魔法少女とアカデミア   作:ささみの照り焼き

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雄英高校:USJ編
魔法少女と委員長


 ☆

 

 

 

「うわっ」

 

 翌日。

 いつも通り早めに家を出たオールマイトを見送って暫くしてから登校した私の目に飛び込んだのは、校門先で待ち構えている報道陣の大群だった。

 思わずドン引きして声を出してしまったが、幸い向こうはこちらに気づいていない様子だったので、近くの木陰に身を隠す。

 

「ヒーフーミー……えー、近くにある局の殆どが来てる……」

 

 彼らの目的は十中八九オールマイト、ないし彼の授業を受けている私たちに取材をする為だろう。

 学校に入らず校門前で屯しているのは、雄英の警備を警戒してるからだ。多数のヒーローとその卵が在籍している雄英のセキュリティは、そんじょそこらのヴィランには侵入できないようになっているから。

 

「あれ? 魔乙女じゃん」

「おっ、ホントだ」

「そんな所で何してるん?」

 

 と、私がどうやってあの集団を避けようか考えていると、見慣れた3人が声をかけてきた。

 確か、切島くん、耳郎さん、上鳴くん、だったはず。昨日の授業終わりに自己紹介したので覚えている。

 

「おはよう3人とも。私がここで何をしてるかは、あれを見れば分かるよ」

 

 そう言って私が報道陣を指差すと、3人は「うげっ」とでも言いそうな表情を浮かべた。

 

「おい上鳴、お前電気系の『個性』だろ? こう、チョチョイっとマイクとか壊してくれよ。そしたら自然と解散すんだろ」

「おお! その手があったか! よーしそうと決まれば、」

「馬鹿。学校の中ならまだしも、外での『個性』使用は法律違反でしょ」

「下手すれば上鳴くんがやったってバレて、損害賠償請求されるかもね。うん百万単位で」

「いやーやっぱ平和的解決方法が一番だと思うんだ!」

 

 手の平くるっくるだな、と切島くんが呆れたように言う。

 

「あ、そうだ。裏口とかはどう? 流石にアイツらもいないでしょ? 通るのに許可必要だけど、そこ何とかすれば行けそうじゃない?」

「ああ、それいいね。じゃあ私が相澤先生に電話して許可もらっとくよ」

 

 制服のポケットから携帯を取り出して、電話帳を開く。あいうえお順に並んでいるので、相澤先生はすぐ見つかった。

 

「――あ、おはようございます、相澤先生。実は……ええ、はい。その通りです。それで許可を頂きたくて。…………はい、ありがとうございました」

 

 流石相澤先生。私たちがこうして裏門を通ろうとするのは予想の範囲内だったらしく、事前に許可をとってくれていたようだ。

 私がそれを伝えようと顔を上げると、3人の驚いたような顔があった。

 

「どうしたの?」

「いや、何で相澤先生のケー番知ってるのかと思ってさ……」

「え? 普通知ってるものじゃないの?」

「いや入学一週間でそれはねぇよ!」

 

 まあ、私はオールマイトと連絡が取れない時の緊急連絡先として、相澤先生と電話番号を交換していたのだけれど。

 それを説明するとなるとオールマイトとの関係も話さなければいけないわけで、必然、時間のない今、私たちは適当に誤魔化して教室へと向かったのだった。

 

 

 

 暗闇に佇む、人影に気づくことなく。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 さて、今朝は朝から遠回りをすることになった訳だけど、私達はしっかりと始業時間までに教室へと着いていた。

 その道中で3人と打ち解け、尾白くんや葉隠さん同様、敬語はなしということになった。特に耳郎さんとは好きな音楽バンドの話で盛り上がり、お互いに名前で呼び合う仲になっている。

 私と響香ちゃんの仲を見て、上鳴くんが「女子同士の友情って、こう……良いよな!」と切島くんに同意を求め「おう! 友情は良いもんだ!」と返され「違う、そうじゃない」とコントをしていたのには、思わず吹き出してしまった。

 

「さて、ホームルームの本題だ。今日は君らに――」

 

 相澤先生の戦闘訓練の結果についての講評が終わり、いつもの調子で続いた言葉に、みんなが「また臨時テスト……!?」と息を呑む。

 

