☆
「白米に落ち着くよね、最終的に!」
翌日。
プレゼント・マイクによるダダ滑りな英語の授業を終えた私達は、お昼を食べに雄英高校の食堂へとやって来ていた。
クックヒーロー『ランチラッシュ』の運営する食堂は、彼の知名度もあって連日賑わいを見せている。現に、私たちが訪れた今日も、たくさんの人がお腹を空かせてやってきているし。
そんな中、ランチラッシュはわざわざ私たちのところへやって来て、サムズアップを決めていた。
「うん……落ち着く……」
よほどお米が美味しいのか、麗日さんはほんわりとした表情でゆっくり頷いている。なんなら悟りを開けそうな感じだ。
その対面の緑谷くんは感動のあまり口元を抑えて震えている。まるでアイドルを間近にした女の子のようだった。
「こんにちは、ランチラッシュ。相変わらずの賑わいですね」
「やあ、魔乙女くん! 料理人冥利に尽きるが、忙しくて目が回りそうだよ! 良ければ今度、仕込みだけでもいいから手伝いに来てくれないかい? 大層なものは出せないが、賄い程度なら振る舞わせてもらうよ」
「考えておきます。ところでランチラッシュ、厨房にいる方々がすごい形相でこちらを見ていますが、戻らなくていいんですか?」
「おっとソイツはマズイ! それじゃあ、味わっていってくれよ!」
大慌てで厨房に戻っていくランチラッシュを見送り、さて食べようとお箸をとると、緑谷くんたちが私を驚きの目で見ているのに気がついた。
「……何か無作法があった?」
「いや、そういうことは無いのだが! その、魔乙女くんはランチラッシュと知り合いなのか?」
向かいに座った飯田くんが訊ねてくると、隣の麗日さんと斜め左の緑谷くんもブンブンと首を縦に振った。
私は、大した関係でもないんだけど、と前置きして、
「昔、ランチラッシュが炊き出しをしている所に居合わせたことがあってね。その時にお手伝いしたら、腕が良いって言われて色々教えてもらったんだ。最近も、月に1、2回は料理を教えてもらってるよ」
お〜、と3人が驚いたような声を出す。
ちなみに、居合わせた理由がオールマイトの手伝いをしていたからなのだが、まあこれは言わないでいいだろう。緑谷くん以外にはまだオールマイトとの関係を話していないので、質問攻めになる可能性もある。
「あ、もしかしてあの時の差し入れも?」
「うん、そう。私のお手製。美味しかったでしょ?」
「凄く美味しかったよ! 市販品じゃないと思ってたけど、なるほど、それなら納得だね」
緑谷くんが腕を組みながらうんうんと頷く。……ところで、君は今墓穴をほったことに気がついているのかな。
「ねえねえデクくん、差し入れって何のこと?」
「へぇあっ!? あっ、いや、それは!」
「まさか……緑谷くんと魔乙女くんはそういう関係なのか!?」
「それはない。断じてない」
「「お、おう……」」
即座に私が否定すると、麗日さんと飯田くんは引き気味に頷いた。
☆
午後の教科は『ヒーロー基礎学』。担当は、
「わ〜た〜し〜が〜
普 通 に ド ア か ら 来 た ! 」
そう。我らがNo.1ヒーロー『オールマイト』である。
「オールマイトだ……!」
「すげぇ本物だ!」
「なんというか、生はやっぱり画風が違うな……!」
そうだろうそうだろう。なんて言ったってオールマイトなのだから。
「魔乙女、なんでそんなに得意げなんだ……?」
隣の瀬呂 範太くんに言われて我に返る。
しまった。オールマイトがみんなから憧れと尊敬の視線を向けられているのを見て、つい我が事のように喜んでしまった。
瀬呂くんに何でもないよ、と言って前を向くと、オールマイトと目が合う。
その視線はすぐに後ろの緑谷くんに向かい、さらにその後ろへと移動していく。どうやら、オールマイトは一人一人の顔を確かめているようだった。
一通り眺めて満足したのだろう、オールマイトは教壇に立ち胸を張るようにポーズをとった。
「さあて諸君! そんな訳で、ヒーロー基礎学の時間だ! ヒーローとしての下地を作る為に、様々な訓練を行っていく教科だぜ! ちなみに単位数も一番多いぞ!」
