鎮守府のイージス   作:R提督(旧SYSTEM-R)

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どうも、SYSTEM-Rです。今回から演習がスタート、ここからはお色気シーンは完全封印となります。果たして、前話の最終盤で喧嘩騒ぎを起こしたみらいとあすかの関係性は、そしてそんな不安を抱えたまま始まった国際演習の行方は…。それではどうぞ。


第七章:護るべきもの(中篇その1)

 「それで、艦娘全員絶賛入浴中の女湯に特攻してまで説教しに行ったっていうのか?…、友人として敢えて言わせてもらうが、馬鹿じゃないのか君は」

 「全くだ。幸い、他に呼びに行けるような艦娘や女性軍人が不在だった為に、やむを得ずとしてお咎めなしで済んだとはいえ、そうでもなければ懲罰ものだぞ。大体、上からの処罰の有無にかかわらずお前のやったことはセクハラ以外の何物でもない」

 テイラーと梅津が、呆れ返ったような表情で岩城を見つめる。その視線を感じてか、岩城はふてくされたように大きく伸びをした。

 「仕方ないでしょう。あまりにうるさかった上に、てっきり演習前にもかかわらず日本勢と海外勢で喧嘩してるもんかと思ったんだから。結果的には日本の艦娘同士の姉妹喧嘩だったらしいがね」

 「たとえそうだとしても、男が女湯に立ち入るなど常識としてあり得なかろう。それを認めるとは、日本国防海軍の規則体系は一体どうなっとるのかね」

 ビスマルクとプリンツ・オイゲンを率いてきた、ドイツ連邦共和国海軍のクラウス・フォンヴェストファーレン大将が表情を変えずに尋ねる。日本人の妻を持ち、日本人の前では自国の艦娘たち相手でもドイツ語など使わない彼もまた、テイラー同様流暢に日本語を操る一人だ。

 「そりゃ、俺らだってそんなしょっちゅう強行突破なんてしやしませんよ。やむを得ず例外的に認められてる場合もないとは言えませんがね」

 「確かにそういう例外規定があるのは事実だが、今回のケースにはそもそも前提が当てはまらんだろうが」

 梅津が岩城の釈明にため息をつく。

 「大体そんな大それた真似をしておいて、何故貴官は無傷で帰ってこれたんだ。日本の女性は、入浴を覗かれると桶を投げつけてくるのがお決まりではなかったのか?」

 「あいつらは可愛い顔して、深海棲艦と毎日のように中破上等で殴り合いしてるような連中ですよ。今更多少の露出ごときで動揺するようなタマじゃねぇんだ。いくら綺麗どころが揃ってるからって、あそこまで平然とされちゃかえってそそられねぇ」

 岩城は冗談とも本気ともつかない口ぶりでそう答えると、眼前のモニターを見据えた。

 「そんな事はもう今更どうだっていいでしょう。あいつらにだって頭下げて詫びたんだし。それよりも、俺は実際に喧嘩してたあすかとみらいが心配だ。一応別々の艦隊に振り分けたから、すぐにその対立が表面化することはねぇだろうが」

 既に、日米独3か国の艦娘たちによる通信・射撃演習は始まっている。ここは、その演習の様子を監視し適宜仮想目標の設置などを指示するためのモニタリングルームだ。今ここには、日本国防海軍から梅津と岩城、アメリカ太平洋軍からテイラー、ドイツ海軍からフォンヴェストファーレンの4人の司令官、それ以外にも三軍からそれぞれ派遣された将校などが顔を揃えている。攻撃目標のセッティングを担当するP-3C哨戒機に適宜指示を出すのは、菊池と尾栗の役割である。

 岩城は今回の防衛サミット開催にあたり、テイラーらとともにニューヨークから相莱へと渡る予定になっていた。ところが、大使館での残務処理に思った以上に時間がかかってしまい、結局彼らと同じ飛行機に搭乗することはかなわなかったのだ。2時間ほど遅れて円極基地に到着した彼は、気分転換に風呂でも入ろうと男湯に向かったその時、艦娘同士が怒鳴りあう声と平手打ちの音を女湯の方から偶然耳にする。大事な国際演習を前にして、日本勢と海外勢の間で喧嘩沙汰なんて起こせば大ごとだ。そこで、思わず反射的に怒鳴りこんだというのが事の顛末だった。

