鎮守府のイージス   作:R提督(旧SYSTEM-R)

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どうも、SYSTEM-Rです。お待たせしました。今回から満を持してヒロインたる艦娘みらいの登場です。それ以外にも、有名どころばかりですが何人か艦娘が出てきますよ。さらに、ジパングサイドからは人気者(?)のあの人も。それではどうぞ。


第一章:みらい、再誕(後篇)

 気づけば、岩城は神通とともに工廠の前に到着していた。この扉の向こうには、件の正体不明の艦娘が既にその姿を見せていることになる。

 「提督、大丈夫ですか?先ほど、何やら心ここにあらずといった風でしたが…」

 心配性の神通が、ただならぬ表情で岩城の顔を見つめる。しかし、岩城はそちらに一瞬目をやるとすぐにかぶりを振った。

 「心配すんな、ちょっくら考え事してただけだ。気ぃ使わせて悪かったな」

 「い、いえ…」

 慌てて神通が首を横に振るのを尻目に、岩城はまだ閉じられたままの工廠の扉に向き直った。

 「さて、お前がわざわざ走ってまで呼びに来た新しい誰かさんのお出迎えだ。胸張ってご挨拶といこうじゃねぇか」

 そう口にした彼の言葉が、何やら震えていたのに神通は気づいていた。ドックの重い扉を開く手にも、普段より力強さがない。原因は分からないが、何かそんなに彼が緊張するような要因でもあるのだろうか、と彼女は首をひねるものの思い当たる節はない。そうこうしているうちにドックの扉が開き、2人は揃って中へと足を踏み入れた。

 建造ドックの周りには、既に野次馬で人だかりができていた。その中に、陸上勤務の兵士や将校たちの作業服とは異なる意匠の装束を身に着けている者たちがいる。神通と同じく、有事には海へと飛び出してこの国の防衛にあたる中心的戦力であり、人類にとってのパートナー。恐らくこの日が非番だったために騒ぎを聞いて集まってきたのであろう、ここ横須賀鎮守府所属の艦娘たちである。

 「Hey, 提督ゥー!神通もこっちこっち!待ちくたびれたヨー!」

 扉が開く音に気が付いて振り返った一人の艦娘が、目ざとく2人の姿を見つけて勢い良く手を振った。顔立ちは日本人だが髪は神通よりさらに鮮やかな茶色で、額には金色のカチューシャをつけ、何やら巫女服を改造したような衣装を身にまとっている。

 金剛型戦艦1番艦『金剛』。艦艇時代はイギリスで建造された彼女は、その独特の英語交じりの口調と明るく天真爛漫な性格で、横須賀鎮守府の盛り上げにも一役買うムードメーカーである。岩城が紅茶を嗜むようになったのも、他ならぬ彼女の影響によるものだ。

 「おう金剛、悪い悪い。お前らもお疲れな」

 岩城がそう言いながら近づくと、金剛を除くその場の全員が一斉に振り返り敬礼を返す。

 「あぁ、いいからいいから」

 そう言いながら岩城が神通を伴ってドックへと近づくと、居並ぶ作業員や艦娘たちが道を開けた。その先ではまだドックの中で眠りについたままの、見知らぬ艦娘が姿を見せていた。

 (なるほど、な…)

 岩城の目が、眼前で眠ったままの女性の姿を捉える。確かに神通の報告通り、その姿はなかなか見慣れないものだった。透き通るような白い肌に、やや亜麻色がかったサラサラの黒髪ロングヘアー。頭には、中佐以上の階級にある者がかぶることが許される、金モール製の桜花模様が前ふちに沿ってデザインされた正帽をかぶっている。上半身には幹部常装第三種夏服を着て、下半身は白のミニスカートに太もも丈の黒いソックスを履いている。

 それらの衣装をまとった彼女の体つきはいかにも女性らしいというか、出るべきところと引っ込むべきところの対比が完璧な、見事なプロポーションだった。いわゆる「わがままボディ」とか「グラマラス体型」とか、まぁそういう風に形容される体格だと説明すればご理解いただけるだろうか。同じ艦娘でも艦種によってそれぞれ違いがあり、戦艦や重巡、正規空母といったカテゴリーに属する者たちは、このようにスタイルに恵まれていることが多い。神通が彼女を重巡と判断したのも、それが理由の一つかもしれない。

