鎮守府のイージス   作:R提督(旧SYSTEM-R)

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どうも、SYSTEM-Rです。大変お待たせしました、いよいよ今回から戦闘描写に入ります。艦娘としてのみらいたちゆきなみ型3姉妹の「非常識な作戦」の中身やいかに?それではどうぞ。


第四章:21世紀の戦闘(中篇その2)

 スッキリと晴れ渡る青空の下、波の音だけが響き続ける空間に突如、静寂を激しく切り裂く怒鳴り声が響いた。場所は日本国防海軍舞鶴第3海上演習場、そして声の主はその戦闘経験を買われ、国防海軍所属の艦娘として初の戦闘演習においてチームブラボーの旗艦を任された、ゆきなみ型イージス護衛艦みらいである。

 「チームブラボー、全艦主機再起動!!教練合戦準備!!」

 「主機、起動!!」

 その復唱と同時に、辺り一帯を甲高い爆音が包み込んだ。COGAG方式で動作する、ゆきなみ型3姉妹が搭載したLM2500ERガスタービンエンジンの起動音である。蒸気タービン式の自分たちのエンジンとはまるで異なる音色のその三重奏に、相対しているチームアルファの川内型3姉妹は思わず気圧された。モニタリング船の中では、見学組の吹雪、睦月、夕立が目を白黒させている。だが、これはまだ序の口だ。ここからの号令は、これまでこの世に現れた艦娘たちは一度も口にしたことのない、自衛隊用語のオンパレードである。

 「第1フェーズ、教練対水上戦闘用意!!…、トラックナンバー、2342より44。ターゲット、川内・神通・那珂。主砲発射管制、マニュアルに設定!!」

 「対水上戦闘…?砲雷撃戦って言わないんだ…」

 「と、トラックナンバーっていったい何っぽい!?」

 「マニュアルに設定って、まさか主砲を撃つのに自動モードなんてあるの!?」

 吹雪が首を傾げるその横で、夕立は混乱した様子で睦月と顔を見合わせている。だが、彼女たちが驚くのも無理はない。彼女たちは護衛艦の何たるかまではまだ知らないのだから。現代艦艇の常識は、大戦期の戦闘艦にとっては非常識なのだ。それは、これから戦闘の中で再確認されることになるだろう。

 「ふむ、なるほどな」

 驚きを隠せないままの駆逐艦3隻を横目に見ながら、梅津は呟いた。脇にいる大和がそれに反応する。

 「提督、なるほどとは一体?」

 「今の彼女の号令、あれは紛れもなくイージス艦の乗組員たちが使うものだよ。トラックナンバーとか、主砲発射管制をマニュアルに、とかな」

 「私も初めて聞きましたが、どういう意味なんです?」

 「トラックナンバーというのは、イージスシステムが自動的に割り振った攻撃目標の識別番号だ。攻撃火器の管制については、彼女がセットしたマニュアルの他にセミオートとオートという2つの発射モードがある。これらを選択した場合、いずれも攻撃目標の距離や脅威度に合わせたパッケージング処理はシステムが全て行い、そこに人間の手は介在しない。オートの場合は、砲術士は射撃管制装置のトリガーを引く必要すらないのだ」

 「そんな凄まじい物が…」

 大和は驚きのあまり目を見張った。自分と彼女たちの間には、実に60年もの技術格差があると聞いている。艦艇だった頃のみらいの、自分の常識を遥かに超えるような戦闘を繰り広げる姿を大和も目の当たりにしているが、流石に内部の仕組みまではこれまで知らずにいた。だが、そもそも中身からしてそれほど進化しているのであれば、それは海軍の虎の子と呼ばれた自分だって勝負にはならないのだろう。ガダルカナルで主砲弾3発を撃ち落とされた理由の一端を、彼女は垣間見た気がした。

 「懐かしいな。私がかつて、艦艇勤務だった時のことを思い出すよ。あれからもう10年が経つのか。あの頃は私も艦長と呼ばれていた。今じゃ、そう呼んでくれるのは彼女くらいのものだがな」