 ちなみに、男性軍人による入渠中の艦娘への「特攻」は基本的には当然ご法度であるのだが、実は確かに岩城が言う通り例外となるケースもある。それは「総員戦闘配置が下令された際に、定められた修理時間を超えて入浴し続けていた艦娘がいた時」だ。この状況で他に周りに呼びに行ける女性軍人や艦娘が1人もいない場合に限って、男性軍人でも女湯に堂々と入室して風呂から上がるよう促すことができる。あくまでも、1秒でも早く戦闘配置を促すための緊急避難的な措置であり、この時だけは騒ぎのドサクサで裸身を見られたからと言って、後でそれを艦娘たちが公私問わず咎めることも国防海軍の規則上許されてはいない。

 もちろん、当然ながらこれは積極的に推奨されている行為ではないし、そうした状況が起きること自体極めて限定的だ。言うまでもないが、そもそもその規則が適用される条件に合致しない今回の岩城の行為は、断じて褒められた真似ではない。特攻された側の艦娘たちが彼の真意を知り、寛大にも不問としてくれたという一幕がなければ、口頭での厳重注意処分だけでは到底とどまらなかっただろう。

 (しかし、まさかあの姉妹が喧嘩してたとはなぁ。今まではお互い好きに言い合ってはいても、あそこまで関係が悪くなることなんてなかったはずなんだが)

 みらいとあすかは言い争っていたことは認めたものの、謝罪の言葉を交わすことはなくお互いに顔を合わせることすらも拒否したほど、その関係性は険悪だった。後で周囲にいた他の艦娘たちから聞き取りをした結果、どうやら2人の戦闘に対するスタンスや己の役割に関する意見の相違が原因だったらしい。この演習においてはもちろん、横須賀に戻ってからもお互いの対立が続くようでは厄介だ。何とか早いうちに和解させてやらねばならない。

 (頼むぜ、これ以上問題なんか起こさないでくれよ)

 岩城は自分のやらかしも若干棚に上げつつ(?) 、祈るような視線でモニターに映る演習の様子を見つめていた。

 

 “Radar contact. Unknown target starboard 0-2-0, distance 5000 inbound. (レーダーに感、不明目標右舷20度、距離5000。接近中)”

 “Roger that. Enemy targeted, load the main battery. (了解。敵目標捕捉、主砲攻撃用意)”

 “Main battery, ready to fire! Foresight all clear, recommend fire! (主砲攻撃用意よし。射線方向クリア、射撃要請!!)”

 “Fleet one, this is fleet two. Ready to call for fire! Over. (第1艦隊へ、こちら第2艦隊。発砲用意よし、オクレ!!)”

 “Fleet two, this is fleet one. …, FIRE!! (第2艦隊へ、こちら第1艦隊。発砲!!)”

 無線機から、あまり耳慣れない大和による英語での指示が来る。それを耳にした金剛は、それまでの英語から一転して自らが率いる第2艦隊に日本語での射撃号令を発した。

 「教練対水上戦闘、右舷20度距離5000の目標。主砲、撃ちー方始めー!!」

 「てぇっ!!」

 それと同時に、第2艦隊6人中5人の艦娘の主砲が一斉に火を噴き、前方に設置された目標を貫いた。残る1名であるサラトガは、それと相前後して前方上空を見上げる。そこには、既に展開させていた自身の艦載機の姿が見えていた。

 “Lock on target. Ready and…, fox three! (ターゲットロックオン。用意…、機関砲掃射、始め!!)”

 その指示とともに、艦載機は勢いよく機関砲の雨あられを残る1つの目標に浴びせる。全ての的が破壊され、周辺には硝煙とその香りが立ち込めた。

 「All surface targets destroyed. (全ての水上目標を撃破) 脅威目標なし」

 金剛はそう口にすると、一度大きく息を吐きだした。かつてと比べれば、新しい号令もだいぶ板についてきたようだ。安どの表情を浮かべた彼女のもとに、アイオワが笑みを浮かべながら駆け寄ってくる。その姿に、金剛も思わず表情を崩した。

 “Hey, Kongo! Nice kill!”

 “Yeah!”