「『委員長』を決めてもらう」

 

 が、普通の学校のような議題にみんなはホッと息を吐いた。……のもつかの間、

 

「はいはい! 俺がやる!」

「俺もやりたい!」

「うちもやりたいっす」

「俺にやらせろォ!」

「オイラのマニュフェストは女子全員膝上30センチごぼぁ!?」

 

 あ、つい『個性』が滑った。いやだって、膝上30センチは流石に許容できない。そんなのほぼスカートの意味をなしていない。ベルト代わりの布だ。

 

 『個性』で黙らせても逆に興奮している変態は置いておくとして、雄英では『委員長』という在り来りな役職でさえ、特別な意味を持っている。

 ヒーローという職業は、何も全てを一人で全てを行なっているのではない。一部の例外(オールマイト)なんかを除き、ヒーローズたちは相棒(サイドキック)という補佐的存在を雇っている。そしてサイドキックを統率するのに必要な経験を『委員長』という形で得ようと、みんなこんなにやる気満々な訳だ。

 

「いい加減にしないか、みんな!」

 

 そんな中、飯田くんの一括で喧騒が静まりかえる。

 

「他を牽引するという重大な責務だぞ! やりたいものがやれるものでは無い! 周囲からの信頼あってこそ務まる聖務……! 民主主義に則り、真のリーダーを決めるのならば――これは、投票で決める議案ではないだろうか!」

 

 真面目な顔で言い切った飯田くんの右腕は、天を貫かんばかりに突き立っていた。

 

「時間内に決めりゃ何でもいいよ……」

 

 それでいいのか、教師。

 

 

 

 ☆

 

 

 

「あ、投票の前に少しいいかな?」

「む? 何だ、魔乙女くん」

「私のこと、投票対象から外してもらっていい?」

「それは、まあ君がいいのなら構わないが……何故だ?」

 

 投票の準備をしていた飯田くんは、私の提案に困惑気味に聞き返した。

 まあ当然だ、私だって飯田くんたちと同じ仮にもヒーローを志す者だ。貴重な経験をむざむざ逃す理由はない。

 だけど、

 

「単に、私よりも適任だと思える人がいるからだよ。私としてはその人に委員長になって欲しいから、自分が邪魔になる可能性があるなら辞退しておきたいんだ」

「なるほど……魔乙女くんがそうまでして推薦したいと思える人物がクラスにいるのか。分かった! 君の気持ちを無下にするのは俺としても不本意だ。クラスのみんなには俺から説明しておこう」

「うん、ありがとう。飯田くん」

 

 まあ、その人物ってのは君のことなんだけどね。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 そんな訳で、自分を対象から外してまで飯田くんを推薦した結果、獲得票3で緑谷くんが委員長に、獲得票2で八百万さんが副委員長になった。

 飯田くんの得票は残念ながら1票。彼に入れたのは残念ながら私だけだったらしい。

 

「くっ……! 分かってはいた、分かってはいたが、せっかく票を貰ったというのに……! すまない、俺に票をくれた誰か! 俺は、俺は……!」

「飯田ちゃん、少し熱くなりすぎよ」

「ハッ!? す、すまない!」

 

 梅雨ちゃんに言われ、飯田くんは慌てて席に座り直した。

 私としても、こうなるのは予想の範囲内だったが、少なからず不満は残っていた。

 残っていたが、それを解消する暇もなく授業は始まる。

 

 私はひとまず気持ちを切り替えることにして、緑谷くんの号令で頭を下げた。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 緑谷くんと八百万さんに票が集まった理由は少し考えればわかる。十中八九、先日の戦闘訓練だ。

 みんなの脳裏に強烈なインパクトを与えた緑谷くんの『個性』、それから八百万さんが講評で見せた知識と戦術眼。八百万さんはその後の対戦で口だけではないと示して見せたのもあり、彼女が相応しいと判断した人がいるのだろう。

 だが、それらはイコールでリーダーに相応しいということにはなり得ない。

 

 例えば緑谷くん。

 確かに彼の『個性』は強力だ。単純な破壊力で比べるのならば、クラスメイトの中で並べるのは私か、可能性として爆豪くん、轟くん、八百万さんといったところだろう。

 そして咄嗟の機転、情報整理とそれを応用する力にも長けている。それは幼なじみ故に『個性』や性格についての情報が多かった、対爆豪くん戦で示されている。ピンチに陥ると視野が狭まるのが玉に瑕だが、そこは今後意識していけば改善できる点だ。

