鎮守府のイージス   作:R提督(旧SYSTEM-R)

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どうも、SYSTEM-Rです。前回の第8話は、「ゆきなみとあすかを艦娘として生まれ変わらせるために、何としても沈めなきゃならん」と考えてストーリーを描いた結果、思いっきりご都合主義の塊になってしまいましたorz 国際法という要素をすっかり忘れてる辺り「うーんこの素人」って感じですね。無理ありすぎてごめんなさい、精進します。

さて、今回はそのゆきなみとあすかが艦娘として生まれてきた秘密の答え合わせをする回となります。そして、最後にはあの超有名な艦娘も新たに出てきますよ。それではどうぞ。


第三章:決意の刻(中篇)

 岩城は、執務室で一人椅子の背にもたれかかって座っていた。室内には、まだ梱包作業の進捗が80%で止まったままの荷物が残ったままだ。だが、その残り20%を処理する気分には彼は到底なれなかった。今、彼の目の前にはそれ以上に重要な問題が転がっていたからだ。

 (一体全体、何がどうなってやがんだ。アメリカ行き間際のこのタイミングで、海上自衛隊という異世界の海軍に属しイージスシステムまで積んだ艦娘が、それも1人ならず3人も現れただと!?)

 前日のみらいに続くゆきなみとあすかの艦娘としての出現は、明らかに彼の理解の範疇を超えていた。みらいの場合は、戦艦を作ろうとしていたのがどういう理由でイージス護衛艦にすり替わったのかは不明ながら、一応自分が決済した結果建造されたのだからまだ分かる。だが、ゆきなみとあすかについては岩城の指示によるものではない。大体昨日はみらいの出現以降、全部で四つある工廠のドックは第二~第四ドックも含めて全く動かしていないのだ。

 しかも驚いたことに、本人たちに聞けばあのみらいの姉だという2隻は、そもそも艦娘としての出現条件である「第2次世界大戦への参戦または当時における建造計画の進行」にさえ当てはまっていないというではないか。

 2人は艦艇時代の轟沈理由を、「みらいの捜索活動中に、こちらの再三の航路変更要請を無視した武装民間船が突っ込んできて、その結果起きた戦闘で被弾したこと」と言ったが、その事件が起きたのはみらいがタイムスリップしたのからわずか3日後、200X年6月11日のことだという。もちろんその話はみらいにとっても初耳だったらしい。

 みらいの時とは異なり、艦娘本人はともかく迎え入れる側の国防海軍すらも「なんで艦娘として現れたんだ」と首をひねらざるを得ない2人の出現。これを一体どう理解すればいいのか、岩城は依然として分からずにいた。とりあえず防衛省への報告は必要なので、次のような電文を打ってはおいたが。

 

 「宛 防衛大臣 清川傑。発 日本国防海軍少将 岩城勝啓。我、横須賀鎮守府工廠第一ドックにて昨日より本日にかけて、イージスシステムを搭載した新種艦娘3名の建造に成功す。各艦娘の艦種及び名称は、いずれも『ゆきなみ型ヘリコプター搭載イージス護衛艦』と称するゆきなみ、あすか及びみらい。現時点で、3名とも国防海軍への推参の回答は留保。なお、当該艦娘の出現条件については依然不明であり、目下本鎮守府補給課にて調査中なり。以上」

 

 さて、どうしたものかと岩城は頭の後ろで手を組んだ。一応正規の建造手段により誕生したみらいは別として、決済の降りていない状態で「勝手に作られた」形となっているゆきなみとあすかは、本来であれば海軍の内規では「無許可で勝手に開発資材を消費した」存在として解体処分になるべきところだ。

 だが、岩城は今回ばかりはその規則の適用を見送った。イージスシステムを搭載した艦娘など、そうそう出現するようなものではない。駆逐艦『ほうおう』の乗員でもあった岩城は、その戦闘能力の高さをよく知っている。それを規則違反だからと安易に捨て去るのは、勝手に開発資材を使われること以上にもったいないことだと判断したのだ。

 しかしそれ以上に大きな決め手となったのは、みらいが彼女たちと再会した時に見せたあの表情だった。あの涙を見せられてなお、何の躊躇もなく廃棄処分を命じられるようなサイコパスの資質は、岩城という男は持ち合わせていない。

 彼が選んだのは、ゆきなみとあすかの両名をみらいと同様に、すなわち横須賀鎮守府にとっての即戦力候補として扱うことだった。無論、最終的な目標は新年度の前に「国防海軍への推参」という意思表明を彼女たちから引き出すことだ。自分の後を引き継ぐ、新司令官に対するある種の置き土産として。

