鎮守府のイージス   作:R提督(旧SYSTEM-R)

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どうも、SYSTEM-Rです。今回は、深海棲艦側が驚きの手を使ってきます。果たしてその作戦とは、そして連合艦隊はそれにどう立ち向かうのか?それではどうぞ。


第七章:護るべきもの(中篇その2)

 第2艦隊による砲撃が始まる、その少し前。先制攻撃に向かう彼女たちや、そこに唸りを挙げて突っ込んでくる敵艦隊の姿を、第1艦隊計6隻のレーダーは鮮明に捉えていた。

 みらいは自身のレーダーに映る映像に目を落としながら、その表情に厳しさを取り戻した。しかし、今の彼女の顔はどこか感情的だった先ほどまでとは少し質が違う。それよりも、何か気がかりな点でもあるかのように怪訝そうに眉をひそめている。

 「どうしたの、みらいさん。また何か気になることでも?」

 それにいち早く気付いた赤城が声をかける。一瞬反応が遅れたみらいは、その問いかけに慌てて顔を起こした。

 「へっ?あ、いや、まぁちょっと…。私もまだ上手く言葉にはできないんですけど」

 そう言うと、みらいは敵艦隊が向かってきているであろう遥か前方に目を向けた。

 (さっきから妙な胸騒ぎがする。この敵艦隊、何か違和感があるのよね。私の思い過ごしならいいんだけど…)

 

 「Shit! 命中させられると思ったノニ」

 再び時間軸は戻り、第2艦隊による初弾斉射直後。アイオワともども直撃を逃したのを確認した金剛は、思わず顔をしかめた。ゆきなみ、神通、秋月の3人によって補給艦3隻は沈めることに成功したものの、敵艦隊を率いる立場なのであろう先頭の重巡も倒して、指揮系統を混乱させるまでには至らなかった。とはいえ、もちろんリ級も艦種相応の堅い装甲の持ち主だ。いくら艦隊戦の華たる戦艦の砲撃とは言え、仮に直撃させられたとしても常に一発で撃沈できるとは限らないのも事実ではある。

 「Never mind, 金剛。直撃はさせられなかったけどYouも私も初弾挟叉、狙いの方向性としては間違ってないわよ」

 アイオワがすかさず彼女をフォローする。

 「それにしても、日本の艦娘の皆さんは流石よね。ゆきなみさんはともかく、神通さんと秋月ちゃんはその装備、まだ現代兵装に換装されてからそれほど長くは経っていないのでしょう?それでいて、もうそんなに使いこなしているなんて大した練度だわ」

 サラトガは称賛の言葉を口にすると、「さて、そろそろ私も攻撃準備に移らないとね」と呟いた。傍目にも非常に目立つ、トレードマークともいえる大型の飛行甲板を軽々と持ち上げる。裏側に取り付けられたトリガーに、その細く美しい指がかかった。

 「行きます!航空隊、発艦始め!あなたたちの力、見せてやりなさい」

 

 「兵装…?」

 サラトガのその何気ない一言を、みらいは無線機越しに耳にした。それをきっかけに、何やら掴みどころのなかった妙な違和感の正体が明らかになり始める。胸騒ぎの理由を悟った瞬間、みらいの顔から血の気が引いていった。慌てて、まだ上空に展開させたままの海鳥に向かって呼びかける。

 「シーフォール、フォーチュンインスペクター。そこからまだ敵艦隊は視認できる?」

 「フォーチュンインスペクター、シーフォール。サラトガが展開したスーパーホーネットの邪魔にならないよう多少距離は取りましたが、十分視認圏内です。どうしました?」

 「大至急、敵艦隊の兵装がどうなってるか確認してほしいの」

 「相手の兵装?どういうこと?」

 みらいの指示に、大和と夕張が同時に怪訝そうな表情を浮かべる。その様子を見たみらいは頷いた。

 「もしかしたらだけど…。私、どうもこの敵艦隊に違和感があったのよ。その正体、分かったかもしれない。…、シーフォール、他の皆が現代化改修を受ける前と比べて、今の敵艦隊の装備に何か違いはある?」

