鎮守府のイージス   作:R提督(旧SYSTEM-R)

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どうも、SYSTEM-Rです。20回目の区切りとなる今回から新章突入、いよいよ実戦描写に入ります。本作では2回ほど実戦での戦闘描写を予定しており、今回がその1回目となります。今回はまだ戦闘には入れないのですが…。それではどうぞ。


パラダイムシフト
第六章:パラダイムシフト(前篇)


 そこは月以外、明かり一つない夜だった。耳には時折虫の声が聞こえ、俺の身体を包み込む空気はやけに蒸し暑く湿っぽい。眼前には海が広がっている。その水面はやけに静かだが、かと言ってこの空間からは平穏さは感じられない。どちらかというと、これはいわゆる「嵐の前の静けさ」って奴だろう。

 何故だか理由は分からないが、俺はどうやら南の島にいるらしかった。しかも、何やら強化プラスチック製のヘルメットや戦闘服を身にまとって。この風景には全く見覚えはない。自分が着ているのも、俺の記憶が正しければ10年以上前の艦艇勤務の時に使っていた「艦艇戦闘服装」と呼ばれるものだ。ここは一体どこで、俺は何故こんな格好をしてここに佇んでいるんだろう。しかも自分がこの場所にいる経緯は分からないのに、この周りの光景は夢を見ているにしてはやけに現実感がある。

 「大和は艦砲射撃を実行する」

 突然、俺の右側から声がした。男の声だ。俺がそちらを向くと、そこでは俺と全く同じ戦闘服に身をまとった男が、これまた自分と同じく片膝をついた姿勢でヘッドセットに向かって何か喋っている。顔はヘルメットで隠れてよく見えないが、年齢は俺と同じ30代半ばくらいだろうか。

 (大和が艦砲射撃を…?まさか、深海棲艦の襲撃でも受けてるのか?しかし、なんで支援艦艇じゃなくこんなところから?そもそもこの男は一体誰なんだ?)

 俺が首を傾げる横で、その男はなおもヘッドセットに向かって言葉を続ける。

 「艦長。こうなった以上、みらいのイージスシステムの全能力を以て、確実に仕留める他はありません」

 (みらい!?まさか、みらいもこの戦場に大和と一緒にいるっていうのか。確かにあいつは強力な力を持った艦娘ではあるが…。いや、しかしこの男が何でみらいやイージスシステムのことを知ってるんだ?)

 次の瞬間、俺は自分の耳がおかしくなったかと錯覚した。自分の耳にも装着されていたヘッドセットから、自分もよく知る人物の声が聞こえてきたのだ。戦闘開始を発令するその声は、やけに張り詰めていた。

 「対水上戦闘用意!!…、トラックナンバー2184、連合艦隊旗艦『大和』!!」

 「あの大和の初戦の相手が、まさかこのみらいになるとはな…」

 (この声は…、雅行!?それに梅津少将まで)

 俺の思考回路は、自分の同僚と指揮官の声にますます混乱を極め始めた。日本語として彼らが発言している内容は理解できる。しかし、その発言の経緯が全く意味不明だ。

 (ちょっと待て、一体何がどうなってやがるんだ。大和とみらいが同士討ちしようとしてる!?あいつらは同じ国防海軍所属の艦娘同士のはずだろう。やり取りからすると、もしや大和が裏切った…?何のために…?大体、あいつはみらいが着任するずっと前から戦闘に参加してるはず。なのに「みらいが大和の初戦の相手」ってどういう意味だ)

 その後も2人の会話は続く。その会話から察するに、どうやらみらいは大和の主砲弾をシースパローで迎撃することを企んでいるらしかった。だが、それについて言葉を交わす彼らの言葉遣いがどうもおかしい。その違和感の正体に俺は程なく気づいた。大和やみらいといった固有名詞から俺が想起したのは、国防海軍の一員たる艦娘としての彼女たちの姿だ。だが、この会話は明らかに()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だったんだ。

  (まさかこれ、船だった時の大和とみらいの戦闘?だが何故だ、艦艇としての戦艦大和は70年も前に沈んでるんだぞ!?)

