☆
「おはようございます、リカバリーガール。少しよろしいですか?」
「おや、こんな朝早くからどうしたんだい?」
翌日。
私はお礼の菓子折りを持って、授業の始まる1時間ほど前に保健室を訪れた。
幸いにもリカバリーガールはお暇だったようで、お茶を啜りながら窓の外をのんびりと眺めていた。
「すいません、昨日の今日で。怪我の治療でご迷惑をおかけしましたから、お礼と謝罪を込めて、粗品ですがこちらをお持ちしました」
「……こ、これは!
おお、あのリカバリーガールが元気に驚きの声をあげている。
そこまで大げさに驚いてもらえると、頑張って入手したかいがあったというものだ。
「お前さん、これをどうやって……」
「最初は手作りにしようかとも思ったんですが、ランチラッシュに相談したところ越後屋を紹介されまして。今月いっぱい、土日に無償でお手伝いをすることを条件に1箱買わせていただいたんです」
ランチラッシュの頼みなら仕方ない、と苦笑混じりに引き受けてくれた店主さんには申し訳ないことをした。まあお金は発送料含めてこちら持ちなので、あちら側に損は無いはずだ。
私としても接客は得意なので、授業のない土日にお手伝いすることに否はない。
「お前さんも大概無茶なことするねえ」
「いえ、社会経験を得られるので、そう悪いことではないですよ?」
「そうじゃなくて、あのランチラッシュに借りを作ったことだよ」
「……? どういう意味でしょう?」
「知らないのかい? ランチラッシュは人使いの荒いことで有名なんだよ」
「ああ……」
確かに、彼の厨房で働く人たちは、みんな死にものぐるいといった様子で働いている。その殆どは目が死んでいるか、逆に爛々と輝いているかのどちらかだ。
そういう面で見れば、ランチラッシュの人使いは荒いとも言える。たまに厨房を抜け出して生徒達に感想を求めているのだから、尚更だ。
「それに関しては、逆ですね。彼が私に借りを返したことになります」
一度、ランチラッシュが炊き出しをしている時に、その手伝いをしたことがある。
その時はたまたま人手が不足していて、ランチラッシュが1人で全てを賄っている状況だった。オールマイトの付き添いでその場を訪れていた私は、それを見かねて手伝いを申し出たのである。
私としては借りとも思っていない当然の事だったので、今回の件でお相子ということにしたのだ。
「まあそんな訳で、どうぞ召し上がってください。私これでお暇しますので」
「ちょっと待ちな。お前さん、この後なにか用事があるのかい?」
「いえ、授業が始まるまでは暇ですが……?」
「なら少し付き合いな」
困惑する私をよそに、リカバリーガールは湯のみを取り出してポットからお茶を注いで手渡してくる。
次いで最中1つ手に取ると、それを私に差し出してきた。
「色々聞きたいことも、話したいこともあるんだ。例えば、オールマイトの昔話とかね」
「……はい。では、少しだけ」
ニッコリと優しい笑みを浮かべたリカバリーガールに苦笑を返し、私は最中を受け取った。
☆
「ねえねえ魔乙女さん! 魔乙女さんがオールマイトの養子って本当なの!?」
「うわっ」
結局リカバリーガールと時間ギリギリまで談笑していた私が、始業時間ギリギリになって教室に入ると、何も無い空間から急に声が響いてきた。
ビックリして肩が跳ね、ちょっと大きな声を出してしまった。すぐそこに女子の制服が浮いていたから葉隠さんだと分かったけれど、透明人間に不意に声をかけられるのはなかなかに心臓に悪いものがある。
「あ、ごめんねビックリさせちゃって!」
「ううん。大丈夫だよ」
思わず『個性』で教室ごと吹き飛ばすところだったけれど。ビックリ系はちょっと苦手なのだ。
「えーっと、どうして急に?」
「昨日魔乙女さんが帰った後、みんなで色々話してたんだ。その時に魔乙女さんがオールマイトの義娘だって、緑谷くんが口を滑らせてて」