 一方、まだ眠ったままのその顔も、非常に目鼻立ちが整った端正なものだ。「美人か美少女でなければ艦娘にはなれないのか」というくらい、この鎮守府をはじめ各地で発見されている艦娘たちはいわゆる「顔面偏差値」が総じて高い。目の前にいる彼女も、「綺麗なお姉さん」という形容詞が実にしっくりくる。

 だが、同じ美人でもこの艦娘は何かが違う。神通の報告にもあったように、やたらと現代的な空気感の持ち主なのだ。今までに現れた艦娘たちが神通や金剛も含め、現代風に装ってはいてもどこか昭和の面影を残しているのとは、まるで対照的だった。かといって派手すぎる顔立ちというわけでもない。「国防海軍の制服を着た状態で建造された今風な艦娘」。まさしく神通の言う通りだ。

 「この艦娘が現れたのは、今から大体何分前だ?」

 「約10分ほど前です、司令官」

 岩城の問いかけに答えたのは、艦娘ではなく紺色の作業服に身を包んだ眼鏡姿の男だった。「生まれ変わり」の1人で、補給課のトップである米倉薫大尉。水雷長としてみらい乗員の一員であった時の彼(当時は一等海尉という階級だった)は、上官の許可なく勝手に米潜水艦ガードフィッシュ相手にアスロック対潜魚雷を発射し、しこたま怒られた挙句CIC(戦闘指揮所)を叩き出されたことで有名だが、ここにいる本人はそんな前世での経緯については知る由もない。工廠の管理責任者として、新艦娘の建造や彼女たちが使用する各種武装の開発などの進捗管理が彼の仕事だ。

 「外見的特徴から見て、全くの新種であると判断して問題ねぇな?」

 「ハッ、問題ないかと思われます」

 「建造の最中に何か変わった様子は?彼女が建造されるに至った理由として、思い当たる節はあるか?」

 「直接的に影響したかどうかは定かではありませんが…」

 米倉はそう答えると、艦娘が横たわっているドックの上あたり、壁面にこれが第一ドックであることを示す数字の「1」が描かれたあたりを指さした。よく見ると、指さした先のあたりは落雷でも受けたのか、やや焦げて黒ずんでいるようにも見える。

 どんなに大柄でも、女子バレーボール選手程度の身長を超えることがない艦娘の建造に、本物の水上艦艇を作るような大規模なスペースは必要ない。艦娘仕様の建造ドックは、ちょうど左横から見た時に壁面から地面にかけての空間をL字型に切り取ったような形をしており、L字の長辺が天井まで伸びる一方、地面側には水が湛えられている。溝の幅は大体成人女性の体がやや余裕をもって収まるくらいだろうか。

 新しく完成した艦娘は、目を覚ますまでその水の上に浮かんだ状態で平均すると概ね15分程度眠っているので、普通に考えれば背中側はびしょ濡れのはずだが、不思議なことに今まで現れたどの艦娘もそういう風にはなってはいない。そういえば、海上戦闘の最中にも散々水しぶきを浴びているはずなのに、不思議と彼女たちの衣類は水に濡れた様子がない。

 恐らく、艦娘たちの肉体もしくは衣類が何か魔力のような特別な力をまとっていて、それが水濡れを防いでいるのではないかというのが、各国海軍関係者の1つの共通見解だ。断定に至っていないのは、当の艦娘たちですらその原理がよく分かっていない為らしい。何やらファンタジーめいた話だが、それもやむ無しだろう。そもそもそれを言ってしまえば、艦娘や深海棲艦の存在自体がある意味ファンタジーのようなものである。

 「昨晩の大雨の際、何度かこの鎮守府内の建物にも落雷が起きています。恐らくこの工廠でも、ちょうどあのあたりに落ちたものと思われます。まだ推測の域を出ませんが、その時に供給された過剰な電力が何らかの影響を与えたのではないかと」

 「なるほどな」

 岩城は頷いた。今日は朝から天気も穏やかだが、実は前の晩に首都圏一帯は大雨に襲われていて、ここ横須賀にも結構な頻度で落雷があった。噂によると、東京・市ヶ谷の防衛省や千葉県習志野市の国防陸軍習志野駐屯地も、荒れ模様の天候への対応で大わらわだったそうだ。

