鎮守府のイージス   作:R提督(旧SYSTEM-R)

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どうも、SYSTEM-Rです。今回は予告通り、原作艦これにはない新要素を出そうと思います。そして新たな艦娘を含む新キャラとともに、久しぶりに「あの人」が帰ってきますよ。それでは早速どうぞ。


第六章:パラダイムシフト(中篇その2)

 ”What's up, Katsuhiro. Are you doing fine in the States now? (どうだいカツヒロ。アメリカでの生活には慣れたかな?)”

 アメリカ太平洋軍司令官、マイケル・テイラーは親しみを込めた口調で語りかけた。その言葉に、岩城はメガネのズレを直しながらぼやく。普段はサングラス姿がトレードマークだが、流石に同盟国の司令官にお呼ばれした立場ではそうもいかない。

 ”Well, I would say yes for my first foreign stint. Don't like to be bothered by these fucking ceremonies though. (まぁ、おかげさまで初めての海外生活にしちゃ、何とかってところかな。何かと固苦しい式典に参加させられるのだけは勘弁だが)”

 ”Haha, never mind my friend. You've been here as an representative of your country. I understand that it's not a favourable one for you, but stay calm. (ハッハッハ、仕方ないさ。君はある意味、貴国を代表する立場として我が合衆国に滞在してるんだ。性に合わんのは理解するが、ある程度は我慢してくれたまえ)"

 ここはニューヨーク市ブルックリンにある、ブルックリン海軍工廠。史実では1966年に閉鎖され商業施設として改装されているが、この世界では現代に至るまで米海軍の主要な施設として用いられ続けている。深海棲艦の出現によって太平洋側の制海権が脅かされるようになってからは、東海岸に位置するこの施設の重要性はより高まった。

 岩城は首席駐在武官としてニューヨークにやってきて以降、在米日本大使館に勤務しながらこうした海軍施設にも出入りし、情報収集や交流といった業務に従事していた。時には国境を越え、兼轄する隣国カナダにも足を運ぶことはあるが、やはり主たる根拠地となるのはアメリカの方である。

 その仕事を通じて交流を深めるようになったのがテイラーだ。かつてアリューシャンの地でみらいと対峙した戦艦ノースカロライナの副長だった、ウィリアム・テイラー中佐の孫にあたる。本来は西海岸に足場を置いている彼だが、上述の事情もあってニューヨークに顔を出す機会も多い。そこで岩城と知り合い、同じ太平洋地域の国防を担う者同士として行動を共にするようになった。階級上はテイラーの方が上だが、今ではファーストネームで「マイク」「カツヒロ」と気軽に呼び合う仲だ。

 "By the way, why the hell did you called me here today, Mike? What's the stuff you wanna show me? (それにしてもマイク、今日はまたずいぶん改まった様子だがどういう用件だ?見せたいものがある、と俺をわざわざ呼び出すとは)"

 2人は今、工廠内の廊下を並んでどこかに向かって歩いている。岩城の問いにテイラーは直接答えることはなく、逆に質問を投げかけてきた。

 "Hey, what was the name of these Kanmusu sisters you've told me before? The girls who carries the Aegis system… (前に君が言っていた艦娘の3姉妹、名前は何と言ったかな? ほら、イージスシステムを積んでるとかいうあの…)"

 "Oh, the Yukinami sisters. Yukinami, Asuka and Mirai. (あぁ、ゆきなみ型3姉妹のことか。上からゆきなみ、あすか、みらいの3人だ)"

 "Ah, yes. Mirai. That was her name. They says that my grandpa who was managing North Carolina was made a fool of by her. I can't believe that she has revived as Kanmusu after 70 years. (そう、みらいだ。思い出したよ。ノースカロライナに乗っていた俺の爺さんも、艦艇だった時の彼女には散々翻弄されたらしい。まさかそいつが今、70年後に艦娘として生まれ変わってるとはな)"

 テイラーは含み笑いを漏らしながらそこまで言うと、不意に話し言葉を英語から流暢な日本語に切り替えた。

 「日本は俺の母親が生まれ育った国だ。俺たちアメリカ人にとっては大切な同盟国であり、そしていつだってこちらの想像を超えたやり口で自分たちを出し抜いてくる、そういう国でもある。あの戦争の時だってそうだったし、艦娘としてのゆきなみ型だってそうさ。艦艇向けのイージスシステムを作ったのは元々俺たちだっていうのに、それを積んだ艦娘を3隻も建造して運用し始めるなんて誰が考える?正直、俺は君たち日本人だけは敵に回したくないね」

