魔法少女とアカデミア   作:ささみの照り焼き

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雄英高校:序章
魔法少女と入学初日


 ☆

 

 

 

「おはよう、緑谷くん。…………その、大丈夫?」

「おはよう、魔乙女さん。うん、ダイジョウブ」

 

 雄英高校ヒーロー科の試験から暫く。

 私は、オールマイトから預かった受験結果を届ける為に、緑谷くんの家に訪れていた。

 

 愛嬌のある顔立ちのお母さんに案内され、少し待っていてと通されたリビングは一般家庭のそれだった。

 彼のヒーローに体する憧れは人一倍強いものだったから、てっきりヒーローグッズで埋もれているのかと思っていたので、少し意外だ。

 お母さんの方はそれほどヒーローに詳しくなさそうなので、緑谷くんは趣味を自分の部屋に留めているのかもしれない。

 

 後で見せてもらおうかな、なんて思っていると、緑谷くんが今にも死にそうな顔で現れた。

 朝の挨拶ついでに心配して尋ねてみたのだが、返ってくるのは覇気のない笑いと返事のみ。これは重症だ。

 

「今日は、オールマイトから試験結果を預かって来ました。これをどうぞ」

「へっ? オールマイト、から?」

「うん、オールマイトから。そこら辺は、その封筒に入ってる投影機を起動すれば分かると思うよ」

 

 早く確認した方がいいよ、と彼の背中を押して自室へと押し込む。正直、今にも死にそうなあの顔は見ていられない。

 そうなると、必然、リビングに残されるのは私と緑谷くんのお母さんになる訳なのだが。

 

「お母さま、先に一言断らせていただきたいのですが、私は緑谷くんとは交際関係にありません。ただの友達です」

「あ、あらそうなの?」

「そうなのです」

 

 緑谷くんのお母さんが口を開こうとした瞬間、被せるように先手を打つ。こう言うのはとっとと明言しておくほうがいい。

 もっとも、お母さんの様子から察するに本当に彼女だとか思ってはなさそうだったが。緑谷くん、強く生きろ。

 

「緑谷くんとは、同じ雄英高校を目指す友人として、去年から切磋琢磨させて頂きました。……彼は、とても強く、芯の通った人です。お母さまは彼のことが心配でたまらないかと思いますが、信じてあげてください。身近な人からの信頼と応援というものは、時に何よりも支えになりますから」

「……ええ、分かったわ。もとより私は、出久のお母さんだもの。息子のことは誰よりも信じているつもりよ? …………ところで、ヤケに出久を買っているのね? もしかして、」

 

「いえ、そんなことは断じてないです。はい、断じて」

 

「あ、あらそう」

 

 彼はヒーローとして、また一男性として立派な志を持っていると思うが、それとこれとは話が別だ。

 私は将来、お嫁さんになるのならオールマイトの傍に侍ると決めているのである。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 筆記試験は問題なし。

 実技試験は、(ヴィラン)ポイント、0。そして、救助(レスキュー)ポイント、60。

 それが彼、緑谷 出久の入試成績だった。

 

 実技試験において、ポイントのある敵を一体も倒せなかった彼だが、その身を犠牲にしてまで一人の少女を救け、さらにその心を動かしたことが評価され、晴れて合格となった。

 オールマイトは緑谷くんのことに関して一切伝えていなかったそうだから、純粋な評価が成されたと言える。つまり彼は、現役のヒーロー達にヒーローの素質ありと認められたわけだ。

 

 文字通り滝のような涙を流しながら喜んだ彼は、ハッと我に返ったかと思うと私の結果を聞いてきた。

 別に隠すことでもないので、簡潔に結果を伝える。

 

 筆記はもちろん問題なし。

 敵ポイント、67。救助ポイント、35。合計ポイント、100点オーバー。

 

 あんぐりと口を開けて驚く緑谷くんの顔には、思わず吹き出してしまった。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 合格が決まったからと、安心するのはまだ早い。

 各教科ごとに出された事前予習や、制服などの採寸と注文。緑谷くんは『個性』の制御等など、課題はまだ山積みである。

 

 そんな訳で、今日も今日とて、緑谷くんはいつもの公園でオールマイト考案のトレーニングメニューをこなしている。

 オールマイト曰く、全ての始まりは基礎から、だそうで、緑谷くんは筋トレを主にこなしていた。

 残念ながらオールマイトは教師としての準備などあるので来れないが、この程度のメニューなら放っておいても問題はなさそうだ。

 

 