 勝ち誇ったような笑顔で勢いよくハイタッチを交わす2人。その姿を、他の4人も口元に笑みを浮かべながら見つめていた。この2人が同じ艦隊にいるということは、日本の艦娘たちからすれば言うなれば「金剛がもう1人増えた」ようなもので、実に賑やかそのものである。いや、イギリス生まれ日本育ちであるにもかかわらず、アメリカ出身であるアイオワのノリについていける金剛がむしろ凄いと言うべきか。

 今回の通信・射撃演習では、18名の艦娘たちはそれぞれ6人ずつの艦隊に分かれて行動している。それぞれのメンバー構成は以下の通りだ。

 

 第1艦隊:大和(旗艦)、みらい、赤城、摩耶、夕張、吹雪

 第2艦隊:金剛(旗艦)、アイオワ、サラトガ、ゆきなみ、神通、秋月

 第3艦隊:ビスマルク(旗艦)、プリンツ・オイゲン、あすか、加賀、川内、夕立

 

 今回は唯一戦艦2隻を擁している第2艦隊については、金剛とアイオワの両名の間で旗艦の役割を順次入れ替える形を採っている。先ほどは金剛がその役割を担った。どちらも流暢に英語は話せるが、どうやら日本の艦娘たちにとっては金剛が話すクイーンズイングリッシュの方がより聞き取りやすいらしい。

 「まったく、第2艦隊のあの2人はさっきから少々はしゃぎすぎではありませんか。仮にもお互いに仕事で来ているというのに。少し注意しましょうか」

 オペレーター役の菊池が梅津に向かって振り向いたが、司令官は首を振った。

 「まぁ、あのくらい別によかろう。彼女たちとて訓練中はふざけているわけではない。あの2人の切り替えの早さ、少なくとも金剛のそれはお前もよく知っとるだろう?」

 「それはそうかもしれませんが…」

 「ムードメーカーにとっては、ああやって場を盛り上げるのも立派な仕事だ。生真面目なお前からすれば理解はしにくいだろうがな。まして、昨日あんなことがあったばかりなんだ。彼女たちが少しでも雰囲気を和らげてくれるなら、それに越したことはないよ」

 彼の目は、レーダー上に浮かぶ18の光点を見つめていた。

 

 (やはり、今日のみらいはいつもの彼女とはまるで大違いね…)

 第1艦隊旗艦の大和は、自分のすぐ後ろについて航行しているみらいの方にチラリと目をやった。視線の先にいるイージス護衛艦は、表面的には定められた交信などをきちんとこなしてはいるものの、その姿からふとした時に醸し出す雰囲気は普段のそれとはまるで質が違っていた。あくまでも与えられたシークエンスを機械的に淡々とこなすだけで、どこかメンタルの部分では己の任務に正面から向き合えていないというような。

 それでいて、砲撃を加える瞬間だけは妙に気色ばんだ感情的な表情を見せるのだ。内心にたまった憤懣やるかたないエネルギーを、その一撃に乗せて爆発させるがごとく。昨日のあすかとの一件を、内心引きずっているであろうことは明白だった。もちろん、彼女の異変には他の4名の艦娘たちも早くから気付いている。

 「夕張さん。みらいさんの機嫌、何とかうまい事直せないでしょうか」

 みらいに気づかれないように腐心しながら、吹雪が前を行く夕張に耳打ちする。だが、当の夕張もその問いには苦い顔だ。

 「壊れた装備の修復ならお手の物だけど…。流石にメンタル面の不安定さは私もいかんともしがたいのよねぇ。第一、あんなに話しかけづらいみらいさんの姿なんて、私初めて見たもの。普段はあんなに皆に対して気さくなのに」

 「で、ですよねぇ…」

 「…、さっきから全部丸聞こえよ、2人とも」

 苦笑いを吹雪が浮かべるや否や、すかさず振り向いたみらいがしかめ面で呟いた。普段とはまるで違うその冷たい一言に、思わず夕張と吹雪が同時に凍り付く。だが、そんな2人とは対照的にその程度のことでは怯まない者が、ここに1人いた。摩耶だ。