「あー……ナルホド」
チラリと緑谷くんの方に目を向けると、彼は青い顔で体を震わせながら必死に頭を下げまくっていた。
そこまで大げさに謝るような事ではないのだけれど。それなりの地位にあるヒーローには周知の事実だし、私としても隠す気はない。それに、あの手型の男が普通に言いふらしていたし、むしろ知られない方がおかしいぐらいだったと思う。
「うん、まあ本当の事だよ。ちょっと事情があって、身寄りのなかった私をオールマイトが引き取ってくれたんだ」
「おおー! じゃあじゃあ、オールマイトの普段の姿とか――」
「ちょっと葉隠さん、こっち来ようか」
普通に肯定を返すと、案の定といった感じで葉隠さんが興奮気味に質問してきた。
が、横合いから伸びてきた尾白くんの手が葉隠さんを引き寄せ、切島くんや響香ちゃんを混ぜて円陣のようなものを組んでしまった。何やらヒソヒソとお話をしているようである。
「おい葉隠、養子ってことは何かしらの理由で親がいないんだぞ。そこら辺突っ込んじゃヤバいやつだったらどうすんだよ」
「ハッ……!? か、考えてなかった……!」
「オールマイトの義娘ってので興奮するのは分かるけど、愛の事情も考えて質問しなきゃ」
「とりあえず葉隠さんは慎重に言葉を選ぶことを意識していこうね……」
「私の事情なんて、そんな珍しい事例じゃないんですけどね」
「「「「うわっ!?」」」」
こっそり近づいて話を聞いていると、私の事を考えてくれていた様なので否定してあげると、4人が素っ頓狂な声を上げて飛び跳ねた。
さっきの葉隠さんのお返しである。ほかの3人は巻き込んじゃったけど、まあちょっとくらい雰囲気になってたから吹き飛ばしてあげただけだ。
「まあ言いふらすようなことでもないけど、そこまで深刻に考えなくてもいいよ。それより、オールマイトの普段だったよね?」
「えっ、話してくれるの!?」
「もちろん。なんならオールマイトの失敗談とかもあるよ?」
「聞きたい聞きたい!」
葉隠さんが目を輝かせながら、やったやったと飛び跳ねる。いや、目も姿も見えないのだけれど、葉隠さんはそれでもこうなんだろうなあと想像出来るぐらい元気いっぱいなのだ。
「それじゃあ、オールマイトの普段から話していこうか」
申し訳なさそうにしながらも興味津々な様子の尾白くんたちや、耳をそばだてている爆豪くんと轟くん、近くに集まってきた緑谷くんたちに微笑みかけた私は、オールマイトのカッコ良くて恥ずかしい過去を赤裸々に話していくのだった。
☆
オールマイトの過去話は授業が始まるまで続き、救助訓練を行う為にUSJに移動するバスの中でも続いた。何せ直前にリカバリーガールとオールマイトのことを話していたから、話の種はこれでもかというくらいにあったのだ。
といっても、派手な活躍の殆どはニュースなんかで報道されているので、その裏で起こった事や、ニュースで報道されなかった小規模な事件、それからちょっとした失敗談なんかも交えてだったけど。
特に盛り上がったのは、オールマイトの普段の生活だ。もちろん今のままに話せば色々と不味いところがあるので、全盛期の頃を参考にしていたけれど。緑谷くんまで目を輝かせていたのには、少し笑ってしまった。
失敗談を話した時は、同じバスで移動していた相澤先生が吹き出しまくっていた。まあ、幼い女の子を助けたら顔が怖いと泣かれ、その後必死にあやしていたとか、その光景を想像するだけでシュールすぎて笑えてくるし仕方ないと思う。
そんなこんなで会話を楽しんだ私たちは、特に何事もなくUSJへと到着し、早速といった感じで訓練を開始した。
最初の訓練内容は、誤って崖に転落してしまった3名の一般人の救助。1人は昏睡状態、他2人は足を骨折し動けない状態、という設定だ。
ちなみに、要救助者はヒーロー役以外の生徒からランダムで選ばれることになっている。
