☆
結論から言おう。
緑谷くんは、見事、公園の掃除と『個性』の継承を成し遂げた。
それも、受験日当日に。
「うう……何だか、口の中にまだ髪の毛が入ってる感じが……」
雄英高校の最たる特徴は、その広大な敷地面積にある。
とにかくでかい。そして施設が多い。ついでに常駐しているヒーローも多い。
もちろん、受験もその有り余る広大な敷地面積と無駄な予算を使って行われる訳なのだが。
その校舎を目の前に、緑谷くんは青い顔をして口元を抑えていた。
オールマイトのDNAを取り込むために、オールマイトの髪の毛を飲み込んだのが原因だろう。
「大丈夫? 緑谷くん」
「うん、多分、大丈夫。ありがとう、魔乙女さん」
あの監修以来、緑谷くんと私はそれなりに砕けた調子で会話をするようになった。
オールマイトはそれを見て「魔乙女少女はやらんぞ、緑谷少年!」と、まったく別ベクトルの勘違いを披露して、私の『個性』でカチカチ山の再現をしたが。
「それにしても……さすが雄英。何もかも、規模が桁違いだね」
「そうだね。敷地も、校舎も、受験者も、多分日本で一番なんじゃないかな?」
そして、日本一、いや世界一、いやさ宇宙一のヒーローも、ここに来る予定なんだけど。
と、心の中で呟く。この情報はまだどの筋でも未解禁な情報なので、下手に口を滑らせて混乱を招くのは面倒くさい。特に緑谷くんとか、緑谷くんとか、緑谷くんとか。
「おい。邪魔だ退け、殺すぞ」
バラした時どんな顔をするだろうか、と私がニマニマしていると、背後からドスの効いた声が聞こえた。
「か、かっちゃん!?」
緑谷くんの慌てぶりを見るに、どうやら知り合いらしい。
何処かで見たことのある少年は、アワアワと慌てふためく緑谷くんに一方的に言葉をぶつけると、私の顔を見て訝しげな顔をして去っていった。
「……知り合い?」
「…………えっ、と。一応、幼なじみ」
複雑そうな顔を見るに、何やら訳ありらしい。
私は暗に、深くは聞かないよ、と伝えるために携帯で時間を確認して「そろそろ行こうか」と歩き出した。
「う、うん」
戸惑いつつも、少し慌てながら緑谷くんは歩き出す。
だが、足元がおろそかになっていたらしく、踏み出した足に二の足をぶつけて、緑谷くんの体が傾いた。
携帯の画面を確認していた私は、反応が遅れ、少し距離も空いていたために間に合いそうになかった。
緑谷くんに悪いが、上手く受け身を取ってもらうしかない。バッグの肩紐に手をかけているから、それも望めなさそうだけど。
「大丈夫?」
初っ端から転ぶとか縁起悪いなあ、と思っていたら、横合いから伸びてきた少女の手が緑谷くんに触れる。
すると、緑谷くんの体がまるで風船になったかのように浮かび上がった。
「ごめんね? 私の『個性』、勝手に使っちゃって。でも、コケちゃったら縁起悪いもんね!」
「あっ、あああ、ありがとう!」
おお、特訓の成果か。少しどもりながらだけど、あの緑谷くんが女の子にちゃんとお礼を言えている。
少女は緑谷くんと一言二言話すと、「じゃあね」と言って手を振りながら校舎に向かっていった。
手を振り返していた緑谷くんは、少ししてプルプルと震えだしたかと思えば、私に向かって勢いよく振り返り、
「どうしよう魔乙女さん! 女子と喋っちゃった!」
「…………うん。私も、女子なんだけどな」
「あっ」
これから入試だというのに、緑谷くんはまるで死を覚悟したような顔をしていた。
☆
もちろん、緑谷くんがオールマイトと同じくカチカチ山の再現をする、なんてことは無く、場所は受験者が一同に集められた講堂に移る。
緑谷くんとは受験番号が離れているから途中で別れたが、どうやらあの幼なじみくんと隣になったらしい。さっきから緑谷くんの辺りから不穏な空気が漂ってきていた。
筆記試験は無事終了し、今は実技試験の説明待ち。
何百人という人数を収容している馬鹿でかい講堂は暗く、ついでに見える範囲で雰囲気の暗い人たちもいる。多分、筆記が絶望的な人たちだろう。