 「みらい。お前、昨日のあすかとの一件をまだ引きずってんのかよ。いくら平手打ち食らったからって、全くお前らしくもねぇ」

 満州での一件以来あすかと頻繁につるむ間柄となった摩耶は、当然ながら彼女との友人関係の方がみらいとのそれよりも深い。だが、かと言ってこの件であすかの方にばかり肩入れする気も摩耶にはなかった。

 高雄型重巡洋艦の3番艦である彼女には、それぞれ所属する鎮守府こそ違えど高雄と愛宕という2人の姉、そして鳥海という妹がいる。4人の中でただ1人横須賀に配属された彼女にとって、3姉妹全員が同じ鎮守府に顔を揃えるゆきなみ型は羨ましい存在だったし、だからこそ彼女たちが仲違いする姿を見るのは気分のいいものではないのだ。

 それに、戦場という場所がいかに残酷で非情なものであるかという点に関しては、彼女はむしろみらいの考え方に共感する部分が多かった。建造された時期は違えど、そこはお互い第2次世界大戦に参戦した者同士で、考え方にも相通じるものがあるのだろう。

 「平手打ちされたことなんて、今更どうでもいいわよ。…、確かに本気で思いっきりやられたから、痛かったのは事実だけど」

 「だったら、何がそんなに…」

 「摩耶さんも、本当は内心気が付いてるんじゃないの?」

 みらいは、第3艦隊が展開しているのであろう右舷遥か遠く側を睨みながら、摩耶のその言葉をすかさず遮った。

 「甘すぎる。ぬるすぎるのよ、あすか姉さんの戦闘に対する考え方は。あんな調子じゃ、きっとこの世界の戦場は生き抜いていけない」

 その強い語気に、摩耶も思わず黙りこくった。暗い夜の海に、みらいの声だけが響く。

 「確かに、姉さんの言うことも100%間違いだとは思わない。駆逐艦はどんなに頑張っても戦艦にはなれないし、正規空母は海には潜れない。それぞれ艦種ごとに設計も違えば戦い方も違う、役割分担が大事だってこと自体は正しいと私も思う。だけどね…」

 自分の射程圏内に今まさに敵がいて、いつその敵が自分に攻撃を仕掛けてくるかもしれず、仮に撃ち漏らせばまた違う機会に襲い掛かってくるかもしれない。そういう状況においてなお「攻撃してこなければ、盾としての役割を全うしてさえいればそれでいい」で済ませてしまうのは本当に正しいのだろうか、とみらいは言葉を続けた。

 「私たちが元々いた世界では、戦争は人間同士がやるものであって、『起きることを政治・外交的な努力を通じて可能な限り避けるべき存在』だったの。それでも万が一戦闘が起きてしまった場合には、火の元は一刻も早く鎮火するし降ってきた火の粉は全力で振り払う。私たちがいた自衛隊は、その『万が一』が起こった時の対処を使命として存続してきたし、そこに所属していた私たち自身も実際そのために活動していた」

 だが、この世界は違う。自分たちが矛を交える相手は、「話せば分かってくれる」という可能性もある人間とは異質な存在だ。いかなる政治的・外交的努力も無意味で、力を以て打ち破ることによってしかこの戦いを終わらせることはできない、深海棲艦とはそういう敵なのだ。であるならば、たとえ武士道に反するとの誹りを受けようとも、目の前に姿を見せている敵艦は全て問答無用で叩かなければならない。

 たとえ攻撃の意思を相手がみせていなかったとしても、たった一秒先の未来もまた安全であるとは誰も保証などしてはくれない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()それがこの世界における海戦というものであるということを、あすかが肌で理解してくれないことがみらいには歯がゆかったのだ。

 「姉さんはこの世界に来てから、基本的に早期警戒任務ばかり任されてる。なまじっか『守ること』にかけては他の皆よりもずっと優れているせいでね。もちろんしっかりと結果だって出してる。でも、あまりにも簡単に襲ってきた敵艦を退けられるせいで、そういうシビアな戦場の現実を本当の意味で理解する機会に、あの人は巡り合ってないの。かつての私と同じよ」

 「今のあすかさんの姿が、昔の自分自身とダブって見えるということ?」

 大和の問いに、みらいは黙って頷いた。

 「今のままじゃ、姉さんは間違いなくどこかで必ず深海棲艦にギリギリまで痛めつけられて、とてつもない後悔を余儀なくされる時が来る。でも、私は姉さんに自分と同じ轍は踏んでほしくない。だからこそ、私は自分が70年前に犯した『過ち』を姉さんにきちんと伝えたかったのに。なのにどうして、受け入れようとしてくれないのよ」

