鎮守府のイージス   作:R提督(旧SYSTEM-R)

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どうも、SYSTEM-Rです。今回で第五章が決着します。みらいたち3姉妹に対して燃やしてきた対抗意識を、ついに爆発させた摩耶。果たしてうまくこの危機を解決することはできるのでしょうか?


第五章:常識を超えてゆけ(後篇)

 秋月と吹雪は、不安感と恐怖感に囚われて何も言えなくなってしまっていた。彼女たちの目の前では今、摩耶とあすかの2人がガンを飛ばしあいバチバチと火花を散らしている。ここまでは水面下で滾るマグマに不安を覚えつつも、何とか瓦解することなくやってこれた国防海軍艦隊だったが、任務に対する緊張感という重しから解放された瞬間に、一気にそれが噴火してしまったようだった。

 ところがそんな険悪な空気にも、全く我関せずの人物がこの場に1人だけいた。艦隊を旗艦として率いてきたゆきなみである。

 「もう。こんな時に何やってるのよ、あなたたち。せっかくのお料理が冷めちゃうって、吹雪ちゃんも言ったばかりじゃないの。あら、このエビチリ本当に美味しそうねぇ」

 そう言うや否や、早くも箸と皿を手に料理を物色し始めるではないか。そのあまりに能天気すぎる言動に、思わずその場にいた他の5人全員がずっこけた。

 「おい!!なんだお前、そんな勝手な真似しやがって」

 「ちょっとゆき姉!!こんな時に何でそんなすっとぼけていられるのよ。少しは周りの状況とか空気とか読めないの!?」

 紛争当事者たる摩耶とあすかが同時にそれを咎めるが、ゆきなみは悪びれない。

 「あら、この場の状況が読めてないのは、むしろあなたたちの方じゃないかしら?」

 「は!?一体どういう意味…」

 負けじと立ち上がろうとして、机に手をかけた摩耶はそう言いかけたまま黙り込んでしまった。自分に向かって顔を上げたゆきなみの表情は、つい今し方までの温和なそれが嘘のように厳しくなっていたからだ。

 「自重しなさい、2人とも。私たちはここに遊びに来てるわけじゃない、日本国防海軍としての任務の一環で来ているのよ。まして、ここは言葉が通じるとはいえれっきとした異国。仮に騒ぎを起こせばどうなるか、あなたたちも少しは想像つくわよね?」

 普段は温厚な彼女がみせたその思わぬ迫力に、全員が何も言い返せず口をつぐんだ。強制送還と軍規違反による懲罰、というフレーズが彼女たちの頭をよぎる。その姿を尻目に、ゆきなみはなおも言葉を続けた。

 「もしどうしても喧嘩がしたいなら、2人とも今すぐ荷物をまとめて舞鶴に飛びなさい。あそこでなら、演習場の空きさえあれば好きなだけ殴り合えるでしょう。けれど、この場でトラブルを起こすのは絶対に許さないわ。今回の任務で旗艦を任された者としてね」

 ゆきなみの言葉は静かでこそあるが、感情に任せた説教よりもずっと力があった。普段は温和で包容力があり自己主張もあまり目立たない彼女だが、こういう場で雰囲気に流されることなくビシッと物が言えるのは、やはり彼女の長女たる所以かもしれない。

 「さぁ、座って。私たちは、この場をセッティングしてくれた方々に対する敬意を払うべきよ。お互い一時的な感情に囚われて、せっかくの彼らの努力をぶち壊しにしてはダメ。私たちが持つ武力は、本来味方同士で使うような代物ではないでしょう?お互いに不満があるなら、理性的に話し合いで解決すること。いいわね」

 その有無を言わせないセリフに何も言い返せず、当事者2人はまだ不満そうではありながらも椅子に座り直した。その様子を見ていた秋月と吹雪が、ほっと胸をなでおろす。場合によっては乱闘にもなりかねなかったところを、一瞬で食い止めるとは流石ゆきなみ姉さんだ、とみらいは内心呟いた。

