鎮守府のイージス   作:R提督(旧SYSTEM-R)

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どうも、SYSTEM-Rです。すみません、今回の話で新艦娘を出すつもりでいたのですが、想像以上に尺が伸びすぎました…。ただ、第2章のうちに実は全て揃えておきたいキャラクターがいるので、今回の話は「中編その2」という形で先に投稿してしまいたいと思います。なお、今回は再び完全にジパングサイドのお話です。それではどうぞ。


第二章:ここにいる理由(中篇その2)

 「まったく。さっきは一体何事かと思ったぞ、本当に」

 「ううう…。先ほどは大変申し訳ございませんでした…」

 ため息交じりに呆れたように呟く菊池の横で、みらいは恥ずかしさのあまり顔を真っ赤にして俯いていた。今、彼女は菊池・尾栗の両名に誘われ、横須賀鎮守府内の一角にある軍人や軍属向けのバー「エンデバー」のカウンターの一角に座っている。ここは日々過酷な戦闘や教練に臨んでいる軍人や艦娘たちにとっての憩いの場であり、肩の力を抜いてほっと一息つける場所として重宝されるかけがえのない存在だ。こういう夜の時間帯ともなれば、一日の疲れを癒しにここに出入りする者の数も決して少なくない。今夜も、彼らの周りではざわざわと話し声が続いていた。

 尤もバーと銘打っているとはいえ、いつ「総員戦闘配置」の号令がかかっても即座に対応できるよう鎮守府内は営舎も含めて禁酒と決まっているので、ここで提供される飲み物の類はノンアルコールのビール風飲料やカクテル、もしくはソフトドリンクに限られる。ただ、上下関係の厳しい国防海軍にあってここは数少ない無礼講が許される場所で、それぞれの階級を問わず自由に語り合えるのが大きな魅力とされているのも事実だ。

 ここでは士官の前で曹や兵が多少の粗相をしても、目上の者は大目に見てやらねばならない(無論、これはより上位の階級に属する者同士や、人間と艦娘の間でも当てはまる)という不文律があり、司令官たる岩城あたりが立ち寄った時でさえ目下の者の注目や敬礼は不要というほどだから、その姿勢は徹底している。菊池と尾栗がみらいをここに誘ったのも、そういう配慮があってのことなのかもしれない。

 みらいの目の前には、2人が奢ってくれたこの店オリジナルのノンアルコールカクテル「ソルティーブルー」が注がれたグラスが置かれていた。ブルーハワイとレモンライムのシロップを混ぜ合わせたものをトニックウォーターで割り、そこにミントの葉と輪切りのレモンを添えて最後の仕上げに塩を一つまみ振りかけたこのドリンクは、爽やかな青色とスッキリとした飲み心地で艦娘たちにも人気の高いメニューだという。

 一方、少佐両名が手にしているのはノンアルコールビールだ。史実を生きる我々にとっても今やお馴染みの存在と言えるが、みらいが元々過ごしていた200X年頃には存在していなかったので、それを目の当たりにした時には彼女は心底驚いた。こんなところにも10年という時間の流れを感じる。

 それにしても、まさか先ほどの自分があれほど大胆な行動に出るとは思わなかった。「かつての自分の砲雷長と航海長に遭遇できた」という喜びのあまり、勢い余って抱きついてしまうとは。ましてその相手が、よくよく冷静になって考えれば自分の記憶の中に生きている彼らとは、実際には同じ顔をした別人であるにもかかわらずだ。しかもそれを素面でやってのけてしまったと思うと、それこそ127mm主砲やVLSの前に自分の顔が火を噴きそうである。

 「しかし雅行、まさか冷静沈着なお前がみらいに抱きつかれて、あんなに狼狽えるとは思わなかったぜ。正直俺からしたら、そっちの方も同じくらい予想外だったな」

 尾栗が横から親友を茶化す。

 「予想外だと?どういう意味だ、康平」

 「ハッハッハ、すっとぼけんじゃねぇよ。横須賀鎮守府で艦娘からモテる男ランキング堂々の1位を飾るお前が。艦娘からのそういうアプローチだって、お前なら慣れたもんじゃねぇのか?」

 モテ男?確かに、菊池のことは常々イケメンだとはみらいも思っていた。いつだってクールで冷静な一方、ごく稀にではあるが激情的な一面を見せることもあり、もしかしたらそういうギャップも魅力と捉えられているのかもしれない。どうやら、この鎮守府では彼のようなタイプは異性から人気があるようだ。

