鎮守府のイージス   作:R提督(旧SYSTEM-R)

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どうも、SYSTEM-Rです。今回から2回に分けて、深海棲艦の本隊との決戦を描いていきます。今回、ついにある必須タグが機能する回となりますので、心臓の弱い方や想像力が豊かすぎる方は閲覧注意でお願いします。それではどうぞ。


第七章:護るべきもの(中篇その3)

 「ゲリラ攻撃情報。ゲリラ攻撃情報。当地域に、深海棲艦艦隊によるゲリラ攻撃の可能性があります。沿岸部の皆さんは屋内に避難し、テレビ・ラジオをつけてください。こちらは、日本国防海軍円極前線基地です」

 バベルダオブ島全域に、非常事態発生を知らせる国民保護サイレンと避難呼びかけのアナウンスが流れる。ここ帛琉県にも配備されている全国瞬時警報システム、通称Jアラートによる緊急放送だ。どこか不気味で不安感を掻き立てられる不協和音が鳴り響く中、日本国の安全保障を取り仕切る責任者である防衛大臣の清川傑は、岩城からの報告に思わず顔をしかめていた。

 「その本隊への対処は、現在どのような状況になっているのかね?」

 「ハッ。我が軍のイージス護衛艦であるゆきなみ、あすか、みらい。そして防空駆逐艦秋月の計4名が現在先行して迎撃に向かっております。残る14名は現在、先に現れた敵陽動部隊の掃討に取り掛かっている最中であります。それが終了次第、先の4名と合流し総攻撃を実施するとのこと」

 「10隻の艦隊にたった4人で?彼女たちも随分と無茶をするんだな。基地内での情報伝達はどうなっている?」

 「うちの尾栗をリーダー役に、現在三軍の将校・兵士が協力して各部への情報伝達を行い、攻撃に備えております。とにかく、時間がありません。大臣もスピアース長官、シュミット大臣他各国関係者とともに早く地下シェルターへの避難を」

 岩城の言葉に、清川は力強く頷いた。

 「しかし、まさか陽動によって連合艦隊をおびき出した隙を突いて、我々閣僚の命を直接狙ってくるとはな。深海棲艦がそんな高度な作戦を使える存在だったとは」

 「日本・アメリカ・ドイツという3つの大国の閣僚を一度に襲撃しその命を奪えば、政治的空白が一定期間の間生まれることは避けられませんからな。その隙を突いて、我々人類への総攻撃をという考えなんでしょうが…、もちろんそんなふざけたことはやらせやしません。何としてもその考えをくじいてみせますよ」

 岩城の言葉も、また力強い調子で響いた。「それでは、モニタリングルームに戻らねばなりませんのでこれで」と口にしたその時、清川がふとニヤリという笑みを浮かべた。

 「あぁ、岩城少将。君も彼女たちのおかげでずいぶん命拾いしたな。この作戦が終わったら、彼女たちに改めて礼を言っておけよ」

 「は、はぁ?」

 清川の意図が分からず、思わず首を傾げた岩城に向かって清川は言葉を続けた。

 「こんな時に不謹慎な話かもしらんが、君のやらかした()()()()を彼女たちが寛大にも『騒ぎを起こして心配させたこちらが悪いんです』と許してくれたおかげで、君は今こうして私に情報伝達をすることが出来ているのだからな。本土に戻ってからも、君を軍法会議にかけないと決めておいて正解だった。とにかく、事の成否は君たち制服組にかかっている。頼んだぞ…」

 

 敵本隊が向かってくる最前線で待ち構えていたみらいは、少し遅れてやってきた増援の顔をしっかりと見据えた。秋月、ゆきなみ、そして…。

 「あすか姉さん…」

 昨日ひと悶着があったばかりで、まだお互いに気分的にも吹っ切れていない状態の2人が向かい合う。もちろん、双方の心の中にはまだ火種が残ったままだ。これから待ち受ける戦闘を思えばやむを得ない選択として納得しているとはいえ、いざ当人を目の前にするとやはりどこか気まずい雰囲気を感じて何も言い出せないみらいに対して、先にあすかの方が口を開いた。

