鎮守府のイージス   作:R提督(旧SYSTEM-R)

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どうも、SYSTEM-Rです。今回で第六章が締めくくりとなります。予告通り、今回はお食事&飲みがメインの回となりますよ。果たして「女子会(男が交じっていないとは言ってない)」の行方は?それではどうぞ。


第六章:パラダイムシフト(後篇)

 「Hey, ゆきなみ、あすか、みらい。こっちこっち!!」

 3姉妹が食堂に到着すると、耳慣れた声が奥の方から聞こえてきた。見ると、声がした方角にこちらに向かって手を振っている巫女服姿の女性がいる。既に大和も引き連れた状態で、彼女たちを待ち構えていた金剛だった。

 「ヤッホー金剛。あれ、大和も来てたの?2人とも、ずいぶん早いわね」

 2人の方に歩み寄りながら、みらいが声をかける。

 「えへへ、今日は一日非番で暇だったからネー。ずっと楽しみにしてたんだヨ」

 金剛はいつもの親しみやすい笑顔を浮かべながらそう答えると、ふとみらいたちと一緒にいる秋月の姿に気づいた。

 「Oh, 今夜はアッキーも一緒なのネ?いらっしゃーい!」

 アッキーとは、金剛が名付けた秋月のニックネームである。彼女は親しみを込めて、同僚をこういったあだ名で呼ぶことが少なからずあった。ちなみに吹雪のことはブッキーと呼んでいる。

 「こんばんは、金剛さん。実は、たまたま映像資料室でご一緒していた時に、ゆきなみ型の皆さんから誘われまして。…、あの、お邪魔じゃなかったですか?」

 「No problem!全然お邪魔なんかじゃないヨ!仲良くできるなら誰でもWelcomeネ。アッキーも来てくれてとっても嬉しいヨ!ねー、大和」

 「はい、もちろん。元々交流が目的の集まりですし、飛び入りは大歓迎ですよ。よろしくお願いしますね、秋月さん。せっかくですから、いいひと時にしましょう」

 大和も笑顔で応じたのを見て、ようやく秋月は胸をなでおろしたようだ。真面目で礼儀正しい性格の彼女だけに、おそらく「誘われたとはいえ、元々参加予定のなかった自分が飛び入り参加なんかして失礼ではないのか」と相当気にしていたのだろう。「仲間内の緩やかな関係に根差した私的な集まりなんだから、そんなに変に遠慮することないのに」とみらいは内心苦笑したのだった。

 

 「それにしても凄い…。何この量、ありえないでしょ。狂気の沙汰としか思えない」

 あすかは、大和の皿に盛られた料理の迫力に絶句していた。今日は金曜日、海軍にとっては皆大好きカレーの日である。ビーフ・ポーク・チキンから選ぶことが出来、トッピングも自由に選択OKと嬉しい仕様だ。みらいたちもそれぞれ好みの一皿を選んできたのだが、大和の場合はまずその分量がどう考えてもおかしい。

 何せ向かい側に座ると、皿に盛られた料理で胸のあたりくらいまでは完全に隠れて見えなくなってしまうのだ。大盛りなんて言葉が、チンケに思えてしまうほどの凄まじいボリューム。列に並ぶ大和の姿を見た瞬間、それまでも何やら顔を引きつらせていた烹炊員の皆様が、一斉に顔面蒼白になった理由がよく分かる気がする。

 「あら、そうですか?私にとってはこれが普通ですよ」

 食べながら事も無げに答える大和に向かって、恐る恐る秋月が口を開く。普段粗食な彼女だけに、なおさら自分の対極にいる大和のそれは暴飲暴食に映っているかもしれない。

 「あの、大和さん…。いっつもこんな物凄い量の食事、食べてらっしゃるんですか」

 「はい!私、食べるの大好きですから」

 「はぁ…。大和ちゃんの『食べるの大好き』はどう見ても常人の域を超えてるんだよなぁ…。とりあえず、今日は赤城ちゃんと加賀ちゃんが間宮の方に行ってくれてて助かったよ。あの2人まで食べに来てたら、食堂の在庫が文字通り焼け野原になっちまう」

