蒼海航路   作:浮き飛車

1 / 3
蒼天の果て

「ならばよし」

 

男は蒼天を駆けていた。水晶を、かつて愛した女を探すべく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん……」

 

強い日差しを感じ、男は瞼を開く。眼前には限りないほどの蒼天と、それに力を与えられたかのように、蒼く輝く水の平原が広がっていた。

時おり吹くそよ風に、癖が強いながらも美しい白髪と髭が靡く。

 

「……俺はどうなった?」

 

不思議と、体から漏れていたはずの気は収まっていて、長年の付き合いだった頭痛も今は無い。

死後の世とはこんなところなのか、まるでまだ生きているようだな、などと考えながら己の両手を眺めてみる。

 

「なんだこの服は?」

 

自分の着ている服に違和感を感じた。なにやら袖の幅が異様に短いのである。特に、手甲などで絞っているというわけでもない。それに気付いた曹操は、自らの足下や胴回りなどにも目を向けてみる。やはりおかしい。

死の間際まで着ていたはずの服ではなく、袖や裾などが細い服を着ていた。その服は白で統一されていた為、異国の死装束でも着せられたのだろうか、と思ってしまったほどだ。

 

この男は姓は曹、名は操、字は孟徳といった。

三世紀ごろの中華、いわゆる三国時代に、魏という王国を一代で築いた英雄である。世間においては「奸雄」などと呼ばれていたが、後世の目で見れば政治、軍事から文化の発展に至るまで、ありとあらゆる分野に貢献した男であった。

 

このままでは何がなにやら分からんな、と曹操は砂上に座したままで、周囲を見回そうと振り返った。

 

「……」

 

そこには少女がいた。

歳は十といくつか重ねた程度だろうか。やや幼く起伏の乏しい体型だ。

少女もやはり、曹操が見たことのない衣装を纏っていた。袖が細いのは勿論だが、黒い襟は不思議な形で広がっており、胸元には赤い布が垂れている。さらに脚は衣装の裾が短く、太股まで露出していた。

少女と目が合った。その肩がぴくりと小さく跳ねる。

 

「……あ、あのっ!」

 

俺は異国にでも連れてこられたのか、と一人納得している曹操に、少女がおそるおそる、といった様子で声をかける。

曹操が意識を少女に戻すと、彼女は背筋を伸ばし、右手をこめかみ付近にもってきた。

 

「暁型4番艦の電です!どうか、よろしくおねがいいたします!司令官さん!」

 

言葉は分かる。挨拶をされたようだ。おそらく、電というのが少女の名だろう。そうすると、アカツキガタヨンバンカンというのは国の名、もしくは出身地か。

しかしそれよりも気になることが一つ。

 

「……シレイカン、だと?」

 

電と名乗る少女が発した司令官、という言葉。これは曹操のことを指しているようだったが、彼はその生涯で「司令官」などと呼ばれたことはなかった。

もし仮に「司令官」というのが官職のようなものだとすれば、魏や漢には無い名称だ。これも異国のものなのだろうか。

 

「は、はいっ!間違いないのです!司令官さんには、電たち艦娘の指揮を執って一緒に戦ってほしいのです!」

 

どうやら、司令官というのは彼女らを率いる将帥のことらしい。そして電たちの指揮を、ということはこの電も、将兵として戦うのだろう。さすがに、カンムスというのは、彼には分からなかったが。

天はまだ俺を働かせたいらしいな、曹操は微笑むと、ゆっくりと立ち上がりながら、電に命じた。

 

「電、拠点に案内せよ」

 

「はいっ!電、司令官さんを鎮守府にお連れするのです!」

 

そう言うと、電はまたビシッ!と音を立てそうなほど姿勢を正し、右手をこめかみ付近にやる。先程名乗った時とと同じ動作だ。おそらくは、中華における拱手の礼のようなものか。

 

電は右手を降ろすと、そのまま曹操の手を取り「こちらなのです!」と張り切ったように歩み始めた。

少女は真っ白な砂浜をずんずんと進んでゆく。途中で、何かを思い出したように声を上げると、そのまま顔だけをくるりと曹操に向けた。

 

「そういえば、まだ司令官さんのお名前を訊いていなかったのです」

 

「おお、俺か。俺は曹操、字は孟徳だ」

 

「曹操司令官ですね!あらためて、よろしくお願いいたします!なのです!」

 

道中、電はよく曹操に話し掛けていた。自分の姉たちについての話が主であったが、なんとか話題が切れないようにと努めていた。電なりに、司令官との距離を縮めようとしていたのかもしれない。

ちなみに、彼女が「字」を「アダ名」と勘違いしていることは内緒である。

 

「見えてきました。あれが鎮守府なのです」

 

電が前方に向かって指差す。そこには、黒い屋根に赤茶色を基調とした建物が見えていた。

一見すると、ちょっとした宮殿のようにも見えるのだが、それにしては少々、地味な建物である。

 

「ほう、あれがか。城壁は低く、城門も厚くはないな」

 

