鎮守府のイージス   作:R提督(旧SYSTEM-R)

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どうも、SYSTEM-Rです。今回で演習が終了となります。果たして、一航戦相手のマッチアップの結末やいかに?それではどうぞ。


第四章:21世紀の戦闘(後篇)

 「盤外戦…?挑発も全て作戦のうちって、どういう意味ですか、加賀さん」

 一旦無線機の電源を切ると、神通は怪訝そうな顔で尋ねた。視線の先では、加賀に引き続き赤城が展開させた艦載機が、ゆっくりと空へ舞い上がっていく。

 「どういう意味も何も、申し上げたその通りの意味です、神通」

 「ですから、その仰ったことというのは…!!」

 柄にもなく思わず気色ばんだ神通を、加賀は手で制した。

 「あなた方が起こした弾切れとその瞬間に受けた狙撃、あれは偶然の産物ではない。彼女たちがそうなるように仕向けたのです」

 「…、えっ!?」

 神通が目を見張るのを尻目に、加賀は言葉を続けた。寡黙な自分が、珍しく饒舌になっていることにも気づかずに。

 「砲を向けられた瞬間、あなたも気づいたのでしょう?彼女たちが、あなたたちが弾切れを起こすことを初めから狙っていたのには。あの護衛艦たちは、わざと演習開始と同時に一方的に撃たせてそれをひたすら躱し続けることで、躍起になったあなたたちの弾薬の消耗を通常よりも早めさせていたのよ」

 「そんな…。それじゃ、演習直前に私たちがみらいさんから受けた挑発は…」

 「おそらく、本気で私たちを貶めたり傷つけようとしたりして言ったのではないわね。全てが計画的に行われた作戦の一環。あなた方が先にトリガーを引いて仕掛けることを選ぶよう、誘導する為の撒餌だったんでしょう」

 それに答えたのは加賀ではなく、赤城の方だった。

 「彼女が加賀さんに言い返した時、どうも本気で怒って言っているようには見えなかったから、『もしや』とは思ったのだけれど…。どうやら、本当に演技だったようね。加賀さんの挑発に釣られたふりをしてこちらを罠にはめるなんて、全く大した役者だわ」

 神通は、ただただ唖然とするしかなかった。船の中で突然みらいが牙をむいた瞬間から今までに起きた出来事が、走馬灯のように脳裏に蘇る。まさか、その全てが最初から仕組まれていたことだったなんて。私たち姉妹は、演習開始の号令がかかる前から彼女たちの掌の上で踊らされていたというのか。そんな彼女たちに「真面目にやれ」だなどと言い放った自分の無知蒙昧さを、神通は恥じ入るほかなかった。

 「まぁ、新入りの喧嘩の売り方にしてはよくやった方ね。着眼点や発想も悪くはないわ。尤もその魂胆がこちらに露見した以上、同じ手は通用しないわよ」

 加賀が呟いた。自分にも他人にも厳しく、滅多に他人を褒めることのない彼女にとっては、最大級の賛辞の言葉かもしれない。その加賀が、突然神通に顔を向ける。

 「神通。あなたの手元にある残弾数、まだ撃ち尽くしてはいないにせよ恐らくかなり限られているのでしょう?」

 「は、はい…」

 神通の答えを聞いて、加賀は静かに頷いた。その目は、覚悟に満ちている。

 「ならば、今はひたすら逃げることだけ考えなさい。ここから15分間、我々が勝てるかどうかはあなたの生存次第。彼女たちからの攻撃は、私と赤城さんで対処します」

 「大丈夫よ、神通さん。ここは私たち2人に任せて。あなたのことは、我々一航戦が最後まで守り抜きます」

 赤城もそれに同調する。だが彼女たちのその頼もしいはずの言葉に、神通は内心乾いた笑い声を上げるしかなかった。この2人は、本来であれば戦闘においては空母機動部隊の中核戦力として「守られる」側の存在なのだ。その一航戦に、自分を「守る」役割を引き受けさせるなんて。全く、この演習が終わったら私も勉強し直しね。

 だが、今はそんな雑念に捉われている暇はない。彼女たちの言う通り、とにかく死ぬ気で逃げきるしかないのだ。あのほぼ百発百中の砲撃から逃げおおせない限り、この演習で勝利を手にすることはできない。神通は力強く頷くと、前方のチームブラボーからの死角に入るべくゆっくりと後ずさりを始めた。その耳に、加賀と赤城が各々の艦載機へと指示を送る声が届く。その声は、戦闘モードそのものだった。

