鎮守府のイージス   作:R提督(旧SYSTEM-R)

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どうも、SYSTEM-Rです。今回で連合艦隊と深海棲艦艦隊との戦いが決着します。中篇3を投稿した後、勢い込んでそのまま最後まで一気に書き上げてしまいました。予告通り、最後まで最大戦速でぶっ飛ばしますよ。それではどうぞ。


第七章:護るべきもの(後篇)

 “Hey, Kongo. You’re aware of what the fuck we should do now, right? (ねぇ、金剛。この状況でうちらが何すべきか、当然分かってるわよね?) ”

 “Indeed. We can’t leave this bloody situation to them, no way. (決まってるでしょ。こんな状況、私たちが放っておけるわけないじゃない) ”

 アイオワの問いかけに、金剛は静かに頷いた。その顔に最早いつもの笑顔はない。代わりに浮かんでいたのは、これから待ち受ける総攻撃への覚悟の色だった。

 アイオワは、内心震えるものを感じていた。彼女は、残念ながらみらいという艦娘のことをそこまで詳しくは知らない。アメリカにいた時には、駐在武官の任にあった岩城から幾度となく話は聞いているが、せいぜいそれくらいだ。実際に顔を合わせてからもそこまで話し込むような機会があったわけでもなく、それが訪れるよりも前に何故だか知らないが素っ裸同士で姉妹喧嘩なんぞ始めてしまったので、なんとなくトラブルメーカーのようなイメージがみらいについてしまったのは否めない。

 だが、自分の目の前で戦う彼女はそんな勝手な想像とは全く対極にいた。あすかとは考え方の違いから対立し、本当なら内心は顔を見るのさえ気まずいであろうはずなのだ。そんな相手と戦場では本心をおくびにも出さずに協力し支えあい、姉が大破させられたと見ればその仇とばかりに命を惜しまずに猛反撃に打って出る。自分だって既に中破の状態で、いつ止めの一撃で沈められるかもしれないのにだ。何という熱い姉妹愛と根性の持ち主だろう。

 武者震いをしていたのはアイオワだけではなかった。昨日の風呂場での経緯は、この場にいる全員が目の当たりにしているのだ。それを知っていれば、彼女たちも何やらこみあげてくるものを感じるのはごくごく自然なことと言える。

 「大和」

 金剛の呼びかけに、隣にいた大和は振り向いた。

 「私たちが来るまで、みらいたちは本当によく頑張ったよ。今度は私たちの番。あの子たちの友達として、意地を見せる時。私たちの全力、ぶつけてやろうね」

 (金剛さん…)

 彼女のセリフにもまして、大和は金剛の静かで厳かな口調の方に驚いた。今、彼女はいつもの英語訛りが取れた()()()()()()()()()()()()()敵陽動部隊に追われ、自身が危険な状況に晒されていた時でさえその特徴的な語尾は変わらなかったにもかかわらず、だ。その目は静かに、しかし熱く燃えている。いつもの金剛ではない、だがその立ち姿は何と力強く美しいのだろう。大和の口元に、思わず笑みが浮かんだ。

 「当然です。ケリをつけてやりましょう」

 この場に余計な言葉は不要だ。互いの思いが通じ合っていれば。

 “Locked on target. All rhinos, ready to rock ’n roll. (目標捕捉。スーパーホーネット全機、総攻撃準備完了)”

 上空に赤城・加賀・サラトガが展開させたスーパーホーネットの航空隊から通信が入る。その数、なんと実に250。文字通りの総攻撃態勢である。「現時点で発艦・攻撃可能な機は全て上げる」という3人の総意によるものだ。後先を考えないなりふり構わぬ攻撃態勢だが、それこそが彼女たちの出した答えだった。

