鎮守府のイージス   作:R提督(旧SYSTEM-R)

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どうも、SYSTEM-Rです。今回が『鎮守府のイージス』最終回となります。最終話ということで、これまでにまだ回収していない伏線も回収しつつ明るく爽やかに駆け抜けたいと思います。それではどうぞ。


ともに未来へ
エピローグ:ともに未来へ


 「ICU(集中治療室)、受け入れ準備整いました!!」

 「ストレッチャー及び人員用意よし!!」

 「了解」

 衛生兵たちから次々に上がる報告に、衛生課のトップである桃井佐知子大尉は頷いた。戦闘終結の一報が入ると同時に、彼女はすぐさま部下たちを率いて治療準備に取り掛かっていた。もちろん、その対象者が誰であるかは自明である。

 「連合艦隊によれば、護衛艦あすかは複数個所の骨折及び出血が認められ、内臓損傷の危険性も疑われるそうよ。ストレッチャーに乗せる際、ICUへの搬送時も含めてくれぐれも慎重を期すこと。いいわね」

 「Aye, ma’am!!」

 部下の返答と相前後して、遠くに人影が見え始めた。先行してくるのは、両サイドをゆきなみとみらいに支えられたあすか。時折苦痛に顔を歪めながらも、その足は基地に戻ろうと必死に歩みを進めている。彼女のすぐ脇には秋月、吹雪、夕立の駆逐艦3隻の姿も見える。その後ろから、激戦を終えて帰投してくる残り12隻が次々と姿を現した。

 (本当によくやったわ、あなたたち。深海棲艦の術中にはまりながらも、それを跳ね返してみせるなんて)

 桃井はそんな戦乙女たちの姿を見つめながら、内心呟いた。

 (あなたたちが戦場において見せてくれた思い、私たち人類は決して無駄になんかしないわ。ここからは、私たちがあなたたち艦娘の身を護る番。必ず治してみせる…)

 

 ドアを3度ノックし、それに対して「どうぞ」という声が聞こえたのを確認した後、みらいはゆっくりと引き戸を開いた。ゆきなみと秋月を伴って中に入ると、真っ白な室内の真ん中に備え付けられたベッドの上で、眠り続けているあすかの姿が見える。その脇には、一足先に来ていたらしい菊池と尾栗の姿もあった。どうやら、ノックに答えてくれたのは菊池だったようだ。

 「お疲れ様です。菊池少佐、尾栗少佐」

 「おう、お疲れ。お前はもう大丈夫なのか?」

 尾栗の問いに、みらいは頷いた。

 「ええ、おかげさまで。それより、あすか姉さんは…」

 「緊急手術は無事成功したが、まだ眠りからは目覚めないままだ。予定通りなら、もうそろそろだと思うんだがな」

 その問いに答えたのは、菊池の方だった。

 戦闘終了後、直ちに円極前線基地内にある集中治療室に収容されたあすかは、関係者の懸命な治療の末に一命をとりとめることに成功していた。本来なら、艦娘たちの負傷はドックでの入渠によって回復させることが可能ではあるのだが、あすかの場合は想像以上に負傷が激しくそのままでは入渠させられる状態にはなかったのだ。みらいの見立て通り、右の小指と薬指に加えて右わき腹のあばら骨も2本が骨折、1本にひびが入っている状態で決して楽観視できる状況とは言えなかった。

 だが、幸い手術後の予後不良もなく、戦闘から一夜明けた今は一般病棟に移され容体も安定している。予定通りなら、菊池の言う通りもうそろそろ全身麻酔の眠りから目覚めるはずで、そうすればようやく入渠によって本格的にダメージ回復という流れだ。自身も中破していたみらいは、あすかとは異なりICUには入ることなくそのまま入渠ドックに直行するよう命じられたが、入浴中もやはり姉のことはずっと気が気でなかった。