 ぺらり、と制服のポケットから出した紙を広げる。

 オールマイトから預かった緑谷くん宛の書類に混じって、私の結果も同封されていた。なんだか緑谷くんのついでみたいで癪に触るが、まあオールマイトにそんなつもりは無かったのだろう。

 

 緑谷くんに伝えた結果の下には、ラメ入りで虹色に輝く「1位」の文字。

 どうやら少しやり過ぎたらしく、入試トップの成績を出してしまったようだった。

 というかオールマイト曰く、合計ポイント100点オーバーは史上初だそうだ。あれぐらいならオールマイトでも出来ると思うが、まあ学生の身なら難しいことなのだろう。

 

 目が痛くなりそうな輝きの、さらにその下。

 割り当てクラスと書かれた欄は「ヒーロー科 A組」となっていた。

 

 A組ということは、B組もあるのだろうか。なんだか、どっちが優秀だとかで争いが起きそうだなあ、とぼんやり思う。

 まあ最初のうちはそんな暇もないだろうけど。

 

 とはいえ、ヒーロー科。ヒーロー科だ。

 

「これでオールマイトの授業が受けられる……っ!」

 

 興奮のあまり、思わず握り潰してしまった結果届けは、しっかり伸ばして封筒にしまっておいた。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 さて、時の流れとは早いもので、入学式当日。

 と言ってもひと月ちょっとしか経っていないのだけれど、まあ気分的な問題だ。

 

「それじゃあ緑谷くん、また後でね」

「う、うん、また後でね、魔乙女さん」

 

 校舎の玄関口で緑谷くんと別れ、私は一人職員室へと向かう。

 入試成績1位の私は、入学式の挨拶を任されているためだ。

 挨拶の内容は既に覚えているが、壇の場所など詳しい説明を受けなければならない。

 

「――っと、ごめんなさい」

「いや、こっちこそ悪りぃ。考え事してた」

「そうなんですか。なら、お互い様ですね」

「ああ。怪我はないか?」

 

 いえ、と言いながらぶつかりそうになった相手の顔を見る。

 半分分けで色の違う髪と、左目の火傷後のようなものが特徴的な男子生徒だった。

 服が新品同然なことから私と同じく新入生だろう。もしかしたらヒーロー科かもしれない。

 

「はい。至って健康体です。それでは申し訳ないのですが、私は急いでいるのでこれで」

「ああ、悪かったな」

「いえ、こちらこそ」

 

 特に自己紹介などすることもなく、すれ違う。少しすれば分かることだ、今確かめる必要も無い。

 とにかく今は、久しぶりに会うオールマイトの顔を一刻でも早く見たかった。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 ……あいつ。

 

 轟 焦凍は、今しがたぶつかりかけた女子生徒の後ろ姿を見送りながら、自分の記憶と彼女の特徴を確かめた。

 

 制服が新品同然なことから、恐らく新入生。

 身のこなし、ぶつかる寸前に『個性』のようなもので体勢を整えたことから、かなりの力量を持っていると見える。

 彼女が向かっていった方向は職員室。先ほど焦凍も訪ねたところだ。あそこに向かうのは、特待生か、入学初日から行かなければならない理由のある生徒だ。特待生は焦凍を入れて四人、一応全員の名前と顔は把握しているが、彼女はその中にはいなかった。

 と、なれば。

 

「……あれが、親父の言っていたオールマイトの養子」

 

 焦凍の父、エンデヴァーから毎日のように、今日だって朝から長々と聞かされたから覚えていた。

 入試で歴代最高の得点を叩き出した、オールマイトの養子がいる、と。

 

 恐らく、彼女は新入生代表の挨拶の打ち合わせのために職員室に向かったのだろう。もしくは、オールマイトに会うためかもしれない。

 

「どっちにしろ……俺は、負けねえ」

 

 父を、母の力だけで超える。

 その為には、父が憎むオールマイトを超えなければならない。

 目下の目標として、彼女は焦凍にとって最適であった。

 

 

 

 ☆

 

 

 

「失礼しました」

 

 キチンと礼をしてから、扉を閉める。

 職員室特有のピリピリした雰囲気から抜け出した私は、小さく息を吐いた。

 

 入学式の説明は簡単なものだった。

 会場の見取り図を出されて、呼ばれたらここからここまで歩いて、ここで挨拶してもらって、席に戻って終わり。

 覚えやすいように最前列の席に配置してもらったこともあって、困ることは無さそうだった。

 

