鎮守府のイージス   作:R提督(旧SYSTEM-R)

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どうも、SYSTEM-Rです。今回から第四章、いよいよ演習回に入っていきます。今回はその序盤なので戦闘描写はありません。それに至るまでの描写がメインとなりますのでよろしくお願いします。それではどうぞ。


21世紀の戦闘
第四章:21世紀の戦闘(前篇)


 ゆきなみ型3姉妹による国防海軍への推参宣言は、慌ただしい日々のスタートを告げる号砲だった。ただでさえ年度末で国中が忙しくなる時期、それは横須賀鎮守府においても決して例外ではない。新司令官・梅津との顔合わせから一夜明けると、宣言前のどこか緩やかな時間が嘘のように忙しくなった。

 まずは、まだ3姉妹が顔を合わせていない艦娘たちや軍人たちへの、新規着任の挨拶回り。鎮守府の各部署や艦娘たちの部屋を一つ一つ回って、簡潔ながら顔見せと「これからよろしく」という旨の声かけを行うのだ。これまで横須賀の艦娘たちの中では戦艦と軽巡、それと工作艦にしか出会う機会がなかったが、それ以外にも重巡や駆逐艦、空母など数多くの艦種に属する者たちがいることを、3姉妹はこの時に初めて知ることになる。

 ありがたいことに、この時も金剛が色々と世話を焼いて案内役を務めてくれた。その心遣いも嬉しかったが、彼女の生来の明るい性格と顔の広さは、実際この役回りをこなすにはうってつけだったのだろう。プライベートな時間にお邪魔する機会も少なくなかったにもかかわらず、自室にいた艦娘たちが揃いも揃って歓迎してくれたのには、正直驚かされた(それ以上に、見慣れぬ姿に興味津々という者の方が多かったが)。「同じ鎮守府の艦娘は皆友達」という金剛の言葉は、どうやらあながち誇張でもなかったらしい。

 岩城から事前に知らされていた通り、軍人たちの中にはかつてみらいとともに太平洋戦争を戦った面々と、同じ姿をした者たちが多数いた。その1人1人が、今やかつての戦友たちと別人であることを改めて突き付けられたのは、みらいからすると内心若干寂しかったのは事実だ。だが、これからまたいい関係をお互いに築いていければいい、とそこは割り切った。そもそもそんな寂寥感を感じていられる暇もないほど、顔を出さなければならない部署は多かったのだ。

 またこの挨拶回りをきっかけに、大きく変わったことがある。3姉妹の出現以前は、将官たちの間でのみ通用する最重要機密であった、海上自衛隊絡みの一連の情報に対する機密の指定レベルが引き下げられたのだ。この結果、3姉妹が自衛隊出身であるという事実は国防海軍の外に対しては引き続き門外不出ながらも、内部では階級を問わず共有される事となった。無論、その情報が驚きを以て受け止められたことは言うまでもない。

 運用次第では横須賀にとっての切り札ともなりうる、新戦力の出自にまつわる情報がブラックボックスのままでは、何かと今後の運用上も支障を生みかねない。3姉妹がそもそも何者で如何なる能力を持っているのかを現場が分かっていなければ、戦術行動の立案すら覚束ないであろうというのが国防海軍上層部の総意だったのだ。新年度に合わせて急遽決定された運用の変更は、言うまでもなくゆきなみ型3姉妹の受け入れに当たっては必要不可欠な措置だった。

 それと並行して行われた、ゆきなみとあすかの部屋の確保と引っ越し作業を一通り終えた後の4月3日。講堂では岩城から梅津への司令官の引継ぎ式と、岩城の離任及び梅津・ゆきなみ・あすか・みらいの新規着任セレモニーが、軍楽隊の演奏も交えた華やかな雰囲気の中で執り行われた。また、これを以て梅津の少将への昇任も正式に決定することになる。挨拶回りの時にはそれぞれ固有の服装に身を包んでいた艦娘たちも、全員が自分たちと同じ三種夏服を着用し一堂に会した。ステージ上から見た、真っ白な軍服がずらりと並ぶ光景は壮観そのものだった。

 ちなみにこれは後で聞いた話だが、本来こうしたセレモニーでは一種夏服の着用が定められているところを、元々三種夏服が自身の戦闘服である3姉妹に服装を合わせるために、わざわざ岩城と梅津が気をまわして「自分たちの式典の時は三種を着てくるように」と連名で通達してくれていたらしい。同じ鎮守府の仲間としてみらいたちを受け入れる、という無言のメッセージだったのだろう。そんな何気ない気遣いが彼女たちは嬉しかった。

