鎮守府のイージス   作:R提督(旧SYSTEM-R)

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どうも、SYSTEM-Rです。今回から新章に入ります。舞鶴での演習を終えた横須賀鎮守府一同。双方の中心戦力は、それぞれあの戦いをどのように捉えていたんでしょうか。それではどうぞ。


常識を超えてゆけ
第五章:常識を超えてゆけ(前篇)


 昨日の晩、俺は妙な夢を見た。得体のしれない暗闇の中で、訳も分からずに1人きりで立ち尽くしていたら、突然ハイトーンの連続的なブザー音とともに周りが明るくなった。そこで、明かりの点いていない室内で鮮やかに光を放つモニターや沢山の機器類、そして何やら深刻そうな表情でそれらに向かう男たちの姿を俺は見た。やがて最初に鳴った音の正体が戦闘配置を命じる武鍾と呼ばれる通知音で、自分がいたのは戦闘艦のCICの中だということに気づいたんだ。

 はじめ、俺はそこがげんぶのCICなのかと思った。艦娘たちの遠洋への出撃の為に、しょっちゅう乗ってるからな。だが、そこはどうも様子が違った。モニター画面上に映されている物は、明らかに俺が見慣れている映像とは違っていたんだ。やがて、周りの会話で状況がなんとなく分かった。そこは駆逐艦の艦内で、自分が乗っている船は今まさにアメリカの潜水艦からの魚雷攻撃への対処の最中だったんだ。だが、何故俺がそんな船に乗っている?そもそも、友軍であるはずのアメリカが何故日本の船を攻撃してるんだ。

 「そんなに…、僕たちの力が…、見たいのか…」

 突然、ある方向から声が聞こえた。その方に顔を向けた時、俺は心底驚いた。そこにいたのは、何と補給課の米倉だったからだ。何故だ、何故お前がCICにいる。夢の中では自分の顔見知りたち誰もが突拍子もない登場の仕方をするというが、お前の持ち場は工廠のドックじゃなかったのか。そのお前が、なんで発射管制装置の前に座ってるんだ。

 「攻撃してくる…、お前らが…悪いんだぞ…」

 米倉の指は、何かのボタンを押そうとしているのか空中に掲げられていた。だが、その指先も声も激しく震えている。周りに、彼の異変に気が付く者もいない。それを見て俺は気づいたんだ。こいつは、何かを上官の許可なく勝手に撃とうとしていると。

 (おい、お前一体何を企んでる?何しようとしてるんだ?)

 声を上げ咎めようとしたが、何故か自分の声を発することが出来ない。そうこうしているうちに、攻撃は実行されてしまった。

 「やってやる…。やられる、前に!!」

 俺だって長年海軍にいる。経験上、その勝手な行動が直ちに露見することは当然理解している。軍隊において、指揮系統を無視した単独行動などご法度中のご法度だ。まして、攻撃火器をぶっ放すような真似をしたならなおのこと。もちろん、この時も同じだった。今度はまた、別の方向から声がしたんだ。

 「前甲板VLA開放、アスロック飛翔中!!魚雷発射ポイントに向かっています!!」

 「誰が発射ボタンを!?」

 それからすぐに、放心状態でがくがくと震えている米倉の方に走っていく人影が見えた。奴の胸倉を掴んだ瞬間、そいつが大声で怒鳴るのが聞こえた。

 「米倉ぁ!!貴様、一人で勝手に戦争をおっ始めるつもりかぁ!!」

 そこで俺は妙な違和感を覚えた。その声の調子といい言葉遣いといい、どうもどこかで聞いたことがあるものに聞こえたんだ。それも、しょっちゅう自分自身が耳にしているはずのもの。なのにどうして、その声をどこで聞いたかが思い出せないのだろう。

 「やらなければ、やられます…。砲雷長」

 混乱と恐怖感で目が泳いだままの米倉が、その男に対して必死で声を絞り出す。その時だったんだ、俺と米倉の目が偶然合ったのは。眼前の米倉が俺の顔を見て、「あっ」という表情を浮かべる。それに釣られて、その米倉の胸倉を掴んでいた男も振り向いた。