 俺の思考回路がショートしかけたその瞬間。彼方から3度の発砲音が響いた。最初に2発、続いてもう1発。遠くからでもはっきりと聞こえる、大地が揺るがんばかりの轟音だ。空気すらも振動させるその音が、大和が46cm主砲をぶっ放した音だと理解するのに時間はかからなかった。それに合わせて、ヘッドセットからも声が聞こえる。

 「出ました!!大和、発砲!!」

 「幾つだ、9つか!?」

 報告に聞き返したのは雅行の声だろう。

 「いえ、3つです」

 「目標まで15000!!」

 「よし、シースパロー発射、始め!!」

 「後部VLS、シースパロー発射!!Salvo!!」

 俺が人の声を聴いたのは、それが最後だった。次の瞬間、突然宙に浮きあがった俺の目の前にはある映像が映し出された。真っ暗な夜空に、左右両方から物体が飛び込んでくる。左手から飛んできたのは、炎を噴きながら加速してくる2発のシースパロー。右手からは摩擦熱で赤く燃え上がり、スピードを亜音速まで落としながら落ちてくる3発の徹甲弾。

 その両者は俺の眼前で衝突すると、そこに第2の太陽が生まれたかと思うような巨大な火の玉となって大爆発を起こした。その瞬間…、俺は総員起こしのラッパが鳴り響く中で鎮守府の自室に敷かれた布団の上に起き上っていたんだ。あの戦闘は一体何だったのか、なんでそんなものが俺の夢に出てきたのか。何度も自分に問いかけているけど、俺は未だにその意味が分からずにいる。

 

 「新造艦に自分たちの出番を奪われるかもしれない」という摩耶の疑念は、どうやら初めから杞憂だったらしい。海参崴から戻ったみらいたちは真新しいシースパローの弾頭を手にすると、2日間のオフを経てついに前線へと投入された。任された任務は多岐にわたるが、その中でも特に多かったのはやはり対空目標を相手にする仕事だ。

 普段は鎮守府近海を哨戒する護衛艦隊の一員として早期警戒を行い、接敵時にはやや後方に下がるとともに自らのレーダー射程を生かして、艦隊のさらに前方で展開する空母艦載機の管制を担う。万が一、前方の味方戦力が敵機や水上目標を撃ち漏らした場合には、「ほぼ百発百中」と言われる精度を誇る主砲やCIWSで自ら撃ち落とし援護射撃する。これがゆきなみ型3姉妹、とりわけゆきなみとあすかが海に出る際の基本的な仕事となった。

 3姉妹の建造以前は、これらの仕事は専ら摩耶と秋月が交代で担っていた役割だ。そこに姉妹の上2人が加わったことによってレーダーの機能が大幅に向上したことはもちろん、これまでは後ろに張り付いていたこの2人が前面に出て、その対空射撃能力(摩耶の場合は重巡としての高火力も)をより活かせるようになった。設計の都合上装甲に不安を抱えるゆきなみとあすかも、摩耶を筆頭に他の艦娘たちが矢面に立ってくれることで、自らの長所であるレーダーでの探知能力を発揮することに集中できる。

 演習では敵同士だった赤城や加賀も、ゆきなみとあすかが今までよりも広い射程をカバーしてくれるので、より効率的に艦載機を飛ばすことが可能になった。さらに言えば陸に上がった指揮官たちも、3姉妹が海に出ている際は彼女たちが勝手に早期警戒を肩代わりしてくれるので、業務上の負担がぐっと減った。イージス艦娘の戦線投入は、まさに四者全てが得をするWin-Winの関係をもたらすことになったのだった。

