鎮守府のイージス   作:R提督(旧SYSTEM-R)

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どうも、SYSTEM-Rです。今回で第3章が締めとなります。今回が多分、分量的には一番長いですが、その分読みごたえがある章になっていれば嬉しいです。それではどうぞ。


第三章:決意の刻(後篇)

 ゆきなみ、あすか、みらい、大和、金剛の5人は、揃って芝生の上に並んで腰かけていた。目の前では、海面が夕日に美しく照らされキラキラと輝いている。自分たちが見ているのは、無機質な工業地帯に囲まれているはずの東京湾なのに、この場所だけは他とは何やら異質な空間だった。軍人たちや艦娘たちのお気に入りスポットであるのも、納得できる気がする。

 「それにしても驚いたわ。まさかみらいが、かの有名な戦艦大和と知り合いだったなんて。しかもその大和さんが今まさに自分の目の前にいるなんて、信じられない」

 「ふふっ、そうですか?」

 ゆきなみの呟きに、大和は微笑みながら聞き返した。

 「それはそうですよ。私やあすかにとっては、戦艦大和は歴史の一部であり伝説の中に存在する戦闘艦ですもの」

 「みらい、あんたの交友関係っていったい何がどうなってるのよ。金剛さんだけじゃなくて、大和さんとも知り合いだったなんてどういうこと?しかも、どっちともタメ口きく間柄とか、信じられないんだけど」

 あすかが呆れたような口調でぼやく。

 「ア、アハハ…。本人が一番この状況が信じられないです」

 みらいは苦笑しながら呟いた。大和と金剛は、その言葉に揃って笑みを浮かべている。確かに、この状況はなかなか理解しがたいだろう。この5人の集まり、知らない人の目にはコスプレ好きの女子大生の集団にしか見えないだろうが、実際にここに揃っているのは海上自衛隊の最新鋭護衛艦が3隻と、大日本帝国海軍が看板として誇った戦艦が2隻。本来なら決して並び立つことがないはずの面々の会見が、今まさに実現しているのだ。

 「ところで、大和さんはうちのみらいと一体どんなご関係で?」

 ゆきなみが大和に尋ねる。大和はそれに対してしばし考え込んだ後、「そうですね。うまくは言えないですけど、特別な関係だと思います」と答えた。

 「特別な関係…?」

 その意図をうまく把握できず、ゆきなみとあすかが同時に聞き返す。そういえばさっき、大和はみらいと顔を合わせたと思ったら、いきなり満面の笑みを浮かべて抱きついてたような。…、いや、流石にそういう意味ではないと思いたいけど。

 「はい。『親友』という言葉で片づけるのは安易すぎるし、ライバルというのも違うような気がするし…。でも、あの戦争の時はお互いに何かと縁があって。同じ海で出会い、同じ海で生き抜き、同じ海で死んだ。私とみらいはそういう、不思議な絆で結ばれた関係なんです」

 大和はそう言うと、苦笑しながら「そもそも私、船だった時にみらいに引導渡されちゃってますしね」と付け加えた。その言葉に内心ギクッとするみらい。

 「あ、あの、大和…?できればその話は、お願いだからあまり姉さんたちにはしないでほしいんだけど…」

 慌てて口封じしようとするが、遅かった。自分の2番目の姉は、この手の話への食いつきはどうやら相当いいらしい。

 「えっ!?みらいが大和さんに引導渡したって、一体どういうこと!?」

 「最期の時は私、みらいに誘導弾を撃ち込まれて沈んだんです。えっと、確か名前はトマホークミサイル、でしたっけ?」

 「はっ!?何それ!?」

 素っ頓狂な声を上げて驚く姉2人の横で、「ほら言わんこっちゃない」と頭を抱えるみらい。米艦隊のど真ん中で原爆を炸裂させるなどという、最悪の事態を避けるためのやむに已まれぬ事情だったとはいえ、自分があの戦艦大和を沈めましたなんて、この2人の前では知られたくなかった。大和を旧海軍の虎の子としてリスペクトしているであろう、この2人の前では。案の定、あすかからは即座に鉄拳制裁が飛んできた。

