさま彼女の左手首を掴んだからである。曹操はそのまま明石を引っ張っていく。

 

艦娘として生まれ今まで、男性に触れる経験があまり無かった明石は、顔を羞恥で真っ赤に染め上げ、狼狽えることしか出来なかった。

相手がいくら年配だとは言っても、男であることに変わりはない。更に言えば、間近で見る曹操の背中は、年齢を感じさせない逞しさを有していた。明石の手首を握るゴツゴツとした武骨な手も、十分に男性らしいと感じてしまう。

 

こうして、借りてきた猫の如く、大人しくなってしまった明石は、あっさりと建造ドックの前へと、連れて来られたのだった。

 

「こいつで艦娘を建造するんだろ?どうすればいい?」

 

「えっ、あ、はいっ!ここで投入する各資材の数値を入力してください!それだけで、あとは妖精さんたちが建造してくれます!」

 

「ふむ」

 

曹操に問いに、明石は慌てながらも、ドックの液晶パネルを指差した。先程、一人ではしゃいでいた曹操が「光る絵」と称したものだ。

艦娘の建造は、この液晶パネルにタッチして、数値を入力するだけで完了する。

その先は、妖精さんたちが建造を終えるまで待つのみ、という割と簡単な作業であった。

 

しかし、曹操は画面を睨むように見つめると、首を捻りながら「んー?」と唸った。明石に視線が向けられる。

吸い込まれそうなほど真っ黒な曹操の瞳に映る自分の顔に、少し気恥ずかしい気持ちを抱く明石だったが、なんとか堪えて、すぐに視線の意味を理解した。

おそらく、彼には説明が足りなかったのだろう。

 

「まず私がやってみますね。提督は見ていてください」

 

明石はそう言うと、慣れた手つきでパネルを操作して、投入資材を決めていく。貯蔵している資材が多くはないので、初期設定値のままでも良かったのだが、傍らの提督に操作方法を見せる為、あえて少し調整することにした。

 

ピッピッ、という聞きなれた電子音とともに、すぐ隣で「おおッ!この光る絵は触れると変わるのか!?」と曹操の叫び声が聞こえるが、今は気にしないことにした。

 

「こうやって……はい。最後にこの建造、と書かれたボタンを押せばおしまいです」

 

明石がボタンを押すと、どこからともなく、掌に乗るかというほどの、小さな少女たちが現れた。彼女たちはドックの方へと集まっていく。

なぜか一部の妖精さんは、途中で道を逸れて、後ろに控えていた初期艦と遊ぼうとしているが。

 

「おお?こやつらが妖精さんか?」

 

「はい!この妖精さん達が艦娘を建造してくれるんですよ!」

 

驚きのあまり妖精さん達を凝視する曹操を尻目に、明石は彼女達に対し、胸元で軽く手を振っていた。激励のつもりである。

妖精さん達は、既に建造作業に入っていたのだが、その内の数人が明石に向かって、ぐっと親指を立ててやる気を示すことで返答した。

 

「さてと!それじゃあ、ドックはもう一つありますので、今度は提督がお試しください」

 

「うむ!明石、資材は多く投入した方がよいのか?」

 

「いえ、そうでもありませんね。量よりも投入資材の割合の方が重要です」

 

「そうか!」

 

明石の言葉を聞いて、曹操は次々と迷いなく数値を指定し始めた。

この様子が、新しい玩具を手にした子供のようで、明石は、やはり自分の読みは合っていたか、と苦笑を浮かべるのだった。

 

「これでいくぞ!」

 

曹操は言いながら、建造ボタンを押す。またしても妖精さんの群れが現れて、もう一つのドックでも、建造が開始される。

当然の如く、一部は初期艦へと進路を変更した。

 

「おお!まだこれだけの数がおったのか!」

 

彼が不思議な小人達に感嘆していると、一人の妖精さんが、曹操の方にトコトコと歩いてきた。曹操は、この小さな少女を掌に乗せ、目線の高さまで持ってくる。妖精さんは、短い腕を精一杯に使って敬礼した。

 

「お前らは天の意思がわかるのか?それとも、お前らが天の形の一つなのか」

 

曹操は、自分が今ここに居ることを天意の顕れだと解している。ゆえに、それを成したであろう妖精さんという存在に、天命を感じずには居られなかった。

 

もしもこの場に、建安の文学者たちが居合わせたならば、彼女らをどれだけの文言を重ね、表現するのだろうか。きっと千や二千では足りないだろう。かつての詩友たちを思い描くだけでも、その心は躍動して止まることを知らなかった。

 

彼は、大袈裟とも思えるほどに、両腕を天に掲げて、自らの感情を炸裂させる。それに釣られてか、掌上の妖精さんも、両手を振り回して、楽しげに踊っていた。

出会い頭こそ不安を抱いた明石だったが、ここまで来ると、もはやこの提督の性質が、とても可愛いらしいものに見えてしまい、微笑する。

 

工作艦である彼女は、童心の老提督に、更なる玩具を与えるように、ある物を取り出した。

 

「提督。本来であれば、指定された時間まで待たないといけないんですが、今日は高速建造材というものを使ってみませんか?これを使えば一瞬のうちに建造終了ですよ!」

 

「承認する!」

 

明石が問うと、間髪を入れず許可が下りたので、曹操の手元で遊ぶ小さな少女に、高速建造材を一つ渡した。受け取った妖精さんは、曹操が建造したドックの方へと駆けていく。

 

「本当にあっと言う間ですよ、提督」

 

明石の言葉にドックを見ると、妖精さんの手にある高速建造材が、文字通り火を吹いた。

ドック内に、音を立てるほど凄まじい勢いで火炎が放たれると、何かを形作るように、光の粒子が集まり始める。

 

曹操は、少し眩しそうに目を細めるも、逸らすことはせず、むしろ光を観察するように、注視していた。

やがて、光は人のような形を成したかと思うと、突然、パァン!と弾けるように飛び散る。

 

さすがの曹操も、これには顔を背けざるを得なかった。妖精さんと遊んでいた電も、不意な破裂音に驚いてしまったようで、腰を抜かしてへたりこんでいる。

慣れたように平然としているのは、明石ただ一人であった。

 

いったい何が起こったのか、と曹操が再度ドックの方を見ると、一人の少女が立っていた。その身には、電や大淀、明石ともまた違う衣服を纏っている。

彼女の凛々しい相貌は、璧玉の如く輝きを放つ、青の美しい瞳を備えているのだが、露になっているのは左側の瞳のみであった。もう一方の瞳は、黒い眼帯で覆われており、窺い知ることはできない。

 

だから、というわけではないのだろうが、この艦娘からは、幼少より友として過ごし、今まで幾多の戦場を共に駆け抜けてきた百戦錬磨の猛将、あの夏侯惇と、同質の気を発しているように感じられた。

 

提督らしき男の姿を見つけた隻眼の艦娘は、口を開く。

 

「木曾だ。お前に最高の勝利を与えてやる」

 

これが、のちに「曹操に最も信頼される艦娘」と呼ばれることになる、軽巡洋艦・木曾との邂逅である。

 

 




な、なかなか話が進まない……。

もしかしなくても曹操提督のキャラ崩壊が半端ないことに( ̄▽ ̄;)

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。