 その瞬間、全てを理解した俺はその場に固まった。その場の時間が全て止まったかのような感覚だった。何故、米倉を怒鳴った男の声に聞き覚えがあったのか。米倉を怒鳴りつけ、そして俺に向かって振り向いた眼前のそいつは…、俺自身だったんだ。目の前にいるもう1人の俺が、俺の顔を見つめたまま驚愕の表情を浮かべたその瞬間、その場に大音量で総員起こしのラッパが鳴り響いて俺は夢から覚めた。

 目覚めた時、俺はびっしょりと全身に汗をかいていた。今もあの光景が鮮明に脳裏によみがえるが、実はまだ何がなんやら理解できていないんだ。俺が目撃したあのやけに不思議でそれでいて懐かしい光景は、一体何だったんだろうな…。

 

 川内は畳の上に敷かれた敷布団の上に寝っ転がったまま、真っ白な天井をじっと見つめていた。彼女は他の演習参加者とともに舞鶴鎮守府へ戻ってから、つい先ほど入渠を済ませて臨時にあてがわれた自室に戻ってきたところだった。

 一般的に、船の入渠といえばドック入りしての修理のことを指すが、人間の女性の姿である艦娘にとっての入渠とは、すなわち演習や遠征から戻って風呂で身体を休めることを意味する隠語のようなものだ。戦闘で負ったダメージによって大破なり中破なりした時も、このプロセスを経ればたちまち元に戻る。演習の最後で前後両方から実弾の攻撃を食らった神通は大破を余儀なくされたが、おかげでそれが嘘のように元気になっていた。

 個人差はあるが、概ね駆逐艦は烏の行水なのに対し戦艦などの大型艦は長風呂となることが多い。肉体のダメージはもちろん、風呂から上がった時にはボロボロになった服や艤装まで綺麗に元通りになっている理由は本当に謎だ。妖精さんたちの力を以てしても、そこまであっという間に新品同様には戻せないはず。恐らく誰しもがその仕組みを解明してみたいと思っているだろうが、未だに真理にたどり着いた者はいないと聞く。

 それにしても、と川内は大きく息を吐いた。先ほど、自分が入浴している時は心底驚かされたものだ。一緒に入った那珂と、演習で圧倒的な実力差を見せつけられたことへの恨み節を連ねていたところに、突然その原因を作った張本人であるみらいが現れたかと思ったら、おもむろに自分たちに土下座して詫びを入れてきたのだから。恥も外聞もかなぐり捨てて素っ裸のままでひたすら謝り続ける彼女の姿に、川内たちは怒るのも忘れてただただ呆気にとられるしかなかった。

 みらいはその時に全てを明かした。演習開始前に、輸送艦の中で自分たちを挑発したのは決して悪意によるものではなく、あくまでも開戦と同時に自分たちに先に撃たせる動機付けをするための作戦の一環だったのだと。自分の姉たちは実戦経験がないし装甲だって薄く作られていることを考えれば、その道のプロである自分たち川内型相手に砲雷撃戦なんてとてもじゃないけどやりたくなかったし、終盤まで一発を食らうリスクを抱え続けるのも嫌だった。それなら最初から撃たせてしまえと思いああいう行動に出たのだと。

 もちろん、川内と那珂はその言葉をすぐには信用できなかった。だが後から入ってきた神通・赤城・加賀、さらにみらいが策を具申した相手であるゆきなみとあすかもそれを正しいと証言したこと、それによって作戦立案の動機が自分たちに対する悪意どころか、リスペクトに基づくものであったことを確認できたことでようやく彼女たちも矛を収めたのだった。今回は許すけど、次にまた同じことを自分たちにやったらただじゃおかないからね、と念押ししたうえで。