 「以前と比べて、ですか?いえ、ここから見る限り特にそのようには見えませんが」

 「これまでの戦闘で見てきたのと同じ、旧式装備のままってことね?」

 「えぇ、まぁ…」

 海鳥の搭乗妖精も、みらいの意図を察知できずやや困惑気味だ。だがその一言に、彼女は何かを確信したように「やっぱり…」と頷いた。

 「ねぇ、大和」

 みらいの呼びかけに、大和がこちらに目を向ける。

 「あれだけの数が、一番速度が遅い艦でも33ノットなんてスピードで襲ってきたということは、恐らくこの攻撃は偶然の邂逅なんかじゃなく、明らかにこの演習のタイミングを狙い撃ちしてきた極めて計画的なものだと言えるわよね?」

 「えぇ、そうでしょうね。そうでなければ、あれだけの数は集められないだろうし」

 大和の返答に対して、みらいが次に放った一言は他の5人にとって意外なものだった。

 「それにしてはあの敵艦隊、数こそ多いけど()()()()()()()()()()()過ぎない?」

 「えっ…?」

 その真意をすぐには理解できない僚艦たちに向かって、みらいは言葉を続けた。

 「こっちは大和を筆頭に戦艦が4隻、重巡が2隻、正規空母が3隻と元々攻撃力の高い艦娘が半数を占めていて、かつ私自身を含めた全員が、かつてと比べて段違いの攻撃性能を誇る現代兵装で重武装してる。しかも私たちはついさっきまで射撃演習をやってたばかり、仮に襲ってこられたとしても十分迎え撃てる状況にあるのよ?」

 みらいの目は、前方に立ち込める爆炎に向けられていた。

 「そういう相手を、わざわざ計画的に狙い撃ちできる程度の知恵が働くにもかかわらず、向こうの高火力艦と言えるのは重巡が2隻だけってどういうこと?姫・鬼クラスや戦艦どころか軽空母ヌ級すらいない編成で、しかも武装も旧式しか持ってないなんてあまりにも不自然すぎる。少なくとも、あれがこっちの息の根を止めるために差し向けられた決戦部隊だなんて、私には思えないのよ」

 「でもそれは、迎撃する側の私たちからしたら好都合なことなんじゃ?大体、旧式装備しか持ってないなら少なくとも、今の装備に関する情報は相手に流出してないってことでしょうし…」

 吹雪が首を傾げる。だが一方、艦娘となってからは既に豊富な戦闘経験を手にしていた大和は、みらいが口にした言葉の真の意味を理解していた。

 「ちょっと待ちなさい。まさかみらい、あの23隻はあくまでも陽動部隊であって、他に本隊が存在している可能性があるって言いたいの?」

 「陽動!?あいつら全員囮ってことか?冗談だろ!?」

 頷いたみらいの姿に、摩耶が驚きのあまり大きく目を見開く。

 「確かに、その可能性は100%否定できるものではないけれど…。仮にそうだとして、その本隊はあなたのレーダーで既に索敵できているの?」

 赤城の言葉に、みらいは首を振った。

 「いえ、残念ながら私もまだ捕捉は出来ていません。あくまでも現時点においては、ですが。なので、まだこれは憶測の域を出ない話ですし、相手が陽動であると断定するには時期尚早なのも確かです」

 だが、とみらいは付け加えた。もし仮にあの部隊が本当に陽動を目的としたものなのであれば、本隊となる別動隊はそうすぐにはこちらが捕捉できるような動きは取らないだろう。戦闘はまだ始まったばかり。恐らく、こちらの戦力がおびき出されたのを確認してから始動するはずだ。だとすれば、今目の前にいるあの23隻が簡単に沈められる相手だからと言って、安易にそこに突っ込んでいくのは得策ではない。

 こちらは既に長射程での攻撃能力を手に入れている。相手の出方を見極めつつ、仕掛けられている可能性がある罠にかからないよう、しっかりと距離をとって戦うべきだ。今の自分たちには、無理に接近しなくとも相手を仕留められるだけの能力があるのだから。彼女の主張は、単なる思い過ごしでないなら確かに筋の通った意見ではあった。だが…。