そこまで言って、オールマイトは「さっそくだが!」と何処からか手のひら大のプレートを取り出し掲げた。
そこには、大きな赤い文字で「BATTLE!!」の文字。
つまり、
「今回の内容は『戦闘訓練』だ!」
☆
それはヒーローにとって、一種のシンボルのようなものだ。
ヒーローというのは良くも悪くも知名度が関係してくる職業である。
そしてその知名度を上げるために、自分の『個性』に合い、なおかつ印象に残りやすい衣装を装備しているわけだ。
雄英はそんなヒーローたちの養成学校であり、早期からヒーローとしての自覚をもたせるために、無償でコスチュームを提供してくれるのだ。
ちなみに、このコスチュームは入学前に『被服届け』として希望を提出可能であり、ほとんどの生徒がこれを提出している。
まあ、私は提出してないんだけどね。
「あれ? 魔乙女さん、コスチュームは?」
昨日と同じジャージ姿で実習場に現れた私に、麗日さんが不思議そうに声をかけてくる。
そんな麗日さんは、体にフィットした桃色と黒を貴重としたスーツに身を包み、少し恥ずかしそうにしていた。
「うん、それなんだけどね、どうせならみんなの前でやろうと思って」
「――生着替えだとぉう!?」
今のはなんだろうか。
昨日感じた不躾な視線が飛んでくる方向に目を向けると、血走った目をした背の低い男子がこちらを睨むように見ていた。
その目には隠す気のない劣情が満ち、私を持ってしてドン引きさせるレベルであった。
「な、生着替え!? ま、魔乙女さん大胆だね……!」
「違うよ麗日さん。そういうのじゃないよ」
真っ赤な顔で驚く麗日さんに否定を返し、こちらを向く視線が増えたので周囲に目を向ける。
クラスメイトの殆どが、こちらを驚いたように見ていた。一部、期待するような視線もある。
「生着替えとかそういうのじゃなくてね……こうするの」
私の頭から少し上の所に、私の通れる程度の大きさの魔法陣を出し、それをゆっくり下ろしていく。
幻想的な光が舞い散る中、私の足先まで魔法陣が通り抜けると、
「はい。こんな感じ」
魔法使いっぽい格好に身を包んだ私の出来上がり、という訳だ。
「すっ、すっごいね魔乙女さん! どうやったの!?」
「愛でいいよ、お茶子ちゃん。私の『個性』でちょちょいっとね」
お茶子ちゃん、と呼ばれて照れながら、凄いね愛ちゃん! と興奮気味にお茶子さんがローブやとんがり帽子を触ってくる。もちろん、しっかり触れるし、この下にも制服風味のブラウスとスカートを着ている。
なので、さっきの男子生徒は親を殺されたような目でこちらを見ないで欲しい。生憎私に露出狂のケはないのだ。
「あー……そろそろ良いかな?」
私たちが出てくると同時に、渾身の名台詞を言っていたオールマイトは、緩みきった空気の中で手を挙げながら苦笑した。
☆
今回の実習は、ヒーローチームとヴィランチームに別れて行なう、二対二の屋内演習らしい。
ヴィランが核兵器を持ってビル内に立てこもったというシュチュエーションで、ヒーローチームは核兵器を回収するかヴィランチームを拘束するのが目的だ。逆に、ヴィランチームは時間いっぱいヒーローチームに核兵器を触れさせないか、ヒーローチームを拘束するかすれば勝利。
なんともアメリカンな設定である。
「先生! 一つ質問があります!」
「何だい飯田少年! 遠慮なく聞いてくれ!」
「では失礼します! このクラスは全員で21人なのですが、チーム分けはどうするのでしょうか!」
「あ、私もいいですか? 相澤先生の時みたいに、除籍処分とかあるんですか……?」
「……ぶっ飛ばしてもいいんですか?」
「このマントヤバくない?」
「んんん〜〜〜、聖徳太子ィ!!」
不覚にも、プルプルと震えるオールマイトを可愛いと思ってしまった。まああんなナリでも新米教師な訳だから、いくつもの質問が一気に飛んでくると処理が追いつかないのだろう。
「ええっと、まずはチーム分けだな! これは済まないが、一つ3人のチームを作り、2人のチームと戦ってもらうことになる! 現場じゃあ人数が対等なんてことは滅多にないし、これも勉強だと思って頑張ってくれ!