 「むう…。ゆき姉がそこまで言うなら仕方ない、か」

 あすかはそう呟くと、今度は摩耶の方に顔を向ける。その視線に、摩耶の方も気づいたようだった。

 「ねぇ、摩耶さん。さっき、あたしたちのことを『自分の持ち場を丸ごと奪い去って、あたしらをお払い箱にするかもしれないような奴ら』って言ったわよね。それって一体どういう意味?あたしたち姉妹はあんたと一緒に行動するのは今回が初めてだし、こっちから特に何かしたわけでもないでしょう。それでもあたしたちに何か不満があるなら、話はちゃんと聞くからストレートに言ってほしいんだけど」

 彼女のその言葉にも、摩耶はこちらにチラリと視線を向けたまま黙り込んでいる。その態度に、あすかはまた言葉を荒げそうになった。

 「何よ、不満があるならはっきり言えって言ってるでしょう!?そういえば航海中からずっと愛想悪かったけど、何も理由が分からなきゃこっちだって気分悪いでしょうが」

 「…、あの映像だよ」

 その言葉に、摩耶がボソッと呟く。あの映像?舞鶴での演習を撮影したアレか、とみらいが問いかけると、摩耶は頷いた。

 「ショックだったんだよ、あの映像を見て。初見にもかかわらず、あんなにあっさりと一航戦の艦載機を葬り去るなんて。たった1分で32機も撃墜したとか、なんなんだよ。こっちは散々、赤城さんや加賀さん相手に苦労を重ねてきたってのに」

 摩耶はその言葉を皮切りに、とうとうと語り始めた。自分と秋月が、みらいたちが現れるずっと前から横須賀の防空の要として働いてきたこと。その中で自分たちも一航戦相手に数えきれないくらいの演習をこなしてきたが、最初はまるで歯が立たなかったこと。それでも試行錯誤を重ねる中で徐々に互角に渡り合えるようになり、その経験が深海棲艦相手の実戦でも今やいかんなく発揮されていることを。

 「あたしも秋月もここに来るまでに何年もかかって、それでも毎日のように死に物狂いで努力して、やっと今のポジションを手に入れたんだ。ただの巡りあわせでこの地位を手に入れたわけじゃねぇ。自力で掴み取ったんだよ。しかもそこはゴールじゃねぇ、今でもずっと努力し続けてるんだ。どうやったらより多くの敵機を落とせるか、この戦いに勝てるかってな。あたしはそのことに、自分たちが辿ってきた足跡に物凄いプライドを持ってる」

 摩耶はそう言うと、「それなのに」と一際悔しそうな表情を浮かべた。

 「お前らは何の前触れもなく突然横須賀に現れたと思ったら、いきなり川内型や一航戦を演習の相手にあてがわれて、しかも圧勝しやがった。今のあたしらですら真似できないような早業で、しかもまるであの2人が何のことはない相手みたいな雰囲気でだ」

 摩耶の握りしめた拳は、怒りと悔しさでブルブルと震えていた。

 「確かに、海上自衛隊とかいう異世界の海軍から来たお前らにとっちゃ、川内型も一航戦も実際なんてことない相手なのかもしれねぇよ。あたしが怒ってるのだって、お前らからしたら単なる言いがかりなのかもしれねぇ。けどな、お前らのあの演習での戦いぶりは、その2人相手に血反吐吐くような思いをし続けてきたあたしらの過去を、まるで全否定するようなもんだったんだよ」

 「摩耶さん…」

 「軍艦ってのはな…、結局のところ戦争に勝てるかどうかが全てなんだよ。どんなに輝かしい実績があったって、上層部から性能不足だと判断されればあたしらは用なしになっちまうんだ。そんなことは身にしみて分かってる。だけど…!!」