 「その意見は可能性の1つとして考慮するけれど…。やはり現段階で、相手が陽動部隊であると断定するのはまだあまりにも早すぎるわ」

 大和は首を振った。みらいの具申した作戦にも一理はある。しかし、1つ重大な問題があった。それは、自分たち戦艦も副砲についてはほぼ百発百中と言えるミサイルに換装しているが、主砲の射撃システムは依然として旧式のままであり砲撃精度は保証されていないということだ。事実、先制攻撃を仕掛けた金剛やアイオワも初弾から命中はさせられていない。自分たちの火力を最大限に生かすには、やはりこれまでと同じようにある程度接近して弾着修正を繰り返しながら戦わざるを得ないのだ。

 さらに厄介なのが第3艦隊である。既に彼女たちは突撃態勢に入っており、右舷からの第2次攻撃実施は不可避の状況だ。しかも、旗艦のビスマルク以下第3艦隊の面々は基本的に血の気の多い武闘派揃い。本当に存在するのかも分からない別動隊が捕捉できていない現状で、可能性だけを語ったところで簡単に攻撃中止など受け入れてくれないだろう。唯一例外がいるとすれば艦隊の盾を自認するあすかだろうが、昨日からの経緯を考えれば今の彼女がみらいの言を素直に聞いてくれるとも思えない。つまり、現状では彼女たちを止めようとしたとしても止められそうにないのだ。どのみち、今はまずただでさえ数で優っている目の前のターゲットを何とかするしかない。

 「第2艦隊の砲撃が始まっている以上、すぐに撤退は命じられないわ。それに、3方向からの強襲作戦は3艦隊が連動して動かなければ完成しない。既に実行中の作戦行動はまだ転換しません。第1艦隊、総員引き続き航路を維持してください」

 大和はそう言いつつも、頭のどこかではみらいの進言が引っ掛かっていた。もし万が一これが本当に陽動だった場合、無鉄砲な突撃は確かに命取りになりかねない。そのリスクを頭ごなしに無視するほど、彼女は頭の固い女ではなかった。

 それに、みらいの思考には一見突拍子はなくとも、きちんと彼女なりのしっかりとした論理があることを大和はよく知っている。実戦配備前、彼女も目の当たりにしたみらいの初めての演習は、それまでの既存艦娘たちのそれからすれば一挙手一投足が非常識極まりない戦いぶりだった。だが、彼女はそれでも川内型と一航戦という強豪揃いのチームアルファを打ち破ったのだ。しかも、川内型の3人に限れば圧勝ともいえる勝ちっぷりで。そのみらいが、これほどシリアスなトーンで進言したことだ。安易には捨て置けない。

 「…、ただし航行速度は第2、第3艦隊よりも落として。対空・対水上見張りを引き続き厳としてください。もちろんないことを祈りたいけれど…、万が一の為に、ね」

 

 「艦隊戦か…。腕が鳴るわね!!」

 ビスマルクは、左前方に映る敵艦隊の姿を見ながら不敵な笑みを浮かべた。誇り高い性格の彼女は、己の実力に絶対的な自信を持っている。それが戦場においてのものであれ、1人の女としてのものであれ。もちろん、その自信は何も虚勢などではない。厳しい鍛錬によって自分の能力を常に向上させてきた、その日々の経験を積んでいるからこそ生まれるものなのだ。自分はプリンツ・オイゲンとともに、ドイツ連邦共和国海軍の代表としてここにいる。日本やアメリカといった友邦のライバルたちに負けるわけにはいかない。

 「ビスマルクの戦い、見せてあげるわ!!第3艦隊、左砲戦用意!!」

 その声に、僚艦5隻のうちオイゲン・あすか・川内・夕立の4名が一斉に主砲を構える。自身も砲の照準を最も近くにいる雷巡に合わせると、ビスマルクは一転してドイツ語で号令詞を叫んだ。

 “Links Zusammenstoß, 30 Grad, Ziel der Entfernung 10000. Gun Angriff vorbereitet, Feuer!! (左砲戦、30度、距離10000の目標。主砲、撃ち方始め!!)”

