鎮守府のイージス   作:R提督(旧SYSTEM-R)

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どうもSYSTEM-Rです。本来なら第一章を前後編でまとめるつもりだったのが、話が長くなりそうなのでやむなく前中後編に分けます。なお、その結果またしてもヒロインが出てこず、オッサン2人が語り合うだけの回になってしまった模様orz

うーんこの出る出る詐欺って感じですが、次の後編では100%艦娘としてヒロインが出てまいります。まだ艦娘の状態ではないですが一応、今回の時点でみらい自体は登場してますのであしからず。それではどうぞご覧くださいませ。


第一章:みらい、再誕(中篇)

 日本国防海軍大将、井手口正光は色々な意味で「大きな男」である。身長188cm、体重105kgという立派な体躯の持ち主は、年齢があと20歳若ければプロ野球チームで四番を打っていてもおかしくなさそうだと、周囲では常々噂されていた。だがもちろん、彼の「大きさ」とは単に見た目だけの話ではない。彼の人としての器も、海軍はもちろん防衛省レベルにおいても評価されるポイントの1つだった。

 第1護衛隊群における先輩の井手口は岩城にとって、兵学校を卒業後少尉として部隊に配属されてから、ずっとその背中を追いかける目標であり続けていた。その優秀さは誰もが認めながらも、同期や部下はおろか上官に話す時でさえ自然とべらんめえ口調になってしまう岩城に対しては、眉をひそめたり煙たがったりする向きもなかったわけではない。まだ尉官の身分にある時は、度々「生意気だ」と雷を落とされたものである。

 だが、岩城より12歳も年上の井手口は敢えて彼のその「欠点」には目をつぶった。それ以上に、岩城が持つ軍人としての高い能力を彼は買ったのだ。観光船での経験で身に着けた航海の要領はもちろんのこと、口数の少ない上官から言い渡された命令の意図を正確にくみ取って、時には命じた側の想定以上の成果を挙げてきてしまうコミュニケーション力、海上での突然の機関停止などの緊急時にも慌てることなく、素早くかつ正確に対処できる危機管理能力。大佐への昇進時、既に海上戦闘は艦娘に取って代わられていた頃だったが、その時は彼の人心掌握力が大いにものを言った。

 良くも悪くも表裏のない岩城は、自分も包み隠さずストレートに物を言う代わり、自分の部下から直接的な物言いをされる事を厭わなかった。たとえその内容が自分にとって耳の痛い指摘や提案であったとしても、それが自らの率いる部隊、ひいては国防海軍という組織にとって有用であると判断すれば彼は部下の言にも真摯に耳を傾け、そして実際に改善に向けて実行に移した。

 上下関係が絶対の軍隊において、そもそも部下が自分にあれこれ注文を付けること自体、良しとする上官などそうはいない。せいぜい、反抗的だと判断して頭ごなしに叱りつけて終わりにするのが関の山だ。その中で岩城も、そして彼の目標である井手口も、決して部下に対する恨み言や陰口を言わず、彼らの言葉に正面から向き合い、必要なものは必要だとフェアに受け止めて「この人はちゃんと自分の思いを分かってくれる」という評価を自然と部下たちの間で確固たるものとしていった。そういう意味では、彼らは異色の海軍士官だと言っていいだろう。

 だから、岩城の周りには常に彼を慕う者たちが溢れていた。物腰柔らかく紳士然としていた井手口とは異なり、彼の物言いそのものは相変わらず自由奔放そのものであったにもかかわらずである。だが、お釣りがくるほど優秀な彼のマネジメント能力に比べれば、彼の多少の口の悪さなど実際のところ些細な問題でしかなかった。そんな個性派を、井手口もまたずっと重要な人材として目をかけていた。岩城が40歳の時、少将への昇任式を終えて晴れて将官となった日の夜、自身の執務室に呼びつけたのにもそんな背景がある。

 「この度は少将への昇任おめでとう。どうだね、久しぶりの一種夏服の着心地は?」

 「ありがとうございます、大将。いやぁ、重みはありますがそれ以上に暑苦しくてかなわんですわ。40のオッサンの身には堪えるってもんです。できれば、一刻も早く着替えてしまいたいところなんですがね」

