鎮守府のイージス   作:R提督(旧SYSTEM-R)

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どうも、SYSTEM-Rです。いよいよ第四章のハイライトである演習に入ります。今回は、ジパングのあの超有名なセリフが出てきますよ。どうぞお楽しみに。


第四章:21世紀の戦闘(中篇その1)

 「ねぇ、みらい。あんたの艦長って、穏やかな顔しといて結構えげつないことする人なのね。正直ショックだったわ」

 ブリーフィングを終えた後の移動中、あすかがみらいに苦虫を噛み潰したような顔で話しかけた。横を歩いているゆきなみも何やら苦い顔である。

 「いやいや、それは誤解だって。梅津艦長はあんな感じではなかったわよ。ちゃんと乗員のことをしっかり考えて、それに沿って戦略だって立案して」

 「嘘だぁ。そんな人があそこまでの無茶振りする?」

 「そりゃまぁ、今の梅津司令官は『艦長だった方』の梅津一佐とは、同じ顔した別人だもの。確かに私も驚いたけど、全く同じに考えるわけにはいかないでしょう」

 みらいの言葉に、あすかは大きくため息をついた。

 「だからって、新入りのうちらに3対5の変則マッチなんてやらせる?その対戦相手の設定だって…。これが、正真正銘の軍人と自衛官の違いって奴なのかねぇ」

 ブリーフィングの場で通達された演習の内容は、ゆきなみ型3姉妹にとって驚くべきものだった。当初、川内型3姉妹との3対3形式かと思っていたら、実際にはそうではなかったのだ。通達されたルールは、それよりもハードルの高いものだった。

 演習の流れはこうだ。まず第1フェーズとして、ゆきなみ型(チームブラボー)と川内型(チームアルファ)による3対3の戦闘を行う。川内型はその3隻全てが、横須賀鎮守府における「殴り込み部隊」としてトップクラスの戦闘経験を誇る実力者集団だ。全員が水雷戦隊の旗艦を務めうるだけの能力を持ち、純粋な砲撃の火力でこそ戦艦や重巡といった大型艦に劣るものの、戦況への柔軟な対応力や細かい綻びも見落とさない艦隊の統率力、息の合った連携に裏打ちされた高い練度という面においては、彼女たちからも一目置かれる存在だった。この3人だけでも、マッチアップ相手としては厳しい部類だ。本来なら新入りに差し向けるような人選ではないだろう。

 中でも手ごわいのが長女の川内である。この人、戦闘中に妙なスイッチが入ると文字通り手が付けられなくなるところがあるのだ。威力偵察に送り出したと思ったら、その偵察対象である敵艦隊を全滅させて帰ってきたとか、深夜に接近してきた6隻編成の敵潜水艦隊に単艦突撃して、ソナーと爆雷のコンボで原形をとどめないほどフルボッコにして返り討ちにしたとか、その手の武勇伝には事欠かない。もちろん、それだけの高い能力があるからこその数々の逸話である。幸い、今回は彼女の「本業」ではない昼戦だが、それが果たしてどこまでポジティブに働くかは未知数なところがあった。

 そのアルファとの戦闘において、2隻以上に対してブラボーが撃沈判定を出した段階で、演習はそのまま第2フェーズに移る。ここでアルファに加勢するのは旧海軍の空母機動部隊、かの誇り高い一航戦の二枚看板である『加賀』『赤城』の2人だ。奇しくも、みらいにとっては1942年にタイムスリップした後に、最初に戦闘シーンを見かけた日本軍艦艇でもある。この2人が秘める実力は今更説明不要だろう。

 この演習では、状況によってブラボー側の勝利条件が変動するルールとなっており、第1フェーズで3隻全てを撃沈した場合は、第2フェーズで加賀・赤城両名を艦載機の発艦不能な中破以上に追い込む必要があるが、仮に1隻を残して第2段階に移行した場合には、空母2隻の状態にかかわらず残る1隻を撃沈すれば良いものとされた。一方、アルファ側はブラボー側の3隻全員相手に撃沈判定を出すか、第2フェーズに移行してから15分という制限時間の終了までに、川内型のいずれか1隻が耐えきれれば勝利となる。