「頑張って怪我人のフリしてね、飯田くぶふぅ」
「笑うか檄を飛ばすかどっちかにしたまえ魔乙女くん! いや、救助される側で檄を飛ばされるのも複雑だが!」
まずは、緑谷くん、お茶子ちゃん、飯田くんが要救助者役だった。これはまた飯田くんの名演技が期待できそうだ。
対してヒーロー側は、轟くん、爆豪くん、八百万さん、常闇くんという過剰戦力気味な布陣。正直、救助だけならこのうち2人を選出すればなんとかなりそうなものだけれど。
ああいや、要救助者が3人ということを考えると、少し人手不足が否めないかな。そう考えると妥当な人選か。
けど正直なところ、私としては是非八百万さんと組みたかった。
なんとか昨日のうちに身体強化だけは実践で使える程度に叩き直したが、それでも不安が残る。私の『個性』と同じレベルの万能性を持つ八百万さんと組めば、崩落の危険性を建前に、彼女の『個性』を主軸とした作戦をゴリ押せたかもしれないのに。
まあ今更言っても仕方ないし、私個人の理由で彼女1人に全てを任せるのは少し気が引けるのでやらないけど。……メンバーによってはやったかもしれないけど、結果としてそうならなかったので未遂である。
「助かるぞ麗日くん! 俺たち助かるんだ!」
「ふっ……!」
それはともかくとして、今は飯田くんの名演技をしっかり見届けることにしよう。
「やっぱり、魔乙女ちゃんって笑いのツボ浅いわね」
「まあ無理もないとは思うけどな……。俺も、爆豪が人殺しそうな顔で救助活動してるのは、正直吹き出しそうになるしな」
「んだこら殺すぞ醤油顔!」
「爆豪さん真面目にやってください!」
☆
案の定というかなんというか、私はほとんど役に立てなかった。
割り振られたチームにお茶子ちゃんという救助の適任者が居たのもあるが、身体強化縛りでの崖下救助は出来ることが少なすぎたのだ。
「愛ちゃーん! もう大丈夫だよー!」
「あー……りょーかーい」
崖の上から手を振ってくるお茶子ちゃんに手を振り返しながら、私はなんだか情けなくなって少し俯いた。心なしか、目から汗が溢れているような気もする。
一応、お茶子ちゃんが『個性』を使用している間の護衛的な役割を与えられはしたが、身体強化しか使えない状況では満足にこなせるかも怪しいレベルだ。何事もなく終わって良かったと思う反面、そんな自分が情けなくなってくる。
とはいえ、現状では出来ることが以前の10分の1程度もないのだ。仕方がないといえる。
「お疲れ様、愛ちゃん!」
「あ、うん。お疲れ様、お茶子ちゃん」
軽く跳んで崖の上に戻ると、お茶子ちゃんがハイタッチを求めてきたので、少し戸惑いつつも応じる。
「次は倒壊ゾーンに移動だって! 一緒に行こう?」
「うん、了解」
テンション高く話すお茶子ちゃんに手を引かれ、移動を開始する。
自分の『個性』が有効に使えるから、お茶子ちゃんも楽しく感じているのかもしれない。
「それに比べて私は……」
「え? どうかした?」
「いや、うん。ナンデモナイヨ……」
「?」
テンションの高低差の激しい私たちは、傍から見れば随分おかしく映ったことだろう。
☆
短い上にぶつ切りですが、OVAを参考に書いているのでご容赦ください。
たくさんの方に評価、感想をいただき、日刊ランキングの方にも載ることが出来ました。
ここまでたくさんの人に読んでもらえるのは嬉しい反面とても緊張していますが、精一杯頑張りますので、今後ともよろしくお願い致します!
次回は少しあいて21日の〇時を予定しています。
それでは、次回もよろしくお願いします!
※追記
次話の投稿を21日としていましたが、当方の都合により27日の0時まで延期させていただきます。
楽しみにしてくださっていた方々には申し訳ございませんが、もうしばらくお待ちいただけるようお願いします。