鎮守府のイージス   作:R提督(旧SYSTEM-R)

1 / 30
初めまして、SYSTEM-Rです。本章から「鎮守府のイージス」がスタートします。掲載が不定期になるかもしれませんが、見守っていっていただければ嬉しいです。

本来はまとめて投稿したかったのですが、第一章からいきなり長くなりそうなので、前後編に分けています。ちなみに先に予告しておきますが、前編ではまだ「艦娘みらい」は残念ながら登場しません。あしからず。


みらい、再誕
第一章:みらい、再誕(前篇)


 大きく開け放たれた窓の外から、眩しい日の光とともに飛び込んでくる潮の香り。白いカーテンがたなびくその外側には、突き抜けるような青空と大海原が広がっている。絶え間なく続く波音や車の行きかう音と、時折それに交じる鳥たちのさえずり。今日もまた、そこにあるのはいつもと変わらない港町の風景だ。

 だが、この場所に生きる誰もが必ずしも、その風景と永遠に触れ合っていられるわけではない。いつかは別れを告げる時が来るのだ。それが自ら望んだものにせよ、そうでないにせよ。荷造りの手をいったん止めて、室内で紅茶片手にしばしの休息を楽しんでいるこの男も、内心では別れを惜しみながらもその運命と向き合おうとしている一人だった。

 日本国防海軍少将、岩城勝啓。自身の地元でもあるここ神奈川県横須賀市にある、国防海軍横須賀鎮守府の司令官を5年にわたって務め、その任をもう間もなく後任の人物に引き渡す予定となっている人物だ。数日後に控える新司令官との引継ぎ式を終えれば、日本全国から招集された他5人の士官たちとともに、アメリカ・ニューヨーク行きの専用機に乗り込むことになっている。首席駐在武官としての渡航の辞令は既に下った。そのための荷物の準備も、もう8割程度は済んでいる。

 岩城の海軍軍人としての経歴において、アメリカ行きは最大級の栄誉であるはずだ。父親が民間の観光船の船長をしていた若い頃の彼にとっては、地元横須賀の海はいつだって学校以上に大切な学びの場であり、また第2のホームグラウンドだった。父親が操縦する船にもたびたび乗り込んで手伝いをしていたし、水泳といえばプールでの競技種目ではなく海水浴というくらい、同じ県内である藤沢や逗子近辺のビーチにもしょっちゅう足を運んでいた。高校卒業を間近に控えた時、彼がその人生を海に捧げようと考えたのはごく自然なことだったかもしれない。

 ただ、彼は父親と同じ道を選ぶことはなかった。毎日のように同じ航路をたどり、同じような場内アナウンスをし、同じような見た目をした年配夫婦たちの相手をするのに彼は飽き飽きしていたのだ。何より、彼のべらんめえ口調でのアナウンスやガイドは一部の客には大うけでも、必ずしも万人受けするようなものではなかったのも事実だ。岩城は海から離れるつもりはなかったが、何か新しい刺激を欲していた。

 彼はそれを海軍に求めた(一人息子の決断に、母親は猛反対してはいたが)。高校卒業後、彼は志願兵として海軍に入隊するとすぐに地元の海軍兵学校、その後には広島県呉市にある海軍士官学校に送られ、それぞれの場所で同世代の若者たちとともに厳しい訓練の場に身を置くこととなった。観光船での経験から、各種の航海用語や操舵の要領といった基礎知識を自然と身に着けていた彼は、いつだって他の同級生より頭一つ先んじた存在だった。3年後、練習航海などを経た後に士官学校を卒業した彼は、少尉の階級を手に生まれ故郷へと戻る。横須賀鎮守府が管轄する第1護衛隊群への配属が決まったためだ。

 それからもう24年の歳月が過ぎ、岩城は今やいっぱしの将官として海軍上層部からも認められる存在となった。いや、より正確に言えばその才能は早くから評価されていたと言って然るべきだろう。軍隊の中でもとりわけ伝統を重んじる気風を持つ海軍にあって、45歳にして少将昇任から5年目というのは異例中の異例と言える処遇だ。アメリカに送られる駐在武官のうち、横須賀所属の少将が首席にあてがわれるのは日本国防海軍における慣例によるものだが、岩城の場合は過去に派遣された中でも最年少記録を更新する出来事でもあり、まさに歴史的な人事といえるものだった。