 「お互い、言いたいことなんて腐るほどあると思うけど今はそれどころじゃないわ。一時休戦といきましょう。今のあたしらには倒さなきゃいけない共通の敵がいるもの」

 彼女の視線は、これから本隊が迫ってくるのであろう彼方の大海原へと向けられた。深海棲艦が一緒にもたらしてくる負のエネルギーに引き寄せられるせいだろうか、その上空は満天の星が美しい頭上のそれとは対照的に急速に曇り始めている。

 その場にいる誰もが、本能的に直感していた。自分たちを待ち受けるこれからの戦闘は、間違いなく壮絶な死闘になると。その量や数は別として血が流れることも、自分たちの妖精たちが命を落とすことも恐らく避けられない。この戦いはたとえ終わったとしても、自分たちの新たな生涯が続く限りは永遠にこの胸に刻まれるだろう。そんな戦闘を目前に控える今、一時の感情のぶつかり合いから起きた姉妹喧嘩など確かに些事に過ぎない。

 「そうね…」

 みらいはようやく、昨日の経緯があってからは初めてあすかの顔を正視した。あすかがそれに気づき、こちらを見返してくる。

 「もし喧嘩するとしても、それは今じゃない。あいつらを全員まとめて始末してからよ。あんな奴らに邪魔なんかされちゃ迷惑だわ」

 みらいは一度大きく息を吐いた。

 「こんなところで轟沈なんかしたら一生恨むわよ、私。もしこの世界に、私たち姉妹を傷つけられる存在なんてものがいるとしたら、それは私たち自身を置いて他にはいないんだから」

 「私たち姉妹を…?馬鹿なことを言うものではないわよ、みらい」

 口を開いたのはあすかではなくゆきなみの方だった。

 「たとえ冗談でも、そんなことを口にしてはダメ。全員力を合わせて、必ずこの戦線を生き延びて生きて本土に戻りましょう」

 「もちろんよ、ゆきなみ姉さん。私はこんなところで沈む気なんかないし、誰も轟沈なんかさせない。そんなことになったら、悔やんでも悔やみきれないわ。私、まだ生き足りないもの。皆だってきっとそうでしょう?」

 「生き足りない…?」

 首を傾げた秋月を横目で見ながら、みらいはとうとうと語り始めた。

 「私ね、艦娘として建造されてこの世界にやってきた最初の日、あまりに孤独すぎて1人で大泣きしたのよ。私は自分がかつて船として生きた現代日本に戻りたかったのに、実際には自分のことを知る者が誰もいない世界にたった1人産み落とされて、こんな仕打ちあんまりだって。こんな思いをするくらいなら、艦娘になんてなりたくなかったって」

 その予想外の言葉に、3人が一斉に驚いて目を見開く。ゆきなみとあすかの2人は、自分たちの妹が寂しさのあまり号泣したエピソードについては、自らが建造された日に直接聞かされている。だが、最初は艦娘になんてなりたくなかったとまで思っていたと聞かされたのは、彼女たちでさえこれが文字通り初耳だったのだ。

 「でも…、結果的には私の方が間違ってた。その翌日には姉さんたちや、船だった時の自分を知る大和と再会できて、金剛や他の皆ともすぐ友達になれて。毎日皆と出撃したり、訓練したり、ご飯食べたり、お互いの夢なんかを語り合ったり…。そういう今の毎日は本当に刺激的で、楽しくて、私にとってはかけがえのないものなの。私、今は自分が艦娘として生まれ変わることが出来て、本当によかったと思ってる」

 そこで、みらいの表情は途端に厳しいものに変わった。

 「私はまだ、この刺激的な毎日をずっと体感していたい。もしいつか、私たちがもう一度この世を去る時が来たとしても、それは今日なんかじゃないわ。少なくとも、あんな化け物に自分たちの人生を蹂躙させたりなんてしない」