 「てぇっ!!」

 その声とともに、5人の主砲が一斉に火を噴いた。彼方へと飛んでいくオレンジ色の火の玉が、次々に敵艦を捉え爆破閃光へと姿を変える。絶叫のごとき咆哮の五重唱とともに敵艦は海の藻屑となり、南洋の夜空に黒煙が舞った。その煙が晴れたのを見計らって、加賀は上空へとボウガンを向ける。

 「私も、指を咥えて見ているわけにはいかないわね。艦載機、準備出来次第発艦。返り討ちにしてやりなさい」

 いつもと変わらないその冷静な言葉とともに引き金が引かれ、大空に向けて矢が放たれた。空中に舞い上がったその飛び道具は、爆音とともにスーパーホーネットへと姿を変え、敵艦隊上空を自由自在に舞い踊りながらその運動性を見せつける。だが、彼らは何も無秩序に飛び回っていたわけではなかった。その動きに翻弄されていた敵の駆逐艦に、艦載機が照準を合わせる。

 「敵艦捕捉。ハープーン発射用意…、fox one」

 加賀のその無慈悲なほど冷静な下令に合わせて、3機のスーパーホーネットから計6発のハープーンが切り離される。みらいたちが用いる艦対艦ミサイルとは異なり、こちらは空対艦仕様だ。瞬く間に大空を切り裂いた6つの弾頭は、速力を保ったまま3隻の敵駆逐艦を貫いた。再び響く爆音と断末魔の絶叫。

 「Gut. (お見事) 流石ね、加賀」

 ビスマルクがサムズアップしながら相変わらずの不敵な笑みを向けるが、加賀もまた涼しい顔を崩すことはない。

 「このくらい、私にとっては朝飯前よ。栄光の一航戦たる私が、第2艦隊のアメリカの空母に負けてなんかいられないわ。さぁ、引き続き追撃と…」

 彼女がそう言いかけたその瞬間だった。突然、2人の会話を聞いていたあすかのもとに上空で警戒中の海蛇から交信が入る。

 「エクスプローラー、シースネーク。レーダー上、新たに感あり!!」

 「っ…!?」

 何事かと目を見開いたあすかの耳に、驚くべき知らせが届いた。

 「アンノウン目標、4時の方向に光点10。この大きさは…。間違いありません、正規空母や護衛の駆逐艦を伴った、大型戦艦クラスです!!」

 「大型戦艦クラスですって!?そんな馬鹿な…。この海域は演習のために封鎖してたんじゃなかったの?私たち以外にそんな艦隊が活動する予定なんかないはずよ。まさか、あいつらの別動隊だっていうんじゃないでしょうね!?」

 「じょ、冗談でしょ!?あそこにいる艦隊は全員囮だったっての!?」

 ビスマルクと川内が、相次いで素っ頓狂な声を上げる。その姿を尻目に、あすかは海蛇に向かって呼びかけた。だが、その額には冷や汗が浮かんでいる。

 「シースネーク、そのアンノウン目標の航行速度と針路は?」

 「現在敵速22ノット。予想針路は…、おいおいおい冗談だろ、そんな馬鹿な」

 色を失った海蛇の搭乗妖精に向けて、ただでさえ昨日の一件でイライラしていたあすかはいら立ちを隠さずに怒鳴った。

 「何よ、問題があるならはっきり言いなさい。緊急事態なのよ!!」

 「す、すいません、あすかさん」

 海蛇の妖精は慌ててそれを詫びると、取り乱しているのを必死に落ち着かせるように深呼吸を繰り返した。

 「アンノウン目標の予想針路は…、バベルダオブ島。円極前線基地方面に向かっています。目標と島との距離、30000」

 「ターゲットはうちら連合艦隊じゃないってことっぽい…?」

 夕立が首を傾げたその時、全てを察したオイゲンが顔面蒼白で叫んだ。

 「ちょっと待ってください。前線基地にはアトミラール(司令官)さんたちや、三軍から派遣された兵士の皆さんたちが…!!」

 「それだけじゃない、今は確か時間帯的に防衛サミットの真っ最中のはず。日本の清川防衛大臣、アメリカのスピアース国防長官、ドイツのシュミット国防大臣その他政府関係者が一堂に会して、会談しているさなかじゃないの。もちろん、基地周辺には無関係の民間人もたくさんいる。そこに向かっているアンノウン目標が、本当に深海棲艦の本隊だったとしたら…」

