鎮守府のイージス   作:R提督(旧SYSTEM-R)

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どうも、SYSTEM-Rです。今回でようやく第二章が終了です。話の進み方がやたら遅くすいません。今回は、前半であの艦娘が抜群の存在感を発揮しますよ。そして後半は…。それではどうぞご覧ください。


第二章:ここにいる理由(後篇)

 翌朝5時30分。

 「Hey, みらい。Good morning! いい朝ですネー」

 まだ推参を正式に決めていないにもかかわらず、30分前の総員起こしのラッパに釣られて起きだしてきたみらいの部屋に、早くも顔を出してきた人物がいた。昨日、チャンスがあれば非礼を詫びに行こうとみらいが心に決めていた相手。それが、何とあろうことか彼女の方から歩み寄ってきたのである。

 「えっ、あっ、金剛さん!?おはようございます」

 思わぬ来客にみらいは慌てた。彼女の頭には、まだ昨日のドックでの自分の姿が克明に刻まれたままだ。あの時、金剛は自分に対して不満げな顔は見せていなかったとはいえ、やはりみらいの側としては気まずさが残るのも事実。一体どう接すればいいのか。

 「Oh, 提督から私の名前、聞いたのネ?早速呼んでくれて嬉しいですヨ」

 「えぇ、あの後岩城司令官からお聞きしました。まさか、あなたが金剛型戦艦のネームシップだったなんて。とても驚きました」

 「ふふふ、そうなのですヨ。でも、年下の艦娘の中にはたまに冗談交じりで『金剛おばあちゃん』なんてからかってくる子たちがいるんデス。全く、失礼千万というものですヨ。私はおばあちゃんじゃなくて、お姉さんデース!!」

 金剛はそう言うと、大げさに両手を広げてみせた。その勢いにみらいは思わず苦笑いを浮かべる。賑やかなタイプと聞いてはいたが、朝っぱらからこんなノリなのかこの人。

 「ア、アハハ…。その、ずいぶん朝からお元気なんですね」

 「えへへ、私はいつもこんな感じですヨ?まぁ、この時間帯は毎日Breakfastの前にウォーキングしてるからネ」

 金剛はそう笑顔で答えると、「そうだ」と何かを閃いたように呟いた。

 「せっかくだから、みらいも一緒にウォーキング行きませんカ?鎮守府の敷地を、大きくグルっと一周するんデス。今日は晴れてるから、きっと気持ちいいですヨ」

 「えっ、私も一緒に!?い、いいんですか…?」

 「Indeed. みらいも一緒の方が、きっと楽しいですヨー」

 みらいは逡巡した。さて、どうしたものか。まさか、昨日の今日でいきなりこの人と2人きりになる機会が舞い込んでくるとは。自分の方から自発的にセッティングするならともかく、向こうからやってきたのでは気持ちの整理がつかない。なんとなく、この様子から察するにあまり昨日のドックでのことを気にしているようには見えないが。

 だが、2人でゆっくり話し込めるなら絶好の機会であるのも事実だ。みらいはまだ、この世界では同性の相手と会話を楽しむ機会を持ったことがない。まぁ、この人が相手だというなら果たして楽しめるものになるか否かは現時点では未知数だが、きちんと非礼は詫びたうえで自分の背景をこの機会にしっかり説明する方が、今後にとってはプラスに働くだろう。みらいは頷いた。

 「分かりました、それなら是非」

 「Thanks! Okay, それじゃあ早速Let’s goですヨ!いっぱいお話しまショー!」

 こうして、みらいと金剛の両名による早朝ウォーキングが急きょ、セッティングされることと相成った。やがて、これが毎日の日課として習慣化することは、この時の彼女たちもまだ知らない。

 

 鎮守府の朝はまだ少し涼しい。ただ、6時前だというのに外はもうだいぶ明るくなっていて、日の光は眩しかった。外に出ると鳥のさえずりが聞こえる。建物の入り口脇にある花壇に植わっている花々は、皆一様に夜露に濡れていた。