 2つのフェーズを持つ演習を、休憩もなしに戦い抜かねばならないゆきなみ型の3人を考慮してのルール設定だというが、それでも簡単でないことに変わりはない。何せ、こちらは射程距離・砲撃精度と引き換えに装甲を犠牲にした設計なのだ。どのみち装甲を固めたところで艦隊の目であるSPY-1レーダーは守れないし、航行速度も落ちるだけという着眼点がもたらした設計思想なのだが、相手は砲撃なんぞどこに飛んでくるか分からない旧式艦。下手に1発でも被弾すれば中破は免れないだろう。

 それだけではない。戦闘演習に臨む上では、ゆきなみ型3姉妹にとってはもう1つ考慮しなければならない重要な課題があった。

 (多分、この演習では迂闊にミサイルなんか使っちゃまずいわよね…)

 みらいのこの呟きが、彼女たちが抱えるもう1つのハンディキャップを映し出している。そう、護衛艦にとっての主兵装たるミサイルの補給である。

 ゆきなみ型には、対艦ミサイルのトマホークとハープーン、対空ミサイルのシースパロー、スタンドオフ対潜ミサイル(ミサイルというよりは、飛翔用ロケットと目標手前で減速降下するためのパラシュートを取り付けた、「探針音を放つ短魚雷」と呼ぶ方が正確だが)のアスロックと、それぞれ状況に応じて使い分ける兵装が備え付けられている。これらは国防海軍が保有する既存の水上艦艇も実際に使っていたので、それ自体はこの時代の日本人が驚くような代物ではない。問題は、艦艇向けの装備を作れるか否かと、それを艦娘仕様のサイズにまで落とし込めるか否かは別の話だということである。

 実は艦娘と艦艇の間でのレーダー設備などの互換性が問題とされた時、防衛省の中でも「艦娘向けの現代兵装の開発と実戦配備」が検討課題とされたことがあり、実際に開発もかなり真剣に試みられた。しかし、世界に名だたる技術の国と称される日本の力を以てしても、どうにもうまくいかなかったらしい。第2次世界大戦期の装備ならいくらでも作れる装備妖精たちにしても、現代兵装を作り上げるためにはいくつもの技術的特異点を越えなければならず、結局頓挫せざるを得なかったというのだ。

 もちろん、そういう中でみらいたちが実際に建造された以上、横須賀の妖精たちはその壁を克服したことになる。つまり、今後は新規に艦娘向けの現代兵装を開発できる余地が生まれてきたということだが、それもあくまで可能性に留まる話だ。今後、現時点でみらいたちが持っているミサイルの解析や開発が進んで、よしんば実戦配備や量産化が可能になったとしても、そこに至るまでにはそれ相応の時間がかかるだろう。

 少なくとも、その新規開発の目途が立たない現時点において、演習で味方相手にミサイルを浪費するような愚行は何としても避けねばならない。つまり、その気になれば主兵装の解禁自体はいつでも可能だが、現実的な選択肢としては副兵装たる主砲とCIWSを軸に戦わざるを得ない、ということだ。

 ミサイル迎撃などロングレンジでの戦闘を主たる任務とする護衛艦にとって、この縛りは案外きつい。場合によっては、彼女たちが本来得意とはしていない砲雷撃戦に持ち込まれることも覚悟すべきだろう。できれば、みらいたちとすればその事態は避けておきたいのだが。ゆきなみとあすかが、揃って苦い顔をしていたのも分かろうというものだ。