 川内の声も、事態の緊迫感を察してか震えている。ビスマルクが「そんな馬鹿な…」と思わず唇をかんだ。あすかは慌てて、海蛇に対して新たな指示を下した。

 「シースネーク、直ちにそのアンノウン目標の偵察に向かいなさい。一刻も早く相手の陣容を特定して。急いで!!」

 「Aye, ma’am!!」

 海蛇が彼方へ飛び去ったのを確認すると、あすかはビスマルクの方に向き直った。昨日の大浴場では、みらいと並んで心底イライラさせられた1人ではあるが、流石に生死のかかった戦場にそんな個人的感情を持ち込むほど彼女は子供ではない。無論それはみらいに対してもそうなのだが、大和がそこに気づけなかったのは不運と言えるだろう。

 「ビスマルク、分かってるわよね。目の前にいるこの艦隊への強襲は中止すべきよ。海蛇からの報告が仮に事実だとすれば、こんな奴らにかまけている暇はないわ」

 「やむを得ないわね…。第1、第2艦隊にもその旨を伝えましょう。まさかあいつらがこんな手を使ってくるなんて。Scheiße(クソッタレ)」

 忌々しげな表情で、ドイツ語を代表するスラングを口にした旗艦の姿を横目に見ながら、あすかもまた顔を歪めていた。敵の艦隊規模や航行速度などから、恐らく計画的に行われた襲撃であろうということに彼女自身も気がついてはいた。だが、まさか深海棲艦が陽動作戦を使えるような存在だとまでは思っていなかったのだ。もちろん、他の艦娘たちとて相手の意図にはそう簡単に気づけはしなかっただろうが…。

 

 「嘘だろ!?あの艦隊が、みらいの言ったとおりガチで陽動部隊だったなんて」

 あすかの想定とは裏腹に、いち早く敵の意図を察知していたみらいの言葉を知っていた摩耶は、本隊出現の一報に先ほどにもまして目を見開いた。彼女の一言は、第1艦隊他4隻の心情を見事に代弁している。あの23隻の動きを見て、どうしてみらいはそれが陽動だと気づけたのか。襲ってくる敵艦の数に誰もが目を奪われているそのさなか、相手の兵装と編成からそれを見破るとは、恐ろしいまでの着眼点の鋭さである。

 だがそれにもまして、深海棲艦側の真の狙いはこちらの予想を超える恐るべきものだった。あの化け物たちが本当に狙っていたのは、自分たち艦娘ではない。日米独という、この星における3つの大国の安全保障を担う者たちが集ったところを一網打尽にする、要人殺害という悪行。これが人対人であれば、まさしくテロリズムとでも言うべき所業だ。

 問題はこの状況において、誰がどのように対処するかである。現在、お互いの頭数は連合艦隊が18に対して、深海棲艦側は本体と陽動部隊がそれぞれ10ずつの計20隻。両者それぞれを単純に合計すれば、数そのものはほぼ互角だ。ただし、位置関係的には連合艦隊は既に第2、第3艦隊の計12隻が交戦状態にあり陽動部隊に近接している為、実質的には今この瞬間に安全に反転して敵本隊に立ち向かえるのは、第1艦隊の6隻しかいないということになる。6対10、これだけでも既に数的不利だ。

 しかも海蛇から伝えられた本隊の陣容は、想像を絶するほど凶悪なものだった。旗艦を務めるのは、砲火力と装甲をハイレベルに兼ね備える戦艦棲姫。その護衛にはこれまた堅牢な装甲を誇る2隻の装甲空母姫がついている。それ以外にも戦艦ル級が2隻、空母ヲ級が1隻、さらに深海棲艦の駆逐艦としては最高クラスの攻撃力を誇るニ級が4隻、計10隻という編成。幸い彼女たちも陽動部隊同様旧式の装備しか持っていないようだが、それが何の気休めにもならないような化け物の集まりだ。