 「Hey, 夕立。何だったっけ、Youのあの決め台詞」

 突然アイオワから声をかけられ、夕立は驚いて目を見開いた。

 「決め台詞?『さぁ、素敵なパーティーしましょ』って奴っぽい?」

 「そう、それそれ」

 アイオワはそれを聞くと、何やら不敵な笑みを浮かべながら頷いた。

 「その『素敵なparty』とやら、70年ぶりにopeningといきましょ。…、()()()()()()3()()()()()()()()()大和、悪いけどMCのpositionをちょっとばかり借りるわよ。アメリカ流のpartyの始め方って奴を教えてあげるわ。射撃開始の号令はよろしくね」

 アイオワはそう言うと、弓形陣を敷く連合艦隊本隊一同の顔を見回した。

 “Hey, all ladies. Are you ready to roll now? (さぁお姉さんたち、ひと暴れする準備は出来てるかしら?)”

 「発射、用意よし!!」

 最後に主砲弾の再装填を終えた、吹雪の装備妖精が準備完了を告げた。それを受けて、今度は吹雪が艦隊計13名の僚艦に向けて「発射、用意よし!!」と怒鳴る。それを耳にしたアイオワは一歩前に出て一度深呼吸をすると、遠くにいる敵艦隊に向けて高々と左手の中指を掲げながら腹の底から大声で吼えた。

 そのセリフは、彼女のような年頃の女性が口にするにはこれ以上なく下品かもしれない。だが一方で、総攻撃の準備を完了させた戦乙女たちの心を奮い立たせ、内心に滾る怒りのエネルギーを一気に大爆発させる上では、最高に効果てきめんと言える煽り文句だった。

 

 “LET'S DROP SOME LEAD ON THESE MOTHERFUCKERS!! (あのクソッタレども、全員まとめてブチ殺すよ!!)”

 

 「全砲門開放!!主砲、撃ちー方始めー!!」

 “Feuer!!”

 “Release... now!!”

 大和、ビスマルク、そして一航戦コンビとサラトガの計5名が口々に攻撃開始を下令する。5本のタクトが振るわれると同時に、爆音を奏でるオーケストラによるド迫力の演奏が幕を開けた。大小の主砲から撃ち出された砲弾、そしてスーパーホーネットが放つ空対艦ハープーンが次々に敵艦隊に襲い掛かる。

 装甲の固い敵とはいえ、みらいによる強引ともいえる射撃によって少なからず痛手を負っているうえに、形勢は14対6。今や頭数ではこちらの方が圧倒的優位に立っている。彼女らを殴るのに用いられているのは最新仕様のものに換装され、深海棲艦側とは比べ物にならないほど高性能な現代兵装だ。そして何より、数でも兵装の性能でも上回る連合艦隊は「あすかとみらいの仇」とばかりに完全に本気モードである。突如として始まった猛烈な砲撃の雨に、残り6隻にまで削られていた敵の戦艦と空母はなす術もなかった。

 一発、また一発とこちらの攻撃は敵艦に命中し続ける。流石に、深海棲艦の軍団の中でもトップクラスに手ごわい彼女たちも、飽和攻撃による一方的な虐殺劇には耐え切れなかった。だが、連合艦隊は追撃の手を一切緩めない。敵は自分たちにとってのかけがえのない仲間を、あそこまで無残に破壊したのだ。その責任は問答無用でとらせなければならない。今更、彼女たち14隻が敵に情けをかける理由など存在しなかった。

 「空母ヲ級、Kill!!轟沈します!!」

 「戦艦ル級及び装甲空母姫各2、大破!!」

 各々の妖精たちが次々に戦況を報告する。もちろん、それによって伝えられるこちらの優位についての情報は、物量による総攻撃を緩める効果は持たない。自分たちの両肩には、国籍や軍人・民間人を問わず島にいる全ての人々の命がかかっている。全艦を沈めるまで、この攻勢を止めることは許されないのだ。

 「目標、戦艦棲姫。ハープーン発射始め、Salvo!!」

 その号令とともに、「任務中に受けた襲撃のせいでここに参加できない那珂の仇」とハープーンを放ったのは、川内と神通の姉妹だ。計4発の弾頭は、みらいがかつて新東京急行で放ったのと同じ時速860km/hの猛スピードで、敵の旗艦へと向かっていく。だが、その弾頭は残念ながら目標には命中しなかった。それが戦艦棲姫に直撃する直前、とっさに身代わりに立った護衛の装甲空母姫のうち1隻がそれを受けたからだ。