 一同に水を運んできたベテランの烹炊員がため息をついた。ニコニコしている大和とは対照的に、その表情はどこか暗い。あまりに盛りつけの量が多すぎるので、彼は運搬の際もわざわざ補助してくれていた。ちなみに、この「お手伝い」自体は何も大和が来た時には珍しい事ではないらしい。

 「っていうか、それだけの量を毎日召し上がってるのにそのプロポーションって…。大和さんの身体って、一体どんな構造してらっしゃるんですか」

 烹炊員が去った後、秋月が投げかけた問いに大和は「さぁ、どうなってるんでしょうねぇ」と苦笑した。「牛缶やお味噌汁を追加したくらいで、『奮発した』なんて思ってた私が間違ってたのかなぁ」とがっくりと肩を落とす秋月。そんな彼女も、駆逐艦として見ればかなりスタイル的には恵まれている部類に入るのだが。

 「Never mind, アッキー。一人ひとり食習慣や満足できる量は違うからネ。他人と比べてもしょうがないヨ」

 そう言いながら、金剛は横に座っている秋月の頭を撫でた。秋月はそれに抗うでもなく、素直に撫でられたままでいる。

 生存している限り、全員が同じ「特殊戦闘員」という階級に留め置かれる艦娘たちの間では、建前上目上や目下の概念は存在しないことになっている。各々の成績により昇任や降格がある人間の軍人たちとは異なり、彼女たちの場合は在籍年数や艦艇だった時の艦種区分くらいしか上下を決められるものがなく、自分の努力次第でどうにかできるものではないからだ。

 だが、実際にはその艦種区分によってそうした上下関係は自然と形作られているようで、水上艦艇の場合は戦艦を頂点に正規空母、重巡洋艦、軽巡洋艦と軽空母(この両者は概ね同格と見られることが多い)、駆逐艦の順番でヒエラルキーが存在する。戦艦の中でも大和と並ぶリーダー格である金剛の場合、国防海軍への着任が最も早いこともあって「二重の意味で目上」と見なされるべき立場にはいるのだが、本人にはいい意味でその自覚がないのかまるで着飾ったところがない。

 「横須賀鎮守府の中で、はしゃいでいる姿を最もイメージしやすい人物は誰か」というアンケートをとった場合、毎晩20時になると「夜戦の時間だ」と大騒ぎし始める川内よりもさらに多い得票数で、堂々たる1位に君臨するであろう艦娘が彼女だったりするのである。誰に対してもいつもにこやかで、オープンかつフレンドリー。「親しみやすいムードメーカー気質のお姉さん」的な彼女がトップにいることは、少なくとも「目下」に位置づけられる艦娘たちにとってはポジティブなことではあるのかもしれない。

 「おー、毎回思うがまたすげぇ量だな。遠くからでも、お前らがどこに座ってるのかがはっきり分かるぜ」

 ふと、横から男の声がした。一同がそちらに振り向くと、そこには同じくカレーの盛られた皿の乗ったトレーを手にした菊池と尾栗が立っている。声の主は尾栗だった。艦娘たちよりも少し遅れての到着だ。

 「尾栗さん、一体なんばしよったとね?2人ともなんか来るのやけに遅いけん、どうしたんか心配しとったとよ」

 「すまん、ゆきなみ。俺も雅行も遊んでたわけじゃなか。さっき2人とも梅津司令官の呼び出しば受けて、今度の打ち合わせば執務室でしとったと。俺たちにとっては最重要案件だけん、時間ば惜しんどったらいけんとよ」