 「そいつはどうも。しかし、最後の言葉はアメリカ合衆国海軍大将閣下の言葉としちゃ、頼りなく聞こえちまうんじゃねぇか。全く、人に聞かれたくない話になった途端日本語に切り替えてくるとは、日米ハーフの脳みそはずいぶん都合よくできてるもんだな?」

 岩城もすかさず日本語で応じる。

 「馬鹿言え、何も俺がハーフだからバイリンガルになれたわけじゃない。確かに母親の恩恵も多少はあるが、これでも相当勉強したんだぞ?国際言語としては英語の地位の方が上だが、艦娘たちの間じゃどういうわけか日本語が共通語だからな。艦隊を預かる指揮官としては、日本語でのコミュニケーション能力は必要な素養でありツールだよ」

 テイラーはそう言って肩をすくめると、不意にニヤリと笑った。

 「まぁ、それはともかくとして君の質問に答えよう。たまには、そんな偉大な同盟国の友人たちを我が合衆国が出し抜く側になってもいいだろう、と思ってな」

 「…、あん?」

 テイラーの言葉の意図が分からず、首を傾げた岩城の前に何やら重厚な扉が現れた。「No trespassing (無断立ち入り禁止)」のサインが掲げられたその前に、ひときわ目を惹く姿の女性が立っている。彼女の出で立ちは、この施設内で働く地味な作業服姿の工員たちとは一線を画すものだ。

 美しい金髪ロングに、星を浮かべた灰色の瞳。大きく大胆に開いた胸元からは、自己主張の激しい胸部装甲がこぼれ落ちそうになっている。肥満体国アメリカらしからぬ締まったウエストはへそ出しルック。ストライプ柄のタイトスカートからはガーターベルトが伸び、これまたストライプ柄で左右色違いのサイハイソックスに繋がっている。その見た目は、いかにもステレオタイプなアメリカンガールといった風だ。

 「Hi, Admiralにカツ。こっちこっち!!」

 その艦娘がフレンドリーな笑みを浮かべながら手招きする。彼女は岩城のことを、「カツヒロ」よりもさらに縮めて愛称の「カツ」と呼んでいた。単純にその方が発音しやすいというのが理由らしい。

 "Sorry Iowa. Katsuhiro was involved in a traffic jam during his arrival from the embassy. You’ve waited for so long, right? (すまんな、アイオワ。カツヒロが、大使館からここに来るまでに渋滞に巻き込まれたらしくてな。だいぶ待たせてしまったか?)"

 テイラーが尋ねたのに対し、アイオワ級戦艦1番艦『アイオワ』は首を振った。

 "No problem! Anyway, I have to wait until the work ends up. (どのみち作業が終わるまでは、meは待たされる側だから)"

 "Work? What the hell are you talking about? (作業?一体何の話だ?)"

 首をひねった岩城に対し、アイオワは一転して日本語で答えた。テイラーの話すそれと比べると、彼女の日本語はやや英語訛りが強く感じられる。

 「私の艤装、今ちょうど改修作業中なの。まぁ、もうすぐ終わるけどね。今は最終フェーズでチェック作業中よ。Admiralはその改修した艤装を、カツに見せたいんだって」

 「改修?お前の装備は、確か16インチ三連装砲 Mk.7と5インチ連装砲 Mk.28 mod2だったはずだな。まさか、それ以上とんでもないもんがそこに乗っかるってのか?」

 「海外艦の装備の名前がスラスラ出てくるとは、流石カツヒロだな。まぁ、何が加わるかは実際に自分の目で確かめるがいいさ」

 テイラーは何やら意味深な笑みを浮かべると、扉の脇に設置されたセキュリティシステムに自分の右の掌を当てた。彼の指紋や手相が即座に登録されたデータと照合され、それまでともっていた赤色のランプが「ピピッ」という音とともに緑色に変化する。それを確認すると、テイラーはドアノブに手をかけた。重い扉がゆっくりと開いていく。友人である太平洋軍司令官に促され、岩城はその中にゆっくりと足を踏み入れたのだった。

 