 イージス艦娘の推参は、現在の国防海軍が置かれている状況を考えれば、とてつもなく大きな戦力補強となる。それは、ひいては日本全体の防衛にも資するものとなるだろう。もちろん、それを実現するまでには時間はない。今のところ、異世界からやってきた彼女たちが推参を決意してくれる保証はないし、その点に関してはみらいとて同様なのだ。だからこそ、彼は何かその決め手となるものを早急に探さねばならない。だが、今のところ有力な手掛かりはまだ手元にはなかった。

 (護衛艦…。護衛艦ねぇ。全く、何から何まで今まで俺たちが見てきたものとは、一線を画す存在だな、あの3姉妹は)

 岩城はひとり呟いた。果たして、彼が初めてその名を聞く艦種に属する彼女たちは、文字通りこの国にとっての守り神となってくれるだろうか。岩城が腕を組んで、より一層深く椅子にその身を沈めようとした、その時だった。

 「提督、お疲れ様です」

 どこからか、岩城を呼ぶ声がした。岩城はその声に辺りを見回すが、部屋の中に他に人の姿は見えない。

 「そっちじゃないですよー、こっちこっち!!」

 声がする方に顔を向けてみると、ちょうど自分の足元辺りに何やら物影がある。よくみるとそれは、可愛らしい人間の少女の姿をしながら背丈が二頭身しかない、何やら不思議な生き物だった。

 「おう。なんだ、そこにいたのか。…、お前、見かけねぇ顔だな。お前が働いてるのは、一体どの艦娘の艤装だ?」

 岩城はその生き物を拾い上げ、机の上に置いた。彼が拾ったのは「装備妖精」、艦娘たちの間では親しみを込めて「妖精さん」と呼ばれる存在だ。この装備妖精という生き物、普段はそれぞれの艦娘たちの艤装の中に住んでいる。見た目は小さいが実はかなりの有能で、戦闘時における主砲への弾頭の装填や砲撃の操作、艦載機の発着艦や弾着観測に偵察、さらには平時における艤装の修理までやってのけてしまう。

 だが、工廠における彼らの最大の仕事は、ズバリ艦娘の建造作業である。国防海軍が艦娘の建造技術を習得したことは既に述べたが、あれは厳密に言うと人間の作業員ではなく彼ら妖精の仕事なのだ。ちなみに、艦娘1人の艤装の中には大体250名ほど、海自護衛艦の乗組員とそれほど変わらないくらいの妖精がいるという。一体全体どこにそんなスペースがあるのかと疑いたくもあるが、そのメカニズムは未だに明らかになっていない。

 「私ですか?はい、初めまして。護衛艦娘みらいの所属です」

 「ほう、みらいの妖精か。道理で見かけねぇわけだ。しかし、俺の足元で何してた?」

 岩城が興味深そうな顔をしながら尋ねると、その妖精は意味深な笑みを浮かべた。

 「提督、もしかして新しい艦娘のこと、気にしてたんじゃないかなぁって」

 「そりゃまぁ、まさかイージス艦娘が3隻も生まれるなんざ、想定外な事態だからな。っていうか、なんでお前新しい艦娘がうちに来たこと知ってんだ。もしかして、ここに俺があいつらを呼びつけたのを見てたのか?」

 岩城は早朝にゆきなみとあすかが建造されたのを発見した後、みらいとともに2人をここに呼んで日本国防海軍やその他、この世界にまつわるテーマに関するブリーフィングを行っていた。みらいに関しては2日連続で同じ内容を聞かせることとなってしまったが、彼女の同席は姉2人によるこの世界への理解を助けるのには役立ったようだ。

 「えっへへー。そりゃもちろん知ってますよー。当たり前じゃないですかぁ」

 妖精はデスクの上で何やら得意げな表情を浮かべると、岩城に向かってあまりにも衝撃的な一言を発した。

 

 「だって、護衛艦娘ゆきなみと護衛艦娘あすかは、他でもない()()()()()()()()()()()()()()んですもん」

 