 「まぁ、この条件だとしてもやるしかないでしょ。私たちの主砲だって、対空だろうが対水上だろうが対応できるような作りになってるんだし。自分たちの力を信じないと」

 「そうねぇ。何にせよ、啖呵切った以上は挑む以外にないわよね」

 みらいの前向きな言葉に、ゆきなみが大きくため息をついてから応じた。

 「とは言ったものの、実際問題としてどうするよ?やる以上は勝つための戦略立案をきちんとやらないと」

 あすかが、ごもっともな問いを投げかけた。早速、波止場へ移動しながらの即席の作戦会議開始である。侃々諤々の議論が始まった。

 「勝利条件からすると、第1フェーズのうちに川内型は全艦撃沈する方針で臨む方がいいのかな。第2フェーズまで、特に川内さんを残しておくのは危険じゃない?」

 「でもそうすると、倒さなきゃいけない数も3隻から5隻に増えるわよ。1隻残すなら、第2フェーズもその残った1隻を倒せばいいんだから簡単じゃないかしら」

 「もしそうなった場合、残った1隻を相手にしつつ一航戦の艦載機からの攻撃も躱さなきゃいけないのか…。一発も被弾できない状況で、一点集中できないのは厄介ねぇ…」

 意見は言い合えどなかなか議論が進まない中、突然みらいが何事かを閃いた。

 「ねぇ、そういえばさ。今回は演習中の弾薬補給ってできたんだっけ?」

 「補給って、例えば主砲弾が弾切れになった時ってこと?」

 ゆきなみの問いかけに、みらいが頷く。

 「それは無理でしょ。演習といっても実際の戦闘を模したものなんだし、戦ってる最中は手持ちのチップの数で勝負するしかないじゃない」

 あすかが肩をすくめて言う。だが、みらいはそこで落胆の表情を見せるかと思いきや、逆に何やらニヤリと不敵な笑みを浮かべてみせた。

 「うん、そうよね。そうだろうと思ってた。そこでね、私ちょっと思いついたことがあるんだけど…」

 そう言って、みらいは2人の姉に対して何やら耳打ちする。幸い、辺りを見回しても川内型も一航戦の2人も近くにはいない。その内容を最後まで聞いた瞬間、あすかの表情が変わった。

 「ちょっとみらい、あんたその作戦本気で言ってんの!?だとしたら、申し訳ないけどとても正気とは思えないわよ。一体どこから湧いて出てきたのよ、そんな発想」

 「でも、議論するだけして結論がなかなか出てこないよりは、ぶっ飛んだ中身でも何かしら方針を定めないわけにはいかないでしょ」

 みらいがすかさず反論する。

 「それに、確かにやり口としてはぶっ飛んでるかもしれないけど、ちゃんと私たちの性能も踏まえたうえで考えて出した方向性だし。言うからには自信はあるわよ」

 「そうねぇ。確かにみらいの言う通り、何かしら方向性はしっかり固めて臨まないといけないわよね。かなりリスキーなプランではあるけど、そのリスクを負うだけの価値はあると思うわ」

 末の妹に同調するゆきなみに、あすかは困惑の表情を浮かべた。

 「そんな、ゆき姉まで…。マジでやる気なの、この作戦?正直、めちゃくちゃ危険だと思うんだけど、これで本当に勝てると思う?」

 「…、勝てるわよ。私たち3人が、自分たちの持ってる力を発揮できれば」

 みらいが、先ほどとは一転してその言葉に静かに頷いた。彼女があすかに向けた視線が、姉のそれとしばし交錯する。数秒後、根負けしたのは姉の方だった。

 「はぁ…、仕方ない。あたし、正直こういう戦い方は好きじゃないけど、あんたたち2人がそう言う以上は本気でやるわよ。もう一度だけ聞くけど、勝算あるんでしょうね?」

 「もちろん。お互いにしっかりとやり切れればね」

 「言っとくけど、あたしをその気にさせといて勝てなかったら後でシメるわよ」

 「はいはい」

 そんなこんなで、ゆきなみ型3姉妹を擁するチームブラボーの戦闘方針は固まった。それとちょうど同じくして、彼女たちは演習海域に向かう輸送艦が待ち受ける波止場で、横須賀からの面々と再合流したのだった。

 

 特殊装甲輸送艦『げんぶ』は、国内9か所にある国防海軍の鎮守府や前線基地のうち、帛琉・円極前線基地を除く8か所に配備されている支援艦艇である。元々は海兵隊が上陸作戦時の戦車運搬用に開発した艦艇だが、艦娘が主戦力となって以降は海軍でも独自に改造されたものが用いられるようになった。