 さて、件の艦娘が目を覚ますまで恐らくあと5分ほどだ。それまでに、もう1つ確認しておかねばならない事項がある。彼女の正体を推測するうえで、重要な手掛かりになりそうなものだ。岩城は米倉に向けて問いかけた。

 「彼女の艤装はどこに置いてある?」

 「あっち、あっちに置いてるヨ、提督」

 ドックの左隣辺りにある作業スペースを指さしながら、金剛が代わりに応える。見ると、ドックの中の「本体」を差し置いて机の上に置かれたそれらしき物体に、真剣なまなざしを向けている2人組がいる。その顔ぶれについては岩城も察しがついていた。

 「なんだ、まーたあいつらが熱中してやがんのか」

 「アハハ、いつもの面子ネー。それがあの子たちの性分ですからネ、仕方ないヨ」

 苦笑いを浮かべる金剛を見ながら一度大きなため息をつくと、岩城はその2人組が陣取っている方へと歩き出す。よほど興味津々なのか、眼前の2人は岩城がすぐそばまで歩み寄ってもまるで気づくそぶりを見せない。業を煮やした岩城が、2人の間に顔を出しながらそれぞれの左肩と右肩を一度ポンと叩くと、ようやく気付いた彼女たちが飛び上がらんばかりに驚いた。

 「うわっ、びっくりした!!お、お疲れ様です、提督」

 やや灰色がかった緑色の髪を後ろで結わいた、兵装実験軽巡『夕張』が若干しどろもどろに挨拶する。その反対側で同じく驚きの表情を浮かべているのは、ピンク色の髪がトレードマークの工作艦『明石』だ。この両名はともに艦娘でありながら、立場的にはむしろ米倉ら補給課の作業員たちをサポートする役割とみられることが多い。雷撃戦を得意とする軽巡でもある夕張には出撃の機会もたびたびあるが、元々戦闘能力に恵まれていない明石は艦隊には加わらず、工廠にこもったままというのもザラだ。ただ、その分戦闘以外の面で熱心に働いてくれることもあって、鎮守府でもそれを問題視する者はいない。

 2人とも兵装には興味が尽きない研究者気質なので、一度ドはまりするととことん追求して新しい知識をものにしようとする。その熱心さはいいことなのだが、あまりに度が過ぎて周りが見えなくなるのも考え物ではあるだろう。常々注意しつつもなかなか治らない彼女たちの悪癖に、岩城は実際のところ内心辟易していたところだった。

 「おぉまぁえぇらぁ」

 岩城が不意に出したやたら低い声に、2人の艦娘が大慌てで姿勢を正す。

 「いつになったらその周りが見えなくなる癖をなんとかできるんだ、あぁ?お前らの悪い癖だと何回言わせれば分かるんだ」

 「すいません…。この装備を見ていたら、つい血が騒いでしまって」

 直立不動のまま、ひきつった笑みを浮かべる明石。だが、岩城はそこにさらに追い打ちをかける。今度は夕張の方に向き直った。

 「おい夕張。お前、戦場でそうやって一方向だけに気を取られていて、背後からいきなり深海棲艦の艦載機にでも攻撃食らったら対処できると思うのか?」

 「で、できないと思います…」

 「轟沈する時がそんなクソみたいな最期だったらお前、せっかくもう一度手に入れた自分の人生にあの世で納得できると思うのか?」

 「い、いえ…」

 そこまで夕張が答えると、岩城は再度2人の顔を同時に見据えた。

 「いいかお前ら。平時にすら満足にできねぇことを、有事においてできるなんて思うな。お前らが兵装の研究開発という分野で優秀なのは常日頃から認めてるが、こういう部分に関してははっきり言ってまだ甘い。いくらここが自軍の鎮守府内だからって、お前ら艦娘ともあろう者が常在戦場の意識を持てなくてどうすんだ。ここでの一挙手一投足も、全て戦闘訓練の一環なんだということを忘れんな。分かったか!!」

 「ハッ、ハイッ!!申し訳ございませんでした!!」

 (相変わらずズバズバ言うネー、ウチの提督は)