 いわば首都東京を守る「盾」としての役割を担い、「常に警戒を万全にし、敵が攻勢に出てきた時にはやられる前に叩く」という思想のもとで行われるこの任務は、海上自衛隊も採用している現代の戦闘教義に考え方としては近いと言える。第2次大戦への参戦歴がないゆきなみやあすかにとっても、比較的対応のしやすいものだ。

 一方これとは別に、鎮守府から離れた外洋への遠征を伴う任務も少なからず与えられた。敵泊地への襲撃などの攻勢的な性格を持ったこれらの仕事は、太平洋戦争の経験者でもあるみらいが姉妹の中では重点的に担うこととなる。それらの一環として、彼女が他の艦娘たちとともに梅津から新たな任務を言い渡されたのは、そんな日々にもだいぶ慣れてきたある日の朝のことだった。

 「海上輸送任務、ですか?」

 「うむ」

 みらいが聞き返したのに対し、梅津は力強く頷いた。今この部屋には2人に加えて、この日の秘書艦を務めることとなった金剛、そしてみらいとともに招集を受けた川内、吹雪、睦月、夕立、秋月の6名、合計8名が顔を揃えている。デスクの上には日本列島と太平洋、そして小笠原諸島が描かれた地図が置かれていた。横須賀と父島の両地点はそれぞれ赤丸で囲まれ、マジックで引いた赤い線で結ばれている。

 「父島には現在、我々国防海軍と海兵隊が共同で運用する資源採掘場があってな。そこから、補給課が建造や開発に使う鋼材やボーキサイトを回収してきてもらいたいのだ」

 梅津によると、ここ最近は補給課が開発資材の慢性的な不足に悩まされ、悲鳴を上げ始めているという。主たる原因はみらいたち3姉妹だ。既存の兵装では代替不可能なミサイルを主兵装とする彼女たちは、補給にあたって他の艦娘より多くの資材を必要とする。今や彼女たちの妖精は、技術的には流れ作業で弾頭開発ができるまでになってはいるものの、複雑な内部構造がもたらす課題はそこだけではないのだ。

 「小笠原まで遠征して資材をとってくるだけか…。まぁ、ちゃちゃっと済ませればそれほど難しくはないかな…」

 そう呟いたみらいに、梅津はすかさず釘を刺した。

 「そうとも限らんぞ。何事もなくうまくいけばよいが、太平洋側は深海棲艦の艦隊もウロウロしているからな。つい一昨日も、小笠原近海でそれらしき艦影を見かけたという報告が入っている。幸い被害はなかったものの、今回の遠征中に航路上に出現してくる可能性も否定できん。皆、心しておくように」

 「そうダヨーみらい、油断は禁物ネー。Be careful!!」

 む、そうだった。頻度は予想していたほどは多くないとはいえ、やはり太平洋側の海域では深海棲艦との戦闘がたびたび起きている。幸いここ3日ほどは関東近郊での接敵の機会はないが、自分たちの遠征中に偶発的なドンパチが起こらないとも限らない。

 ちなみに、横須賀に配備中の輸送艦げんぶは現在、定期点検の為にドックで整備中だ。今回の作戦で使えれば、スピードは多少落ちてもより多くの資材を詰め込んで回収してこれたはずなので、それを思えば何とも勿体ない。

 「そういえば、みらいは輸送作戦に参加するのは今回が初めてだったな。吹雪、睦月、夕立。君たちはしょっちゅう任されてるから勝手も分かっとるだろう。後で準備の要領をみらいに教えておきなさい」

 「Aye, sir!」

 3人が声を揃えて返事をしたのを見て、梅津は満足そうに頷いた。

 「なお、本作戦における旗艦には川内をあてがい、任務中の細かい指示は彼女に一任する。よろしく頼んだぞ、川内」

 梅津の声に、川内は自信満々といった風に笑みを浮かべた。演習ではその座を妹の神通に譲ったが、本職は第三水雷戦隊の旗艦である彼女はその職域の関係上、みらいと組む機会も非常に多い。あれから2人はすっかり打ち解け、今やみらいの側からも気軽にタメ口で話しかける間柄となっている。