 「んー!やっぱり朝のこの時間帯は気持ちがいいですネー」

 歩きながら、金剛が一度大きく伸びをした。戦闘海域ではどうなのか知らないが、昨日今日の彼女の様子を見ている限り、金剛という艦娘はまるで自然体という言葉が服を着て歩いているようだ。明るくて人懐っこく天真爛漫で、誰が相手でも(それが昨日の経緯のあったみらいであったとしても)フレンドリーに接する気さくな女性。昨晩、菊池や尾栗と話し込んだ結果多少は気が晴れたとはいえ、まだ完全にこの世界での孤独感から脱し切れたわけでもないみらいにとっては、その存在は眩しい。

 「金剛さん、いつもこの時間帯はお一人で…?」

 「No, no. いつもaloneなわけではないですヨ。一人の時もあれば、他の艦娘をこうやって誘う時もありマース。私はイギリス生まれだから、ウォーキング以外にもtea timeしてる時もありますヨ。もちろん非番の時しかできないけどネー」

 金剛はそう答えると、今度は苦笑交じりに言葉を続けた。

 「私は10年前からずっと横須賀にいますケド、海軍での生活はやっぱり大変デス。毎日戦闘や教練ばっかりでは流石に息が詰まりマース。tea timeは大事にしないとネー」

 みらいは、その言葉で昨日エンデバーにいた時のことを思い出した。あの場には彼女たち以外にも、たくさんの海軍軍人がいたはずだ。きっと誰もが、立場は違っても同じような思いを内心抱えながら生きているのだろう。それでも皆、それにめげることなく戦い続けているのだ。この国を、彼らの国を守りたいという大義の為に。

 「息抜きと言えば私、昨晩は菊池少佐や尾栗少佐と一緒に、エンデバーってお店にいたんですよ。お2人にはソルティーブルー、でしたっけ?ごちそうになりました」

 「Oh, そうだったのですカ?菊池サンと尾栗サンと一緒に?私もソルティーブルー好きですヨ。あれ、美味しいですよネー。紅茶以外では一番好きかもしれまセン」

 金剛はそう言うと、ふと何やら意味深な笑みを浮かべた。

 「ふふっ、みらいもなかなか隅に置けませんネ。まさか、建造された初日の夜に人気者の菊池サンと飲みに行くナンテ。菊池少佐は艦娘によくモテるんですヨ。クールな性格のイケメンで有名ですからネ。お友達の尾栗少佐もなかなかの人気者デス。私は提督の方がタイプだけどネー」

 「へっ!?あ、いや。別にそういうアレでご一緒したわけでは…」

 唐突なガールズトークにみらいが慌ててかぶりを振ると、金剛は「冗談ですヨ」と声を上げて笑った。しかし昨日尾栗も言っていた通り、菊池が艦娘からモテるというのはどうやら本当らしい。

 「そもそも、昨日は私の方からお誘いしたわけじゃなくて、たまたまお会いして一緒になっただけなんです。外で、一人で潮風を浴びている時に本当に偶然…」

 「そうだったのですカ?」

 「はい…。あの時は、そもそもお2人に会うなんて想像もしてませんでした。むしろあの時会いたいと思っていた相手がいたとしたら…。それは金剛さん、あなたの方だったんです」

 「へっ、私?Why?」

 金剛はきょとんとした表情でこちらを見つめている。その彼女に向かって、みらいはおもむろに頭を下げた。詫びを入れるタイミングがあるとしたら今が絶好の機会だ。

 「あの、金剛さん。今更かもしれませんが、昨日は工廠であんなに声を荒げたりしてしまって、本当に申し訳ありませんでした。あれで、皆さんに物凄く不快な思いをさせてしまったんじゃないかって、ずっと気にしてたんです」

 恐らくは、驚いて何も言えなくなっているのであろう金剛の様子を気にも留めず、みらいは頭を下げたまま一方的に話し続ける。

 「私はあの時、この世界のことを全然何も知りませんでした。岩城少将からブリーフィングを受けるまで、国防海軍のことも、艦娘のことも、あなた方が戦っている深海棲艦なる敵のことも…。それなのに、自分が今まで見てきたものと合致しないからと、頭ごなしに皆さんが命を賭して守っているこの世界を否定するようなことまで言ってしまって…。本当にごめんなさい」