 ゆきなみの問いかけに、尾栗が同じ九州弁で応じる。尾栗は博多生まれ、ゆきなみは元海自佐世保地方総監部所属で、言うなれば同じ九州人同士だ。普段はどちらも標準語で喋っているが、お互いの出自を知って以降はこの2人の間では故郷の言葉で話すようになっていた。物腰柔らかく丁寧なゆきなみが、人間の軍人に対して敬語を使わずに話すのは極めて珍しいことだ。ちなみに、菊池は尾栗が九州弁を話すところを、彼がゆきなみと知り合うまでは一度も見たことがなかったらしい。

 「今度の打ち合わせ?えっと、再来週の日米独防衛サミットでしたっけ?」

 みらいが尋ねる。彼女の言った日米独防衛サミットとは、日本・アメリカ・ドイツの3か国の安全保障を担当する閣僚が顔を合わせ、今後の国防に関する課題などを話し合う国際会合のことを指す。この3か国がメンバーである理由は、それぞれが太平洋または大西洋地域に出没する深海棲艦に対応するうえでの中核的戦力であるためだ。やはり「海の守り」がテーマとなる今年は日本の帛琉県円極市で開催され、日本からは清川傑防衛大臣の他に防衛省・国防海軍の関係者らが多数参加することになっていた。

 またこのサミットの期間中には、これらの3か国から派遣された艦娘たちによる合同国際演習も行われる運びとなっている。これも毎度の恒例行事的に行われる重大イベントの1つだ。尤も、今回の顔ぶれはまだ公式にはアナウンスされていない状況だった。

 「あぁ、今年は俺たち横須賀が担当だからな。俺も雅行も、その下準備の為に毎日大忙しさ。早く解放されたいとは思っちゃいるが、当分は重圧を背負ったままだろうなぁ」

 尾栗は一転して、標準語で答えながら着席した。一方、菊池も彼に向かい合う形で椅子に腰かける。今8人は、尾栗の側では奥から順に大和、金剛、秋月、尾栗。菊池の側では同じくあすか、ゆきなみ、みらい、菊池の順番で着席していた。少佐2人も手を合わせると食べ始める。

 「しかし、まさか秋月も一緒に食いに来てたとはな。偶然の一致にしちゃ出来すぎだ」

 「偶然の一致?何のことです?」

 大和が不思議そうな顔で尋ねると、尾栗はそちらに顔を向けた。

 「あぁ。実はお前ら全員、今度のサミットで行われる国際演習のメンバーに選ばれたんだ。今回日本から参加する艦娘は計15名。そのうち最初に本決まりになったのがお前らだってわけさ」

 「おい、康平。そういう情報伝達は俺たちじゃなく、梅津少将の口からすべきだろう。いくら派遣メンバーが全員たまたま集まってたからって、上官の発表を待たずに先走って漏らすような真似は感心しないな」

 「いいじゃねぇか、どうせ遅かれ早かれこいつらには伝わるんだ。事前の準備や気持ちの整理をつけるためにも、こういう情報ってのは早めに耳に入れておいた方がいいんだよ」

 真面目な菊池の指摘に対して悪びれない尾栗を尻目に、6名の艦娘たちはお互いの顔を見合せた。まさか、この場にいる全員が演習メンバーに選ばれていたとは。元々今日ここで一緒にご飯を食べようと約束したのも、昨日たまたま入渠ドックでゆきなみ型3姉妹と大和が一緒になり、その会話の中で話がまとまった偶然の積み重ねのようなものなのだ。

 ちなみに、菊池や尾栗が3姉妹と食事などをともにするのは今回が初めてではない。彼女たちの着任以降、2人はみらいとの約束通り度々相談に乗ってくれていた。内容はその時々によって違うが、日常の他愛もない話から艦娘や軍人たちとの人間関係、あるいは戦闘についての真面目な話し合いなど多岐にわたる。

