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オールマイトが、雄英に教師として赴任すると判明した翌日。
私は全ての欄を『雄英高校 ヒーロー科』で埋めた進路希望調査を担任に叩きつけ、上機嫌で学校からの帰路に就いていた。
ちなみに、提出した後にオールマイトが必ずしもヒーロー科の授業を受け持つとは限らないことに気づいたが、彼がヒーロー科以外の授業を受け持つとは思えないので、一人で勝手に安心することにした。
「今日の晩ご飯は何にしようかな……。やっぱり、オールマイトの雄英就任を祝して豪勢にしたほうがいいよね」
お寿司にしようか、ステーキにしようか、ううん。
そんな風に私がうんうん唸りながら歩いていると、行きつけの商店街のある方面がにわかに騒がしくなり始めた。
心なしか何かが爆発したような音も聞こえるし、気のせいじゃなく黒い煙も昇っている。
まさか、と私の脳内を最悪の予想が駆け巡る。
「オールマイトの就任祝いが……!」
すぐさま『個性』を発動する。
普段は煩わしいことこの上ない『個性』ではあるが、こういう時は非常に便利だ。
足元のコンクリートに、淡く光る魔法陣が出現する。
私がそれを軽く蹴って跳躍すると、普段30センチにも満たないはずの距離が軽く100mを超えようかというほどの勢いへと変化した。
体を打ち付けるはずの風圧は、胸元で回る魔法陣が軽減してくれている。本当に、便利な『個性』だ。
勢いが緩やかになった頃合を見計らい、商店街へと目を向ける。
何故だかビル並みにでかい女性が邪魔で良く見えないが、爆発と煙が見えた。
予想は悪い意味で大当たりらしかった。
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商店街手前の道路に着地する。
衝撃も風圧も、全て『個性』で軽減しているので問題は無いが、周囲の野次馬がギョッとした目でこちらを見た。
そりゃ、制服姿の女子中学生が空から降ってきたら、『個性』があると分かっていても驚くだろうな、とどうでもいいことを考えながら服についた土埃を払いながら商店街へと向かう。
……が、野次馬が壁となって前が良く見えない。
必死に背伸びして様子を確認しようとするが、それほど高くない私の身長では無意味に等しかった。
それはそれとして、真上にいるビッグウーマンのせいで影になって諸々見えにくい。正直邪魔だった。
とはいえ、爆発の衝撃と切羽詰まったヒーローたちの声はここからでも確認できた。
ああ……私とオールマイトの就任祝いが……お寿司が……ステーキが……。
「ま、魔乙女少女!?」
「――オールマイト?」
と、私が落ち込んでいる折に、痩せぼそった金髪の男性が驚いたように声をかけてきた。
不健康極まりない容姿だが、今の彼が本来のオールマイト、謂わばトゥルーフォームとでも言うべき姿だ。
何故か彼はその姿をあまり私に見せたがらないのだが、今回はそれを気にする暇もないらしい。珍しく切羽詰まった様子だった。
「助かった! すまない魔乙女少女、学生の身である君にこんなことをお願いするのはどうかと思うが、『個性』を使って
「――馬鹿野郎!! 止まれぇえええ!!」
ヒーローの必死な叫びが聞こえた。反射的に、『個性』を使って跳び上がる。
オールマイトは恐らく個性の使いすぎで動けないのだ。服に血の跡が付いていたし、私の前であの姿でいることが何よりの証拠。
そんな状況で―― 一人の少年が、野次馬の中から飛び出していた。
見るからに貧弱そうな体。敵を怯ませるためか、背負っていたバッグを投げた時のフォームも素人のそれ。
運良くヴィランの目に命中し、人質になっている少年の前まできたというのに、必死に叫びながら人質を拘束する泥を掻きむしっている様子から、恐らく彼は『無個性』。
それでも――
「君が、救けを求める顔してた――!」
この場の誰よりも、彼は
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情けない――!
その言葉を聞いた瞬間、オールマイトの胸中を埋め尽くしたのは自身への叱咤だった。
あの緑髪の少年を救けた時点で、オールマイトの活動時間は限界を迎えた。
これ以上の『個性』の使用は体に負担を強いることになる。そうなれば、タダでさえ短く、愛との邂逅の際にも使っている制限時間がもっと短くなる。
制限時間が短くなれば、その分救けられる人間も減るのだ。
だからこそ、オールマイトは運良く現れた愛に、助力を求めた。
唯一この状況を覆せる彼女に、普段なら見せることも憚るトゥルーフォームで、みっともなく、切羽詰まって、あのヴィランを止めてくれ、と。
情けないッ――!!
だが。
彼は――オールマイトの救けた、一人の『無個性』の筈の少年は、誰もが手出しの出来ないでいる状況の中、たった一人で駆け出した。
考える前に体が動いていた、と。
人質になった彼が、救けを求める顔をしていたから、と。
本当に情けない――ッ!!
彼に諭しておいて、己が実践しないなんて――ッ!!
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背後で感じ慣れた気配を感じて、私は魔法陣を蹴ろうとしていた足を止めた。
そんな。何で。
疑問と衝撃が頭をよぎるが、体は勝手に被害を食い止めるために動き始めた。
「オール、マイト……!?」
少年の驚く声が聞こえる。
私だって、本当は叫びたかった。
貴方が無理をする必要は無い。
私が何とかして見せる。
だから、止まって、と。
だけど一度駆け出したあの人は止まらない。それに私は追いつけない。
理性は本能を抑え込む。
既に、魔法陣は野次馬やヒーロー達を守るように展開してあった。
「 DETROIT SMASH ! ! 」
オールマイトの拳がヴィランを吹き飛ばし、余波の風圧が逃げ場を求めるように天へと渦をまく。
その渦はやがて雲を呼び、雨雲となって雫を落とし始めた。
歓声が上がる。
オールマイトは活動時間をオーバーしたせいで、もうフラフラだ。本当なら立っているのも辛い位なはず。
だというのに、彼は。
平和の象徴『オールマイト』は、その拳を掲げて、いつもの笑顔を観衆へと向けた。
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