 「みらい、あんたふざけんじゃないわよ!!よりによって、あの戦艦大和にトマホークぶち込んで沈めるとか、一体何考えてんの!?あたしら護衛艦にとっての憧れであり夢とロマンの塊を、全力でぶち壊しやがって!!」

 「わあああ、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいいい!!!!」

 両のこめかみにぐりぐりと拳を押し当てられ、みらいは大声で叫ぶ。あすかもこの時は冗談ではなくかなり本気で怒っていたようで、思っていた以上に痛かった。だが、それを戒めたのは当事者たる大和だ。

 「あすかさん。お願いですから、みらいに辛くあたるのはやめてあげてもらえませんか。私に敬意を払ってくださるのは嬉しいですし、妹さんがしたことも褒められた行為ではないかもしれません。でも、当時の戦況からしたらやむを得ないことだったんです」

 「えっ!?」

 その言葉に驚いたのは、あすかよりもむしろみらいの方だった。

 「大和。あの時のこと、あの時私があなたにしたこと、恨んでないの…?」

 「まさか。恨んでたとしたら、さっき会った時にあんなにはしゃいだりしないわよ」

 大和は微笑みながら答えた。

 「当時、私たちは太平洋戦争という生きるか死ぬかの日々の中にいた。お互い、その中で自分たちが果たすべき使命を果たそうと、必死に無我夢中で戦ってた。あなたが私を沈めたのだってその結果起きたことだもの。恨んだところで仕方がないわ」

 大和はそう言うと、一度大きく息を吐きだして眼前の水面に目を向けた。

 「そもそも、私とあなたの間に起きたのはもう70年も昔のこと。70年よ?そこまで遠い昔のことであなたを恨み続けるほど、私は精神的に幼くなんかないわよ」

 大和は物腰柔らかく丁寧だが、ゆきなみ・あすか・金剛に対しては敬語で話すのに対し、みらいに対してだけはタメ口でものを言っている。きっとそれは、彼女がみらいとの間にある見えない絆を、言葉通り特別なものと捉えている証左なのだろう。いつの間にか、あすかはその手をみらいのこめかみから放していた。

 心を打たれたのはみらいも同じだ。彼女は心の奥底で何とも熱いものを感じていた。大和だって、本当は自分の最期に心から納得していたわけではなかったはずなのだ。私が沈んだ時と同じように。でも、彼女はあの日々を自分なりに見つめなおして、きっと悟ったのだと思う。「自分の過去を消化するということは、許すということなのだ」と。だから今、艦娘として生まれ変わった彼女の心は広く、寛大なのだ。目の前のあの海の如く。

 「そうですネー。たぶん、私がもしあの時大和と同じ立場でみらいと接してたとしても、きっと私も同じように許してたと思いますヨ。あの時は皆、生き抜くのに必死でしたからネ。それをお互い知っているから、今更変に恨んだりしても仕方ないんデス」

 「ふふっ。そうですよね、金剛さん」

 大和はまた変わらぬ笑みを浮かべると、「そんなことより」と言葉を続けた。

 「私は今、この場でみらいと再会できたことが嬉しいんです。お互いに姿は変わっても、こうしてまた同じ場所で時を超えて出会うことが出来た。それが何より嬉しい。もちろん、あなた方と出会えたことも同じくらい嬉しく思っていますよ」

 彼女の目は、太平洋戦争でのみらいを知らないゆきなみとあすかに向けられていた。

 「みらいは、本当に凄い船です。戦場でも、私なんかでは想像もつかないような戦闘を繰り広げていて、私は心から驚かされました。『これが、21世紀の戦闘…』って。私の46cm主砲弾だって、たった2発の対空ミサイルで3発も撃ち落としたんですから」