 「勘弁してくれ、俺だって気持ちの準備ができてなきゃああなる。大体なんだ、その妙なランキングは。そもそも艦娘は俺たちにとっては重要な存在とはいえ、あくまでもお互いの関係は戦闘員とその指揮官だ。パートナーではあっても、そういう意味合いで捉えるべきものじゃない」

 あぁ、これでこそこの2人だ、とみらいは内心呟いた。クールだが生真面目すぎるきらいもある菊池と、裏表がなく気さくな尾栗。今、彼女の目の前にいるこの2人は、確かにかつての自分の乗員たちとは別人であるのかもしれない。だがその口ぶりも彼らの醸し出す雰囲気も、もちろんお互いに熱心に話し込む姿さえも、やはり見れば見るほど「あの時」のままだ。

 そういえば70年前は、角松二佐の姿もこの2人とともに常にあった。もし彼も同じように生まれ変わったのなら、今頃は「日本国防海軍中佐・角松洋介」として同じように自分と再会し、彼らのやり取りを聞きながら静かに横でグラスを傾けていたのだろうか。あの時の乗員の中で、彼が自衛官としては唯一この世界での再誕を果たさなかった理由も、それが果たしていいことだったのか否かもみらいには知る由もない。ただ、自分にとっての大切な存在がこの場に一人欠けていて、しかもその失われたパズルのピースは決して埋まることがないという厳然たる事実が、彼女の喪失感を募らせるのも事実だった。

 「ん?どうした、みらい?」

 いつしかみらいの表情が変わっていたのに気付いた菊池が、ふと声をかける。それにつられて、尾栗もこちらの方に振り向いた。

 「へっ!?ああ、いや…」

 みらいは慌ててかぶりを振る。

 「その…。お2人の会話を聞いていたら、なんだか昔のことを思い出してしまって」

 「昔って、お前が船だった時のことか?」

 尾栗が聞き返す。

 「えぇ、まぁ…。昔、私が所属していた組織でも、今のお2人にそっくりな調子でやり取りされていた方がいたんです。彼らもお2人みたいに本当に仲が良くて…」

 みらいはそうお茶を濁した。「その人物とは、70年前を生きたあなた方自身だったんですよ」と口にしたくなるのを必死にこらえながら。だが、彼女は大切なことをすっかり忘れていた。自分をかつて操っていた2人の指揮官は、それぞれの部下のしくじりを簡単にスルーしてくれるほど甘い人たちではなかったということを。そして生きている時代や世界は違っても、目の前にいる2人もその点に関しては全く同じであるのだということを。

 「なぁ、みらい。そのお前が昔所属していたという組織と、関係がある話なのかどうか分からないが。ひとつお前に聞きたいことがある」

 すかさず、菊池が目ざとく食いつく。

 「お前はさっき俺たちと顔を合わせた時、俺や康平のことを何故か『少佐』ではなく『三佐』と呼んだよな。しかも、耳慣れない『護衛艦』などという艦種を名乗ったうえ、初対面であるにもかかわらずいかにも俺たちと過去に会ったことがあるような、やけに親密な口ぶりで話しかけてきた。あれは一体どういうことなんだ?」

 「あぁ、確かに俺もそこは気になってたところだ。初対面にしては、どうも馴れ馴れしかったからなぁ」

 しまった。みらいは、思わず自分の表情がひきつるのを感じた。どうやら、自分は盛大に地雷を踏んでしまったらしい。それもよりによって、この状況においてある意味一番質の悪い相手の前でだ。これはまずいことになってしまった。

 「え、えっと、その…。ア、アハハ…」

 途端に彼女の口調はどもり気味になる。ちらりと菊池の方に目をやった。彼がこちらに向けている視線は物静かではあるが、この質問から逃げることは許さないという言外のメッセージを実に雄弁に語っている。実は、この時点で2人とも「エンデバー」の不文律には既に反しているのだが、もちろんみらいはまだそんなことは知らない。彼女は背筋に妙な寒気を感じていた。

 「その件に関しては穏便にというか…。できれば私としては、忘れていただけるとありがたいかなぁ、と…」

 「そうはいかないな。あれほど強烈に印象に残る出会いの場で、お前が発した言葉だ。しかも、俺たちの中にある常識には当てはまらないセリフばかり。そう簡単に忘れることなどできないし、きちんと説明してくれなければ納得はできんな」

