鎮守府のイージス   作:R提督(旧SYSTEM-R)

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どうも、SYSTEM-Rです。今回は、3姉妹が梅津から呼び出しを受けた理由が明らかになります。感想で「資材消費量のことか」とあたりをつけてくださった方がいらっしいましたが…。さて真相やいかに。


第五章:常識を超えてゆけ(中篇)

 「日本国防海軍ゆきなみ型イージス護衛艦ゆきなみ以下6名。船団護衛任務の為、ただ今新潟港より到着致しました」

 ゆきなみの挨拶に合わせて一斉に敬礼した6人の艦娘に対して、眼前の男は握りしめた右拳を自分の左胸辺りに当てた。軍人の敬礼に対する、文民側の答礼の所作だ。軍人との付き合いには相当慣れているのが分かる。事前に聞いた話では日本人の血は一切引いていないそうだが、彼の話す日本語は聞いていて全く違和感がないほど流麗だ。その名を聞かない限り、彼が漢民族の血をひく満州人であると初見で見抜くのは難しいだろう。

 「海参崴(はいしゃんうぇい)港水先人会、副董事長の王偉超と申します。日本国防海軍の皆さん、ようこそ満州国へ。この度は護衛任務お疲れさまでした。今夜の宿はこちらで手配済です。明日のお帰りまで、ゆっくり休んでくださいね」

 

 梅津からの呼び出しの内容は、3姉妹にとって意外なものだった。執務室で顔を合わせると、彼はまず先日の演習での彼女たちを労うとともに自身の所感を簡潔に述べた。それを終えた後、おもむろに何かを取り出してみせる。手帳くらいの大きさで、緑色の表紙には金色の文字で「日本国 JAPAN」とある。公務員などが用いる公用旅券だった。

 「つい先ほど、君たちの帰化手続きが完了したと法務省から連絡があった。これは今後、君たちが名実ともに我が国の国民となったという証になるものだ」

 艦娘は、軍事戦略上は「海軍や海兵隊、沿岸警備隊が保有する擬人化した戦闘艦」として扱われるが、一方で固有の人格をそれぞれ持つことが公に認知されており、特殊戦闘員なる階級を保有する軍人としての側面も持っている。そして軍人であるということはすなわち、いわゆる外国人部隊を除けばその国の国民としての地位を有していることを意味するのだ。

 彼女たちは、7年前に艦娘保有国の間で締結された「海軍・海兵隊・沿岸警備隊特殊戦闘員の身分保障に関する国際条約(台北で調印されたことから「台北艦娘条約」と通称される)」と、それに合わせて改正された各国国籍法の規定により、各国軍の各種任務に参加するにあたっては、所属国において国籍付与の手続きを経ることが求められている。いわばそれが艦艇時代の「船籍」に相当するわけだ。それにより国籍を取得した場合、軍およびそれに準ずる組織の一員として国防任務にあたる限りは、納税等の義務が免除される特権がある。

 「母親が腹を痛めて産んだ存在ではない」という点を鑑みれば、厳密に言えば艦娘は生物学的にも人間とは区別されるべき存在ではあるのだが、自分たちと同じような姿をしてそれぞれ人格や感情を有する以上は、単なる兵器ではなく人間と見做して制度設計しようじゃないか、というのがこうした法制度の根底にある趣旨だった。そもそも、今の世界における国防や安全保障は彼女たち抜きには語れない。それを考えれば邪険に扱うことなどできなくて当然なのだろう。

 みらいたちは、各々のパスポートに記された自らの「日本国民としての名前」に目を凝らした。ゆきなみだけはどうしても一文字削らざるを得なかったが、「長浦雪奈」「長浦飛鳥」「長浦未来」という名前は、それぞれの船としての名称が反映されたものだ。名字の長浦は、横須賀鎮守府の所在地からとったという。こうした日本人名は他の既存艦娘たちも有しているらしい。あくまでも行政手続き上の氏名で日常レベルでは使われる予定はないが、自身にとっての「もう1つの名前」を3人ともすぐに気に入った。

 そのパスポートを手にいれてから、最初の任務が決まったのはこの席上においてだった。それが、新潟港から満州・海参崴港に向かう輸送船団の護衛だ(行き先が満州ということで、せっかくのパスポートも今回は不要なのだが)。定期的に運行されるこの船団を手配する日満合弁の海運会社は、艦娘や支援艦艇の燃料としても用いられる満州産の原油を取り扱っている関係で、国防海軍とも繋がりが深い。本来、この仕事は同じ日本海側に位置する舞鶴鎮守府が主に担っているが、今は新年度に入って間もない時期ということもあり、他の鎮守府からやってくる新規着任艦娘の演習の対応で手一杯だ。その為、舞鶴に次いで新潟から距離が近い横須賀に御鉢が回ってきたのだった。