 「ありがとう大和。あぁ、そんなこともあったわね。ガダルカナルの時でしょ。まさか私がシースパローで大和の主砲弾を迎撃することになるなんて、想像もしなかったなぁ」

 「えっ!?」

 ゆきなみとあすかが、驚きのあまり目を見張る。それはそうだろう。みらいが大和相手にそんな大それたことをやってのけたのもさることながら、彼女たちが知る歴史では大和は「本来ガダルカナルにいるはずがなかった」船なのだから。艦艇時代のみらい艦内で日本の行く末を知った草加の策によって、あの戦場へと導かれた大和。その本人は、あなた方の妹さんはそういう船だったんですよ、と笑った。

 「私は、そんな凄い船と一緒にあの戦争を戦えたことを、本当に誇りに思っています。みらいとのあの日々は、今でも忘れられない思い出なんです。もちろん、みらいに対してだけじゃありません。あなた方ゆきなみ型イージス護衛艦なる戦闘艦と、それを生み出したあなた方の世界に生きる人々に対しても、私は心から敬意を表します」

 「大和さん…」

 ゆきなみとあすかは、その言葉にただただ呆気にとられるしかなかった。大和は今、はっきりと口にしたのだ。後にも先にも並び立つ者のいない世界最強かつ最高ともいわれる伝説の戦艦であり、第2次世界大戦という歴史上でも屈指の過酷な戦いにその身を投じてきた「戦乙女」たる彼女が、その戦いに敗れたトラウマから国防について語ること自体をタブー視する、そんな風潮すらも色濃く残る時代に生まれ育った自分たちに対して、敬意を表しているのだと。口調こそ穏やかでも、その事実が如何に重い事か。

 そんな自分たちの世界は今、船としての轟沈を機に遥か遠くに消えてしまった。恐らく、その場所に3姉妹が帰る術など存在しないのだろう。今彼女たちがすべきなのは、その元の世界と一見よく似たこの世界の日本においてどのように生きていくのか、という問いに対する答えを出すことだった。その決断を下すために彼女たちに必要なのは、何かしら道標となる存在だ。現時点では唯一太平洋戦争当時の自分を知る存在で、自分たちに対しても敬意を表しており、そして自らもこの時代の艦娘たちからリスペクトされているのであろう大和が、そうした存在になってくれるかもしれないとみらいが期待したのは、ある種当然の帰結だった。

 「ねぇ、大和」

 みらいの呼びかけに、大和がふと顔を上げる。

 「せっかくだから、是非聞いてみたいんだけどさ。あなたは、一体どうして艦艇から艦娘に生まれ変わった今、もう一度この国の海軍の一員になろうと思ったの?」

 「そうねぇ…」

 大和はそう呟いてからしばし考え込むと、やがて夕暮れに染まる空を見上げた。

 「この国が、戦艦大和の力をもう一度必要としてくれたから、かしら」

 「戦艦大和の力を…?」

 ゆきなみが不思議そうにその言葉を繰り返す。

 「私は今もお話ししたとおり、みらいによって撃沈されたこと自体は一切恨んでいませんし、彼女を責めるつもりなんか毛頭ありません。ただあの日々を思い返した時、ふと思ったんです。『当時の国家予算の3%もの大金を投じて、様々な願いを込めた多くの人々の手によってこの世に生み出してもらったことに対して、本当に艦艇だった時の自分は十分に恩返しできていたんだろうか』って」

 そう穏やかに語る大和の姿は、先ほどゆきなみ型3姉妹と金剛が最初にその姿を見かけた時の、あの優美な雰囲気を取り戻していた。

 「私は、その点に関しては自分の艦艇としての生き様には満足していません。本当はもっと、日本の為に自分の力を思いっきり発揮したかった。あの時代において屈指の戦艦として生み出されたからには、後世で『大和が日本に勝利をもたらした』と評価していただけるくらい、貢献したかったんです。みらい云々ではなく、その責任が果たせないまま自分が沈んでしまったことが、悔しくてたまらなかった」