 「70年前の、過ち…?」

 何のことやらわからず、他の艦娘たちは互いの顔を見合わせる。ふと気づくと、なおも話し続けるみらいの声は自然と震えていた。

 「もう、姉さんにも姉さんの妖精さんたちにも、あんな辛い思いはしてほしくない。ああいう経験をするのは私だけで十分よ。自分自身の矜持を捨てきれなかったせいで私は、私の仲間はっ…!!」

 そこまでみらいが口にしたまさにその瞬間。突如として、何やら異変をいち早く察知した彼女のレーダーが警告音を発した。一瞬反応が遅れつつも、みらいはゆっくりとレーダーに目を落とす。即座に、潤んでいた目元に浮かんでいた涙は消え失せた。

 「大和!!」

 突然の大声に、見目麗しい第1艦隊旗艦は驚いて目を見開いた。

 「悪いけど、演習の一時中断の通達と偵察機の発艦要請を、第2・第3艦隊及びヘッドクォーターに大至急お願い」

 みらいの声色は、先ほどまでとは一転して切羽詰まっていた。

 「感傷に浸っている暇はなくなったわ。レーダーに感ありよ。それも、異常な数の光点が猛スピードでこちらに向かってきてる。正直信じたくないけど…。昨日のゆきなみ姉さんのセリフ、最悪の形で的中するかも」

 

 3つの艦隊から一斉に飛び立った偵察機のうち、最初に光点の正体を捉えたのはゆきなみ型3姉妹がそれぞれ放った「海鳥」「海猫」「海蛇」の3機だった。彼らの搭乗妖精から、衝撃的な知らせが届く。

 「フォーチュンインスペクター、シーフォール。レーダー上のアンノウン目標を視認。光点の正体は重巡リ級2、軽巡ホ級2、雷巡チ級3、駆逐ニ級5、同ロ級6、輸送ワ級5の計23隻。深海棲艦側の巨大艦隊です!!現在敵速33ノット、敵艦隊との距離25000!!」

 「そんな、23隻ですって!?冗談でしょ!?」

 海鳥からの報告を聞いた夕張が思わず絶句する。これほどの物量で殴り掛かってきた例など、今までの深海棲艦との戦いでは存在しない。思わず舌打ちしたのは第3艦隊にいたあすかだ。まさか、昨日ゆきなみがあくまで仮定として自分に言った言葉が、こんなタイミングで本当に的中するなんて。

 「こんな演習中のタイミングを狙ってくるなんてね。太平洋の深海棲艦は恐ろしく知恵が回るのか、それとも救いようのない馬鹿なのか。一体どっちなのかしら?」

 第3艦隊旗艦であるビスマルクの表情が戦闘モードに変わる。

 「Fleet one, this is 金剛。どうする、大和?まぁ、私たちがこの状況で採るべき対処は1つしかないと思うけどネー」

 第2艦隊旗艦の金剛の顔からも、先ほどまでの笑みは消えていた。もちろん、連合艦隊の総指揮を執る立場にいる大和もその点は全く同じだ。チラリと僚艦たちの顔を見る。彼女たちの顔にも、既に覚悟の色が浮かんでいた。

 「もちろんですよ、金剛さん。深海棲艦から売られた喧嘩は買うのが私たち艦娘です。せっかくの演習を邪魔されたのは少々癪ではありますが、逆に言えば実戦でそれを生かすいい機会でもある。せっかく向こうから出てきたんです、こちらも推して参りましょう」

 大和はそう答えると、改まった口調で無線機に向かって堂々と言い放った。

 「こちら第1艦隊旗艦大和。第2、第3艦隊及びHQへ、エマージェンシーコール!!護衛艦みらいが捕捉したアンノウン目標が、本艦隊艦載機により計23隻の敵性勢力艦隊であることが確認されました。よって、現在進行中の通信・射撃演習は即時中止。これより、本連合艦隊は対水上戦闘に移行します」