 

 しかし、それら全ては『戦闘において示された』ということに注意しなければならない。

 いわば彼が評価された点は『バトルセンス』。『委員長』に必要な『他を牽引する力』とは違う。

 

 というか個人的な意見を含めて言わせてもらえば、緑谷くんは『他を牽引する』のではなく『自然と他を惹き付ける』のだと思う。

 『個性』が制御できず、恐らく現時点では殆どのクラスメイトに負ける実力の緑谷くんが必死に頑張るからこそ、周囲はそれに惹かれ、彼を支えようと付いて行く――そういうタイプだ。

 そこら辺は、少しオールマイトに通じるところがある。

 

 続いて八百万さん。

 彼女は『個性』の制御と応用、それから戦術眼と知識、状況判断能力に長けているのが、先日の戦闘訓練において示された。

 とはいえ、こちらも全て戦闘面の話だ。頭脳に関しては入試上位という事だから心配いらないだろうが、多分彼女、1度大きな失敗をするか、小さなミスでも積み重ねすぎるとなかなか立ち直れない質だと思う。

 現に、訓練では峰田くんのミスで戦況が崩れかけた時、目に見えて狼狽えていたし。いわば、彼女はまだ誰かにとっての支柱となれるほど精神的に強くはないのだ。

 

 だが副委員長という役職では、彼女は適任だと思う。

 彼女の精神面を鍛えるためにも、程よく責任が伴う役職というのはピッタリだ。

 八百万さんが精神面において成長した時、彼女は文字通り文武両道の立派なヒーローになれるだろう。

 

 そして、私が推薦する飯田くん。

 彼は普段の真面目すぎる印象のせいで薄れがちだが、『委員長』に必要な『他を牽引する力』というものを持っている。

 それはつい先程、あれだけ騒がしくなっていたクラスメイトたちを、一喝しただけで静めたことで証明されている。

 

 さらにさらに、私が彼を推薦する点はもう一つある。

 ヴィランという彼の目指すものと真反対の役を与えられた、戦闘訓練の時しかり。敢えて自分が不利になる可能性のある投票という方法を提案した、先ほどの議案しかり。

 飯田くんは例え自分にとって恥ずべきものであろうが、不利になるものであろうが、それが誰かのためになる(・・・・・・・・)のならば、迷いなくそれを実行に移せる人物だというところだ。

 それは『個性』に溢れたクラスメイトたちを牽引していく上で、とても大切なものだ、と私は思う。だからこそ、私は自分の可能性を潰してでも、彼に『委員長』という役職を任せたかったのだ。

 

 

 

 という話を、お昼ご飯で賑わう食堂にて、私は緑谷くん、お茶子ちゃん、飯田くんといういつものメンバーに力説していた。

 

 緑谷くんは終始真面目に話を聞いてくれて、逐一相づちや頷きを返してくれていた。

 お茶子ちゃんは、開いた口が塞がらないという感じで惚けている。

 そして、私が褒め倒した飯田くんは、嬉しそうな恥ずかしそうな複雑な表情で悶えていた。

 

「やっぱり魔乙女さんは凄いね……。そこまで言葉に出来るほど考えていたなんて、僕は我欲を優先して自分に入れたのに」

「わ、私もデクくんに入れちゃった。戦闘訓練の時にチーム組んでたし、その印象が強すぎて……」

「緑谷くんもお茶子ちゃんも、間違った事はしてないよ。緑谷くんみたいに向上心を持って事に取り組むのは当たり前のことだし、お茶子ちゃんは緑谷を頼れる人だって思ったってことだよね? これはあくまで私の持論。考え方の一つとして受け入れるのは良いけど、それを自分の考えだと思わないようにしないと」

 

 緑谷くんは神妙に、お茶子ちゃんはこくこくと頷いてくれる。うん、素直なのはいい事だけど、素直すぎて自分の考えが塗りつぶされるようなことは避けないとね。

 ……ところで、だ。

 