 そう口にした摩耶の目には、気づけば涙が浮かんでいた。彼女は、今まで何度も目にしている。残念ながら戦力としては力不足と判断され、残った艦娘たちの強化の材料として艤装を返上し自らは国防海軍を去り、普通の女の子として生きることを余儀なくされた元艦娘たちの姿を。その中には、秋月と同じくらい親しく付き合ってきた者もいるのだ。

 もちろん、戦地を離れ1人の日本人として残りの人生を全うするというのも、それはそれで1つの幸せの形なのかもしれない。だが、摩耶自身は自分がそういう場面に直面した時、それをやむを得ない選択として受け入れられるタイプではなかった。

 「あたしらはまだ、誰かに取って代わられるほど落ちぶれたつもりはねぇ。戦闘能力もこの国を助けたいって思いも、あたしらはずっと強いままなんだ。それなのにお前らが来てから、横須賀の連中はどいつもこいつも『とんでもない船が来た』って大騒ぎしてやがる。これまであいつらと一緒にこの国を命賭けて、必死こいて守ってきたのはあたしらの方なのに」

 「っ…!!」

 誰もがその瞬間、はっとして目を見開いた。疎外感からくる悔しさや怒り、悲しみなどありとあらゆる感情がない交ぜになった摩耶の声は、震えていたのだ。

 「急に降ってわいたように現れて、あたしらみたいなキツイ思いも味わうことなく即戦力として祭り上げられて。そんな奴らと同じ艦隊にぶち込まれたからって、どうして素直に仲良くしようなんて思える?あたしはそれが悔しくてしょうがねぇんだよ…、畜生」

 内心溜め込んできた思いを洗いざらいぶちまけた摩耶は、それ以降言葉が続かなかった。人目を憚らず涙を流し続ける相棒の姿に、庇われる形となった秋月も思わずもらい泣きしそうになっている。その姿を見ながら、口を開いた者がいた。吹雪だった。

 「ゆきなみさん、あすかさん、みらいさん。お願いです。どうか、摩耶さんのことを悪く思わないであげてください。実は私も、最初は何で摩耶さんが皆さんにイライラしてるのか、全く分かりませんでした。でも、今なら分かります」

 「えっ!?」

 思わず聞き返したあすかとみらいを尻目に、吹雪は言葉を続けた。

 「摩耶さんにとっては、きっとこの遠征任務への参加は不本意なんだと思います。皆さんとの交流を深める名目で秋月ちゃんと2人で実戦を外されて、そればかりか旗艦の座までゆきなみさんに譲らなきゃいけなくて。何一つ瑕疵のないはずの自分たちが、有無を言わせず負け組として司令部や防衛省から扱われるようになる、その第一歩なんじゃないかって不安に思ってらっしゃるはずです」

 摩耶は吹雪の言葉を肯定も否定もせず、ただその顔を左手で覆っている。それを聞いた秋月もとうとう泣きじゃくり始めた。だが、あすかは依然として納得できずにいた。思わず反論の言葉が口をつく。

 「負け組…?何よ、それ。まさか司令部がそんなこと言ったわけ?」

 「いえ、ですから現状ではそう明言されたわけでは…」

 吹雪が首を振ったのを見て、あすかは意を決したように言葉を続けた。

 「いい機会だからこの場ではっきり言わせてもらうわね。あたしたちゆきなみ型は、今まで摩耶さんや秋月ちゃんがどれだけ努力してきたかを目の当たりにしてきた訳じゃない。だから、安易に気持ちが分かるなんて言うつもりはないわ。その努力を知らずして、そんなことを言うのはかえって失礼だもの。でもね、あたしたちには逆立ちしてもあんたたちに勝てない点が一つだけあるの」