 「ハッハッハ、将官になっても相変わらずお前は変わらんな。なぁに、どうせ式典の時ぐらいしか着ないような代物だ。忍耐力のトレーニングとしちゃいい機会だろう」

 自分には躊躇することなくぶつけてくる岩城の本音に、井手口は声をあげて笑った。室内の時計は21時を回るところだ。彼の背中の後ろで、窓を覆ったカーテンが風に揺れている。その向こう側は、街燈の光でうっすらと明るくなっていた。

 「だが、これからはお前も色々と大変になるぞ。今までは単に司令と呼ばれていたのが、これからは司令官と呼ばれる身分だ。たかが一文字の違いと思うかもしれんが、実際のところその差は途方もなく大きい。佐官は、あくまでも将官を助け支える役回りにすぎん。だが、将官はこの鎮守府はおろか日本国防海軍そのものを預かる身分だ。お前はこれからそのプレッシャーにも耐えねばならん」

 岩城は黙って井手口の言葉に耳を傾けている。

 「しかもお前の場合、その若さでの少将昇任だ。お前は自分のことをオッサンと言ったが、実際のところお前と同じ年齢で将官の肩書を手に入れた者など、この国防海軍には過去にいないのだ。当然、周りからの見る目も相当厳しくなるのは間違いない。今更釈迦に説法かもしれんが覚悟はしておけよ」

 「ハッ、承知いたしました」

 岩城はキビキビとした動作で思わず敬礼を返す。その所作は、彼がこれまで積み上げてきた軍人としての豊富なキャリアを雄弁に物語るものだった。

 「まぁ、私も今回の人事にあたって多少口添えはしてやったが、ここまでやってきたのはお前の実力があったからだ。そこには胸を張っていい。そもそも、お前が我が国防海軍にとって有用な人材であるという見込みがなければ、私もわざわざそんな真似などせん。今まで続けてきたことに自信を持ち、これからもやっていってくれ」

 井手口はそう言うと、岩城に敬礼の手を下げるよう促し椅子から立ち上がった。その拍子に、キャスターが後ろに下がるのに合わせて音を立てる。

 「さて、昇任の記念にせっかくだから一杯、と行きたいところではあるんだが。あいにくお前も知っての通り、鎮守府の敷地内は原則として禁酒と決まっている。まぁ、深海棲艦の奴らもいつ出現してくるか分からんからな。その意味では理にかなった規則だが」

 「えぇ、残念なことですな。まぁ、おかげさまで20年近くも海軍にいれば体も適応済みってもんですが」

 「うむ。だが、自分の部下に対して何もなしというわけにはいかん。将官の仲間入りの記念に、1ついいことを教えてやろう。我が国防海軍の将官たる者のみが知りうる特別な情報だ。お前も知っておいた方がいいとは思うが、知りたいかね?」

 井手口が何やら意味深な笑みを浮かべる。はて、なんのことやらと岩城は考えを巡らせた。将官となった自分の振る舞いについては、今まさに忠告されたばかりだ。少将としての大まかな業務スケジュールについても、追って別途ブリーフィングが行われる旨事務方から通告を受けている。とすればそれ以外に何があるのだろう。これから増えることになるであろう、防衛省の背広組や役人たちとの付き合い方のコツだろうか。真面目な井手口のことだ、まさか流石に女のことなどではあるまい。

 「はぁ、何のことやら私には想像もつきませんが。興味がないと言えば嘘になりますな」

 井手口は岩城の言葉に黙って頷くと、辺りを見渡して室内が2人きりであることを改めて確認した。国防海軍には、艦娘が日替わりで司令官の業務をサポートする「秘書艦」制度がある。この日の担当だった赤城型正規空母『赤城』は、既にやや遅めの夕食の為退出済だ。周囲の目を引く美麗なルックスに反して、鎮守府きっての大飯食らいとして悪名高い彼女が戻ってくるまでには、しばらくまだ間がありそうだった。

 「よし、ならば場所を変えるとするか。行くぞ」

 「行くって、一体どこにです?」

 怪訝そうな表情で聞き返した岩城に、井手口はまた意味ありげにニヤリと笑った。

 「トップシークレットを伝えるのにふさわしい場所だよ」

 

 (こいつは驚いたな。まさか、執務室に隠し部屋が備わっていたとは)