 護衛といっても、今回航行するのは日本海側だから深海棲艦からの襲撃の危険があるわけではない。どちらかというと、航海中の艦娘同士の連携や通信装備の動作確認、その作業を通じたお互いのコミュニケーションの深化が目的だ。こうした背景から、基本的にこの護衛任務は練習航海に近い性格を持つと見なされている。派遣される艦娘には、様々な事情で現状では戦闘配備はできないが、かといって遊ばせておくのはもったいないという立場の者があてがわれるのが通例だった。既に6人のうち3人は面子が決まっていたが、残り半数がどうしても決まらない。そこでゆきなみ型3姉妹に白羽の矢が立ったのだ。

 みらいたちの場合、人選の最大の理由となったのは各種兵装の製造と補給に時間がかかるという点だった。今回は新潟と海参崴にそれぞれ一泊ずつ宿泊し、帰りは(先方の港には艦娘の出航用設備がない為)船団と別れて飛行機で帰ってくる二泊三日の日程となる。戻ってきた時には、補給用の弾頭も仕上がっているだろう。せっかく横須賀に戻ったのに、また出直す羽目になるのはスケジュール的にはタフだが、それまでの時間稼ぎとしてはちょうどいいタイミングと言えるかもしれない。補給完了後に臨む実戦の予行演習と思って行ってくるといい、と梅津からは背中を押されたのだった。

 

 水先人は、船舶の出入りが激しい港湾においては欠かせない存在だ。湾内の浅瀬や障害物となりうる地点を知り尽くし、大型船舶をも巧みに岸壁へと誘導する彼らの手腕がなければ、港は交通事故の嵐となりたちまちその機能を失う。優秀な操舵能力を持つ船員と的確な誘導能力を持つ水先人、彼らの力が合わさって初めて船は岸辺へとたどり着けるのだ。

 史実ではロシア領でありウラジオストクの名で呼ばれる、ここ海参崴市の貿易産業の根幹をなす港を取り仕切る水先人会において、王はNo.2に相当する副董事長の座にある。留学時代の友人が、日本の防衛省に勤めている関係で日本国防海軍とのつながりも深く、船団護衛がつく時は基本的に彼が満州側の窓口になっている。もちろん、これまでにも何度も港に迎えているだけあって、日本の艦娘の扱いも実に慣れたものだ。ただその地位に対して年齢はまだ重ねておらず40代前半くらい。岩城同様若くして成り上がった男だということが言える。

 地政学的に海側には重大な脅威が存在しない満州は、陸空と比べるとそこまで本格的な海軍戦力を必要としていない。かつてソ連時代のロシアから割譲した海沿いの地域である外満州には、一応その代替組織としての沿岸警備隊が存在するが、これにしてもそれほど大規模なものではないのだ。その為この国における「海軍関係の仕事」とは、基本的に「日本国防海軍相手の業務」を指す。その「海軍関係の仕事」を、この街で最も優秀にこなせるのが王偉超という人物の強みだった。

 「そういえば、皆さんとお会いするのは今回が初めてですよね。満州にいらっしゃるの自体も初めてですか?」

 興味深そうに周りをきょろきょろと見回すゆきなみ型3姉妹に、王が声をかける。一行は今、宿泊先への送迎の為に港の駐車場に待機している車に向かっているところだ。周囲では、あちこちで日本語の指示や会話が矢継ぎ早に飛び交っている。その声だけを聞くと、思わずここが日本国内であるかのように錯覚してしまいそうだ。

 だが実際には、その言葉を発している者たちの民族的なバックグラウンドは多岐にわたっている。日系、漢人系、女真系、蒙古系、さらにはロシア系。それぞれが異なるルーツを持ちつつも同じ日本語でやり取りする彼ら港湾作業員の姿は、やはり日本国内ではそうお目にかかれないだろう。「自分たちと同じ言語が話される異国」という存在は、みらいたちにとっては新鮮なことこの上なかった。