 「雷撃隊、高度200に降下。艦爆隊、高度3000まで上昇。全機アタックポジション」

 

 ここからの15分が本当の勝負。それは、相対するチームブラボーにとっても共通の認識だった。この演習における真打の登場に、今までにもまして3姉妹の胸が高鳴る。「来たわね…」とゆきなみが誰にともなく呟いた。

 先ほどの反撃で、敢えて神通を残したのには理由があった。ブリーフィングの場でも説明があったとおり、時間無制限の第1フェーズに対してここからの第2フェーズには15分というタイムリミットがある。もし、第1フェーズにおいてみらいたちが川内型の3隻を同時に撃沈していた場合、この第2フェーズでは赤城と加賀の両方をタイムアップまでに、中破以上に追い込まなければならないところだった。

 しかし、正規空母である赤城と加賀の装甲は戦艦にこそ及ばなくとも、川内型3姉妹のそれよりも遥かに硬い。他方、みらいたちの主砲は発射弾数と精度ではずば抜けていても、火力そのものはそこまで高いわけではないのだ。主兵装の各種ミサイルを解禁すれば別だが、主砲とCIWSだけで中破に仕留めるのは困難と言ってよかった。

 一方、神通が残った状態である今は空母2隻の状態にかかわらず、その残った軽巡1隻を沈めれば勝利できる。第1フェーズで一方的に撃たせたおかげで向こうは残弾数も残り少ないだろうし、こちらの機動力を見せつけた今は無暗に撃ってくる危険性もずっと低くなった。何より、最も危険な存在と見なしていた川内を第1フェーズのうちに撃沈できたのは、僥倖と言ってもいいだろう。

 とはいえ、「1隻残し」にもそれはそれで難しい側面がある。神通が残ったことで、赤城と加賀の両名はチームブラボー側の勝利条件に関わらない存在となったものの、「3隻全ての撃沈」という敗北の条件には引き続き関与してくることになる。実戦と同じく爆装した状態で飛んでくる艦載機の数は、2隻合わせて約180。この物量相手に先ほどまでと同じ手は通用しない。容赦なく襲い掛かってくる航空攻撃をうまく躱しながら、神通を狙っていかなければならないのだ。

 ここからは、「15分以内に」「3隻全てが撃沈させられる前に」「残った神通を撃沈する」という全ての条件を満たしてチームブラボーが勝利するか、そのいずれか1つでも満たせずに敗北するか。残った選択肢はこのいずれかしかない。後は、イージス艦にとっての十八番である対空戦闘でどれだけのパフォーマンスを見せられるか次第である。

 「第2フェーズ、教練対空戦闘用意!!チームブラボー全艦、主砲揚弾、榴弾。発射管制、マニュアルからセミオートに切り替え。80度、7マイル。主砲・短SAM、攻撃用意!!」

 ここからは、チームブラボーと一航戦の間では実弾での撃ち合いが始まる。大和の言を信じるなら、一発でも食らえば待ち受けているのは撃沈判定と、それ以上の辱めとも言える「公開ストリップ」の刑だ。今後を思えばなるべく使うことは避けたいとは思いつつも、もしもの時に備えてシースパローの攻撃準備も命じたみらい。その脳裏に浮かんでいたのは、サミュエル・D・ハットン中佐率いる航空隊を相手にしたあの戦闘だった。

 (空母ワスプ…。あの時と一緒ね、まさかこんなところであれが再現されるなんて)

 トラック諸島に立ち寄って、341航空隊・佐竹守一等海尉の身柄と海鳥を回収すると同時に、梅津艦長が連合艦隊司令長官の山本五十六大将との面会を果たした後。横須賀に一路向かう途中のみらいを襲撃したのが、米空母ワスプから飛来してきたハットン隊だった。この一戦は、彼女にとっては悪い意味で頭に残り続けている物でもある。だが、今はもうそんな悪夢を繰り返すわけにはいかない。