 岩城は周りを見渡しながら、呆気にとられていた。彼は今、井手口とともに執務室の別室にいる。「隠し部屋」と岩城が言ったのは、執務室の壁面にある棚の一部が隠し扉になっており、そこからこの部屋が突然姿を現したからだった。将官に昇任する以前にも、度々作戦報告などでこの部屋を訪れる機会はあったものの、まさかそんな仕掛けが施されているなどとは思いもしなかった。

 隣の「表側」の執務室と同じように、こちらにも壁面には大量の書類や書籍が収納された棚がいっぱいに広がっている。一見するとどうやら書庫のようだ。井手口は岩城に、部屋の中央にあるソファーに腰かけるよう促すと、何やらゴソゴソと探し物を始めていた。やがてお目当ての品と思われるものを引っ張り出してくると、井手口は岩城と向かい合うように反対側のソファーに腰かけた。見ると、その手には何やら書類が握られている。

 「さて、岩城少将。先ほども貴官に伝達したとおり、これから共有するのは我が軍が抱える機密事項の中でも、トップシークレットと位置付けられるものだ。これに触れることが出来るのは、国防海軍の中でも将官以上の者のみ。そしてこの部屋は厳重な防音構造で、先ほど我々がいた部屋からもここでの会話は聞こえん。当然、その意味は理解しているな?」

 井手口の口調は、先ほどのややざっくばらんなそれとは異なる堅苦しいものとなっていた。その言葉の端々から、岩城は得も知れぬ重みを自然と感じ取る。室内に、それまでとも異なる妙な緊張感が漂った。

 「ハッ」

 岩城がそう答えると、井手口は手にしていた書類を手渡し、それに目を通すように促した。その白い表紙には、「部外秘」「持ち出し厳禁」と記された朱色の印が仰々しく押されている。ページを一枚めくり、目次に目をやった岩城の目に、見慣れない文字列が飛び込んできた。怪訝そうに目を細める。

 「海上自衛隊…?」

 彼が見ていたのは、目次の中にある「大日本帝国海軍と海上自衛隊」という項目だった。思わず顔を挙げると、じっと自分の様子を見ていた井手口と目が合う。

 「井手口大将。大日本帝国海軍のことは、私も呉の兵学校にいた時に学んでますが、一緒に書かれているこの海上自衛隊ってぇのは一体何なんです?そんな部隊が帝国海軍に存在したなんて話、私は生まれてこの方聞いたことがありませんが」

 「やはり気になるかね?」

 「そりゃあもちろん、そんな組織の名は初めて知りましたから」

 そう岩城が答えると、井手口は急に話題を変える。

 「ところで、今貴官が身に着けているその制服。その由来はどこから来ていると思う?」

 「は、はぁ。第2次世界大戦が終結し、戦後になって新たに日本国防軍が誕生した際、旧帝国陸海軍との差別化を図るためにデザインを変更したと学んでますが」

 「うむ。しかしここで問題にしたいのは、その新しい制服のデザインがどこから来たのか、ということだ。実は、この制服のデザインには原案があるのだよ。ページをめくってみなさい」

 井手口に促され、資料の5ページをめくる岩城。そこで彼の目に飛び込んできたのは、「海上自衛隊に関連する画像資料一覧」の文字列と何枚かのモノクロ写真だった。だが、よくよく見ると何やら妙なショットばかりだ。1枚は船の上で整列し、警戒しつつこちらに銃を向ける軍人たちを映したもの。よく見るとその船には単装砲やSPY-1レーダーのような武装が見え、かつて使われていた国防海軍のイージス駆逐艦に酷似しているように見える。しかし、それにしてはやたら写真が古い。フィルター加工でもこのような画質は再現できないだろう。

 そしてその次のページに貼られた写真を目にした瞬間、岩城は思わずハッとして固まってしまった。カメラに向かって敬礼する士官らしき人物を映したその写真は、その前の1枚と同じようにやはり画質がかなり古い。しかしその写真の中の人物が着ていたのは、紛れもなく今まさに自分が着ているのと同じ、「幹部常装第一種夏服」だったのだ。

 「大将、あなたが言う原案ってのはまさか…」

 顔を挙げた岩城が、驚きの表情を浮かべて井手口の顔を見る。井手口は一度ゆっくりと頷いた。

 「その写真は、いずれも現代のカメラマンが国防海軍の軍人を映したものに見えるが、実はそうではない。第2次世界大戦中、厳密には1942年6月に起きたかのミッドウェー海戦以降に、あの時代のカメラマンの手によって撮影された、海上自衛隊の隊員たちを映したものだ」