 連合艦隊が今やるべきことは2つ。第1艦隊が数的不利をものともせず本隊に立ち向かい、倒せないまでも少しでも島への接近を遅らせること。そしてその間に第2、第3艦隊の12隻が陽動部隊の追撃を振り切り、一刻も早く援護について計18隻で敵の侵略を跳ね返すことだ。言うまでもなく、とてつもない難題と表現せざるを得ない。

 「あ、アハハ…。ふざけないでよ、馬鹿じゃないの。あんな相手をたった6隻で食い止めなきゃいけないなんて、何の冗談よ」

 夕張は冷や汗を流しながら震え声で呟いた。先ほどから変な笑いが止まらず、その両足は恐怖と緊張感からがくがくと震えている。仮に軍法に禁止規定がなかったとしたら、今すぐにでも敵前逃亡をかましそうな勢いだ。

 だが無理もないだろう。彼女は瞬発力こそあるが持久力には欠けるため、長距離の移動では航速を維持することが難しい。それでいて、軽巡の中でも装甲に難があるのだから厄介なことこの上ない。もちろん、そんな夕張にも戦艦に対する連撃というとっておきの切り札はあるものの、そもそもそのジョーカーを切れる状況まで生き残っていられるかどうかは、極めて微妙なところだ。

 「夕張さん。分かってるとは思いますけど、逃げたりしないでくださいね?」

 吹雪の声掛けに、夕張は無我夢中で頷く。だが、やはり恐怖感からかその顔は今にも泣きだしそうだ。もちろん、その気持ちは第1艦隊全員が痛いほどよく理解している。それでも、今この瞬間にその役割を果たせるのは自分たちを置いて他にはいないのだ。

 「ごめんなさい、みらい。多少無理をしてでも、第2・第3艦隊に距離をとるよう進言しなかった私が間違ってた」

 大和は、この状況を唯一見通していたみらいに対して素直に頭を下げる。みらいはそれに対して「いいのよ、気にしないで」と声をかけた。確かに、この状況を招いたのは彼女の判断ミスだったのは事実だろう。だが、みらい自身は今それを責める気にはなれなかった。陽動作戦を実行しようとする者が、別動隊の動きを最初からバレバレにしておくわけがないのだ。今回は深海棲艦にうまくしてやられた、それだけの話である。今はこれからどうすべきかを考えるのが先だ。

 「確かに、これから私たちが迎え撃たなければならない艦隊は、最初に現れたあの23隻とは比べ物になりません。それよりも遥かにえげつない攻撃力と防御力を兼ね備えた、強敵なんて言葉すら生ぬるいほどの相手です」

 僚艦5人全員に向き直った大和の端正な顔には、覚悟の色が浮かんでいる。大人びた見た目と比べるとどこか幼く聞こえると評されることの多いその声も、今は発する言葉1つ1つがとてつもない重みをもっていた。今この瞬間、彼女は紛れもなく戦乙女としてこの場に立っているのだ。

 「ですが、たとえ相手がどんなに強力であったとしても、私たち艦娘はそこに全力で立ち向かわなければなりません。もし、人類が彼らに全てを奪われるのが運命であるというのなら、私たちはそこに抗わなければならない。第2、第3艦隊は多少遅れたとしても必ず来ます。それまで何としても持ちこたえてみせましょう。この6人の力で」

 自分たちはこれから運命に抗うのだ。大和のその一言で、第1艦隊全員が決戦の覚悟を決めた。他の5人が頷いたのを確認すると、大和はすぐさま数的不利をカバーする為の陣形の検討に入ろうとする。ところが、その矢先。

 「Fleet one, this is 金剛。大和、Help us!!」

 突然、撤退中であるはずの金剛から交信が入る。聞けば、自分たちと比べて敵陽動部隊の行き足が想像以上に速く、なかなか振り切れないのだという。そのうえ、こちらに向けて砲撃まで仕掛けているらしい。いくら旧式の武器しか持っていないと言っても、背中越しに撃ってこられたのではやはり厄介だ。何とか、撤退支援をお願いしたいというのが彼女の要求だった。

 「撤退支援!?そんな無茶な。これから、私たちは相手の本隊の動きを食い止めに行かなければならないんですよ。ただでさえ今でも6対10と数的不利の状況なのに、これ以上供出できる戦力なんて…。そちらには2艦隊合わせて12隻いるわけですし、自力で何とかできませんか?」