 「SPYレーダー目標探知。目標群チャーリー、数18、80度。距離、5マイルまで接近。目標群デルタ、数22、170度。6マイル」

 あすかが叫んだ。同時に、彼女のイージスシステムが自動的に割り振ったトラックナンバーが、データリンクシステム「リンク11」によってゆきなみとみらいにも瞬時に共有される。最も近い目標の番号は…、2628。これも、あの時と一緒だ。まさか、70年の時を超えた先にリベンジマッチの機会が残されているなんて。あの戦闘の時と対戦相手は異なるが、これは「お前がやれ」という意味だろうか。本来の予定では、空母2隻は姉たちに任せて自分は神通を追う算段だったが、その前に前菜として片づけるのはありかもしれない。まだ、自分はアルファに向けて砲撃したことがないわけだし。

 「ゆきなみ姉さん、まずはチャーリーの18機に対するECMでのジャミングをお願い。落としきれなかった分は私が片付けるわ。あすか姉さんは、後方にいる神通さんをマークして。上空のデルタからの一発にはくれぐれも気を付けてね」

 「チャーリーへの砲撃は全部任せて大丈夫なの、みらい?」

 ゆきなみが心配そうな顔を向けるが、みらいはそれを笑い飛ばした。

 「大丈夫よ、姉さん。40機相手の乱闘なら7()0()()()()()()()()()()もの。イージス艦の神髄、一航戦にも見せつけてやるわよ」

 

 撃沈判定を受けて演習から離脱した川内と那珂は、梅津らが乗船するモニタリング船へと引き上げて戦況を見つめていた。顔面に思いっきり浴びたペイント塗料はお湯で落とせたが、主砲と魚雷発射管についたものはまだそのままだ。これらは舞鶴鎮守府に戻ってから何とかするしかないだろう。

 それにしても、先ほどのあれは一体何だったのか。みらいの発言に思わず頭に血が上り、カッとなって砲撃を加えようとしたら弾切れで次弾が発射できず。それとほぼ同じくして妙な訛りの利いた射撃号令が向こうから聞こえてきたと思ったら、次の瞬間に目の前がオレンジ一色に染まったまま、自分たちは後方へと吹き飛ばされて海面に倒れこんでいたのだ。それが、ゆきなみとあすかからの砲撃による被弾だと気づいたのは、我に返ってしばらく経ってからのことだった。

 川内も那珂も、悔しさをこらえきれずにいた。自分たちが弾切れを起こすまで斉射を浴びせても、ただの一発たりとも当てられなかった主砲弾を、チームブラボーの3隻はあっさりと命中させてきたのだ。それも、最低限の手数で最も戦闘能力を奪う効果の高い場所に、実に正確な精度で。あれほどの、まさしく針に糸を通すようなコントロールの砲撃を浴びたのは、生まれて初めてだった。その身体は、傍目にも分かるほどブルブルと震えている。

 「悔しい…。あれだけしっかり狙って撃ったのに…、こっちのは全部躱されて…、あっちはあっさり当ててきて…。ううっ…」

 口に出すたびに、その目からはどんどん涙が溢れてくる。自分たちが今まで積み上げたものを、文字通り全否定されたと言っても過言ではないほどの、圧倒的な惨敗。嗚咽が漏れるのも当然のことだろう。その耳に、静かに語りかける声があった。

 「川内さん、那珂さん。顔を上げてください」

 声の主は、70年前からゆきなみ型の実力を知るこの場で唯一の艦娘だった。

 「あなた方は何も悪くありません。あの3姉妹を相手に、精一杯のことをやったと思います。ただ、今回は相手が想定以上に強すぎたというだけのこと」

 「大和さん…」

 自分の方向に顔を向けた2隻の巡洋艦に対して、大和は言葉を続けた。

 「あの3人の主砲は、見た目こそ私たちもよく知る駆逐艦のそれと似ていますが、その射程は最大であなた方の主砲の約2倍にも相当する、37kmにも及ぶと言われています。それだけの長射程を飛ばしてなお、彼女たちは目標に対してほぼ正確に砲撃を加えられるほどの精度を持っている。最長でも20kmしかないこの演習場においては、彼女たちからすれば自分たちが砲撃を当てられない方が不思議なのです」

 「そんな…」

 「もちろんそれだけじゃないわ。それ以外の兵装も含めて総合的に判断すれば、あの3人はそれぞれが単艦にして、戦時中の空母機動部隊に匹敵するだけの実力を有しています。そこに軽巡3隻で挑むこと自体が、そもそもミスマッチだったかもしれません。かく言う私だって、あのガダルカナルでの戦いでは実力差を見せつけられた1人なのですから」