 「サミットの時の演習って、具体的にはどういう内容なんです?」

 みらいが尋ねると、菊池は一度ため息をついてから首を振った。

 「演習の内容は、その年によって違う。そもそも、防衛サミットは何も海軍に限った話じゃなく、陸軍や空軍といった他の軍種も含めたテーマを年度によってローテーションしているんだ。まぁ、多国籍演習とあって日米独3か国の海軍が一同に会する機会だ。それぞれの連携に主眼を置いたメニューにはなるだろう。俺が言えるのはここまでだな」

 「むう、どうせ分かることなら今のうちに教えてくれたっていいのに。…、ケチ」

 あすかが口をとがらせる。

 「仕方ないだろう、これは国同士の複雑な調整によって決まる話だ。日本側にしたって防衛省をはじめ、外務省や国土交通省など複数の省庁が下準備には絡んでいる。慎重に事を進めなければならない以上、不必要に予断を許すようなことを言うわけにはいかん」

 「まぁまぁ。Calm downネ、あすか。演習に参加できるって教えてもらっただけでもラッキーだヨ。たとえどんな内容になったとしても、対応できるように準備するだけネー」

 金剛がそう言って事も無げに笑う。横須賀はもちろん、日本国防海軍全体を見ても最古参の部類に位置づけられる彼女は、この手の国際演習には毎回呼ばれている。そんな彼女と、今回が初参加となるみらいたちでは当然心持は違うが、金剛のこういう余裕は見習いたいところだ。

 「そういや、ゆきなみ型の3人は海外艦娘との作戦行動は初めてだろ?まぁ今回は演習とはいえ、他国の海軍と一緒に動くのは色々と刺激になるぜ。せっかくの機会だ、楽しみに待っとくといい」

 「海外艦娘かぁ…。一体どんな人たちなんだろうなぁ」

 みらいは尾栗の言葉を聞きながら呟いた。海外と言えば、彼女も実戦配備前に満州に船団護衛で一度渡ったけれど、そもそも満州の場合は海軍を持つ必要性が薄い国であるがゆえに、彼の地には残念ながら艦娘はいなかった。したがって、他国の海軍に所属する艦娘の存在は以前金剛から聞かされて知ってはいたものの、実際に彼女たちと接する機会はサミットの時が初となるのだ。

 「そうねぇ。確かに私も海外艦には会ったことがないから、楽しみではあるわね。今から聞かされたら、待ちきれなくて夜も眠れなくなりそう」

 「もう、ゆき姉ったら」

 ゆきなみのおどけた一言をあすかがたしなめたのを合図に、6人の艦娘たちは一斉に笑い声をあげた。が、みらいはそこで何かに気づく。

 「あれ。菊池少佐と尾栗少佐、なんか急に浮かない顔してますけど、どうしたんです?」

 見ると、2人の将校は何やら意味ありげな表情で黙りこくっている。尾栗など、先ほどまでの饒舌さが嘘のようだ。一体どうしたのだろう。

 「ん?ああ、いや。まぁ、ちょっとな」

 彼女の声に気づいた尾栗が、何やらバツが悪そうに頭をかいた。

 「実は、今のゆきなみの言葉にちょっとばかり引っかかる点があってな」

 「えっ?尾栗さん、どがんしたと?うち、なんかおかしかこつ言うた?」

 ゆきなみがその言葉に首を傾げる。

 「いや、お前今『待ちきれんで夜も眠れんごとなりそう』言うたやろ。俺が引っ掛かったんはそこばい。多分、雅行も同じこつば考えとうごたーね」

 「なんだ康平、やっぱりお前もそうだったのか」

 多分俺と同じことを考えているんだろう、と名指しされた菊池が顔を上げる。

 「あぁ。実を言うと、ここ最近あまりよく眠れてなくてな」

 「眠れてない?サミットのことで考えるべきことが多すぎて、ってことですか?」

 秋月の問いに、尾栗は首を振った。

 「いや、それならまだいいんだが、実はそうじゃねぇんだ。最近、たまに夜中に妙な夢を見ることがあってな」

 「俺もだ。同じ内容の夢をこのところ何度も見てる。しかも、夢にしてはやたら現実感がある内容でな」

 「妙な夢…?」

 怪訝そうな表情をしたみらいに対し、まず菊池が自分の見た夢の内容をとうとうと語り始める。闇の中で突然鳴り響く武鍾と、それに続いて眼前に広がる駆逐艦らしきCIC内部の光景。何故か発射装置の前にいて、正体不明のアメリカの艦船に向かって勝手にアスロックをぶっ放す米倉。そして、それを即座に咎めるもう1人の自分…。