 淡々としたその語り口にはしかし、どこか岩城の言葉をも挟むことを許さないという重苦しさがあった。

 「この資料に記されている海上自衛隊とは、厳密には旧帝国海軍傘下の一部隊ではない。全く異なる理念のもとに創設された別組織だ。そして彼らは旧海軍とともに、戦後に誕生した我々国防海軍の源流の一つとなった。この制服のデザインこそがその証拠だ」

 「う、うーむ…」

 岩城は思わず天を仰いだ。

 「ですが大将、仰っていることが仮に本当だったとして、制服はともかくこの船の写真はどう説明するんです?この艦影を見る限り、この船はかつて我々が使っていたあたご型イージス駆逐艦にあまりによく似ている。いや、まさにそのものだと言ってもいい。ですが、そもそもこのような艦艇が生まれたのは戦後になってからのはずだ。これがもし第2次大戦期の写真であるのなら、そのあたりの整合性が説明できません。失礼ながら、国防海軍の日常をわざとモノクロで撮ったドッキリだと言われる方が、正直よほどしっくりくる」

 「だが、もし仮にそうであるならわざわざそういった写真を、こんな仰々しい資料に乗せる必要はなかろう?今はエイプリルフールでもないし、第一『部外秘』の印は冗談で作ったような資料に軽々しく押せるような代物ではない」

 それはそうだ。そもそも、井手口は軽々しくこの手の戯言を言うタイプではないし、ましてやドッキリ企画を部下に対して仕掛けようなどという手合いではなかった。

 「だが、流石にお前は鋭いな。実はお前の指摘は部分的には当たっている。日本国海上自衛隊ゆきなみ型ヘリコプター搭載イージス護衛艦『DDH-182 みらい』。それがこの船の正式な名称だそうだ」

 「はぁっ!?」

 自身の上官を前にして思わず大声を上げた岩城が、勢いよく身を乗り出す。

 「ちょっ、ちょっと待ってください。たった今申し上げたでしょう、イージスシステムを乗せた艦艇の開発は戦後になってから始まったんだと。なんで60年以上も前の第2次世界大戦期に、イージス艦を操る軍事組織なんてもんが存在するんですか。大体、このみらいとかいう船の装備や大きさから艦種を判断するなら、明らかに駆逐艦でしょう。何なんです、護衛艦って」

 そこまで素っ頓狂な声でまくし立てた岩城は、急に我に返って辺りを見回す。今の叫び声に似た彼の言葉が、誰かに聞かれてはいなかったかと。だが、この部屋が完全防音仕様であることを思い出した彼は、また黙り込んでしまった。それを見計らって、井手口が再び口を開く。彼が語ってみせたのは、ミッドウェー海戦前夜に戦艦大和の前に現れた謎の戦闘艦、すなわちみらいの大戦期における顛末だった。

 ガダルカナル島で再び大和と対峙し、彼女の放った46cm主砲弾を全て迎撃してみせたこと。横須賀に向けて航行中、米空母『ワスプ』とその艦載機40機の襲撃を受けるも、艦載機のうち半分をわずか1分で壊滅状態に追いやり、ワスプ自身もトマホークミサイルで撃沈させたこと。三度対峙した大和に対して強制移乗作戦を実施し、最後には同じくトマホークで沈めたこと。そして、最後には米軍の砲撃によりあっさりと海の藻屑へと帰したこと…。

 「このみらいという戦闘艦やその所属元である海上自衛隊という組織についての記録は、実はミッドウェーで連合艦隊と邂逅する以前のものに関しては、どれだけ調べても残っておらん。ところで、今の一連のストーリーからも推察されるように、みらいの戦闘能力は第2次世界大戦期の常識からは大きく外れるものだ。しかし…」

 井手口はそこまで言うと、一度言葉を切って意味ありげな視線を岩城に投げかけた。

 「今を生きる我々の目から見たとしたら、どうだ?例えば、お前がかつて乗艦していた駆逐艦『ほうおう』が同じ場に居合わせたとしたら、同じようなことはできたと思うかね?」