 無論、岩城自身もそれを名誉なことと捉え、海軍軍人でありながらも比較的長期間にわたって海外で暮らした経験を持たない自分が、さらに人間としても軍人としても器を広げるための良い機会であると、前向きに受け止めようとしていたのは間違いない。軍人生活の中で身に着けた流暢な英語を生かす意味でも、絶好の機会であるのも確かだ。

 ただ一方で、彼は心のどこかで寂寥感を覚えていたのもまた事実だった。彼は自分が生まれ育ち、呉で訓練に明け暮れていた時期を除けば国内ではずっと暮らし続けてきた、横須賀の町が好きだった。この潮の香りが執務室へと届くたび、彼はいつもと変わらない日常を実感するのだ。いったん異国の地に旅立ってしまえば、しばらくはそんな何気ない光景ともお別れである。大西洋の海は、ここから見る太平洋とどこか違って見えるのだろうか。この日常が、永遠に続いてくれればいいのに。

 西暦201X年3月28日。彼のそんな感慨深い呟きは、廊下から響いてくる足音とそれに続いて勢い良く開け放たれた執務室のドアの音で、一瞬にしてかき消された。

 「提督!!お取込み中すみません!!」

 叫び声とともに、誰かが執務室に駆け込んでくる。その勢いに一瞬気圧されて、思わず椅子に腰かけていた岩城がのけぞった。ティーカップにまだ残っていた紅茶が勢い良く跳ねる。幸い書類の山はほぼ全て整理済みだったので、デスク上の一部がキャラメル色に染め上げられるだけで済んだ。その被害状況を確認したうえで岩城が視線を戻すと、その先では一人の少女が膝に手をつき息を切らしていた。

 濃紺の作業服姿である岩城に対し、少女が着ていたのは鮮やかなオレンジ色のセーラー服。長い茶髪と、後頭部で結わいた緑色のリボンのコントラストが映える。一見するとそのようには見えないが、彼女も立派な国防海軍の関係者だ。より正確に言えば、ある意味では中心人物と言えなくもない。

 「くぉら、神通!!艦娘どもには常々『廊下は走るな』と訓示してんだろうが!!よりによって、秘書艦のおめぇが率先してその禁を破ってどうすんだ、このタコ!!」

 我に返った岩城が、いつもの口調で少女を怒鳴りつける。口にしたのは、第2次世界大戦期に活躍した川内型軽巡洋艦の名だ。そして大変不思議なことではあるのだが、それは奇しくも今まさに自分の目の前にいる彼女の名前でもある。

 「大変申し訳ありません、提督」

 神通と呼ばれた彼女が、まだ呼吸の荒いまま慌てて頭を下げる。

 「ただ、その…。緊急にお伝えしなければならない用件がありまして」

 「あぁ?」

 岩城が怪訝そうに右の眉を吊り上げる。

 「お前、今頃は新艦娘の建造工程監視のために、工廠の建造ドックにいたはずじゃねぇのか。直通の内線電話も使わずに、内規違反のダッシュかましてまで伝えなきゃならん用件ってのは一体何なんだ?」

 「その建造ドックで、何やら異変が起きまして…。提督にも、大至急ご一緒に来ていただきたいんです」

 「…、あん?」

 なおも訝しむ岩城とは対照的に、日本国防海軍特殊戦闘員・川内型軽巡洋艦2番艦『神通』の表情は真剣そのものだった。

 

 この世界の日本が辿った歴史は、史実におけるそれとは第2次世界大戦中盤以降からの流れが大きく異なっている。その分岐点が訪れたのは日本時間の1942年6月4日、かの有名なミッドウェー海戦前夜のことだ。

 山本五十六総司令官らを乗せた戦艦大和を筆頭とする連合艦隊が、ミッドウェーへと向かう途上で霧の中から突如現れた謎の戦闘艦と邂逅する。見慣れない形をしたその艦は、日本海軍旗を掲げ日本人によって操縦されていたにもかかわらず日本軍の所属ではなく、それどころか当時のいかなる国の海軍にも所属した記録が残っていなかった。