 その真っ白な肢体が深海棲艦の血の色である青に染まり、断末魔の叫びと共に海へと沈んでいく。その姿を尻目に、こちらの旗艦である大和は止めの攻撃を準備していた。

 「九一式徹甲弾装填…、仰角30度」

 その号令とともに、ド迫力の46cm主砲がゆっくりと稼働する。その照準が、前方に残る敵艦4隻を同時に捉えた。装備妖精から主砲発射用意よし、の報告が上がる。

 大和は、自分の右斜め前方に立ち尽くすみらいの姿を見つめていた。そのみらいがこちらに振り向く姿を、彼女はレーダー越しに捉える。まだお互いの距離は少し離れているはずだが、彼女の目がこちらの目を見つめているのが大和にはすぐに分かった。その眼差しは無言のうちに「殺ってくれ」というメッセージをこちらに向けて発している。

 大和の口元にまた、笑みが浮かんだ。人類の命運を背負う艦娘たる者は、決して目の前の戦いを簡単に諦めてはならない。たとえどんなに自分が傷つきボロボロになったとしても、最後の一撃を食らわせるまでは決して膝をつかず、ファイティングポーズを緩めてはならないのだ。今までのみらいはその兵装の実力が圧倒的であり簡単に敵艦を倒せてしまうがゆえに、ある意味では本気で敵に牙をむく機会に恵まれてはこなかった。だが、覚悟を決めた今の彼女の表情は紛れもなく戦乙女としてのそれである。

 (やっと…、やっと見られたのね。あなたのそういう表情)

 大和はそのことを、心から喜んでいた。

 (ねぇ、みらい。こんな時に言うのもなんだけど、私は今最高に幸せよ。だって、やむを得ずとはいえかつて砲を交えた間柄であるあなたと、今こうして仲間として一緒に戦えているんだもの。あなたが日本国防海軍に来てくれて、あなたと友人の間柄になれて、やっぱり本当によかった)

 そんな胸の内に秘めた呟きに、艦艇だった頃の記憶がオーバーラップする。かつて自分の主砲弾を撃ち落とし、トマホークで自らに止めを刺したみらいは今や、違う世界からやってきた異邦人などではない。同じこの世界の日本という国を背負い、深海棲艦という共通の敵と戦い、自分たちと運命を共にする本当の意味での仲間なのだ。

 (この先、私たちの戦いがどのように推移していくのかは分からない。でも、この戦争が続きお互いに命ある限りは、私はあなたたちとこれからもずっと一緒に進んでいきたいの。だからこそ今この瞬間、あなたやお姉さんたち、そして秋月ちゃんの思いや頑張りを無駄になんかしないわ)

 大和は大きく息を吐くと、前方の目標をキッと睨みつけた。

 「そろそろケリをつけましょう、妖精の皆さん。…、全主砲、薙ぎ払え!!」

 次の瞬間、ひと際大きな轟音とともに周辺海域の空気や海面が大きく揺れ動いた。爆炎と黒煙を吐き出した主砲から撃ち出された9発の徹甲弾は、勢いよく目標へと向かっていく。最早ボロボロになりろくに身動きの取れない戦艦棲姫以外の3隻は、摩擦熱によって生じた炎で燃え盛りながら襲い掛かる弾頭から逃れる術を持たなかった。その彼女たちを、陸地に着弾すればサッカー場ができるとすら言われるほどの運動エネルギーが襲う。

 「ウガ、アア、アアアッ…!!」

 全てを悟ったかのような3隻が口にした絶望の叫び声の後、彼女たちが立っていた海域は凄まじい爆発に包まれた。まるで超新星爆発でも起きたかと思うような眩しさに、その場に居合わせた艦娘たちが思わず目を覆う。

 “Whoooo!! See, ya!!”