 薬師岳の別名である鳳凰山が由来となっているイージスミサイル駆逐艦『ほうおう』は、5年前に行方をくらませた『さきがけ』とともに国防海軍の主力艦として働いていた艦艇だ。艦娘が戦闘に出向くようになった今はその役目を終え、展示用として軍港内のドックに係留されている。

 「おそらくできたでしょうな。音速で飛んでくるミサイルを相手にするイージス艦にとっては、最大時速400km/h程のレシプロ機なんぞ的も同然です。我々なら殲滅すら可能だったはずだ。大和の主砲弾の迎撃は…。まぁ我々からしても曲芸と呼んで然るべき芸当ですが、単純に相対速度とこちらの射撃精度を考慮すれば、当てられなくはないと思います」

 「うむ。したがって、これらからはこういうことが言えるはずだな」

 井手口は納得顔で頷いた。

 「このイージス艦みらいの戦闘能力は、現代戦を経験している我々にとっては常識の範疇に収まるものだ。つまり、この艦の技術水準はおそらく現代とほぼ変わらん。だが、この艦についての記録が残っているのは、イージスシステムの建造技術など存在していないはずの、第2次世界大戦期。それも、ミッドウェー海戦前夜というある特定のタイミングを境に突然姿を現している」

 岩城は不意に、自分の背筋にぞっとするものを感じた。背中のあたりが汗でやけに湿った感じがするのは、おそらく一種夏服が暑苦しいせいではないだろう。彼が感じていたのはそれとは全く異質の、恐怖感にも似た何かだった。

 「井手口大将。失礼ですが、あなたは自分が仰っていることが一体どういうことなのか分かっておられるのですか。私には今の言葉が、『このみらいという艦は第2次世界大戦期にタイムスリップしてきたのだ』とでも言っているようにしか聞こえませんが」

 「うむ。その通りだよ、岩城少将。だが、厳密に言うとこの艦は単に時を遡ってきたのではない。より正確に言い表すならば、こういうことだろう」

 絶句する岩城を前に、井手口は一度姿勢を正した。ただでさえ大きな彼の体が、今はより大きな存在感とともに岩城の目の前にあった。

 「おそらく海上自衛隊は、艦艇を使って戦闘をしていた頃の我々と同程度の技術水準を持ち、今我々が生きているこの世界とは別の現実に存在する、いわば我が国防海軍に相当する組織だ。そして、彼らが辿った戦後史も我々が辿ったそれとは異なっている。その海上自衛隊の所属艦艇であるみらいが、何かの拍子にミッドウェー前夜にタイムスリップし、やがて戦闘に巻き込まれていく中で歴史の流れが変わり、今の我々が知るいわば『新しい歴史』が生まれた、ということだ」

 「そんなバカな…」

 「私も少将に昇任してはじめてこの情報に触れた時、今のお前と全く同じような反応をした。心の中で、当時の上官を『空想小説の読みすぎだ』と罵倒したものだよ。おそらく、お前も私に対してそんな風に思っているかもしれんな。…、だがよくよく考えれば、そうでもなければこの一連の資料に書かれている内容は説明がつかんのだ」

 自分の理解の範疇を遥かに超えたぶっ飛んだ内容の仮説に、岩城はもはや何も言葉を発することが出来なかった。我々国防海軍と同程度の技術水準を持つ、海上自衛隊とその所属艦みらいだと?それがどういうわけか、太平洋戦争の時代にタイムスリップして大暴れして、あの戦艦大和さえもトマホークで沈めてみせただと?そしてその訳のわからない組織が、我が国防海軍の源流の1つにもなっただと?突然こんな部屋に連れてきたかと思えば、このオッサンは一体何を言い出すのか。

 だが、仮にそのストーリーを否定するとしたら、この資料は何なのか。そして、気味が悪いほどデザインの一致したこの制服についてはどう説明すればいいのか。混乱しきった岩城の頭は、この時既に情報処理能力を失いつつあった。

 「その仮説は、大将が自分で立てた代物なんでしょうか」

 「そうではないし、そもそもこれは仮説ではない。我が国防海軍の将官たちが、創設以来代々部外秘として受け継いできた真実だ」

 「真実…!?」

 「戦後間もない頃に、国防海軍創設当時の将官たちがその手続きと並行して、旧海軍はもちろん実際に海上自衛隊の一員として行動していた人間たちとも接触し、この資料を記録として残したと聞いている。その情報が世に出回ることによって生じうる社会的混乱を防ぐため、我々将官たる者たちのみが触れることを許される軍事機密としてな」