 川内は自分と気質的に似た部分があるあすかとも仲が良く、さらにそのあすかを通じてこれまではあまり交流がなかった摩耶ともつるむようになった。神通はゆきなみと親友に、那珂は特定の誰かとというよりは3姉妹全員とそれぞれ付き合っている。かつて演習で火花を散らしたゆきなみ型と川内型の両姉妹は、今や全員がお互い公私にわたる良きパートナーとなっていた。

 「出発は今から2時間後、1100を予定している。各々、出発に向けて準備を万全にしておくように。出港準備完了後、1055までに出港ゲートに集合せよ。以上だ」

 「Aye, sir!!」

 遠征を任された面々が、息の合った動作で敬礼する。金剛が「頑張ってネー」といつもの天真爛漫な笑顔で声をかけた。

 (輸送作戦か。初めて参加する任務だけど…。大丈夫、期待通りこなしてやるわ)

 みらいの心の中は決意に燃えていた。

 

 「さーて、いよいよ出港かぁ。準備も万端。どうせなら、どこかのタイミングで夜戦にならないかなぁ」

 大きく伸びをしながら、川内が何かを期待するような表情で呟いた。時刻は梅津に指示された10時55分。一行は今、出港ゲートにて海に繰り出さんと待機しているところだ。集合はこの時間だが、実際にはそれまでに全ての出航準備を終わらせて待っていなければならない。海軍伝統の5分前行動といわれる習慣だ。今回は輸送に使うドラム缶のセッティングがあるうえ、みらいが初参加ということもあって実際にはもっと前から全員がここに集まっている。

 「勘弁してよ、川内。輸送作戦の最中に夜戦なんかやりたくないに決まってるでしょ。せめて視界のいい昼間ならまだ何とかなるけどさ」

 みらいがぼやいたのに対して、川内は口をとがらせる。

 「えー、敢えて視界の良くない夜中に殴り合いするのが楽しいんじゃん。夜の闇に紛れての奇襲と先制雷撃、それに相手が慌てて対応しきれないうちに突撃してぶん殴る。このスリル満点な感覚、分からないかなぁ」

 「何言ってんの。こんな重いもの背中に背負って、ドラム缶引きずりながら奇襲もクソもないでしょうが。そんなもん敵からしたら格好の的になるわ。気持ちは分からなくもないけど、その機会は次以降にとっておきなさいよ」

 年上コンビが突然始めた漫才に、駆逐艦4人はいずれも苦笑いしている。東京から父島まではおよそ1000kmの距離がある。到着までは一般的に丸一日かかると言われるが、それは平均速度24ノット程度の貨客船の場合だ。人の姿をしていても性能は戦闘艦。30ノット程度で航行可能な艦娘たちであれば、19時間まで短縮することはできる。

 尤も、それでも11時に出航すれば順調にいって到着は翌朝6時。当然、夜の海を往く時間は長くなる。川内が夜戦を期待するのもそうした背景からなのだが、いかんせん今回ばかりは都合が悪い。何せ、今回はみらいも言ったとおり輸送用のドラム缶を引っ張っていかなければならないのだ。ただでさえ自分は装甲に不安があるというのに、持ち味である機動力を制限された状態での突撃などまっぴらごめんである。

 空の状態であっても引きずるとそれなりに重みがあるが、これに鋼材やらボーキサイトやらを詰め込んでくる帰路には相当な重さになるだろう。こんな状態で夜戦に巻き込まれたりでもしたら、任務の主目的として運んでいるものが戦闘の足かせになるという、本末転倒な状況に陥りかねない。