 姿を見せて間もなく、それまでの常識を覆すような圧倒的な機動力で連合艦隊を抜き去ったその船は、やがて太平洋のあちこちで非常識レベルの戦闘力をいかんなく発揮し、数々の戦場伝説を打ち立てることとなる。最終的には奮戦もむなしく乗員もろとも海の底へと沈んでしまい、彼らの戦いもやがて歴史が積み重なるにつれて忘却の彼方へと消えてしまったが、そのかけがえのない人命と引き換えに日本が手に入れたものは、決して小さな価値などではなかった。

 米英をはじめとする連合国は、その後その戦闘艦の実力を図らずも手中に収めた帝国海軍に対し、いつしかそれまでに味わったことのない恐怖を覚えるようになっていた。「日本人を本気で怒らせたらえらい目に遭う」という認識は、やがて連合国陣営において共通のものとなっていく。最終的に彼らが提案した「連合国との早期講和」という、史実とは全く異なる第2次世界大戦の結末は、その後の世界秩序形成にも大きな影響を及ぼすことになったのだ。

 この世界の日本人は、広島・長崎への原爆投下も、ポツダム宣言による無条件降伏も、東京裁判も経験してはいない。戦時中、旧帝国海軍が戦略上の都合で自らトラック諸島などの南洋の根拠地を手放したことはあっても、日本が手放すことを選択しなかった海外領土は戦後も独立することはなかった。戦前に「外地」として編入された朝鮮、台湾、帛琉(パラオ)、樺太及び北方四島は、西暦2010年代に入った今なおこの世界における日本の変わらぬ領土であり、経済的には小さくないウェイトを占める国内市場の一部であり、軍事的には重要な防衛拠点である。

 史実における中国東北部に位置する満州国も、式典中に皇帝・愛新覚羅溥儀が軍人の手によって暗殺される(これも史実にはない出来事の1つだ)という不幸を経ながらも、今日に至るまで独立国としての地位を保っている。尤も公用語は日本語で、政治的にも相変わらず日本の傀儡政権であり続けているので、日本海は実質的には日本の内海と見なされることがこの世界では一般的だ。

 史実の日本とこの世界の日本との違いは、軍事面でも非常に顕著だ。戦後、作中世界の日本においても日本国憲法が新たに公布されたが、こちらの憲法は名前こそ同一であっても、その9番目の条文において軍隊の保持禁止や交戦権の否認を強いてはいない。無論、国家が持つ自衛権と憲法9条の狭間で揺れ動きつつも、国家防衛という大義の為に日々過酷な任務にあたる自衛隊の姿もそこにはない。その代わりに存在するのは、旧帝国陸海軍に代わって発足した防衛省傘下の新組織、日本国防軍及びその運用に関する規定である。

 日本国防軍は、旧軍から改組した国防陸軍と国防海軍に、戦後になって新設された国防空軍及び日本国海兵隊を加えた四軍からなると規定されている。いずれも国内法上は「軍服を着た警察」に過ぎない自衛隊とは異なり、軍法会議を有しネガティブリストに沿って動く交戦規定を持つ正式な軍隊組織である。所属する軍人たちの階級名も旧軍からそのまま持ち込まれていることは、岩城がこれまで名乗ってきたそれが「三等海尉」や「海将補」ではなく、「少尉」であり「少将」であることからも察していただけるかもしれない。

 これら四軍はいずれも、史実よりも広範囲に領土を持つこととなった日本国の防衛のため、日本列島内外を問わず各地に拠点を構えている。国防海軍の場合、総本山たる横須賀を頂点に呉、舞鶴、佐世保、むつ、朝鮮・京城(史実の韓国・ソウル)、台湾・高雄、帛琉・円極(史実ではカタカナで「マルキョク」)、択捉の各都市に鎮守府や前線基地を置いた。

 こうした点を見れば、この世界の日本の姿はまるで史実のそれとは異なっているのが分かるが、一方で共通する点も存在する。街に出れば、そこかしこでスマートフォンをいじりながら、おすすめスポットやバーゲンセールの開催を知らせるデジタルサイネージの前を、足早に通り過ぎる人々の姿を目にすることが出来る。