 「へぇ、お前らがねぇ。…って、はぁっ!?」

 岩城は驚きのあまり、思わず椅子からずり落ちそうになった。その拍子にズレかけたサングラスの位置を、慌てて右掌で直す。

 「ちょっと待て、そりゃまたどういう意味だ。お前らがあの2人を造った!?」

 「はい、そうですよー」

 「俺は建造許可なんか出してなかったんだぞ。お前らが勝手に自分らの判断で造ったっていうのか?」

 呆気にとられた表情の岩城を尻目に、妖精はなおもマイペースな調子で語った。

 「みらいは昨日提督に会った後、自分の部屋でずっと布団かぶって泣いてました」

 「泣いてた?みらいが?どういうことだ。俺、なんかあいつを傷つけるようなこと言ったか?少なくともそんな記憶はないがなぁ」

 岩城は必死に、昨日から今日にかけてのみらいの姿を思い返そうとする。だが、何回思い出そうとしてもそんな心当たりは全くない。そもそも、今朝工廠前で会った時だって、別に彼女は自分に対して辛く当たったり、逆に露骨に避けたりするようなこともしなかったのだ。だとしたら、一体何が…。

 「違いますよぉ。みらいが泣いてたのは提督のせいじゃないんです」

 「なんだと?それなら他の奴に何かされたのか?」

 「だから違う違う、そういうことじゃないんですよ」

 妖精はかぶりを振ると、急に真面目な表情になった。

 「みらいは寂しかったんですよ。自分のいた世界からたった一人で太平洋戦争に参加させられて、海上自衛隊の仲間が他にいない中で沈まなきゃいけなくて。艦娘になっても、この世界の日本は自分が知ってるのとは別物で、自分が知ってた人たちも全員同じ顔をした別人で、提督ももうすぐアメリカに行くことになってて」

 岩城は黙ったまま、妖精の言葉に耳を傾けていた。まさか、みらいが内心そんな孤独感を抱えていたとは知らなかったのだ。それならそうと言ってくれてもよかったのに。

 「もう頼れる人が誰もいなくなるって思った時、みらいはお姉さんたちの名前を呼びました。もう一度会いたいって。でも、国防海軍では作れないってこともみらいは知ってた。だから、私たちみらいの妖精が皆で話し合って、みらいの建造データをもとにゆきなみとあすかを夜中に作りました。おかげで、2人ともちゃんと生まれ変わってくれました。一晩で2隻、流石に作るの大変だったですけど」

 そうか、そういうことか。だから、艦娘として現れたゆきなみとあすかは服装や艤装の仕様ばかりか顔もよく似ていて、そして工廠のドアには外から鍵がかかっていたのか。

 「なるほど、話は分かった。だが、お前らは知らなかったのか?司令官である俺の決済なしに、勝手に艦娘を建造するのはルール違反だと」

 「そこは、提督がうまい事判断してくれるって信じてましたよー」

 妖精の口調は、一瞬だけ再びどこかのんびりしたものに戻った。だが、その直後にすぐに表情は真顔に戻る。

 「提督、みらいを国防海軍の艦娘にしたいですよね?」

 「あぁ、そりゃあいつの力は凄まじいらしいからな。俺たちにとってはものすごく大きな補強になるだろう、推参してくれればだが」

 岩城は答えた。実は昨日みらいが建造されたと聞いて、やけに大喜びして彼女の実力をプッシュしまくっていた艦娘がいたのである。そしてそれは金剛や神通でも、それどころか夕張や明石でもない。彼女たち以上に、この横須賀鎮守府における重要な戦力となっている船だ。まさか奴があれだけはしゃぐとは、と岩城自身も驚いたところだった。

 「だったら、そのためにはただ口だけであれこれ言っても駄目です。みらいには戦う理由が必要なんです。元々自分の国ではない、この世界の日本の為に戦う理由が」

 「戦う理由…」

 「私たちは、その1つがゆきなみとあすかだと思いました。だから、頑張ってみらいの為に2人を作りました。提督には、この思い分かってほしいなぁ」

 妖精はそこまで言うと、急に屈託のない笑顔を浮かべてこう言い残した。

 「岩城提督。ゆきなみ型3姉妹のこと、よろしくねっ」

 

 「しっかしまぁ、驚いたよねぇ。ハワイ沖にいたと思ってたら横須賀にいつの間にか来てて一体何事かと思ってたら、まさかあたしとゆき姉が2人とも異世界の日本に送り込まれてて、しかもそこにみらいまでいたなんて」