 「そうね、あんたの言う通りだわ。あたしもこんなところで死ぬのなんか真っ平よ。こんな小賢しい卑怯な真似であたしたち艦娘や人類を危険に晒した、その責任はあいつらの命で償ってもらいましょ。あいつらの鼻っ柱、真っ二つにへし折ってやるわ」

 あすかの顔に、いつもの好戦的な表情が戻ってきた。それを見たゆきなみと秋月も頷き、揃って戦闘準備に入る。敵艦隊が射程圏内に収まるまで、後わずかだ。

 「私たちがこんなところで倒れるような相手じゃないってこと、証明しましょうか」

 「絶対勝ちましょう、この戦い。私たちなら勝てますよ、必ず!!」

 4人の腹は固まった。4対10での迎撃戦、形勢的にはこちらが不利であることなど百も承知だ。だが、だからこそ相手に気持ちで負けるわけにはいかない。自分たちの防空性能を考えれば、実際には思ったほどその差は大きくないはずだ。であるなら、最後はこの厳しい状況でも根性を発揮して気張れるかどうかしかない。戦に勝つ上では、兵装の充実はもちろん大前提だ。だが、たとえ備えが充実していたとしても気持ちで負けていてはやはり勝利を手にすることはできない。鍔迫り合いに臨む時、最後の一押しが利くかどうかはメンタルの強さ次第なのだ。

 「対空対水上戦闘用意!!目標捕捉、0度、距離12000。敵速25ノットで接近。発射管制、セミオートに設定。主砲・短SAM、攻撃用意!!」

 

 「What!?先に私たちのために撤退支援しに来るってtactics、大和じゃなくてあの子の発案なの!?」

 アイオワは、大和から聞かされた作戦の詳細を知って驚いた。今、彼女たちは第1艦隊の5隻からの撤退支援を受け、無事に陽動部隊の残り10隻を排除するのに成功したところだ。これから、先行する4人に島の東端で合流するため向かわなければならないが、何せ艦種も航行速度もバラバラの計14名もの艦隊である。一番速度の遅い部類に入る大和や、既述の通り長時間の航速維持が難しい夕張に合わせて進まねばならないことを考えれば、目標地点に到達するまでにはいましばらく時間がかかりそうだ。

 「えぇ…。お恥ずかしい話なんですが、実はそうなんです」

 大和がため息をつきながら答える。

 「しかもそれだけじゃないぜ。みらいはこの艦隊の誰もが最初の23隻に目を向けている中で、ただ1人あれが陽動部隊だと見抜いてた。その上ゆきなみとあすか、秋月を戦線に加えるよう大和が命令してなきゃ、あいつはたった1人であの10隻を迎え撃つくらいの勢いでいたんだ。あたしらが合流できるまでの間な」

 摩耶がその会話に割って入る。

 「単艦であの10隻に立ち向かおうとしてたわけ!?何よそれ、正気の沙汰とは思えない」

 “Oh, my god. Are you kidding me? ”

 ビスマルクとサラトガが絶句する。

 「もしかしたら…、船だった時の習性がつい出てしまったのかもしれませんね」

 大和がふと呟く。

 「あの子、艦艇として1942年を生きていた時は単艦行動が基本だったんです。旧帝国海軍とも協力関係にありましたが、それだって一時的なもの。お互いが船だった時に初めてみらいと出会った時も、彼女は突然たった1人で霧の中から姿を現したんですから」

 金剛はその言葉に、自分がゆきなみ型3姉妹と大和を引き合わせた時のことを思い返した。確かにあの時、みらいは姉たちに告げていた。自分は、太平洋戦争中はほとんど1人で行動しなければならなかったのだと。

 彼女は横須賀鎮守府において(演習で勝つための戦術上、やむを得ず川内型や一航戦相手に挑発を仕掛けたらしいケースを別として)、他の艦娘たちとの絆を常に大事にし続けてきた。それはきっと、自分たちとの関係性を何よりかけがえのないものだとみらいが感じていたことの表れだろう。そんな彼女のことを、大和もまた「かけがえのない仲間」だとはっきり評したそうだ。もちろん、金剛自身もみらいをそう捉えている。お互いにルーツは違ってもそう思いあえる関係を持てるというのは、とても素敵なことだ。