 そう感慨深そうに呟く梅津の視線の先には、戦闘に備えて矢継ぎ早に妖精たちに指示を送るみらいの姿があった。

 「そういえば…、提督が着任セレモニーよりも前に彼女たちゆきなみ型と顔合わせをされた際、みらいは提督のことを『艦長』と呼んでいたそうですね」

 「うむ。それだけじゃないぞ。菊池のことは砲雷長、尾栗のことは航海長と呼んでいたそうだ。先日、本人たちがそのように話してくれた」

 梅津はそう答えると、誰にともなく「不思議なものだな」と呟いた。

 「聞けば、彼女がかつて艦艇として太平洋戦争を戦っていた頃、私や菊池や尾栗は彼女の乗員だったそうじゃないか。いずれも戦後生まれであるはずの、この我々が」

 「その話、提督もお聞きになられたのですか」

 大和は知っている。その、一見戯言にも思えるような物語が実話であることを。彼女は覚えているのだ。横須賀鎮守府に所属する軍人たちのうち、239名の顔触れはかつてみらいに乗っていた自衛官たちと同じ姿をしていることを。だが、彼女は5年前に横須賀に現れてから、一度もそのことを公に口にしたことはないし、もちろん当人たちにもそれを問いただしたことはない。どのみち尋ねたところで、彼らは信じないだろうし笑い飛ばすだけだろうと考えていたからだ。

 だからみらいたち3姉妹が着任するにあたって、そのストーリーが自身の口からではなく国防海軍上層部から明かされた時、大和は心底驚いた。まさか彼らもその事実を把握していたなんて、この5年間まるで気が付かなかったのだ。

 「私はあいにく学者や作家ではない。一介の海軍軍人だ。だからタイムスリップがどうのとか異世界がどうのとか、そういう分野のことは正直言って何も分からん。ただ一つ確実に言えるのは、あのみらいという艦娘に自分がやけに興味を惹かれるということだ。彼女の2人の姉も含め、ゆきなみ型ヘリコプター搭載イージス護衛艦なる新種の艦娘である彼女たちが、我が国防海軍に果たして何をもたらすのか。注視しようじゃないか」

 梅津はそう言うと大和に向き直り、「さてこの演習、君はどう転ぶと見るね?」と尋ねた。その横で、審判役の青梅が「演習開始3分前」を無線に向かって告げる。梅津の問いかけに、先ほどまで驚いていた見学組が我に返り一斉に大和に目を向けた。

 「そうですね…。率直に申し上げて、演習においてどちらか一方に肩入れするような見方は、私は好みません。お互いに砲撃を交えるとはいえ、両軍ともあくまでも味方同士であることに変わりはないのですから。ですが…」

 大和はそこでいったん言葉を切ってからしばし黙り込むと、慎重を期した物言いでこう分析してみせた。

 「もし、ブラボーの3隻が提督の言われた通りの性能を十全に発揮したならば…、苦戦するのは川内型のお三方の方でしょうね。恐らく、相当厳しい戦いになるかと」

 

 「フォーチュンインスペクター、スノーウィザード。リンク11、システムオールグリーン!!」

 「フォーチュンインスペクター、エクスプローラー。リンク11、システムオールグリーン!!」

 「了解。チームブラボー各部、教練対水上戦闘用意よし!!」

 みらい率いるチームブラボーは、戦闘開始に備えた諸元の入力を無事終えた。その様子をチームアルファの3隻、川内・神通・那珂の3姉妹が見つめている。いずれも先ほどの食堂でのそれとは違い、好戦的な雰囲気を身にまとっていた。

 「何さ。てっきり友好的な人かと思ったら、輸送艦の艦内でちょっと加賀さんに焚き付けられた途端にあんなに態度変えちゃって。那珂ちゃん、ああいうの良くないと思うなぁ」

 「加賀さんはともかく、まさか私たちのことまで煽ってくるなんてねぇ。流石に、旧式艦呼ばわりされて黙ってるわけにはいかないっしょ」

 憤慨する那珂の言葉に、長女の川内も腕まくりをする。どうやら、こちらも赤城の想像通りみらいによるトラッシュトークは相当効いていたようだ。

 「2人とも、前のめりになるのはいいけどくれぐれも油断はしないで。あの3人は、今までの艦娘とは全く物が違うわ。決して甘く見てはいけません」

 そう咎めたアルファの旗艦・神通の頭には、1つの戦略があった。彼女は梅津から演習の相手に指名されたその日、みらいたちが研修所で戦闘のやり方を学んでいる最中に工廠に夕張と明石を訪ねている。そこで聞かされたみらいたちの能力に彼女もまた心底驚かされたのだが、百戦錬磨の彼女はそれだけで終わらなかった。最後に、彼女は尋ねたのだ。「もし、この3姉妹に弱点となるような点があるとすれば、そこはどこなのですか」と。