 「まぁ、安心してよ。今回は戦闘があるとすれば逆に自分たちが襲われるパターンだと思うけど、その場合だって私のレーダーを以てすれば十分に探知できる。仮に撃たれたとしても12発までは同時迎撃可能だし、本当に巻き込まれたらその時は私が何とかするわよ。…、というか、私の場合今回はむしろその為に呼ばれたっぽいしね」

 「そういえばみらいさん、私たちよりも引っ張っていけるドラム缶の数、結局少なかったですもんね」

 吹雪が会話に加わる。ドラム缶の装備のやり方は彼女が事前にレクチャーしてくれたのだが、みらいの場合はそもそも換装不能な兵装だらけで、結局何とか魚雷発射管と引き換えに1つだけセットが可能という状況だった。それも、「発射管から魚雷が打てない分はアスロックで何とかカバー可能だろう」というギリギリの目算によるものである。

 彼女の戦闘プロセスは電子戦・ミサイル迎撃・主砲攻撃・CIWSまでが1セットになっており、このどれか1つでも欠けてしまえば運用に致命的な支障が出かねない。その点は、主砲も含めて自由自在に兵装を入れ替えられる旧式艦の弾力性が羨ましいところだ。

 「ごめんね、この作戦が立案された主たる原因は私たちなのに。その分、艦隊の盾としてできる限りのことはするわ。もちろん、押し寄せてくる敵艦はいつも通り…、全員殲滅するつもりでね」

 「おぉー、流石!!」

 その自信満々な笑みに、駆逐艦4隻が感心する様子を川内は意味ありげな顔で見つめていた。何も、自分がみらいに先ほどの掛け合いでやり込められたからではない。

 敵艦の殲滅。それは実戦に参加するようになって以降、みらいが特にこだわりを見せるようになった点だ。打ち漏らしがないか、執拗なほどにしきりにレーダーを確認するその姿はどこか川内の目からは病的にも見えた。舞鶴での演習の際、わずか1分で赤城と加賀からの第1次攻撃隊40機のうち32機を撃墜しながらも、その時点で8機残したことについてはそこまでこだわる様子を見せていなかったのとは、まるで対照的だ。

 一度こんなことがあった。襲撃を受けた民間船の防衛に駆り出された時、みらいは明らかな敵意とともに襲ってきた敵艦はもちろん、こちらが残した圧倒的な成果に怖気づいて撤退していく残存艦に対しても、わざわざ砲撃を加えて討ち取ったのだ。それが何やら気になった川内は戦闘終了後、帰投するさなかに彼女に直接尋ねた。何故、実戦においてはそれほどまでに全機撃墜・全艦殲滅に固執するのか、と。

 みらいはその問いに対して、「私は皆と比べても装甲が薄いから、眼前に敵艦が残っていると彼らがいつ振り向いて攻撃してこないかと不安なのよ」と冗談めかして答えていた。だが、口元はともかく彼女の目は笑っていなかったのだ。きっと何か他に理由があると直感し、彼女の姉たちにも他の機会に同じ問いをぶつけてみたが、ゆきなみやあすかにも思い当たる節はないという。ということは、何かしらみらい特有の事情がその背景には隠されていることになるが、そこにはいまだに川内は触れられていないのだった。

 (殲滅、ねぇ。確かに、今回の作戦においてはその姿勢は頼もしいけど)

 そう呟いた川内は、一度大きく息を吐きだすと前を向いた。今はそれよりも、旗艦として自分が任されたこの艦隊をどう引っ張っていくかについて、思案する方が先だ。みらいの個人的な事情については、おいおいまた考えればいい。ヒンヤリとした出航ゲートの空気が、彼女の心の中に程よい緊張感を生み出した。

 