 駅のホームでワイワイとにぎやかな学生たちの横で、腕時計の文字盤と線路を交互に睨みつけながら、なかなかやってこない電車に歯噛みする若いサラリーマン。洗濯物干しがひと段落したのを合図に、テレビのワイドショーに興じる母親。夜になれば東京・新橋のあちこちで乾杯のグラスの音が鳴り響き、気分良く酔っ払ったお父さんたちがテレビの取材を受けている。そういった何気ない日常風景は、世界は違えど何ら変わらない。

 そんな「現実とは時代の流れがだいぶ異なるけれど、日常的な風景はそっくり」なこの世界の日本、いや日本をはじめとする世界各国が激震に見舞われたのは200X年。ちょうど岩城が神通を怒鳴りつけたのから10年ほど前、彼がまだ中佐に昇任して間もない頃の話だった。

 西暦200X年6月4日。エクアドル沖で開催される多国籍演習「リムパック」に参加するため、横須賀から派遣された国防海軍のイージスミサイル駆逐艦「さきがけ」がその途上、突如レーダーから姿を消した。事態を重く見た日本をはじめとする各国は、その艦艇の捜索のため付近の海域に急きょ部隊の派遣を決定する。ところが、捜索隊の派遣からわずか3日後に派遣元の各国に届いた知らせは、「日本軍艦艇捜索隊、謎の敵性勢力による襲撃を受け壊滅」との耳を疑いたくなる内容のものだった。

 これをきっかけに、太平洋をはじめとする地球上のあちこちの海で船舶が同様の事件に巻き込まれるようになった。当初その姿が謎に包まれていた敵性勢力の正体は、遠洋での操業中に襲われた自国漁船の保護に向かった、オーストラリア海軍の駆逐艦「ニューキャッスル」に乗り込んでいた将校の手によって、彼のかけがえのない人命と引き換えに世界の人々の目に触れることとなった。

 黒と灰色に覆われた、その化け物のようなおどろおどろしい外見。人間とほぼ同じ姿であるにもかかわらず、艦艇一隻にも匹敵するその戦闘能力。主砲弾やミサイルによる攻撃を仕掛けようにも、まるで当てることすら出来ない防御能力。いつしか人々は彼らのことを、海の底からやってきた怪物「深海棲艦」と呼び恐れるようになった。

 その後もどうすれば彼らの脅威から逃れられるのか、何故彼らが自分たちに対して牙をむくのかすら分からないまま、世界最強クラスの軍事力を誇るアメリカ太平洋軍でさえもなす術もなく敗れ続ける人類。世界が絶望の暗闇に覆われようとしていたまさにその時、海の彼方から救世主は何の前触れもなく現れた。60年前の第2次世界大戦期に活躍した艦艇の名前と記憶を引き継ぐ、強く美しき少女たち。一見玩具か何かにしか見えないようなサイズの武器を手に、彼女たちはあれほど人類が手をこまねいていた深海棲艦との闘いをいとも簡単に制してみせ、とりわけ世界中の海軍軍人たちの間に衝撃をもたらした。

 その鮮やかな戦いぶりへの敬意をこめて、世の人々が「艦娘」と名付けたその少女たちは、深海棲艦との戦いに対抗できる唯一の存在として目を付けた各国海軍と手を組み、やがてその一員として海戦の主役を張るまでになった。深海棲艦同様、彼女たちがどこからやってきたのかは謎に包まれたままではあるが、少なくともその力を見れば味方につけておくのが得策であろうというのが、各国の共通した見解だったのだ。

 一方の艦娘たちにとっても、かつて自分たちが艦艇として守り抜いた祖国の為に再び戦えることは、まさしく誇り以外の何物でもなかった。自らの身柄を保護し、また戦いの合間の休息や訓練・補給のための場を提供してもらえることも、「戦乙女」たる彼女たちにとっての現実的なメリットだったのも事実だ。

 それぞれ固有の人格を持つ艦娘たちには、勤務地を艦艇から陸上へと移した人間たちと同じ軍人としての地位と、彼らとは異なる系統である「特殊戦闘員」なる独自の階級が与えられた。もちろん、彼女たちにそうした待遇を与えた海軍の1つに日本国防海軍も含まれており、神通もその肩書を有する1人であることは今更言うまでもないだろう。