 艦娘自身ももちろん海上での航行能力は持っているが、遠洋での作戦展開の際はそこに向かうだけで燃料を浪費し、肝心の戦闘中にエネルギー切れを起こしてしまう危険がある。その為、陸上から比較的遠い海域で深海棲艦と対峙する際は、艦娘たちはまずある一定の距離まではこの輸送艦に搭乗し、そこに到着してから改めて順次出撃する形を採っているのだ。この船には弾薬や魚雷の補給設備に加えて各種レーダーやソナー、人間の指揮官が待機するCICも備わっており、彼女たちの出撃後はここが海上の前線基地となる。

 この船の最大の特徴は、何と言っても名称の由来にもなったその堅牢な装甲だ。その分機動性は落ちるので、現代艦艇の設計という観点では常識の逆を行く作りだが、もちろんそこにはれっきとした理由がある。水上艦艇だけあって的が大きい為、戦闘中はともすれば深海棲艦側の格好の的にもなりかねない。その為、この船はたとえ戦艦クラスの砲撃を数十発受けようとも耐えられるような分厚い装甲と、仮に被弾しても即座に対応できるだけのダメージコントロール能力を持つ仕組みとなっているのだ。

 ちなみに単に砲撃に耐えるだけでなく、攻撃火器としてCIWSも保有しているのがもう1つの特徴といえる。深海棲艦は的が小さくこちらから自発的に砲撃はできないが、自分に降りかかってくる火の粉を払うくらいのことはできるのだ。これはげんぶに限らず、国防海軍が現在保有する全ての艦艇に当てはまる。

 第3演習場に到着したその船を下りると、赤城は加賀とともにモニタリング用の船舶に向かった。第2フェーズからチームアルファに参戦するこの2人こそ、お揃いの胸当てに青と赤の色違いのスカートが映える歴戦の勇士、一航戦こと第一航空戦隊の中核だ。

 この第3演習場は縦10km、横20kmという長方形をしており、その四辺は人間の腰ほどの高さがある石の壁で囲まれている。スタジアムのごとく座席で取り囲むのは技術的に不可能な為、判定を下す審判や見学のギャラリー、あるいは次フェーズ以降に出撃する待機者はこのモニタリング船の中から戦況を見つめる形になるのだ。

 戦闘が推移するごとにこの船も一緒に移動するが、演習の邪魔にならないよう少し離れた場所に位置取りをすることになる為、それをカバーする目的で船内には戦況をリアルタイムで映し出すモニターが設置されている。その撮影用カメラを運ぶのは国防海軍所有のドローンの役割だ。ちなみに、飛び道具使いである空母はこの船に乗ったまま艦載機を発艦させることも物理的には可能だが、それは演習のルール上ご法度となっている。

 「赤城さん」

 ふと、前を行く加賀が口を開いた。

 「どうしました?加賀さん」

 赤城は答えた。後ろからは加賀の顔は見えないし、仮に見えたとしても無表情がトレードマークというくらい表情が乏しいので、そこから彼女の考えを読み取るのは極めて難しい。だが、声の調子から感情を察することはできる。この声色は、怒っている時の声だ。

 「私、頭に来ました。あのみらいとかいう護衛艦に」

 あぁ、やっぱり。赤城は思わず苦笑した。それはそうだろう。彼女たちがあの3姉妹と顔を合わせたあの輸送艦の中で、末っ子のみらいだと名乗った艦娘は加賀が「私たちの手にかかれば、鎧袖一触よ」という定番のセリフを挨拶代わりに口にした瞬間、それまでの友好的な態度から一転してトラッシュトークを連発し、こちらを煽ってきたのだから。

 最初は苦笑しながら受け流していた温厚な赤城も、「音速で飛んでくるミサイルを撃ち落とすのが仕事の自分たちからしたら、せいぜい時速400km/h程度しか出せない戦時中の航空機なんて射的の的だ」と言われた際には流石にムッとしたものだ。「お前らの艦載機なんぞ射的の的」。航空母艦に対する煽りとしては、最大級の侮辱と言っても過言ではないだろう。ましてそれを自分たち一航戦相手に言い放ったのだ。自分たちの何たるかを知らないなら世間知らず、知った上でなお言ったなら大したクソ度胸である。