 海鳥からの報告は、当然リアルタイムでモニタリングルームにいる司令官たちの耳にも届いている。オペレーター役の菊池と尾栗、両サイドにいるテイラーと岩城、フォンヴェストファーレンの3名がほぼ同時に梅津の方を向く。その1人1人との無言での意思疎通を終えると、梅津は無線機の向こうにいる大和に向かって語り掛けた。

 「Fleet 1、HQ。大和、マイケル・テイラー及びクラウス・フォンヴェストファーレンの両司令官より同意が得られた。本戦闘における連合艦隊の指揮権については、慣例に従い君に預けることとする。これより射撃における実弾使用を許可する。敵性勢力撃破に向け、各員とも全力を尽くすように」

 「Aye, sir!!」

 大和は力強くそれに答えると、今度は僚艦計17隻に向けて命令を下した。

 「対水上戦闘用意!!全艦主砲揚弾、榴弾及び徹甲弾。各部、対空・対水上見張りを厳となせ!!」

 「Aye, ma’am!!」

 「Jawohl!!」

 日本語で下された命令に、英語とドイツ語で「了解」を意味する言葉が返ってくる。総員、腹は決まった。ごく一部わだかまりを感じる部分を残しつつも、日米独の連合艦隊は戦闘態勢に入る。襲い掛かってきた敵艦隊の迎撃という大仕事を果たすために…。

 

 「私たちの出番ネ!Follow me! 皆さん、ついて来て下さいネー!」

 金剛が僚艦5隻に対して、お決まりのセリフを口にする。先頭を行く第2艦隊は、先ほどまでと同様彼女を旗艦として敵艦隊へと向かっていた。その後ろにアイオワ、サラトガ、ゆきなみ、神通、秋月が並ぶ単縦陣を組んだ状態だ。神通が5番手にいるのは、日米の精鋭たちが揃った今回の艦隊ならではかもしれない。

 一般的に野球の試合において、一番打者の役割とはどんな手を使ってでも出塁してチャンスを広げ、後続打者の攻撃によって得点を奪う足がかりを作ることにある。その点においては、第二水雷戦隊旗艦として数々の掃討作戦に従事してきた神通も、十分な能力の持ち主であると言える。仮に旗艦に置いたとしても問題なく役割をこなしてくれただろう。ただ敢えて難点を挙げるとすれば、彼女は「安打製造機としてはオールスター常連クラスの能力を持っているが、相手投手に一発長打の恐怖を与えるタイプの打者ではない」ということかもしれない。

 その点、副砲こそハープーンとトマホークに換装されて火力を持っていかれてはいるものの、自慢の35.6cm主砲が健在の金剛にはその「一発の怖さ」がある。しかも、彼女はアイオワともども、火力と機動力を高度に兼ね備えた高速戦艦だ。俊足の切り込み隊長が、クリーンアップ級の長打力も備えていれば攻撃のオプションはより増える。そして野球と海戦との違いは、海戦においては双方の実力とその時々の状況次第で、野球の試合では理論上起こりえない「初回先頭打者満塁本塁打」も可能だという点にあるのだ。

 既に、各々のレーダー上に敵艦隊の姿は捉えている。敵の正面を航行中の第2艦隊が最初に狙うのは、先頭にいる2隻の重巡と後方に控える補給艦のうち3隻、この計5隻だ。正面からの砲撃によって相手の旗艦を落とすとともに、補給艦も沈めることによって敵の物量に任せた攻撃を封じる。司令塔と兵站担当を同時に落とし、相手が混乱に陥ったところを左舷から第1艦隊、右舷から第3艦隊がそれぞれ強襲。さらに、3艦隊それぞれの空母から放たれた艦載機による航空攻撃も同時に実施し、一網打尽にする作戦だ。

 計5隻いる輸送ワ級は、自身ではこちらに対する攻撃能力を持たないものの、弾薬などが尽きそうになった場合に即座にその補給を行い、自軍の継戦能力を維持する力を持つ厄介な船だった。彼らを沈めない限り、相手の砲撃は止められないし空母艦載機だって無制限に湧いてくる。この物量に任せた飽和攻撃こそ、深海棲艦が最も得意とする戦いなのだ。

 “Enemy fleet inbound. Starboard 0-1-0, distance 14000. Main battery all ready, foresight all clear. Recommend fire! (敵艦隊接近。右舷10度、距離14000。全艦主砲攻撃用意よし、射線方向クリア。射撃要請!)”