この鎮守府という建物は、曹操の目に非常に新鮮なものとして映っていた。彼は、鎮守府とは城のようなものだろう、と思っていたのだ。しかし、実際に見てみるとどうだろう。四方を囲んでいるであろう壁は低く、門扉も檻のようになっていて、中が見えている。

これでは一万の軍どころか、五百の賊に攻められても、容易に侵入されてしまうな、などと曹操は考えていた。

 

しかし、傍らの少女は気にした様子もなく、曹操の手を引いたまま門を潜り、赤茶色の建物に入って行く。電は迷うことなく歩を進め、「執務室」と書かれた札の付いた扉の前で、立ち止まった。

やや緊張したような面持ちの少女は、扉をコンコンコン、と何度か打ち鳴らす。

 

「大淀さん、電です!」

 

すぐに中から「どうぞ」という女性らしくも凛とした声が聞こえ、電が扉を開いた。

 

「失礼致します!司令官さんをお連れいたしました!」

 

電に続き、曹操も入室する。

そこには、電同様の不思議な襟の服を着た、黒髪の美しい女性の姿があった。やはり腰に巻いた布も丈が短い。さらに言えば彼女の場合は、腰部の生地が大きく開いており、なかなかに扇情的である。目元も見たことのない装飾品で彩られているが、それが似合っていると思えた。

 

歳は二十前後に見える彼女は、曹操を視界におさめると、右手をこめかみ付近に持ってくる。この動作について訊ねた曹操に、これは敬礼というのです!と電が答えたのは、先の道中でのことである。

 

「大淀です。提督の補佐として、鎮守府の運営面はお任せください」

 

「ああ。俺は姓は曹、名は操、字を孟徳だ」

 

教わったのだからやってみるか、と曹操も敬礼で返した。初めての筈なのに、なかなか様になっているのは、さすが魏王というべきか。

 

「はい、曹操提督ですね。よろしく……え?曹操……?あ、あの、魏の、ですか……?」

 

「おお、大淀は俺を知っているのか」

 

大淀は小さく驚いたかと思ったら訝しげな視線を向けた。眼前の老人を信じられない、といった表情である。

 

じっと見つめ合うこと数秒、大淀が口を開いた。

 

「えっと、曹提督は、その、どのようにしてここにいらしたのかを、覚えておられますか?」

 

「ふむ、それが全く分からん。洛陽で死んだと思ったら、気付けば砂の上だ。お前たちがこの地に連れてきたのではないのか?」

 

彼の言葉に、またしても場を沈黙が支配する。曹操の隣に立つ電は、この緊張した空間を、はわわっ!とただ戸惑うばかりであった。

 

「しょっ、少々お待ちくださいね!」

 

やがて大淀はそう言うと、くるりと背を向けて、一人ぼそぼそと呟き始めた。

 

「んー……私たち艦娘も、オカルトみたいな存在だから、無くはないのかしら……?そうなるとやっぱり、うーん……」

 

しばらくは、そうして悩んでいた大淀だったが、なんとか考えが纏まったようで、振り返った。

 

「こほん、失礼致しました。申し訳ありませんが、曹提督をここにお連れしたのは、我々ではありません。しかし、心当たりならございます」

 

「心当たりだと?」

 

「はい。ですがその前に、曹提督にはこの国の事情を、お話ししなくてはなりません」

 

大淀は、意を決するかのように、一度だけ軽く呼吸した。

 

「ここは日本という国です。日本は、数年前に突如として現れた深海棲艦、という謎の生命体によって、各海域を支配されてしまいました。深海棲艦がどのようにして現れたのか、なぜ人類を攻撃するのか、といった理由は未だ不明です」

 

先程までの狼狽えていた様子とは打って変わって、整然とした態度で大淀は説明する。こちらこそが彼女の本性なのだろうか。曹操はそんな大淀の姿に、かつて自分に仕えていた、数多の軍師の影を彷彿とさせた。

 

「そこで、深海棲艦に奪われた海域を奪回する為に生まれたのが、我々艦娘です。深海棲艦には、観娘の攻撃しか通用しません。……ああ、艦娘というのは、かつて戦争で使用された艦船の記憶を持った者の総称ですね。現状では女性しか居ないので、艦娘と呼ばれております」

 

彼女の話を聞く限り、深海棲艦というのは、なかなか厄介な敵のようである。刀や戟、弓弩などといった通常の武装では殺せないのだ。それはもはや、彼のいた時代における異民族、烏丸や羌などが問題にならない程の、脅威的な存在であった。この難敵と対を成すように誕生した艦娘も、また同じだが。

 

しかし、深海棲艦や艦娘といった存在が、どうして自身がここにいる理由に繋がるのか、曹操には見当もつかない。それを察してか大淀が、さらに言葉を紡いでいく。

 

「ここからが本題です。実のところ、艦娘についても深海棲艦同様に、詳しいことは判明しておりません。ですが、そこで出てくるのが、妖精さんと呼ばれる存在です」

 

「ああ?ヨウセイさんだ?」

 