 ただ1人その砲撃に動じないアイオワが、ハイテンションな叫び声をあげる。しばらくすると、辺りに立ち込めていた黒煙が晴れてきた。

 「やったか!?」

 摩耶が勢い込んで叫ぶが、それを聞いてか聞かずか、みらいは内心呟いた。

 (まだだ…!!)

 大和の放った砲弾は、残った2隻の戦艦ル級と装甲空母姫の計3隻を確実に捉え、葬り去っていた。だが、最後にまだ1隻だけ残っている敵がいる。深海棲艦の軍団の中でも、最強クラスの砲火力と装甲を兼ね備えるボス。「国際会議のタイミングを狙っての閣僚襲撃」という大胆な作戦の遂行の為に、2手に分かれた艦隊をここまで引っ張ってきた艶かしくも恐ろしげな容貌を持つ旗艦。戦艦棲姫である。

 徹甲弾の攻撃を受け、その衝撃で中破を余儀なくされた彼女も今やそのダメージは隠しきれていない。黒のネグリジェのようなワンピースはところどころが焼け焦げ、そこから白い肌が露になっている。端正ながらも苦痛と怒りに歪んでいるその顔からは、幾筋かの青い血が流れ落ちていた。非常に珍しい、本体から独立した形状の化け物のような艤装も、主砲部分は6本の砲塔のうち両サイド外側の4本がひしゃげている。恐らく、この状況では撃てたとしても同時に2発が限界だろう。だが、だからと言ってこのまま生かしておくわけにはいかない。

 「嘘でしょ!?あれだけの砲撃を食らっておきながら、まだ倒れないなんて…」

 露骨に顔をしかめる大和を尻目に、ビスマルクが驚いて目を見張った。

 「信じられない…。大和さんのあの砲撃でさえ、大破にすら持ち込めないなんてどれだけ装甲ぶ厚いのよ…」

 夕張も信じられないという表情で呆気に取られている。だが、連合艦隊にいたのは驚く者たちばかりではなかった。

 「驚いてばかりいる暇なんてないわヨEverybody!! 大和1人で倒せないなら追撃するまでデース!!」

 いつの間にやら、いつもの口調に戻っている金剛が自らの主砲を戦艦棲姫に向ける。だが、その時だった。

 「待って、金剛!!」

 彼女の無線に、前方にいるみらいからの交信が入る。

 「Why, みらい?早く戦艦棲姫を倒さなきゃ…」

 困惑する金剛にも、みらいの声は力強いままだった。

 「その最後の仕事は私がやるわ。それより、一刻も早くあすか姉さんを収容して。重傷を負って危険な状態なの。早く基地の病院で手当てしないと…」

 「だったらあなたも一緒に行きなさい、みらい。その恰好、あなただって中破の状態ではないの。その主砲だって最早使い物にならないでしょうに、あなたに任せるわけにはいかないわ。ここは私たちが…」

 ここは私たちが後を引き継ぎます。加賀がそう言おうとしたところを、みらいは有無を言わせずに遮った。

 「いいえ加賀さん、お気遣いはありがたいですが私は後で結構です。それに、確かに主砲は壊されたとはいえ、まだ私は継戦能力を失ったわけじゃありませんから」

 「なっ、どうして…」

 思わず柄にもなく気色ばんだ加賀に対し、無線機の向こうにいるみらいは自分のセリフを明快に説明してみせた。

 「以前にも皆さんに説明しているはずです。私たち姉妹は、皆さんとは根本的に設計思想が異なっていると。今、現代化改修を経て皆さんも装備の性能に関しては私たちと同水準になってはいますが、依然としてメインとしているのは主砲でありミサイルはサブという位置づけであるはずです。それに対して、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()んですよ」

 「しかし…」

 「大丈夫。主兵装たる誘導火器も、イージスシステムもまだ生きています。私にはとっておきの切り札があり、そのジョーカーをどのように切るかというプランも持っています。ここは、とにかく私に任せてください。果たさせてほしいんです、あすか姉さんとの約束を」

 