 大和はそこまで言うといったん言葉を切り、視線をゆきなみ型3姉妹の方に移した。

 「そんな時、私の魂をこの世界にもう一度呼び戻してくれたのが、この日本国防海軍横須賀鎮守府であり、その司令官たる岩城少将だったんです。彼は私にこの時代の日本が抱える現状を伝え、『この国の為にもう一度、お前の力を貸してほしい』と言ってくれました。恐らく、あなた方もそうであったように。私は自分の姿こそ変わっても、現代日本で再び戦艦大和として戦いその役割を果たすチャンスを頂いたんです」

 彼女は、今度は自分の左隣に座る金剛の顔に目を向けた。金剛は、先ほどから大和が口にする言葉に黙って何度も頷いている。きっと、彼女自身も大和と同じような道を歩み、そして艦娘としてこの世に戻ってきたのだろう。

 「私だけじゃないわ。金剛さんだって、他の艦娘たちだって、皆それぞれの力を必要とされてこの世界に存在しているんです。そうでなければ、彼らは私たちをここに呼び戻したりなんてしません。艦娘を新規建造するというのは、それだけ重い意味を持つ行為なの。そしてそれは…、あなた方とて全く同じことなんですよ」

 大和の目は、そこでもう一度みらいたちに向けられた。

 「私たちが…、必要とされてる…?この世界から…?」

 「あなた方だって私たちのように、誰かにその力を必要とされたからこそこの世界に生まれてきたんです。少なくとも、私はそう確信していますよ。それも単なる観念的な、あるいは情緒的な意味ではなく、ね」

 そう口にした瞬間、大和の顔からは一切の笑みが消えた。ゆきなみ、あすか、みらいの3人は、突然のそのあまりの変貌ぶりに雷にでも打たれたかと思うほどの衝撃を受ける。今、自分たちの目の前にいるのは優美な雰囲気を湛える心優しいお姉さんでも、あるいは旧友との再会に無邪気にはしゃぎまわる少女でもない。

 彼女たちの目に映っているのは、見る者に有無を言わせぬ圧倒的な威厳とカリスマ性を備え、この国を両肩で背負う覚悟を全身で体現する、栄えある日本国防海軍第1艦隊旗艦の姿だった。平和な時代に生まれ育った自分たちは決して持ちえない、本物の戦場を生きてきた者のみが備える迫力と凄み、そして重厚な存在感。それこそが大和の大和たる所以だ。

 「今、我が国は深海棲艦による度重なる襲撃によって、その制海権が文字通り危機に瀕しています。海洋国家たる日本が制海権を脅かされる、それがどれだけ深刻な事態であるかは同じ日本人であるあなた方もお分かりですね?」

 3隻の護衛艦は、今までとは明らかに異なる響きを持つその言葉に、黙ったまま頷く。

 「その危機への対処のため、我々国防海軍は日本各地に全9か所の鎮守府や前線基地を設けています。それらの中でも特に最重要拠点として位置づけられているのが、まずこちらの金剛さんの妹さんたちである比叡さん、榛名さん、霧島さんを中核戦力とし、シーレーンとそこを通行する民間商船の防衛を主要任務とする、外地の台湾・高雄鎮守府。そしてもう1つが、内地に存在する鎮守府の中では唯一太平洋に面し、深海棲艦からの侵攻に対する首都東京の防衛も担うここ横須賀鎮守府です」

 海洋国家であり自国で確保できる資源にも限りがある日本にとって、外国からの物資輸入は常に避けて通れない課題だ。その主要ルートである空と海、中でも大動脈とされるシーレーンは、台湾海峡から南シナ海を通り遠く中東までつながる、日本にとっては決して欠くべからざる存在だった。

 「横須賀はその地理的特性上、相当に幅広い海域に対して常に睨みを利かせ、何か事が起きればそれに即応していかなければなりません。その為に必要なのは、遥か遠くに出現した敵でさえも瞬時に探知出来、同時に多数の攻撃目標を捕捉・処理することが出来て、そして正確無比な精度で確実に敵勢力を無力化出来る戦力なんです。そして私は、既にあの戦争でそういう特性を持った船と出会っています」