 「現在時刻、1100。作戦開始予定時刻です」

 スピーカーからオペレーターの声が聞こえた。続いて、梅津から出撃命令が下される。この瞬間の何とも言えない高揚感が、みらいはたまらなく好きだ。

 「オペレーション・ニュートウキョウ・エクスプレス(新東京急行)発動!!第三水雷戦隊、出撃せよ!!」

 「了解。出港用意、始め!!」

 川内の掛け声に合わせて、6人の艦娘が一斉にゲートから飛び降りた。着地したその先は、中心に「出撃」の文字が描かれた青白く光るボタン。そこに重心がかかるや否や、それまで照明に照らされて明るかった空間が暗くなり、無機質なコンクリートで固められたゲート内への海水の注水が始まった。同時に、それぞれの艤装が勢いよくどこからか飛び出してきて、艦娘たちの身体に手際よく装着されていく。この瞬間、美しき少女たちは勇ましい戦闘艦へと姿を変えるのだ。

 「全艦艤装装着よし。機関オールグリーン!!」

 「主機起動!!」

 その声を合図に、ゲート内には蒸気タービン及びガスタービンエンジンの起動音による六重奏が響き渡った。眼前の扉がゆっくりと開き、光が差し込むその先に太平洋の大海原が広がる。天気は快晴、海へ飛び出すにはまさに絶好の日和だ。室内の爆音にも負けないような大声で、川内が怒鳴った。

 「出港用意よし!!第三水雷戦隊Sally, go (出撃)!!」

 その号令とともに、6名からなる水雷戦隊は勢いよくゲートから海へと飛び出していったのだった。

 

 「HQ(司令部)SQ3(第三水雷戦隊)。定時連絡。現在、本艦隊は28ノットで目標地点に向け真っすぐ航行中。天候は晴れ、海面は凪。ここまで僚艦の機関への異常、敵性勢力との接敵機会いずれもありません。タイムスケジュール、オールグリーン」

 「SQ3、HQ。了解、引き続き航路を維持せよ」

 「了解、通信終わり」

 川内が司令部に対する5回目の定時連絡を終えた。現在時刻は16時を回ったところだが、初夏に差し掛かった季節柄まだまだ周囲は明るい。出撃から5時間が経ち、前方には一面に海が広がるだけだ。

 「うーん…。やっぱり輸送作戦って道中はやることないから暇だよねぇ」

 吹雪があくびをしながら呟く。

 「なんか退屈っぽい…」

 夕立がそれに応じる。複縦陣で進行する艦隊の最後尾を往く2人の後ろでは、大量のドラム缶が波に揺られて音を立てていた。確かに、航行中はできることも限られるのが艦娘たちの常だ。深海棲艦の艦隊に見つかるわけにもいかないので、のんびり歌を歌いながらということもできない。周りを警戒しながら、時折事務的な会話を交わすのが基本になるわけだが、流石にそれが19時間も続くと考えれば気も滅入るというものだろう。

 「およ?みらいさん、さっきから何見てるんですかぁ?」

 睦月が、自分の前を航行しているみらいの姿を後ろから覗き込む。みらいは手元にあるタブレット状の端末に目を落としていた。これは全ての艦娘に対して実戦配備時に支給されるもの(そのため、みらいたちが舞鶴での演習に参加した時はまだ手元にはなかった)で、これが艤装の弾数装填や破損などの状況管理などの役割を果たしている。これに加えてレーダーとしての機能も有しており、ゆきなみ型3姉妹は自分たちが元々備えているSPY-1をリンクさせて、その映像を画面上で視認できるようにしていた。

 一方、このタブレットは市販されている物と同様ネット接続も可能な代物であり、情報検索にも用いられている。その時々の天候を調べたり、AISと呼ばれる航行中の船舶の位置を現在進行形で調べるサイトにアクセスしたりと真面目な用途に用いられる一方で、音楽や動画のダウンロードや写真撮影にも使われるなど、半ば私物化されているのが実情だ。着任から数か月もすれば、いかなる艦娘も漏れなく私物化に手を染め始めるのは公然の秘密だが、それを表だって咎める者もいない。