 「そ、そんなぁ…」

 みらいは頭を抱えながら狼狽する。彼らからすれば興味本位での質問なのかもしれないが、彼女の吐いたセリフは目の前にいる2人を、海自にいた頃の記憶に重ね合わせてのもの。そして既に不可抗力によって一部が開示済とはいえ、海自にまつわる情報はこの世界においては依然として軍事機密なのだ。岩城と日中に面会した際には、「あんたがここに現れた以上、いずれは時機を見て機密の指定レベルを下げなきゃならんかもなぁ」とぼやいてはいたが、現段階ではまだ正式にそれが決定されたわけでもなければ、みらい自身にもその許しが下りたわけでもない。

 ここで自分の過去を彼らに詳細に語れば、ただでさえ今後自分がどうするべきかについての決心がまだついていない状況なのに、ますます「みらい推参やむなし」という空気が国防海軍内に蔓延してしまう。まして、今この場において談笑しているのは自分たちだけではないのだ。自分で外堀を埋めてしまうことは、できれば現時点では避けておきたいのが本音だった。だが、かといってこの2人の追及を自分がうまい事躱せるとも思えない。2人が時折口にするビールそのものの見た目をした飲み物が、実際にはアルコールを一切含んでいないことがみらいにとっては恨めしかった。

 しかし一方で、彼女の中には淡い期待も生まれていた。こうして自分の為にわざわざ時間を割いてくれた2人に対してこっそり自分の身の上を明かすことで、もしかしたら岩城がアメリカに旅立った後の横須賀鎮守府において、この2人の三佐もとい少佐が自分にとって頼れる存在となってくれるかもしれない、という期待だ。

 菊池はともかく、尾栗は部下に対して胸襟を開いて接するタイプの上官で、過去の世界へとタイムスリップしてギスギスしていた艦内の雰囲気を和らげるのにも一役買っていた。もし彼らがかつての自衛官と少なくとも同一の存在であるのなら、そういう芸当はきっと今の彼にもできるはずだ。無論、別人である以上そんな保証はないので、危険な賭けであることに変わりはないが。

 「あの…、やっぱりどうしても話さなきゃダメですかね」

 「まぁ、せっかく一杯奢ったからには何か見返りは欲しいよなぁ」

 みらいの問いかけに、尾栗がいたずらっぽく笑う。その一言が、彼女にある決心をさせた。果たして、これが見返りと呼べるほどのものであるのかは分からないが。

 「…、分かりました。お2人には特別にお話しします。ただ、よろしければ今から少し場所を変えませんか?」

 「場所を?」

 「はい。ここでは…、ちょっと人が多すぎて話しづらいので」

 そう答えると、みらいは目の前に置かれたソルティーブルーを口にした。柑橘系の爽やかな甘酸っぱさとほろ苦さ、そして炭酸の弾ける感触が彼女の喉を潤す。確かに、これは人気が出るのもうなずける味わいだ。また機会があれば飲みに来よう。一気に飲み干してグラスをカウンターに置くと、その弾みで中の氷がカラン、と音を立てた。

 

 自分の部屋に戻ったみらいに同行した菊池と尾栗は、彼女から聞かされた説明を耳にして絶句する以外になかった。それはそうだろう。彼女自身の口から語られるまで、佐官である彼らの耳には海自絡みの情報が届くはずがなかったのだ。

 彼らの場合、かつてのみらい乗員の生まれ変わりと判断されたことで、意図的にその情報が伝えられなかったという可能性もある。確かに、みらいの元乗員たちを国防海軍における階級に当てはめれば、トップである艦長の梅津は大佐ということになり、ギリギリのところで機密情報の共有対象からは外れている。あれを見聞きしているのが少将以上の者に限られているのも、そう考えれば合点がいくところだ。

 しかし、聞けば聞くほどこの艦娘の話は訳が分からない。彼女は元々こことよく似た異世界で建造された艦艇で、その世界における国防海軍に相当する海上自衛隊なる組織の一員であったこと。200X年、彼らもよく知る「イージス艦さきがけ消失事件」が起きたのと全く同じ日に、全く同じ目的で彼女も同様に異世界の横須賀を出航し、そしてその途上で嵐に巻き込まれて1942年にタイムスリップしていたこと。そしてその艦艇時代の彼女が、「海上自衛隊三等海佐」なる肩書を持ち砲雷長・航海長として勤務していた自分たちをはじめとする、241名の乗員たちとともに太平洋戦争を戦い抜いたのだということ…。

 恐らく、エンデバーにいたままこの話を聞いていたとしても、彼らがこのストーリーを信じることはなかっただろう。その手掛かりとなるものがあの場には何もない。だが、ここには間接的ながらも1つの動かぬ証拠がある。みらいが部屋を出た時に置いたままにしていた、彼女の艤装。