 みらい・ゆきなみ・秋月の3人は、揃ってベッドの上で眠ったままのあすかの姿を見つめた。眼前で彼女が寝息を立てていることそれ自体が、ともに敵の本隊を迎え撃った彼女たちにとっては救いだった。秋月の砲撃によって被弾し、至近距離で炸裂した敵艦載機の爆風をモロに受けたにもかかわらず、轟沈することなくダメージを大破で留められたのは奇跡的と言ってもいい。

 ベッド脇にある心電図モニターも、規則的に電子音を響かせている。少なくとも、間違いなく生存はしていることの証左だ。後は一刻も早く目覚めて自分たちを安心させてほしい、そしてまた言葉を交わしたいというのが3人に共通した思いだった。みらいはすぐそばに歩み寄ると、跪いて姉の顔をじっと見つめる。

 「姉さん。勝ったのよ、私たち。あの計33隻の巨大艦隊に」

 自然と、その口からは声が漏れる。

 「あの戦艦棲姫、私と秋月ちゃんで倒したの。大和たちと一緒に本隊を全員倒すって約束、ちゃんと守ったのよ」

 恐らく、あすかはそのシーンをきちんと目撃あるいは認識してはいないかもしれない。みらいたちが最後の一撃で敵艦に止めを刺した時、あすかの意識レベルは既に低下し始めており危険な状態にあったからだ。この際それならそれでもいい。よくもあの激戦地から生還できたものだ。あれだけのダメージを負いながら、ここまで回復してきたのは本当にミラクルとしか言いようがない。

 だが、それなら再び目覚めた時にきちんとそれを伝えたい。その事実を知った時こそ、あすかを本当の意味で安心させられる瞬間だろう。幸い、ここには4人も証人がいるのだ。彼らもきっと自分の力になってくれるはずである。

 みらいは、包帯で固定されたあすかの右手ではなく左手をそっと握りしめた。彼女にとっても、最早一昨日の浴場での言い争いなど遠い過去になっている。少なくとも、ここ帛琉の地での作戦は終わったのだ。今更それを蒸し返すのは野暮というものである。

 そうだ。あすか姉さんが目覚めたら、せっかくだから私も一緒にまたお風呂に入りに行こうか。一昨日の喧嘩は、お互いの本音同士がその思いの強さ故にぶつかってしまい起きた。だが、お互いに遠慮することなく物が言いあえるということは、決して悪い事ばかりではないのだ。戦闘の緊張感から解放された今なら、きっと後腐れもなくいい語らいができるはず。

 「お願い、姉さん。起きて。早くその声が聞きたい、早く姉さんの笑ってるところがまた見たいの。皆、姉さんが目覚めるのを待ってるのよ。お願い」

 「あすか、ゆきなみよ。分かる?みらいの言う通り、早く戻ってきて」

 「あすかさん、秋月です。私からもお願いします。どうか、どうか…」

 みらいの呼びかけに、ゆきなみと秋月が同調する。少佐2人も、沈黙を貫きながらもその顔は祈るような表情だ。思いは自分たちと全く同じらしい。

 「あすか!!」

 「あすかさん!!」

 「あすか姉さん!!」

 あすかが被弾した直後と同じ、3人の声が病室内に響いたのがどうやら呼び水だった。

 「う、うーん…。何よもう、うるさいわねぇ…」

 その声とともに、あすかが意識を取り戻しゆっくりとその目を開く。まだ頭はどうも麻酔の影響で意識がボケているのか、その声は何やら気だるそうだ。

 「ん、ここどこ…?あたし、いつの間にこんなところに…」

 まだ状況がつかめていないままのその顔がふと、すぐ脇にいたみらいの方に向けられる。彼女の目には、横須賀鎮守府の工廠でお互いに艦娘同士として再会した時と同じように、大粒の涙が浮かんでいた。

 「ここは…、円極前線基地内の病室よ、姉さん。戦闘が終わって、ICUで手術を受けて、やっとここに、戻って…」

 最後の方はろくに言葉にならなかった。みらいは自分でも意識しないうちに、あすかの身体に勢いよく抱きつくと人目も憚らず号泣し始める。やっと意識を取り戻してくれた、言葉を交わしたことで本当に無事だったんだと再確認できた。その喜びと安ど感で、彼女の胸は一杯になっていたのだ。