 しかしまぁ、このみらいという艦娘は何度自分たちを驚かせたら気が済むのだろう。今まで我々川内型も何度となく戦闘演習に臨んできたけれど、あれほどまでに掌の上で踊らされ、実力差を見せつけられて完膚なきまでに叩きのめされたのは初めてだった。戦艦を相手にしてもなお、おいそれとは引いたりしない自分たちが、である。彼女の姉たちだって、本当に実戦経験が今までないのかというくらい鮮やかな手際だったし、チームブラボーがチームアルファに圧勝を収めた今回の結果も、妥当と言えば妥当なのかもしれない。彼女たちが所属していたという海上自衛隊なる異世界の海軍、あな恐ろしや。

 彼女たちの艦種名に含まれる「イージス」とは、神話に登場する「神の盾」を意味する言葉だと聞いた。仮にも盾を自認する者が、あれだけの攻撃力を持っているなんて反則もいいところだと思うが、曰く「限界まで強化した盾で思いっきりぶん殴ったら、それは相当なダメージを相手は食らうだろうし場合によっちゃ命にも関わるでしょう」とのこと。言わんとすることは分かるけど、それって武力の使い方を盛大に間違えてないかと突っ込んだら負けなんだろうか。大体、今回の演習で彼女たちが披露した一連の戦いぶりは、どう見ても防御用の武装で緊急避難的に殴っただけなんてレベルではなかったのだ。

 押し寄せる航空機を、1機につき一発ずつの艦砲射撃で叩き落せるほど正確な砲撃精度、逆に自分たちからの砲撃は結局一発たりとも食らわなかったほどの圧倒的な機動力。シースパローという名の対空ミサイルや、神通を追いかけ回し主砲弾ともども止めを刺した、アスロックなる空飛ぶ魚雷での攻撃も凄まじかった(その魚雷がなんと、本来は潜水艦に向けて撃つものだと聞いた時は腰を抜かしたものだ。そもそも、潜水艦を魚雷で攻撃するなんて発想自体が自分にはなかったのだから)。どれもこれも、戦闘にまつわる自分の常識を根底から覆すには十分すぎるものだった。

 それにしても、こんな化け物みたいな性能を持った船とこの先自分は一緒に戦うのか。深海棲艦の脅威を思えばその存在は心強くはあるけれど、なんだか彼我の差を見せつけられて自分が嫉妬の塊になってしまいそうだ。川内は仰向けからうつ伏せに姿勢を変えながら、内心呟いた。

 (彼我の差…。そうだよねぇ。もちろん戦闘艦としてもそうだけど…、見た目も大人っぽいしその上脱いでも凄かったからなぁ、あの子たち)

 ふと風呂場での光景がまた頭によぎり、川内は思わず顔を赤くして唇を尖らせた。枕に突っ伏しながら足をばたつかせる。軍服を着ている姿を見た時から、スタイルにはかなり恵まれている子だと薄々感じてはいたが、先ほど初めて目の当たりにしたみらいの裸身は想像以上に物凄いプロポーションで、それこそ戦艦や重巡のカラダかと錯覚してしまった。しかも、その点に関してはゆきなみやあすかも同様だったのだ。驚きのあまり思わずガン見してしまい、逆に自分がみらいたちに対して謝る羽目になったほどだ。

 そういえば高雄型だったか、国防海軍にもそのグラマラスなスタイルで野郎どもから大人気な重巡4姉妹がいる。重巡とは個人的に付き合いがあまりないから詳しくないけれど、ひょっとしたらあの人たちともまともにタメ張れるんじゃなかろうか。ゆきなみ型3姉妹自身は護衛艦と名乗りつつも、艦種区分としては一応駆逐艦扱いだったはずなのだが。人間で言えば高校生くらいの見た目と言われる自分たちと比べると、みらいたちは明らかに大人びて見える。川内に言わせればまさしく「お前のような駆逐艦がいるか」である。

 (戦闘艦としても女の子としても私たちより上とか…。くそぅ、やっぱ羨ましいなぁ)

