☆
午後の授業も近いということで、轟くんは教室へと戻っていった。
そして、私も一緒にこのまま教室に戻る、とはいかない。私としてはそれでも構わないのだが、やはりオールマイトか相澤先生に復帰の報告をしておく必要がある。
そんな訳で、当初の目的を果たすため、私は再び1人で廊下を歩いていた。
だが、よく考えれば私はオールマイトの居場所を知らない。いや職員室にいるか、どこかのクラスの授業を受け持っているかだろうけれど。
このまま適当に歩いているだけでは、ただただ時間を無駄にするだけだ。一先ずオールマイトの居場所を調べるため、廊下の端に移動した私は壁に背を預けて『個性』を使用した。
「…………んん?」
展開した魔法陣は、緑谷くんを探し出した時や、尾白くんと葉隠さんに作戦を説明するために展開した時の魔法陣と同じものだ。
本当ならここにオールマイトのいる階の地図が映し出されるはずなのだが、実際に映し出されたのはよく分からない図面のようなものだった。
「何だろうこれ……どこかの、バー?」
何でそんな場所が映し出されているのか、と思いつつ、敵対者を示す赤い点が2つ点滅する魔法陣を閉じる。どこの誰とも知らない人を敵対者認定するとか、何か調整を致命的に間違えていたようだ。
今度こそ、と展開した魔法陣に映し出されたのは、
「地球だ……」
少し大雑把でもいいからこの周辺を地図にしようと思ったのだか、何故か地球が映し出されていた。しかもご丁寧なことにフルカラーである。
おかしい。雄英高校の全体図とか、日本地図とかならまだしも、いやそれらも充分おかしいのだが、それにしたってフルカラーの擬似地球儀はない。
規模とか以前に、何故色がついているのだろう。地球は青かった、とでも言えというのか。
「あら、魔乙女ちゃんじゃない。……何してるの、地球なんか眺めて」
えぇ……、と私が引き気味に地球を眺めていると、たまたま通りがかったらしい女性が声をかけてきた。
高校に相応しくないボンテージスーツを模した衣装の彼女は、18禁ヒーロー『ミッドナイト』だ。彼女とは少なくない交流があり、出逢えば話をする程度の関係なのだが、今は少し状況がまずかった。
「……悩みがあるなら聞くわよ?」
「いえ、違うんですミッドナイト。誤解です」
優しい目で私の肩に手を置いた彼女の勘違いは、始業のチャイムが鳴るまで続いた。
☆
始業のチャイムが鳴り、ミッドナイトは普通科の授業の補佐を任されていたことを思い出し、慌てて去っていった。去り際になんとか誤解は解けたが、何故か優しい目は直っていなかった気がする。
ちなみに、ちゃっかり誤解を解くついでにオールマイトの居場所を聞き出していた私は、現在定まった目的にへと移動中であった。
何だか今日は目覚めてからずっと、移動しっぱなしな気がする。いや、轟くんと話をしたからしっぱなしではないか。
そんなことを考えていると、目的地である『仮眠室』のプレートが掲げられた部屋の前まで来ていた。ミッドナイトの話では、オールマイトが緑谷くんと一緒にここに入るのが見えたそうだ。多分、雄英体育祭の話でもしていたのだろう。
とりあえず扉を軽くノックしてみる。もし誰もいなさそうだったら職員室にでも訪ねようかと思ったが、扉越しに聞こえるドタバタという騒がしい音を聞く限り、その心配は杞憂だったようだ。
「オールマイト、私です。魔乙女です」
少し声を大きめにして言うと、騒がしかった音がパタリと止み、かと思えば再びドタバタと音が近づいてきて、勢いよく目の前の扉が開かれた。
「――ま、魔乙女少女?」
「は、はい。魔乙女ですが……?」
息を切らせて出てきたのは、トゥルーフォーム状態のオールマイトだった。よほど大慌てしたのかスーツは着崩れ、息が切れているせいで顔色が悪くなっている。
オールマイトは震える手を持ち上げて私の肩に手を置くと、
「ああ、良かった……ッ!」
「お、オールマイト!?」
くしゃりと顔を歪め、私を勢い良く抱きしめた。
あまりの事態に私の頭は混乱一色に埋め尽くされ、バタバタと手が宙を泳ぐ。
だが、オールマイトの体が微かに震えているのを見て、少し落ち着いた私は彼の体を抱き締め返した。
「ごめんなさい、オールマイト。心配かけて……」
「本当だよ、まったく! 君が目覚めずにいるのを見て、私が、私たちがどれだけ心配したか……!」
すっかりやつれた様に思える体を抱きしめながら、私はもう一度、ごめんなさいと小さく謝った。
☆
「どうぞ、オールマイト」
「ああ。ありがとう、魔乙女少女」
オールマイトの手前に湯呑みを起き、私は彼の対面にあるソファーに座った。
さっきは少し湿っぽくなってしまったが、互いの無事を確認し合うように1分ほど抱き合えば、すぐに何時もの態度に戻った。
どうも私も彼も、そういう空気は苦手なのである。オールマイトなんて、抱き合って本音を零したのが恥ずかしかったのか、わざわざマッスルフォームになって快活に笑い飛ばしたぐらいだから。
