鎮守府のイージス   作:R提督(旧SYSTEM-R)

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どうも、SYSTEM-Rです。今回は実戦での戦闘描写となります。尤も、戦闘そのものは一瞬で終わりますが…。果たして、第三水雷戦隊の面々は深海棲艦の艦隊をどのように迎え撃ったのでしょうか。それではどうぞ。


第六章:パラダイムシフト(中篇その1)

 「フォーチュンインスペクター、シーフォール。レーダー上のアンノウン目標を視認」

 程なくして、みらいのもとに海鳥からの通信が入った。やはりみらいの予想通りというべきか、偵察の結果は第三水雷戦隊にとってはよくないものだった。

 「光点の正体は軽巡ホ級2、駆逐ロ級4。間違いありません、深海棲艦側の水雷戦隊です。速度は28ノットで変わらず、真っすぐ進行中」

 「接敵までの予想時間は?」

 みらいの問いに、「このまま双方が同じペースで直進を続ければ、17分後に洋上で接敵します」との答えが返ってきた。その知らせに、川内が顔をしかめる。

 「こんなタイミングで深海棲艦と鉢合わせしそうになるとはね…」

 今回の作戦名である「新東京急行」は、字面だけを見れば鉄道会社の名前のようにも思えるが、実はそうではない。第2次大戦中、旧帝国海軍が手掛けた輸送作戦「鼠輸送」を目撃した連合国側が、駆逐艦が一直線に並んで航行する様子を見て「トーキョー・エクスプレス(東京急行)」と呼んだのが由来となっている。それを現代である意味再現する形となるから「新東京急行」というわけだ。その鼠輸送の最中には、実際に日米間での戦闘も発生している。できれば今回はそこまでは再現したくなかったのだが。

 「さて、どうしたもんかね…。相手が深海棲艦と確認された以上、迂闊にスルーするわけにはいかないと思うけど…」

 川内はそう呟くと、後続の駆逐艦4隻の方に振り向いた。物資の輸送という面においては主役となる彼女たちは、いずれも本来の兵装と引き換えにドラム缶を抱えている状況だ。流石にそれぞれの主砲こそ温存してはいるが、接敵した時の備えとしてはとても十分とは言えないだろう。

 かと言って、ここで航路変更を選択すれば敵勢力はそのまま撃沈されずに残ることになる。相手の意図は不明だが、もし仮に彼らがこのまま首都圏へと向かうことになれば、横須賀に残った部隊との接敵は恐らく21時頃、それこそ川内が密かに期待していた夜戦となるだろう。自分が横須賀に残っていれば頼まれなくても突撃していたかもしれないが、残された面々にその責を負わせてしまってよいものかどうか。しかも自分と同じくらい夜戦には慣れている妹たちは、今日はどちらもたまたま非番なのだ。難題ではあるが、できればこの場で脅威の芽は摘んでおきたい。

 となれば…。川内は自分の左隣にいた残る1隻の護衛艦に目をやる。もし艦隊が襲われたら自分が何とかする、と出航前に豪語した相棒。まだ遥か彼方にいる敵の姿を早々と捕捉し、攻撃されても同時に12もの目標に対処できるというこの艦娘なら…。みらいがその視線に気づき、再び2人の目が合う。

 「みらい。何でもかんでもやらせてしまって悪いけど…、今回も対処頼める?」

 川内の投げかけた問いに、みらいは余裕の笑みを浮かべて頷いた。

 「もちろんよ、川内。出航前に言ったじゃない、襲われたら私が何とかするって。ロングレンジ戦法は私たち護衛艦の十八番、敵さんの面拝む前に全艦沈めてやるわよ」

 「しかしこの距離ですよ?いくらなんでも遠すぎるんじゃ…」

 吹雪が首を傾げるが、みらいはその言葉を一笑に付した。

 「大丈夫よ、吹雪ちゃん。私たちにとってはむしろこのくらいの距離感の方が普通だもの。私のミサイルは、佐渡島から前橋市役所屋上にいる人をピンポイントで狙撃できるくらいの精度があるの。これくらいの距離ならむしろ楽勝よ」