 「装甲の薄さです」と夕張は即答した。彼女たちはロングレンジでの撃ち合いには圧倒的に強いですが、その土台となるずば抜けた機動性を確保するために装甲を犠牲にしています。開戦と同時に斉射を浴びせ、彼女たちが守りに追われている隙に接近して自分たちが得意とする砲雷撃戦に持ち込めれば、仮に彼我の兵装の性能に差があったとしてもチャンスはあるかもしれません、と。

 ただ、明石は夕張のその言葉にこう付け加えることも忘れなかった。あの3人の機動力は、私たちからするとはっきり言って非常識なレベルです。川内型の皆さんの実力を以てしてもなお、自分たちがまともにやりあって勝つのは番狂わせくらいのつもりでいるべき。斉射を浴びせたからと言って、簡単に被弾させられるとは思わない方がいいですよ―。

 もちろん、それは正論なのだろう。まして、ずっと技術者目線で艦艇や艦娘を見てきた明石が言うのなら。横須賀鎮守府の他の艦娘たちと同様、神通もまた明石のことは誰よりも艦娘に精通する工作艦として高く評価している。しかしこの時ばかりは、彼女の忠告よりも戦乙女としてのプライドが勝った。自分たちはずっと、日本国防海軍の総本山たる横須賀鎮守府を切り込み隊長として支えてきたのだ。たとえ相手が最新鋭艦だからと言って、自分たちが簡単に負けるわけにはいかない。まして、開戦前に先制口撃を許したならなおさらだ。

 「姉さん、那珂」

 静かな、しかし威厳に満ちた彼女の声に、2人が一斉に注目する。

 「チームブラボーの弱点は…、その薄い装甲よ。恐らく、一発でも被弾させられれば命中箇所次第で撃沈判定は取れます。物量を生かした飽和攻撃には耐えきれないはず」

 顔を上げ、眼前に待ち受ける3隻の護衛艦を睨みつけた神通は、はっきりとした口調で自らが立案した作戦を告げた。

 「演習開始と同時に、眼前の水上目標に対して主砲と魚雷を用いた飽和攻撃を実施。向こうが防御に追われているうちに接近し、決定打を叩き込みます。最初の先制打で倒せなければ、向こうはどんな攻撃を仕掛けてくるか分からない。彼女たちにあの兵装を使わせる前に勝つ。これでいきましょう」

 川内と那珂が、覚悟を決めた表情で頷いた。

 

 (やはり、思った通りね)

 みらいは、その川内型3姉妹の動きを見て確信した。彼女たちが向こうから殴ってくるのは元より織り込み済みだ。自分が具申したのは、それを前提とした作戦なのだから。相手は予想通り動いてくる。あとはこちらもそれに対応するだけだ。

 「ゆきなみ姉さん、あすか姉さん。予想通り、神通さんたちは撃ってくるわ。あとは事前の打ち合わせ通り、よろしくお願いね」

 みらいの言葉に、2人の姉が頷いた。3人ともハートは溶岩よりも熱く滾っているが、頭は冷静なまま。相手を見くびることも、恐れることもない。メンタル面においても、今の彼女たちは理想的な臨戦態勢だ。