 そこに見られる一連の装備品は、誰がどう見ても現代の艦艇が搭載する兵装そのものであり、第2次世界大戦当時の技術力では作りようのないものばかりだ。それが艦娘仕様の艤装として存在する時点で、少なくとも彼女が艦娘として自分たちの目の前にいるにもかかわらず、あの時代に建造された艦艇ではないことは流石に彼らにも理解できた。

 「お前の話は分かった。だが、依然としてどうにもよく分からんな」

 ひとしきりみらいの話に耳を傾けたのち、菊池が首をひねりながら口を開いた。

 「お前も知っての通り、俺も康平も戦後の生まれだ。お前の話の中に出てきた『俺たち』はともかく、今お前の目の前にいる俺たち自身はあの時代を、70年も前に起きた歴史の一部としてしか知らない。つまり、今この場にいる俺たちはお前が知る海上自衛隊とやらにいた、船だった時のお前の乗員としての『俺たち』とは、別の存在ということだ」

 みらいは黙って頷く。それは岩城からも既に説明されたことでもある。

 「ここにあるお前の艤装は、確かに今まで俺たちが出会ってきた艦娘たちが持つものとは違っている。これが存在するということは、少なくとも船だった時のお前があの時代を見てきたことは事実なんだろう。ただ、これにせよ『船だった時のお前に俺たちが乗っていた』ということの証明にはならん」

 「なぁ、みらいの説明が仮に本当だとすれば、70年前の戦争の時に俺たちと同じ経歴を持つ奴らが生きていて、その後に今の俺たちが生まれてきたことになるよな。同じ世界に同時に同じ人間が2人存在するって、そもそもそんなこと起こりうるのか?」

 尾栗が怪訝そうな表情で尋ねる。だが、みらいはそれに対して首を振った。

 「いえ、厳密に言うと皆さんは同時に2人存在していたことはありません」

 「うん?そりゃまたどういう意味だ」

 「ご本人に面と向かっては言いづらいのですが…。太平洋戦争に参加した、海上自衛官だった方の皆さんは戦時中または戦後にたった1人の例外を除き、全員が殉職または行方不明になっています。恐らく、その240名は全員死亡したものと思われます」

 菊池と尾栗が驚きのあまり息をのむ。

 「そして彼ら全員がこの世を去った後、この横須賀鎮守府に勤務する現在の国防海軍軍人としての皆さんが改めて生まれてきた。ですから、それぞれが生存していた時期そのものは重複していないんです」

 「…、ちなみにその1人の例外とは誰なんだ?」

 菊池が、かけていた眼鏡をいったん外してレンズの汚れをふき取る。その所作をかつて、砲雷長だった方の彼が自分のCICで度々見せていたのをみらいは覚えていた。

 「岩城司令官のおられる、執務室に飾られている写真をご覧になったことは?」

 「あぁ、見たことあるぜ。旧海軍の角松洋介元中佐と、草加拓海元少佐を撮ったっていうアレだろ?」

 尾栗が得意げに答える。

 「はい。その角松中佐、正確には角松二佐が、唯一戦後まで生き延びた例外です。彼は表向き旧海軍所属とされていますが、実際には海上自衛官であり私の副長兼船務長をしていた人物です。階級こそ上ですが、私に乗っていた時のあなた方お2人とも同期でとても良きご友人の間柄でした」

 「嘘だろ…!?戦後アメリカに渡って活躍したって聞いた、あの角松氏が…!?」

 尾栗が一転して驚愕の表情を見せる。角松がアメリカに渡っていたという話自体は、みらいも日中に岩城から耳にしたものだ。

 「あの、それより話を戻しましょう」

 彼女の言葉に、再び菊池と尾栗の目線が集中する。

 「確かにおっしゃるとおり、今この場におられるお2人は私のことはご存じないかもしれません。ですが…、私はあなた方のことはよく存じ上げていますよ。その証拠をお見せしましょう」

 そういうと、みらいはまず菊池の方に向き直る。

 「菊池少佐。あなたは横須賀の防衛大学校、この世界では兵学校と言った方が正しいのでしょうけど、そこを卒業する直前の時期に『仮に合法であっても人を殺すのは嫌だ』という理由で任官拒否を一旦選ばれていますね。しかし、地元に帰る電車の出発間際に翻意し、国防海軍への参加を決意している。そして今、軍人としてのあなたはどんなに過酷な教練においても、汗一つかかないとか」