 「勝てない点…?」

 吹雪の言葉に、あすかは頷いた。

 「戦場での経験値。生きるか死ぬか、ギリギリのところを生き抜いてきたのかどうか。こればっかりは、あたしたちはどうやってもあんたたちに勝てないのよ」

 「ですが、それはみらいさんも言われたことでしょう?皆さんはまだ艦娘として実戦を経験したことがないと。着任が私たちよりも遅い以上、それは自明の理なんじゃ…」

 「違うわ。あたしが言ってるのはそういうことだけじゃないのよ。それ以前の話」

 あすかは首を振ると、吹雪の顔を真っすぐと見据えた。

 「ねぇ、吹雪ちゃん。あんたも秋月ちゃんも摩耶さんも、あるいは他の既存の艦娘たちも、かつて艦艇だった時には第2次世界大戦に参加していたんでしょ?」

 「えぇ、まぁ、はい」

 それは、自分たちが艦娘としてこの世に生を受けるための基本条件でもある。何のことだか質問の意図が分からず、吹雪は困惑顔で頷いた。

 「うちのみらいもそうよ。でも、あたしとゆき姉は違う。それどころか、あたしたち2人はそれ以外のいかなる戦闘にも今まで関与したことがないの。演習を除けばね」

 「…、えっ!?」

 吹雪だけではない。その言葉にゆきなみも頷いたのを見て、泣いていた摩耶や秋月も驚きの表情を浮かべた。今まで、一度も実戦に参加したことがない?川内型と一航戦に圧勝したこの人たちが?

 「あたしたち3姉妹がかつて所属していた海上自衛隊はね、誕生から今まで一度も本格的な戦争を経験したことがない海軍なのよ。いいえ、厳密には海軍とも言えないわね。運用上も装備上も明らかに海軍のそれで、世界中のあらゆる国から”Japanese Navy”と扱われているにもかかわらず、自分たち自身は大っぴらに軍隊と名乗ることはできないんだから。70年前も前の戦争でたった一度負けた、ただそれだけの理由でね」

 「日本が…、負けた…?」

 吹雪と秋月が、驚きのあまり目を見張る。

 「ちょっと待て、どういう意味だ。日本が第2次世界大戦で負けただと!?日本はその実力を恐れられて、連合国と早期講和に持ち込んだんじゃなかったのかよ!?」

 摩耶が目を真っ赤に腫らしたまま叫ぶ。

 「違うわよ、摩耶さん。これはこの世界の日本の話じゃない。私たちが元々いた『もう1つの日本』のことよ」

 話を聞いていたゆきなみはあすかに代わってそう答えると、自分たちが知るミッドウェー海戦以降の歴史を語り始めた。ガダルカナルやソロモン、マリアナやレイテ沖で繰り広げられた激戦、硫黄島での死闘を前哨戦とする連合国の沖縄上陸、広島と長崎への原爆投下、ポツダム宣言受諾による無条件降伏、そして東京裁判…。史実に生きる我々にとっても常識とされるこれらの物語は、少なくとも「敗戦国」として戦後を生きずに済んできたこの世界の日本人にとっては、到底信じられないものに聞こえるだろう。

 「そういう歴史を経て生まれ変わろうとした時、日本は自らが再軍備を進めることを新しい憲法で禁止したの。でも、それでも国の自衛権までは否定しきれないから防衛のための組織は作った。それが自衛隊。国の最高法規である憲法にその存在が明記されず、文言の解釈なんていう曖昧なものの上に作られた、世界屈指の練度を持ちながら軍隊とは呼ばせてもらえない国防組織」

 「なんだよ、それ…!!」

 最早泣くことも忘れて、摩耶の身体は衝撃と怒りでわなわなと震えていた。自らを守るための力の存在を憲法に明記せず、そんな無理やりな理屈をつけて設置してるだと。世界中誰もが軍隊扱いしているのに、自分たちは軍隊だと名乗ることさえできないだと。