 「演習開始10秒前」

 無線機から青梅の声が聞こえた。

 「対水上戦闘用意!!」

 「砲雷撃戦用意!!」

 双方の旗艦が、自軍に対する開戦直前の最後の号令を叫ぶ。喧噪の後の一瞬の静けさ。潮風が一筋、その間を通り抜けたのを合図に、戦いの火ぶたは切って落とされた。

 「戦闘演習第1フェーズ…、始めっ!!」

 「目標チームブラボー、ゆきなみ・あすか・みらい。主砲弾種、演習用ペイント弾。撃ち方始めぇっ!!」

 「撃てぇっ!!」

 先に動いたのは、やはりチームアルファの方だった。それぞれの右腕に装着された14cm単装砲が標的に向けられるや否や、砲身がズドンという重い音をたてて唸り、勢いよく砲弾が発射される。今回使われるのは殺傷力を持たないペイント弾ではあるが、それでもその迫力は何ら実弾に劣ることがない。1発、2発と放たれたその弾頭は、十分に照準の合った状態でみらいたちの方へと向かっていく。…、しかし。

 「はっ、速いっ!?」

 モニタリング船で戦況を見つめていた赤城は、思わず自分の目を疑った。先制砲撃を許したみらいたちはそれに何ら動じることなく、完璧な身のこなしと切り返しでその攻撃を見事に躱してみせたのだ。先制の一撃となるはずだった計6発の主砲弾は、彼女たちの遥か後方に弾着した。信じがたいほどの凄まじい機動力だ。

 「嘘でしょ!?何、今の!?」

 「あんなに大きな艤装背負ってるのに、あたしたちより身のこなし速いっぽい!?」

 吹雪と夕立が、揃って素っ頓狂な声を上げた。彼女たちが驚きを隠せないその眼前で、ゆきなみ型3姉妹は更なる砲撃をも華麗に回避し続ける。3発、4発と立て続けに撃たれても、その顔に余裕の笑みさえ浮かべながら。普通なら、弾頭に注ぎ込まれたペイント塗料のオレンジ色がかすっていてもおかしくないはずの彼女たちの三種夏服は、何発撃たれようとも真っ白なままだ。

 (くっ…)

 川内は、経験豊富な自らの砲撃を以てしても一発も当てられない現状に、思わずその端正な顔を歪めた。

 (何?何なの、この3姉妹のあり得ないほどの機動性は。一体どうやったら当てられんのよ、こんなの)

 川内がそう感じるのも無理はない。今、自分のターゲットがこちらに見せつけているその機動性は、太平洋戦争中の艦艇では絶対に再現不能な類のものなのだから。この瞬間、みらいたちの手元にはこの海域の気象条件に関するデータが蓄積され続けている。気温、湿度、風量、風向といったそれらの情報と、レーダー上に捉えている川内型3姉妹の体勢から「次に砲弾が飛んでくるのはどこか」をほぼ完全に読み切っているのだ。分間10発という、現代艦に比べれば控えめな川内型の主砲の発射弾数も、プラスに作用していると言えるだろう。

 さらに単純な船としての性能の違いに加え、今のみらいたちにとっては「艦娘になったことによって手に入れた素早い身のこなし」も大きな武器になっている。船の姿のままでは避けきれないであろう砲撃も、人間の姿となった今ならその身体能力を生かして巧みに躱すことが出来るのだ。

 もちろん、その点に関しては他の艦娘たちについても言えることなのだが、みらいたちの身体能力はプロのアスリートにすら匹敵するスーパーエリートたる、現代の自衛官たちのそれを受け継いだものだ。無論、既存艦娘たちの身体能力の源流たる1940年代を生きた海軍軍人たちとて、決して虚弱ではない。が、それでも自衛官のフィジカルは彼らとは比べ物にならないほど、強靭で優れているのも事実。60年という時間の流れがもたらす技術格差は、スポーツ科学という面においても埋めようがないものなのだ。

 確かに、現代艦の装甲は「紙装甲」とさえ表現されるほどに薄い。「一発でも食らえば戦闘不能」という表現は、専門家目線でも決して大げさではない。だが、確実に攻撃を回避できている限り何ということはないのだ。たとえ何発相手から砲撃をもらおうとも、()()()()()()()()()()()()()()0()()()()()()。「旧式艦の砲撃なんて、一発も食らわずに躱してみせる」というみらいによる挑発は、決して根拠のないものなどではなかった。

 (くっそ、一発でも当てられれば中破は不可避だってのに。当たれ、当たれ、当たれ!!)