 「…!?」

 驚きのあまり目を見開く菊池。どうやら図星だったらしい。その様子を見ながら、今度は尾栗の方にみらいは視線を向けた。思わず、尾栗が大げさに身構える。

 「尾栗少佐。あなたは海軍に入る前、地元・博多で暴走族の一員でらっしゃったんですよね。でも、もっと大きなものを守りたいという理由でそれを辞めて海軍に入った。興奮すると口笛を吹くあなたの癖、多分まだ治ってないんじゃないですか?」

 「おっ、おう…」

 尾栗は口を開けたまま固まるしかなかった。これもまた見事にビンゴである。思わず、2人の士官はお互いの顔を見合せた。何故だ。今日ここで建造されたばかりの艦娘が、何故俺たちのことをこれほど詳細に知っているのか。

 「…、驚いたな。俺についても康平についても、お前の語ったことは全部見事に当たっている。確かにお前の言う通りだ」

 冷静沈着な菊池が、呆気にとられた表情で答えた。

 「おいおい、あんた今日ここで建造されたばかりで、まだ一日も経ってないんだろ?なんで見ず知らずの俺たちについてそこまで詳しいんだ?」

 「実際のところ、全くの見ず知らずというわけではないからですよ」

 尾栗の言葉に、みらいはいつしか少し得意げになっていた。

 「実は今お話ししたことは、元々海上自衛官として私が元の世界で迎え入れた方の『あなた方』についてのエピソードを、こっちの世界での常識と思われるものに適合するよう、適宜語句を言い換えただけのものなんです」

 「…、なんだと?」

 「この世界は私が元いた平成日本とは異なりますが、同時によく似ている部分も存在します。例えばこの世界で起きた『さきがけ』というイージス艦の事件、あれはお話ししたとおり私が1942年に旅立つこととなった出来事にそっくりです。そもそも日付からして同じですしね。であるならば、もしかしたらこの世界のあなた方も、私が知る海上自衛官たちと同じような過去や特徴を抱えているんじゃないか、と」

 今だかつて、これほどまでに自分の目と耳が信じられないと彼らが思ったことはない。まさか、こんなことがあり得るのか。尾栗は思わず自分の右の頬を自分でつねる。返ってきた鈍い痛覚が、これが夢などではなく現実なのだということを彼に思い知らせた。その横で、黙って何やら考え込んでいた菊池が口を開く。

 「なるほどな…。分かった。極めて信じがたい事ではあるが、そこまでお前が言うなら事実として受け止めるほかあるまい」

 みらいは頷いた。

 「ところで、あんたこれからどうするんだ?うちのドックで建造されたからには、俺たちと一緒に国防海軍の仲間として戦うつもりなのか?」

 尾栗が不意にみらいに尋ねる。みらいは口ごもった。実は、その質問に対する返事はまだ保留の状態で、岩城にも「考える時間が欲しい」と言ってあったのだ。尤ももう間もなく新年度に突入するとあっては、残された時間はほとんどないのだが。

 「実は…、まだその点に関しては正直決めかねているんです。自分の中で気持ちの整理がついていなくて。さっき外に出ていたのもそれで…」

 「なるほどなぁ」

 尾栗はそう呟くと、今度はしっかりと彼女の目を見据えた。

 「まぁ、こうしてお前が背負ってるものも共有してもらったんだ。俺たちとてもう他人っていうわけにもいかねぇだろう。何かあれば、俺や雅行をいつでも遠慮なく頼って来い。あんたの記憶の中にある『俺たち』と全く同じ存在とまではいかねぇかもしれねぇけど、できる限り相談には乗るぜ」

 「…、ありがとうございます、お2人とも」

 みらいはその言葉に、何度も頭を下げた。それは、彼女が「危険な賭け」に勝った瞬間であり、この世界で頼れる存在を見つけた瞬間であり、そして彼女の心の中にかかっていた雲の切れ間から、わずかながらでも光が差し込んだ瞬間だった。




ソルティーブルー、割と適当に考えた組み合わせですがそこそこ味的にはいけそうな気がする(根拠があるとは言ってない)。カクテルは作ったことないですが、機会があれば一度トライしてみたいかも。ただ、もしかしたらこういうのって名前は違えど、普通にありそうな気もしますけどね。

今回もストーリー上「菊池少佐&尾栗少佐をはじめとする国防海軍軍人の皆様」と、「菊池三佐&尾栗三佐をはじめとする海上自衛官の皆様」が同時に登場するので、それぞれがごっちゃにならないようお読みいただけたら嬉しいです。次回が第2章の締めになる予定ですのでどうぞご期待ください、それではまたお会いしましょう。

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