 それが終わると、今度は尾栗の番だ。どこか得体のしれない南の島に佇んでいる時、突然横でみらいのイージスシステムがどうだと口にし始める謎の男。ヘッドセットから聞こえる菊池と梅津の会話。大和のそれと思しき3発の発砲音、そしてシースパローと徹甲弾の衝突と大爆発…。

 みらいはその2つの物語を、目を閉じたまま黙って静かに聞いていた。その脳裏には、艦艇だった時の記憶が色鮮やかに蘇っている。どちらも、彼女にとっては驚くべきものではない。何故なら彼らが語った2つの物語は、みらいがかつて実際に経験したものであったのだから。そしてこの場には奇しくも、2つ目の物語におけるもう1人の登場人物が列席していることを忘れてはならない。

 「懐かしいですね…。尾栗少佐のお話に出てきた発砲の場面、今でもよく覚えていますよ。それにしてもまさか、私の初めての戦闘が尾栗さんの夢に出てくるなんて、なんだか不思議ですね」

 一通り話を聞き終わった後、大和が何やら懐かしそうな目で呟いた。

 「懐かしいってまさか、俺の夢に出てきたのは本当に現実の出来事だったのか!?」

 驚きの表情を浮かべた尾栗に向かって、大和は力強く頷いた。

 「間違いありません。艦艇だった時の私が初めて出撃を命じられ、ガダルカナルの地でみらいと対峙した時の水上戦闘です。当時は、山本五十六司令長官を筆頭に黒島亀人首席参謀、宇垣纏参謀長といった旧海軍の指導的立場にあった方々も私に乗っておられました。みらいが私の砲弾3発を対空ミサイルで撃ち落とした件も含め、全て史実通りです」

 「ガダルカナル…!?何で俺やみらいがそんなところに?」

 尾栗のその問いが、みらいがそれぞれの「夢」の答え合わせを始めるきっかけとなった。当時、自分のクルーがガダルカナルに上陸していたアメリカ海兵隊第1海兵師団を撤退させ、彼の地での日米の戦いを未然に防ぐことを目的とした人命救助活動にあたっていたこと。米軍の補給物資である小麦粉に無弾頭のハープーンを誘導する為、臨時に組織された海自の陸戦隊が島に上陸しており、その一員として尾栗三佐も選抜されていたこと。

 一方、菊池の夢に出てきたのは艦艇だった頃の自分のCICであり、襲ってきたのは米潜水艦ガードフィッシュであったことも彼女は口にした。当時の米倉一尉の持ち場はCICのNo.2にあたる水雷長であり、彼があの場にいたそれ自体は何ら不自然ではないことも。

 「ちょっと待て、お前の話はどちらも今から70年も前、俺たちが生まれる遥か以前に起きたことのはず。それを経験したのは自衛官であるお前の元乗員たちであって、今ここにいる国防海軍軍人の俺たちじゃないだろう。なのに、何故俺たちがそれを夢という形で追体験したんだ?」

 「それが、お2人にとっての前世の記憶だから、ということじゃないんですか。ちょうど、私たちが船だった時の自分たちを思い出すように」

 「前世の記憶、だと?そんなことを言われても、俺にはどうも腑に落ちん」

 みらいの問いかけに、菊池は混乱したように首を振った。

 「もし仮に、この世に生まれてくる前のもう一つの人生というものがあったとしても、俺たちはその記憶を引き継いで生まれてくるわけじゃない。自分が生まれてくる前の出来事を、まるで昨日のことのように語るような術を俺たちは持ち合わせてはいないんだ。そこが、俺たち人間とお前たち艦娘との間にある決定的な違いだ」