 新たな盟友たちの色々な意味での「戦闘力」を素直に認めながらも、やはり首をもたげてきた悔しさを抑えられず拗ねずにはいられない川内は、頭から布団をかぶるとそのままふて寝してしまったのだった。その日の夜に限っては、彼女は珍しく20時を過ぎても夜戦に行くと騒がなかった。

 

 「なんかすいませんね、行きも帰りも陸軍さんの輸送機に乗せていただいちゃって」

 みらいは申し訳なさそうな顔で頭をかいた。今、国防海軍横須賀鎮守府ご一行は二手に分かれ、舞鶴から一路関東へと舞い戻っている。みらいが口にした通り、やはり今回も送迎を引き受けてくれたのは国防陸軍だった。

 「あぁ、いいんだいいんだ。お姉さんたちが気にすることじゃないから。軍種は違えど俺たちは同じ日本国防軍の一員なんだ、助け合うべき時は助け合わないと。今回だって、たまたまスケジュール的に空いてたから協力してるだけだしな」

 迷彩服に身を包んだ、40代半ばくらいの陸軍将校が答えた。階級は中佐で、名は神谷と聞いた。陸軍側ではこの機内で一番上の立場の人らしいが、非常に鷹揚かつ気さくで話しやすいおじさんという感じの雰囲気だ。

 「なーにかっこつけてんスか大隊長、横須賀鎮守府ご一行が帰りの交通手段を探してるって聞いて、なりふり構わず『俺が乗せて帰ります!!』って引き下がらなかったくせに」

 コックピットの副操縦席に座った20代半ばくらいの若い中尉が、ケラケラ笑いながら自分の上官をからかう。神谷は不思議とそれを咎めるでもなく、「うるせぇな。しょうがねぇだろ、こんな機会なんてそうそうねぇんだから」と顔を赤くして呟いた。

 「えっ、そこまでしてわざわざ引き受けてくださってたんですか。なんでまた」

 訳が分からず首を傾げたみらいに、木更津と名乗った副操縦士は明るい調子で答えた。

 「そりゃ、君らみたいな美人を乗せてフライトできる口実が作れるからに決まってるだろ。俺たちが食いつく動機なんてそんなもんだよ」

 何かと思えばそんな単純な理由かい、と思わず一斉にずっこけそうになった艦娘たちを尻目に、木更津は「あぁ、スケジュール的にちょうど巡り合わせがよかったっていうのは本当だぜ?」と口にしつつ愚痴をこぼした。

 「あーあ、海軍の奴らは羨ましいよなぁ。あいつら、鎮守府じゃ毎日のように綺麗な女の子に囲まれてるんだもんなぁ。むさくるしい野郎ばかり集まった俺たち陸軍からしたら、海軍の鎮守府はまさしく天国そのものだよ」

 いかにも欲望丸出しの発言に、みらいは思わず「いくら女の子に囲まれてるからって、職場が天国とは限らないでしょ」と吹き出した。陸軍には陸軍の大変さがあるように、海軍には海軍の大変さがあるのだ。それは空軍や海兵隊だってきっと同じ。いや、そもそも軍隊以外の世界だって実情は同じなんだろう。みらいは外の世界の実情までは知らないけれど、きっとこの世に天国なんて呼べる場所なんてそうそうありゃしないのだ。

 ねぇ、木更津中尉。可愛い女の子目当てで海軍への異動願を出したいならそれはあなたの勝手だけど、多分それだけのモチベーションで長続きするほどこっちも簡単な世界じゃないですよ。大体、私たち艦娘は人間の姿をしているけど、あくまでも「船」なわけであって。少なくともうちの菊池少佐曰く、艦娘と人間は確かに重要なパートナー同士とはいえ、別にそういう意味の関係性じゃないらしいですしね。

 「そのセリフ自体は否定しないが、お前お客様である海軍ご一行様の前で上官を茶化すとはずいぶんいい度胸してんな、おい?」

 ようやく普段のテンションを取り戻した神谷が、木更津に対し「お前、駐屯地に帰ったら覚悟しとけよ」と凄む。上官相手に調子に乗ると後で手痛いしっぺ返しが来る、これぞまさしく軍隊あるあるだろう。おぉ怖い、と笑いながら肩をすくめる艦娘たちから目を背け、気圧された木更津が黙りこくるのを見た神谷はみらいたちの方に再び顔を向けた。