 金剛は岩城に向かって最敬礼する2人の姿を、岩城の背後から見つめながら苦笑した。岩城は一見細かいと思われることを、こうして目ざとく咎めることがしばしばあるが、それが単なる当たり散らしではなくきちんと客観的に納得できる理屈に沿ったものであり、しかも相手のことを慮った指摘であることは鎮守府の誰もが理解している。

 そもそも先ほど執務室に駆け付けた神通を怒鳴ったのだって、戦闘員たる艦娘が鎮守府内を大慌てで走っていく姿を周囲が見れば、それを深海棲艦の襲撃が迫っている合図だと誤解する者が出かねないという理由があってのこと。常々している訓示だって、そういう趣旨で定めているのだときちんと説明もしている。単に、せっかく自分が淹れた紅茶をお釈迦にされたから反射的にブチ切れたわけではないのだ。

 ただ頭ごなしに叱るのではなく、相手の優れた部分は優れていると認めたうえで、改善すべきところも明快な理由とともに提示するという怒り方ができるのは、口は悪くとも彼が優秀な司令官たる所以だろう。岩城を慕う者たちが横須賀鎮守府に多い理由の一端がここにある。もちろん、周囲から「提督LOVE勢の筆頭格」なんて呼ばれることも多い金剛自身も、その一人であることは言うまでもない。

 「で?お前らがそれだけ心惹かれる艤装ってのはこいつか?」

 言うべきことを一通り言って気を取り直した岩城は、机の上に置かれているそれに目をやった。艦娘たちが海へと繰り出すために、欠かすことのできない装備・艤装。これらには一見浮力を制御するための装置は見当たらないが、これを身に着けていないと彼女たちは水上に浮くことが出来ないらしい。そうと知らずに見れば、ヒーローものの特撮で主人公たちが使うような変身グッズか何かにしか見えないそれが、いったん戦闘が始まれば艦艇一隻にも匹敵する火力を発揮するのだから、なかなかどうしてこれも不思議な存在だ。

 そんな奇怪な代物の中でも、今彼の目の前にあるものは輪をかけて変わった形をしていた。いや、正確に言えばそこに備え付けられている個々の兵装自体は、むしろいずれも彼の目には見慣れたものだ。オート・メラーラ(Oto Melara)54口径127mm単装速射砲にMk.41 Mod.2 VLSが29セル、ESSMの運用能力が無いシースパロー専用のMk.48 Mod.0 VLSが16セル、計45セルのVLS。対水上艦能力が無いCIWSことファランクス、形式名 Mk.15 Mod.2 Block1A 高性能20mm機関砲。RGM-84D ハープーン艦対艦ミサイルのキャニスターに魚雷発射管。艦隊の目となるSPY-1レーダーに、ヘリ格納庫や飛行甲板まで見える。どれも現代の軍人にとってはお馴染みの装備ばかりだ。そのいずれもが、艦娘仕様のサイズに仕立て上げられている点を別とすれば。思わず岩城の口から感嘆の声が漏れる。

 「こいつは…、驚いたな。どいつもこいつも現代兵装ばかりじゃねぇか」

 「私も驚きました。実際の艦艇では何度も見てますが、まさか艦娘仕様のものが現れるなんて」

 たちまちいつもの「研究者モード」に戻った夕張が同調する。彼女も明石ともども、神通もかつてそうしたように係留中の艦艇を訪れたことがある。だが、神通が結局一度きりの見学に留まってしまったのに対し、流石にこの2人は興味関心の度合いが違う。暇さえあれば何度も何度も足を運んで、つぶさに観察し何かを得ようと熱心に研究していた。そこで得た知識が何の得になるかも分からないのに、と当時は呆れ返ったものだが、まさか巡り巡ってこんな形で生かされることになろうとは。

 「この兵装、表面部分だけ見ても凄いんですが中身も尋常じゃありません。ちょっとカバーを開いただけで途端に電子回路だらけ。まさに精密機器の塊ですよ。艦娘向けの兵装は第2次世界大戦期の装備しか作れないと聞いていたのに、まさかこんなものが拝めるなんて。私はまだ自分の目が信じられないです」