 この瞬間、岩城は自分が聞かされている話がトップシークレットである理由を初めて理解した。それはそうだろう。こんな話、普通はオカルト的な笑い話であるとして片づけられそうなものだ。

 だが、それが一度真実であると分かればどうなるか。絶対に起こりえない超常現象とされてきたタイムスリップが、本当に起きていたと知られれば。そして、自分たちには知覚しえない別世界の人間がそれを行った結果が、巡り巡って今のこの世界を作ったのだと知られれば。それによってもたらされる社会的混乱は推して知るべしだろう。

 しかし岩城はまだ、これが真実であるという具体的な確証が持てずにいた。百歩譲って、井手口の言っていることに一定の筋が通っていることを認めるにしても、まだ客観的な証拠としては少し弱いと彼は感じていた。もしこれが現実であるというのなら、いっそ自分をそう納得させるだけの何かを目に焼き付けたい。岩城は口を開いた。

 「それが…、真実であるという客観的証拠はあるんですか」

 「…」

 「大将、我々もなんだかんだでもう約20年の付き合いです。俺が小手先でこねくり回されただけの小賢しい理屈に振り回されるようなタマじゃないってことぐらい、あなたもよくご存じのはずだ。もしそれが真実であるというのなら、もっと客観的な証拠を俺に見せてください」

 今や一人称を「私」とへりくだることすら忘れ、岩城はじっと井手口の目を見つめた。井手口との視線がしばし交錯する。お互いに軍服に身を包んだ中年男性2人の見つめあい、というよりにらみ合いが数秒続いたのち、先に井手口が口を開いた。

 「よかろう。そうでなければお前をわざわざここに引き入れた意味もない」

 井手口は一度ため息をつくと、先ほど自分たちが入ってきた執務室へと続く扉に目をやった。それにつられて岩城が振り返る。

 「あちらの部屋で、いつも机の後ろに2枚の写真が掛けられているのは知っているな?」

 岩城は頷いた。井手口のいう写真とは、どちらも昔の軍人を映したものだ。執務室の壁面に掲げられていて、井手口に呼ばれて部屋に入るたびに3人の視線を浴びる格好になる。

 「あの写真に写っている人物は誰だか知っているかね?」

 「ともに旧帝国海軍でアメリカ相手に戦った、角松洋介元中佐及び草加拓海元少佐の両名と伝わってますが」

 岩城のその答えに、井手口は含み笑いを漏らした。

 「実はな、岩城。草加氏はともかくとして、角松氏についてはその説明はやや正確性を欠いているのだ。実際には彼は旧海軍ではなく、海上自衛隊の所属だった。本当の彼の階級は、海上自衛隊二等海佐。みらいの副長兼船務長を務めていたとされている。もちろん、実際の彼の階級名も軍機に属するものだがな」

 「二等海佐…?そういや、確か海兵隊の連中もそんな感じの階級名を使っておったはずですな」

 「そうだな。まぁ、我々国防海軍における中佐と思っておけばいい。彼の名は、この資料の中の船員名簿にも記載がある。見てみたまえ」

 井手口に促されて資料をめくると、「『みらい』乗員名簿」と記されたページが現れた。確かにその名簿の中には、「船務長:角松洋介 階級:二等海佐」と記されている。しかし、岩城がそれ以上に目を惹かれたのは、そのすぐ上に名前が掲載された人物だった。

 「みらい艦長、一等海佐の梅津三郎…?奇遇ですな。この男、私の先輩と同姓同名ですよ。尤も、今じゃ私の方が階級的には上になってしまいましたがね」

 梅津三郎大佐は、岩城よりも一回りは年上のベテランだ。年齢的にはとっくに将官に昇任していても不思議ではないのに、自分の方が先に少将に上がってしまったことを岩城は内心不思議に感じていたところだ。尤も、「まぁ、よかろう」が口癖で部下からは「昼行灯」とあだ名されるくらい温厚な人柄の持ち主なので、本人はたいして気にしてはいない風だったが。

 「同姓同名、か。それだけではないぞ。右横の生年月日の欄を見てみたまえ」

 そう促された岩城の目に、「1948年5月20日」という日付が飛び込んでくる。おや?岩城の手が止まった。確か、うちの梅津大佐も1948年生まれと聞いたような…?