 ただ、説明してくれた先生曰く「無駄になるかもしれんがな」ということらしい。

 無駄とはなんだ、と疑問に思うも、「あの人が君らの担任」と指で示された人物を見て納得した。

 あれはダメだ。オールマイトとは別ベクトルで無茶をする人だ。具体的には生徒を翻弄して密かに愉悦してるタイプの教師だ。

 

 もしかしたら、苦労して覚えた挨拶も無駄になるかもしれなかった。

 

 

 

 ☆

 

 

 

「でっかあ……」

 

 3メートルは余裕である教室の扉を前に、私は半ば呆れたように呟いた。

 雄英に来てから、ことある事に言っている気がする。だってしょうがない、ここ、何かもかもスケールが違うんだから。まるでコミックみたいだ。

 

 気を取り直して、思ったよりも軽い扉をスライドさせて中に入る。

 教室の中には、既に何人かの生徒が居た。席に座って本を読んでいる人もいれば、既に仲良くなって話している人もいる。

 

「あっ」

「え?」

 

 と、私の顔を見るなり驚いたような声を出したのは、廊下側から数えて2列目の最前列にいる男子だった。

 彼の後ろで揺れる尻尾のようなものを見て、ああ、と思い出す。たしか、実技試験の時に救けて、その後も救助活動を手伝ってもらった人だ。

 

「おはよう。俺のこと覚えてる?」

「はい、その節はどうも。あなたのお陰で迅速な救助が出来ました」

「いやいや! こっちこそ救けて貰って、本当に助かったんだ。俺、君のお陰で合格したようなもんだしさ」

 

 少し話しただけなのだが、彼はとても良い人だなと感じた。謙虚さがここまで体から染み出る人もそうはいるまい。

 ただ、申し訳ないのだが、彼はどこまでいっても「良い人」で終わりそうな気もした。がんばれ、名も知らない少年。

 

「俺、尾白 猿尾。よろしく」

「私は魔乙女 愛と言います。これからよろしくお願いしますね、尾白くん」

「こちらこそ、魔乙女さん」

 

 その後、彼に席順を尋ねると、自由に座っていいということを伝えられた。尾白くんはたまたま空いていた自分の出席番号の席に座っていたらしい。

 折角なので、私は尾白くんの後ろに座ることにして、彼と親睦を深めることにしたのだった。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 最悪だ、と私は声に出すことなく、ため息と共に吐き捨てた。

 

 現在地はグラウンド。

 予想通り、担任である相澤 消太先生は、私たちを入学式会場に案内することなく、突然グラウンドで個性把握テストをすると言い出した。

 私の労力が全て無に帰した瞬間である。

 

 

 個性把握テストとは、『個性』を使用しての身体能力テストのことだ。

 普段法によって縛られた『個性』だが、雄英はそんなの知ったことかとばかりに全面的に『個性』の使用を許可している。

 まあ、『個性』の扱い方を教えるための学校でもあるのだから、当たり前のことなのだが。

 

 そんな訳で、現在私は小さな円の中で、ハンドボールを持たされて棒立ちしていた。

 

「よし、始めろ」

 

 何が始めろだよファッ〇。と言いたいところだが、流石に口を噤む。

 所謂デモンストレーションとして、成績最上位者である私が選ばれ、こうしてソフトボール投げを強要されているわけだが、いろんな意味で勘弁して欲しかった。

 タダでさえ、努力が無駄になって落ち込んでいるのに、こうして矢面に立たされたせいで同じクラスの人達の視線が痛い。

 特に、緑谷くんの幼なじみらしい爆豪くん。彼、絶対(ヴィラン)の1人や2人は殺している。あれは素人ができる目ではない。

 

「魔乙女さん、頑張って……!」

 

 まるで自分のことのように力みながら応援してくれる緑谷くん。普段なら嬉しく思うのだが、今は苦笑いしか浮かべられない。

 思えば、私は彼の前で『個性』を使用したことがなかった。特訓中も、私は彼を眺めているのが殆どだったし。実技試験も別会場だったから、同じクラスの中で私の『個性』を見たことがあると確信できるのは尾白くんのみとなる。

 その尾白くんは、真剣な眼差しでこちらを見つめていた。そんなに見られるとやりづらいことこの上ない。

 

 しかも、尾白くんや爆豪くんだけでなく、殆どの生徒が私の事を観察、ないし見極めようとしている感じがしていた。一部、不躾な視線をお尻の方に感じるが、気のせいだと思いたい。

 

「……早くしろ」

 

 イラついたように相澤先生が急かしてくる。

 これは、流石に覚悟を決めるしかないようだった。

 