 70年前、あれほどそれぞれの国益をめぐる争いで対立を深めていた各国は、いつしか共通の敵を打ち破るために自然と手を組むようになった。対空・対水上・対潜・対地の全ての海上戦闘を艦娘たちが一手に担い、陸に上がった人間たちがそれを後方からサポートするというのが、現在における深海棲艦相手の「戦争」の形態となっている。戦闘海域から軍艦が姿を消した頃、気づけば人類&艦娘VS深海棲艦の戦いがスタートしてから10年の月日が経過していた。

 

 「それで?お前が言う異変ってのは具体的にはどういうことだ?」

 それまでの作業服から、「幹部常装第一種夏服」に着替えた岩城は、神通とともに建造ドックへと足早に向かっていた。急ぎの要件だというのにわざわざ彼が式典用の制服に着替えたのは、神通から「件のドックに新しい艦娘が現れた」と聞かされていたからだった。

 かつてどこからともなく現れた艦娘を、今や人類は各国海軍が保有する工廠において自力で「建造」する技術を手に入れていた。戦闘員たる新たな艦娘が生まれるたびに制服で司令官が彼女を出迎えるのは、内規でも定められた国防海軍流の礼儀であり、また岩城自身の流儀でもある。尤も、彼が司令官になる前からこのルール自体は存在しているのだが。その艦娘はまだ目覚めていないらしく、幸い着替えるための時間はある程度あった。

 「俺は今日、新規建造の実施を指示しその通りに建造が実行され、新しく艦娘が現れた。起きたのがこれだけってんなら、わざわざお前がこんな大騒ぎする必要もねぇってこった。そうだな?」

 「は、はい…」

 岩城の言葉に、神通が頷く。言動から察するに何か言いたげなようではあるが、混乱しているのかどうもうまく言葉をまとめられないでいるようにも見える。元来、平時には比較的おとなしい印象である彼女だが、上官への報告の際はよどみもなくスラスラと必要事項を伝えるのが常だ。ここまで明らかに取り乱した様子を見せるのはどうにも珍しい。

 「それがですね、どこから説明すればいいのか、ええっと…」

 「なんだ、報告事項ならいつも通りはっきりと言わねぇか。何だアレか?戦艦用のレシピで資材を用意したはずが、間違えて潜水艦でも作っちまったか?」

 せっかちな性分の岩城が、待ちきれずに先に答えを推察してみせる。2人は執務室のある2階から、工廠との連絡通路がある1階に下りる階段へと差し掛かったところだ。岩城があてずっぽうで口にしたその推論は、図らずも神通にとっての助け舟となったようだった。

 「いえ、できたのは潜水艦ではないんです。確かに、戦艦用の資材を使ったら別の艦種が生まれてきた、という点は正しいのですが」

 「するってぇと、実際にできたのはどんな奴だ?」

 「それが、どうもよく分からなくて…。私の理解の範疇を超えているというか」

 「よく分からないだと?そりゃぁまたどういう意味だ」

 岩城が怪訝そうな表情で聞き返した。階段を下りる足が、次の神通の一言で一瞬止まる。

 「あの、変なことを言う奴だと笑われるかもしれないんですが…。まずその艦娘、国防海軍の制服を着て現れたんです」

 「…、うん?」

 岩城が思わず振り返る。視線の先にあった神通の顔は、落ち着きと真剣さを取り戻しつつあった。

 「国防海軍の制服って、俺が今着ているこいつか?」

 「えぇまぁ。正確には今お召しの一種ではなく、三種夏服の方ですけれど」

 「ほーう。どちらにせよ、最近の艦娘どもはやたら準備がいいらしいな。建造された時から制服着こんでくるとは、俺のアメリカ派遣に向けた特別仕様ってか?」

 岩城は再び歩き出しながら軽口を叩いてみせた。普段はそれぞれ固有の装束を持ち、それを身にまとって戦闘にも出向いていく艦娘たちも、セレモニーの際だけは人間の軍人たちと同じ意匠の制服を着て臨むことが内規で定められている。岩城のジョークは、こうした決まりを念頭に置いたうえでの発言だった。

 ちなみに、専ら式典の時にしか使われない長袖の第一種夏服に対し、第三種夏服は半袖で生地も相対的には薄めだ。市民レベルが目にする現場での正装としては、むしろこちらの方が一般的かもしれない。ただ、3月下旬の今の時期に着るには涼しい気もする。