 ここはあなたに任せる、という自身の意をくんだ大和からの交信に礼を述べると、みらいはゆきなみにあすかとともに前線基地に至急戻るよう声をかけた。本隊からは吹雪と夕立が離脱し、サポートに向かってくる。その2人が姉たちと合流したのを見届けると、みらいは大きく息を吐いた。

 先ほどまで、あすかを大破させられたショックから怒り狂っていたみらいは、本隊からの鮮やかすぎるほどの火力支援に目が覚めていた。ダメージこそ与えても、自分の思いとは裏腹に沈めるまでには至らなかった敵艦たちをあっさり沈めた、その手際には何やら溜飲が下がる思いだった。だが、「全員まとめて海底に沈めてやる」と啖呵を切ったのは自分だ。最後くらい、自分の手で始末をつけてやりたかった。

 もちろん、とっておきの切り札があるという彼女の言葉はハッタリなどではない。みらいは、今度は自分の脇にいた秋月の方に向き直った。決意の色に燃えるその瞳がみらいの顔を捉える。

 「秋月ちゃん、大丈夫?」

 「みらいさんこそ…。それはこっちのセリフですよ。本当に大丈夫なんですか、そんな中破した状態であんなこと言ったりして」

 「大丈夫、私が加賀さんに言ったことに嘘はないわ。それを理解したからこそ、大和はこの仕事を私たちに任せてくれたんだもの」

 みらいはそう答えると、秋月にもっと自分のところに近づくよう促す。彼女がすぐそばまで来ると、みらいはその耳元で何かを囁いた。みらいの耳打ちした言葉に、思わず秋月が目を見開く。だが、その目はしばしみらいの顔を見つめ直すと、すぐにまた熱く燃え始めた。覚悟を決めたように秋月が頷くと、腹をくくった2人は倒さねばならない敵の方に揃って向き直った。

 「対水上戦闘用意。発射管制、オートに切り替え」

 「短SAM攻撃用意」

 まずみらいが、続いて秋月が装備妖精に指示を送る。そこに、不意に何やら不気味な響きを持った声が聞こえてくる。

 「フン…、無駄ナ足掻キダ。マダ終ワリデハナイ…。小娘ドモガフザケオッテ。全員、海ノ底ニ沈メテヤルワ!!」

 声の主は、何と2人がこれからまさに倒そうとしている戦艦棲姫だった。その威圧感満点の声色に、一瞬秋月が怯みそうになる。

 「へぇ…。やっぱり本当だったのね、姫や鬼クラスは人語を解するってあの噂」

 みらいは何ら悪びれることなく、挑発めいたセリフを口にした。言葉が通じるのならちょうどいい。仕事の前に、彼女には是非ともやっておきたいことがあったのだ。

 「ねぇ、そこの化け物のボスとやら。せっかくの機会だからちょっとばかり教えてもらいましょうか。こちとら、あんたたちに是非とも聞きたいことがあるのよ」

 「ナンダト…?」

 怪訝そうな表情を浮かべた戦艦棲姫に対し、みらいは問いを投げかける。

 「あんたたちの行動原理、私たちからしたら全く意味不明かつ理解不能なのよ。…、何故人類に対して牙をむくの?わざわざ国際会議のタイミングを狙い撃ちしてくるなんて、よっぽどのことじゃない。そこまでして私たちを敵視し襲ってくる理由は何なのよ?」

