魔法少女と体育祭①
☆
雄英体育祭。
個性社会に適応できずに形骸化したオリンピックに変わり、日本だけでなく世界からも注目される、年に一度のビッグイベント。
ヒーローを目指す雄英生からすれば、自身をアピールする貴重な機会であり。
現ヒーローからすれば、将来有望なヒーローの卵を品定めできるこれまた貴重な機会。
当然、それに対する熱意も相当なものになるわけで。
「愛ちゃん! 私!! 頑張るね!!!」
「お、おおう……が、頑張ろうね、お茶子ちやん」
にしたって、このお茶子ちゃんの麗らかではない顔はなんだろうか。
「飯田くん、お茶子ちゃんどうしたの?」
「彼女はとても立派な志を胸に、雄英体育祭に向けて張り切っているんだ! そう! とても立派な志だ!」
「えぇ……飯田くんまで何なのさ……」
いつもより5割増しぐらいで動きまくる飯田くんから距離をとりながら、自分の席に着く。
雄英体育祭まで1週間を切ったね、なんて話題を出したらこのハリキリ様だ。ちょっとびっくりした。
「ブラーボー!」
「頑張るー!」
そんなこんなで、体育祭までもう1週間を切った。
だというのに私は相変わらず『個性』の制御が上手くいかず、もどかしい思いをしていたりする。
そもそも私の『個性』は物心着く前から私の体に
元々くっついていた腕が突如として巨大化し、体のバランスが崩れたのだから、上手く歩けなくなるのも自然な話ではある。
「ブラァーボォー!」
「頑張るぅー!」
ちょっと前に、10のうちの1を使っていたところを、100のうちの1を使うようにすればいい、なんて簡単に言っていたけれどそう単純な話ではなかった。
けれど、ほんの少しずつだけれど感覚は掴んできている。
波打つ水の中で、コップ半分だけの水をすくうような、とても大変な感覚だけれど。
「ブラァーボォーッ!!」
「頑張るぅー!!」
いや、ていうかうるさいな。
☆
1週間なんてあっという間で、気づいたら体育祭を明日に控えていた。
『個性』の制御練習は順調で、全盛期――入学当初の私ほどでは無いものの、結構自由に使えるようになったと思う。
それでも出力は今までの50パーセント程。それ以上を出そうとすると、抑えが効かなくなって暴発する事がしばしばある。
よって、私は今までの半分ほどの力しか出せない『個性』で、体育祭に挑むこととなった――。
☆
「外凄かったね。現役ヒーロー達がめちゃくちゃ居たわ」
「USJの件があって、警備を例年の五倍にしてるって話だからな」
「これなら
響香ちゃん、切島くん、上鳴くんと、道中見えた外の様子を話しながら控え室に向かう。
相澤先生が五倍と言っていたのを冗談だと思っていたら、実際にとんでもない数のヒーローが外をパトロールしていた。さすが雄英、やることなすことスケールがでかい。
……ついでに体育祭会場がでかすぎて、トイレから控え室まで結構な距離があるのはどうにかならないだろうか。
「ただい――」
「お前には勝つぞ」
「まぁ……」
控え室に戻るなり青春が繰り広げられていた。
意気揚々と扉を開けた上鳴くんは、上擦った声を上げながら「ねぇこれ閉めた方がいいやつ?」と言わんばかりにこちらを振り返っている。
そんな顔をされても、私と響華ちゃんは「さぁ?」と肩をすくめるくらいしか反応できない。
「……僕も」
そんな私たちのやり取りを後目に、控え室内での青春は続く。
「僕だって、みんなと同じように上を目指してるんだ」
そう言って顔を上げた緑谷くんの目は、轟くんの目を真っ直ぐ見返していた。
「遅れは取らない――僕も本気で、獲りに行くから」
「――……おぉ」
「いいねぇ、青春ってやつ?」
「愛。茶化さないの」
それぞれがそれぞれの思いを胸に、ってやつなのかな。
……ところでそろそろ、入っていい?
☆
「緑谷くん、ちょっといい?」
「へぇあ!? あ、うううん!」
入場10分前になった頃、緑谷くんにこっそり後ろから声をかけると、ビックンッ! とハネ回りながらも頷いてくれたので、控え室近くの廊下へと向かう。
軽く周囲に人がいないことを確認して、私は切り出した。
「今回の体育祭について、
「……な、何かって?」
あからさまに目を逸らして聞き返してくる緑谷くん。間違いなく何か言われている。
「例えば……んーと、そうだなー」
あの人の事だから、いい具合に緊張感持たせながら激励しようとして、結果としてプレッシャー与えるようなこと言ってますよね、きっと。
「『君が来たってことを示して欲しい』……的なこととか?」
「凄いほぼ当たってる……!?」
あ、やっぱりか。
「控え室での様子を見た限り、それほど気負いすぎてるという訳ではないだろうけど、一応言っておくね」
と、私は一拍置いてかしこまりつつ、緑谷くんの目を見て語りかける。
「あなたはまだ学生です。それも、去年まで無個性だった。みんなとスタートラインが違ったのですから、実力に開きがあって当然なのです」
私みたいに、生まれながらにして『個性』を植え付けられていたわけじゃない。
轟くんのように、超人的な実力を持ったプローヒーローの子供に生まれたわけじゃない。
爆豪くんのように、幼い頃から『個性』と共にあったわけじゃない。
「負けても当たり前、とは言わないよ。けど、一つだけ覚えていて欲しい。あなたがヒーローを目指すことになった切っ掛け――オリジンを。そして、海浜公園で見た景色を」
以上、先輩からのアドバイスでした。
そう締めると、緑谷くんは数秒ポカンとした後に、プッと吹き出した。
「……なにさ。我ながら小っ恥ずかしいことを言ったと思うけど、本人の前で笑う? 普通」
「えっ、あっごめん! 違くて!」
慌ててバタバタと手を振りながら、緑谷くんの顔は笑うのを抑えきれていない。
その様子に私がむくれ始めると、その、と続けた。
「あんまりにもオールマイトと同じことを言うものだから……ああ、血は繋がっていなくても親子なんだなあって」
そういった彼の顔は、ここに来るまでの堅苦しいものではなく、気の抜けた笑顔だった。
「…………えっ、なんですか恥ずかしい。やめてくださいよそういう事言うの」
「ええっ!? そっちが聞いてきたのに!?」
まあ、私も顔がにやけるのを必死に止めていたわけなのだけれど。
☆