 「だからって…。あんな相手との戦いを、彼女たった1人で背負い込む必要なんてないじゃないですか」

 そう口にした神通の言葉は、何やら悔しさを帯びていた。

 「みらいさんの命は、今やもうあの人だけのものじゃありません。彼女をかけがえのない存在だと感じているのは、少なくとも横須賀鎮守府の一員であれば誰しも同じであるはずです。そうでしょう?」

 「そうだよ。確かにみらいは色々とぶっ飛んでるところも多い。戦闘のやり方だってうちらからしたら非常識極まりないし、現代化改修受けるまでは外洋に出てもほとんどあの子ばっかりが戦果を独占したりして、面白くないと思ってた面々も少なからずいるとは思う。だからって、あの艦隊との戦闘をほんの一瞬でも彼女1人に押し付けるなんて、そんなこと私たちにできるわけない」

 川内もそれに同調する。かつて舞鶴での演習で相対した時は、みらいの挑発的な行動に激怒し「もう許さない」と旗艦だった神通の指示なく砲を向けた彼女も、当時と比べればだいぶ精神的には大人になっていた。

 「ゆきなみとあすか、それに秋月を先に離脱・合流させたのは間違いなく英断よ、大和。皆優秀な子たちですから。だけど、だからと言って彼女たちだけで跳ね返せるような相手だとは流石に私も思わないわ。先を急ぎましょう」

 加賀の言葉に、全員が頷いたその時。彼方から突然爆発音が響いた。それに呼応するかのように、彼女たちを包み込む空気が衝撃で振動する。音がした方向に振り向くと、遠くに爆炎と黒煙が上がっているのが視認出来た。島の東側の方向だ。時間がない。

 「まずい、始まった!!」

 川内が叫び声をあげる。大和は、急いで全員の顔を見回した。

 「おしゃべりの時間は終わりにしましょう、皆さん。行きますよ!!」

 

 本隊との戦闘は予想通り、いやそれ以上の死闘となった。

 「シースパロー発射始め、Salvo!!」

 「インターセプト5秒前…、ターゲットサーヴァイブ!!ゆき姉、左砲撃よろしく!!」

 「了解。主砲、撃ちー方始めー!!…、ターゲットKill!!」

 もう何機目かしれない敵空母の艦載機が、火の玉となって海面へと落ちていく。彼女たち3姉妹にとって、この戦いは今までにまるで経験したことがないほど激しいものだった。絶え間なく続く砲撃や艦載機からの襲撃、耳をつんざくような爆発音、絶命し散りゆく者たちの断末魔の叫び声。ほんの一瞬でも気を抜けばたちまち自分たちも殺られる、そんな極度のストレスに彼女たちはいつしか囚われていた。

 深海棲艦の本隊は、これまで戦ってきたのとはまるで違う想像以上に強い相手だった。みらいたちも多数の目標に同時に対処できるというイージス艦としての実力をいかんなく発揮し、先方からの攻撃を迎え撃つところまでは何とか出来ているが、それでも向かってくる目標を仕留めるのが精一杯で肝心の敵艦の撃沈までには至っていない。とにかく撃ち落とさねばならない目標の数が多すぎるのだ。激戦になることなどハナから覚悟の上とはいえ、それでもこの物量に対応するのは非常に厳しい任務と言わざるを得ない。

 (チッ、厳しいわね…。流石に、4隻でもこの物量に耐えるのは容易じゃないか)

 今にも自分たちを押しつぶしそうな敵の物量に、あすかは思わず歯ぎしりした。自分たちも敵の主戦力である戦艦や空母は落とせないまでも、彼女たちが放ってくる砲弾や艦載機の雨は振り払っているものの、それでも形勢的にはやはり頭数で劣るこちらが押されている。数えきれないほどの犠牲を払いながらも、敵艦隊はジリジリと詰め寄ってくる。その歩みを止められないもどかしさを感じつつも最後の一線だけは絶対に越えさせない、その一心で自分たちは必死にその歩みに抗っているのだ。