 「えぇっ!?」

 駆逐艦4人が思わずその耳を疑う中、みらいは川内に真剣な表情で向き直った。

 「川内、司令部に対水上戦闘に移行する旨通告を。念のため、基地航空隊の出撃依頼もお願い。この距離だと到着までに小一時間はかかるだろうし、徒労に終わる可能性もあるけどね」

 みらいの言葉に、川内は力強く頷いた。すぐに無線機に向かって声を上げる。

 「HQ、SQ3。エマージェンシーコール!!駆逐艦吹雪より通告した先ほどのアンノウン目標を、護衛艦みらい艦載機が敵性勢力艦隊と確認した。敵の構成は軽巡ホ級2、駆逐ロ級4。接敵予想時刻は1620。これより対水上戦闘に移行する。至急、基地航空隊による航空支援の手配を要請する」

 「SQ3、HQ。直ちに航空支援の手配に移る」

 「SQ3了解、通信終わり」

 そこで通信を切ると、川内は味方艦隊に厳しい表情で号令を下した。

 「対水上戦闘用意!!各艦、護衛艦みらいを先頭に単縦陣。対空、対水上見張りを厳となせ」

 「Aye, ma’am!!」

 その返答と同時に、第三水雷戦隊はみらいを先頭に川内、睦月、秋月、吹雪、夕立の順番に並び直した。この瞬間、みらいは文字通り艦隊の「盾」となる。いよいよ、イージス護衛艦としての本領発揮だ。いつものように、矢継ぎ早に指示を出し始めた。

 「対水上戦闘、ハープーン戦。前方のアンノウン目標をアルファと命名。…、命名完了。目標群アルファ、距離26000まで接近。ハープーン、諸元入力はじめ」

 最初の攻撃目標を、敵艦隊の中ではより火力に優れる2隻の「ホ級」と呼ばれる船と定めた。この名称は、それぞれの艦影の違いを区別するために国防海軍が名付けたもので、最も能力的に低いとされる駆逐イ級から順にイロハ順で並んでいる。今のところ、これに相当する船として発見されているのは重巡ネ級までであり、これより強力なターゲットは「鬼」「姫」という名で呼ばれるのが決まりだ。

 彼女たちの大半は禍々しい姿をした怪物だが、中には空母ヲ級や戦艦ル級のように人間に近い姿をしている者も存在する。「鬼」「姫」ともなれば全員が人型だ(しかも、これがまた案外なかなかの美形揃いだったりもする)。このクラスになると人語を解するという噂もあるが、そもそもなぜ人類を襲うのかという背景も含めて、いまだに彼女たちの存在は謎に包まれたままになっている。

 「ハープーン、諸元入力完了!!」

 CIC妖精から報告が上がった。一瞬後ろを振り向く。自分を見つめる10の瞳が、こちらに視線を投げ返してきた。みらいの口元に笑みが浮かぶ。よく見ておきなさい、21世紀の艦娘が演じる「艦隊の盾」としての姿を。

 「シーフォール、フォーチュンインスペクター。これより、軽巡ホ級2を目標にハープーンによる第一次攻撃を行う。弾着観測…、は速すぎて無理かしらね」

 「さらっと無茶言いますねぇ、みらいさん。主砲弾ならまだしも、ハープーンなんて目視で弾着観測できるわきゃねぇっしょ。気づいた時には爆破閃光が上がってますわ」

 海鳥に乗り込んでいる妖精が呆れたように応じる。みらいに限らず、艦娘に乗り込んでいる妖精たちにはそれぞれ個性がある。やたらオッサン臭い海鳥の乗員の場合、その口調といい雰囲気といいどこか佐竹一尉のそれによく似ている。持ち場が同じ341航空隊だと、そういう部分も自然と似るのだろうか。