 その式典の翌日、前司令官の岩城は首席駐在武官としての任を託され、ニューヨークへと予定通り旅立っていった。彼を見送る時の金剛が、人目も憚らず号泣していたのはやけに印象的だ。彼女がみらいとの初めての早朝ウォーキングの時に言った「私は提督がタイプ」だという言葉、これにもどうやら偽りはなかったようである。

 ちなみに夕張曰く、「金剛さんは、本当は岩城少将がアメリカに行くのが嫌でしょうがなかったのに、首席駐在武官に彼が選ばれたのは名誉なことだからと敢えて黙っていた。頭にドが付くほどストレートに少将への好意を示す、普段のあの人の行動からするとまるで信じられない」ということらしい。一応自分なりに吹っ切れたつもりではいたが、実際のところはそうでもなかったということなのだろうか。

 そんな彼女とは、せめて少しでも孤独感を埋めることで恩返ししようと付き合いを深めていく中で、金剛自身の人懐っこさも相まってあっという間に3人とも大の仲良しになり、今や全員がタメ口をきく間柄にまでなった。みらいとの早朝ウォーキングも相変わらず続き、やがて自然とゆきなみやあすかもそこに加わるようになっていく。戦艦と3隻の護衛艦による賑やかな会話は、いつしか鎮守府に朝の到来を告げる風物詩となっていた。

 そんな3姉妹に与えられた最初の仕事は、艦艇時代とは異なる艦娘としての戦闘のやり方を学び身に着けることだった。自身の指揮官たちに操られていればよかったかつてとは異なり、艦娘となった今は人間の姿である自分たちが自ら判断を下し、敵艦への攻撃などの戦術行動をとっていかなければならないのだ。

 その為に覚えるべきことは多かった。艤装の仕組みや装着の仕方、海上での航行のコツ、装備妖精とは何か(3姉妹が自身の妖精たちと対面を果たしたのはこの時だった)、深海棲艦相手の戦闘の流れ、敵方の艦種ごとの特徴、射撃号令のかけ方、艦娘同士や陸との通信・情報共有のやり方、さらには艦載機の離発着や弾着観測射撃実施の要領などなど。その1つ1つを、3姉妹は鎮守府内にある研修所で学んでいった。

 尤も、彼女たちは国防海軍のやり方をそっくりそのまま取り入れたわけではない。何しろ大戦期の戦闘艦と現代の護衛艦では、戦闘教義も設計思想もまるで異なる。無論、それは艦艇だろうが艦娘だろうが同じこと。みらいたちの場合はCICやイージスシステムなど、太平洋戦争仕様の艦娘たちが有していない装備や構造物も搭載していることもあって、既存のマニュアルを踏襲しただけでは思うように兵装が動作してくれないのだ。

 その為、みらいたちは一通り国防海軍のやり方をまず身に着けたうえで、かつて海自にいた頃に自らの指揮官たちがどのように号令をかけていたかを1つ1つ思い出し、それら「自衛隊方式」をうまくインコーポレートしていくことで解決を図っていった。梅津が執務室に3姉妹を呼び出したのは、着任式から2週間ほどが過ぎてその擦り合わせ作業にもだいぶ慣れた頃のことだ。

 

 「戦闘演習…、ですか?」

 司令官の言葉に、みらいが思わず聞き返した。

 「うむ。そろそろ頃合いかと思ってな」

 梅津は椅子に腰かけたままそう答えた。この2週間の間に、彼がそこに腰かける姿はだいぶ傍目に見てもなじんだように見える。

 「研修所での君たちが、かなり優秀な生徒であることは指導教官からも報告を受けている。君たちの兵装のスペックなどを考えても、できれば早いところこちらとしても実戦に投入してやりたい。だが、いきなりぶっつけ本番というわけにもいかんのでな。その前に、君たちがどれだけ戦えるかをこの目で確認しなければならんのだ」

 「戦闘演習ということは、もしかして実際に艦娘相手に戦うということでしょうか?」

 ゆきなみの質問に、梅津は頷いた。

 「その通りだ。それも、実際の海上で戦闘に臨んでもらうことになる。無論、使うのは実弾ではなく演習用のペイント弾だがな」

 ゆきなみとあすかは顔を見合せた。彼女たちとて、海自にいた頃には散々演習はやっている。ただ、それはあくまでも「相手がこういう風に動いてくる」という想定の上に実施するものであって、目の前に実際に相手が存在し攻撃してくるわけではないのだ。一口に同じ演習と言っても、自衛隊の頃とは明らかに勝手が違うことになる。