 「…、頭を上げてくだサイ、みらい」

 その言葉と同時に、みらいは自分の右肩に金剛が優しく手をかけたのに気付いた。思わず見上げると、そこには何ら変わらない笑顔を浮かべた彼女の顔がある。

 「あなたは何も悪くありまセン。そもそも、艦娘としてこの世に生を受けた艦艇は、今この世界で何が起こっているのかなんて、最初から知っているはずがないんデス。私はこの10年間、ああいう光景は何度も見てきまシタ。今更慣れっこですし、あの程度のことであなたの言動に不満を覚えたり、まして怒ったりなんかしませんヨ」

 「でも…」

 「あの後、夕張や明石、神通と一緒に提督から聞きまシタ。あなたは元々第2次大戦の時に作られたんじゃなくて、異世界にある現代の日本からタイムスリップしてあの戦争に参戦して、それでここに艦娘としてきたんだッテ。自分が元いた世界とここが一見あまりによく似ていたから、混乱していただけなんだッテ。だったら、なおさら私たちが怒っても仕方ありまセン。他の3人もちゃんと納得していましたヨ」

 そうだったのか。岩城は自分と面会した後、きちんと4人にも自分のことを話してくれたのか。みらいは心から彼の気遣いに感謝し、そして安どしていた。彼が40歳の若さで少将になったと聞いた時は度肝を抜かれたが、その理由の一端が垣間見えた気がする。

 そしてこの金剛という艦娘も、もしかしたらとは思っていたがやっぱりとってもいい子だ。この性格の持ち主にしてこれだけの美人なのだから、きっと彼女自身も相当モテるんだろう。

 「でも、それだけじゃなくて私はとてもびっくりしまシタ」

 突然、その金剛が子供のように無邪気に目を輝かせる。

 「みらいは元々、異世界のJapanese Navyにいたんですよネ?これも提督から聞きまシタ。みらいは国防海軍も持ってるようなイージス艦が元になっていて、きっと私たちの常識ではとても測れないような、とっても凄い戦闘能力を持ってるはずだッテ」

 「は、はぁ…。まぁ、そこは私もまだやってみないとどうだか…」

 みらいは苦笑した。厳密には、自分がいた日本では海上自衛隊は国内法上において海軍と位置付けられてはいないし、正式な英文名称もJapan Maritime Self Defence Forceというやたら長ったらしい名前なのだ。

 ただ、国際法上も現場での運用上も装備面でも我々海自は明らかに「日本国海軍」だったし、諸外国の友軍も基本的にJapanese Navyとしか呼んでくれないし、そもそもその英語名称だって直訳すれば「日本国海上自衛軍」みたいな感じなので、正直それはそれで間違ってもいない気もする。ただ、その意味では気兼ねすることなく堂々とJapanese National Naval Forceを名乗れる日本国防海軍の方が、ちょっと羨ましいと思ったりもするのは内緒だ。

 というか岩城司令官。昨晩、菊池少佐や尾栗少佐に話してしまった私が言えた口ではないですけど、あなた事情が事情とはいえ普通にあの4人に対して、ガッツリ軍事機密バラしちゃってるじゃないですか。最高レベルの機密に指定されてるはずの情報管理が、こんなガバガバな状態で大丈夫なんですかね。流石に、他分野の機密までこういう状態だとは思わないですけど。

 だが、みらいのそんな内心を知る由もない金剛は、その目をキラキラさせていた。

 「凄いデス!そんな艦娘が横須賀で生まれるナンテ!そして、そんな凄い艦娘とお友達になれるナンテ!私はまだ信じられないですヨー!Unbelievable!」

 「へっ!?と、友達!?私と金剛さんが!?」

 みらいは大きく目を見開いた。確かに金剛に誘われてこうしてウォーキングに付き合ってはいるが、一体いつの間に私は友達として認められたのだろう。

 「Of course! 私たち艦娘は、皆で力を合わせて深海棲艦という共通のEnemyに勝たねばなりまセン。だから、艦娘に生まれた者は所属する鎮守府や国は違っても、皆同じチームの仲間デース。まして、同じ鎮守府で生まれた者同士なら皆お友達ですヨー」