「済まないね、魔乙女少女。本来なら私が入れるところなのだが……」
「いえ、リカバリーガールから大方の容態は聞きました。緑谷くんや生徒の前でならともかく、私の前でぐらい気軽にいてください」
私がそう言うと、オールマイトは苦笑してお茶を啜った。猫舌な私は、少し冷ますように息を吹きかけてから口に含む。
そして、
「いやあ、魔乙女少女は良いお嫁さんになるな」
ゴフッ、と不意打ちで放たれた言葉に咳き込んだ。
「ど、どうした魔乙女少女!」
「ゲホッ、コホッ……お、オールマイトが急に変なことを言うから……!」
「そ、それは済まなかった! だが今のは本心だぞ!」
この男はまたそういう事を平気で言う。毎回毎回私が気を抜いているところにぶち込んでくるから、こっちも対応が取れないのだ。
恨みがましい目でオールマイトを睨みつつ、口元をハンカチで拭う。すっかり毒気を抜かれたような気がするが、私はとりあえず当初の目的を果たすことにした。
「もういいです。オールマイト、私、見ての通り体の方は完治しましたので、授業に復帰したいと考えています。一応、その旨を伝えに来ました」
「もちろんそれは構わないが……本当に大丈夫なのか? リカバリーガールに治してもらったとはいえ、内蔵損傷や骨折など重傷を負っていた上、『個性』の反動でそれらが悪化していた。後遺症が残っていないとも限らない」
「ここに来るまでに、体の動きはあらかた確認しています。不自然な挙動もありませんでしたし、痛みが走ることもありませんでした」
轟くんにして見せたように、むん、と力こぶを作ってみせる。オールマイトはそれを見て目を逸らしながら、
「そう乙女が気軽に肌を晒すものじゃないよ……――いや待て、君『体の方は』と言っていたな」
「……ええ、まあそうですね」
「ならば……『個性』の方はどうなんだ?」
「…………」
オールマイト相手に嘘はつきたくないから、と本当のことを言わない程度に止めていた私も私だが、オールマイトも勘が鋭い。さすがはプロヒーロー、と言うべきか。
「……『個性』の制御が出来なくなっています。多分、脳無を倒す為に全力を出したのが原因です。態勢を整えようとしてあらぬ方向に体が回りましたし、地図を開こうとして見当違いの場所を映し出しました」
「それは……マズイな」
「はい。……ごめんなさい、オールマイト」
私の『個性』は様々な事が出来るが、それに伴うようにして制御する項目も増えてくる。それらの調整が出来ないということは、実質私の『個性』は使えない物として扱うしかなくなったのだ。
不甲斐なさで自然と目線が下がり、膝の上に置いた手を力強く握りしめる。
あれだけタンカを切って飛び出しておいて、ボロボロになった上にこのザマだ。オールマイトの養子に恥じない活躍を見せるどころか、彼の顔に泥を塗っているようなものだった。
奥歯を強く噛み締めるようにして堪える私に、しかしオールマイトは私の頭に手を置くと、優しく頭を撫でてくれた。
「謝ることはないさ、魔乙女少女。君が緑谷くん達を守る為に、全力を尽くした結果だ。それを誇れと言えど、責める気なんて私にはないよ」
我ながら現金なことだが、彼にそう言ってもらえるだけで心が随分と軽くなった。悔しさで淀んだ気分が、スッと晴れていくような気分になる。
「……ありがとう、ございます」
小さくお礼を言いながら、私は頭を撫でる暖かい感触を少しの間味わうことにした。
☆
授業に復帰した私を迎えたのは、クラスメイトからの質問の嵐だった。
体は大丈夫なのか、もう復帰して大丈夫なのか、あの砲撃はなんだったんだとか、その他色々な諸々を続けざまに聞かれた私は、混乱のあまり目眩を起こしそうになったほどだ。
四方八方を囲まれた状態で一気に質問されて答えられるのは、聖徳太子かそういう『個性』もちだけである。
何とか全ての質問を捌ききった私は、ため息を吐きながら席に座る。なんだか体力を凄く持っていかれたような気がした。
途中、相澤先生のフォローが無かったらもっと疲弊していたことだろう。けれど正直、こちらの疲労度を考慮した質問を、なんて言葉が彼の口から出るとは思わなかった。質問自体を止めるかと思ったけれど、みんなの心配する気持ちを汲み取ってくれたのかもしれない。
ただ、困惑する私をニヤニヤと眺めていたあたり、私が勝手に飛び出したことに対する仕返しかもしれないけれど。
授業の進み具合自体は、昨日が臨時休校だったおかげで変わりはなかった。けど、午前中の英語だけは少し進んでしまっているので、担当であるプレゼント・マイクに範囲を聞きに行かなければならない。
……あの人、声が大きいしテンション高いから少し苦手なのだけれど。まあそうも言っていられないか。