「それじゃあ、いきます」

 

 軽くボールを上に放り投げ、背後に大きめの魔法陣を展開。続けてそこから、ボールを囲えるよう筒状に魔法陣を展開する。

 その様子はさながら大砲。もちろん、威力はその比ではないのだけれど。

 

「――発射(Feuer)

 

 なんとなく、ドイツ語で気合を入れてボールを射出。

 爆音と共に勢いよく飛んでいったボールは、すぐに見えなくなった。

 

 

「……まずは、自分の『最大限』を知る。これが、ヒーローを目指す合理的手段だ」

 

 そう言って相澤先生が掲げた測定器には、3637メートルとあった。

 もう少し行ったと思うのだが、多分途中でソフトボールが風圧に耐えきれなくなったのかもしれない。

 

 まあ、驚きと喜色に顔を染める生徒たちを見るに、私のデモンストレーションは成功に終わったらしい。

 そう思えば、先程までの鬱も達成感へと変わる。

 

 

「ちなみに、最下位は除籍な」

 

 その達成感も、すぐさま消されたのだけれど。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 元が身体能力テストなだけに、測定項目は多岐に渡った。

 その分、人よって結果がピンからキリになるのだから、なるほど面白いと思わずにはいられなかった。

 

 今のところ、私は自分の個性をそれなりに使って、全ての項目で高得点を弾き出している。

 これでも入試成績トップの面目があるのだ。そうそう負ける訳にはいかない。

 単純な身体能力強化からテレポートなどの複雑なものまで、項目に応じた『個性』を発動して周囲を圧倒していく度、突き刺さる視線と先生の呆れが増していくのだが。

 

 相澤先生は大人気ないとでも思っているのだろうか。だとしたら、それはお門違いな話である。

 私はオールマイトの養子であり、彼の一番弟子(自称)でもあるのだ。たかだか最近個性をフルに使えだした子供に負ける訳にはいかないのだ。

 

 

「それはそうと、緑谷くん。そろそろ『個性』を使わないと、除籍になるよ」

「…………分かってる」

 

 測定項目が半分を過ぎた頃、緑谷くんの顔色はオールマイト並に青くなっていた。

 彼はまだ『個性』の調整ができていない。一度使えば、腕だろうが足だろうが問答無用でボロボロのバッキバキだ。

 

「次、緑谷」

 

 先生に促され、緑谷くんはハンドボールを持って円の中心に立つ。

 葛藤で埋め尽くされた彼の脳内は、今頃一か八かの覚悟を決めようとしているところだろうか。

 

「…………んっ」

 

 心配しながら緑谷くんを見守っていると、ふと感じなれた彼の気配が近くに現れた。

 もしや緑谷くんを心配してのことだろうか、と思いながら、私は彼の元へ向かうことにした。

 

「あれ? 魔乙女さん、どこ行くの?」

「ごめん麗日さん、ちょっとお花摘みに行ってくるから、先生に言っといてくれない?」

「それはいいけど……見なくていいの?」

「うん、緑谷くんなら大丈夫だと思うから」

 

 入試当日に緑谷くんを救けてくれた彼女、麗日さんに断りを入れて体育館の方へと向かうと、やはりというかそこにはマッスルフォームのオールマイトがいた。

 新調したアメリカンなスーツに身を包んだ彼は、こう言っては失礼だが面白い格好になっている。

 

「オールマイト、どうしたんですか?」

「ああ、魔乙女少女! いやね、入学式に君らのクラスが来てないようだったから、心配して探しに来たんだよ。……緑谷少年の様子はどうだい?」

「測定項目を半分程こなしましたけど、どれも個性を使っていないので平凡な結果に終わっています。今は多分、玉砕覚悟か温存するかで悩んでいるところでしょう」

 

 そうか……、といつもの笑顔を絶やすことなく、オールマイトは建物の陰から緑谷くんを心配そうに見つめる。

 そんな彼に、私は少し頬を膨らませながら、

 

「……私の記録は聞いてくれないんですね」

「えっ!? あ、いや、HAHAHA! 聞く程でもないと思っていたんだけど、うん! やっぱり気になって仕方ないなあ! 教えてくれないかい魔乙女少女!?」

 

 あたふたする彼の姿に少し気が良くなった私は、今までこなしてきた項目の結果を伝える。

 もちろん、全てが高成績、つまり現状1位だ。

 

「…………なんというか、君は大人気ないな、魔乙女少女」

「何を言ってるんですか。私はオールマイトの養子みたいなものなんですから、そこら辺しっかり誇示しとかないと」

「んんん〜〜〜……嬉しいような、複雑なような……」

 