 執務室の電話が鳴り響いたのは、今日で一体何回目だろうか。今日はいつにもまして忙しく、鎮守府のあちこちから報告が上がる機会も多い。梅津は内心多少うんざりしつつも、受話器を取るとそれをなるべく声色に出さないよう努めた。

 「梅津だ」

 「総務課です。遅くに申し訳ございません。ニューヨークの日本大使館より、岩城勝啓少将から国際電話が入っておりますが、お繋ぎしてよろしいでしょうか?」

 「岩城から?分かった、繋いでくれたまえ」

 そう答えると、まもなく受話器の向こうから後輩の声が聞こえてきた。その声色は、何やら興奮しているのか普段より上ずっている。

 「梅津さん、岩城です。遅い時間に申し訳ない」

 「いや、構わんよ。こっちはもう22時を回ってるが、まだしばらくは残務処理で起きてなきゃならんのでな」

 梅津はそう答えると、「やけに声が上ずっているが、どうした?」と尋ねた。

 「どうしても、いち早くお知らせしたいビッグニュースがありましてね。ただ、その前に一点確認しときたいことが。みらいたちはこのところどうしてます?」

 「あぁ、相変わらずよくやってくれとるよ。評判に違わず、実に優秀だ。尤も、優秀すぎるが故の困りごとも起きてきてはいるがね」

 「優秀すぎるが故の困りごと、ですか」

 「あぁ。既存の艦娘たちと比べて性能が高すぎるせいで、艦隊行動をとる上でもつり合いが取れなくなって来とるのだ。元々戦闘のやり方自体が違うしな」

 梅津の言葉は、その口調よりもずっと深刻なテーマだった。みらいたちゆきなみ型は、60年分の技術格差の恩恵に浴しているおかげで、大戦期仕様の艦娘たちを遥かに上回る戦闘能力を有している。それ自体は日本国防海軍にとってポジティブな要素だ。

 しかし、戦争は何もそれぞれの艦艇が1対1で戦うわけではない。あくまでもチームワークに根差した艦隊行動が原則である。ところがゆきなみ型をいざ艦隊に組み込もうとすると、戦闘スタイルがあまりに異なるためにどうしても歪な点が生まれてしまうのだ。

 再三述べている通り、イージス護衛艦は装甲を犠牲にして射程と砲撃精度に特化した設計になっているため、みらいたちはどうしても敵から距離をとった状況で戦いたがる。中でも、艦艇時代にコンテナ船にぶつけられて沈んだ過去を持つあすかは、その傾向が特に強かった。「やられる前にやる」が鉄則である彼女たちにとって、敵が目視できる範囲にいる状況での戦闘はあまりにリスクが高すぎて、絶対に避けるべき悪手なのだ。

 ところが既存の艦娘たちの場合、逆に相手の姿が視認出来ていなければそもそも戦うことが出来ない。戦時中仕様の彼女たちの兵装の場合、目視できていたとしても当たるかどうかはその時次第なのだ。みらいたちにとってはとっくに過去の遺物である「命中率」が今なお問題とされる時点で、如何にそれがシビアな話かが窺い知れる。

 その為、特にみらいが外征を伴う作戦に加わった場合には、彼女がまだ遥か遠くにいる敵を一方的にアウトレンジで叩いて沈める一方、僚艦たちは後ろの方でその様子をただ突っ立って見ているだけというパターンが目立つようになっていた。しかし、新東京急行の時のように僚艦の攻撃装備に限りがある時ならともかく、十分に備えがある時でも戦果を独り占めされては本来上がるべき練度も上がらない。それが面白くないという艦娘たちの姿も、チラホラとではあるが見えるようになっている。

 幸い、平時の3姉妹は他の艦娘たちに対する人当りや面倒見もよく、どちらかと言えば好かれる人柄であるために人格攻撃を受けるまでには至っていない。だが、艦娘たちの社会は女同士かつ個性派揃い。些細なきっかけでいつ地雷が爆発するかもしれないのだ。これは梅津をはじめ、多くの国防海軍軍人たちが近頃頭を悩ませている問題だった。