 あすかが誰に言うでもなく呟いた。

 「まぁ異世界という割には、パッと見そこまで周りの風景に違和感がないのが、また何とも言えないけどねぇ」

 そう苦笑したのは末っ子のみらいだ。

 「そうかしらねぇ。『海軍が正式に存在する平成日本に、私たち姉妹が人間の姿でいる』という時点で、私からしたら違和感満点よ?」

 長女のゆきなみがそれに対して異論を述べる。今、3人は岩城から改めて受けたブリーフィングを終え、鎮守府の敷地内を見て回っているところだった。司令官直々に案内役を任されたのは金剛だ。一日早く建造されたみらいも、残念ながらまだ鎮守府内の全てを見て回ったわけではないので、このガイドツアーは非常に新鮮に映っていた。

 「それもそうだし、一番意味分かんないのはみらい、あんたでしょ。多国籍演習の為に出発したって聞いてたのに、突然嵐に巻き込まれて気づいたら第2次世界大戦に殴り込んでたって、一体どういうことよ?前後関係が脈絡なさすぎでしょうが」

 「そんなの私に聞かれたって困るわよ。言っておくけど、私だってそもそもなんでタイムスリップなんかしたのか、未だに理由が分からないままなんだからね?」

 「もう、あすかったらまた棘のある言い方して。何はともあれ、せっかくこうして3人で再会できたんだからよかったじゃないの。しかも、みらいにも出迎えてもらったんだから、そこは感謝しないと。まだ慣れないことも多いけど、ひとまず喜びましょう?」

 温厚な性格で包容力のあるゆきなみと、常に直球勝負で竹を割ったように真っすぐなあすか。2人とも性格は好対照だが、どちらもみらいにとってはかけがえのない姉妹だ。こういう他愛のないやり取りこそが、実は彼女が最も心待ちにしていたものかもしれない。たった1人で太平洋戦争の時代を駆け抜け、そして艦娘となって横須賀にたどり着いたみらいにとって、この再会こそが自分の孤独感を完全に拭い去る出来事と言える。

 そして、そんな彼女たちの姿を最も羨ましく感じていたのは、その引率を担当していたこの戦艦かもしれない。

 「ふふっ、皆さん本当に仲良しなんですネー。とても羨ましいデス」

 「あれっ、金剛ってそういえば妹さんが3人もいたんじゃなかったっけ?」

 みらいが聞き返す。自分たちの末の妹がかの金剛型戦艦のネームシップと友達で、しかもお互いにタメ口をきく間柄であることが、ゆきなみとあすかから見れば一番理解不能かもしれない。しかもこの2人、どっちも美形なので一緒だとやたら絵になるのだ。

 「Yes, 比叡と榛名、それと霧島の3人ネ。もちろん皆私と同じく艦娘にはなってるヨ。残念ながら横須賀にはいないから、たまにしか会えないんだけどネー」

 金剛は少し寂しそうに笑った。

 「他の基地、じゃなかった、鎮守府にいるってことですか?」

 ゆきなみが興味深そうに尋ねた。

 「That’s right. 今は3人とも、台湾の高雄鎮守府にいるんですヨ」

 「へっ、台湾?何それ、国防海軍ってアメリカみたいに海外にも駐留部隊持ってるってこと?要するに、在台日本軍とでも言えばいいんだよね?この世界の日本、恐ろしいなー。うちらが元々いた世界とは大違いだわ」

 あすかが呆れたように言い放つ。

 「No, no. 高雄は海外じゃなくて、日本国内の鎮守府ですヨ?」

 「はっ!?なんで!?ちょっと待って、台湾って日本とは別の国じゃなかったっけ?」

 「あすか姉さん、この世界の日本では戦時中の外地を手放してないから、台湾は今でも日本の領土のままなんだって。だから、過去にも台湾から国政選挙に立候補して、日本の総理大臣になった人とかいるらしいわよ」

 「なんじゃそりゃ!?」

 「嘘でしょ…。信じられない」

 みらいの説明に、ゆきなみとあすかは顎が外れんばかりに驚いた。史実に生きる我々からしても、選挙の下りについてのみらいの説明は意味不明だろう。だが、この世界の日本ではそれがさほど珍しい事ではないことは、今や金剛もよく知っていた。

 「でもまぁ、同じ国かどうかはともかくとしても、距離的には別にうちらの世界と変わんないんでしょ。訪ねに行く時は、横須賀から台湾まで海の上をずっと走ってくわけ?」

 「別にそういうわけでもないですヨ。普通に国防空軍の飛行機に乗せてもらった方が早いですシ。空軍のパイロットは、流石に皆さん飛行の技術が凄いですヨ。台湾まで行くなら大体飛行機ですネー」