 「そんなおかしなことをおっしゃらないでください。大体、それ自体は別に話の本筋ではないんですから」

 ようやく普段の口調やテンションを取り戻した神通が、こちらも歩き出しながら冗談半分で口をついた岩城の言葉を咎める。真面目なのはいいが、相変わらず洒落の分からない奴だ、と岩城は思わず肩をすくめてみせた。

 「なんだよ、ンなもん冗談に決まってんだろ。で、その制服を着こんだ新艦娘殿の艦種は?少なくとも当初のお目当てだった戦艦じゃねぇんだな?」

 「えぇ、実はそこが問題なんです」

 神通は一度ため息をついてから言葉を継いだ。

 「全体的な艤装の大きさからは重巡と推測されるのですが、主砲はむしろ駆逐艦や軽巡が積んでいるような127mmサイズ。しかも単装砲で、それがあろうことか一門しかついていません」

 「重巡サイズにもかかわらず、127mm単装砲が一門だけだと?こりゃまた、ずいぶん見た目には貧弱な武装だな」

 「はい。しかも、私が驚いたのはそれだけじゃないんです」

 神通はそこで不意に声を潜めた。

 「彼女の艤装の左肩部分には、コンテナのような箱が付いていたんですが、その箱がVLSを備えたものだったんです」

 「VLSだと…!?」

 流石の岩城も、神通のその言葉には思わず目を丸くした。Vertical Launching System、直訳すれば「垂直発射装置」。早い話がミサイルの発射台である。自分自身はそのようなものを備えていない神通がその用語を知っているのは、海に出ることはなくとも保存用に係留されている水上艦艇をかつて興味本位で訪れ、色々見て回った経験があったからだった。

 VLSを備えた装置を件の艦娘が有しているということは、すなわち彼女が攻撃手段としてミサイルを保持していることを意味する。どの艦娘にもきまって元になった艦艇が存在し、彼女たちの攻撃装備である艤装にも艦艇時代の装備は当然反映されるので、元々船だった頃の彼女もミサイルを用いた攻撃が可能だったということだ。

 だが、海上戦闘でそんな物騒なものが飛び交うのが一般的になったのは、史実と同じくこの世界でも戦後になってからのこと。当然、第2次大戦期に建造された艦艇がミサイルを保有していることなどありえない。だが、これまでこの世界に現れた艦娘たちは皆、大戦期に活動していた艦艇の生まれ変わりばかりだ。だとすると、このたび横須賀の地に誕生した艦娘は一体何者だというのか。…、まさか。

 「私たち艦娘は皆、第2次世界大戦当時の艦艇が元になっているはず。にもかかわらず、彼女は私たちとは何かが決定的に異なっているんです。艤装の仕様も女性としての雰囲気もやたら現代的というか…。しかも、戦後に発足したはずの国防海軍の制服をどういうわけか身にまとっているなんて。彼女は一体何者なんでしょうか?…、提督?」

 そう1人呟く神通の言葉は、残念ながら岩城の耳には届いていなかった。彼の脳裏には別の風景が描かれていたからだ。それは5年前、少将に昇任して間もなく当時の自分の上官だった人物に、個人的に呼び出された時のことだった。




いきなり長ったらしくなってしまいました。こんな調子でどこまで続けられるか分かりませんが、のらりくらりやっていこうかと思っています。

お読みいただいても分かるとおり、この世界の日本は史実とはだいぶ姿が違います。「戦後になっても朝鮮や台湾が日本のままってなんで!?」と思われた方も多いかもしれません(割といろんな方面から怒られるかな、これ…)。あくまでも、原作ジパングにおける「日本と連合国との早期講和」というキーワードからの連想によるものなので、「この世界での日本はこうなっている」という舞台説明以上のものではなく、別に歴史修正主義だとか帝国主義だとかを煽る意図での描写でもないです。また、これだけ回りくどい説明をしておいて、実は朝鮮や台湾は今のところ主要な舞台になる予定はありません。

次回はいよいよ本作の主人公が満を持して登場する、はずです。何卒ご期待ください。それではまたお会いしましょう。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。