 「姉さんの…、姉さんの馬鹿!!どれだけ、どれだけ私が心配したと思ってるのよ…!!…、よかった、戻ってきてくれて本当によかった…。もう、馬鹿ぁ…」

 「みらい…」

 あすかは呆気にとられながらも、ただ泣き続けるみらいに抱きつかれたままになっている。その目は、みらいの向こう側に映る他の4人へと向けられていた。どうやら、少しずつながら意識もはっきりしてきたようだ。

 「そういえば…、どうなったの?あの深海棲艦の艦隊は」

 「倒しました。33隻全部、私たち18隻の力で。勝ったんですよ、私たち。最後は、みらいさんがトマホークで戦艦棲姫を…」

 号泣し続けるみらいの姿に、目を真っ赤にした秋月がその問いに答えた。あすかが目覚める前、みらいは「秋月ちゃんと一緒に戦艦棲姫を倒したんだ」と口にした。最後の一撃となったみらいのトマホーク攻撃を、秋月もまたシースパローでの迎撃によって支援したという顛末はもちろん、まぎれもない真実だ。

 だが、秋月は敢えてあすかに対してはそのことを正確に伝えようとはしなかった。それが、自らも中破に追い込まれ加賀から撤退を進言されてもなお、あすかとの約束を守るために戦艦棲姫に立ち向かうことを選択したみらいに対する、彼女なりの配慮だったのだ。彼女の言葉は必ずしも正確ではないかもしれないが、それが嘘であったからと言って誰も傷つくことはない。もしあすかが真実を知る時が来たとすれば、それはみらい自身がもう一度伝えてくれればいいのだ。

 「そう、だったんだ…。よかった…」

 秋月のそんな内心を知らないあすかは、一同の顔をゆっくりと見回した。それに合わせて、みらいも嗚咽を漏らしつつもようやくあすかの身体から離れる。

 「ごめんね、皆。あたしが不注意から大破なんかしたせいで、皆にこんな心配と迷惑かけたりして。正直、今回はあたしが迂闊だった。本当にごめん」

 「全くだ。俺たちだけじゃない、どれだけ多くの人間がお前のことを心配していたか。日本国防海軍だけじゃない、アメリカ太平洋軍やドイツ海軍の関係者も誰もが気を揉んでいたんだぞ。艦娘が激戦の末に傷ついている時に、心配しない軍人がいるか」

 そう口をはさんだのは、黙ったままじっと状況を見守っていた菊池だった。

 「だが、戦場ではいつ誰が何時被弾するかなど誰にも分からない。大破撤退などままあること、そんなものはお互いさまでしかないんだ。次にもし戦闘が起きて、誰か僚艦が大破撤退を余儀なくされた時には、今度はお前がその助けになってやればいい」

 菊池はそう付け加えると、秋月の方に向き直った。

 「秋月、あすかの意識が回復したことを他の皆に伝えてきてくれ。その一報を待ち望んでいる者が他にもたくさんいるはずだ。頼めるか?」

 「あ、Aye, sir!! もちろんです少佐!!」

 急に大役に指名された秋月はそれに驚きながらも、どこかぎこちなく敬礼するや否や病室から飛び出していった。廊下の向こうから「秋月ちゃん、廊下は走っちゃダメでしょ」「すいませーん」という会話が聞こえてくる。そのどこか微笑ましいやり取りに、あすかは思わず微笑んだ。恐らく、秋月も早く自分の目覚めを皆に知らせたくて、内心うずうずしていたのだろう。出来れば、今日だけは大目に見てあげてほしいな。