 しかも推参前に大和から聞いた話では、太平洋側は制海権が深海棲艦によって脅かされていることになっていたはずだ。だとすると、梅津の言う「実際の海上」とはいったいどこを指すのだろう。そもそもそんなスペースを確保できる余裕が、果たして今の国防海軍にはあるのだろうか。鎮守府のすぐ目の前は東京湾だが、あそこは民間船舶だって通るのだ。まさかあそこでドンパチをやるとでもいうのか。

 「今回の演習は、我々にとってはもちろん君たちにとっても己の実力を知るいい機会となるだろう。既に君たち3人とのマッチアップの相手は決定済だ。簡単ではないが、研修の総仕上げとしてはふさわしい相手だと思うぞ」

 「そのご指名の相手って…、具体的には誰を?」

 「今からバラしてしまったら君たちとて面白くなかろう?向こうに着くまで楽しみに待っておきなさい。急な日程で申し訳ないが、演習の実施は明後日。明朝0800にはこちらを出発する予定だ。各自、抜かりなく準備しておくように」

 「明日出発で明後日演習って、一体どこまで行くんです?」

 「おいおい、まさか東京湾でやる予定だなんて思っていたわけじゃないだろう?」

 梅津は苦笑すると、すぐに一旦崩した表情を元に戻した。

 「場所は、日本の内海と呼ばれる場所だよ。それも、とてつもなく馬鹿でかい、な」

 

 京都府舞鶴市。古くから港町として栄えてきたこの街は、太平洋戦争中は旧帝国海軍によって重要な拠点として重宝された。そしてそうした扱いは、戦後に国防海軍が誕生して以降も全く変わっていない。史実では1952年に、後にあすかの故郷にもなる海上自衛隊舞鶴地方総監部が置かれたのと全く同じ場所に、日本国防海軍舞鶴鎮守府はある。

 日本の内地において、唯一日本海に面しているこの鎮守府の沖合には、全国から集まった国防海軍の艦娘たちが用いる「演習海域」が存在する。ここが演習に用いられる最大の理由はズバリ、この日本海が瀬戸内海を除けば今のところ目下唯一、日本が安定した制海権を保持している場所だからだ。そこには、四方全てが日本の「勢力圏」によって取り囲まれているという地理的な事情が存在する。これについては少し説明が必要だろう。

 この世界においては日本海の南側に位置する日本列島は言うに及ばず、東側の樺太と西側の朝鮮半島も揃って「外地」として日本の領土に編入されている。唯一、北側だけは他国である満州国の領域だが、実はこの満州の立ち位置は日本から見た他の「外国」とはだいぶ違う。日満関係は、お互いを他国と呼ぶにはあまりにも近しいのだ。

 史実では1932年の建国からわずか13年足らずで崩壊した満州国は、この世界では既に80年近く国家としての歩みを進めている。その時代の変遷の中で程度の差はあれど、彼らは一貫して地域の大国たる日本から、政治的・社会的・経済的・文化的影響を受け続けてきた。そもそも、かつての関東軍が大陸における足掛かりたる傀儡国家として立ち上げた国であり、使用される言語も同じ日本語という事情も重なって、日本と満州は公式には独立国同士ながら実質的にはむしろ宗主国と属国の間柄と言える。

 日本と満州の間には、ちょうどEUで言うところのシェンゲン協定に相当する「日満相互通行協定」なる協定が存在し、日本で唯一の陸上国境(史実での中朝国境に相当)ではこれを根拠として検問を行わず、両国間での自由なヒト・モノ・カネ・情報の行き来が保障されている。要するに、日本政府単体ではそこまで政治的にコントロールしきれないから独立国の体を採っているのであって、満州は大陸における事実上の日本の勢力圏と呼んでも過言ではないのだ。巷にはこの関係を指して、満州は日本にとっての「影の外地」だとか、その首都・新京は「台北と京城に次ぐ日本第3の副首都(内地の東京と並び各地区における首都のような機能を持つ)」だなどと揶揄する者までいるらしい。