 「それにしても不思議だよなぁ。君たちは見た目こそ俺たちと同じ人間なのに、戦闘になったら軍艦一隻に匹敵する攻撃力があるんだろ?」

 「そりゃまぁ、言ってみれば戦闘艦が人間の格好をしてるだけだしねぇ」

 あすかが呟く。3姉妹の中では唯一敬語が使えない彼女だが、不思議とそれを上官や目上の人々から咎められることはない。それを許してしまうのは、彼女がそれだけ魅力的な存在ということなのだろうか。恐らくそうなのかもしれないが、詳しくは実際のところみらいにも分からなかった。

 「まぁ、そういうことなんだろうけどな。それもまた不思議な話だが」

 神谷はそう答えると、ふと興味深そうな顔で尋ねてきた。

 「なぁ、例えば艦砲射撃って君たちの場合はどうやってるんだ?今の君らは特に武装も何もしてないようだけど。海に出る時はもちろん攻撃火器を備えてるんだろ?」

 「あぁ、それはですね。私たち艦娘には、生身の肉体とは別に艤装という攻撃用の装備がそれぞれ1人1人にあって…」

 行きの時とは別に、帰り道では一緒に乗り合わせることとなった神通が、自分たちがどのように敵艦を攻撃しているのかを身振り手振りを交えてレクチャーする。みらいは彼女のそんな姿を横目でじっと見つめていた。

 昨日の演習の決着をつけたラストシーン。みらいは赤城と加賀の両名の後ろでひたすら逃げ回っていた神通を仕留めるために、普通なら考えつかないであろう思い切った策に出た。それが、水上艦の一類型たる軽巡洋艦である彼女に対し、本来は対潜攻撃用に用いられる弾頭であるアスロックを発射するというウルトラCだ。

 発射された後、パラシュートによってしばらく空中を漂うという見慣れない弾頭の動きによって、一瞬相手を惑わせてその動きを止める。着水後、探針音を放ちながら目標を追尾するという特徴を活用し、相手陣内奥深くに張り付いていた神通を強制的に走らせる。そして体力面の限界から彼女の足が止まり、赤城と加賀も虚を突かれて防御しきれなくなったその隙を突いて、主砲攻撃を実施。前方からの主砲弾と、後方から追いかけてきたアスロックとで挟撃して万事休すに追い込む、というのがみらいの意図だった。

 結果的には全てが思惑通り上手くいったが、そんな強引な策をとらざるを得なかったのはチームアルファの守りが想像以上に堅かったから、というのも大きな理由だ。向こうはこちらの兵装に完膚なきまでに叩きのめされたと感じているかもしれないが、演習で自分たちに真っ向から向かってきた姿を見れば、彼女たちだって決してただで転んだわけではないとみらいは思う。

 川内型3姉妹にせよ一航戦コンビにせよ、これまで国防海軍をずっと柱の1つとしてそれぞれ支えてきただけのことはあると感じさせられたのは事実だし、それに対してはブラボー側としても改めて敬意を払っているのだ。演習前にはかなり好き勝手言ったけれども、あれは本当にあくまでも向こうの先制攻撃を引き出すための演技であって、本気で彼女たちを傷つける意図など微塵もなかった。事後にあれだけ謝ったのに、最初川内と那珂にはなかなか信じてもらえなかったのは少し寂しかったが。割とすぐにフォローが入って助かった。

 そうそう、2人に詫びを入れに行ったのはちょうど演習から帰って入浴していたタイミングだったんだけど、あの時川内さんが私の裸を見てしばし固まったと思ったら、急にやけにテンパった様子で逆に謝り返してきたのは一体何だったんでしょうね。そういえば横須賀でも、私と一緒に入った子たちは同じようにやたら挙動不審だった気がする。理由は分からないけど、気にしないでおいてあげた方がいいのかなぁ。ちなみに艦娘になって初めて経験するお風呂タイム、リラックスできるので結構好きかもしれません。