と、暇つぶしに周りを観察していると、唐突にスポットライトが照らされた。
『今日は俺のライブへようこそォ! エヴィバディセイヘイ!!』
実技試験の説明は、そんなダダ滑りな掛け声で始まった。
☆
実技試験の内容は、割と単純なものだった。
仮想ヴィランとして配置されたロボットを倒す。倒したロボットの種類と数によって、合計ポイントが決まる、と。そんな感じだ。
とはいえ、それだけで終わらないのが雄英高校。
倒してもなんの得にもならないお邪魔ロボットがいるらしい。
司会をしていたプレゼント・マイク曰く「とてつもなく強いから、リスナーは避けることをオススメするぜ!」だそうだ。
説明の途中、ヤケに噛み付くような態度をしていた男子生徒が手を挙げていたが、多分試験に緊張しているからだろう。
いわゆる、青春、というやつだ。
さて、再び場所を移して、実技試験会場。
案内されたそこには、大きな門と囲いの向こうに、市街地をそのままくり抜いてきたかのような擬似演習場が広がっていた。
さすが雄英、やることなす事規模がでかい。これが何個もあるとか、いったいお金は何処から出ているのか。
ちなみに、緑谷くんとは試験会場が別だった。
彼はまだ『個性』を使用したことがないはずなので少し心配だが、まあ、多分大丈夫だろう。
オールマイト曰く、彼は土壇場で盤面をひっくり返す才能がある、ということらしいから。
『はいスタートォ!』
え? と、疑問を浮かべるのと、反射的に体が動き出すのはほぼ同時。
ポカンとマヌケ面を晒す受験生たちを追い抜き、門と市街地の境界線を超えた頃、やっと私は試験が始まったということに気がついたのだった。
☆
実の所、私は自分の体を上手く扱えないでいる。
諸事情あって、様々な技術が
例えば、ヘドロ事件の時。
例えば、ついさっきの超反応。
もちろん、私が本当にしたくないことに対しては動くことはないのだが、無意識のうちに動かれるのでこちらも対応に困るのだ。
知らない間に痴漢を蹴り飛ばした時とか、居合わせた人も、痴漢犯も、被害者である私も、何が起きたか分からなくて、事態の収集に時間がかかった。
とはいえ、仮にもヒーローを目指している本人が、『個性』ならともかく自分の体を上手く扱えないのは流石にまずい。
もちろん今後も善処していく方針だが、
「よっ、ほっ」
こうして半自動で敵の攻撃を回避してくれるというのは、なかなかに便利な所もあり、もうこのままでもいいんじゃないかな、とも思い始めていたりする。
「これで……えーっと、何ポイントだっけ?」
内部から焼け焦げた何体かの仮想ヴィランを眺めながら、人差し指をくるくる回しながら思い出す。ついでに、指先でくるくる回る魔法陣から電撃を出して、背後の仮想ヴィランをショートさせた。
「うーん。だめだ、覚えてない」
とりあえず見つけ次第倒していたので、何体倒したか思い出すことが出来なかった。
まあいいか、と次の目標を探そうとした時、グラリと大きく地面が揺れた。
今までにも誰かの『個性』の反動で揺れることはあったが、今回のは一際大きい。しかも、この揺れは地中からだ。
嫌な予感がしてその場から離れた、次の瞬間、コンクリートの地面をぶち破って巨大なロボが出現した。
「でっかー……」
思わず、ポカンと呆ける。
形状的に、説明にあったゼロポイントの仮想ヴィランらしいが、それにしたってこれはない。
周りの建物の高さなんて余裕で越しているし、腕部なんてそれこそちょっとしたビル並に太さがある。
プレゼント・マイクが逃げろと言っていたのも納得の大きさだった。
確かに、これを倒して得られる恩恵なんて無いのだから、無視してほかの仮想ヴィランを倒した方がいい。
実際、周りの受験者たちは一目散に逃げ出しているし。
もちろん、私もその例に漏れずに逃走を図った。
とりあえず、周囲を見渡してみる。
何人かの受験者たちが、飛来した瓦礫で怪我をしたり、身動きが取れない状態になっていた。
躊躇いなく、『個性』を発動する。
対象は瓦礫と受験者たち。