 「えっ、飛行機!?金剛さん、仮にも船なのに飛行機乗れるの!?」

 「今は女の子の姿なんだから、普通に乗れますヨ」

 あすかの素っ頓狂な問いに、金剛が思わず吹き出す。よく考えてみりゃそりゃそうだ、と3姉妹も一緒になって笑い出した。明るい笑い声が鎮守府内に響き渡る。もしかしたら、ここに来て初めて心から笑えたかもしれない、とみらいは内心感じていた。

 「まぁ、残念ながら今は離れ離れであまり会えないですけど、心配はしてませんヨ。比叡も榛名も霧島も、皆向こうで頑張ってるのは知ってますカラ。場所は違っても、私も大好きな日本の為に妹たちに負けないよう、頑張るだけデス」

 ひとしきり皆で笑った後、金剛はそう言って夕日に染まった空を見上げた。その表情は、前向きな言葉とは裏腹にどこか切なさを湛えている。みらいたちもそれに倣う。見上げた先に一筋、飛行機雲がまっすぐに伸びていた。

 (日本の為に、か…)

 みらいはその航跡を黙ったままじっと見つめた。きっと金剛も、他の艦娘たちも、菊池少佐や尾栗少佐や米倉大尉も、そして岩城少将も、皆それぞれ立場は違ってもこの世界の日本を守る為、一生懸命日々を過ごしているのだ。今、自分たち姉妹はこのよく似た見知らぬ世界に揃って降り立った。果たして、異世界の日本からやってきた私たちは、この場所から真っすぐ前を向いて進んでいけるのだろうか。あの消えていく飛行機雲のように。

 「んっ、あれ…?ねぇ、あそこに誰かいるみたい。どなたかしら?」

 他の面々より一足早く目線を切ったゆきなみが、ふと声を上げた。

 「ん?ゆき姉、どこどこ?」

 「ほら、あそこの木の陰」

 興味深そうにあたりを見回したあすかに、ゆきなみがその人物がいると思われる方向を指し示す。彼女がさしたその先は草で覆われた斜面になっていて、そこに腰かけると正面に東京湾の海が臨めるようになっている。金剛曰く、ここは朝焼けと夕焼けがとても綺麗に見える場所で、エンデバーと並ぶ軍人や艦娘たちのお気に入りスポットらしい。

 その鑑賞スポットの一角に植わっている背の高い木の陰に、確かに見慣れない背の高い人物がいた。どうやら女性らしく、髪型はゆきなみよりもさらに長く膝くらいまであるポニーテール。その髪には、桜の飾りがついた簪が付いている。首元にも桜をかたどった金色の紋章が入った金属輪をつけ、肩が露出した白のセーラー服に赤いミニスカートといういでたち。すらっと伸びた長い脚には、左右非対称な長さのソックスを履いている。

 木の幹にもたれかかって手元の本に視線を落としている、その姿は優雅という言葉がまさにぴったりだ。単なるルックスの良さというだけに留まらないその見事な美しさに、思わずゆきなみ型3姉妹は揃って目を奪われてしまった。

 「凄い…。この鎮守府には、あんな綺麗な人がいるんだ」

 あすかが視線の先の女性に見とれたまま呟く。

 「あの服装、そういえば軍人っぽくは見えませんね。私たちと同じ、艦娘でしたっけ。金剛さん、もしかしてあの人も?」

 ゆきなみが背後にいた金剛に尋ねる。

 「Yes. その通りデス。それも、ただの艦娘じゃありませんヨ。ここ横須賀が、いや私たち日本国防海軍が誇る、最強のスーパーエースなのデス。あの子は見た目も美人さんですけど、戦場でもとっても頼りになるんですヨ」

 金剛は笑顔でそう答えると、おもむろにウインクしながら「せっかくですから皆さんにも紹介しますヨー」と突然その女性の方に呼び掛けた。

 「Hey, やーまとー!New facesのお通りダヨー!紹介するからこっちおいでヨー!」

 金剛の元気な声が響き渡り、それに気づいた眼前の美女が顔を上げる。

 「やま…と…?」

 みらいはその名前に妙に聞き覚えがあった。何度も呪文のようにその名を繰り返し、頭の中の記憶と照合する。すぐにピンときた。1942年にタイムスリップした時、自分が初めて出会ったあの時代の艦艇。ガダルカナルでは主砲弾を迎撃し、強制移乗作戦の際は最終的に自分がトマホークを撃って沈めた相手。当時の国家予算の3%をつぎ込んだともいわれる、旧帝国海軍にとっての最強の虎の子であり切り札。

 (やまと、ヤマト、大和…。大和…!?ちょっと待って、あの艦娘ってまさか!!)