 自ら「一時休戦」を申し入れた昨日のみらいとのひと悶着など、今のあすかにとっては全くどうでもいいものだった。どのみち、この状況においてそれぞれが演じなければならない役割は、お互い十二分に分かっているはずだ。「敵からの攻撃をひたすら跳ね返し、総攻撃部隊となる残り14隻による援軍が来るまで耐えること」。「日本の盾」として敵性勢力の前に立ちはだかる、元海上自衛隊護衛艦としての経験が最も生きる状況が今なのだ。

 「敵機接近!!目標数3、仰角30度、距離3000!!」

 CIC妖精の声が聞こえるとともに、あすかの前方に新たな攻撃目標となる敵艦載機が出現した。どこか鮫を連想させるような鋭利で無機質なフォルムの機体が、唸りをあげながら勢いよくこちらへと向かってくる。もっとも近い目標に向けて構えた主砲の砲身が、沈没した敵機を燃やす炎に照らされてキラリと光った。

 「砲で対処する。トラックナンバー2654より56。主砲、撃ちー方始めー!!」

 主砲が唸り声をあげ、勢いよく発射された砲弾がその目標へと向かっていく。1機目、命中。2機目、同じく命中。3機目…、クソっ、機体を掠めたが惜しくも撃墜はならずか。しかし、その掠めた個所からは黒煙が上がり動きもフラフラとしている。すぐにこちらを攻撃することは恐らく難しいだろう。4発目をあすかが撃とうとしたその時。

 「主砲、砲撃続行不能!!残弾なし!!次弾装填完了まで60秒」

 今度は主砲を担当する装備妖精から声が上がった。一刻を争うこんな時に弾切れだと。あすかは思わず顔をしかめる。そういえば、舞鶴の演習の時は川内型の3人が弾切れを起こした隙に狙撃を敢行したことが勝利につながった。今度は自分たちがやられる番だなんて、そんなわけにはいかない。これは演習ではない、実戦なのだ。

 「グズグズしている時間はないわよ!!次弾装填急いで!!」

 あすかはそう妖精たちに命じると、代わりに砲撃してくれる僚艦はいないかと辺りを見回した。だが、ゆきなみもみらいも秋月もそれぞれに向けられた攻撃目標への対処で精一杯で、どうやら自分の撃ち漏らした目標に対処する余裕はなさそうだ。幸い、敵艦隊はこちらが1機撃ち漏らしたことには、戦闘のドサクサでまだ気付いていないようだった。

 あすかは相手にこちらの動きを悟られないよう、慎重に数歩後ろに下がってからレーダーに目をやった。彼女の気がかりは、後どれだけ自分たちが耐えれば支援艦隊が到着するのかということだ。少なくとも、この4人だけでいつまでも敵からの攻撃に耐えられる保証はない。今の自分たちだけで、あの10隻を沈めることは恐らく不可能だ。「盾」が決壊する前に、何としても「矛」である彼女たちにここにたどり着いてもらわねば。

 (こっちの本隊の現在位置は…。よし、後もう間もなくね。大丈夫)

 彼女が目を落としたレーダーの映像は、本隊が後1分ほどで敵艦隊を砲撃可能な距離に到着することを示していた。ちょうど、自分の主砲が次弾装填完了するのとほぼ同じタイミングだろう。残り1分、残り1分を死ぬ気で耐えればよいのだ。そうなれば自分だけでなく連合艦隊も、一気に反転攻勢をかけられる。そうすれば頭数は18対10、形勢も完全に逆転するだろう。あすかがそう確信した、その瞬間だった。

 「あすか姉さん!!」

 突然、みらいの叫び声が聞こえる。何事か、と慌ててあすかは辺りを見回した。

 「敵機直上ー!!急降下!!」

 「なっ、何っ!?」

 夜空を見上げたあすかの視線の先に、驚きの光景が広がっていた。何と、さっき撃ち漏らした残り1機の敵艦載機はいつの間にか上空に舞い上がっており、そこから急降下しての自爆攻撃を仕掛けてきたのである。気づくのが遅れたせいだろうか、シースパローの発射は間に合いそうにない。もちろん、装填が終わっていない主砲での対処も不可能だ。あすかはやむを得ず、最終手段に出た。