瓦礫は突風で押し上げ、怪我をしている受験者たちを柔らかい風で近くまで運んだ。
「大丈夫ですか?」
「あ、ああ。助かった、ありがとう」
「いえ、困った時はお互い様です。それより、動けそうなら何人か背負って運んでいってください。あなた達もお願いします」
一番軽傷だった尻尾の生えた少年に声をかけ、足が不自然に腫れている受験者を運ぶように依頼する。
他にも動けそうな人達がいるので、怪我人の運搬は問題なさそうだ。
ヒーローたるもの、見捨てることなかれ。
私はオールマイトから、たくさんの事を学んでいる。
これも、その一つ。
例えその行為が利になるものでなくとも、ヒーローは見捨てることは絶対にしない。
まあ、その言葉を教えて貰った理由が、私との待ち合わせに遅刻したオールマイトが、道中に何人もの人を救けて遅れて来た時の言い訳だったのだけれど。
「これで全員かな……」
未だ暴れ回るゼロポイントから離れた場所で、私は探知用の魔法陣を出しながら呟いた。
ゼロポイントが現れた余波の瓦礫で発生した怪我人、及びその後に発生した怪我人は、私の『個性』で確認できる限り、全員スタート地点へと戻っていった。
残り時間はせいぜい五分。
序盤で十分にポイントは得ているので、試験的には問題は無いだろう。
そう、
「さて、それじゃあ……少し頑張ろうかな」
☆
「彼女が、君の言っていた生徒かい?」
「はい。彼女こそが、魔乙女 愛。……
雄英高校、モニタールーム。
そこでは、所狭しと並べられたモニターに、各試験会場の様子や受験者たちの情報が映し出されていた。
それをジッと注視しているのは、雄英高校の教師や、世間でも名の知れているヒーローたち。今回の実技試験では、彼らが採点役として起用されているのだ。
「そうか、彼女が……」
そんな中、明らかに異質な人物が二人。
一人はオールマイト。愛曰くのマッスルフォームの彼は、優秀なヒーローが集まる中でも、やはり一際存在感というか、画風が違った。
もう一人は、そんな彼と話している小さな影の主。ネズミのような顔と、左目を縦断するような大きな傷跡が特徴的だ。
「校長である僕がこう言うのは何だけれど、彼女の合格は間違いないだろうね。十分な数の仮想ヴィランを倒しているし、先ほどの救助の手際は鮮やかなものだった。戦闘、救助、両方においてトップクラスの成績になるだろう」
「それは……はい。贔屓なしに見ても、彼女の戦闘能力は……特に、『個性』の応用性は規格外です」
オールマイトの言葉に頷き、校長はモニターに視線を移した。
同時に、周囲からどよめきが起こる。
それは中央にある大きなモニターの内、二つのモニターに映し出された光景によるものだった。
試験会場A。
たった一人の少年が、自分の力だけでゼロポイント仮想ヴィランの頭部を、拳の一振りで破壊していた。
驚くべきは、彼の獲得ポイント。彼は今まで、一体も仮想ヴィランを倒していない。だと言うのに、一人の少女が瓦礫に足を挟まれて動けないでいたのを見て、
試験会場C。
一言で言えば、剣山。
ゼロポイント仮想ヴィランの至る所から、無数の剣が飛び出していた。
特筆すべきは
前者は感嘆の、後者は息を呑むようなざわめきが上がった。
「……あのように、彼女の『個性』は
「今回のアレは?」
「恐らく、ただのデモンストレーション。もしくは、……」
「もしくは?」
「…………ストレス発散かと」
二人の間で沈黙が降りた。
「……君、随分彼女に心配かけてるみたいだね」
「その、彼女は少し心配性なところがありまして……」
「それを言うなら、君に無茶をする癖がある、だよ」
「……………………面目次第もございません」
マッスルフォームのオールマイトが小さく縮こまる姿は、それはそれはシュールな光景だったそうな。
「ところで、あの少年。もしかして君の後継者かい?」
「あれ? 話していませんでしたか?」
「聞いてないなあ。……君、もうちょっとホウレンソウをしっかりしようね」
「……はい」