 もちろん「鎧袖一触」、袖に触れたその一瞬のうちに叩き斬ってやるという加賀の一言も、正直人のことは言えない。加賀自身は決してあからさまに挑発的な態度は見せないが、それはそれで煽り文句としては大概だろうと赤城は常々思う。だから、それにカチンとくる相手がいてもある意味仕方がないはずだ。

 ただ、あのみらいと名乗った艦娘の場合、どうも反射的に言い返したわけではなさそうだった。「鎧袖一触というそのセリフ、そっくりそのままお返ししますよ」と言い放つその直前、彼女の口元に浮かんだ不敵な笑みを赤城は見逃していなかった。まるで、その一言を加賀が口にするのを待ち構えていたかのように。その後にみらいが畳みかけた一連の煽り文句も、本心から言っているようには赤城には聞こえなかった。それよりもむしろ計算づくで、相手の反応を見つつわざとおちょくって焚き付けているような…。

 (まさか演技…、かしらね。仮にそうだとしたら厄介だわ)

 冷静にそう振り返った赤城に対して、意外にもクールなはずの加賀の方が怒りをこらえられずにいた。後ろからでも、その威圧感がはっきりと分かる。

 「私の九七式艦攻が、射的の的ですって。…、ふざけないで頂戴」

 「まぁまぁ加賀さん…。そんなに頭に血を登らせたら、相手の思う壺ですよ。ここは冷静にいきましょう、冷静に」

 赤城は自分の無二の相棒を必死になだめた。そもそも、今から自分たちがカッカしてもよく考えればそんなに意味がないのだ。実際に演習に出ていくのは第2フェーズからだが、その出番がいつやってくるかも分からない。自分たちの怒りのエネルギーは、その時まで取っておけば良い。出番と同時に爆発させればそれで良いではないか。

 しかもみらいのトラッシュトークはあろうことか、第1フェーズを担当する川内型3姉妹にまで向けられた。「いくら川内型とは言え所詮は旧式艦、そっちの砲撃なんて一発も食らわずに躱してみせる」なんて言われて、当初は割と友好的に見えた彼女たちも今頃は内心怒り心頭だろう。見慣れぬ戦闘艦の挑発に怒り狂う役は、今は彼女たちだけで十分だ。しかし、残念ながら見た目に反して激情家である加賀は、どうやら赤城ほど冷静ではいられないようだった。

 「いいえ、赤城さん。あれだけ言われて怒りの一つも覚えないなら、航空母艦失格です。あのみらいという艦娘、必ず仕留めます。私とこの子たちの力で」

 彼女の睨みつけたその先には、水上に浮かんだ自分の足元に目をやりながら、現状を確認するみらいの姿があった。

 「護衛艦みらい…。仲間内の演習だからと挑発する相手を間違えたみたいね。自分の犯した間違いを後悔し、反省しなさい。異世界の海軍なんて、私は認めないわ」

 

 「海鳴りが声を消し去ってー、ふんふふんふー♪」

 潮風に乗って、自分の歌声が彼方へと消え去っていく。空は快晴、足元はしっかりと海面に浮かんでいる。姿は人間に変わっても、この瞬間は自分がまぎれもなく「船」であることを実感させてくれるものだ。これは、何物にも代えがたいとみらいは思う。

 「あんた、またずいぶんと余裕ぶっこいてるわねぇ」

 あすかが呆れた表情でぼやく。

 「せっかくあの3姉妹とは仲良くなれそうなのに、いきなりあんな台無しにするようなこと言って。知らないわよ、あれだけ煽ったせいで開始と同時に集中砲火食らっても」

 その声に、みらいは小さく笑い声をあげた。

 「大丈夫、ちゃんと計算のうちだから。始まったらやるべきことをやるだけよ」

 「総員、傾注」

 彼女たちの手元の無線機から梅津の声がした。今、みらいたちは戦闘演習の舞台となる第3演習場にいる。それぞれ艤装を装着した状態で、第1フェーズの相手である川内型3姉妹と向き合った状態だ。そこから数百m離れた場所に、梅津をはじめギャラリーなどが乗り込んでいるというモニタリング船が停泊しているのが見えた。