 そんな満州は元々内陸部分にしか専ら領土を有していなかったが、戦後になって日本海沿岸地域を旧ソビエトから割譲し、港を手に入れる事に成功した。この時も表では満州とソ連の間での交渉の仲介、裏では満州への資金協力といった形での日本の関与があった。日本が自らこの土地を狙いにいけば何かと角が立つが、代わりに満州に取らせれば自分たちも間接的に影響力を保持できる、という考えを下敷きにしての行動である。交渉の場にあってはかつて彼らが超大国アメリカとも殴り合い、予定外だった日米講和を引き出させた国であるというその存在感が、圧力として大いに効いたと言われている。

 交渉の末、沿岸部の権益こそ満州が手にする事となったが、日本海が現在国際的に「事実上の日本の内海」と呼ばれる理由はここにある。もちろん、広島県呉市にある呉鎮守府が面する瀬戸内海の方が、名実ともに内海という立ち位置ではあるのだが、あちらは面積に比して交通量が多く戦闘演習をやるには不向きとされる。その為、比較的安全で広いスペースも確保できる日本海側が、自然と国防海軍から重宝されるようになったのだ。

 先人たちが手掛けた領土交渉のやり口は、確かにある意味日本らしからぬかなりえげつないものではあったが、太平洋側の制海権を深海棲艦によって脅かされている現状を考えれば、それは日本にとって結果的にプラスとなったのも事実だろう。この海域の海洋データは戦場たる太平洋側とは異なる為あまり参考にはできないが、少なくとも天然の演習場が全く存在しないよりは数段マシである。また軍事的な面にとどまらず、豊富な漁業資源を持つ漁場としても影響力をキープできたことも大きい。そんな日本海を今、みらいたちは上空から見つめていた。

 「あれが日本海か…。私、横須賀にしかいなかったから初めて見たわ」

 みらいが窓の外を見つめたまま呟いた。今、彼女たちは国防陸軍の輸送機で横須賀から舞鶴に移動中だ。金剛は横須賀から台湾に向かう時は空軍にお世話になると言っていたが、今回は輸送人数の関係で陸軍がその役割を買って出た。

 戦前や戦時中は予算の取り合いや戦略の違いからくる確執が深刻で、「日本はまず陸軍と海軍で戦争して、その余力で俺らと喧嘩してるんだぜ」とアメリカ人に揶揄されるほど仲の悪かった両者だが、日本国防軍では流石にそんなことはない。このあたりは史実の自衛隊とも事情は同じだ。陸海空の三者が戦力を供出し戦後に立ち上げた海兵隊の存在も、対立を防ぐ潤滑油として機能しているらしい。

 「まさか、横須賀から空を飛んで舞鶴に行くなんて手があったとはねぇ。自分が船だった時は想像もしなかったわよ。横須賀まで行かされるの、どれだけ大変だったことか」

 あすかがため息をつきながらぼやいた。世界は違っても、この旅は彼女にとって故郷への帰還を意味する。視線の先には、かつて彼女がいた舞鶴地方総監部と全く同じ姿をした舞鶴鎮守府の建物がそびえ立っていた。自分がそこに空を飛んで向かうことになるなんて、確かにそうそうイメージできるものではないだろう。

 「へぇー!!あすかさん、元々横須賀じゃなくて舞鶴にいたっぽい?」

 興味津々といった風に声を上げたのは、同乗していた駆逐艦『夕立』だ。どこか小型犬を彷彿とさせるルックスや、無邪気に懐いてくる普段の愛くるしい姿からはあまり想像つかないが、あの第三次ソロモン海戦では単艦で米艦隊に突撃して文字通りフルボッコにし、自らの大破と引き換えにアメリカ側に第三次ならぬ大惨事をもたらした、「阿修羅」とも恐れられる旧海軍でも屈指の武闘派である。今回の演習には、他に同部屋で彼女の友人だという同じ駆逐艦の『吹雪』『睦月』も見学の為に同行中だ。いずれも、3姉妹が研修や教練をともにする中で仲良くなった相手である。

 「そうよ。舞鶴から横須賀まで行くのは本当に手間だったの。わざわざ島根や鳥取沖を通って関門海峡から回り込んで、そこから瀬戸内海を通って…。その辺の移動の手間は、人間の姿になってだいぶ楽になった気はするわ」