 金剛はそう言いながらニコニコ笑っている。みらいの口からも思わず笑みがこぼれた。同じ鎮守府で生まれたら皆誰もが友達、か。なんだかとても和ませられる考え方だ。この金剛さん、見た目は大人っぽくて綺麗だけど実はむしろ可愛い人かもしれない。

 「アハハ、ありがとうございます。そっかー、私と金剛さんが友達かー…」

 みらいは呟く。出会ったその日のうちに金剛と知り合い、2日目には友達認定。昨日は、自分のかつての乗員と同じ経歴を引き継ぐ2人の士官も、相談役として味方に付いてくれた。まだ海のものとも山のものともつかないこの世界だが、こんなに早く頼れる相手が見つかったのは僥倖以外の何物でもないだろう。改めて金剛に向き直る。

 「実は私、ここで建造されたとはいえまだ正式に推参を表明したわけではないんです。まだ、その決意を述べるための気持ちの整理がついてなくて…。こんな私が海軍の大先輩と友達だなんて恐れ多いかもしれないですけど、それでも良ければ…」

 「No, no! 恐れ多いだなんてとんでもないですヨ。そんなこと友達同士で気にしたらいけまセン。これからも仲良くしましょうネ。…、あっ、友達になるからには私と話す時は敬語使っちゃNoですヨ?私もみらいも、そんなに見た目的な年齢は離れてないしネ」

 金剛はそう言うと、とびっきりの笑顔を浮かべながら右手を差し出してきた。その手を、彼女の思いを受け止めたみらいもしっかりと握り返す。

 「Nice to meet you, みらい。いつか、同じ海で一緒に戦えるのを楽しみにしてるヨ。これからもよろしくネー!」

 「ありがとう。こちらこそ、これからもよろしくね…、金剛」

 ここに、海上自衛隊護衛艦娘と日本国防海軍戦艦娘の、時空を超えた友情がめでたく成立した。が、その直後。2人の笑顔が急に怪訝そうな表情に一変する。

 「ん?こんな朝早い時間だってのに、さっきからどうもやけに騒がしくない?」

 まだ6時前なのに、やたらと鎮守府内の動きがせわしない。それらしき様子がないので、「総員戦闘配置」が下令されたわけではなさそうだが、どうも自分たちがいるあたりから少し離れた場所で何か騒ぎが起こったらしい。

 「工廠の方がやたらNoisyネー。もしかしたらあっちでなにかあったのカモ」

 金剛も同調する。その2人の方に、大急ぎで走ってくる人物が見えた。それに金剛がいち早く気付き、彼が近づいてきたのに合わせて呼びかける。

 「Hey! Good morning, 米倉サン!何かあったの? How’s everything going?」

 みらいはその人物の顔を初めて直視した。そこにいたのは護衛艦みらい水雷長の米倉一尉、ではなく国防海軍補給課トップの米倉大尉だった。昨日ドックではあまりよく見えなかったが、やはりこの人も自分の記憶の中の人物と全く同じ顔だ。

 「おお、おはよう金剛。それと君は…、みらいだったか」

 その一言で、やはりこの人も同じ姿の別人かとみらいが肩を落としたその直後。

 「金剛と一緒だったのか、よかった。実は、君のことをずっと探してたんだ。悪いが、今すぐ工廠まで一緒に来てくれないか。ちょっとばかりあそこで厄介なことが起きた」

 「厄介なこと…?一体何があったんです?」

 みらいが聞き直すと、米倉はやけに深刻そうな顔で答えた。その想定外の言葉に、みらいと金剛の目は驚きで大きく見開かれたのだった。

 「詳しくはまだ僕も分からないが…。昨日封鎖した第一ドックに、どうも侵入者が現れたらしい。それも、君と同じ三種夏服を着た女が」

 