 「しかしあすかもそうだが、みらいはみらいで全く無茶したもんだよな。まさか、あんなぶっ飛んだやり口で止めを刺すとは誰が思うかって話だ」

 秋月が走り去ったのを確認してから、今度は尾栗が口を開いた。

 「ぶっ飛んだやり口?対艦トマホークで沈めたんじゃないの?」

 「先に相手にわざと砲撃させて、それを秋月ちゃんのシースパローで迎撃した時に生まれる爆破閃光で目くらましして、ね。まさか土壇場でああいう発想が思い浮かぶなんて、私も信じられなかったわよ」

 ゆきなみが笑いながら答える。彼女も尾栗も、秋月なりの「配慮」にはすぐに気づいていた。だからこそ、彼女が去るまではより正確な結末については黙っていたのだ。

 「何、まーたそういうウルトラCで決着つけたわけ?あんたも大概懲りないわよね」

 ようやく、あすかの顔に好戦的で良くも悪くも無遠慮な、いつもの表情が戻ってきた。それをまた見られることもまた、みらいにとっては何より嬉しい事だ。

 「舞鶴での初演習の時からずっとそんな調子だったらしいが、一体どこのどいつがそんな常識破りの戦法を教え込んだんだろうな?」

 そう言って肩をすくめた尾栗は次の瞬間、衝撃的な言葉を口にした。

 

 「()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 みらいは一瞬、その言葉の意味が理解できなかった。それを単なる音としてではなく言語として理解した時、みらいの言葉は震え始める。

 「今…、あなたは一体何と仰ったのですか…。尾栗少佐」

 「海上自衛隊護衛艦としての過去を持ちながら、艦娘として転生したお前の振る舞いはまるで護衛艦らしくないと言ってるんだ、こいつは。確かに今のお前自身と比べたら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ように思えるのは事実だな」

 尾栗に代わって、菊池が答える。

 「だが、70年もの時が経てば考え方など変わるということか。確かに、この世界で生きていくにはマインドシフトも必要ではあるんだろう。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 その言葉で、みらいの驚きはとうとう確信に変わった。その目が、衝撃のあまり大きく見開かれていく。嘘でしょ、そんな馬鹿な。信じられない…!!

 「菊池少佐…。いや…、菊池三佐。それに…、尾栗三佐も。まさか、全て思い出してくださったんですか…?」

 「あぁ、全部思い出した。お前や240名の仲間たちと過ごした日々の全てを」

 「勘違いなんかじゃなく、俺たちを『三等海佐』の階級で呼んでくれたのは初めてだな。散々今までも行動を共にしておいて、今更こういう言い方をするのは妙かもしれんが…、久しぶりだな、みらい」

 菊池に続いてそう言うと、尾栗は敬礼しながら「みらい航海長、尾栗康平三等海佐!!もとい、現在少佐!!おかげさまで70年ぶりに戻ってまいりました」と声高々に宣言しケラケラと笑う。そのどこかおどけた口調はしかし、ゆきなみとあすかの驚きを誘った。

 「三等海佐って…。それ、海上自衛隊の階級じゃないですか。まさかお2人とも、艦艇時代のみらいに乗っておられた時のことを…?」

 ようやく事態の何たるかを飲み込んだゆきなみが、驚いて目を見開く。

 「あぁ、見事に全部思い出した。みらいが戦艦棲姫相手に見せてくれた、あの世紀に残る名演説のおかげでな」

 尾栗はそう言うと、彼らが前世の記憶を取り戻すことになったきっかけについて語った。みらいが戦艦棲姫に向けて、「自分の241名の乗員たちと戦えたことへの誇りと感謝を、自分は未だに忘れていない」と語ったその時、菊池と尾栗はその背後にふと何やら戦闘艦の幻影を見たのだという。それが、艦艇だった時のみらい自身であると気づいたその瞬間、自分たちが見た夢の映像も含めた太平洋戦争当時の記憶が走馬灯のように、全て鮮やかに蘇ったのだそうだ。

 「人間と船は常に2つで1つのパートナーであること。お互いに命運を共にできることを誇りに感じながら日々生きていくということ。みらいが言ったことは、俺たち船乗りにとってはあまりにも当たり前すぎて、つい忘れてしまうような話なんだろう」