 「そんなの…、そんなのただの詭弁じゃねぇか!!あんたたち自衛隊は、あたしら国防軍と同じ日本にとって欠かせない存在なんじゃねぇのかよ。だったらなんでそんな…」

 摩耶の言葉に、あすかは頷いた。

 「えぇ、そうよ。あんたの言う通りよ。これは詭弁、あたしやゆき姉が言ってるのは誰がどう聞いてもめちゃくちゃな言い訳でしかない。でもね…」

 あすかが次に口にした叫びに、その場にいた全員が黙りこくるしかなかった。

 

 「()()()()()()()()()()()()()()()6()0()()()7()0()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!()!()

 

 みらいはその言葉で、自分がかつて横須賀を旅立った時のことを思い出した。あの時、岸壁を出航する自分たちを見守った人々はその全員が快く送り出そうとしていたわけではなかった。全体から見れば一部だったかもしれないけれど、その中には自分たちの選択に対するアンチテーゼをここぞとばかりにぶつけてくる人々もいたのだ。「海外派兵絶対反対」「戦争するな、自衛隊」なんてプラカードを掲げて。

 なんてくだらない、と当時はその文句に失笑したものだ。私たちが目的としていたのは国際演習。あくまでも自分たちの身を護るための訓練、誰かとガチの殴り合いをしに行ったわけではない(まぁ、結果的には本当に殴り合いをする羽目になってしまったけれど)。そしていざとなれば、そういう人たちの命だって自分たちは守ってきたのだ。その使命を果たせることそれ自体が、自分たち自衛隊にとっての誇りだったのだから。

 「建前上、自分たちが軍隊じゃないって理由をつけるために、あたしたちは様々な縛りを自ら課すことになった。あたしたちの艦種が駆逐艦や重巡じゃなく、護衛艦なんて名称になってるのもそのせい。海軍大佐や陸軍歩兵科って用語も、一等海佐や陸自普通科ってわざわざ言い替えて。『周辺国を刺激しないようにする』っていう妙な理由で、自国を守るための装備の性能をわざわざフルに発揮できないよう改造する、なんてことすらやってたのよ?あんたたちからしたら、気でも違ってるのかとしか思えないでしょうね」

 あすかはそう吐き捨てると、「だけどね」と付け加えた。

 「そんな状況にあっても、あたしの仲間たちはそういう縛りがある中でどうしたらこの国を万全に守れるのか、毎日必死になって考え、工夫し、努力を重ねてたわ。皆それぞれ、自分なりに何ができるかを問い続けてきた。自分たちの愛する国を守るという大義の為に。あんたたちが誇り高き国防軍人であるのと同じように、彼らも誇り高き自衛官だったのよ。あたしもゆき姉もみらいも、そんな彼らの姿を心から尊敬してた」

 旧帝国海軍出身の3人は、海上自衛隊出身の3姉妹の姿を唖然として見つめるしかなかった。あすかが口にした全ては、自分たちにとっては非常識とすら言えることだ。この人たちは、そんな信じ難い過去を背負ってこれまで船として生きてきたというのか。

 「そんな自衛隊に、良くも悪くも染まりすぎたせいかしらね…」

 あすかは天井を見上げながら、一度大きく息を吐きだした。

 「未だに『国防海軍としての戦い』ってものが分からないのよ、あたしには。生きるか死ぬかの瀬戸際に立たされて、どうやってそこを生き抜いていけばいいのかが分からない。自分がこの先、艦娘としてこの国を守っていけるっていう手応えだってまだ掴めずにいるの。舞鶴でのあの演習を経てなお、ね」

 あすかの目は、そこでみらいの方に向いた。

 「あの演習であたしたちが川内型を罠にはめたのだって、最終的にみらいが神通さんをアスロックで仕留めたのだって、言ってみれば奇策の部類に入るものよ。あたしは奇策を選択することそれ自体を必ずしも全否定はしない。でも、そればっかりじゃ自分たちが本当に実力で彼女たちを上回れたかどうかは分からない。正攻法を使っても今の自分たちの実力じゃ勝てないから、そういう変わった手に走るわけでしょ」