 「えぇ、そうです。外国にいるはずなのに、普通にそこら中で日本語が飛び交ってる光景ってなんだか不思議ですね。凄く新鮮」

 みらいはそう答えると、「失礼ながら、事前に聞いていたとはいえ王さんも予想以上に日本語お上手ですよね」と付け加えた。そんな純朴な問いかけに王は笑い声をあげる。

 「アハハ、まぁね。うちは漢人の家系だけど、僕だって母語は日本語ですから。日本と満州は、ある意味アメリカとカナダの関係みたいなもんなんです。いや、実際にはそれよりもっとお互いに近いかもしれない。僕ら満州人もあなた方日本人も、実際お互いを他国だなんてあまり意識してないんじゃないかな」

 (えっ…!?あっ、しまった…)

 その言葉に、みらいは気まずそうに口元を手で覆った。まさか日本語が母語の人に「日本語お上手ですね」と言ってしまうとは、何と失礼なことを。不用意な発言で地雷を踏む癖、気を付けなければ。その様子を見ていたゆきなみが、慌ててフォローを入れる。

 「申し訳ありません、王さん。実は私たち、まだ建造されて間もないのでこの世界のことをあまりよく知らないんです。私も日々勉強中の身で…。妹が大変失礼しました」

 「いえいえ、いいんですよ。別にそこまで気にしてませんから。そういう事情であるならなおさら仕方がないです」

 王は笑顔でかぶりを振った。

 「実際、この世界にずっと生きてる人間だってそれぞれ知らないことはたくさんあります。僕にしても、この港じゃ国防海軍さんのことは人並み以上に知ってるつもりだけど、それでも毎日のように新しい知識が入ってくるくらいですから。誰でも日々勉強ですよ」

 そういうと、王は温和な笑みを浮かべながら「せっかくいらっしゃったんですから、短い時間ですが楽しんでいってくださいね」と付け加えた。その言葉にみらいとゆきなみが安堵した時、ふと一筋の海風が通り過ぎる。同じ潮の香りを含んではいるけれど、やはり島国・日本でのそれとは何かが異なる「大陸の風」だった。

 3姉妹と王がにこやかに談笑する、その少し後方では。

 「もう、摩耶さんってば。せっかく一緒に目的地に着いたんだから、そんなに距離をとらずにゆきなみ型の皆さんとももっとちゃんと混じりましょうよぉ。あんまり離れすぎると、皆さんとはぐれちゃいますよ?」

 ゆきなみほど長くはないが、彼女と同じダークブラウンのポニーテールが特徴的な艦娘が、何やら困惑の表情を浮かべていた。彼女と一緒にいるのは、みらいたちと同じく舞鶴から戻ってから再び駆り出されることとなった吹雪だ。

 そしてその2人の眼前では、鮮やかな茶髪と抜群のプロポーションが印象的なもう1人の艦娘が、先ほどからずっとしかめっ面を崩さずにいる。こちらの方が、最初に口を開いた方と比べると見た目は大人びた印象だ。「夜戦、夜戦と騒がなければ」ハイスペック美少女と言われる川内同様、彼女も黙ってすましてさえいればかなりの美人だが、いったん話し始めると途端にその美貌には似合わない悪態が口をつく。

 「うるせぇな秋月。ちゃんとあいつらの姿は見えてるんだからいいじゃねぇか」

 「そんなに変に意地張ってどうするんです。せっかく親睦を深めるいい機会なのに…」

 秋月と呼ばれたポニーテールの少女の言葉にも、彼女は耳を貸そうとしなかった。

 「何が親睦を深めるだ。あいつらは、あたしらの仕事を奪っていくかもしれない相手なんだぞ?同じ防空艦にもかかわらず、悔しくねぇのかよお前?」

 そう言うと、高雄型重巡洋艦3番艦『摩耶』は前方のゆきなみ型3姉妹を睨みつけた。

 「横須賀の艦隊防空の仕事は、これまでずっとあたしと秋月が担ってきたんだ。いくら演習で赤城さんと加賀さん相手に初戦で勝ったからって、ぽっと出のお前らに簡単にその座を譲り渡してたまるか。クソが」

 その言葉に、秋月型防空駆逐艦1番艦『秋月』はため息をついた。摩耶さん、裏表がなくて面倒見もいいお姉さんって感じで頼りにはしてるんだけどなぁ。気持ちは分かるけど、この口の悪さだけはいい加減何とかならないものなんだろうか。

 