 親友が語り終えると、菊池はふと呟いた。

 「だが、それが当然のことだからといって疎かにしてしまってはならない。俺たちはそれを知らず知らずのうちに意識せずに生きてきたことで、自分が生まれてくる前に歩んできた足跡をもう一度見つめ直す、その方法すらも忘れてしまっていたのかもしれないな」

 菊池の顔は、3姉妹の姿を真っすぐに見据えていた。

 「俺たちはもうそんなことはない。国防海軍軍人として生きる今の俺たちの原点を思い出させてくれたのは、紛れもなくお前たちなんだ。そのことに対して、まず俺たちは礼を言わなきゃならない。それと同時に、今ならもう1つ理解できることがある」

 菊池は、そこまで言うとあすかの方に向き直った。

 「何故、艦娘となった今のみらいが過剰なまでに『敵艦隊の殲滅』にこだわり、その結果お前と対立までする羽目になってしまったのかということだ」

 「えっ…?」

 突然何を言い出すのかと目を見開いたあすかに向かって、今度は尾栗が口を開いた。

 「あすか。少々酷な注文かもしれねぇが、お前が戦闘中に被弾した時の状況を思い出してみろ。あの時、お前はシースパローでも主砲でも迫ってくる敵艦載機に対処することが出来ず、頼みのCIWSも当てることが出来なかったよな?」

 あすかは頷いた。確かに、あの時自分は主砲が弾切れを起こしていたとはいえ、迫ってくる敵艦載機への注意を一瞬欠いたがために対処がし切れていなかった。まさか、CIWSまで機能しなくなるとは流石に予想外だったのだが。

 「実を言うとな…、1942年にタイムスリップした時の俺たちも、まるでそっくりな状況に追い込まれたことがあったのさ。もちろん、その時襲ってきたのは深海棲艦じゃなくアメリカ軍のドーントレスだったがな」

 あの時、トラック諸島を後にして横須賀に向かっていたみらいとその乗員たちは、護衛についていたはずの伊21号潜水艦に乗り込んでいた滝栄一郎中佐の策略にはめられ、米空母機動部隊からの襲撃を受けたのだ。40機もの敵機のうち半数を1分ほどで、それもマニュアルで撃ち落とすという離れ業を見せたにもかかわらず、その戦闘は今なおみらいの中で暗い記憶として残り続けている。

 「あれは…、砲雷長である俺の戦略ミスだったんだ。元々、あの時の俺たちはアメリカと戦うことを目的としていたわけじゃなかった。あくまでも襲ってくる脅威を追い払うのが目的の、受動的な姿勢での戦闘だったんだ。だから、部隊の壊滅を判断する目安である敵戦力の50%を葬った時、俺たちは当然彼らが引き下がるものと思っていた。その気になれば撃ち落とせる位置にいた敵機だって、攻撃の姿勢を見せない限りは撃墜しようとはしなかった。そこに隙があったんだ」

 その一瞬の隙に付け込まれた結果、生まれたものとは何だ。みらい自身も少なからずダメージを受けたが、それで済んだならまだどれほどよかったことか。5名の殉職者と12名の負傷者。殺すか殺されるかの戦場において、牙をむいて襲ってくる敵に正面から立ち向かうことを躊躇った結果、自分たちの側にも犠牲を生んでしまったのだ。

 「本人の目の前で批判的なことを言いたくはないけど…、あれは絶対に避けられた犠牲だった。自分たちが『戦場の理屈』を真に理解してそれに沿った行動を選択してさえいれば、あれだけの犠牲者を出すことなんてなかったのよ」

 みらいは呟いた。方や相手はせいぜい時速400km/h程度の旧型機、方やこちらは対空戦闘を十八番とする最新鋭のイージス護衛艦だ。その気になれば、いつでもシースパローで何ら問題なく撃ち落とせたターゲットだった。そのなんてことない1機の航空機でさえ、対応を間違えればたちまち取り返しのつかないダメージを与える脅威となる。それを、みらいは70年も昔に身を以て思い知らされたのだった。