 「何故牙ヲムクノカダト…?」

 戦艦棲姫はその問いを、愚かなものだと言わんばかりに吐き捨てた。

 「ソレハコチラノ台詞ダ。貴様ラコソ、何故我ラノ邪魔ヲスルノダ。我ラノ、人間ドモニ対スル復讐ノ為ノ戦イヲ」

 「復讐…?どういう意味よ」

 思わず声を荒げたみらいに対し、戦艦棲姫は語り始めた。

 「70年前、人間ドモハ戦イニ勝チタイトイウ己ノ欲望ヲ満タス為ニ、我々トイウ存在ヲ作リ上ゲタ。『お前は今日から俺たちの新しい仲間だ』ナドト散々誉メソヤシテナ」

 既に沈んでいった自身の僚艦たちの残骸を燃やす炎に照らされ、夜の海に佇む戦艦棲姫の顔は何とも言えない圧力と不気味さを醸し出している。

 「ダガ、奴ラガ我々ヲチヤホヤシタノモ進水日マデ。イザ戦イノ地に向カッテミレバ、ヤレ『狭い』ダノ『居住性が悪い』ダノ『男ばかりでむさ苦しい』ダノト勝手ナ事ヲ言イダスノダ。ソノヨウニ我々ヲ生ミダシタノハ、奴ラ自身デアルニモカカワラズ。シカモ、戦ニ敗レ沈ンデユク時ハドウダ。奴ラハ自分ノ無策ヲ棚ニ上ゲ、ソノ癖『総員離艦』ナドト言ッテ自ラハサッサト逃ゲ去リ、沈ミユク我ラノ事ナド顧ミモシナカッタノダゾ」

 その声だけでなく、歯ぎしりする音までもがこちらに届きそうなほど、戦艦棲姫はその憤怒の感情を全身から解き放った。

 「奴ラハ無責任スギルノダ!!我々ニモ1人1人感情ヤ思イガアルニモカカワラズ、ソレニ目ヲ向ケヨウトモセズ。自分タチノ過チノ為ニ我々ヲ海ニ葬ッテオキナガラ、懲リモセズマタ新タナ船ヲ作ッテハ壊シ作ッテハ沈メテイルノダゾ。所詮、アイツラハ我々ノ存在ナシニハ大海原ヲ股ニカケル事ナド出来ヌトイウノニ、我々船ノ事ハタダノ便利ナ器程度ニシカ考エテイナイノダ。ソンナ奴ラニコノ海ヲ支配ナドサレテタマルカ!!人間ドモニ制海権ヲ握ラセルクライナラ、我々自身ノ手デ掴ンデヤル。自分ガ如何ニ無力デアルカ、奴ラニハ身ヲ以テ知ラシメテヤラネバナランノダ!!」

 最後の一言は、さながら飼いならされていない野獣の咆哮の如し。その声を、みらいは目を閉じたままずっと聞いていた。なるほど、こいつらの正体はかつて戦時中に沈んだ艦艇たちの亡霊ということか。であるならばこの化け物の言うことは、確かにそれはそれで理屈としては一定の筋が通っている。だが、自分がそれに同意するか否かは全く別の話だ。少なくとも、みらいはその主張を是とする気にはならなかった。

 「なるほどね、あんたたちの言いたいことはよく分かったわ。けど、残念ながら私はそういう考え方に同意する気はない」

 戦艦棲姫が思わずその目を見開く。

 「せっかくだから、お返しにいいこと教えてあげるわ。あんたの目の前にいる私、それだけじゃなくあんたたちがその復讐を果たすうえで邪魔だと思っているであろう、私の仲間たちもね。皆あんたたちと同じ、かつて戦争で沈んだ船の生まれ変わりなのよ」

 「何ッ!?」

 「確かに、あの戦争の時はたくさんの船が波間に消えた。進水してほんの数年で沈んだ船だって、中には数えきれないくらいあったでしょうよ。私の仲間の中にだって、きっとそういう過去を持つ子は絶対にいるわ。かくいう私だってあの戦争じゃ短命だった」

 みらいの脳裏には、自分が艦艇として辿った数奇な運命が走馬灯のように蘇っていた。平和な海に生まれた自分が、突然嵐に巻き込まれて太平洋戦争の時代にタイムスリップし、大和と出会い、自身を日本軍の一員と誤認したアメリカ軍からも攻撃され…。もちろん、自分が沈んだ瞬間の記憶だって今でも鮮明に思い出せる。艦娘たる自分にとって、それは命ある限り一生背負っていかなければならない宿命なのだ。