 「チッ…。CIWS、AAWオート!!」

 その一声で、艤装の艦種を模した部分に設置された白いドームが特徴的な20mm機関砲が、その砲身をターゲットへと向けた。そこから発射されたのは、毎分3000発という猛スピードで目標に襲いかかるタングステン弾。目にもとまらぬ発射弾数に加え、重く硬い希少金属を用いる為に破壊力は抜群なのだが…。

 「嘘っ、なんで当たらないのよ!?」

 あすかの顔は青ざめた。先ほど自分が撃って掠めた主砲弾のせいか、敵艦載機は自分の動きを真っすぐ制御しきれずに依然フラフラとした動きを続けている。だが、その不規則な動作がちょうど野球のナックルボールやサッカーの無回転シュートと同じように、憎たらしいほど絶妙にこちらからの攻撃を躱す原動力にもなっていた。

 (まずい…。このままじゃ、あの時と全く同じ結果に…!!)

 横からその様子を見ていたみらいも顔面蒼白だ。目の前で今まさに繰り広げられているその光景が、70年前に自分が味わわされた「あの」苦難の風景とオーバーラップする。CIWSの攻撃を躱され想定外の事態に呆然とする護衛艦と、そこに襲い掛かる敵空母艦載機。お互いの姿は違っていても、それは紛れもなくワスプを飛び立ったハットン機を迎え撃つ自分と全く同じだったのだ。だが、1つあの時とは違うことがある。それは、今回は周りに自分たち僚艦がいて、しかもその中には「僚艦防空」に長けたスペシャリストも含まれているということだ。

 「主砲、撃ちー方始めー!!主砲発砲!!」

 目の前の状況に同じく気づいた秋月が、急いであすかへと突っ込んでくる艦載機への砲撃を試みる。だが、「海の狙撃手」とも言うべき彼女の5インチ砲は砲身が長い分砲弾の速度が速く、FCS-3A射撃システムによる照準性能も優秀であるものの、肝心の発射速度はみらいたちの127mm砲と比べて遥かに遅い。3発目の砲弾が敵艦載機をようやく捉えた時には、敵機は既にあすかの上空数mのところまで迫ってしまっていた。

 「うわぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 上空で炸裂した爆風に巻き込まれ、あすかは絶叫しながら後方へと激しく吹き飛ばされた。その身体が、勢いよく海面を転がっていく。

 「あすか!!」

 「あすかさん!!」

 「あすか姉さん!!」

 思わず、僚艦3隻が一斉に叫ぶ。そこに、今度は無慈悲にも敵の駆逐ニ級が間髪入れずに襲い掛かってきた。みらいはその4隻を一瞬にして主砲で葬り去ると、慌ててあすかの方へと駆け寄った。

 想像を絶する姉の姿に、みらいは思わず絶句せざるを得なかった。自分とお揃いの三種夏服はあちこちが焦げて破れ、肌が露になるにとどまらず紅に染まっている個所も複数ある。右脇腹のあたりを無我夢中で抑える右手の小指と薬指は、あり得ない方向に曲がってしまっていた。恐らく、右半身側のあばらの骨も何本かイってしまっているだろう。最悪の場合、そのせいで内臓も傷ついているかもしれない。

 あすかの顔は、額の一部が切れたせいで右半分が血で真っ赤に染まり、激痛に耐えながら呻き声をあげる口元からも一筋の血が流れている。重傷を負った生身の身体だけでなく、艤装の主砲はひしゃげ艦首もめちゃくちゃに壊れた状態だ。「大破」。ゆきなみ型3姉妹の中で、ここまで無残に破壊された姿を晒すのはあすかが初めてである。