 「カバーを開いたって、まさかお前らこいつを分解したのか!?」

 岩城が思わず顔をしかめる。

 「やだなぁ、分解なんて大げさなものじゃありませんって。取り外し可能な部分をちょっと外して観察してみただけです。この通りちゃんと元通りになってますよ」

 夕張につられて、こちらもいつもの調子を取り戻した明石が苦笑しながら大げさにかぶりを振る。彼女が指さした部分に目を凝らしたその時。恐らく装着した時には体の両サイドをカバーするのだろうと思われるパーツ、CIWSが取り付けられた艦首を模した部分に何やら文字列が描かれているのが目に入った。そこで岩城の目が止まる。飛び込んできた「182」というその数字が意味するところを、彼の頭脳は瞬時に理解した。

 (おいおいおい、冗談だろ)

 5年前、少将に昇任してすぐに井手口に呼ばれ、あの部屋で軍機として聞かされた物語。「イージス艦みらい」と海上自衛隊にまつわる一連のストーリーを、果たして本当に信じてよいものなのかどうか彼はずっと迷っていた。

 その物語を自分に伝えた井手口が一昨年に肝臓ガンでこの世を去って以降、彼は目標たる上官を失った悲しみを洗い流す過程で、この出来事を記憶の奥底にしまい込んだ。あれは、真面目一筋に生きてきた自分のロールモデルが、ごく一瞬一息ついて肩の力を抜くためにでっち上げた創作なのだと、そう強引に折り合いをつけて。

 しかし、今彼の目の前にある艤装やその主の存在は、彼の出した結論が間違いであるということを明確に示していた。イージス艦みらいの伝説は、井手口の荒唐無稽な作り話などではなかったのだ。

 (まさか、あの話がガチだったなんて…)

 なんとなく、予感はあった。神通から「国防海軍の制服を着て、VLSを備えた艦娘が現れた」と聞かされた時、まさかとは思いつつもその可能性を彼は疑った。だが、その予感が本当だったとは夢にも思わなかったのだ。

 岩城は5年前に、井手口と面会した時の話の続きを思い出していた。あの時、彼は別れ際にこう言ったのだ。我々国防海軍が艦娘として建造できるのは、これまでの経過を見る限りどうやら第2次世界大戦に参戦した艦艇の生まれ変わりのみ。現在はまだ幸いにも姿を見せていないが、その条件を満たす艦の1人として今後みらいが建造ドックに現れる可能性も否定できない。その時、彼女はおそらく自分の太平洋戦争中の経緯を全て話すだろうし、そうなれば私が伝えた内容は最早将官たちの間のみに通用する機密としては維持できなくなるだろう。その時はどうか善処してほしい、と。

 あの時の岩城は、率直に言えばその願いを話半分程度にしか聞いていなかった。だが今、どうやら彼を取り巻く事態はそういうわけにもいかなくなったようだ。あの時もっと真剣に聞いておくべきだったかもしれない、と今更ながら後悔の念が募ってきた。

 「て、提督?どうかされましたか…?」

 急に思いつめた表情で黙り込んでしまった岩城の顔を、夕張が心配そうにのぞき込む。それを合図に指揮官は我に返った。

 「あぁ?いや、何でもねぇよ」

 そう答えると、再び岩城はその特徴的な艤装に目を落とした。

 「さっき神通が俺を呼びに来た時、あいつは『この艦娘の艦種が何なのかよく分からない』と言った。重巡なのか、軽巡なのか、それとも駆逐艦なのかと」

 明石と夕張が、岩城の言葉にじっと耳を傾ける。

 「だが、この兵装を見れば答えはどうやら明らかだな。俺たちが戦艦用の資材で作り上げたのは、駆逐艦だ。それもただの駆逐艦じゃねぇ。太平洋戦争期のものではなく、現代の兵装で武装した、イーg…」

 そこまで言いかけた時、急に彼らの背後が騒がしくなった。思わず振り返る。

 「提督、早くこちらへ!!」

 「New faceのお目覚めダヨー!!」

 視線の先には、彼らを大げさなモーションで呼び寄せようとする神通と金剛の姿があった。米倉をはじめとするそれ以外の面々は、どよめきながらドックの中の艦娘に集中しているようだ。約10mの距離を、3人は急ぎ足で彼らの元へと戻る。彼らの視線の先では今まさに、岩城が最後まで言わせてもらえなかった「イージス駆逐艦」をモチーフとした件の艦娘が目覚めんとするところだった。

 (こいつがもしこのまま目覚めたとして。そしてもしこいつが大将の語ったあの船の生まれ変わりであったとしたら、だ)