 3人が工廠前に駆け付けると、既に入り口の前には情報を聞きつけた者たちが集まっていた。その中には昨日会った夕張や明石、神通の姿も見える。なんと岩城も既に一緒だ。昨日は一種夏服を着ていた彼も、今日は米倉と同じく紺色の幹部作業服姿だった。3人に気づいた夕張が、「こっちこっち」と手招きする。挨拶もそこそこに、みらいたち一行はその人だかりの中に加わった。

 「おはようございます、司令官」

 「おう、米倉。早朝から呼びつけたりしてすまねぇな」

 いずれも明らかに通常からは声量を落とした声で、岩城と米倉が言葉を交わす。

 「明石からはどこまで話を聞いてる?」

 「工廠に侵入者が出たとは連絡を受けてますが、詳しいことはまだ」

 「すいません大尉、厳密には侵入者と断定するには少々早かったようです。工廠の入り口は、昨日の課業終了時と同じように全て表側から鍵がかかっていました。侵入の形跡も見られません」

 明石がその会話の輪に加わった。どうやら、この事案に関しては彼女が第一発見者だったようだ。昨日のみらい建造終了後、第一ドックは電力設備などの点検の為に一旦稼働を停止。明石も補給課や施設課の他の作業員たちとともに、そこに加わっていた。結局第一ドックにおいて異常は発見されなかったものの、念のためその日は使用を避けて様子見とし、今日からまた再開しようということで一端封鎖の処置がとられたそうだ。

 ところが昨日の課業が終了した後、部屋に戻った明石が工廠に自分の用具一式を、どうやら作業のどさくさに紛れて忘れてきてしまっていたことに気づいた。そこで、今朝になって朝一番で工廠の鍵を借りてやってきたところ、誰もいないはずの内部に人の気配を感じたのだという。

 (みらいさん、ちょっとここから中を覗いてみてもらえます?)

 夕張が、囁くようなひそひそ声でみらいに話しかけながら、自分が見ていたポイントから工廠内を見るよう促す。みらいは怪訝そうな表情を浮かべながら、彼女が示した窓から中を覗き込んだ。

 窓越しに見た工廠の中には、確かに白い服を着た2人の女性がいる。背丈から判断するに、どちらも自分とはそれほど変わらないくらいだ。その2人が着ている服が、米倉から聞かされたとおりの三種夏服かつ今の自分と全く同じ服装であることに、みらいは早々と気づいた。いずれも中をきょろきょろと見回したり何か言葉を交わしたりしているようだが、物取りの類だろうか。

 だが、それにしては何かがおかしい。海軍の鎮守府ともあれば出入り口の警備は24時間体制のはずだ。しかも、衛視が常駐しているゲートは二重三重にも存在するし、もちろん対人センサーや防犯カメラの類も万全だと岩城からは聞いている。いくら海軍の軍服を着ているからと言って、そう簡単に突破できるような設備ではないだろう。もし外部からの侵入者でないとすれば…。

 (ここの海軍に、艦娘の皆さん以外に女性の軍人はいらっしゃるんですか?)

 中を覗き込んだまま、みらいが夕張に問いかけた。

 (確かに女性の軍人もいますが、工廠に出入りするような人は艦娘である私と明石だけです。そもそも、こんな早朝の時間帯にあの格好でドックに現れるような人はいません)

 夕張が明確にそれを否定する。で、あるならば。

 「あの人たちも艦娘だってことなんじゃ?出入り口には全部鍵がかかっていたんでしょう?」

 みらいは岩城に向かって振り返った。

 「そうだとすると、ちょっとばかり問題なんだ。というのも、お前の出現以降は俺は艦娘の新規建造の指示は出してねぇ。艦娘の建造には、通常の艦艇を作るのと同様に資材が必要でな。司令官が最終的に決済しなければ、艦娘の建造は進められない規則になってんだ。第一、昨日の課業終了後から今日まではそもそも建造ドックは一切動かしてねぇんだぞ」

 岩城はそう答えながら、サングラスの位置を直した。次の瞬間、中を見ていた金剛が何かに気づく。

 「Hey everybody, あの子たちが今興味深そうに見つめてる、机の上においてある物体。もしかして艤装じゃないカナ?」

 (えっ!?)