 「冗談よ。とりあえず、目標を予定通り撃破出来たかだけ知らせて頂戴」

 みらいはそう言うと、途端に口ぶりを戦闘モードに変えた。

 「目標、トラックナンバー2564及び65。ハープーン発射始め、Salvo!!」

 その声に合わせて、みらいの腰のあたりに備え付けられた2本のキャニスターが90度前方へと向きを変えた。そこから、噴射炎とともに2発の対艦ミサイルが発射される。70年前のガダルカナルでは、補給物資の小麦粉に正確に着弾してアメリカ海兵隊第1海兵師団を震え上がらせた、通称「サジタリウスの矢」だ。7秒間飛翔した後にブースターを切り離したそれは、動力源がターボジェットサステナーに切り替わった途端、海面すれすれの位置をあっという間に彼方へと消えていった。

 「は、速い…。あんな一瞬で…」

 秋月が呆気にとられた様子で声を出す。普段は哨戒要員として鎮守府周辺にいることの多い彼女は、ハープーンの発射シーンをまだ見慣れていなかった。

 「時速860km/hのスピードで、140kmの射程をあっという間にかっ飛んでいくからね。高い位置を飛ばす場合には、最高速度は1000km/hを超える。とてもじゃないけど、人の目じゃ捕捉なんかできないわよ。…、ハープーン発射、正常飛行。慣性誘導始め」

 みらいは前方を見つめたまま、自信ありげな笑みを浮かべて答えた。

 「さぁ、見せてやりなさい。サジタリウスの力を」

 

 シースキミングにより深海棲艦の艦隊へと接近した2発のハープーンは、程なくして着弾までの最終段階に入った。それに備えるかのように、みらいは自分の右腕を真っすぐ前方へと伸ばす。

 「ポップアップまで残り10秒。…、3、2、1。ハープーン、ポップアップ始め」

 そう呟くと、みらいはその伸ばした右腕をゆっくりと上方向に動かし始めた。その動きに連動するかのように、前方のハープーンミサイルが上昇を始める。ミサイルの命中率を高めるための「ポップアップ」と呼ばれる動作だ。ガダルカナルの時もこの方法が採用された。現代艦艇同士の戦闘であれば迎撃される危険もあるやり方だが、旧式装備しか持たない深海棲艦がこの弾頭を撃ち落とすのは不可能だ。

 何の前触れもなく水平線の向こうから飛来したと思ったら、突然頭上に舞い上がった2発の弾頭に敵側の艦隊は思わず怖気づいたかのように動きを止めた。恐れおののく彼らを尻目に、ハープーンの弾頭は最高到達点へと上り詰める。その瞬間、みらいは高々と掲げた右腕を一気に振り下ろした。

 「ハープーン、降下!!てぇっ!!」

 一瞬、弾頭に隠された夕方の太陽がキラリと光ったのを合図に、ハープーンは目標に向けて降下を始める。目にもとまらぬ速さと正確そのものの命中精度を以て、2発の弾頭は艦隊の先頭にいた2隻の軽巡を完璧に射抜いた。轟音とともに、鮮やかな爆炎が一帯を包み込む。その様子は、遥か遠くにいるみらいたち第三水雷戦隊の目にも映った。

 「フォーチュンインスペクター、シーフォール。爆破閃光視認!!…、目標、軽巡ホ級2の撃沈を確認。残存脅威目標、駆逐ロ級4」

 「よしっ!!」

 海鳥からの知らせにガッツポーズを決めたみらいの早業に、後続の5人は一斉に目を丸くした。舞鶴での演習の時もそうだったが、とにかくみらいたち3姉妹はやることなすこと仕事が早い。まだ敵の姿も見えていないうちから相手を攻撃射程に収めたと思ったら、あっという間に正確無比な精度で撃破してしまうのだ。しかも、火力そのものは装甲の薄い現代艦艇向けでそこまで高いわけではないというから、なお驚きである。