 岩城は内心呟きながら、自らの周りにいる面々の顔を見回した。皆、一様に艦娘の方に気を取られたままで、彼の視線には気が付いていないようだ。

 (こいつは我が軍の将官たちが代々守ってきたあの機密を、一体どのように横須賀の人間たちに話すんだろうな。そして、それを聞いたこいつらはそれをどう受け止めるだろう)

 いくら考えても、そんなことは知る由もなかった。それを聞いてどう判断するかは、後に残った者たちが決めることだ。あと数日でアメリカに渡る自分には、今更目の前で起こっている事態を食い止めることなどできない。そもそも、この艦娘が現れてからの顛末は既に少なくない数の野次馬に目撃されている。最早この邂逅をなかったことになど誰にもできないのだ。

 (善処しろ、か…。全く、あんたも俺の察しが他人よりもいいからって、随分と意地悪な指示をくれたもんですな、大将)

 あの時、「社会的混乱を避ける目的で、わざわざ機密に指定せざるを得なかったような情報を、何故深く掘り下げてかつての上級士官たちは知ろうとしたのか」と問うた自分に、井手口はこう答えた。「トップとして組織を預かる責務を負った者にとって、命を賭してでも護らなければならない自分の『家』の生い立ちを知ることは、上に立つ者としての義務なのだ」と。

 だが、もしそれが取り扱いに細心の注意を要する類の内容であったのなら、同じ組織の全員にそれをつまびらかにする必要は必ずしもない。外地も合わせれば約2億にも達する日本国民の生命と財産の安全を両肩に背負い、何か事が起これば最後に腹を切らねばならない立場の者たちのみが、それを部下たちの命とともに「秘めた宿命」として預かり、墓場まで背負っていけばそれでいいのだとも彼は言った。

 それはそれで1つの理屈だろう、と岩城は思う。だが、どこかしっくりこないところもあった。自分のような少将と、入隊してきたばかりの新米二等兵の間にはとても大きな差がある。単に機械的に、ピラミッドの上から順番を数えただけではとても表現できないような、分厚い壁がそこには存在する。無論、お互いの上下関係だって絶対だ。

 だが、だからと言って二等兵を取るに足らない存在だという風には岩城は必ずしも思っていない。彼らは階級でこそ最下層ではあっても、決して海軍にとっての単なる駒ではない。彼ら下級兵にもきちんと与えられた役割や場所があり、そこで全身全霊を賭けて闘うことで彼らも彼らなりに国防海軍を背負っているのだと岩城は思っている。もちろん、階級ピラミッド上は人間とは異なる系統に属する艦娘たちとて同じことだ。

 (もしそうであるならば。そして、ずっと秘密として守ってきたものが、最早俺たちだけでは守り切れないことが確定的に明らかであるならば)

 ここからこの歴史は、俺たち国防海軍の軍人たちが全員で受け継いで背負っていくんだ。岩城がそう腹を決めた、まさにその時。彼の周りからのどよめきが一層大きくなった。眠ったままだった艦娘が、ようやく目を覚ましたのだ。美しいダークブラウンの瞳が、少しずつ見開かれていく。まだ目覚めたばかりで意識がはっきりとしていないのだろうか、その視線はどこかぼうっとしたままだ。

 「第一ドック、最終工程オールグリーン。現在時刻、1042(ヒトマルヨンフタ)を以て新艦娘建造の全フェーズを終了。艦娘、起床しました」

 米倉がいつもの要領で、建造作業の全工程が終了したのを告げる。それに呼応するかのように、ドックに横たわっていたままだった艦娘がゆっくりとその上体を起こした。その拍子に、ずっと水に浸かったままになっていた背中側から勢い良く、水滴が幾重にもドックの中へと滴り落ちる。水面にはいくつもの模様が浮かび上がった。

 「最終…工程…?建造…?私は、ここは一体…」

 そこまで口にしたかと思うと、艦娘の目は急に驚きで大きく見開かれた。急激に意識レベルを平常まで回復した一方で落ち着きを失い、混乱をきたしているのがはた目にもはっきりと分かる。