 まぁ何はともあれ、仲間内での演習とはいえど艦娘となって最初の戦闘を白星で飾れたのは、非常に幸先のいいスタートだ。実戦経験のなさが不安だった2人の姉たちも、実際にいざ始まってみればしっかりと結果を残したのは好材料だろう。何より、「あまり奇襲や奇策の類を好まない」と口にしていたあすかが、自分の具申した作戦をきちんと受け入れて役割を果たしてくれたのはありがたかった。この先、実戦でも納得できる成果を上げられれば言うことなしだ。

 「へぇ、最近の海軍の戦い方っていうのは面白いんだなぁ。俺たち陸軍とは似ているところもあるけど、まるで違うところも多くて勉強になるわ」

 神谷は感心した様子で、神通の説明に何度も頷いた。裏表がなく非常に好奇心旺盛な人らしく、とても興味津々といった感じである。そういえば、そういう雰囲気はどことなく尾栗にも似ているかもしれない。

 「そうそう、せっかくだからお返しにお姉さんたちに教えとくよ。あくまでも参考までにな。俺たち陸軍は、射撃号令のかけ方は海軍とはだいぶ違うんだ。例えばだけど…」

 こう言うと、今度は彼の方が先生役になる。その話に艦娘たちも興味深そうに聞き入った。陸軍と海軍、旧帝国軍の時はその確執が戦争になぞらえられるほど仲が悪かったのに、そんな姿も今や遠い過去の遺物になったらしい。輸送機は和気あいあいとした雰囲気のまま、一路横須賀へと進んでいったのだった…。

 

 横須賀に戻ったみらいたちには、早速片づけるべき重要な仕事がある。それを処理するため、3姉妹は揃って工廠にいた。尤も、お目当ては建造ドックではなくてその脇にある兵装開発のための作業場なのだが。

 「どうかしら、妖精さん。何とかこれ、なるべく早い段階で補給が利くようにならない?」

 みらいは、自分の目の前にある机の上で設計図片手にシースパローとにらめっこし続ける、装備妖精の1人に話しかけた。自身の艤装に所属する妖精たちの間での最高責任者であるらしい彼女は、時折他の妖精たちと相談しながら頭をひねっていた。みらいのすぐ後ろでは、ゆきなみとあすかも興味深そうに妖精たちの様子を見守っている。

 3姉妹が片付けるべき仕事、それは自分たちが戦闘で用いる各種兵装の兵站・補給体制の一刻も早い確立だった。特に急務なのがシースパローの補給だ。元々演習の場では積極利用する予定ではなかったのが、第2フェーズでの航空攻撃に対応するためにみらいの判断でやむを得ず解禁したので、当然その分を早く補給できるようにしておく必要があった。

 あの時は3人ともシースパローを使う結果となったものの、結局ローテが一巡するまでにとどめて残りは主砲とCIWSで何とか対応したので、そこまで極端に残数が減っているわけではないが、それでも今後を考えれば一切補充なしというわけにもいかない。そしてそれは何もシースパローに限った話ではないのだ。

 主砲弾にしても、127mmサイズの弾頭自体は大戦期仕様のものの備蓄が大量に存在するしそれらも使えないことはないが、やはり「とりあえず撃てる」程度のものでしかない。短期的には応急処置としてそれらに頼ることもできるけれども、最大射程37kmという性能をフルに発揮させるには、どうしても「純正品」にこだわる必要があった。

 「うーん、そうですねぇ…」

 声をかけられた妖精は、難しい顔をしながら呟いた。本来、今までに存在しなかった新種兵装の補給体制確立という超重要課題を解決するための集まりなのだから、ここは非常に真面目な場であるはずなのだが、その様子を目にしたみらいの口からは思わず笑みがこぼれる。何せ、自分の目の前にいる職人たちは皆見た目が小っちゃくて可愛らしいので、何をしていてもその一挙手一投足に非常に和ませられるのだ。