 みらいがその結論に達したまさにその瞬間、金剛が声をかけたその女性が喜び勇んで駆け寄ってきたかと思うと、破顔一笑といった様子でみらいの両肩をがっしりと掴んだ。驚きのあまり、思わずみらいの身体がのけぞる。

 「ねぇ、あなたもしかしてみらい?護衛艦みらいよね!?」

 「う、うん…。も、もしかしてあなた…、戦艦大和?」

 その勢いに気圧されたみらいが、必死に頷きながら問い返したその瞬間。ゆきなみとあすかの両名は我が目を疑った。ついさっきまで優美な雰囲気を醸し出していたのと同じこの大人びた美人が、なんとみらいに喜びのあまり勢いよく抱きついたのだ。

 「わぁ、やっぱりみらいだ!やっと会えた!キャー、久しぶり!!嬉しい、ずっとこの時を待ってたの!!ここであなたとまた会えるなんて!!」

 「えっ、ちょっ、まっ、待って待って待って!!急に抱きつかれたら息が苦しいんだけど!!」

 まるで、長旅に出ていた飼い主とようやく再会した大型犬のごとくはしゃぎまわる美女と、その勢いに思わず戸惑いの声を上げるみらいの姿に、ゆきなみとあすかの両名はただただ呆気に取られていた。何だ、なんだこの光景は。一体何が起こっているのか。この綺麗なお姉さん、なんでみらいのことを知っているのだろう。というか、なんか大和とか呼ばれてた気がしたけど、気のせいだろうか。

 「アハハ、やっとみらいと会えたからって流石にはしゃぎすぎダヨー、大和。ゆきなみとあすか、2人ともvery surprisedネー」

 「えっ、わっ!!ご、ごめんなさい」

 金剛が苦笑しながら声をかけると、大和と呼ばれたその艦娘は慌てた様子で、素直にみらいに抱きついた腕を振りほどく。想定以上に抱きつく力が強かったので、みらいは解放されるや否や思わずむせてしまった。そばにいた金剛が心配してついてくれたことが、彼女にとっては何よりありがたかった。

 そしてそのタイミングを見計らうかのように、ゆきなみが自分と同じポニーテールの美女の前に立った。2人の視線が交錯する。

 「初めまして。ゆきなみ型ヘリコプター搭載イージス護衛艦1番艦、ゆきなみと申します。こちらは同じく2番艦で、私の妹のあすか。末の妹のみらいがお世話になってるようで。あの、金剛さんがたった今仰ってましたけど、もしかしてあなた…」

 「はい、ご想像の通りです。こちらこそ初めまして。まさかみらいだけじゃなく、そのお姉さんたちにまで会えるなんて光栄です。今後とも、どうぞお見知りおきを」

 ポニーテールの艦娘はそうにこやかに答えると、そこで初めて自らの名を名乗った。

 「大和型戦艦、一番艦、大和。推してまいります!!」

 それが、かつてはともに艦艇としてそれぞれの太平洋戦争を戦い抜き、今は揃って艦娘として生まれ変わったみらいと大和の、実に70年ぶりの再会だった。




ゆきなみ型3姉妹は性格こそそれぞれまるで違いますが、見た目も服装も艤装の仕様も全部同じ形となっています(髪型は異なります)。その理由は、ズバリ「みらいの妖精たちがみらいのデータをもとに建造したから」。今回の妖精さんの説明を読んでいただいても分かるとおり、ゆきなみとあすかだけは本来の艦これにおける建造ルールに沿ったものではなく、異世界転生という形で艦娘となっています(必須タグの「転生」がやっとここで生きました)。

そして、最終盤にはついに大和が登場。旧帝国海軍では連合艦隊旗艦、国防海軍でも第1艦隊の旗艦という超重要な役回りを任されています。この先、彼女は金剛と並びみらいにとっての重要なパートナーとなっていく予定です。実はこの大和、基本的には原作に忠実ですが少しだけ性格面に本作オリジナルなところがあります。そこは次回で詳しく描写する予定ですので、是非想像して当ててみてくださいね。ヒントは三姉妹との会話の中にあります。

次回は金剛に続いてその大和が存在感を発揮する予定です。どうぞお楽しみに。それではまたお会いしましょう。

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