 もちろん、大和が言う「そういう特性を持った船」がみらいを指していることは明白である。彼女のその言葉はつまるところ、「今の横須賀には、イージスシステムを備えた新しい戦力が必要だ」と言っているに等しかった。

 「実は、国防海軍も深海棲艦や私たち艦娘の出現以前は、かつてあなた方が所属していた海上自衛隊と同じように、人間の将校や兵士が乗り込む艦艇や艦載機を使って国防にあたっていました。ですので、彼らも現時点で戦闘の主力として使用していないとはいえ、イージス艦を筆頭とする艦艇そのものは引き続き保有しているんです。しかし、水上艦艇から見た深海棲艦は的が小さすぎて、如何に高性能艦と言ってもこちらからはまともに砲を当てることすらできません。結局、深海棲艦との戦闘となれば艦娘が対処する以外ないのですよ」

 大和はその後も言葉を続けた。現在、深海棲艦の出現時には陸上の基地や水上艦艇が備えるレーダーでその位置を捕捉し、実際に出撃する艦娘たちとの間でその情報を適宜やり取りすることで対処している。現代水準の優れたレーダーはあっても深海棲艦への攻撃能力を持たない艦艇と、深海棲艦に直接的にダメージを与える能力はあっても敵の探知能力が太平洋戦争当時の水準しかない艦娘。その両者の短所を、上手くカバーしあう為に考えられた戦術なのだと。

 だが、そもそもお互いに直接的な互換性を持たないもの同士を無理やり併用している以上、どうしても非効率な面というものは出てくる。それを解消するためには結局のところ、「戦闘員たる艦娘自身がイージスシステムを保有し、自ら自律的にレーダーや攻撃火器の管制、そして敵艦の捕捉や対処を行う」という能力を手にするしかないのだ。

 しかし、今までに現れた艦娘たちがそんな代物を持っているはずはないのである。当たり前だ、そもそもイージスシステムは戦後になって生まれたのだから。そんな夢物語が、自らの推参によって現実になるのだということを、3姉妹は悟った。

 「あなた方は、そういう文脈の中でここに現れた。これが何を意味するか、今までの横須賀をご存じないであろうあなた方にも容易に想像は可能でしょう。今頃、岩城少将はきっと頭を悩ませておられるはずですよ。ご自身のアメリカ派遣までもう時間がほぼない中で、如何にあなた方ゆきなみ型を味方につけるべきか、とね」

 「Yes, that’s right. 大和の言う通りデス。でも、それを提督が強制するのは色々と難しいでしょうネ。結局、自分たちがどのような道を選ぶかはゆきなみサン、あすかサン、そしてみらい、皆さん自身の決断次第なんですカラ」

 金剛も横から同調する。

 「もちろん、私個人としては皆さんと同じ海で戦えるのを楽しみにしていますヨ。少なくとも今朝、みらいにはそう言いましたしネ。ねっ、みらい」

 金剛が笑顔で右手を差し出してきたあの光景を思い浮かべながら、みらいは黙って頷いた。どうやら、今朝彼女が自らに投げかけた言葉は、単なる社交辞令などでは到底なかったらしい(もちろん、意味合いはどうあれそう言ってもらえたこと自体がみらいにとってはありがたかったが)。それよりも遥かに重い何かだ。

 「そうですね。国防海軍旗艦としての立場でものを言うのは難しいですが、私個人としてはもしもまた皆さんと、今度はみらいだけじゃなくお姉さんたちとも一緒に戦えるなら、とても嬉しいです。皆さんは私がその実力を認め敬意を払っている戦闘艦と、それと同じくらいの能力を有するのであろう彼女の姉たちなんですから」