除籍処分はもちろん無い! 相澤くんは、まあ、ああいう性格ではあるがそこまで怖いやつではないぞ! 避けることなく、むしろ積極的に接してあげてくれ!
戦闘訓練という題目だから、もちろん対戦相手への直接攻撃はOKだ! だが、私がこれ以上は危険だと判断したら、容赦なく中止するからな!
あと、うん! そのマント、恰好いいぞ!」
おお、すべての質問に答えきった。さすがオールマイト、何事にも全力である。
全力すぎて、結構な頻度で無茶をするのは頂けないけれど。
☆
「よろしくお願いします、尾白くん、葉隠さん」
「ああ、よろしく」
「よろしくね、魔乙女さん!」
厳正なくじ引きの結果、私は尾白くんと葉隠 透さんとチームを組むこととなった。
対戦表も既に決まっており、私たちのチームは轟 焦凍くんと障子 目蔵くんチームと対戦する手はずになっている。彼らがヒーローチームで、私たちがヴィランチームだ。
「私たちの対戦は2戦目ですけど、2人の『個性』を軽くでいいので教えてくれますか?……と言っても、2人とも見たまんまという感じですけど」
「あはは……」
「見えていないのに見たまんま、って矛盾してるよね!」
「葉隠さんは自分からネタにしていくスタイルなんですね」
自己紹介ついでにお互いの『個性』を説明する。私の『個性』のことを話すと驚いていたけれど、理解はしてくれたようだ。
「そういえば魔乙女さん、麗日さんのことは名前で呼んだり親しい感じの話し方なのに、私たちとは敬語なんだね?」
「ああ、別に葉隠さんたちが嫌いだとか苦手だとか、そういう訳じゃないですよ。初対面かそれに近い人、あと尊敬してる人なんかとは、必ず敬語で話すようにしてるんです」
「なるほどなあ。やっぱり魔乙女さんって、すごく良い人だよね。でも、俺は親しみを持って話してくれる方が嬉しいかな」
「私も私も!」
「うん、じゃあ改めてよろしくね、尾白くん、葉隠さん」
そんな感じで顔合わせを終え、場所はモニタールームへと移る。
対戦者以外は、ここでオールマイトと共に観戦することになっているのだ。
1戦目の組み合わせは、緑谷くん&お茶子ちゃん VS 爆豪くん&飯田くんだ。ちなみに前者がヒーロー、後者がヴィランチームである。
爆豪くんには悪いが、彼の目つきの悪さはヴィラン役がとっても似合うと思うので、なかなか良い配役だと思う。飯田くんはなんだかんだ真面目だから、ヴィラン役を全力でこなしそうな感じだ。
「この試合、どっちが勝つと思う?」
と、私が飯田くんの演技を想像してぷっくり頬をふくらませていると、隣から声がかかった。
カエル顔が印象的な彼女は、確か、
「蛙吹 梅雨さん、であってますよね?」
「そうよ。梅雨ちゃんと呼んで? ついでに敬語もいらないわ」
「うん、分かった、梅雨ちゃん」
軽く頷いて返すと、梅雨ちゃんは機嫌良さそうにケロケロ♪と鳴いた。女の子に鳴いたって表現はあれだけど、梅雨ちゃんはそれが愛嬌になって可愛らしいと思う。
「ところで話を戻すけど、この試合の結果、だよね」
「ええ。見たところあの中の3人とも仲が良いみたいだし、魔乙女ちゃん、頭良さそうだもの」
緑谷くん、麗日さん、飯田くんの3人とも仲が良いのは確かだし、そう褒められると悪い気はしない。けれど、私は緑谷くんの『個性』以外まともな情報を持っていなかった。
それを伝えると、梅雨ちゃんは「意外ね」と驚く。まあ『個性』なんて友達になる理由にはならない。私は彼らと打算的な意味で仲良くなった訳では無いから、彼らの性格をぼんやりと知っているくらいだ。
「まあでも、勝敗とまでは行かないけど、鍵になる要素は分かるよ?」
「鍵?」
「うん。この試合、鍵になるのは――」
爆豪くんと緑谷くんの対決だ。
☆
「うおっ、いきなり奇襲かよ!」
モニターの中では、潜入した緑谷くんたちが爆豪くんの奇襲を辛うじて避けたところが映し出されていた。