 「まさか、60年分の技術格差がこんな問題を引き起こす羽目になるとはな。それぞれの能力の違いは理解しているつもりだったが…。全く頭の痛い話だよ」

 そうぼやいた梅津に対し、岩城は「まぁ確かに難儀なことですが、いずれは起きえた話でしょうな」と相槌を打った。

 「ただ、そういう状況があるってことなら話は早いかもしれない。梅津さん、アメリカは新しい手を打ってきましたよ。戦艦娘アイオワ、ご存じでしょう?」

 「あぁ、アメリカ太平洋軍の中核戦力として位置づけられている艦娘だったな。そのアイオワがどうかしたのか?」

 梅津が尋ねると、岩城は不意に声を潜めた。

 「つい先ほどマイク、もといマイケル・テイラー大将に連れられてブルックリン海軍工廠での改修作業を見てきたんですがね。驚きましたよ。あいつら、とうとうアイオワの艤装にトマホークとハープーン、それにCIWSを載せることに成功しやがった」

 「…、なんだと?」

 冷静沈着な梅津も、これには思わず目を丸くした。

 「艦娘仕様のその手の兵装は、ゆきなみ型3姉妹の専売特許だったはずだろう。まさか、国防海軍から設計図を横流しした者がいるのか?」

 「俺も最初はてっきりそういうことなのかと思ったんですが、どうも違うらしい。テイラー曰く、米海軍自身が軍事企業と協力して自分たちで1から作り上げたそうです。しかも今挙げた物以外にも、開発に成功した艦娘向け兵装がいくつもある、と」

 「技術の国と呼び声高い我が国を、アメリカがとうとう艦娘向けの兵装開発技術で追い抜いた、そういうことか」

 「そういうことですな」

 岩城はそう答えると、「ただ」と付け加えた。

 「テイラーによると、アメリカは何もその技術を独り占めするつもりはないらしい。無論タダでとはいきませんが、同盟国である我が国に対してもこちらからの要請があれば、技術供与の用意があると言ってきてます。かつて、艦艇向けイージスシステムを我々国防海軍に売ってきた時と同じようにね」

 「ふむ…」

 梅津は受話器を右頬と肩で挟んだまま腕を組んだ。今まで、みらいたち固有の装備だとばかり思ってきた艦娘向けの現代兵装。かつて日本でも散々検討し実験も繰り返したものの、実現には結局至らなかったというのに、まさかそれが本当に現実のものになる日が来るとは。問題はその技術供与を受けるにあたって、果たして予算がいくらかかるのかという点だろう。どう楽観的に見積もっても悪い予感しかしないが。

 「梅津さん、我々国防海軍が今抱えている問題を解決するにあたって、これはまたとない絶好の機会ですよ。この平成の時代に起きる戦闘において、太平洋戦争当時の武装にいつまでも頼らざるを得ないなんてことがあっちゃいけねぇ。技術の進歩は、艦娘向けの装備にだって絶対必要なもののはずです。とにかく、明日にでも防衛省に掛け合ってください。必要な資料はこっちからいくらでも送りますから」

 岩城の言葉は、かなり熱を帯びたものに変わっていた。

 「もう一回、ガチで本腰入れて取り組んでみましょうよ。()()()()()ってやつに!!」

 

 かつて日本国防海軍が挑戦し一旦はとん挫した「現代化改修プロジェクト」は、思わぬきっかけにより再開されることとなった。艦種を問わずゆきなみ型を除く全ての艦娘が対象とされたが、中でも主要なターゲットと位置付けられたのは、とりわけ攻撃能力の底上げが急務と目された駆逐艦や軽巡だ。この2つに分類される者は、結果の成否はともかくとして全員が一度は現代兵装との相性を試すよう、義務付けられることとなった。

 この結果、駆逐艦の大半は自分の兵装を現代向けのものに換装することが決定される。これまで彼女たちが使っていた127mm単装砲は、みらいたちと同じオート・メラーラ54口径127mm単装速射砲、もしくはアメリカから技術供与された5インチ単装砲に取って代わられることとなった。ホーミング機能付きの最新版に付け替えられた魚雷や、数百キロ先まで見渡せるようになったレーダーと合わせ、これまでとは比べ物にならないほどの性能は彼女たちからすれば感涙ものと言っていいだろう。同様に巡洋艦や空母、潜水艦といった艦種にもこうした改装は順次施されていった。

 一方、現代化改修に困難を伴ったのは戦艦勢だ。そもそも、史実においては湾岸戦争で完全にその役目を終えている戦艦は、現代兵装を搭載することを想定した設計にはなっていない。前述の艦種とは対照的に、彼女たちの改造にはみらいたち3姉妹もなかなか上手いアドバイスができず、ジレンマに頭を悩ませることとなった。