 「私は元々佐世保が主戦場だけど、そっちから横須賀に行くのだって、実際のところそんなに手間は変わらないわよ」

 佐世保総監部所属だったゆきなみが、苦笑しながら話に乗っかってきた。

 「うわぁ…。横須賀まで来るの、皆さん大変だったんですね」

 「大変そうだにゃあ…」

 吹雪と睦月が驚いて口元を抑える。

 「姉さんたち、2人ともごめんね。私のせいでそんな面倒くさい目に遭わせて」

 みらいの言葉を笑い飛ばしながら、あすかはかぶりを振った。

 「あぁ、いいのいいの。そこは今更あんたが気にすることじゃないから、安心しなさい。大体、あたしやゆき姉に『横須賀まで来い』なんて言ったのは上の命令なんだし」

 「上」というのは海上幕僚監部のことである。それが旧海軍で言うところの海軍軍令部に相当することは、他の駆逐艦たちには説明済みだった。ただ、身内ではない国防陸軍の輸送機の中で自衛隊用語を出すのは憚られるので、言い方としてはぼかすしかないのだ。ゆきなみは妹の言葉に、何やら昔を懐かしむような顔をした。

 「そういえば、私の平原艦長も言っておられたわ。『妹のピンチを救うのは姉の役目だ』って。私も確かにその通りだと思う」

 「あれっ、ゆき姉のとこも?うちの虎川艦長も全く同じこと言ってたわよ」

 あすかが思わず振り向く。

 「あら、そうなの?なんだ、皆考えることは一緒なのね」

 ゆきなみが笑った。みらいは、そんな姉2人の会話を聞きながらしばし感慨にふけっていた。そうやって大切に思ってもらえる自分や、梅津艦長をはじめとする乗員たちは本当に幸せ者だったのだと。今、横須賀の鎮守府で働いている方の彼らは同じ姿こそしていても、それぞれの前世を生きた自分たちがそう思われていたことは知らないだろう。だが、いつかは来るのかもしれない。たとえ万難を承知のうえでも、救わねばならない存在であると彼らが見なされる時が。できれば、その時は自分がその役目を果たしたいものだ。

 「さて海軍さんとこのお嬢さんたち、そろそろ着陸態勢に入るぜ。揺れるからしっかり掴まっとけ。あんたたち、これから演習なんだろう?くれぐれも、鎮守府への到着前に空の上で大破なんかするんじゃないぜ!!」

 コックピットの方から、パイロットの呼びかける声がする。みらいたちを乗せた輸送機は少しずつ高度を下げながら、目的地に向かって真っすぐに進んでいくのだった…。

 

 翌朝、演習海域に向かう前に舞鶴鎮守府内の食堂へと集められた面々の中に、みらいは懐かしい顔を見つけた。

 「あれ、神通さん。お久しぶりです。確か工廠でお会いして以来では?」

 彼女の目の前にいたのは、岩城にみらいの誕生を告げに大慌てで走っていった、あの軽巡だった。しかも、今度は自分と似たような服装に身を包んだ2人を連れている。どちらも挨拶回りの時に顔合わせ済みだ。確か、同じ川内型の姉妹艦だと聞いた。

 「あら、みらいさん。ゆきなみさんとあすかさんまで。こちらこそご無沙汰してます。お元気でしたか?」

 「えぇ、おかげさまで。神通さんもお元気そうで何よりです。今日は姉妹艦のお2人もご一緒なんですね」

 「ヤッホーみらい、ご無沙汰。久しぶりだねぇ」

 みらいの言葉に、神通の左後方にいた川内型軽巡洋艦1番艦『川内』がフレンドリーな笑みを浮かべて右手を差し出した。ツーサイドアップの髪が、その弾みでふわりと揺れる。

 毎晩20時から23時に決まって大騒ぎしているこの5500t級軽巡は、そのあまりの夜戦への執着と騒がしさから「夜戦バカ」なんていう不名誉なあだ名をつけられる一方、達筆かつ料理上手なうえに黙ってさえいれば横須賀鎮守府でも屈指の美少女として、国防海軍でも実は名高い存在だった。尤もそこで黙らずに、せっかくのハイスペックを台無しにしてしまうのが彼女の彼女たる所以でもあるのだが…。

 そしてその横にいたもう1隻の川内型軽巡も、お団子ヘアと可愛らしい見た目とは裏腹に長姉にもまして濃いキャラの持ち主だ。3番艦『那珂』。「艦隊のアイドル」を自称するだけあってムードメーカー気質だが、そのノリについてこれない者も多いのか空回りも目立つのが玉に瑕。戦闘開始時には「那珂ちゃん、現場入りまーす」と言い、偵察から味方がなかなか帰ってこないことを「収録が押してる」と呼ぶなど、なかなか独特の言葉遣いをすることでも有名だ。いずれにせよ言えるのは、この2人が神通の存在が霞むほどの個性派キャラだということである。