 驚いたその場の面々が、一斉に窓にしがみついて中を覗き込む。視線の先では、確かに2人が艤装と思われる物体に目を凝らしている。ちょうど昨日、夕張と明石がみらいの艤装に対してそうしていたように。しかもよく見ると、彼女たちが見ている物はみらいのそれと形がそっくりだ。主砲といいVLSのついていると思しきコンテナといい、全て彼女に与えられたものそのものだとすら言ってもよかった。

 (あれ、もしかしてみらいさんの艤装?)

 (ううん、彼女のだと言われたものは、既に岩城少将の許可で自室に持っていってるそうよ。第一、あそこには2つ同じものが置いてあるし)

 明石の問いに夕張は首を振った。

 「艦娘はそれぞれが単一の存在だ。1隻目が轟沈し死亡しない限り、2隻目がこの世に生まれてくることはあり得ん。たとえクローン技術を用いたとしてもだ。だが、今俺たちの前にみらいが間違いなくいるにもかかわらず、見た目の服装も艤装の仕様も全く同一の個体があそこに存在してるっていうこの状況は、一体どういうことなんだ?」

 岩城が呟く。だが、当のみらいは全く違う目でこの状況を捉えていた。その手には、いつしか自然と力が入っている。

 「…違う、あれは…。あれは同一個体なんかじゃないわ」

 その断固たる口ぶりに、その場にいた全員が驚く。一心に内部の様子を見つめ続ける彼女の目は、中にいる彼らが見つめる艤装の艦首部分に描かれた数字を捉えていた。「180」と「181」。この2つの数字が意味するところが、もしも彼女の予想通りであるとするならば。これ以上の奇跡が果たしてこの世に起こりうるだろうか。みらいの全身は興奮に打ち震え、体中を勢いよく血液が駆け巡る感覚を味わっていた。それは、恐らくみらいが艦娘となって2度目に味わった歓喜という感情だった。

 「明石さん、入り口の鍵を貸してもらえますか」

 「えっ!?」

 意を決し立ち上がったみらいに、突然呼びかけられた明石が思わず驚いて声を上げる。それと同時に中でも音がした。それに気づいたのか、中の2人組が同時に振り向いたようだ。

 「誰?誰かそこにいるの?」

 中から、2人組のうちの1人と思われる声が外にいる面々に向かって呼びかけた。こうなってはもう後戻りはできない。

 「中の2名、そのまま!無駄な抵抗はするな!」

 「ちょっと待ってて、今開けますから!!」

 岩城が毅然と呼びかけたのと同時に、みらいも中からの声に答える。みらいの声に呼応するかのように、ハリウッド映画で強盗が警察に捕まった仲間の手錠を開錠するシーンよろしく、明石が彼女に向かって鍵の束を投げる。それを受け取ったみらいは、間髪入れずにそれを錠の鍵穴に差し込むと右にひねり、錠前と鎖を地面に投げ捨てて一気に工廠の扉を開いた。

 扉の開いたその先にいたのは、呆気にとられた表情を浮かべてその場に立ち尽くしたまま、みらいとその周りの面々を見つめる2人組の姿だった。よく見ると顔立ちはどちらもみらいと雰囲気がよく似ており、髪の色も同じく亜麻色がかった黒だ。しかしその髪型はみらいとは異なっていて、彼女から見て左側にいる方は長い髪を後ろで結わいてポニーテールにしている一方、右側にいる方はショートヘアだ。そして、2人ともこちらに対して抵抗する意思はどうやら見せていないようだった。

 「そこの2名、手を頭の後ろで組んで…」

 「待って!!」

 施設内の警備担当部隊である警務官が十分に集結しない中、米倉が2人を確保すべく声を上げるが、即座にそれ以上の声量でみらいがそれを制した。呆気にとられる米倉を尻目に、みらいは2人の方にゆっくりと歩みを進める。彼女たちの顔を見た瞬間、みらいが思い描いた予想は確信へと変わっていた。