 主砲をそのまま温存すると、射程が短すぎてミサイルを積んだ他の艦娘たちとの釣り合いがとりにくい。かと言って全ての主砲を換装してしまえば、今度は最大の強みであるせっかくの高火力が生かせない。結局思案が重ねられた末、戦艦に関してはアイオワの改修を参考に主砲の発射システムを残しつつ、副砲だけをトマホークやハープーンに置き換える新旧射撃システムの併用方式が採用されることとなった。

 ところで、このプロジェクトの実施に際して手が加えられたのは装備だけではない。兵装の現代化に伴って戦闘のやり方が変わった結果、各種号令にも変化が生まれたのだ。

 例えば、射撃号令である「撃ち方始め」。これまでは「撃ち方始めぇっ!!」や「撃ち方ー、始めっ!!」のように、セリフは同じでも旗艦が誰になるかによって節回しがバラバラで、統一感に欠けるうえにタイミングが図りにくいきらいがあった(「撃ちます、Fire!!」とか「Burning love!!」と叫ぶ金剛のように、中にはそもそも「撃ち方始め」とすら言わない者さえいたのだ)。みらいたちの着任前には統一が試みられたこともあったが、では誰のセリフに合わせるのかという点で議論がまとまらず、結局放置されていた経緯がある。

 それが現代化改修を経て、みらいたちがかねてから使用していたのと同じ節回しの「撃ちー方始めー!!」に統一された。元々、独特の訛りを面白がって真似する艦娘たちも少なくなかったうえ、何より彼女たちが残してきた戦果が圧倒的だったこともあって、ここはすんなり話がまとまることになる。かつての大騒ぎぶりが嘘のようだと、決定された際には多くの軍人たちが驚きを隠さなかった。

 また、既存艦娘の中では川内がいち早く受け入れていた「対水上戦闘用意」という号令も、艦隊全体の攻撃射程が伸びたのに伴って一般化するようになった。これまでも対空と対潜においては同様の号令が既に用いられていたが、そこに新たなワードが加わった格好だ。尤もこれまで主流だった砲雷撃戦の号令が完全に駆逐されたわけではなく、遠距離で敵艦隊を捉えた場合にはまず「対水上戦闘用意」が下令され、両者が目視距離まで近づいた場合は改めて「砲雷撃戦用意」の号令がかかるようになった。

 特定の艦娘だけがずば抜けた能力を持つ状況では恨み言も生まれるが、横須賀鎮守府だけでも全員がある程度同水準の能力を持って戦えるようになれば、そういった不平不満の余地もなくなる。いつ爆発するかと心配された地雷原は、いつの間にか安心して遊びまわれるクリーンな大地へと姿を変えていた。そして、国防海軍の関係者たちはとても有意義な発見をすることとなる。現代化改修のプロセスを経た艦娘たちの中でも、特に素晴らしい相性を示した者が横須賀にはいたのだ。

 

 「教練対空戦闘、CIC指示の目標。主砲、撃ちー方始めー!!主砲発砲!!」

 その声に合わせて、主砲が勢いよく火を噴く。眼前に展開しているのは、深海棲艦の艦載機に見立てた九七式艦攻の航空隊18機だ。それが、息をつく暇もなく立て続けに砲撃を受け、海の藻屑へと消えていく。接敵から全機撃墜までわずか25秒、まさにあっという間の早業だ。元々対空戦が長所という点を差し引いても、()()()()()()()()使()()にしては大したものである。

 「流石ねぇ…。まだ換装して間もないっていうのに、こんなに早々と使いこなしてみせるなんて。よほど相性がいいのかしらね」

 「まぁ、ある意味海自護衛艦の祖先みたいなものだしねぇ。実際名前を引き継いでいる子たちもいたし。それにしても適応は早いけどね」

 「えへへっ、ありがとうございます。今までの装備と比べて凄く使いやすくて、驚きましたよ。私、なんだかもっと強くなれた気がします」

 ゆきなみとあすかが感嘆の声を漏らすその横で、秋月は嬉しそうに笑みを浮かべた。今、3人は秋月が舞鶴で行った対空戦闘演習の様子を撮影した映像を、一緒に横須賀の映像資料室で眺めているところだ。同じ部屋には、彼女たち以外の艦娘も顔を揃えている。