 「でもね、あんたたちは私たちと違って大切なことを忘れてるわ」

 みらいは、はっきりとした力強い口調で言い放った。

 「あの海では私たち船が沈んだだけじゃなく、大勢の人間たちも命を落とした。そしてその中には、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ってことよ」

 彼女の言葉に、口を挟む者は最早誰もいない。戦艦棲姫はおろか、連合艦隊の他の面々も、頭上を飛び回るスーパーホーネットの搭乗妖精も、基地内で戦闘の行方を監視しているモニタリングルームの面々も、じっと押し黙ったままだ。波音と炎が燃え盛る音をバックグラウンドに、みらいの声だけが響き渡る。

 「私が1942年で味わった経験は、決して全てがポジティブなものだったわけじゃないわ。常に紆余曲折の連続だった。だけどね、それでも私の241名の乗員たちは私に自分たちの命運を託してくれて、最後の最後まで自分と一緒にあの海で戦い続けてくれたの。たとえ短い間でも彼らと一緒に戦えたことへの誇りと感謝の気持ち、それは今でも私の胸の中に残り続けてる」

 そこまでみらいの言葉を耳にしたその瞬間、モニタリングルームにいた菊池は避難呼びかけから戻ってきていた尾栗ともども、自らの目を思わず疑った。力強い言葉で戦艦棲姫に向かって語り掛けるみらいの背後に、堂々たる姿をした戦闘艦の幻影が浮かび上がったのだ。それは国防海軍が保有するイージス艦と一見形は似ているが、よくよく見ると少し異なっている。目を凝らせば初めて見る船であるはずなのに、自らの目には鮮明に映るその姿。これは、もしかして…。

 「何も私だけじゃないわ。私の仲間たちだって同じよ。皆それぞれ、自分に命運を託し人生を賭けてくれた乗員たちの記憶を、きっと心のどこかにしまい込んでいるはずよ。そういう人たちが、如何に自分にとって誇るべき存在かってことも当然分かってる。当たり前でしょう?」

 

 かつて愛する祖国を護る為に命がけで戦い抜いた偉大な艦艇として記憶され、たとえ姿は船から人間に変わっても再び各々の国にとっての守護神として受け入れてもらえる。自分たちがそのような存在でいられるのは、そんな勇気ある先人たちのおかげなのだから。

 

 「確かにあんたの言う通り、人間は私たち船の力を抜きにしては大海原には漕ぎ出せない。でもね、同じように私たち船だって彼らが操ってくれなければ、その役割を果たすことはできないの。いつだって私たちは2つで1つのパートナーなのよ。それが分かってないあんたたちこそ、この海を牛耳る資格なんかないわ。そして、私が何より許せないのはね…」

 そんな基本的なことすら理解できないようなあんたたちの手で、あすか姉さんがあんな無残な姿にさせられたってことよ、とみらいは戦艦棲姫を睨みつけた。その顔に、再び怒りの色が戻ってくる。

 「たとえあんたたちがどんな忸怩たる思いを抱えてようと、そんなことは関係ない。たとえそれが誰であろうと、家族に手を出した以上私は絶対に許さない。それも、道理を理解しないあんたたちみたいな奴らに…」

 みらいは、その拳を力いっぱい握りしめた。

 「おしゃべりの時間は終わりよ。今ここで、私と秋月ちゃんであんたに止めを刺してやる。暗く冷たい海の底で頭冷やして、自分たちがしでかした過ちを反省することね!!」

 「貴様…!!」

 戦艦棲姫は怒りのあまり歯ぎしりした。彼女の耳には、みらいの言葉などただの綺麗ごとにしか聞こえなかった。何が誇りや感謝だ、何が偉大な先人だ、馬鹿にするな。同じように海に沈んだ過去を持つ者同士にもかかわらず、人間たちの肩を持つなど。大体、たかが一門の砲で何ができるというのだ。それも、砲身がひしゃげて折れ曲がった状態で。この小娘には、自分の吐いたセリフの意味を理解させてやらねばならない。