 そう頷いた大和の顔は、いつの間にかあの優しい雰囲気を三度取り戻していた。

 「ここは、あなた方がかつて根差した世界とは違うかもしれません。ですから、あなた方が『本当に自分たちがこの世界の日本を背負えるのか』と感じておられるのなら、それも当然のことでしょうしその気持ちはよく理解できます。ですが一方でこの国が今、海上自衛隊護衛艦であるあなた方の力を必要としているのも事実です。そしてこれは私や金剛さん、あるいは皆さんが今までにまだ出会っていない面々も含めた、日本国防海軍横須賀鎮守府所属の艦娘たちの願いでもある」

 大和の言葉は、不思議なほどに自然とみらいたち3人の心の中に入り込んできた。

 「私はあなた方に選択を強制するつもりなんかありません。でも、もしこの世界に自分たちの居場所なんてないと思うなら、是非ここを皆さんの新しい居場所にしてほしい。私は、艦娘としてこの鎮守府を代表する立場です。あなた方が本当の意味で私たちの仲間となるために、必要な努力を惜しむつもりはありません。どうか、前向きに考えてみてくださいね。皆さん自身が納得できる決断を下せるよう、お祈りしています」

 

 「ずるい…。ずるいよ、大和さん」

 大和と別れた後、あすかの声は震えたままだった。目も涙でうっすらと潤んでいる。

 「言えるわけない、言えるわけないじゃん。あんな凄い人にあれだけ熱いこと言われて、今更『私たちは皆さんとともに戦うことはできません』なんてさぁ」

 「そうね…。正直びっくりしたわ。まさか、自分たちがあれほど国防海軍から評価されていたなんて、思ってもいなかった」

 同調するゆきなみの声も、驚きと興奮で何やら上ずっている。

 「私は…、戦場以外ではずいぶん久しぶりに見ましたヨ。大和のああいう表情」

 金剛は2人の声に頷きながら、静かに呟いた。

 「普段、あの子は戦闘が近づいている時でもない限り、あんな顔でものを言うことはめったにないんデス。第1艦隊旗艦と言っても、本来の大和はとても親しみやすくて可愛い子なんですヨ。穏やかで、誰に対してもとても優しくて、何か嬉しいことがあればさっきみたいに子供みたいに全力ではしゃいデ。皆から愛されてるんデス、大和は。かく言う私も好きですヨ、彼女のこと」

 金剛はそう言うと、「あの子が尊敬されているのは、ただそれだけの人ではないからこそなんですけどネ」と穏やかに微笑んだ。

 「そんなあの子が、あれだけの真剣さで皆さんと向き合ったってこと、忘れないでくだサイ。あの子は皆さんに対して、間違いなく本気ですヨ。まぁ、今更私が言うまでもないけどネー」

 最後の一言は、わざと苦笑交じりに冗談めかしてみせた金剛。だが、その言葉に首を振ったのはみらいだった。

 「いいえ、とんでもないわよ。ありがとう金剛、わざわざ大和ともう一回引き合わせてくれて。私、大和に抱きつかれた時は正直びっくりしたけど、あそこで金剛が大声出して呼び止めてくれて、本当によかった」

 それは、紛れもなくみらいの本音だった。彼女は、この偶然が生んだ出会いに心から感謝していた。お互いに艦艇として戦い抜いた時のことを肌で知っている、旧友との再会。彼女もまたそれを本気で喜んでくれて、そしてお互いに生まれ変わった今、もう一度ともに戦いたいという願いを正面からぶつけてくれたのだ。みらいにとって、どれだけそれが嬉しい事であったか。どれだけ大きな意味を持つ事であったか。

 単なる打算などではない彼女の思いや覚悟に触れたこと、そして自分が今この場所に「もう一度会いたい」とずっと願っていた姉たちと一緒に居られていること。もし、国防海軍への推参を決意する理由が必要であるとするなら、みらいにとってはそれで十分だった。この世界にやってきてまだたったの2日。当初、彼女の心を覆いつくしていた雨雲は今、早くも跡形もないほど完全に消え去っていた。