 秋月は、現代化改修プロジェクトにおいて最も恩恵を受けた艦娘と言えるかもしれない。元々彼女が使っていたのは、「10cm高角砲+高射装置」「61cm四連装(酸素)魚雷」「25mm連装機銃」の3つ。それが現代化改修を経て、「Mk.45 62口径5インチ単装砲 mod.4」「68式三連装短魚雷」「ファランクスCIWS Block1A」にそれぞれ換装された。加えて32セルのMk.41 mod.29 VLSも新たに整備され、アスロックやシースパローによるミサイル攻撃も可能となった。

 さらに、史実では彼女の名を受け継いだ海自のあきづき型護衛艦にも搭載されている、「FCS-3A」という最新鋭の射撃指揮システムまで搭載。これによって、ゆきなみ型3姉妹に対して向かってくる対空目標に対応する「僚艦防空」が可能となり、彼女たちのバックアップ役として立ち回ることが出来るようになった。言うなれば、防空駆逐艦である初代秋月をベースに汎用護衛艦あきづきを艦娘として建造するのに成功したようなものだ(護衛艦あきづきの場合は、シースパローの代わりにその発展型であるESSMを備えているが、残念ながらそこまでは再現しきれなかった)。

 彼女の場合、元々火力が低い分を圧倒的な対空・対潜性能によって補うという戦闘スタイルであることから、イージス艦のそれに近い性能を持っているであろうという分析はされていた。とは言え、これほどまでにアッサリと使いこなすとは大したものだ。結局彼女自身はイージスシステムを積むことはなかったが、これだけ装備が強化されたなら十分と言えるだろう。戦闘において「艦隊防空はゆきなみ型、僚艦防空は秋月」というすみ分けが出来たことを考えれば、むしろこちらの方が正解かもしれない。

 「ゆきなみ型の次は、秋月にまで煮え湯を飲まされるとは。いくら演習用に旧式の航空隊を使っていたとはいえ…、頭に来ます」

 彼女たちの横でそうボソッと呟いた加賀は、明らかに憮然としていた。表に出すことは少ないものの、人一倍負けず嫌いな彼女にとっては確かに、この演習での自分の姿は見ていて面白くないものではあるだろう。

 「まぁまぁ加賀さん、今回は実戦形式の演習じゃなかったわけですし」

 赤城が苦笑いしながら相棒をなだめる。そんな彼女たちも実は現代化改修を受けている面々であり、これまで使っていた弓矢はボウガンへと姿を変えている。そこから飛んでくるのは、アメリカ軍が誇る最新鋭戦闘機であるFA18-Eスーパーホーネット。海上自衛隊は残念ながら正規空母を保有していない為、彼女たちに現代の装備を載せようと思うと必然的に米軍機を選択する他なくなるのだ。

 ちなみに、演習の折には加賀と赤城もそのスーパーホーネットを試してみたのだが、流石にその時は秋月とて手も足も出なかった。元々「反則レベル」と称される練度の持ち主である2人が、高性能のレーダーと高い運動性を持つ最新鋭機を操るとなれば、それはおいそれとは打ち負かせないだろう。

 「それにしても、今後は私たちだけじゃなくて横須賀の皆が現代兵装を普通に使うようになるのか…。これからは戦闘のやり方というか、常識もだいぶ変わるんだろうね。パラダイムシフトって奴だっけ?」

 「そうねぇ…。今はとりあえず横須賀だけだけど、今後はこういう改革の動きが他の鎮守府にも広がっていくことになるんでしょうね。そうなれば、日本国防海軍の在り方も大きく変わることになると思うわ」

 みらいの呟きにゆきなみが応じる。今回、現代化改修が行われたのは横須賀鎮守府の艦娘たちのみだ。理由は2つ。他の鎮守府にはない「首都東京を護る」という重責を負っていることと、予算上の都合である。だが横須賀の面々がこのプロジェクトの恩恵を最大限享受し活用することが出来れば、防衛省による予算の概算要求でも強気に出ることが出来るようになるかもしれない。そうなれば、他の鎮守府の艦娘たちもいずれ同じような装備を手にすることが出来るだろう。もちろん、戦闘の最中に艦娘たちがそこまで考えていられる余裕はないだろうが。

