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「オールマイト、貴方馬鹿ですか? いえ馬鹿でしたね、この馬鹿ヒーロー」
「ゴフォアァ!」
事件の事後処理、マスコミからの取材等など、諸々を済ませたり振り切ったりした後。
私は前を歩くオールマイトの痩せぼそった背中を冷めた目で見ながら、流れるように罵倒を吐いた。
ついさっき無茶をした病人ヒーローに言う言葉ではないが、こうでも言わないと彼は反省というものをしない。ほっとけばまた無茶をするだろう。
「い、いや……あの時駆け出した少年に講釈垂れてて、それを私が実践しないのは情けないと思って……」
「Shut Up」
「お、OK……ゴフッ」
ピシャリと言い切ってやると、オールマイトは血を吐きながら落ち込んだ。
……今晩はレバニラかな。
「あー、それより魔乙女少女。あの少年はこの先に居るんだよね?」
「ええ。そこの角を左に曲がった突き当たりの右手に「OK!」あっ、ちょっと!」
私が答えている途中に、オールマイトは変身して凄まじい速度で駆け出していった。余談だが、私は変身した状態をマッスルフォームと呼んでいる。
「またあの人は……」
とうに時間切れなはずなのに、わざわざ『個性』を使って行ってしまったオールマイトに呆れつつ、探知用に出していた魔法陣をしまって、オールマイトの後を追う。
『個性』を使って追ってもいいのだが、オールマイトは彼に話があると言っていた。男二人の大事な話だ、とも。
男同士の話を女である私が邪魔しに行くほど、私も野暮ではない。なので、少しゆっくり目で歩いていくことにした。
――今日、オールマイトは無茶をした。
彼の個性の詳細は聞かされていないが、5年前の事件で怪我を負い、『個性』の発動時間に制限がついてしまったということは聞いている。
その事件については詳しく聞かせてはくれないものの、怪我の跡は見せてくれた。よくもまあ、あれで動けるものだと思う。
恐らくだが、オールマイトは活動限界を超えて『個性』を発動したことで、制限時間が縮んでしまったはずだ。
わざわざ私と面と向かって話す時はマッスルフォームになっているのだから、その時間を考慮すると……3時間か、それより短いぐらいになっている。
「これから話す時は、無理矢理でもトゥルーフォームにさせないと……」
そのための手段を考えていると、突き当たりにたどり着いた。この右手に、オールマイトとあの少年が居るはずだ。
「オールマイト、話は終わっ…………何してるんですか馬鹿ヒーロー」
「誤解だゴフォア!」
そこには、腕を抱え込むようにして蹲る少年と、トゥルーフォームに戻って血を吐きながら叫ぶオールマイトが居た。
☆
彼、緑谷 出久くんは、オールマイトの後継者(候補)になったらしい。
あくまで候補らしく、正式な後継者とするためにこれからオールマイト直々に鍛えるらしいが。
当面の目標は、海辺にある公園のゴミを全て片付けることらしい。
なんでもその公園は海流の関係から漂流物が溜まりやすく、それに紛れて不法投棄も発生しているため、文字通りゴミの山と化しているそうだ。
オールマイトや私なら一晩でどうにか出来るだろうが、鍛えてもいない素人じゃ何ヶ月、いや下手したら一年あっても無理かもしれない程だとか。
オールマイト曰く、それを何とかしてこそ後継者に成れる、と。
緑谷くんには申し訳ないが、この男が無茶をしなくて済むように、無茶をするぐらいの勢いで頑張って欲しい。
それはそうと、後継者って……オールマイトの個性は引き継げるということらしい。
そこら辺を突っ込んだらマッスルフォームで引き攣った笑顔をしていたが、まあオールマイトが口を滑らせたのだから仕方がない。聞かなかったことにしておくと言うと、あからさまにホッとしたような、複雑そうな顔をしていた。
☆
「こんちには」
「えっ? あ、こっ、こんにちひゃっ!」
鮮やかな紅葉が目立ってきた頃、私はオールマイトから伝えられた公園へと来ていた。
そこで準備運動をしていた少年に声をかけると、キョドった動きで吃った挨拶を返された。