 敵艦の姿を視認してからの砲雷撃戦が当たり前の自分たちからすれば、影も形も見えない相手を一体どうやって沈められるのかと訝しむ他ないが、それが彼女たちの戦闘のやり方なのだろう。何はともあれ、少なくとも川内はそれをそれとして受け入れ、今回のように遠距離で敵艦を捉える場合は「砲雷撃戦用意」ではなく、「対水上戦闘用意」の号令を下すようになっていた。

 「相変わらず恐ろしいほどの精度ねぇ。何回見ても化け物だわ」

 川内が呆れたように笑い声をあげるが、みらいは意に介さない。

 「化け物は私じゃなくてあっちでしょ。設計や性能が違うだけであくまでも艦娘よ。シーフォール、残る駆逐艦4の動きは?」

 「こちらからの第一次攻撃に恐れをなしたか、動きを止めてます。…、いえ、航行を再開しました。引き続き艦隊の方角に向かっています!!」

 みらいのレーダーでも、再び前進し始めた4つの光点を捉えていた。それを目にした川内が思わず舌打ちをする。

 「チッ、最初の一撃で追い返せれば理想だったのに」

 「あら、川内。太平洋戦争の経験者なのに、うちの姉さんたちみたいなこと言うのね」

 その言葉に、みらいが小さく笑い声をあげた。川内が怪訝そうな表情で聞き返す。

 「何それ、どういう意味?」

 「なるべく最小限の攻撃で、眼前にある脅威を除去するよう努める。なんだか、そういうメンタリティが海自にいた時みたいだなぁってね」

 「仕方ないでしょ。出航前はあんなこと言ったけど、現実的にこっちの装備を見たらそうできるに越したことはないんだからさ」

 川内は口を尖らせた。だが、みらいはそれに対して首を振る。

 「でもそれじゃ、いつまで経っても私たちと深海棲艦との戦いは終わらないわ。たとえ一つ一つは小さな戦果であっても、あくまでも押し寄せてくる敵は撃破することを最優先に考えなきゃいけない。自分が打ち漏らしたわずか一つの敵が、後になって自分に致命的なダメージをもたらす引き金になりうるんだから。私はそれを学んだの、70年前のあの戦争から」

 「…、えっ!?」

 他の5人が一斉に聞き返す。最後の一言は本当にボソッと呟くような口調だったので、単純によく聞こえなかったせいかもしれない。だが、みらいはそれには答えず真っすぐ前を向いた。

 「今の私は、海上自衛隊所属の護衛艦じゃない。日本国防海軍所属の艦娘よ。もう、相手を追い払うだけの結果で満足したりなんかしないわ。…、第二次攻撃用意。砲戦、主砲揚弾、榴弾。発射管制、マニュアルに設定。シーフォール、敵艦に気づかれないよう航路をとって帰投して」

 その声や視線は、決意の色に満ちていた。レーダー上に他に光点はない。ならば、今やるべきことは一つだ。そしてこの時、みらいは迫ってくる敵艦を沈めるためにもう一つの決断を下していた。

 (襲ってくるならくればいい。こっちは沈めるためにやるべきことをやるだけよ。…、想定通り上手くいくことを願っておかないとね)

 

 「駆逐ロ級4、主砲射程圏内に入りました」

 CIC妖精から再び報告が入る。それをみらいは待ち構えていた。真っすぐに構えた主砲が一瞬キラリと光る。

 「第二次攻撃用意!!正面対水上戦闘、CIC指示の目標…」

 ここまでは自分たちが下す号令とは違うものの、みらいたちにとってはごく普通のものであるとして、川内たちも聞き慣れていた。ところが、次の瞬間彼女たちは自分の耳を疑う。みらいが口にしたのは、国防海軍はもちろん彼女がかつて所属していたという海上自衛隊においても、使われていなかったのであろう文言だったのだ。