 「私が敵艦の殲滅にあれだけこだわり、ことあるごとに70年前の記憶を持ち出すのは何もそれを姉さんに自慢したいからなんかじゃない。自分が味わってきた戦場の本当の怖さというものを、平和な時代しか知らない姉さんたちにちゃんと伝えたかったし、私と同じような思いを姉さんたちにはしてほしくなかった。自分も他の誰も、もうあんな過ちを繰り返すようなことはあってほしくなかったからなのよ」

 「みらい…」

 「本当は、そういう思いをちゃんとはっきり伝えなきゃいけなかったの。なのに、姉さんに平手打ちを食らったことで、変に意地を張ったせいでそれが言えなくて、結果的に最も起きてほしくなかった事態まで起きてしまって…。そのことを本当に悔やんでる。ごめん、ちゃんと言えなくて」

 思わず顔を落としたみらいの右肩を、あすかはその左手でガッチリと掴んだ。驚いて反射的に体を震わせたみらいに向かって、彼女は「違う、違うわよ」と叫んだ。

 「何であんたが謝るのよ。そういうことなら、謝らなきゃいけないのはあたしの方でしょうが。あたしがついつい意地になってあんな暴挙に出さえしなけりゃ、あたしだってこんな目には遭ってなかったかもしれない。それをちゃんと言わせてあげられなかったあたしの責任よ。自業自得だったのよ、こんな思いをさせられたのは…」

 最後の一言は、涙声になっていた。あすかが泣き顔を晒すのは、艦娘になってからこれが初めてのことだ。

 「ごめん…、本当にごめんね、みらい。そんなにもあたしのことを考えてくれてたのに、ちゃんとそれを受け止めてあげられない分からず屋な姉で。やっぱり、あたしが全部間違ってたんだ…」

 今度はあすかが大粒の涙をこぼす番である。そんな彼女に尾栗が呼び掛けた。

 「なぁ、あすか。俺たちはかつてお互いに海上自衛隊の一員として生き抜き、日本の盾として働いてきたことを誇りとして胸に刻んできたよな。俺は、国防海軍に身を移した今でも当時の生き様を忘れたくないというお前の思いは、とても立派なものだと思うぜ」

 あすかはそれに対し、何も答えない。ただ、目を腫らしながらじっと尾栗の顔を見つめるだけだ。その視界も、もしかしたら涙で霞んでいるかもしれない。

 「だが、一方ではっきりしてることもある。俺たちが1942年の海で学んだ戦争は、それよりもずっと厳しいものだったってことさ。今この世界を生きる俺たちが漕ぎ出していくあの大海原も、残念ながら俺たちが知る平和な海とは違う。それでも、俺たちはそこに立ち向かっていかなきゃならないんだ。司令官でもない俺が言うべきセリフじゃないかもしれないが…、また元気になったらお前の力、貸してくれないか?」

 何度も頷きながらの慟哭。妹の胸で泣き続けるあすかがその言葉にイエスと返答するのには、それで十分だった。

 