 静寂に包まれた船内に、川内と那珂の嗚咽だけが響いていた。20世紀の艦娘と21世紀の艦娘。それらがどれだけ異なる次元にある者同士なのか、大和の言葉でその場にいた全員がはっきりと悟ったのだった。

 

 「目標群チャーリー、接近!!」

 CICから妖精の叫び声が聞こえる。同時に、18機の雷撃隊が唸りを上げて向かってきた。いよいよ、第2フェーズの本格的なスタートだ。まず真っ先に対峙したのは、長女のゆきなみである。

 「電子戦用意!!NOLQ-2起動、攻撃始め!!」

 「EA、攻撃始め!!」

 その声と時を同じくして、ゆきなみから強力な妨害電波が雷撃隊に向けて発射された。無線妨害を食らった敵航空隊はパニックに陥る。無線機の復旧を試みるが故に、敵航空隊は徐々に針路が味方同士のコリジョンコースをとっていた。気づいた頃には、たちまち6機が衝突し、海面へと落ちていった。次はいよいよみらいの番だ。

 「教練対空戦闘、CIC指示の目標。トラックナンバー2628。主砲、撃ちー方始めー!!」

 号令とともに、みらいの眼前で「あの時」の戦闘の様子が再現され始めた。約3秒に2発のペースで正確に発射された主砲弾が、向かってくる艦載機の群れを次々に海面へと叩き落していく。弾幕を張ることによって追い払うのではなく、砲撃を1機ずつ当てて撃ち落とす。大戦期に生まれた艦艇の記憶を引き継いだ艦娘たちが、理想とはしつつも決して自らは実現できない戦いを、みらいは彼女たちの眼前で完全に具現化していた。

 「トラックナンバー2628から2630、撃墜。新たな目標、210度」

 砲撃の向きは変わっても、みらいのやることは何ら変わらない。赤城と加賀が放った40機のうち、18機の雷撃隊は今や彼女の言葉通り「射的の的」に過ぎなかった。あっという間に残る12機が海の藻屑に変わる。ここまでに要した主砲弾の数、わずか12。時間にして20秒足らず。最早戦闘とすら言えない、華麗にして一方的な処刑劇である。

 「目標群チャーリー、全機撃墜。脅威目標なし」

 涼しい顔で言い放ったみらいの姿に、モニタリング船の面々は全員が絶句する他なかった。先ほどまで声を上げて泣いていた川内と那珂でさえ、衝撃のあまり涙が引っ込んでいる。吹雪、睦月、夕立に至っては理解が追い付かずに失神寸前だ。こんな馬鹿馬鹿しいほどに一方的な戦いを、それも旧軍時代からその規格外な練度を指して「人外」と称されて久しい、あの一航戦相手に見せておいてそんな何食わぬ顔とは。この子たちにとってはこれが当たり前、朝飯前だというのか。

 そう、当たり前なのだ。あらゆる形態の海戦に対応できるよう設計されたイージス艦とはいえ、それでもやはりある程度得手不得手はある。その中で彼女たちが最も得意とするのが対空戦闘。それも、彼女たちが生きていたのは音速を超える世界だ。せいぜいその半分くらいの速度しか出せない戦時中仕様の航空機相手なら、これくらいは出来て当然だし出来ない方がおかしいと言える。

 そしてそれは何も彼女たちに限った話ではない。10年以上前、艦艇を使って戦闘していた頃の国防海軍においても本当は同様なのだ。恐らく、この10年のうちに艦娘による戦闘に慣れすぎたせいで、皆すっかり忘れていただろうが。

 「嘘でしょう!?攻撃開始から、30秒も経たないうちに雷撃隊が全滅なんて…」

 モニタリング船の面々だけでなく、当の対戦相手である赤城も驚きを隠せずにいた。横にいる加賀も流石に顔をしかめている。無理もない。「鎧袖一触という言葉、そっくりそのままお返しします」「あなた方の艦載機なんて、所詮私たちからしたら射的の的なんですよ」という、腹立たしく憎たらしいにも程がある輸送艦でのあのセリフが、目の前で完璧なまでに有言実行されてしまったのだから。

 しかし、まだ上空にはブラボー側が「目標群デルタ」と名付けた艦爆隊が残っている。今度は彼らの番だ。加賀はその22機に対して無線で指示を送ろうとするが…。

 「むっ…。駄目だわ、雑音だらけで使い物にならない」

 手元の無線機は電源を入れても雑音を発するばかりで、全く通信の用をなさない。そういえばさっき、先制攻撃に向かった雷撃隊の18機のうち6機が、何もしていないのにいきなり暴走し海面に落ちた。恐らく通信回線にも何か仕掛けているのだろう。