 「ねっ、ねぇ。これって一体どういう状況?ここは一体どこで、あんたは一体誰なのよ?見たところ、あんたもあたしたちと同じ三種夏服を着てるみたいだけど」

 ショートヘアの女性がみらいに呼び掛ける。みらいは足を止めた。ヒンヤリとした早朝の空気が充満する空間の中で、同じ幹部常装第三種夏服に身を包んだ3名が向かい合う格好になる。その美しく不思議な光景に、外から覗き込んでいた艦娘たちが思わず息をのんだ。しばしの静寂の後、みらいがゆっくりと口を開いた。

 「ここは…、神奈川県横須賀市。日本国防海軍横須賀鎮守府の工廠です」

 「横須賀?何、日本に戻ってきてるってどういうこと?しかもこんな格好で、人間の姿で?あたしたち2人とも、ついさっきまでハワイ沖にいたはずなのに」

 「日本…、国防海軍…?海上自衛隊じゃなくて?しかも基地じゃなくて鎮守府だなんて、なんだか変ねぇ。聞いたことないわ」

 みらいの眼前にいる2人が、怪訝そうな顔をしながらお互いの顔を見合わせる。

 (海上自衛隊…?ちょっと待て、今こいつら海上自衛隊って言ったのか!?)

 岩城のレーダーは、その言葉に素早く反応した。みらいと昨日あの場にいた面々以外に、海上自衛隊なる組織の存在を知っている者がいる?これはどういうことだ。…、まさかあいつらは!?その岩城の予想を決定的にするセリフが、みらいの口から放たれた。昨日、彼女が目覚めた時に自分に対して言い放った、あの言葉。

 「私は…、私の名は、みらい。ゆきなみ型ヘリコプター搭載イージス護衛艦『DDH-182 みらい』です。まさかこんな場所で、こんな形で再会できるなんて、思ってなかった」

 「みらっ…、えっ!?」

 眼前の2人が、驚きのあまり目を見開いて口を手で覆った。彼女たちが見つめるみらいの顔からは、涙がこぼれ落ちていた。それは、昨日一人でベッドの中にこもり流した涙とは、全く異質のもの。感動のあまり、感極まって自然と溢れてくる喜びの涙だった。

 

 「ずっと…、ずっと会いたかったよ、私。久しぶり。ゆきなみ姉さん、あすか姉さん」




「ジパング2次創作でタイトルが『鎮守府のイージス』だからって、出てくる海自側のイージス艦がみらいだけだなんて誰が言った!?」

多分、ジパング2次創作でもまともに描いたことがある人はいない気がします。『DDH-180 ゆきなみ』と『DDH-181 あすか』。あくまでも、みらいがゆきなみ型の3番艦であることを強調するための舞台装置みたいな扱いですしね。ですが、今作ではこの2人もみらいとともに主要キャラとしてガンガン暴れてもらいます。「何で第2次大戦を経験してないこいつらまで艦娘になってんだ」というツッコミがそこかしこから来そうですが、その経緯については第三章以降で描いていくつもりですのでよろしくです。

そして前半では金剛に無双してもらいました。金剛はセリフ回しが独特であるにもかかわらず、すっごく書きやすいので執筆してて楽しいです。しかも可愛い。個人的にこういう天真爛漫なお姉さんは大好きだったりします。今後もおそらく登場する機会はたくさんあると思いますよ。金剛提督の皆様はどうぞお楽しみに。

次回からは第三章に突入します。何故ゆきなみとあすかがこの世界に来たか、という経緯を描く関係で、海上自衛隊に関する詳しい描写も(戦闘シーンも交えて)入れたいと思っています。果たしてゆきなみ型3姉妹は国防海軍への推参を決意するのか?そして、彼女たちの前にはついに、第1艦隊旗艦を務めるあの艦娘の姿が…。今後もよろしくお願いします。それではまたお会いしましょう。

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