 「おはよぉ、皆。えへへー、那珂ちゃん今日も可愛いっ!!」

 「あ、アハハ…。相変わらずねぇ」

 みらいはその独特のノリに苦笑しつつ川内の手を握り返しながら、ふと何かに気づいた。この半月の間、みらいたちは神通やその姉妹とまるで顔を合わせていない。駆逐艦らの教練の指導役も任されているというから、もしかしたら自分たちも教わる機会があるのではないかと密かに期待はしていたのだが、不思議とその機会はないままに今日を迎えてしまった感じだ。そういえばこの人たち、行きの輸送機の中では一緒にならなかったはずだが、どうしてこんなところにいるのだろう。

 「そういえば、皆さん今日はどうしてこちらに?てっきり横須賀に残ってるものだと思ってましたけど」

 「あぁ、それはほら。横須賀に残ってたら、みらいたちの相手できないじゃん?」

 みらいの問いに、川内が自慢気な笑みを浮かべて答えた。

 「私たちの相手って…、まさか皆さんが演習での対戦相手なんですか?」

 ゆきなみが驚いた顔を見せる。

 「えぇ。3日前に梅津提督から言われたんです。総仕上げとして彼女たちと手合わせして、その実力をしっかり測るようにと。行きは、どうやらそれぞれ違う輸送機に乗ってきたようですね」

 「ちょうどうまい事3姉妹同士だしね。ちょうどいい組み合わせだと思って、選ばれたんじゃないかなぁ?」

 神通の言葉に、那珂が能天気な調子で同調する。なるほど、川内型のお三方が相手か。研修の締めくくりには確かにいいかもしれない、とみらいは内心呟いた。

 「そういうことだったんですね。それなら、今日は皆さんの胸を借りるつもりでやらせていただきます。お互い、最善を尽くしましょう」

 ゆきなみが自分の正面にいた川内に改めて右手を差し出す。それに倣ってみらいが神通と、あすかが那珂とそれぞれ握手を交わした。

 「やるからには負けませんよ!」

 「イージス護衛艦の極意、たっぷりと見せてあげるわ!」

 「おう、かかってきなさい!」

 「頑張ろうねー」

 「ふふっ、皆さんよろしくお願いしますね」

 この日限定のライバル同士がガッチリと手を握り合った、ちょうどその時だった。

 「司令官入室。総員注目!」

 その声とともに、梅津が食堂へと姿を現した。見ると、その後ろには艦娘を伴っている。それはゆきなみ型3姉妹に日本国防海軍への推参を決断させるきっかけを作った、あの戦艦だった。第1艦隊の旗艦まで、わざわざ舞鶴に連れてきたのか。

 「大和…」

 みらいがそう呟いたその時、一瞬大和と目が合った。だが、その時はお互いに何も言葉を交わすことなく所定の位置に就く。「総員、司令官と秘書艦に向け敬礼」の号令とともに、その場にいた全員が一斉に敬礼した。

 「おはよう諸君。昨日はよく眠れたかな?」

 全員が敬礼を解くと、梅津はいつもの穏やかな調子で話しかけた。今この部屋には対戦相手同士であるゆきなみ型3姉妹と川内型3姉妹、梅津とその秘書艦である大和の他、サポート役の軍人たちやわざわざ横須賀から見学に来たと思われる艦娘たちが顔を揃えている。その1人1人が、司令官に向かって黙って緊張感の浮かんだ顔を向けていた。

 「今日は事前にも伝えてある通り、これから演習海域にてゆきなみ、あすか及びみらいの戦闘演習を実施する。我々があてがわれているのは第3演習場だ。ブリーフィング終了後に移動を開始。皆、本演習の実施要項を確実に理解し、これが横須賀鎮守府にとって実りある機会となるよう努めてもらいたい」

 そう言うと、梅津は手元の資料を手に取った。その表情が一段と引き締まったものに変わる。いよいよだ。

 「それでは、早速ブリーフィングに入る。総員、傾注!」




川内型姉妹は、特に神通に関しては自分の艦隊でもかなり使っています。おかげさまで改二までは持っていくことが出来ました。軽巡の中ではトップクラスの性能の持ち主なので、かなり助かっています。後、「川内はせっかくのハイスペックをキャラで台無しにしてる」なんて書いてますが、実は結構好きな子だったりします。

次回は戦闘描写まで持っていきたいなぁと思ってるところです。持っていけるかな…。第8話では至らないところを露呈してしまったので、今度はリベンジのつもりで頑張ります。今後ともよろしくお願いいたします。

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