 羨ましいのだ、と彼女は言った。これまで数々の戦闘に実際に身を投じ、生き抜いてきたという確固たる「柱」がある彼女たちが。それはみらいに関しても全く同じなのだと。

 「あたしたちは神の化身じゃない、あんたたちと同じ1人の艦娘よ。どんなに兵装のスペックで圧倒していたとしても、生きるか死ぬかの場面に投げ出された時にその『柱』がないあたしたちには、あんたたちと比べれば脆い部分があると思う。あんたたちにはそこで動じない強さがある。あたしはそれが羨ましくてたまらないの。だから、新参のあたしたちと比べて負け組だのどうのって簡単に言わないでよ」

 あすかの言葉は、そこで途切れた。そこで摩耶がまたボソッと呟く。

 「だったら何で…、何でお前は国防海軍に来たんだよ」

 「えっ…?」

 摩耶の声は、いつしか力強いものに変わっていた。

 「何でお前は姉と妹と一緒に国防海軍の門を叩いたんだ。海上自衛隊にいた時と同じように、この世界の日本を守りたいっていう思いを叶えるためじゃねぇのかよ」

 「それは、そうだけど…」

 摩耶は今や泣くことをやめていた。あすかが自分たちに語った自衛隊なる組織の理屈は、国防軍のそれとはまるで異なっていて、自分にははっきり言って何1つ理解できない。ただ、彼女たちが彼女たちなりに国防というものに対して強い使命感を持っているということ、その思いを果たすために試行錯誤を繰り返し戦ってきたことは伝わった。

 たとえ生きてきた世界は違っても、その意味では彼女たちは自分と同じだ。それならば、同じ志を持つ者として言わなければならないことがある。言葉に一瞬詰まったあすかに対し、摩耶はその思いを精一杯ぶつけた。再び彼女のターンである。

 「さっき言っただろ。軍艦っていうのは、戦争に勝てるかどうかが全てだと。極端に言えば、勝てさえすればプロセスなんざはっきり言ってどうでもいいんだ。やり方はどうあれ、川内型と一航戦に勝ったんならそれはお前らの実力だろうが」

 摩耶は言葉を継いだ。自分がゆきなみ型に対して危機感を抱いているのは、彼女たちの実力そのものはとんでもない次元だと、自分などでは到底再現できないようなものであると認めているからだと。

 「お前は自分のことを神の化身じゃないと言ったな。でもな、あたしらからしたらお前らはとんでもない化け物なんだよ。それも、今までの国防海軍の常識すらまとめてひっくり返すくらいの化け物だ。そんな奴らが簡単に弱音なんか吐くんじゃねぇ。…、化け物なら化け物らしく、好き放題暴れてろ。何ならその方がこっちとしても清々するわ」

 えっ!?ゆきなみ型3姉妹は驚いて目を見開いた。なんだか、最初と言ってることが違ってきてないか…?その驚きをよそに、摩耶は堂々と言い放った。

 「お前らが生きてきた世界の理屈は、あたしは馬鹿だから正直全く理解できねぇ。だが、少なくともはっきりしてるのはここは国防海軍であって海上自衛隊じゃねぇってことだ。お前らがここに来ることを選んだんだったら、お前らはお前ら自身の力で()()()()()()()()()()()()()()()()しかねぇんだ。違うか?」

 「常識を…、超えていく…?」

 目を見張りながら、3姉妹がその言葉を繰り返す。

 「もう負け組だのなんだのってふさぎ込むのはやめだ、馬鹿馬鹿しい。この世界での気張り方が分からねぇってんなら、この摩耶様が身体張ってでもお前らに叩き込んでやる」

 「摩耶さん…」

 「勘違いすんじゃねぇぞ。あたしは、簡単に今の地位をお前らに丸ごと譲り渡すつもりはねぇ。もちろん秋月もだ。あくまでも同じ国防海軍の一員として、艦隊防空のポジションを争うライバルとして付き合うって意味だ、分かってんだろうな」