 「ふん、小賢しい手を使ってくるのね」

 戦っている相手が盤外戦を仕掛けてきたことを知っているせいか、自分が普段よりも感情的になっていることに加賀は薄々気が付いていた。たとえそれが相手の策略だと頭では分かっていても、本能の部分ではやはりあの言葉を許せずにいるのだ。

 戦闘とはいえ、これはあくまでも演習に過ぎない。これが終われば、自分と彼女はまた同じ国防海軍の一員として味方同士に戻ることになる。だが、今この瞬間自分に向けて牙をむくならば、彼女は自分にとっての敵だ。それも、あれだけの能力を持つ非常に倒すのが困難な相手だ。それでも、そこに向き合う以上は自分の全能力を以て倒さねばならない。

 その時、上空に控えていた艦爆隊22機がようやく、みらいに向かって自律的に下降を開始した。恐らく、雷撃隊の様子を見て最初は圧倒されていたが、我に返ったのだろう。その様子を、加賀はどこか祈るような気持ちで見つめていた。

 「行ってきなさい。雷撃隊の敵をとってきて」

 

 「トラックナンバー2642、さらに接近!!」

 CICの妖精が叫ぶ。目標群デルタこと艦爆隊が下降してきたのには、みらいもすぐさま気づいた。問題はこれをどう叩くかだ。

 対ワスプ戦の時は、上空の敵機に対してはシースパローを撃ち込むことで対処した。その準備は今回もできている。その気になれば、自分の指示一つでいつでも発射することは可能だ。そして、敵機の現在位置はシースパローの射程圏内にある。

 しかし一方で、今の彼女たちにはなるべくミサイルを無駄打ちしたくないという思惑もある。まして、最初に赤城と加賀が放ったのは合計180機のうちの40機に過ぎないのだ。この後も恐らく、対空目標を撃破しなければならない状況はしばらく続く。今ここで撃ってしまうことが、果たして正しいのかどうか。だが「弾薬の節約」という行動方針が、あの時の悲劇を招いた遠因であることもまた事実で…。

 みらいは決断した。限界まで引き付けてからCIWSで落とす、というのも1つの手ではある。だが22の対空目標全てを、主砲とCIWSだけで落とすのは恐らく不可能だ。今はまず、数を削らなければならない。そして、撃った分だけ確実に落とせるのであれば、それは無駄打ちではないのだ。もしもの時の為に、保険をかけておいて大正解だった。

 「姉さんたち、ごめん!!短SAM使います!!」

 その声に対して姉たちが頷くのを確認すると、みらいは叫んだ。

 「シースパロー発射始め!!Salvo(斉射)!!」

 号令と同時に、みらいの左肩部分にあるコンテナが勢いよく火を噴いた。VLSから、2発の大型弾頭が白い航跡を描きながら、凄まじい勢いで大空へと舞い上がる。呆気にとられるギャラリーを尻目に、2発のミサイルは艦爆隊の航空機に襲い掛かると、あっという間にそれらに命中した。真昼間の空に、たちまち汚い花火が開く。

 その後も、シースパローは次々に後続の航空機に直撃した。振り切ろうとしても、音速を超える弾頭は絶対に振り切れない。たちまち、第1次攻撃隊総勢40機のうち8割に相当する計32機が落ちた。ここまでに要した時間、それぞれの部隊が攻撃を開始してから合計でたったの1分。まさしく電光石火の早業だ。これほどまでにあっさりと一航戦の航空隊を壊滅に追い込んだ艦娘は、恐らく今までに他に存在しないだろう。

 今度こそ、加賀も驚愕の表情を浮かべる以外なかった。国防海軍に加わってから未だかつて、一度たりとも驚く様子を周りに見せたことがないあの加賀が、である。

 「言ったでしょう?戦時中仕様の航空機なんて、私たちからしてみれば射的の的だって。何も根拠もなしに、あんなこと言ったりしないわよ」

 みらいは遠くに見える加賀に向かって呟いた。その心の中は滾ったままだ。演習のタイムアップまで、残り14分。

 (来るなら来い。全員まとめて撃ち落としてやる)

 