 摩耶と秋月は対空戦闘における主力艦として、みらいたちが建造される以前からずっと横須賀鎮守府に貢献してきた。摩耶にはその男勝りな口調とも相まって、「対空番長」などというあだ名までつけられている。自由奔放な重巡の摩耶と真面目な駆逐艦の秋月、艦種も違えば性格的にもまるで正反対の凸凹コンビだが、どちらも艦隊防空にかける情熱には並々ならぬものがあり着任もほぼ同時と共通項が多く、自然とバディを組むようになっていった。

 その2人はつい一昨昨日、舞鶴から帰ってきたみらいたちの演習の様子を撮影したDVDを、他の艦娘たちとともに目にすることになった。特に、ゆきなみ型3姉妹が一航戦と神通を相手取った第2フェーズでの戦いぶりは、2人にとっては本業でもあるがゆえになおのこと衝撃的ともいえるものだった。

 彼女たち自身も、一航戦相手の演習は何度となく経験している。摩耶と秋月自身の対空性能が高すぎる故に、空母相手の演習ではあの2人相手でなければそもそもまともに勝負にならないせいなのだが、かと言って一航戦相手に芳しい成績を収められているのかというと、それは必ずしもそうでもない。それだけ、赤城と加賀のコンビは倒すのが難しい相手ということなのだ。

 その2人が放った第1次攻撃隊40機のうちの32機を、わずか1分で沈めてみせた第2フェーズでのみらいの姿には、実際にリアルタイムで目撃した者たちと同じく摩耶も秋月も絶句する他なかった。彼女をはじめとするゆきなみ型3姉妹は、自分たちとはまるで異なる設計思想により生み出された艦(そもそも、名前が艦級も含めて何故か漢字ではなく、ひらがな表記であることからして不思議に思える)だと聞いたが、まさかそんな早業で一航戦を圧倒できるようなパフォーマンスを発揮するとは、思いもよらなかったのだ。

 だが、同じその映像を見た2人の考え方は大きく異なる。素直で前向きな性格の秋月は当初は呆気にとられつつも、いつしかみらいたちの手腕に感動すら覚えるようになっていた。凄い、こんなことができる艦娘がまさか実在するなんて。この人たちのことをもっと深く知りたい、そして自分もこの人たちのように強くなりたいと。だから、満州行きの追加メンバーにゆきなみ型3姉妹が選ばれたと聞いた時は、秋月は彼女たちと一緒に行動できると知って大喜びしていたのだ。

 一方、これまで自分たちが担ってきた仕事にプライドを持っている摩耶は、秋月とは逆に今後に対して危機感を抱いていた。対空戦闘において、自分と秋月をも上回る圧倒的な性能を持った艦娘が、それも一気に3隻も横須賀に現れた。まだ彼女たちは実戦配備こそされてはいないが、あのパフォーマンスを見れば自分たちにとっては間違いなく強敵だ。赤城も加賀も、その戦闘能力の高さを認めていたと聞いた時は流石にショックだった。もしかしたら、これまでずっと頼られてきた自分や秋月はあの3姉妹に取って代わられ、お払い箱とされてしまうのではないか。その疑念を彼女は拭い去れずにいたのだ。

 だから今回の満州行きが決まった時、摩耶は秋月と違ってそこまで喜ぶことはできなかったし、正直気乗りはしなかった。先ほど王と顔を合わせた時は、流石に異国の地で恥を晒すわけにもいかないので表面上は何とか取り繕ったが、一方で内心3姉妹との距離を感じていたのも事実で、航海中の交信時もずっとどこかつっけんどんだった。ライバル相手に気安くするのは嫌だったし、できれば距離感を保ったままでいたいと思ったのはそういう理由からなのだ。

 尤も、そこで「狡猾な手段であいつらを貶めてやろう」という発想が一切出てこないあたり、摩耶も本当は心優しい性格の持ち主ではある。だからと言ってメラメラと燃え続ける対抗心を収められるわけでもなく、彼女は内心ずっと葛藤していた。そもそも、同じ対空戦を得意とする者同士の親睦を深めるという名目で、自分と秋月を両方とも実戦から外していいのかという点も摩耶からすれば心配だったのだ。

 それこそ、深海棲艦側を代表する強敵である空母ヲ級が現れでもした時、横須賀に残った面々だけで対応可能なのか。いつそんな事態が起きるともしれないのに、自分はこんな場所で油を売っていて本当に大丈夫なんだろうか。

 (あー、クソッタレ。こんな仕事終わらせて、とっとと帰りてぇよ)

 どうにも気分が晴れないまま、摩耶は自分の頭を掻きむしったのだった。

 