 「とりあえず作るの自体は大丈夫。シースパローも他の弾頭も、手元に建造のデータはちゃんと残ってます。材料さえ何とかしてもらえれば、ですねー。ただ製造工程が複雑だから、時間は少し余裕もって見てくれると嬉しいなぁ」

 「とりあえず、今の段階で補充すべき分はどれくらいで作れそうかしら?」

 ゆきなみが真面目な表情を崩さずに尋ねる。

 「うーん…」

 リーダー妖精はしばし宙を見つめると、「とりあえず…、3日」と呟いた。

 「今回は皆を建造してから初めてやる作業なので、経験が十分じゃないんです。作らなきゃいけない種類もいっぱいだから、まずそれで頑張ります。でも、慣れてきたらあっという間に作っちゃいますよっ」

 3日、か。3姉妹はお互いに顔を見合せた。その間は、補給が万全ではない以上前線に出るのは控えた方がいいということなのだろうか。演習での戦いぶりを目の当たりにした梅津司令官は、少しでも早く自分たちを実戦配備したいということらしいが、それを待たせてしまう羽目になるのはいかんともしがたい。とはいえ、そもそも現代兵装自体をまともに作れるのは、この国防海軍でもまだ彼女たちの妖精しかいないのだ。その彼女たちが3日かかるというなら、それを当てにするほかあるまい。

 「うん、分かった。とりあえずそれで頑張ってみて。期待してるし応援してるわよ、私たちの活躍如何はあなたたちにかかってるんだから」

 みらいの言葉に、リーダー妖精は力強く頷いた。

 「はいっ、おまかせください。お姉さんたちのために精一杯頑張りますよー」

 彼女はそう言って、おもむろにビシッと敬礼を決めてみせた。得意げな表情のその姿は、なんとなく幼い感じの口調とも相まって愛嬌たっぷりで非常に可愛らしい。3姉妹は一様に笑顔を浮かべながら、揃ってそれに敬礼を返した。

 その時、工廠内にある内線電話がおもむろに鳴り始めた。振り向いた先で、電話機の近くにいた米倉が受話器を取る。その声がこちらにも聞こえてきた。

 「はい、補給課工廠。…、あ、お疲れ様です司令官、米倉です。はい…、はい。…、ゆきなみ型ですか?えぇ、ちょうど3人ともこちらにおりますが。…、はい、かしこまりました。執務室ですね、すぐ向かわせます。失礼いたします」

 電話を切ると、米倉はすぐにこちらに向かって大声で呼びかけてきた。

 「ゆきなみ、あすか、みらい。梅津司令官からお呼び出しだ。話があるから、至急執務室まで来てくれだそうだ」

 「梅津司令官から…?」

 3人は今再び、なんの用件かとお互いに顔を見合わせたのだった。




米倉はあのセリフを言わない予定だと以前言ったな、あれは嘘d…、えっ、ちょっと待って、石投げないで!!い、言ったのは大尉じゃなくて一尉の方の米倉だから(震え声)

冒頭の場面は、菊池による述懐というこれまでにない形を採っています。夢に出てきた場面はもちろん米倉が原作でアスロックを無許可発射したシーンですが、一体なぜこんなものを唐突にぶち込んだかはまだ秘密です。後々伏線は回収する予定ですのでどうぞお楽しみに。

また、今回は以前出てきた艦これにおける中破判定基準に続き、「入渠」の仕組みを描かなければいけないという都合上、一部申し訳程度のお色気描写が入っています。そのため、一応必須タグのR-15を設定で加えました。まぁ、あくまで少年誌レベルのものでしかないですけどね…。次回以降はこれまで通りの健全路線に戻します。

次回は3姉妹が梅津に呼ばれた理由が明らかになります。そろそろ実戦にも入りたいと思っています。どうぞお楽しみに。それではまたお会いしましょう。

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