 「ううっ…、ああもう、畜生…」

 呻き声に交じって、あすかが後悔の言葉を思わず口にする。

 「姉さん!!」

 みらいの叫び声に、あすかは諦念の色が混じった笑みを彼女に向けた。

 「ごめん…、みらい…。あたし…、あんたとの約束、守れなかったね…」

 「喋らないで!!もう喋らなくていいから!!」

 「やっぱり、あんたが正しかったんだ…。艦隊の盾でいればそれでいいなんて、あたしが間違ってた…。あんな下らない喧嘩、しなきゃよかった…。ごめん、ね…」

 「そんなこと今更どうでもいいわよ、馬鹿!!もう喋らないでって言ってるでしょ!!」

 目に大粒の涙を浮かべながら絶叫するみらいに対して、あすかはなおも激痛に耐えながら必死に声を絞り出した。

 「みらい、お願い…。もう護衛艦だとか、気にしなくていい、から…。もうすぐ、うちの本隊が来る、から…。そしたら、あいつら全員ぶっ殺して。出来るでしょ、あんたなら…。どうか、あたしの仇を…」

 「姉さん!!」

 何故だ。何故自分の姉がこんな目に遭わなければならないんだ。みらいは一気に絶望の淵へと叩き落された。

 確かに、あすかはこの世界で自分がどう戦っていくべきかという問題について、みらいとは大きく異なる考えを持っている。彼女はもちろん、みらいと違って70年前の戦争を肌では知らない。それでも、平和な時代を生きたあすかが艦娘として戦場に立たねばならないという時、自身の旧所属である海上自衛隊での経験を活かそうという思考に至るのはごく自然なことと言えるだろう。それは、みらい自身もかつて通ってきた道だ。

 だが同じ武力を持つ者同士とはいえ、海自と国防海軍では期待される役割が異なる。外敵の脅威から日本国民を守るのが仕事の海自を「盾」と定義するなら、究極的にはそこに留まらず深海棲艦の駆逐をも目標とする国防海軍は紛れもなく「矛」だ。

 そうした環境の違いに適応するため、敢えて護衛艦としての矜持を捨て去ったみらいからすれば、海自時代のバックグラウンドにこだわり続けるあすかの考えは「甘すぎる」と映ってしまう。それでいて、あすかは良くも悪くも直球勝負で言い方に遠慮がないので、それにムッとさせられることも少なからずある。そうしたお互いのこだわりや思いがぶつかってしまった、それこそが昨日の大浴場での一幕の真相なのだ。

 だがそれでも、あすかがみらいにとって敬愛すべき姉であることに変わりはない。そうした意見の違いがあることは別として、常にフランクかつフレンドリーな人柄で自分という存在を受け入れ、何だかんだ自分のことをずっと見守り続けてくれていた彼女は、みらいにとってかけがえのない大切な家族なのだ。

 そもそも、みらいがあすかに対して何かとぶつかることが多かったのは何故だ。この世界では、必ずしも全てがそのまま通用するわけではない「海自の理屈」にこだわるあまり、あすか自身がこうやって傷つくような目に遭うなんて事態が起きてほしくなかった。姉が重傷を負い悶え苦しむ姿なんて見たくなかったからじゃないのか。お互い無用に傷つくこともなく、いつまでも一緒に笑いあっていたかったからじゃないのか。

 この化け物たちがやったことは、単に「護衛艦娘あすかを戦闘で大破に追い込んだ」ことのみにとどまらない。こいつらは、日々戦闘に駆り出されながらもずっと心の奥底で守り続けてきた、みらいたちのそんな素朴な願いを土足で踏みにじったのだ。自分たちの何より大切なものを根こそぎ破壊し、奪い去っていったのだ。それを悟った瞬間、みらいの中で何かが弾けた。

 

 許さない。

 