 もにょもにょと複雑に口元を歪めるオールマイトを尻目に、緑谷くんに視線を移す。

 そこでは今まさに、第一投が行われようとしていた。

 

 

 結論から言おう。

 緑谷くんの『個性』を使った玉砕覚悟の第一投目は、相澤先生の『個性』によって阻止された。

 その直後に相澤先生が首に巻いたマフラーのようなもので緑谷くんを引き寄せ、何事かを話しながらこちらをチラリと横目に睨んでから、緑谷くんに二投目を促していた。

 

「……緑谷少年」

 

 オールマイトが、緑谷くんを見つめながら心配そうに小さく呟く。

 その姿はなんというか、片思いしている男の子が悩んでいるのを心配そうに見ているヒロインのように見えた。

 

「オールマイト。私、そろそろ戻りますね」

「え? あ、ああ」

「……心配しなくても、緑谷くんなら大丈夫ですよ」

 

 かくいう私も少し心配なのだが、彼なら大丈夫な気がするのだ。明確な根拠の無い、半ば直感のようなものなのだけれど。

 サムズアップをオールマイトに向けると、彼もいつもの笑顔を取り戻してサムズアップを返してくれた。

 

 

「ただいま、麗日さん」

「あっ、帰ってきた! ねえねえ魔乙女さん! 魔乙女さんって、デクくんとどんな関係なの!?」

「デクくん?」

「デクはデクだろうが、大砲女!」

 

 戻ってくるなり、麗日さんと爆豪くんに怒鳴られた。麗日さんのは興奮抑えきれずという感じだけど、距離が近い。

 私が混乱していると、失礼、と眼鏡をかけた男子が機敏な動きで割り込んでくる。

 

「麗日くん、少し落ち着きたまえ。……失礼した、ぼ、いや、俺は飯田 天哉という。デクくんとは、今ソフトボール投げをしている彼のことだ」

「ああ、緑谷くんの」

 

 出久だから、デクか。分かるかそんなもん。

 

「関係って言ったって、受験前に知り合った同じ志を持つ友人ってだけだよ。でも、どうして急にそんなことを?」

「彼は、実技試験でゼロポイントヴィランを『個性』を使って殴り倒したんだ。だが幼なじみらしい爆豪くんの話では、彼は『無個性』ということらしいし、彼とよく話している君なら何か知っているのではと思ってな」

「なるほどなるほど」

 

 入試の時にはピリピリしていた印象のあった飯田くんだが、こうして話してみると真面目が服を着て歩いているだけだと分かる。説明も丁寧だし、今後もわからないことがあったら彼に聞くことにしよう。

 

「その答えなら……」

「「答えなら……?」」

 

 オウム返しをする麗日さんと飯田くんに、仲いいねと苦笑を返して、覚悟を決めた顔で腕を振りかぶった緑谷くんに指を向ける。

 

「アレを見ればわかると思うよ?」

 

 

「 SMASH !! 」

 

 

 緑谷くんを中心に、爆風が巻き起こる。

 衝撃波を撒き散らしながら真っ直ぐに吹き飛んでいったソフトボールは、一投目の記録を軽々と超えて落下した。

 

「705.3メートル」

 

 淡々と記録を読み上げる相澤先生の言葉に、爆豪くんがあんぐりと間抜けな顔を晒した。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 その後も、個性把握テストはつつがなく行われた。

 緑谷くんの『個性』を把握した直後に爆豪くんが噛み付くという場面もあったけれど、相澤先生が首のロープみたいなもので拘束して止めていた。さすが、腐った目をしていてもヒーローだ。

 

 緑谷くんは指の痛みと戦いながらだったから散々な結果になってしまったようで、暗い表情のまま結果発表を待っている。

 対して私は全ての項目において1位だったので、それほど心配している訳では無い。むしろ自分より緑谷くんの方が心配だった。

 そんな私たちに構うことなく、相澤先生は結果発表を開始する。口頭で伝えるのは合理的じゃないから一括で表示する、と言いながら、手元の端末を操作する。

 

 結果は、想像通り。

 私は1位で、緑谷くんは最下位。

 

 ……残念だけど、緑谷くんは除籍確定となった。

 

 

「ちなみに、除籍は嘘な」

 

 

 なんてことはなく。

 ニンマリ笑う相澤先生が告げると、緑谷くんたちの驚愕の叫びがグラウンドに響いた。

 

 

 

 ☆


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