「初めまして、私、魔乙女 愛って言います。今日はオールマイトから言われて、彼の代わりに貴方の監修をすることになりました」
「は、はひめましでっ! ぼ、ぼぼぼ僕は、みどっ、緑谷 出久って言います! 宜ひぐお願いしますっ! ……えっ? か、代わり? 監修って!?」
面白い子だなあ、というのが七割。話すの面倒くさそうだなあ、というのが二割。最後に、やっぱり体は貧弱だなあ、というのが残りの一割。
テンパっている割に情報の整理は早い方らしいが、人と話すのに慣れていない感じだ。……いや、オールマイトの時は普通に話してるっぽかったから、女子限定だろうか? まあいいや。
「はい。オールマイトは今日、外せない用事があって一日ここに来ることが出来ません。でも、体づくりは一日休めば三日分の遅れが出ることになります。なので、代わりに私が来て、貴方の監修を務めさせてもらいます」
「あ、はい。そうなんだ……いやそうなんですか!」
「別に敬語じゃなくても良いですよ。なんなら、女の子と話すのに慣れるために、友達同士のフランクな会話形式でもいいですし」
「い、いいいいえ! そんな恐れ多いことはッ! と、特訓に行ってきます!!」
バビュンッ、という擬音がつきそうな勢いで、緑谷くんはゴミ掃除に向かっていってしまった。
あの事件の時よりもフォームが良くなっているし、特訓の成果はそれなりに出てそうだ。現に今も、冷蔵庫を危なっかしくも持ち上げているし。
それから暫く見ていたが、特に監修の意味もなさそうな感じだった。オールマイトの教えをしっかり守っているんだろうな、というのが感想だった。
オールマイトの外せない用事。
それは、雄英高校に赴任するにあたって必要な書類や、学園の施設などを見て回る事だ。
来年の春から、オールマイトは雄英高校の教師となるわけだが、その為には様々な手続きが必要となる。
雄英出身のオールマイトには学園の案内はいらないかも知れないが、それでも新しく増えた施設などを確認しておく必要があった。
さらにその後、現教師陣との顔合わせもあるので、距離も考えるとほぼ一日緑谷くんの監修ができないことになる。
さりとて、どちらかを捨てるという選択肢はオールマイトには無く、代わりができる緑谷くんの監修を、この私が請け負ったということだ。
幸いにも今日は祝日、学校は休みだし、丁度予定もなかったのでこうして「私が来た」わけだ。
「緑谷くん、そろそろお昼休憩にしない?」
「あ、うん。ありがとう、魔乙女さん」
ゴミ掃除をしている間に心の整理がついたのか、最初と違って、緑谷くんは普通に返事をした。正直、少し面白くないが、面倒くさくなくていい。
「……えーっと、その、魔乙女さんは、オールマイトとどんな関係なの?」
「え?」
「あ、ごめん! 言い難いことだったら別にいいんだけど!」
別に、オールマイトとの関係は言い難いことではない。ないけれど、正直そんな質問をされるとは思っていなかったので、返答に困っただけだった。
その旨を伝えると、緑谷くんはホッと息を吐いて、苦笑いしながら私お手製のホットドッグにかぶりついた。
「……孤児とその保護者、ですかね」
「えっ?」
「私と、オールマイトの関係ですよ」
昔、私はとある施設に軟禁状態にされていた孤児で、オールマイトはそんな私を救けてくれた保護者、みたいなものだ。
詳しく話すと長くなるので、出来るだけ簡単に、触れても問題ないような要点だけ伝える。
「そう、だったんだ……。ごめん、嫌な事思い出せちゃって」
「いえ。別に気にしてないから大丈夫です。緑谷くんこそ、気分を悪くさせちゃったらすいません」
「そんなことないよ! むしろこっちが無神経な話しちゃったんだし、気を使うのは僕の方で……!」
「――優しいんですね、緑谷くん」
「うぇっ!?」
体育座りの体勢で膝に頬を乗せながら呟くと、さっきまで必死な顔だった緑谷くんの頬が真っ赤に染まった。
私はそれをクスリと笑いながら、自分の分のホットドッグにかぶりつく。
「うん。我ながら上出来」
「やさしい……やさしい……」とうわ言のように呟き続ける緑谷くんに首を傾げながら、私はほっぺたに付いたケチャップをペロリと舐めた。