 菊池は言葉を続けた。艦娘は誰しも、この世に蘇る前の艦艇だった頃の記憶を色鮮やかに受け継ぎ、その遥か彼方の「過去」をも自分事として捉えつつ「現在」と「未来」を見つめることが出来る。だが人間は違う。何故なら、自分たちが主観的に捉え語れる出来事はあくまでも自らが生を受けて以降に見聞きした物のみであって、生まれる前に起きた事件は歴史の一部分としてしか認識出来ないからだ。そこがある意味、人間であるが故の限界であるとも言える。

 人間も艦娘も、同じ生身の肉体や五感や感情を有する者同士としてお互いを認め合ってはいるが、この点においては明確に異なる存在としてこの世に生きている。だからこそ、自分は艦娘たちとの間に一線を引いているのだと。

 「みらいと大和は、俺や康平が見た夢の内容を『実際に起きた出来事だ』と言った。ゆきなみ型の着任を機に、それまで機密として伏せていたという海上自衛隊関連の情報を明らかにした国防海軍上層部も、俺たちがかつてのみらい乗員の生まれ変わりであると言ってる。それなのに当事者であるはずの俺たちは、その話をどうしても自分事として実感することが出来ず、どこか腑に落ちないままでいるんだ。一体何なんだ、これは…」

 

 「菊池少佐、柄にもなく取り乱してらっしゃいましたね。普段はあそこまで感情を露にするタイプの方ではなかったと思うんですけど…」

 半分ほどが空になったガラスをカウンターに置き直しながら、秋月が呟いた。今、6人の艦娘たちは食事を終えてエンデバーへと移動している。それぞれが思い思いのドリンクを注文し、みらい、金剛、秋月の3人はあのソルティーブルーの注がれたグラスを手元に置いていた。

 だが、かつて着任前にみらいにその一杯をごちそうしてくれた2人の将校は、この場にはいない。結局、菊池はその後も気分を落ち着かせられないまま、食事を済ませると「頭を冷やしたい」と早々と自室へ戻ってしまった。その付き添いとして、尾栗の方も「2次会」には付き合うことなく食堂を去った。菊池とは対照的に気さくに艦娘たちとも接する彼らしく、「せっかくの誘いに最後まで付き合ってやれなくて済まん」と何度も詫びながら。

 「そうでもないわよ。彼、確かに普段は冷静沈着だけど場面によっては結構感情的になる人だから。同じ顔をした別人だと思ってたけど、今の彼はあの口調や雰囲気と言い、何もかもが自衛官の時のまま。尾栗少佐にしてもそう。私、いまだにふとした瞬間にあの人たちのことを少佐じゃなく『三佐』って呼びそうになるんだから」

 みらいは答えた。確かに私たち艦娘と違って、あなた方人間にとっては生まれ変わりなんて非科学的以外の何物でもないかもしれない。そんなあなたは信じられないと言うけれど、少なくとも私の目から見たお2人はそういう風にしか見えないんです。だって、あの日を一緒に生きた彼らとあなた方は、あまりにもそっくりなんだから。

 「しかし、菊池少佐が私たちに問いかけたことは、ある意味自分たち艦娘にとっては重い意味を持つものなのかもしれませんね」

 そう口にしたのは大和だった。一同の目がそちらの方に向く。

 「私たち艦娘は、誰もがかつて一度は戦闘艦であったという鮮烈な記憶を宿しながらこの世に生まれ、それをごく当たり前のこととして捉えています。私自身も含め、艦娘として生きる人生はある種自分たちの『前世』に縛られている面もありますが、その点に関しては皆さん『そういう運命なのだ』『これが自分の持つ使命だから』と割り切って生きておられると思う」