 「ゆきなみ姉さん、あすか姉さん。改めて、ここに来てくれてありがとう」

 みらいの言葉に、2人の姉が同時に振り向く。

 「私、姉さんたちより一足早くこの世界に来て、ずっと孤独だったの。1942年にタイムスリップしてからはずっと、ほとんど単艦で行動しなきゃいけなかったし、ここに来てからも当時の自分を知ってくれている人は誰もいなくて。でも、今はもうそうじゃない」

 2人の姉とこの世界で初めての友人の前で、みらいはなお言葉をつないだ。それは奇しくも、大和との初めての対水上戦闘に臨んだガダルカナルに向かう前、アナンバスでの補給作戦から帰還した角松二佐が、梅津一佐に向けて放ったのと全く同じセリフだった。

 「今、私たちは自分たちが持つ力を有効に使うべきかもしれない。この時代に生きる人々の為、そして私たち自身の為に。私…、戦いたい。姉さんたちやこの鎮守府で働く全ての人々と一緒に、国防海軍の一員としてこの世界の日本を護る為に」

 その言葉を、2人の姉が拒絶する理由など今や存在しなかった。

 

 「よぉ、まさか今度はお前らの方から出向いてくるとは思わなかったぜ」

 その日の夜、厨房では夕食の支度が進められているのであろう時間帯に、みらいたち3人は再び岩城の部屋を訪れていた。間を取り持ってくれたのはやはり金剛である。自分たちが伝えるべきことは、自分たちの口から直接言わせてほしい、という約束を交わしたうえで。尤も、そこは察しのいい岩城のことだ。「ゆきなみ型がもう一度訪ねてくる」と聞かされた時点で、返事の内容はともかくその用件はおおよそ推測できていた。もちろん、そうとは知らないふりをしてすっとぼけておくのがこの男のやり口なのだが。

 「それで、飯の前にわざわざ訪ねてくるとは、一体何の用だ?」

 そう言いながらもニヤリと笑った岩城に向かって、3姉妹は居住まいを正した。口を開いたのは長女のゆきなみである。

 「岩城少将。色々とお騒がせしたかもしれませんが、今回は私たち3姉妹をここ横須賀鎮守府に呼び寄せていただき、ありがとうございます。心から感謝しております」

 「おう、そりゃ何よりの言葉だな」

 本当は、ゆきなみとあすかについては自分の責任で建造したわけではなく、「空気を読んだ」みらいの妖精たちの仕業なのだが、その点について岩城は黙っておくことにした。どうせ彼女たちがここに来たことに変わりはないのだ。

 「あれから、私たちはそれぞれどのようにこの世界と向き合うべきか考え、3姉妹で色々と話し合いました。そして、いかんせん拙速に過ぎるかもしれませんが、その話し合いの中で1つの結論に至りました」

 「ほう、なるほど。そいつは興味深い、是非聞かせてもらおうか」

 岩城はそう言ったところで、「だがその前に」と釘を刺した。

 「残念ながら、お前らも知っての通り俺はもうすぐアメリカに行っちまう。したがって、お前らがその結論を述べる相手は俺じゃねぇ。新年度からここ横須賀を率いる、新司令官に向けてそのセリフは言うべきだ」

 その言葉に、思わず肩を落としかけるゆきなみ以下3名。だが、彼のセリフはそこで終わらなかった。

 「実を言うとだな、なんとなくお前らがもう一回ここに来るんじゃないかって予感が俺の方でもしてたもんで、その新しい司令官をわざわざここに呼んでおいた」

 「…、へっ!?」

 3人は一斉に目を見張った。この岩城という人、どれだけ察しと手際がいいんだ。それにも構わず、岩城はなおも自慢げに言葉を続けた。

 「あんまり長い事スタンバイさせるのも気が引けるもんでな。早速ご登場願おうか。先輩、それじゃ一つよろしくお願いしますよ」

 その声に呼応するかのように、あの隠し扉から姿を現した人物にみらいはその目を疑った。そこにいたのは、艦艇だった時の自分の最高責任者だった男だったのだ。叩き上げで海自一等海佐の地位にまで上り詰めた努力の人。「昼行灯」と部下にあだ名されてもそれを咎めるでもなく、常に彼らのことを考えて行動してきた男。正確には、今自分の眼前にいるのはそれと同じ顔をした別人であるのだが、みらいは一瞬それを忘れそうになった。