 「あっ、あれっ!?これ私の声!?なんで自分の感情が声になって聞こえてるの?しかもこれ人間の、女の子の身体!?えっ、なんで!?どうして私、女の子になってるの!?」

 取り乱した様子で、訳も分からずまだ水の中に座ったまま、自分の身体のあちこちを無我夢中で探りまわる美女。その光景は、岩城をはじめとする周囲の目には慣れたものだった。今、彼とともに戦っている艦娘たちも、はじめてこの世に人間態で生を受けた際には同じようにパニックに陥っていたのだから。岩城が厳かに彼女の前に立つ。少女が驚いた表情で彼の顔を見上げる。

 「よぉ、よく眠れたかいお嬢さん」

 「っ…!?」

 岩城の服装に気づいた彼女が、さらにその目を大きく見開く。

 「お取込み中のところ大変申し訳ないんだが、あいにくこちとらあんたについて確認しなきゃならないことが山積みでな。無理は百も承知だが、あんたには早いとこ冷静になってもらわなきゃならねぇんだ」

 「確認、したいこと…?」

 「おうよ。まず、あんたの名前とかな」

 「私の名前…?」

 艦娘は心ここにあらずといった風でそう呟くと、まだ混乱冷めやらぬ様子で再び彼に食って掛かる。

 「それより、あなたこそ一体どなたなんですか?そもそもここは一体どこで、なんで私はこんな姿でここに…」

 「Hey提督ゥー。いきなりレディの名前を聞き出そうなんて失礼ネー。こういう時はまず自分から名乗るデース」

 背後から、腕組みをした金剛が珍しくジト目で岩城の言を咎める。

 「おっと失敬、そうだったな。まず俺の方から名乗らなきゃならん」

 そう答えた岩城は居住まいを正すと、セレモニーさながらにビシッと敬礼を決めてみせた。脇を締めて右肘を斜め45度前に突き出す、狭い艦艇内の通路でも行き来しやすいように工夫が凝らされた、海軍ならではの独特の所作だ。

 「総員、新艦娘に向けて敬礼!!」

 すかさず米倉が号令をかける。その場にいた艦娘や作業員たちが一斉に敬礼する様子に、またも驚きを隠せない美女。その彼女に向かって、岩城は改まった様子で口を開いた。

 「日本国防海軍少将、横須賀鎮守府司令官の岩城勝啓だ。ようこそ我が鎮守府へ。貴艦の艦種と艦名を述べられよ」

 全く白々しい話だ、とこの時彼は内心苦笑していた。本当は、目の前にいる彼女が何者であるかについてはおおよそ見当がついているのだ。だが、こういう風に聞くのが規則である以上は従わなければならない。まして、自分以外の人間はまだ彼女のことを全く知らないはずなのだから。

 「国防…、海軍…。横須賀鎮守府…?」

 下を向いたまま、訳も分からない様子で呟く彼女はまだ何やら自体が呑み込めていない風だったが、やがて意を決したように顔を上げて岩城の目を見据えた。そして次の瞬間、彼をはじめとする工廠内にいる面々に彼女が告げた自身の名は、やはり井手口がかつてその存在を予言していた通りのものであり、岩城にとっては予想通りのものであり、そして新たな物語の始まりを告げるものだった。

 「私の名は…、みらい。日本国海上自衛隊ゆきなみ型ヘリコプター搭載イージス護衛艦3番艦『DDH-182 みらい』です。初めまして、岩城司令官」




夕張と明石が怒られたのは、あの悪名高きアニメ艦これ第3話が元ネタです。もちろん、あの場で犠牲になったのは夕張ではなく駆逐艦如月でしたが。まぁ誰であれ、艦娘が沈むところを見たい提督なんてそうそういないでしょうからね。岩城が怒るのももっともかもしれません。

そして、ジパングサイドからはアスロック米倉が登場。中編では角松や草加、梅津が既に名前のみ登場していますが、セリフをしゃべる形の登場としては、まさかの菊池や尾栗を差し置いての登場となりました。ちなみに、こっちの米倉は残念ながら勝手に攻撃火器をぶっ放す人ではありません。またいずれ、彼が話の中で登場する機会が出てくると思います。

さて、第一章の完結を以て岩城が主人公っぽくふるまう話は終わりとなります。次からは本格的にみらいが主人公として動いていきます。艦娘となったみらいが、海自とは異なる組織である国防海軍を舞台にどんな大暴れっぷりを見せるのか?ご期待ください。それではまたお会いしましょう。

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