 ここは日本国防海軍横須賀鎮守府の出港ゲート。作戦開始のため選ばれし6人の精鋭たちが、今か今かと旅立ちの時を待つ場所である。

 「さぁ、いよいよね。早く出港の号令かからないかなぁ。ワクワクする」

 「あら、ずいぶんとテンション高いのね。期待してるわよ、みらい」

 「まさか、あんたが実戦で旗艦に選ばれる時が来るとはねぇ。今や、戦闘経験じゃあんたにも引けを取らないうちら姉妹というものがありながら」

 期待に胸を膨らませるみらいに、ゆきなみとあすかが相次いで声をかける。

 「まぁまぁ、梅津提督の命令なんだから仕方がないでしょう?」

 ゆきなみは苦笑しながら、すっかり元気になり戦線復帰したあすかをたしなめた。

 「せっかくの、栄えある第三護衛艦隊の初出撃よ。いちいち細かい文句なんかつけずに、まずはとにかく旗艦を支えることを考えましょう」

 「そうだヨー、あすか。新たな門出にケチなんかつけるのは無粋ってものネー。前向きに、Positiveに行かなきゃデス」

 「ふふっ。そうですよね、金剛さん。あすかさん、試験運用とはいえ私だって第一艦隊旗艦から外れてここに加わってるんですから、それをくれぐれも忘れないでくださいね?」

 「そのうち、あすかさんにも旗艦をやってくれって声がかかる時が来ますよ。その時まで、ちょっとだけ辛抱しましょう?」

 ゆきなみの言葉に、金剛、大和、秋月が次々に同意のセリフを口にする。流石に多勢に無勢と思ったのか、あすかもこれには苦笑いするしかなかった。

 「もう、皆してあたしのこといじめないでよね?単に軽口叩いただけなんだからさぁ」

 そんなどこか微笑ましいやり取りを聞きながら、みらいも口元に笑みを浮かべていた。

 帛琉沖での戦闘は結局、深海棲艦と艦娘との戦いに終止符を打つものとはならなかった。横須賀に戻った今もなお、あの化け物たちの軍団による襲撃は続いている。だが、その敵艦隊に対する見方はあの戦闘を経て、国防海軍側ではほんの少しだけ変わっていた。

 海へと沈みゆく直前、戦艦棲姫が吐露した人類に対する思い。きっとそこにはある一面においての真実があったのだろうし、あれはあれで彼女たちなりの正義と言えるものであるのかもしれない。そしていつの世も、異なる価値観に基づく正義は衝突するものだ。ちょうど、あすかとみらいの姉妹が考え方の違いによって揉めたのと同じように。

 もちろん、彼女たちもまた何かしらを背負っているのだと認めることは、そこに無用な温情をかけることを意味するわけではない。牙をむいてくる相手が背負っているその「何か」を認め真正面から受け止めたうえで、それでもそこに立ち向かっていくことこそが大事なのだ。きっとそれは、いつの日かこの戦いが終わるまで続くことだろう。いつかまたこの世界に平和が訪れた時、その先に見える景色とは一体どんなものだろうか。

 「作戦開始予定時刻です」

 出港ゲート内に、出発を告げるアナウンスが響く。

 「第三護衛艦隊、出撃せよ!!」

 「了解!!出港用意、始め!!」

 私は、日本国防海軍ゆきなみ型ヘリコプター搭載イージス護衛艦3番艦『DDH-182 みらい』。名付けられたのは、命ある限り誰もが目撃する一歩先の世界を意味する名前だ。その先に何が待ち受けているかは分からない。だが、そこに何かがある限りは行こう、ともに未来へ。私たちに、後戻りという選択肢などないのだから。

 出港ゲートが、音を立ててゆっくりと開いていく。その先に広がる大海原は今日も、青空の下でキラキラと輝いていた。

 




全30話にわたって作り上げてきた『鎮守府のイージス』、お楽しみいただけましたでしょうか?ミリタリーものを書くのも初めて、二次創作も初めて、ハーメルン投稿もという初物尽くしで、とにかく慣れないことばかりではあったのですが、この2か月間本当に楽しかったです。最後までお読みいただいた皆さん、本当にありがとうございました。

これでこの物語はひとまず終わりとなりますが、これからどうするかは「ハーメルンという場を自分がどう使っていくか」を含めて実は全く決めていません。まぁゆっくり考えながら、そのうち気が向いたら新しい小説でも投稿するかもしれません。その時はどうかまた応援いただけましたら嬉しいです。

最後にはなりますが、誤字修正に定期的にご協力いただいた皆さん、感想や評価をお寄せいただいた皆さん、お気に入り登録いただいた皆さん、そしてもちろん応援いただいた全ての皆さんに厚く御礼申し上げます。それではまたどこかでお会いしましょう。アディオス!!

7/31追記
・続編となる新作「鎮守府のイージス〜Marine Mission〜」の連載を始めました。閲覧はこちら→https://novel.syosetu.org/129511/

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