 「おっ、課業終了のラッパだ。もうこんな時間かぁ」

 あすかが、鎮守府内に鳴り響いた音に気付いた。辺りはもうすっかり暗くなり、夜の闇に包まれている。

 「お疲れさまでした。…、お腹すきましたね。加賀さん、一緒に間宮にでも行きますか?」

 赤城が加賀を食事に誘う。給糧艦『間宮』が営む鎮守府内の食堂は、国防海軍所属の烹炊員が担当するものとはまた別に存在しており、どちらかというと人間よりも艦娘たちの方に人気が高い施設だ。本格的な食事から甘味まで品ぞろえは豊富で、しかも味も美味しいことから足しげく通う者も多い。

 「いいですね…。流石に気分が高揚します」

 誘われた加賀の雰囲気は、先ほどまでの刺々しいそれとは打って変わって何やらキラキラしている。恐らく誘ってもらえたことが嬉しいのだろう。こういう時の加賀さんは結構可愛い人だよね、とみらいは内心呟いた。それでは、と軽く手を上げて部屋を去っていった2人の姿を見送ってから、あすかが口を開いた。

 「私たちもそろそろ行こうか。時間、何時に待ち合わせだっけ?」

 「19時15分集合だったわよね。早めに行かないと、席がふさがっちゃうかも」

 ゆきなみが応じたのを見て、秋月が口を開いた。

 「あれ、皆さんもどこか行かれるんですか?」

 「うん、そうなのよ。ちょっと約束があってね」

 そう答えたみらいはふと何事かを閃くと、姉たちの方に再度向き直った。

 「ねぇ、せっかくだから秋月ちゃんも誘わない?1人くらい増えても問題ないでしょ?」

 「へっ!?」

 驚いて目を見開いた秋月を尻目に、ゆきなみとあすかが顔を突き合わせる。

 「あたしは別に構わないけど…、ゆき姉はどう思う?」

 「あら、別に拒む理由もないしいいじゃないの。むしろ名案だと思うわ」

 「あのあのあの!?お誘いいただけるのは嬉しいですけど、そもそも一体どういう集まりで?私なんかがお邪魔しちゃって、大丈夫なんでしょうか?」

 困惑顔の秋月に、みらいは笑いながら言葉を投げかけた。

 「あぁ。ごめんね、説明が足りなくて。実は、うちら3人と金剛に大和、それに菊池少佐と尾栗少佐の7人で、食堂でご飯食べた後にエンデバーに飲みに行こうって話してたのよ。よかったら秋月ちゃんも一緒にどうかしら?まぁ、飲みに行くと言ってもノンアルコールだけどね」

 「金剛さんや大和さん、菊池少佐と尾栗少佐も…?ほ、本当に私もお邪魔して大丈夫なんですよね…?予定は特になかったのでそこはいいんですけど」

 「大丈夫、大丈夫。せっかくだから付き合いなさいよ。秋月ちゃんも明日は非番でしょ?今夜は綺麗なお姉さんたちと飲み明かしましょ」

 軽い調子であすかが口にしたセリフに、秋月は苦笑いしながら頷いたのだった。




マイケル・テイラーのモデルとしているのは、現実世界でアメリカ太平洋軍の司令官を務めておられるハリー・ハリス大将です。テイラーの方がもっと若い設定ですけどね。ハリス大将は日本語は話せないそうですが、テイラーは逆に日本語がペラペラという設定にしてます。ちなみに、祖父のウィリアムとは違いマイケルはメガネはかけていません。

基本的に、この世界の海軍軍人は艦娘同士の共通語が日本語である関係上、とりわけ艦娘を実戦配備している国の人間は英語と日本語を皆流暢に話せます。その為、岩城とテイラーの会話も英語と日本語が入り混じっている格好です。

そして、今回の話の最大のトピックである「現代化改修」。原作の艦これについては、大戦期の装備を使うという形でゲームシステムが完成されていますので、それで何も問題はありません。ただ、この世界では現代艦艇であるゆきなみ型が艦隊に推参している都合上、どうしても戦略立案の上で不都合が出てきてしまいます。それを解消するうえでどうすべきか、と考えた結論がこのテーマでした。

次回は再び飲み会で駄弁る話となります。久しぶりの菊池・尾栗コンビ、大和や金剛の登場もお楽しみに。それではまたお会いしましょう。

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