 「こっちも神通やアッキーに魚雷を撒いて攪乱してもらってるけど、向こうの駆逐艦たちがやけに粘り強くて全然振り切れないネー。このままじゃ、火力支援しに行っても陽動部隊まで一緒に引き連れていくことになりかねないヨ!!」

 大和の言葉にも、金剛の訴えは必死だった。彼女の言葉にも一理ある。このまま相手を振り切れないまま自分たちと合流すれば、連合艦隊は前方の本隊と後方から追撃してくる陽動部隊とで挟み撃ちされることになるのだ。確かにその事態は避けねばならないし、この様子では自分たちが先に本隊を迎え撃つうえでの前提となる「第2・第3艦隊の合流」が果たせなくなる可能性もある。

 とはいえ、もちろん頭数を考えれば第1艦隊もギリギリの状況だ。今の状況から1隻でも撤退支援に出せば、相当な不利に追い込まれるであろうことは明白だった。進むも地獄、引くも地獄のジレンマが大和を襲う。自分は何かこの状況で手を打たなければならないが、だからと言ってどうするのが得策なのかも分からない。そうこうしているうちにも、敵の本隊であることが確認された10の光点は刻一刻と島に近づいていく。

 一体どうすればいいのだ、と大和は思わず頭を抱えた。運命に抗いに行くなんてかっこつけたことを言いながら、その癖それからほんの数十秒も経たないうちに己の優柔不断さを晒す羽目になるなんて。思わず、彼女の顔に自嘲気味の笑みが浮かびそうになるまさにその時、助け舟は突然現れた。

 「大和、悩んでいる暇はないわ。大至急、皆を連れて撤退支援に向かって」

 その一言に、他の全員が驚愕の表情を浮かべながらその声の主の顔を見た。

 「相手はたかが旧式装備しか持ってない駆逐艦よ。あなたたちなら陽動部隊を処分して戻ってくることくらい訳ないでしょ。その間、私があいつらを食い止めてみせる」

 「はぁっ!?頭沸いてんじゃねぇのかお前!?」

 摩耶が思わず大声を上げた。

 「みらい、お前自分が一体何言ってるか理解してんのかよ!?あたしら6隻でさえ、あいつらを食い止めるには頭数がギリギリだって話を今まさにしてたんだろうが!!」

 「えぇ、その話ならちゃんと聞いてたし自分が何言ってるかも分かってるわよ。その上でこうして具申してるに決まってるでしょ」

 そうはっきりと答えたみらいに対し、赤城がその議論に横から割り込んできた。

 「みらいさん、あなたが極めて優秀な戦闘能力を持っていることは誰もが認めるところだけれど、いくらなんでもそんな無茶を言うものではないわ。ただでさえ相手は10隻もいるのよ。対処すべき目標の数があまりにも多すぎる。ましてや、あなたは私たちと比べて装甲に課題があると度々口にしていたじゃないの。それを知っているにもかかわらず、あなたを1人で向かわせるわけにはいきません」

 「ですが、皆さんと一緒に向かったとして第2・第3艦隊が現れなかったらどうするんです?結局、そうなればこちらの数的不利は覆せないんですよ。どのみち、最後は18人全員で襲い掛からなければあいつらは倒せない。だったら、()()()()1()2()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()じゃないですか」

 みらいは、自信満々の表情で僚艦5人の顔を見回した。

 「今更こういう言い方をするのも正直どうかとは思いますが…、あんまり私たちイージス艦の実力を舐めないでもらえますか。私たちには同時に200以上の目標を捕捉し、そのうち12目標を同時に迎撃できる能力があるんです。しかも、迎撃ミサイルは先に撃った分の着弾を待たずして次の12発を立て続けに撃つことが出来る。もちろん、そのどれもがほぼ百発百中の命中精度で、です。本隊だって所詮兵装は旧式、いくら数を撃たれようと対処することは十分可能よ」