 「うわぁ、凄い!!何これ、めちゃくちゃ豪勢じゃないの。どれも美味しそう」

 目の前に並んだ料理の数々を見ながら、あすかが歓喜の声を上げた。宿泊先であるホテル扶桑海参崴のレストランで提供された夕食は、どれも温かそうで見た目にも美しく食欲をそそるものばかりだったのだ。横須賀鎮守府の食事も美味しいけれど、ここで提供されたメニューもかなり味のレベルは高そうに見える。しかも、6人がいるのは高級店顔負けの装飾が施された個室だ。

 実はこの食事こそ、艦娘たちがこの任務で密かに最も期待している物であったりする。ここの中華料理はどれも絶品なことで有名で、しかもお代は自分たちが護衛についた船団の運営企業がお礼として全額持ってくれるのだ。艦娘も人間に極めて近い存在である以上、艦艇時代とは異なり自分で食事を摂ることによってエネルギー補給に努めなければならない。当初はそれになかなか慣れなかったみらいたちも、流石に着任から半月以上が経ってそうした習慣も板についてきた。

 「エビチリに春巻き、小籠包にニラ玉、豚角煮入りのチャーハンにフカヒレスープまで…。凄い、凄い…。こんな豪華なお食事、本当に好きなだけ食べていいんですか」

 「アハハ…。秋月ちゃん、普段はかなり質素でシンプルなご飯だもんね」

 感動のあまり目がウルウルしたままの秋月に、吹雪が苦笑しながら話しかける。

 「えっ。そうなの、秋月ちゃん?」

 みらいが尋ねると、秋月は何度も頷いた。

 「熱々の麦飯に沢庵、牛缶とお味噌汁…。これだけあればかなりのご馳走です。私、普段は対空警戒任務であまり豪勢なものは食べられないので、戦闘糧食のおにぎりと沢庵で済ませてますから…。こんな豪華なメニュー、私には初めてだし不釣り合いかも…」

 ゆきなみ型3姉妹は、驚きのあまりお互いに顔を見合せた。今は平成の時代、大戦末期とは異なり決して世の中は食糧難というわけではない。そのあたりの事情は史実の現代日本と全く変わらないし、その気になればいくらでも食事のグレードは上げられるのだ。

 実際、大和や一航戦コンビは毎日のように凄まじい量の食事を消費するので、あの3人が食堂を訪れると需要に供給が全く追い付かず、その度に調理担当である烹炊員が悲鳴を上げていると聞く。仕事上の都合とはいえ、同じ海軍にいながらかくも食習慣が異なるとは、なんとも哀愁を感じる。

 「人の食習慣にあんまりケチつけるのはアレだけど…。摂るべきものはきちんと摂らないと身体に障るわよ?まだあいにく私たちは実戦を経験してはいないけど、きっと想像してるよりもずっと過酷な生活なんだろうし」

 みらいの言葉に、ゆきなみとあすかも頷く。

 「そうよ。仕事上確かに仕方ない面はあるだろうし、何も大和さんみたいに無理やり大量に食えとも言わない。普段の食事だって決して全否定するわけじゃないけど、毎日そればっかりっていうのもね。せっかくいくらでも美味しいものが食べられるのに勿体ないわ。こういう時くらい、不釣り合いなんて言わずに楽しまないと」

 気づけば、3姉妹の中で最も食事という文化を気に入るようになったというあすかが、みらいの言葉に同調する。その言葉に、秋月は礼を言いながら素直に頷いた。

 「私、実は今日のこの席を本当に楽しみにしてたんです」

 3姉妹と吹雪が揃ってその姿を見つめる中、秋月は言葉を続けた。

 「舞鶴での演習の映像、皆さんが横須賀に帰ってきてから見させていただきました。…、本当に驚きました。まさか、一航戦のお2人相手にあんな戦いができる艦娘がいたなんて思わなかった。それも初見で…。対空戦に特化した防空駆逐艦の私だって、今まで何度やってもあれほど鮮やかには勝てないのに」

 彼女の目はそこで、ゆきなみ型3姉妹に向けられた。顔立ちは姉妹と比べれば幼いが、その目には力強い決意の色がありありと浮かんでいる。

 「私、もっと強くなりたいんです。この国を守るために。だから、今日は皆さんとたくさんお話ししたいです。皆さんのことをたくさん知りたいんです。ここに来るまでは、お互い仕事上の最低限のやり取りしかできなかったから…。どうしてあれだけの戦いぶりができるのか、どうすれば皆さんに近づけるのか。是非、よろしくお願いします」