 「調子ニ…、乗ルナ…!!」

 その叫びとともに、最後に残った戦艦棲姫の2つの砲身から砲弾が発射される。もちろん、それはみらいという艦娘の息の根を止めるためだ。だが、残念ながら戦艦棲姫は知らなかった。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 「トマホーク発射、正常飛行!!」

 「シースパロー発射始め!!Salvo!!」

 その声とともに、2人の艤装のVLSからそれぞれ異なった弾頭が勢いよく飛び出した。

 

 戦艦棲姫は、自分の視線の先にいる2人が何やら誘導火器を発射したらしいことにすぐに気が付いた。ただの悪足掻きかと思った、そのわずか数秒後。

 「インターセプト5秒前!!…、マークインターセプト!!」

 2人のうち小柄な方が、何やら不思議な呪文らしき言葉を口にする。その瞬間、戦艦棲姫は我が目を疑った。その小柄な少女が打ち上げた弾頭が、自分の発射した砲弾を完璧に捉えたのだ。上空に、巨大な汚い花火が咲く。その眩しい閃光と衝撃に耐えることが出来ず、戦艦棲姫は思わず反射的に目を背ける。

 その時、彼女は何やら別の方角からの「シュゴー」というような音を耳にした。そちらに目を向けたその瞬間、自分の方目がけて凄まじい勢いで突っ込んでくる別の弾頭の姿が目に入る。ただでさえ、先ほどの別角度からの砲撃によってダメージを受けているうえ、それほど距離の離れていない上空で自分の砲弾を迎撃された衝撃によって、彼女の身体は満足に動かない状態にあった。何より、弾頭の推進速度があまりにも速すぎるのだ。回避行動はおろか、防御態勢すらとることが出来ない。

 「畜生…、クソッタレドモ、ガァッ…!!」

 その怨嗟の叫びとともに戦艦棲姫の肉体は爆発の衝撃と炎に包まれ、彼女の意識はそこで途絶えた。イージスシステムの発射管制をオートに設定したうえで、相手をわざと怒らせて砲撃させそれを秋月のシースパローで迎撃。その爆炎で目くらましをして戦艦棲姫の防御能力を奪い、そこに止めのトマホークを叩き込む。最後の大仕事を成し遂げ緊張感から解放されたみらいは、肩で息をしながら沈みゆく敵艦を睨みつけ続けていた。




開戦の瞬間にアイオワが口にしたセリフ、感想欄をご覧になった方ならピンときたかもしれません。そうです、バトルシップです。正確には、ラストのエイリアンとの戦い直前に艦橋で指示を出していたおじいちゃんが吐いたセリフです。映画では放送コード上最後まで言わせてもらえてないですけどね。バトルシップに出てきたのはアイオワではなくミズーリですが、同じアイオワ級戦艦同士ということで是非お姉ちゃんに言ってもらいたかったのです。

ちなみに、中篇3でも「もしいつか、私たちがもう一度この世を去る時が来たとしても、それは今日なんかじゃないわ」というみらいのセリフがありますが、あれもバトルシップでの「死は避けられない。俺も死ぬし、あんただって死ぬ。皆いつか死ぬ。だが今日じゃない」というアレックス・ホッパー大尉のセリフが下敷きになっています。バトルシップという作品への敬意をこめて、オマージュとして使わせていただきました。

そして、敬意を払っているのはもちろんバトルシップに対してだけではありません。かつて、船だった時の艦娘たちに乗っていた大日本帝国海軍の軍人たちに対しても、です。元々艦これというゲームがスタートしたきっかけにも、「そういう人々に対する敬意を」という思いがあったそうですしね。艦これがなければ自分もジパングにはたどり着いてないし、この作品だって生み出せてないわけなので、そういう意味ではこのゲームを通じて彼らに目を向けられたことが嬉しいです。

さて、次回はついに最終回となる予定です。エピローグだけは1話完結となります。30話ということでちょうどキリもいいのは事実ですが、まさかここまで続いてくるとは思いませんでした。応援してくださる皆さんには本当に感謝です。最後の最後まで走りぬきますので、最終話もどうぞお楽しみに。それではまたお会いしましょう。

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