 「しかし…。本当なの、夕張さん?」

 赤城は脇にいた夕張に声をかける。それに対し、夕張は力強く頷いた。彼女は兵装実験軽巡という立場上、横須賀に残っている明石と並んで他の誰よりも、技術面から見た艦娘というものに深い造詣を持っている。もちろん、それはイージスシステムについても同様だ。ゆきなみ型3姉妹に対しても実際に聞き取りを行い、また自分自身でもかつて国防海軍が使っていたイージス駆逐艦についての資料を引っ張り出したりして、この全く新しいシステムの何たるかを日々研究してきた。

 そんな彼女は今、自分自身では装備する能力を持たないまでもイージス艦の能力というものに関しては、みらいたち姉妹に次ぐと言えるほど詳しい存在になっていた。赤城が尋ねたのも、彼女がそんな知識の塊であることをよく知っていた為に他ならない。

 「間違いありません。みらいさんのいうイージス艦の能力は、全て真実です。正直言って、もしこの状況で本当に撤退支援を出さなければならないとするなら、その間に最も適切に対処が可能なのはみらいさんを置いて他にいないと思います。…、別に本隊の陣容にビビってたから言うわけじゃないですけど」

 最後の自虐的な一言に、吹雪が思わず吹き出しそうになるのを横目に見ながら、みらいは大和の方に向き直った。その顔には、不敵な笑みが浮かんでいる。

 「大事なのは過程よりも結果よ。運命に抗いに行くんでしょ、私たちは。だったら、当初の想定とは形が違っていてもやるべきことはやらなきゃいけない。大丈夫、ちょっとばかりひと手間が加わっただけよ」

 しばし、その場の時間が止まった。お互いを見つめあう2人の視線が、真っすぐに交錯する。数秒後、口を開いたのは大和だった。

 「仕方ないわね…。分かった、お願いするわ」

 「大和…!!」

 なおも食い下がろうとする摩耶を、総指揮官は手で制した。

 「ただし、たった1人であの本隊と殴り合うことは許さないわ。今までも、そしてこれからも、あなたはこの国にとってのかけがえのない戦力であって、私たち全員にとって唯一無二の仲間なんだもの。そんなあなた1人にこの仕事を背負わせるわけにはいかない」

 「だったら、どうするつもり?」

 みらいの問いかけに、大和は有無を言わさないはっきりとした口調で告げた。

 「第2艦隊と第3艦隊から、まずゆきなみさんとあすかさん、それと秋月ちゃんの3人を最優先で離脱させる。その3人と合流して、防空網を確実に整えたうえで戦いなさい。ただでさえ数的不利なのだから、それをカバーする為の創意工夫や努力を怠ってはダメ。殴り合いがしたいなら、彼女たちと共闘すること。それが絶対条件よ」

 あすかとの共闘。ゆきなみや秋月はともかく、昨日ひと悶着あったばかりの下の姉ともう一度手を組むのは簡単なこととは言えない。だが、今は戦闘の最中という非常事態。お互いの個人的感情を持ち込むことは許されない。事は一刻を争うのだ。

 「分かった、そうしてもらえるなら助かるわ。3人に伝えておいて。島の東端、最前線(フロントライン)で待っている、とね」




戦艦棲姫旗艦に装甲空母の護衛、さらにル級やヲ級もいる編成で艦娘不在の基地に襲い掛かってくるとか、自分で書いておいてなんですが深海棲艦えげつなさすぎでしょう。ちなみに、向こうも現代兵装を持っていて「21世紀の艦隊戦if」みたいな形になったら面白いんじゃないか、というようなご提案も頂き検討もしてみたのですが、流石にそれやるとチートレベルになりすぎるのでやめました。ごめんなさい。

次はいよいよ本丸とのガチ殴り合いですが、その前にひと悶着あったあすかとの関係性にもケリをつけないとなりません。この2人が喧嘩したのは、まさにこの状況に陥った時にどう対処すべきかという話での立場の違いによるもの。うまくそこで折り合いをつけられるのかどうか、そこは次回をどうぞお楽しみにということで。

さて、次回は今までを遥かに上回るレベルで砲弾が飛び交い、爆発が起きる文字通りの死闘となります。脳内麻薬ドバドバの展開にできればと思ってますので、どうぞご期待ください。それではまたお会いしましょう。

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