 「大将。海兵隊や海上自衛隊でいう二等海佐がうちで言うところの中佐であるのなら、一等海佐は大佐相当ということになりますよね…?」

 自分の問いかけに頷いた井手口を尻目に、岩城の疑問はますます深まっていた。全く同じ日に全く同じ名前を持った2人の人物が生まれ、しかも同じように国家防衛を担う組織に入隊している。おまけに「一等海佐」「大佐」とそれぞれ呼び名は違うが、どちらも同じような立ち位置の肩書を手にしているのだ。だが、一等海佐と名乗る方の男はこの資料においてしか登場していない。これは一体何を意味するのか。

 岩城は慌てて、名簿に掲載されている他の乗員の名前を指で追った。梅津だけではない。この名簿に掲載されているのは、同様に現在横須賀鎮守府に在籍している顔ぶれと同じ日に、同じ名前を持って生まれてきている人物ばかりだった。

 「大将、教えてください。ここに書いてある内容ははっきり言ってめちゃくちゃにもほどがある。もしもこの資料がくだらんドッキリの類でないのなら、これが一体どういうことなのか私のポンコツな頭脳でも分かるように仰っていただきたい」

 ここまでの岩城の物言いは、驚きで興奮していたせいか随分とぞんざいになっていた。相対しているのが井手口でなければ、ぶっ飛ばされていたかもしれない。だが、幸いにも今彼の目の前にいる男は、そんな手荒な真似はしなかった。

 「まず、繰り返しになるがこれはドッキリの類ではない。当時、実際みらいに乗艦していた者たちからも聞き取りを行った内容を、そのまままとめたものだ」

 「だったら、なんでこの船の乗員の経歴が、うちの鎮守府の人間たちとピタリと符合するんです?あまりにも不自然すぎる」

 「簡単な話だ」

 井手口が、思わず立場も忘れて食って掛かった岩城の言葉を遮る。

 「この名簿に掲載されている人間たちは全員、『国防海軍の代わりに海上自衛隊が存在する世界』からやってきた。その後角松中佐、いや角松二等海佐を除く全員が、終戦後しばらく経つまでに死亡または行方不明になっている。そしてそれから時を経て、横須賀鎮守府に現在勤務する面々がこの世に生を受けた」

 井手口の言葉は、その常識はずれな内容に反していたって冷静だった。そして次に彼が口にした言葉を聞いて、岩城は自分の耳を思わず疑った。

 「我が横須賀鎮守府に現在勤務する軍人のうち、この名簿に掲載されている面々と氏名や経歴がピタリと符合する239名は、その全員がイージス艦みらい乗員の生まれ変わりだということだ…」




いかがでしたか?ジパングで描かれていたみらいの活躍ぶりが語られていたりして、今回の話はかなりジパング色が強いストーリーとなっています。次からはだいぶ艦これ寄りになりますよ。

そして、全体のあらすじで「この話に出てくるみらいクルーは、原作のそれとは少し違う」と書きましたが、その違いの正体はここで答え合わせがされています。本作に出てくるみらいクルーは、全員が海上自衛官としてではなく国防海軍軍人として登場します。原作でいうところの、最終話に出てきたいわゆる「新みらいクルー」、つまり太平洋戦争当時にタイムスリップした面々とは同一存在の別人です。

ちなみに、岩城のセリフに「あたご型イージス駆逐艦」という単語が出てきますが、これも実は国防海軍と海上自衛隊が明確に異なる組織であることを暗示しています。国防海軍はこの世界における日本の国内法上も軍隊と位置付けられているので、海自のような「護衛艦」との呼び替えはせずそのまま駆逐艦と呼んでいるのです。名前のみ登場する海軍艦艇の「ほうおう」や「さきがけ」は、いずれも海自で言うところのDDG(ミサイル護衛艦)だと思っていただければ結構です。

さて、次回はいよいよ艦娘みらいにも出番がやってきます。彼女が横須賀鎮守府のみらいクルーと邂逅を果たした時、一体何が起こるのか?ご期待ください。それではまたお会いしましょう。

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