 「それでは、これよりいよいよ戦闘演習を行う。今回の判定役は青梅鷹志上等兵曹、彼に行ってもらうこととする。では青梅上等兵曹、よろしく頼んだ」

 青梅鷹志。みらいの乗員として一等海曹を務めていた時は、CICに籠って逐次戦況報告などを行っていたのをみらいはよく覚えている。そんな姿から、「CICの主」なんて呼ばれていたことも。ここでは演習の審判役、か。役回りはまるで違うが、あのハスキーボイスで判定を告げる姿は確かに似合うかもしれない。その聞き慣れた声が、梅津に引き続いて無線機から聞こえてきた。

 「今回の審判を務める青梅だ。ルールについては先ほどブリーフィングの場にて説明したとおり。各艦、それぞれ普段は味方同士ではあるが、お互いに全力を尽くすように」

 青梅はそこまで言うと、一度咳払いをしてから言葉をつないだ。

 「それと、今回が初めての演習となるチームブラボーの3隻に対しては、演習開始にあたり言っておかなければならないことがある。これについては私の口から言うことは憚られる故、梅津司令官の秘書艦である大和から伝えてもらいたい。大和、よろしく頼む」

 「青梅上等兵曹じゃなく、わざわざ大和から…?一体どういうこと…?」

 みらいは怪訝そうな表情で呟いた。梅津司令官から青梅上等兵曹にバトンタッチしたかと思ったら、今度は大和へ。あまりに矢継ぎ早に話し手が変わりすぎる。その声を打ち消すかのように、無線機からは今度は大和の声が響いてきた。

 「こちら大和です。ゆきなみさん、あすかさん、それにみらい。私から伝えておかなければならないのは、戦闘における中破以上の判定についてです」

 「こちらみらい。ねぇ大和、それってわざわざ青梅さんがあなたにバトンタッチするほどのことなの?」

 「えぇ。これは同性同士の方が言いやすい事だから」

 大和はみらいの問いにそう答えると、今度は改まった調子で言葉を続けた。

 「私たち艦娘は、被弾して中破以上のダメージを受けた場合、着ている衣服が破けて肌の一部が露になることになります。それが、実弾射撃を行った場合の中破判定の目安となります。今回第1フェーズで使うのはペイント弾ですから、仮に被弾してもせいぜい服が汚れるだけで済みますが、第2フェーズで一航戦のお2人が使う艦載機は、実際の戦闘と同じく爆装した状態で飛んでくることになりますので、気をつけてくださいね」

 「え、えぇ?」

 その言葉に困惑の表情を浮かべるゆきなみとみらい。なるほど、確かにこれは青梅上等兵曹に言わせたらセクハラ以外の何物でもないだろう。しかし被弾したら服が破れるって、どれだけ世界の悪意に満ちた仕組みなんですかね。むしろ、それで済んでしまう艦娘もなかなか大概だと思うんですが。普通、砲撃なんか食らったらそんなんじゃ済まないよ?

 一方、大和のアナウンスに顔を真っ赤にして憤ったのはあすかである。

 「はぁっ!?ちょっと待って、被弾したら肌が露になるってどういうことよ!?そんなの研修でだって聞かされてないわよ。大体、あたし人前で裸になる趣味なんかないんだけど!?」

 その叫び声に、無線機の向こう側から一斉にギャラリーの艦娘たちが吹き出す声が聞こえた。どうやら、初めて聞かされる艦娘が決まって返すお約束の反応だったらしい。

 「ご心配なく。仮に中破しても、破れるのはごく一部です。全て『見えてしまう』ほど吹き飛ぶわけじゃありませんから」

 「どっちみち、人前で恥かかされるんなら一緒でしょうが!!大体、そっちの船には男の軍人だってたくさんいるじゃない!?」

 なおも食い下がるあすか。それに対して、大和は苦笑しながら言葉を続けた。

 「あすかさん。あなたが憤る気持ちはよく分かります。私も1人の女性として、この仕組みは決して気分のいいものだとは思っていません。ですが、これは私たち艦娘にとってはどうやら仕方のない事らしいのです。私が来た時、というよりも金剛さんをはじめ最古参の艦娘の皆さんがおられた時から、この仕組みは不変でした。これも日本の技術力を以てしてもどうにもならなかった」