 しかし演習開始から10分が過ぎた頃、チームブラボーの表情に焦りが見え始めた。肝心の攻撃ターゲットである神通を、なかなか落とせないのだ。

 艦隊行動を原則とするイージス艦らしく、役割分担はしっかりできている。電子戦担当・航空目標への攻撃担当・神通の狙撃担当を、3姉妹でその時々に応じてローテーションしながら相手に迫ってはいるのだが、そこはやはり流石に一航戦のこと。3姉妹にダメージは与えられないまでも、巧みに位置取りを変えるなどしてこちらからの神通への攻撃を妨害し続けている。無線が使えないのに、その意図を正確にくみ取って行動する艦載機の熟練度もかなりのものだ。

 このままでは、兵装の差では圧倒しても勝利条件を満たせず、タイムアップでの敗北が決まってしまう。それだけは何としても避けねばならない。しかし、うまい突破口がなかなか見つからないのも事実だ。戦闘は今、完全に膠着状態に陥っていた。

 (向こうも完全に開き直ってきたわね…)

 みらいは唇をかんだ。どうやら第1次攻撃隊に対する自分たちの反撃ぶりを見て、チームアルファ側はこちらを全艦撃沈しての勝利は諦めたらしい。その代わり、この15分間の間に徹底的に神通を守り抜くこと、それによって「戦術的勝利」を拾うというただその1点に集中しているようだった。日本国防海軍きっての実力者が、恥も外聞もかなぐり捨てて泥臭く勝ちに来たのだ。この堅い守りをこじ開けるのは容易ではない。

 「どうする、このまま主砲にだけこだわっていても神通さんを仕留めるのは難しいわ。思い切ってハープーンの解禁も考えない?」

 事態打開の為に、対艦ミサイルの使用も解禁しようとみらいが声を上げるが、ゆきなみはどうもそれには今一つ消極的なようだった。

 「ここの演習場は、最長でも長辺が20kmしか距離がないのよ。射程140kmのハープーンを撃つにはあまりにも狭すぎる。第一、ただでさえシースパローを少なからず撃っているのに、ハープーンまで解禁するのは演習後のことも考えれば、流石に気が引けるわ」

 みらいは唇を尖らせた。姉の言うことにも一理あるかもしれないが、ではどうやって神通を仕留めればいいというのか。今までと同じ攻撃を繰り返していても駄目なのだ。何かしら、新しいアプローチを考えなければならない。自分の手持ちのチップで、できることとは一体なんだろうか。

 また、雷撃隊の航空機が襲い掛かってきた。それを主砲で片づけながら、なお考えを巡らせる。それにしても、この航空部隊は邪魔でしょうがない。何とかして足止めしたいのだが。たとえ一瞬でもいいから、その動きを止めることが出来たら。…、足止め?

 (そうだ!!)

 ふと、みらいの脳裏にある考えが浮かんだ。ほんのわずかな時間でも敵を惑わせることが出来て、対艦ミサイルも節約できて、それでいてさらに神通の動きも追尾できる手段。この状況を打開するには、使える一手かもしれないと彼女は直感した。それは、勝つためには手段を択ばないとするみらいからしても奇手の部類に入るものだ。だが、一か八かやってみるしかない。

 「あすか姉さん!!」

 みらいの叫び声に、艦爆隊からの攻撃を躱しながら必死に神通に向けて照準を合わせようとしていたあすかが振り向いた。

 「その役、私と代わって!!私に考えがあるの」

 「みらい、まさか本当にハープーンを撃つ気なの!?」

 叫んだゆきなみに対して、みらいはかぶりを振った。

 「違う、ハープーンじゃない!!別の弾頭よ!!」

 「別の弾頭ってどういう意味よ!?」

 「もう、演習中でしょうが2人とも!!言い争いしてる暇があるなら、何でもいいからとにかくやってみなさい!!」

 あすかが辟易した様子で怒鳴った。みらいはそれに対して「ありがとう!!」と怒鳴り返すと、自分の考えを行動に移すべく攻撃態勢に入った。目を閉じ、その手に力がこもる。

 (本来なら巡洋艦相手にぶっ放す代物じゃないけど…。お願い、上手くいって!!)