「はい。本当は、実物をご覧頂いた方が早いのですが……。とにかく、妖精さんは不思議な力を持っていて、彼女たちが居ないと、艦娘はまともに戦うこともできません。ですので、そういった謎の力を持っている妖精さん達ならば、ここに曹提督を連れてくることも……」

 

「できるかも知れんな!」

 

「はい。確証はありませんが、その可能性が一番高いかと思います」

 

深海棲艦、艦娘と来て、さらには妖精さんという、曹操にとって未知の存在が次々と挙げられてゆく。分からないことに出くわせば胸が踊る。そんな彼が、ここまで未知との遭遇を果たして、口角が上がらないわけがない。ついつい悪童のような笑みを浮かべてしまっていた。

 

曹操の言葉に大淀も頷いた。その際、目元の装飾品を、くいっ、と右手で正すことも忘れない。

 

「というのも、これは曹提督が本当に、魏の曹孟徳だと仮定しての話ですが、現在の我が国は、あなたが居たとされる時代より、およそ1800年もの時が経過しております。たしか曹提督の時代において、我が国は倭と呼ばれていたかと。そんな離れ業が可能なのは、現状、妖精さんのみです」

 

「ええっ!?」

 

先程まで落ち着かない様子だった電が、声をあげて驚いた。もちろん、大淀の言葉は、曹操にとっても予想外のものである。

 

それも当然であろう。曹操としては、いつの間にか異民族の国に招かれた、その程度の認識しかしていなかったのだから。それが今、自分は1800年も先の世に居ると言われたのだ。どういう原理なのか全く理解できない現象だった。

 

かつて、神医と称えられた華佗に「七情の変化の激しい」と評された曹操の感情が秘かに、されど大きく跳ね上がった。

 

「あ、で、でも、そういえば電が司令官さんを探しに出たのも、妖精さんからお話を聞いたからなのです」

 

「ああ、やっぱりそう?いきなり飛び出して行ったから、何かしらの報せが入ったんだろう、とは思っていたけれど……」

 

提督発見の経緯を思い出した電がそう言うと、大淀も納得したように、うんうんと頷いた。しかし途中で何かに気付いたようで、徐々に顔を青くさせる。

 

「あの……曹提督?やはり、もとの時代に戻りたい、とお考えでしょうか?」

 

そう。もしも妖精さんの力によって、曹操が連れて来られたのならば、これは誘拐同然の事件なのである。決して曹操から志願して来たのでもなければ、大本営に任命されて来たわけでもない。つまり、今この鎮守府に居ることに、彼の意思は無い。大淀はそれに気が付いてしまった。

 

もしも、ここで曹操に「提督などできるか!早くもとの国に帰せ!」などと言って断られてしまえば大惨事である。そうなれば、各鎮守府を管理している大本営にも、何と言って報告すれば良いのか分からない。最悪、時空を跨いでの賠償問題に発展してしまう危険性がある。こんなもの、大淀がたった一人で背負えるような責任ではなかった。

 

そんな大淀の大きな不安を見抜いたわけではあるまいが、曹操は考える素振りも見せず、即座に返答する。

 

「いや、無いな。俺は向こうで既に死んだ身だ。今さら戻ったところで何もできんだろ」

 

曹操の言葉を聞いて、大淀はほっとした思いだった。正直なところ、帰せと要求されても帰せない。

なにしろ、妖精さん達が、わざわざ時代を超えさせてまで呼んできたのが、この曹操という男である。だから妖精さん側には、彼を帰す気など全く無いと見て良いだろう。妖精さんの力を借りずに、この老人を送り帰せるような技術など、あるはずがない。

曹操の否定により、ひとまず大惨事は避けられた。

 

「ありがとうございます。それでは曹提督の自室にご案内致しますので、本日はご自由にお過ごしください。鎮守府の詳細や業務に関しては、また明日、改めて説明致します。電ちゃん、案内お願いね?」

 

「了解なのです!」

 

「お?」

 

こうして曹操は、鎮守府に来た時と同様、電に手を引かれて執務室を出て行くのだった。孫とお爺ちゃんの関係にも見えるこの二人には、どこか微笑ましいものがある。

 

「はぁ……大変なことになったわね。まさか妖精さんに、こんなことができるなんて……」

 

一人、室内に残った艦娘は溜め息をつきつつ椅子に座り、ペンを執る。

暴挙ともいえる妖精さん達の奇行だったが、曹提督が帰りたいと思っていないのなら大丈夫だろう。事態の危険性に気付いた瞬間は、生きた心地がしなかったが、これでようやく落ち着ける、大淀はそう考えた。

 

しかし、いざ自分に残された仕事を前にすると、キリキリと胃が痛んでくるのを自覚する。

 

「あぁもう、上への報告どうしよう……。着任した提督は三国志の曹操です、なんて書けないわよぉ……」

 

大本営に対して報告義務を持つ彼女は、自らの不幸を呪うと、このまま頭を抱えて眠りたくなってしまうのだった。

 

 




初めまして。浮き飛車と申します。

蒼天航路の曹操を描くのが非常に難しく、キャラ崩壊している気がします( ̄▽ ̄;)

拙い文章ですが、頑張りますので、よろしくお願い致します。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。