完全な視覚外からの奇襲は見事だったが、それをギリギリとはいえ察知した緑谷くんは、爆豪くんより一歩上手と言えるだろう。
モニター越しでは音声は流れないが、爆豪くんは緑谷くんを睨みつけながら苛立ちを顕にし、対する緑谷くんは冷静に麗日さんに指示を出している様子だった。
「ケロ、凄いわね魔乙女ちゃん。あなたの言った通りになったわ」
「まあ2人の関係性を知ってれば、ある程度こうなるのは分かったからね」
爆豪くんは緑谷くんに対し、尋常ではない敵意を持っていた。緑谷くんはそれに気づいているようだったし、それに向き合う覚悟を決めている。
例え爆豪くんが奇襲という形を取らずとも、2人の対決は行われるだろうと予想がついた。
とはいえ、この勝負の勝敗までは分からない。
緑谷くんはオールマイトの『個性』を受け継いでいるが、現状制御できていない。
その上核兵器がどのフロアのどの場所にあるかも分からないこの状況では下手に発動することも出来ないので、緑谷くんは『個性』無しの戦いを強いられているわけだ。だが、彼は持ち前の観察力で爆豪くんの動きを完全に見切っている。現に、彼は奇襲後の二撃目に完璧なカウンターを決めて見せた。
対して爆豪くんは『個性』のコントロールが完璧と言っていいレベルで出来ている。感情に流されやすい節はあるが、彼はまだ理性で爆破の威力を建物に影響が出ないレベルに抑えているようだ。彼が激情のままに『個性』を使えば、多分あのビルが崩壊しかねないから。
そして戦況が大きく動く時は、彼が激情に身を任せた時になるだろう。『個性』無しで戦うことを決めた緑谷くんの覚悟より、彼の堪忍袋は緩そうだから。
「だから多分、緑谷くんたちの決着がつくには暫く時間がかかるんじゃないかな?」
と、そこまで言い切って、梅雨ちゃんがポカンとしている事と、周りの視線がこちらに向いてくるのに気がついた。
「え、えーっと……?」
「すげえな魔乙女……そこまで戦況が分かってるのかよ」
「流石入試主席……。私も負けていられませんわ」
「なんか教師の私より解説慣れしてないかな、魔乙女少女……!」
そりゃあ、オールマイトの戦いを眺めながら、仕事取られて暇そうにしてるヒーロー達と解説ごっこすることが多かったですから。
☆
果たして、緑谷くんと爆豪くんの対決は、試合としては緑谷くんの勝ちであり、対決としては爆豪くんの勝ちであった。
最後の最後で、緑谷くんは『個性』を爆豪くんに向けるのではなく、試合に勝つために使用した。
その結果、緑谷くんは右腕を反動によってバキバキにし、左手を爆豪くんの一撃を防ぐ為に盾にしたことによって酷い有様になっていた。もちろん、彼がそんな怪我の痛みと疲労に耐えきれるわけもなく、気を失って医務室へと運ばれて行った。
緑谷くんを除いた3人が戻ってくると、オールマイトにより講評が行われた。
と言っても、オールマイトが今回のMVPを発表し、それに対して理由を聞かれて手を挙げた八百万 百さんが殆どの理由を言ってしまったのだけれど。
「あー……他に、誰か感想や言っておきたいこととかあるかな?」
「あ、じゃあ私から」
言いたかったことを言われて落ち込んでいるオールマイトの言葉に、これ幸いと私は手を挙げた。
視線が集まってくるのに、やっぱり慣れないなあと思いつつ、飯田くんにサムズアップを向けて、
「飯田くん、ヴィランの演技めちゃくちゃ
「君実は笑いのツボ浅いだろう!?」
失敬な。飯田くんの普段を知っていれば誰だって吹き出すに決まっている。
現に、気を抜いていたとはいえお茶子ちゃんだって吹き出してしまったのだから。
「HAHAHA! まあまあ飯田少年、私も君の演技は良かったと思うぞ! ヴィランの行動原理を良く理解した、良い演技だった!」
「オールマイト……! はい! ありがとうございます!」
飯田くんは感動して気づいていなかっただろうが、オールマイトの肩がプルプルと震えていたのを、私達は見逃さなかった。