 祈りを込めたみらいは、再び目を開くと大声で叫んだ。

 「目標、トラックナンバー2343。VLA用意、てぇっ!!…Birds away(発射)!!」

 その声とともに、シースパロー用を除き計29セルが備わったVLSから、一発の弾頭が大空に向けて放たれた。やがて、それに備え付けられたパラシュートが大きく開き、ゆらゆらと空中を飛翔し始める。

 「何?あのパラシュートは」

 その得体のしれない弾頭に、赤城、加賀、神通の足が揃って止まった。皆、一様に怪訝そうな表情を顔に浮かべている。みらいの想定通りの反応だ。

 「ちょっとみらい、やってみろとは言ったけどなんでよりによって、軽巡に向けてアスロックなのよ!!相手は潜水艦じゃなくて水上目標でしょうが!!」

 あすかが一転して、その本来の目的からは明らかに外れたみらいの用法を咎める。対潜魚雷のアスロックを巡洋艦に向けて撃つなど、確かに常識からすると完全におかしな使い方だ。だが、みらいはそれを意に介さなかった。アスロックの弾頭が海面に着水する。パラシュートが切り離され、弾頭だけが水中に潜った。ここからが勝負だ。

 「さぁ、行きなさい!!」

 

 赤城と加賀の後方に位置をとっていた神通は、始めは何が起きたのか一瞬理解が出来なかった。みらいが何かを空中に向けて一発撃った時、彼女は「また航空機に対して何か攻撃を仕掛けたのか」と考えた。ところが、実際にはそうではなかった。その放たれた弾頭はやがて着水して水中に潜ったかと思うと、何と音を放ちながらこちらに一目散に向かってきたのだ。

 (えっ…、まさかあれ、魚雷!?)

 神通は驚きで目を見開いた。今までずっと主砲でしか攻撃してこなかったのに、このタイミングで魚雷に切り替えてくるとは。相手も一応駆逐艦である以上、その可能性はあったはずなのに見落としていたのは迂闊だった。しかもこの魚雷、自分たちが使っているのとはどうも何かが違う。こちらに向かってくる弾頭が放つ、あのやけにくぐもった「ピーッ」という謎の音は一体なんなのか。

 魚雷が近づいてくる。そこから距離をとろうとした瞬間、神通は顔面蒼白になった。避けたはずのその魚雷はそのまま自分の脇を通過するのかと思いきや、何と針路を自分に向けて変更し追いかけてくるではないか。探針音の何たるかを知らない神通は、まさかそれがホーミング機能の付いた誘導魚雷だとは夢にも思っていなかった。

 (まずい、逃げなきゃ!!)

 即座にその場から逃げ出す神通。しかし、何度方向を巧みに変え、うまく緩急をつけて躱そうとしても、アスロックの弾頭は逃げども逃げども追いかけてくる。まるで、若い女性だけをつけ狙う殺人鬼か何かのように。前半戦でゆきなみ型3姉妹をずっと追い回していたのに加え、第2フェーズでは逆に逃げ回る側となったことで、彼女の体力は限界に近付きつつあった。心臓の鼓動が一層早くなり、息が上がる。一体、どうやったら逃げ切れるのかと内心悪態をついた、その時だった。

 「目標、トラックナンバー2343。主砲、撃ちー方始めー!!」

 彼女の耳に、みらいの射撃号令が届いた。そちらに顔を向けると、自分に砲を向ける彼女の姿が目に飛び込んでくる。その主砲が火を噴いた瞬間、神通は全てを悟った。

 (あぁ、そうだったの。全部罠だったのですね…)

 彼女の口をついたのは、またしても乾いた笑いだった。

 (やはり、私たちは最後まで踊らされていたのですね。あなたたちの掌の上で。確かに目に焼き付けました。これが、21世紀の戦闘…)

 その瞬間、敗北を確信し立ち尽くした神通のもとに前方から主砲弾、後方からアスロックがほぼ時を同じくして、勢いよく飛び込んできたのだった。




原作で無許可の攻撃に使われたと思ったら、今度は本来の用途外である軽巡に向かってぶっ放されたアスロックwww どうもみらいのこの弾頭は、まともな使われ方をする運命にはないようです。実はこのアイデア、陽動作戦としてずっと温めていたものではあったのですが、多分自分よりもずっと詳しい方からすると邪道以外の何物でもないんでしょうね…。

あ、ちなみに神通さんはちゃんと無事です。大破した模様ですがしっかり生きてますのでご安心ください。流石に演習海域では轟沈させられないので…。たぶん次の話でもまた出てくることになるかと思います。

次回からはまた新章に入ります。今度は実戦でのゆきなみ型3姉妹の活躍も描きたいですね。今後ともよろしくお願いします。それではまたお会いしましょう。

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