 「もちろんよ。まぁ、あたしらの立ち位置を最終的に決めるのは司令部の仕事だけどね」

 摩耶の言葉に、あすかは口元に笑みを浮かべた。それに口をとがらせる摩耶。だがそれには意を介することなく、あすかは彼女の方に自分から歩み寄った。

 「でも、ありがとう摩耶さん。ライバルとして認めてくれて、そういう風に言ってもらえて嬉しい。あたしはあんたたちを追い落とすために来たわけじゃない、深海棲艦との戦いに勝つためにここに来た。お互い、その為に全力を尽くしましょ」

 あすかが差し出したその右手を、摩耶は意を決したように力強く握りしめた。その光景が、かつてみらいが金剛との友情を誓った光景とオーバーラップする。

 「おう!!たとえ相手が自衛隊の船だろうが、あたしは絶対に負けねぇからな!!」

 そう言って、摩耶は白い歯を見せた。秋月と吹雪がその顔を見て驚く。それは3姉妹の着任の知らせを耳にして以降、摩耶が初めて見せた爽やかな笑顔だった。

 「あれっ、摩耶さんの笑顔って初めて見たけど、めちゃくちゃ可愛くない?」

 「そうねぇ。元々綺麗な人だとは思ってたけど、笑うと可愛らしいわよね。怒っている時よりもよっぽど似合うわよ」

 みらいとゆきなみのその言葉に、摩耶は思わず顔を赤くした。

 「だー、うるせぇ!!可愛いって言うな!!どうせあたしを褒めるんならかっこいいって言えよ、馬鹿野郎!!」

 「可愛い子に可愛いと言って何が悪いのよ。褒められてるんだから素直に受け取っときなさいよ。大体うるさいのはそっちでしょう、あまり騒ぐと他のお客さんに迷惑よ」

 あすかのその尤もな指摘を合図に、摩耶以外の全員が一斉に吹き出す。とうとう摩耶もこらえきれずに笑い出した。そこにはもう、怒りも寂しさも疎外感もなかった。代わりにあったのは、仲間としての結束の決意と一体感。どうやら、結果的にこの任務での人選は大成功だったようだ。

 「さぁ、それじゃ気を取り直してもう1回乾杯しましょう。今度は摩耶さんも一緒に」

 ひとしきり笑いあった後、秋月の提案に全員が頷いた。あすかが再び席に戻ったのを合図に、それぞれがもう一度グラスを手に取る。吹雪が再び立ち上がった。

 「では、改めまして…。日本国防海軍と海上自衛隊に、乾杯!!」

 「乾杯!!」

 今度は、6つのグラスが音を立てた。机の上に用意されていた料理は、騒ぎの間中ずっと出されていたことでほとんど冷めかけてしまっていたが、ただその味が素晴らしく美味しいということ以上に、ここにいた6人にとっては思い出深いものとなったのだった。




冒頭のいきなりのギャグからの熱い少年誌展開。急転直下ながら仲直りできてよかったですね。こうやってお互いが抱えている思いを正直にぶつけられる人がいるって、幸せなことだよなぁと思います。今後もみらいたちにはこういう人たちを大切にしていってもらいたいですね。

中盤では、あすかの口から自衛隊や戦後日本の国防に対する思いが飛び出します。立場上口にできるかどうかは別として、日本国における防衛のあり方に疑問を抱き続けておられる方々は、現場も含めて結構多いんじゃないでしょうか?この発言については賛否両論を問わず、是非とも皆さんの感想が聞きたいなぁと思っている次第です。

満州編では結局実戦描写には入れず、次回の第六章以降に持ち越したいと思います。また近々、原作の艦これにはシステム上存在しない新しい要素を出そうかと思ってますので、どうぞお楽しみに。それではまたお会いしましょう。

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