 「ん?あぁ、ちょっとね」

 そう答えたみらいは、やはり自身のタブレットを私的な用途で使っていた。睦月が覗き込むと、そこでは動画が再生されているようだった。画面を見る限り何やら軍事物のゲーム動画らしいが、睦月の位置からはそれほど鮮明には見えない。

 「さっきから何回も繰り返し見てるみたいよ。まったく、洋上じゃ私たちしか監視要員がいないからって、暢気なもんよねぇ」

 川内が苦笑しながら肩をすくめてみせた、その時だった。突然、みらいの表情がそれまでのリラックスしたものから、厳しいそれへと一変する。

 「…。お客さんよ、皆」

 そう呟くと、みらいは後ろに振り向いた。

 「レーダーに感!!12時の方向に光点6、28ノットで本艦隊に向け真っすぐ接近中。アンノウン目標と本艦隊の距離30000!!」

 「えっ!?」

 みらい以外の5人が一斉に目を見張る。そんな遠くの目標を、いの一番に捕捉してみせるとは…。流石は未来の戦闘艦といったところだが、感心しきってもいられない。

 「みらい。そのアンノウン目標は、水上船舶の類ではないと判断していいの?」

 川内が尋ねる。

 「おそらく…、船舶じゃないわね。スピードが速すぎるし、何より光点がやけに小さい。もしかしたら、深海棲艦の艦隊かも」

 「うそでしょ…、このタイミングで」

 吹雪が驚いて、思わず口元を抑える。そこにすかさず川内からの指示が飛んだ。

 「特型駆逐艦、司令部に打電を。『我、横須賀の沖合277.8kmの地点において敵性勢力とみられるアンノウン目標を捕捉す。本艦隊との距離30000。状況確認し、追って再度連絡』と。急いで」

 「Aye, ma'am(了解しました)!!」

 吹雪が慌てて大声を上げると、急いで打電の準備を始める。それを尻目に、川内はある決断を下していた。彼女と目を合わせたみらいは、その意図を瞬時に察知して頷いた。まだ距離のある相手の正体を見極めるためには、水上偵察機を飛ばす必要がある。だが、みらい以外の5人の手元にはその備えがない。駆逐艦4人はそもそも水偵の搭載能力自体を持っていないし、頼みの川内も今回はドラム缶の装備枠を開けるために、偵察機を下ろしてしまっているのだ。今、水偵を飛ばせる者がいるとすればそれはみらいを置いて他にいない。

 「シーフォール、準備出来次第発艦!!前方のアンノウン目標の偵察を。急いで!!」

 みらいがそう叫んで左腕を海面と平行になるように真横に挙げると、格納庫から1機の航空機が姿を現した。形式番号MV/SA-32、通称「海鳥」。20mmガトリング砲を備え、いざという時には上空からの攻撃も可能なティルトウイング式の艦載機だ。哨戒ヘリであるSH-60Jと並び、みらいたちゆきなみ型3姉妹が「ヘリコプター搭載護衛艦」と呼ばれる所以でもある。

 「テイクオフ!!」

 海鳥のコックピットに乗り込んだ妖精が叫ぶや否や、その機体はゆっくりと上空に舞い上がった。第三水雷戦隊の6人がその様子を見守る中、海鳥はプロペラをホバリングモードから90度前方に倒すと、そのままレーダーが指し示した光点の方向へと唸りを上げて飛び去って行ったのだった。




海鳥はどこかしらのタイミングで出したいとずっと思っていました。艦影そのものはDDGなのに、みらいたちがわざわざDDHに分類されてる理由となる機体ですしね。次回以降は本格的に活躍する予定です。

なお、冒頭の夢のシーンは第五章の菊池に引き続き、尾栗による述懐となります。この2人が見た「夢」の話の答え合わせはおいおいやっていこうと思っています。この第六章の後半あたりで、とは思っています。どうぞご期待ください。

次回はいよいよ実戦での戦闘描写に入りますので、どうぞお楽しみに。それではまたお会いしましょう。

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