「いつまで悶えてるの? 飯田くん。ご飯冷めちゃうよ?」

「君のせいだろう、魔乙女くん! 君が()を褒めちぎるから、嬉しさと恥ずかしさが入り交じった気分で悶えてるんだ!」

「「「僕?」」」

 

 真っ赤な顔を隠すように何時もの変な動きをしていた飯田くんは、私たちが返した疑問に動きを止めた。

 その表情は「しまった」と言わんばかりであり、普段と違う一人称はそれが彼の素であることを証明している様なものだった。

 

「ちょっと思ってたんだけど、飯田くんって……坊ちゃん?」

「ぼっ……!?」

 

 顔を青くして仰け反る様は、まさに図星といった感じだ。

 

「はぁ……、そう言われるのが嫌で一人称を変えていたんだが……」

 

 飯田くんは緑谷くんとお茶子ちゃんの興味津々な視線に耐えきれなかったのか、諦めたように息を吐いて説明してくれた。

 

「俺の家は代々ヒーロー一家なんだ。俺はその次男だよ。聞いたことはないか? ターボヒーロー『インゲニウム』って」

「知ってる! 知ってるよ! 東京に65人ものサイドキックを雇っている大人気ヒーローじゃないか! ハッ!? も、もしかして……!」

「そうさ! それが俺の兄さ!」

「あからさまっ……!」

「うわあ凄いやっ!」

 

 誇らしげな飯田くんにお茶子ちゃんは苦笑いし、緑谷くんは興奮のあまり鼻息が荒くなっている。

 まあ、私は知っていたけれど。自宅にあるオールマイトのデスクを片付けている時、クラスメイトの関係者ヒーロー一覧があったから。

 言い訳をさせてもらうと、私は1度目にした情報は何であろうと記憶しようとしてしまう癖があるから故意的に覚えたのではなく、あくまで事故のようなもので、責任は管理不足だったオールマイトにある。私は悪くない。

 

「規律を重んじ、人を導く愛すべきヒーロー。俺はそんな兄に憧れてヒーローを志した。魔乙女くんは俺を評価してくれたが、俺自身はまだ人を導く立場には早いのだと思っている。それに、俺よりも実技入試の仕組みに気づいていた緑谷くんの方が適任だと思う」

 

 飯田くんはそう言って、私の記憶する限り初めての笑顔を見せる。

 私も緑谷くんもお茶子ちゃんも、初めて見る飯田くんの素直な笑顔に驚いていた。

 

「……? 何かおかしかったか?」

「飯田くんの笑うとこ、初めて見たなって……」

「うんうん。いつも眉間にしわ寄せてるか、しわ寄せてるかだもんね」

「それしわ寄せてしかないよ、お茶子ちゃん」

「なっ!? お、俺は笑うぞ? それにしわを寄せてなんていないはずだ!」

「寄ってるよ?」

「寄ってるね」

「寄ってたね」

「そんなバカな!」

 

 それはそうと、緑谷くんが実技試験の構造に気づいていた、と飯田くんは言っていたが、それは違う。

 緑谷くんはお茶子ちゃんが瓦礫に足を取られているのを見て、思わず体が動いたと言っていた。彼はヒーローとして当たり前のことをやっただけで、きっとそれは飯田くんにだって出来るはずの事なのだ。

 

 緑谷くんを見ると、彼はこちらを見て何かを決めたように頷いた。私も彼が話そうとしていることを察して、頷きを返す。

 

「飯田くん、実は――」

 

 

 直後、緑谷くんの言葉を遮るように、けたたましいサイレンが鳴り響いた。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 侵入者警報。

 その言葉を聞いた瞬間、私は緑谷くんたちに避難するようにと一言告げてから、魔法陣を展開して校舎の正面入口近くへと転移した。

 去り際、戸惑った表情の3人が見えたが、彼らなら上手く避難できるだろう。食堂にはかなりの人数の生徒がいたが――うん、こういう時こそ飯田くんの出番だ。是非頑張って欲しい。

 

「さて、侵入者は………………なんだ、マスコミか」

 

 正面入口の真正面で報道陣に囲まれている相澤先生とプレゼントマイクを見て、なんだか拍子抜けする。

 侵入者って言うからヴィランでも来たのかと思ったが、ただの一般人だった。

 

 

 

 ただの一般人(・・・・・・)