 そこでおもむろに頭を勢い良く下げた秋月に、みらいは愛想のいい笑顔で応じた。

 「ありがとう。実は私たちにも皆から聞きたいこと、教えてもらいたいことはたくさんあるのよ。自分たちがまだ経験していない、艦娘として臨む実戦のこととかね。そこに関しては皆の方が先輩だもの。せっかくだからいい時間にしましょう。よろしくね」

 「はっ、はい!!ありがとうございます!!」

 秋月が嬉しそうに表情を輝かせたのを見て、今度はおもむろに吹雪が立ち上がった。その手には、オレンジジュースがなみなみと注がれたグラスが握られている。

 「それじゃ皆さん、お料理も冷めちゃいますし早速乾杯しましょう。言い出しっぺなので音頭は私が取りますね」

 その言葉を合図に、他の面々もグラスを手に吹雪の方に注目する。一度咳払いをすると、彼女は改まりつつも明るい調子で口上を諳んじた。

 「それでは皆様、今回は護衛任務お疲れ様でした。特にゆきなみさん、あすかさん、みらいさん、初任務お疲れ様です。おかげさまで航海中は大きな問題もなく、ここまで来られてよかったです。せっかくの満州での夜、皆で楽しみましょう!!乾杯!!」

 「乾杯!!」

 その声と同時に、5つのグラスが「カチン」という音を立てた。…、5つ?ここにいる艦娘は合計6名のはずだが。

 「…、もう、摩耶さんったら。そんなにいつまでもしかめっ面ばっかりしてたら、せっかくの美人が台無しですよ?」

 進行役の吹雪が困惑顔でぼやく。視線の先では、摩耶がずっとむくれたままで黙って座っていた。そういえば、航海中も交信にはきちんと応じるもののどこか愛想が悪かったので、どうしたのかとはみらいたちの側でもずっと気にしてはいたのだった。その敵意がどうやら自分たちに向けられているらしいことにも気づいてはいたが、そうは言っても何か心当たりがあるわけでもないのだ。

 「うるせぇな、言ってろやバーカ」

 舌打ちしながら呟く摩耶に、今度は秋月が声をかける。

 「ちょっと摩耶さん、こういう席でのっけから雰囲気を壊すようなことはやめましょうよ。せっかく、ゆきなみ型の皆さんと同じ食卓を囲んで仲良くなれる機会なんですから」

 「…、仲良く…?」

 その一言に、摩耶がおもむろに眉を吊り上げてこちらを睨む。その険悪な空気に気圧されて、秋月も吹雪も黙り込んでしまった。

 「秋月。お前、なんでこいつらとそんなに仲良くしようなんて思えるんだよ。突然現れたと思ったら、人の持ち場を土足で荒らしていくような奴らと」

 「何よそれ、一体どういう意味よ…!!」

 その言葉に、こめかみに青筋を立てたあすかが思わず立ち上がる。だが、摩耶はそれに怯むでもなく攻撃的な視線を向けたまま答えた。

 「横須賀の艦隊防空の仕事は、あたしと秋月がずっと担ってきたんだ。その自分の持ち場を丸ごと奪い去って、あたしらをお払い箱にするかもしれないような奴らと、どうして仲良くなんかやれるかって言ってんだよ」

 「何ですって…!?」

 和やかに始まるはずだった異国・満州での一夜。そのかけがえのない時間は、いきなりとんでもない修羅場として幕を開けたのだった。




ジパング×艦これ2次創作はハーメルンでも何度か読んでいますが、摩耶が主要キャラとして登場する作品はそういえば見たことがない気がします。どっちかと言えば、「男前キャラ」として出てくるのは天龍の方が多いような。今作ではそのポジションを摩耶が務めることになります。のっけからのこの威圧っぷりで第一印象は最悪ですが、果たして挽回できるのかどうか。

そして、今回は珍しく満州という異国が舞台となっています。異国と言っても同じ日本語圏なのですけどね。実は筆者は幼少時代にイギリスで育ったんですが、ご存知の通りいわゆる英語圏は世界規模で広がっているので、「イギリス人はアメリカに旅行に行っても、自分の母国語だけで意思疎通できるから便利だよなぁ」とはずっと思っていました。もちろん我々日本人にはそれを真似することはできませんが、もしそれができたとしたらどんな感じなんだろう、というのを想像しながら書いてみました。

次回は最終盤で火花を散らした2人が主役となる予定です。どうぞお楽しみに。それではまたお会いしましょう。

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