 「第一班、前方14000、敵駆逐ロ級4。4発、指名!!てぇっ!!」

 その言葉と同時に、4発の主砲弾が勢いよく連射されて前方へと向かっていく。オレンジ色の光点が彼方に消えた後、一瞬の間をおいて前方で爆発が起きた。同時に海面が勢いよくしぶきを上げる。レーダーに目を落とすと、4つの光点は点滅の後に消えた。

 「よっし、上手くいったぁ!!」

 みらいはガッツポーズを決め、意気揚々と戦闘終了の号令をかけた。

 「駆逐ロ級4の撃破を確認。探知圏内に近づく脅威目標なし。対水上戦闘用具収め、っと。うーん、やっぱり基地航空隊を呼び出したのは余計だったかしらねぇ。…、ん?どうしたの、皆そんな顔して」

 そう呟きながら振り向いたみらいの眼前には、一様にポカンとした表情を浮かべたままの5隻の僚艦たちがいた。皆、何やら唖然とした様子で口を開けている。

 「みらいさん…、最後のアレ何っぽい?」

 夕立が恐る恐る口を開く。

 「最後のアレって、もしかして『4発、指名』ってやつ?」

 「そう、それ!!睦月、そんな号令初めて聞いたのね!!」

 睦月が目を丸くして声を上げる。

 「もしかして…、それも海上自衛隊で護衛艦の皆さんが使っていた射撃号令なんですか?それにしては、今まで全く聞いたことなかったですけど」

 吹雪の問いに、みらいは何やらあっけらかんとした様子で首を振る。

 「ううん、違うわよ?」

 「は!?」

 さらに驚いて大声を上げてしまった5人に対して、みらいはこともなげに言葉を続けた。

 「あの号令を使うのは、私たちがいた海上自衛隊とは別の陸上自衛隊って組織なの。この世界では、国防陸軍と言った方が伝わるかしら。まぁ、海上戦闘向けに言葉はちょっとアレンジしたけどね」

 「陸上自衛隊!?国防陸軍!?なんで海軍の戦闘に陸軍の話が出てくるんです!?」

 素っ頓狂な声を上げた秋月の前に、みらいは自分のタブレットを差し出した。その画面を他の5人が食い入るように覗き込む。再生されたのは、先ほどみらいが繰り返し見ていたというあのゲーム動画だった。画面の中央で真っすぐにアサルトライフルが構えられたまま、プレーヤーが戦場とみられる街中をウロウロしている。その途中。

 「第一班、前方50、敵散兵。5発、指名!!1、2、3、4、5!!」

 画面の中の兵士が、画面の外から聞こえる声に合わせて手元のライフルを連射してみせる。その要領は、つい今しがたみらいが駆逐ロ級相手に見せたのと全く同じだった。

 「この動画ね、国防陸軍の神谷中佐に教えてもらったのよ。ほら、秋月ちゃん以外の皆は覚えてるでしょ?舞鶴での演習の帰りに、飛行機に乗せていってくれたあのおじさん」

 秋月以外の4人は、一呼吸おいてその人物の顔を思い出した。とても気さくで、自分たち艦娘の艦砲射撃のやり方にも興味津々だったあの人。同じ国防軍の一員だから助け合わなきゃとかっこいいことを言いつつ、その実は自分の飛行機に綺麗な女の子を乗せたいだけだったなんて可愛いところもある、海軍と陸軍の確執なんて過去の遺物だと思わせてくれたあの将校。

 「これ、陸戦のシミュレーションソフトをプレーヤーがコメントを逐一つけながらプレーする、『ゲーム実況動画』ってものらしいんだけどね。陸軍の兵士の中に、こういうものを動画サイトに投稿した人がいるんだって。艤装の一部である主砲を構える自分たち艦娘と、ライフルを手に取って射撃を行う陸軍兵士。それぞれ違いはあっても根っこは共通のものがあるとずっと思ってたから、何とかして真似できないかと思ってたんだけど…。予想以上に上手くいってよかったわ」