 冗談じゃない、ただの一般人に雄英のセキュリティが破れてたまるか。仮にもヒーローが多数在籍した国立施設なのだ。

 

 報道陣は正面入口の真正面に列状になって押し寄せている。つまり、堂々と正門から来たということだ。

 正門は一見ガラ空きだが、専用のIDを持っていない人物が侵入しようとすると防壁が作動するようになっている。

 可能性として考えられるのは、防壁が作動しなかったか、もしくは、

 

「……やっぱり壊されてる」

 

 正門付近へと移動すると、作動した形跡の残った防壁が、まるで崩れるようにして壊されていたのが確認できた。

 壊れ方からして物理的な破壊が行われた様子はない。どちらかと言うと、まるで剥がれるように崩されている。

 やはり一番可能性が高いのは、

 

「『個性』による破壊」

 

 

 

「ビンゴ。大当たりだよ魔乙女 愛」

 

 

 

 言葉とともに、突然現れた黒い霧のような所から病的に細い手が伸びてくる。

 完全な視覚外からの不意打ち。

 

 その手は、私の首元を掴むように伸びてきて――

 

 

 

「それはどうも。それじゃあ大人しくしてくれますか?」

「は?」

 

 私はその手首を掴み返し、背負い投げの要領で投げ飛ばした。

 

「死柄木 弔!」

 

 が、地面にも現れた黒い霧が手の主を飲み込んでしまう。よほど焦ったのか、名前を呼んでしまいながら。

 下手人を確保出来なかったのは痛手だが、思わぬ収穫だ。

 

「おいおい……。仮にも死角から狙ったんだぞ? それを何も見ないで掴んで背負い投げとか……オールマイトの義娘ってのは伊達じゃあないな……」

 

 声に振り向いた先には、異様な男と黒い霧が存在していた。

 男は全身に手型のような物をくっつけており、顔すら確認出来ない。だがその隙間から伺える目は、幾度となく見たチンピラなんかじゃないホンモノ(ヴィラン)の目だ。

 黒い霧はそもそも人なのかさえ分からない。たぶん先ほどの声からして成人男性、あの姿は『個性』によるもの。手型の男が転移したことからワープ系の『個性』。

 

「話は捕まえてから聞く主義ですが、今は一つだけ。あなた達の目的は何ですか?」

 

 

 

「……オールマイトの殺害」

 

 

 

 ああ、どうやら死にたいらしい(・・・・・・・)

 

 

「『ぶち殺せ(SHOT)』」

 

 

 速度、威力ともに最大。空気を固めた不可視の弾丸。対象は手型の男。

 私の肩口から放たれるそれは、オールマイトを持ってして避けることを優先する必殺の弾丸だ。

 

 

 

「脳無」

 

 だがそれは、手型の男ではなくその前方に出現した黒い腕に直撃した。

 肉と骨の弾けて混ざる音が響くが、黒い霧の向こう側に見える黒い腕の主は気配一つ変える様子がない。

 

「……驚いた。脳無にダメージを与えられるなんてな……やっぱり先生の言う通り、偵察に来てよかったよ……。それじゃあな魔乙女 愛(オールマイトの義娘)

 

 待て、と叫ぶ暇もなく、手型の男たちは黒い霧に包まれ消えていく。

 後に残ったのは逃した悔しさで奥歯を強く噛む私と、脳無と呼ばれた化物の飛び散った血肉だけだった。

 

 

 

 

 

「…………あれ、もしかしなくてもこれ、ビジュアル的に私が人殺したみたいな感じになってない?」

 

 遠くから聞こえたサイレンの音に我に返った私は、まるで殺人現場のような悲惨な状況に顔を青ざめた。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 やりすぎた。

 今回の反省点は、ただその一言に尽きる。

 

 飛び散った肉片と骨。コンクリートの地面に染み付いた血痕と、鼻を突く錆びた鉄の臭い。

 おまけに『個性』の反動で、周囲の木々が数本台風に晒されたように荒れていた。

 そして、少なくない返り血で制服を汚した私。

 

 もう誰がどう見ても通報ものである。

 