 その実力を耳にしていた神通の予想をも裏切るほどの機動力で、チームアルファの戦略は開始早々に崩壊した。川内以下、川内型3姉妹はチームブラボーの3隻に「最初の一発」を叩き込むべく、躍起になる以外に選択肢はなかった…。

 

 「恐ろしい…。まさか、あれほどの素早さを持った戦闘艦が実在するなんて」

 赤城は、自分の常識を遥かに超えた機動性が目の前で展開されている現状に、驚きを隠せずにいた。思わず自分の目がおかしくなったかと思ったほどだ。だが何度頬を抓ってみても、鈍い痛みはその数だけ返ってくる。彼女が見ていたのは、紛れもなく夢ではない現実だった。

 「純粋な航行速度だけで言えば、国防海軍にも彼女たちよりもスピードを出せる艦娘はいるけれど…。主機起動からたった30秒での機関始動も含めて、あんな機動力を真似できる子なんて見たことがないわ」

 「…。ですが、所詮は反撃もせずに逃げ回っているだけです」

 赤城の驚く声にも、隣に立つ加賀の返事はいたって冷淡だった。

 「確かに、あの船が持つ回避性能は誰にでも再現できるものじゃないわ。でも、『対水上戦闘用意』なんて大仰に号令をかけておいて、いざ始まってみたら反撃1つしないなんて。あれが『21世紀の戦闘』だというなら、口ほどにもないわね」

 加賀ほど突き放した見方ではなかったが、実は同じようなことは戦闘中の神通も薄々感じ始めていた。先ほどから、どうも向こうの様子がおかしい。ブラボーからのこちらへの砲撃がほとんどないのだ。彼女たちの主砲が火を噴いたのは、こちらから撃った魚雷を狙撃して命中を防いだその一度だけ。自分たちに砲を向けたことはまだ一回もない。あれだけの大見得を切っておいて、何故撃ってこない…?

 「…。チームアルファ、全艦撃ち方控え」

 旗艦の思わぬ指示に、川内と那珂が驚いて砲撃を中止した。それと同時に、神通はその2人よりも一歩前に出て、前方にいるゆきなみ型3姉妹の姿を見据える。

 「何故です。何故あなた方は全く撃ってこないのですか。これは砲撃を回避する訓練ではない、戦闘演習なのですよ?あなた方も撃ち返してこなければ演習になりません」

 みらいたち3人は押し黙ったままだ。神通はその姿に珍しくムッとして声を荒げた。

 「戦闘演習に臨む以上は、そちらからも攻撃してきてもらわなければ困ります。単に避け続けているだけではお互いに意味がない。まして、あなた方はあれだけの大見得を切ったんですよ?やるなら真面目にやってください、そうでなければ時間の無駄です」

 「…。ご安心を、神通さん。こちらは最初から大真面目ですよ」

 そう答えたのはみらいだ。開戦直前とは違うその冷静な調子の声に、彼女の2人の姉を除き様子を見ていた全員が「えっ」という顔をする。

 「こちらはずっと、戦闘開始時点から砲撃のタイミングを計っていました。今まではまだ、その時ではなかったというだけ。まぁ、もうそろそろ頃合いかと思ってましたから、どうぞご期待ください。これから思う存分体感できますよ」

 そう言うと、みらいは再びあの不気味な笑みを浮かべた。これから?今まではまだその時ではなかった?どういう意味だ。首をひねった神通の頭を、突然ある可能性がかすめた。それが指し示すところを理解した時、神通の目は驚きで大きく見開かれた。ちょっと待って、これってまさか…。

 「くっそ、散々私たちのことを馬鹿にして!!もう許さない。那珂、やるよ!!」

 すっかり怒り心頭の川内がそう叫ぶと、神通による攻撃再開の指示を待たずに再び砲を向けた。那珂もそれに倣う。だが、神通は2人の暴走を必死で止めようとした。

 「姉さん、那珂。撃たないで!!まだ撃ってはだめです。あれは、彼女たちの罠…」

 その言葉を聞き終わる前に、川内と那珂の2人は射撃体勢に入った。だが、何度撃とうとしても砲身からは弾頭が出てこない。

 「えっ、嘘…。何で!?」

 「主砲、砲撃不能!!弾切れです!!」

 まさかの主砲弾撃ち尽くしの知らせを、川内の装備妖精たちが叫ぶ。みらいたちに砲撃を当てることに躍起になるあまり、残弾数への注意をすっかり忘れてしまっていたらしい。戦闘経験豊富なはずの彼女たちらしからぬ、大ボーンヘッドである。想定外の事態に、唖然とした表情を川内と那珂が浮かべたまさにその時だった。