 涼しげな顔で平然と語るみらいの顔を、他の5人は呆気に取られて見つめていた。いや、言いたいことは確かにとてもよく分かる。砲を敵に向ける姿は、そこに関して言えば一見陸軍も海軍も大きな違いはないだろう。だが、陸戦で使う銃と自分たちの主砲は、大きさこそたまたま似ていてもまるで仕様は違うはずなのだ。

 なのに、何故彼女はそんな陸軍の物まねなんてことが出来るのか。いや、百歩譲ってみらいの主砲がそれに耐えうる能力を有していたとして、何故そういう発想が即座に出てきてしかも実行に移せるのか。相手は深海棲艦の中でも取るに足らないレベルの雑魚とはいえ、仮にもあれは実戦の舞台だったのだ。一歩間違えば命に係わる結果すら招きうる場でそんな大それた真似をし、しかもあまつさえ一発で成功させたというのか、この人は。

 「す、凄い…」

 声の主は秋月だった。一同がそちらを向くと、その身体は何やらブルブル震えている。次の瞬間、彼女は興奮した様子でみらいに駆け寄ると、表情を一気に輝かせた。

 「凄い…。凄いですよ、みらいさん!!まさか、そんな常識破りの方法で深海棲艦を倒せるなんて」

 「アハハ、そりゃどうも…。常識破りってそれ、褒めてくれてるのかな?」

 苦笑いするみらいに、秋月はなおも畳みかける。

 「当たり前じゃないですか!!自分たちにはとても思いつかないような発想力、そしてそれを躊躇なく実行に移せる決断力。本当に素晴らしいです」

 興奮した様子で称賛の言葉を並べる彼女は、さながら飼い主と無邪気にじゃれあう犬のようだ。吹雪はその秋月の姿に、犬耳とちぎれんばかりの勢いで振られる尻尾の幻影を見たような気がした。

 「私、普段はゆきなみさんやあすかさんと哨戒部隊の一員として行動してますから、ゆきなみ型の皆さんがいかに優れた性能を持っているかはよく知ってます。でも、こう言ってしまったら失礼かもしれないですけど、みらいさんの戦闘は多分お姉さんたちを以てしても真似できないと思うんです。多分、みらいさんの場合は単なる性能の差を超えた『何か』があると思うから。私、今回みらいさんと一緒の艦隊になれて本当によかった」

 秋月はそう言うと、おもむろに頭を下げた。その様子にみらいはもちろん、他の4人も驚いて目を見張る。

 「お願いです、是非私をあなたの弟子にしてください。これからはみらいさんのことを『師匠』と呼ばせてください。私、やっぱりみらいさんの下でもっと強くなりたいんです。色々なことを勉強させてほしいんです。お願いします!!」

 僚艦4隻の面前での、まさかの弟子入り宣言である。これには懇願された当のみらいも笑うしかない。

 「弟子入り、ねぇ…。私、師匠だの弟子だのって全く考えたこともないから、いまいちピンとこないんだけど…。大体、秋月ちゃんは私と違ってイージスシステムを備えてないから、私が教えたとしても完全に参考になるわけじゃないと思うわよ」

 その言葉に明らかに落胆した秋月の様子を見たみらいは、「でも、まぁ」と言葉を続けた。

 「そうやって頼ってもらえるのは悪い気はしないわね。私が伝えられることには限りがあるかもしれないけど、それでもいいならダメとは言わないわよ。まぁ、その辺に関してはこの作戦が終わってからでも、またゆっくり考えましょ」

 「はいっ!!ありがとうございます!!」

 嬉しそうに笑顔を見せる秋月のその横で、川内は彼女たちの姿を見つめていた。

 (性能の差を超えた「何か」か。なるほどね)