 「か、艦長…!?」

 彼女が素っ頓狂な声を上げたその人物は、この鎮守府においては大佐の地位にある男、梅津三郎その人だった。自分と同じ、真っ白な三種夏服が眩しい。わざわざ合わせてくれたのだろうか。

 「艦長、か。私がそう呼ばれるのも、10年ぶりだな。懐かしい事だ」

 梅津はそう呟いた。その温和な口調こそ、みらいにとっては懐かしい思い出を呼び覚まされるものだ。

 「ほら梅津さん、先ほど説明したとおりでしょう?みらいから見たあなたは海軍大佐なんかじゃない、かつての自分の艦長を務めていた男なんだと」

 岩城が笑いながら言う。

 「やれやれ…。今の私は、最早駆逐艦の艦長ではなく陸に上がった指揮官だからな。何やら妙な感じはするが…。まぁ、よかろう」

 これまたみらいにとっては懐かしの口癖を披露したのち、梅津はゆきなみ型3姉妹に向き直った。今一度、3人は居住まいを正す。

 「ゆきなみ、あすか、みらいと言ったな。私に伝えたい用件があると岩城少将より聞いた。内容を聞こうか」

 「はい。岩城少将より問われていた国防海軍への推参の是非、その私たちなりの答えをお伝えしたく参りました」

 ゆきなみが答える。梅津の目に飛び込んできたのは、覚悟に満ちた表情を浮かべながら自身に向かって敬礼する、3人の艦娘の姿だった。

 「ゆきなみ型ヘリコプター搭載イージス護衛艦1番艦、ゆきなみ」

 「同じく2番艦、あすか」

 「同じく3番艦、みらい」

 3人の言葉は、完全な調和を以て岩城と梅津の耳へと届いた。

 

 「「「以上3名、日本国海上自衛隊の代表として、日本国防海軍艦隊への推参を決意したことをここに宣言いたします!!!」」」

 

 梅津はその言葉に、満足そうに頷いた。

 「日本国防海軍横須賀鎮守府新司令官、梅津三郎だ。現在は海軍大佐の地位にあるが、この度岩城少将のアメリカ派遣に伴い、司令官の座を引き継ぐとともに少将に昇任することとなった。これから我が横須賀鎮守府の為、諸君の力を存分に発揮してもらいたい。よろしく頼んだぞ」

 「「「ハッ!!よろしくお願いいたします!!」」」

 201X年3月29日、午後6時48分。海上自衛隊護衛艦3姉妹による、新たな物語が幕を開けた瞬間だった。




前回、あれだけ大はしゃぎしながら登場しておいて、なんだかんだでカリスマっぷりを発揮してしまう大和はやはり唯一無二だと思います。個人的には、優しくてちょっと子供っぽいところもある側面の方が好きだったりするんですけどね。基本的に、この小説に登場する戦艦のお姉さんたちは皆、普段は大人っぽい見た目に反して可愛い人だったりします。その反動で戦闘中はとことんかっこよくなりますが。

そして、岩城から新司令官の座を引き継いだのは梅津でした。やはり、ジパング2次で司令官をやらせるとしたらこの人しかいませんね。この世界では今や陸上の人になってしまっている彼ですが、果たしてどのように指揮を執っていくのか?というか、大佐だったからこれまでみらいの秘密には触れてなかったのに、少将になっちゃって大丈夫なのでしょうか?なんかみらいの秘密も教えられちゃってるっぽいですしね。この辺も徐々に明らかにしていきますよ。

ここまで、わずか2日間の出来事を描くのに10話を費やしましたが、ここからは話の進み方が一気に早くなりますよ。艦娘となったみらいたちの戦闘シーンもぼちぼち出そうかと思っています。第四章以降もよろしくお願いします。それではまたお会いしましょう。

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