 「もらったぁ!!」

 彼女たちの耳に、突如勝ち誇ったような大きな怒鳴り声が届く。声の主は…、みらいだった。ゆっくりとそちらに顔を向けた川内型の3人の目に、信じられない光景が飛び込んでくる。それは、ゆきなみ型3姉妹が攻撃態勢に入る姿だった。それを目にした瞬間、チームアルファの3隻は一斉に悟った。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ここからが、チームブラボーの独壇場である。

 「教練対水上戦闘、各CIC指示の目標。主砲、撃ちー方始めー!!」

 「てぇっ!!」

 神通の号令とセリフは同じでも、「撃ち方」の「ち」にアクセントを置く独特のイントネーションを利かせた、平坦な海軍式の発音とは異なる海上自衛隊流の射撃号令をみらいが下す。それと同時にゆきなみとあすかの主砲、オート・メラーラ54口径127mm単装速射砲が勢いよく火を噴いた。川内型よりも口径の小さなこのイタリア製の砲は、サイズそのものは戦時中にも駆逐艦によって使われていたものと全く同じだが、60年もの技術格差に裏打ちされたその性能はまるで雲泥の差だ。

 チームアルファの実に4倍以上となる分間44発という圧倒的な手数と、ほぼ百発百中の精度を以て発射された主砲弾は、川内と那珂それぞれの主砲砲身・魚雷発射管・顔面に近づくと近接信管の作用で爆発。狙い通りにその全ターゲットを鮮やかなオレンジで染め上げ、一瞬にして2人の戦闘能力を奪った。

 「め、命中!!チームアルファ、川内および那珂、戦闘不能!!」

 一瞬何が起きたのか分からず、戸惑いを隠せないままの青梅が無線機に向かって叫ぶ。その声で我に返り、全てを理解したモニタリング船のギャラリーはあっという間に大パニックに陥った。

 「嘘でしょ!?何、あのとんでもない発射弾数に射撃精度」

 「あの川内さんと那珂さんが、一瞬で撃沈判定を食らうなんて…。信じられない」

 「もう何が何だか、分かんないっぽいよぉ!!」

 駆逐艦3隻が驚嘆の叫び声をあげるその横で、梅津もまた驚きを隠せずにいた。

 「驚いたな…、あの3隻の護衛艦には」

 「私もゆきなみ型の戦闘は70年ぶりに見ましたが、やはり彼女たちの戦闘能力は凄まじいものがありますね。あれだけあっさりと川内さんや那珂さんを倒すとは」

 大和がそう応じるが、司令官の驚きはどうやらそこにのみ向けられていたわけではないようだった。

 「それももちろん凄いが、それだけではない。彼女たちは、あの川内型をものの見事に手玉に取ったのだ。この展開、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 梅津もまた、演習前に同乗したげんぶの艦内で見ていたのだ。下船前、加賀に向かってみらいが挑発の文句を投げかける姿を。最初、彼は「鎧袖一触よ」などと言われて思わずカッときたが故の反応かと思っていた。だが、実際にはそうではなかった。

 彼女は加賀の決め台詞に釣られるふりをして、逆に()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。もちろん、川内たちへの挑発も本心からのものではない。流れ弾一発ですら中破する危険性を秘める自分たちが、演習終盤まで経験豊富な彼女たち相手にそのリスクを負わなくて済むように、開始と同時に斉射を仕掛けてくるよう仕向ける為の策にすぎなかった。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という計算を立てたうえでの行動だ。

 加賀からの一言をもトリガーとして利用し、自分たちを戦闘において有利な立場に置くよう巧みに持っていくしたたかさ。一見不利に見える状況下でもそれに流されず、着実に自分たちのプランを計画通り遂行する冷静さ。そして、味方同士の演習においてさえも心理戦を仕掛けようなどと考えるほどの、勝利への執着心。表層的な実力以上に、梅津はゆきなみ型のメンタリティに驚かされ、心を揺さぶられたのだった。