 「だったら、どうすればいいのよ」

 「簡単なことですよ。被弾しなければいいんです」

 大和はあっさりと言い放った。その言葉に黙りこくるあすか。

 「私は知っています。みらいが1942年にタイムスリップして、最初に巻き込まれた戦闘の時のこと。米潜水艦ガードフィッシュが放った6発の魚雷を、自身の圧倒的な機動性をフル活用して全弾躱してみせたと」

 その戦闘のことはみらいもよく覚えている。ミッドウェーでの戦闘を目撃した後、「200X年の世界に帰ろう」とタイムスリップした元の海域で停泊していたところを、自分たちを日本軍の新鋭艦と勘違いしたクリス・エバンス中佐率いるガードフィッシュに襲われたのだ。航海長だった尾栗三佐の大活躍と、米倉一尉のやらかし(まぁ、結果的に相手に一撃くらわせたという意味では失態とも言えないが)。どれも昨日のことのように思い出せる。

 「あなたの妹さんは、実際にそれをやってのけた。同じゆきなみ型で、艤装から判断してもみらいと同等の性能を持っておられるのであろうあなたにだって、やってやろうと思えばできないことはないはずです」

 大和の言葉に、あすかは何も反論できず押し黙っているしかなかった。海風と波の音がこだまする空間に、大和の声だけが響き渡る。

 「ここにいる私たち第2次大戦期の艦娘は、皆あなた方最新鋭艦の戦闘に期待しているんです。横須賀鎮守府でも指折りの猛者である、川内型のお三方と一航戦のお2人を相手に、あなた方が一体どんな戦いぶりを見せてくれるのか。ここは演習とはいえ、あなた方にとっての最初の晴れ舞台です。是非、最善を尽くされますように」

 大和の話す声はそこで途絶え、代わって聞こえてきたのはみらいの呟きだった。口にしたのは、米倉がアスロックをぶっ放す直前に口にした、あのセリフ。

 「そんなに…、私たちの力が…、見たいって…?」

 みらいの内心は、大和の言葉に熱く滾っていた。あすかを諭す彼女のセリフは、自分が先ほど対戦相手に向けて放ったどの煽り文句よりも、みらい自身の戦意を増幅させるものだった。そこまで言うなら、やってやろうじゃないの。その高ぶる思いは、いつしか叫び声に変わっていた。みらいの心の中では、火花が激しく飛び散っていた。

 「いいわよ、だったら思う存分見せつけてあげるわ。全員この機会にしっかりとその目に焼き付けなさい、艦娘がやる『21世紀の戦闘』って奴をねぇ!!」




【悲報】演習回なのに戦闘シーンに入れず。

ごめんなさい、戦闘が始まる直前で尺が来てしまいました…。次は頭から戦闘シーンを描くことになります。目指せ第8話のリベンジ。場合によって2回に分かれる可能性もあるので、保険を掛ける意味でタイトルは「中篇その1」にしてあります。ここは展開により追って変更するかもしれませんのでよろしくお願いします。

赤城はおっとりした優しい雰囲気を持ったキャラですが、ゲームの方では「戦闘マシーン」なんて言われてるだけあって戦闘絡みについては結構着眼点が鋭そうですね。しかし、自分で考えといてアレですけど「お前らの艦載機なんぞ射的の的」って、一航戦相手にひどい煽りだ…。そりゃクールな加賀さんもブチ切れますわ。

散々煽りに煽ってハードルを上げにいったみらい、果たして次回はどんな戦闘を見せることになるんでしょうか?ご期待ください。それではまたお会いしましょう。

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