 大和はそこまで言うと一度大きく息を吐きだした。

 「ですが、彼ら人間がもし私たちと違って自分の前世を明確に知覚できない存在であるとするなら…。今の菊池少佐や尾栗少佐は、自分自身が直接見聞きしたわけではない『過去』に縛られていることになります。生まれてくる前の記憶を引き継いでいないのに、そこに束縛されてしまうというのは彼らにとって幸せではないでしょうね」

 「大和さん。もし、お2人が今抱えておられる悩みから解放されるとしたら、その手立ては果たしてあると思いますか?」

 ゆきなみが尋ねるが、大和は依然として思案顔だ。

 「分かりません。恐らく、本当の意味で彼らが今の苦悩から解放されるためには、彼らも自分が生まれる前の出来事にまつわる記憶を思い出し、その延長線上に今の自分たちが生きていることを自覚するという作業が必要なのだろうとは思いますが…。果たしてそんなことがそもそも可能なのかどうか、可能だったとしてどう思い出すべきなのか」

 「Difficultな問題ネー。私には答えを簡単には出せそうにないヨ」

 ため息をついたのは金剛だった。

 「私たち艦娘にとっては、船だった時のことを思い出すのなんてあまりに当たり前すぎる行為だものね…」

 みらいは呟いた。ガラスの中の氷がカランという音を立てる。

 そもそも、自分たち艦娘だってよくよく考えれば不思議な存在だし、その人生の意味だって謎に包まれているのだ。「艦娘として、自分がこの世で果たすべき使命は何か」と問われれば「愛する祖国である日本を深海棲艦から守ることだ」と、「何故他の誰かではなく自分がその使命を負っているのか」と問われれば「自分が前の世で艦艇として生きていたからだ」と艦娘誰もが明確に答えうるだろう。それがさも当然であるかのように。

 しかし、「では何故戦闘艦として元々生まれてきた自分の魂が、その記憶を引き継いだまま人間と同じ生身の肉体に受け継がれてきたのか」という問いには、恐らく答えられる者など存在しないだろう。仮にそう仕向けた存在がいたとしてそれは一体誰なのか、その思惑に従って生きている我々艦娘とは、実際のところ何者なのか。

 もし将来、自分たちの帯びた使命を果たす時が仮に来たとして、自分たちはその後どう生きていけばいいのか。そもそも、役割を終えた自分たちはその後も変わらずこの世に生き続けられるのだろうか。ここまでくれば最早哲学の領域である。しかし、この世に艦娘として生まれてきた以上はそこを問い続けなければならないのだろう。

 「艦艇として生きた前世を見つめながら、艦娘として今のこの世を生きる、か…。自分たちがこの世に生まれ変わった意味って、一体何なのかしらね…」

 いつもの喧噪の中に、そのどこか空虚な問いかけはゆっくりと消えていったのだった。




大和や赤城や加賀のような綺麗なお姉さんたちとのデートは、おそらく提督諸氏にとっては憧れのイベントであることでしょう。ただし、我が国における飲食産業の行く末を気にするなら、くれぐれも彼女たちをバイキングなどに連れて行ってはなりません。3人の満足そうな笑顔と引き換えに、もれなくその店は轟沈に追い込まれます(白目)

前半はそんなギャグっぽい描写も交えて明るい雰囲気になりましたが、後半は哲学的というかだいぶシリアスな形になりました。原作の艦これではストーリー描写があってないようなものなので、艦娘一つをとっても人によって様々な解釈が可能になってはいるのですが、実際のところ謎な部分は多いのが実情ではあります。一応、今作なりの一つの「答え」が提示できるよううまい事まとめたいとは思っている次第です。

次章からはいよいよ彼らの会話にも出てきた「日米独防衛サミット」絡みのストーリーに入ります。実は本作のクライマックスでもあるので、読み応えのある作品目指して頑張りたいと思います。最終話まではまだもう少しありますが、どうか最後までお付き合いください。それではまたお会いしましょう。

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