 主砲射程圏内に敵艦隊が入ったのを見計らって、アイオワが叫ぶ。それに頷くと、金剛は大声で怒鳴った。

 「弓形陣!!全艦、砲戦用意!!」

 それを合図に、縦1列に並んでいた僚艦たちが一斉に横へと広がる。金剛を中心かつ先頭とし、その両サイドに斜め後ろに向かって広がるように陣取る姿が、まるで矢尻のように見えることから「弓形陣」と呼ばれる陣形だ。古代から海戦においては幅広く使われてきた形であり、かつ砲戦にも単縦陣と並んで適した特性を持つ。前方に、見たこともない頭数で向かってくる敵艦隊の姿が見え始めた。だが、第2艦隊はそれには怯まない。殺すか殺されるかの2択しか存在しない戦場では、先に怖気づいた方が負けである。

 「目標、重巡リ級2及び輸送ワ級3。主砲、撃ちー方始めー!!Open fire!」

 「Commence fire!てぇっ!!」

 その声に合わせて、再び第2艦隊の6隻中5隻が主砲を唸らせた。5インチ単装砲を搭載した秋月はもちろん、神通の主砲もこの演習より前に姉妹と同じ「オート・メラーラ54口径127mm単装速射砲」に換装されており、かつて川内と那珂が身を以て味わった分間当たりの発射能力と精度を手に入れている。先頭にいる重巡リ級を狙った金剛とアイオワは、あいにく初弾は直撃させられず至近弾となったものの、ゆきなみ・神通・秋月の3隻はそれぞれ自分に正対する補給艦を正確に狙撃してみせた。被弾した船が爆炎に包まれ、轟音とともに海面に沈んでいく。

 「始まった…!!」

 ビスマルクは、その様子を離れたところから見つめながら小さく呟いた。みらいがタイムスリップした日よりもさらに1年以上前にあたる、1941年5月27日に艦艇としては沈没した彼女は、同年12月8日に始まった太平洋戦争やそこで戦っていた日本の艦娘たちの姿を知らない。そもそも、元々面識のなかった大和や金剛などと顔を合わせたのも、前回のサミットの演習で一緒に参加したのが初めてなのだ。

 だが戦いの舞台がどこであるか、僚艦が誰であるかは彼女にとっては些末なことだ。たとえどこの海で戦おうとも、この戦場ならではの独特の緊迫感は変わらないのだから。艦娘としての彼女にとっての深海棲艦との戦いは、進水からわずか1年余りで英海軍から集中攻撃を浴び、なす術もなく沈んだ艦艇時代のリベンジマッチだった。

 「姉様、私たちも行きましょう!!」

 後の集中攻撃の呼び水となったデンマーク海峡海戦で、ともに勝利を収めた間柄であるオイゲンが叫ぶ。その目は、これから待ち受ける戦闘での大立ち回りを期待するかのように滾り、爛々と輝いている。後ろに控える日本からの他4隻も同様だ。それを目の当たりにした旗艦の口元に、ほんの一瞬だけ笑みが浮かんだ。

 「Ja, sicher. (ええ、もちろんよ)」

 ビスマルクは頷くと、左前方に見える敵艦隊に向き直り号令を下した。

 「Dieser Angriff der feindlichen Flotte von rechts Akkord als. Alle Schiff, Körperverletzung Fall !! (これより右舷から敵艦隊を強襲する。全艦、突撃せよ!!)」




本作のクライマックスに相当する国際演習、そう簡単には終わらせませんよ。次回からは本格的に実戦がスタートします。国際戦闘演習中に敵勢力が襲来して実戦になだれ込む展開、これって確かどっかで見たような…?

作者はドイツ語に関する知識はあいにく乏しい為、ドイツ語のセリフは機械翻訳に依存しています。また、英語の号令にももしかしたら怪しい部分があるかもしれません(一応、資料を参照してなるべく本物に近い形にできるよう努力はしていますが)。もし間違いなどありましたら、遠慮なく誤字報告いただきましたら嬉しいです。

次回は本格的に連合艦隊VS深海棲艦の殴り合いが始まります。どうぞお楽しみに。それではまたお会いしましょう。

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