 「大和、やはり君の言ったとおりだな」

 梅津の声に、大和が振り向いた。その目に映った指揮官の表情は、彼女が今までに見たことがないようなものだった。

 「ゆきなみ型とは、想像以上に恐ろしいポテンシャルを秘めた船だ。あの3姉妹はきっと、横須賀鎮守府に物凄く大きなものをもたらしてくれるだろう」

 

 神通は1人立ち尽くしたまま、一瞬にして自分の姉妹が葬り去られたことに戦慄を覚えていた。彼女たちの兵装の実力は頭にあったはずだ。戦闘開始からまるで撃ってこない姿に、「何やら様子がおかしい」とも感づいていた。だが、誰が予想しただろう。まさか、こちらが弾切れを起こした瞬間を狙い撃ちしてくるとは。それも、あれだけの手数と精度でだ。全く信じられない。これから思う存分体感できるとみらいが予告した恐怖感は、神通の想定を遥かに上回るものだった。

 「まさか…、なんで…。信じられない…」

 呆然とした彼女の口をつくその言葉が、空虚な響きとともに青空に消えていく。今、神通の手元に残されたのは残りわずかな主砲弾と魚雷、そして途方もなく大きな絶望感だった。自分の目の前の空間には何も障害物などないはずなのに、自分とあの3姉妹を隔てた間には目には見えない分厚い壁が存在しているかのようだった。

 一方のみらいは、自分の具申した作戦が想像以上にうまくいったことに胸をなでおろしていた。あすかが指摘したとおり、確かにこの方法論はかなりの危険を伴うものだ。序盤のうちに被弾する可能性というだけでなく、心理戦を仕掛けられた側である神通たちとの関係性をも破壊しうるという意味でも。それはみらいとてしっかり認識していた。

 だが、たとえ味方同士の演習といえどもこれは立派な戦闘なのだ。勝ち負けが付く以上は負けるわけにはいかない。そして勝負を制する為なら、艦娘同士の戦闘における「人としての道」を踏み外さない限りにおいて、手段は一切択ばない。その覚悟を示したからこそ、2人の姉は乗ってきてくれたのだった。

 そのみらいの目に、神通と並び立つ新たな2つの艦影が見えた。いたって冷静な調子の声が、無線機に乗って届いてくる。

 「なるほど、先ほどの挑発も全て作戦のうちだったというわけですか。まさか我々に盤外戦を仕掛けてくるとは、新入りにしてはいい度胸ですね。そこは認めましょう」

 声の主は加賀だった。彼女もまた、みらいたちが攻撃を仕掛けたタイミングから全てを察していた。赤城の言う通り、冷静になるべきだったと内心では後悔を募らせている。尤も、今はそれ以上に大事なことがあるが。

 「ですが、私や赤城さんの艦載機を射的の的呼ばわりした、そのことまで許したわけではありません。川内と那珂の敵、我々がとってみせます。艦載機、全機発艦。我々一航戦の力、見せつけてやりなさい」

 みらいたちから遥か離れた場所からその号令とともに放たれた矢が、加賀の主力部隊である九七式艦攻に空中で姿を変えた。その様子を、3隻の護衛艦のレーダーも瞬時に捉える。戦闘演習第2フェーズ、ここに開幕である。




みらいたちの採った戦術は、結局のところ「ただでさえ攻撃オプションが限られている状況で、苦手なパターンである近接しての砲雷撃戦はやりたくない」というところにつきます。まして、相手は旧式艦と言えどその道のプロですし。どうせ主砲をこちらに向けて撃たれるなら、自分たちが元気な戦闘序盤のうちに全部撃たせてしまえ、ということですね。

次回は対水上戦闘だけでなく、空母相手の対空戦闘の要素も入ってきます。一応、今度はよりイージス艦らしい戦い方にさせようかとは考えているところです。最新鋭イージス艦と栄光の一航戦+@によるマッチアップ、お楽しみに。それではまたお会いしましょう。

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