 ゆらり、と不意に立ち上がり敵艦隊へと再び向き直ったみらいは、声にならない叫び声をあげながら突如として深海棲艦に対する砲撃を開始した。敵からの攻撃に対する迎撃ではなく、こちらから自発的に打って出る形の攻撃としては初めて行われたそれはしかし、これまでのみらいの姿とはまるでかけ離れた物だった。好戦的に見えながらもその実は冷静そのもので、まるで人を食ったような態度で圧倒的な性能を誇る装備を自在に使いこなす、そんな彼女はここにはもういない。今のみらいを突き動かしているのは怒りという衝動。目に映る敵は全て問答無用で手当たり次第に破壊し尽くすという、最も原始的な本能だった。

 突如として反撃を受けた敵の戦艦も、それに一瞬驚きつつもすぐに撃ち合いに乗ってくる。だが、自分のすぐ近くに弾着し炸裂する砲撃にもみらいはいっこうに怯まない。怒りに任せためちゃくちゃな射撃であっても、デジタル管制されているだけあって命中精度は高いのだ。気づいた時には、敵旗艦である戦艦棲姫を除く5隻は全員が小破以上のダメージを負っていた。うち4隻は中大破。空母ヲ級は既に艦載機の発艦が不可能な状態だ。

 一方、肩で息をしながら立ち尽くすみらいもまた満身創痍の姿となっていた。制服は焼け焦げてボロボロになり、主砲も最早使い物にはならない。いつの間にか無意識のうちに口の中を切ってしまったのか、その口元からはあすかと同じように赤い筋が滴り落ちている。それでもその眼光は怒りに燃えて鋭く、なおも眼前に佇む敵を葬り去らんとばかりに睨み続けているのだ。

 ゆきなみと秋月は、その後ろ姿に一切の言葉を失っていた。見るも無惨な姿となってなお、拳を振り上げようとするみらい。彼女が体現していたのは、みらいが艦娘としてこの世界に降りたって以降初めて露にしたであろう、殺意という感情だった。

 「誰に許可とって、人の家族を傷物にしてんのよ」

 その声は、ゆきなみでさえも今まで聞いたことがないほどドスが効いていた。

 「誰が姉さんをあんな目に遭わせろと言った!?この世界で、私たち姉妹を傷つける資格があるのは私たち自身だけなのよ。それなのに、どこの馬の骨ともしれない化け物の分際で勝手にしゃしゃり出て来やがって。ふざけるな!!」

 みらいの声は、知らず知らずのうちに絶叫へと変わっていた。その口調も、まるでそれを口にしているのが別人であるかのように荒れ狂っている。

 「もう何があろうと絶対に許さない。全員まとめて海底に沈めてやる。この責任、お前らの命で償え馬鹿野郎!!」

 その時だった。遠くから響いた何かの音に気がついた秋月が、突然そちらに振り向く。

 「みらいさん、ゆきなみさん、あれ!!」

 彼女が発した驚きの声に、2隻の護衛艦もそちらを振り向く。ゆきなみに介抱されていたあすかも、同じ方向に必死に視線を向けた。その先にいたのは、上空に大量のスーパーホーネットを展開させながら総攻撃態勢に入る、大和率いる連合艦隊残り14隻の姿だった。




【悲報】みらいとあすか、ついに壊れる(物理)。

実はこの2人の対立劇は、閑話休題その3として投稿した24話(ゆきなみ型3姉妹にインタビュー)が伏線となっています。あの中で、「海自での経験が自分の絶対的なベース」と語ったあすかに対し、みらいは「(海自時代の経験が活かせているか否かは)イエスでもありノーでもあり」と答えていました。

原作において不本意ながらも太平洋戦争を経験したみらいと、平和な現代において護衛艦であり続けたあすかの立場の違いが、こういう形でとうとう出てしまったということですね。それは、みらいが何よりも恐れていた事態でもあるのですが…。もちろんここでは裏目に出てしまいましたが、艦隊の盾としての矜持を失わないあすかの考えもまた大いに称賛されるべきものでもあります。

さて、次回はとうとう連合艦隊の本隊が到着し、決着をつける回となります。最後まで熱血展開でぶっ飛ばす予定です。「あの映画」のオマージュも出てきますのでどうぞお楽しみに。それではまたお会いしましょう。

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