 川内はあの演習で敗れてから、自分たちがゆきなみ型に敗れたのは兵装の性能差が理由なんだと整理してそう受け止め続けてきた。自分たちが撃ち尽くすまで一度も当てられなかった砲撃を彼女たちは簡単に命中させてきた、それは発射弾数や精度の差がずば抜けているせいだったのだと。実際、これまでみらいと行動を共にする中でも、彼女のそうした実力を川内は何度も目の当たりにしてきたのだ。

 だが、果たしてそれだけで先ほどのみらいの射撃が説明できるだろうか。仮に自分がみらいと全く同じ性能を有していたとして、『実戦の場で陸軍兵士の真似をする』なんて選択が、果たして私にできただろうか。いや、とてもできたとは思えない。だが、みらいは実際にそれを選択したのだ。そして実際に、それによって戦闘での勝利をもたらした。そこには小さいようで物凄く大きな差がある。

 たとえ、一見これまでのやり方に照らして非常識だと思われるような行為であったとしても、「その場において勝利を手にするために必要だ」と認めれば一切の躊躇なくそれを選択し、そして完璧なまでにその手段を遂行して結果を手繰り寄せる。それは誰もが真似できることではない。そういえば摩耶も常々言っている。「軍艦は勝利こそ全てなのだ」と。ある意味、みらいもそうしたマインドの持ち主であるということなのだろう。そしてその点においては、彼女の2人の姉たちとは何かが決定的に異なっている。

 既存の国防海軍所属艦娘を圧倒する高性能の兵装。そして、「目の前の戦闘で勝利を手にするためなら手段は択ばない」という恐ろしいほど強いメンタリティ。この2つを見事に兼ね備えた艦娘、それがみらいなのだ。自分がかつて向かい合ったのはこんな怪物だったというのか。たとえ演習でも勝利の為に最善を尽くすのは戦乙女の常とはいえ、この相手に少しでも勝てる可能性があると思っていた自分が間違っていたのかもしれない。

 「はぁ…。やっぱとんでもない化け物だよ、あんたは」

 そう一人呟いた川内の口元には、称賛とも諦念ともつかない笑みが浮かんでいた。

 

 結局その後も戦闘の機会は訪れることはなく、保険として呼び出された基地航空隊はその役目を果たすことなく横須賀に帰投した。そして川内以下計6名の第三水雷戦隊も、ただ1人として負傷者も機関異常で曳航される者も出すことなく、父島から大量の資材を手に無事帰還することに成功する。遠征中、みらいが戦闘において見せた活躍の様子はたちまち鎮守府中に驚きを以て伝えられ、彼女が打ち立てた新たな戦場伝説の仲間入りを果たしたのだった。




みらいが駆逐ロ級を倒した時の号令の元ネタ、というより彼女が前回見ていた動画の正体は「【実況】現役陸上自衛官がCoD_BO2を実況プレイするとこうなる【CoD_BO2】」(http://www.nicovideo.jp/watch/sm20112749)です。この動画の2:22~2:25にかけての部分を、作者がみらいにやらせたかっただけというのが真相だったりします。その為、なるべくミリタリーにわかなりにリアルな描写目指して頑張っているなか、この部分だけは敢えてリアリティ無視の描写にしています。ま、まぁあくまでフィクションだし(震え声)。

ちなみに、作者の中での神谷中佐のイメージはずばり「シンゴジラでタバ作戦を指揮した陸自司令官を演じた時のピエール瀧」です。他にうまいイメージは今のところ浮かんできていません。多分俺に限らず思ってる人多いと思いますけど、軍人顔だよねあの人。

次回は原作である艦これのシステムを下敷きにしつつ、そのゲーム自体には搭載されていない新要素をいよいよ出そうと思っています。その正体とは果たして何なのか?どうぞお楽しみに。それではまたお会いしましょう。

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