 もちろん警察が到着する前に『個性』でどうにかこうにか誤魔化し、相澤先生たちが来る前に撤収したので、生徒指導室に連れていかれるなんて事にはならなかったが。

 ただ相澤先生やプレゼントマイクを誤魔化せたかは怪しい。あんな(なり)だが、あの2人はプロのヒーローだ。それも、今のヒーロー社会では少なくなった本物(・・)の。

 そう考えると、『個性』で戦闘の跡を無かった事にしたのは戯作だったのではないかと思い始める。いっそ半径5メートル程でもいいので、跡形も無く吹き飛ばしておいた方が良かったかもしれない。

 

 失敗したかなあ、と思いつつ教室のドアを開ける。もちろん今の私は食堂を出た時のままの学校で、血の跡も臭いもない、はずだ。

 

「あっ、愛ちゃん! どこ行ってたのもう、心配したんだよ!?」

 

 と、私が帰ってきたことに気づいたお茶子ちゃんが、肩をぷりぷりと怒らせながら詰め寄ってきた。

 見た目の印象とは裏腹に、その背後には逆らいがたいオーラのようなものが垣間見得る。どうやら一番怒らせてはいけない人を怒らせてしまったようだ。

 

「ご、ごめんねお茶子ちゃん。今日はオールマイトが非番だったし、先生たちも人手が足りなくて困ってるだろうから、そのお手伝いを……」

「なら私達も連れていった方が良かったんじゃないかな?」

「……いや、ほら、私の『個性』の転移は人数制限があるから」

 

 もちろん真っ赤な嘘である。基本的に私の『個性』には制限なんてありはしない。明確なデメリットがあるのは、せいぜい加減を間違えれば威力が高すぎて敵味方関係なく吹き飛ばすような技だけだ。

 

 流石に私の『個性』を把握していないお茶子ちゃんでは反論ができなかったようで、追求の勢いが弱まる。

 そして同時に、始業のチャイムがなった。

 

 これ幸いと自分の席に戻る。

 その間も、私の体には非難するような視線が突き刺さっていた。

 

 

 

 ☆

 

 

 

「おい魔乙女。お前何やらかした」

 

 放課後。

 緑谷くんの提案で委員長の座が飯田くんに譲られたり、お茶子ちゃんや飯田くんから私の評価を聞いたらしい八百万さんが、私に対して宣戦布告まがいな意気込みを語ったりと色々あったが、当の私は放課後になると同時に相澤先生に職員室へと連行された。

 

「ナンニモシテナイデスヨ」

 

 相澤先生からの阿呆を見るような視線が痛い。だが、私とて素直に白状するにはいかない。

 仮にも私はオールマイトの養子(のようなもの)。ヒーロー育成の最高峰である雄英で事を起こしたとなれば、それはオールマイトの名に傷をつけることになる。

 何より、私は説教が嫌いなのだ。

 

「嘘つけ、監視カメラに全部映ってんだよ」

 

 監視カメラの存在を確認し忘れた数時間前の私、ファッ〇。

 

「……安心しろ。今から説教しようとかそういうのじゃない、そんな事に時間を割くのは合理的じゃないからな。俺が聞きたいのは、監視カメラに映ってたアイツらの事だよ」

「ああ、なるほど」

 

 流石合理主義者の相澤先生。それなら安心して全てを話せるというものだ。

 

 

 

「……死柄木 弔に、ワープ系の『個性』持ち。それから脳無とかいう化物か」

 

 やっかいだな、と相澤先生が目を細める。それについては私も同意である。

 ワープ系の『個性』というのは、それだけで(ヴィラン)に回すと厄介だ。

 十中八九、黒い霧の男は移動手段だろう。そして死柄木と呼ばれた男が恐らく主犯。脳無は脳筋対策要員といったところか。

 

「この件は俺が預かる。お前は気兼ねなく説教されて来い」

「はい、それでは失礼しま――今、何と?」

 

 あっさり解放されたなあ、なんて思いながら立ち上がろうとして動きが止まる。

 驚きで止まったのではない。いやそれもあるが、両肩に乗った手で抑えられて腰が上がらないのだ。

 

 恐る恐る、背後を振り向く。

 

「やあ、魔乙女少女。

 

 

 ――また(・・)無茶したんだって?」

 

 

「お、オールマイト……」

 

 私は、全身から血の気の引く感覚というものを久々に味わった。

 

 

 

 ☆


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