……ともあれ、今日のところは全て座学だったので良かったが、明日からはそうもいかない。特に、明日のヒーロー基礎学は救助訓練だと聞いている。先日の襲撃事件の遅れをとる為らしい。
『個性』が使えない状態では授業を受けるのに支障が出るし、何よりみんなに心配をかけることになる。オールマイトから相澤先生たちには連絡があるはずだけど、クラスメイト達への説明は私に任されている。
もちろん私としては余計な心配をかけたくないし、轟くんにあれだけの啖呵を切った手前、『個性』が使えなくなりました、では格好がつかない。
幸いにも明日は救助訓練だ。最低限、身体強化さえ使えていればある程度誤魔化せる……はず。多分。
正直な話、私は自身の『個性』についてそれほど詳しくはない。
ただ漠然と、これは出来る、これは出来ない、というのが分かる程度だ。実際それでも今まで困らなかったし、先日の襲撃事件では
『個性』の制御だって、意識し始めたのは緑谷くんの特訓が開始した頃からだ。それまでは『個性』なんて、私にとってはただただ鬱陶しいだけのものだったから。
そう考えると、こうして本格的に『個性』の制御法を考えるのは初めてだ。まあ制御法なんて、繰り返し練習するぐらいしか思い浮かばないのだけれど。
一先ず、今日は早めに帰ることにしよう。リカバリーガールへのお礼の品を用意しなければいけないし、一応病み上がりの身だ。無理をして体を壊しては意味が無いし。
☆
「……うわぁ」
そんな事を考えていたわけだが、流石にこれは予想外だった。
放課後になったとほぼ同時に、私たちのクラスの前に多くの生徒が群れを成していた。
廊下自体それなりに広がったはずだが、端まで余すことなく埋め尽くされている。とんでもない人数がいるようだ。
「うおおお……何事だあ!?」
「何事だろうねえ」
今まさに教室を出ようとしていたお茶子ちゃんが、あまりの事態に驚きの叫び声をあげた。
その隣にいた私も呑気に言ってみるが、彼ら彼女らの目的は分かっている。先日の事件、それから雄英体育祭が間近なことを考えると、
「敵情視察だろ、雑魚」
教室を出られないことに不満を漏らしていた峰田くんを一蹴して、爆豪くんが答えを言ってくれた。
まあその通りだろう。先日の
「意味ねえから退けモブ共」
「知らない人のこととりあえずモブっていうのやめよう!?」
まあ言い方はアレだが、正直爆豪くんの言っていることは正論だと思う。何でよりにもよって放課後に来るのか。帰り際に来たって顔と名前ぐらいしか分からないだろうに。
……雄英って、勉学の面でも割と難関レベルなのだけれど、どうしてこうバカっぽい人たちが多いのか。バカと天才はなんとやら、というヤツなのかな。
「どんなもんかと見に来たが、ずいぶん偉そうだな。ヒーロー科に在籍するやつはみんなこうなのかい?」
そんな風に思っていると、集団の後ろの方から男子生徒が一人、挑発とも取れることを言いながら歩み出てきた。
ツンツン頭で、目つきが悪い。爆豪くんといい勝負ではなかろうか。多分、普通科クラスの人だろう。経営科という感じじゃないし、サポート科にしては手が綺麗すぎる。
まあそんなことはともかく。
「いえ、彼が特別喧嘩腰なだけです。一緒にしないでください」
「魔乙女さん!?」「愛ちゃん!?」
「ああ!?」
「……あそう」
緑谷くんとお茶子ちゃんは私の発言に驚いているが、別に間違ったことは言っていない。
「まあ何でもいいや。……普通科とか他の科って、ヒーロー科落ちたから入ったヤツとか多いんだ。知ってた?」
「ええ、知ってます。それがどうかしましたか?」
「体育祭のリザルトによっちゃ、ヒーロー科への編入を検討してくれるんだってさ。その逆も然りらしいよ……」
へえ、それは知らなかった。まあ、将来有望と分かった生徒を野放しにしておくのも勿体ないし、妥当な判断だろう。
相澤先生風に言うなら、合理的手段というやつだ。
「敵情視察? 少なくとも俺は、油断してると足元掬われるっつー、宣戦布告をしに来たつもり」
「それはまた、大胆不敵な事で」
表面上にこやかに応じてはいるが、正直なところ呆れが強い。そんな事やってる暇があるなら、『個性』を磨くなり体を鍛えるなりすればいいのに。
というか、そろそろ解散してほしい。今日はやることが沢山あるのだ。名前も知らないような人からの宣戦布告なんて受けている暇はない。
「B組のもんだけどよぅ!」
と、これまた集団の後ろの方で、元気にジャンプしながら男子生徒が声を上げた。
「
「ああ?」
っと、しまった。思わずドスの効いた声が出てしまった。お茶子ちゃんや緑谷くんどころか、クラスメイトのほとんどがギョッとしてこちらを見ている。
私は1つ咳払いをしてから、
「何か勘違いされているようですが、私たちはあの事件の時、文字通り命をかけて戦い、先生方の助けがあったとはいえ自分たちの力だけで生き残りました。
そして同時に、それぞれがそれを糧に上を目指そうと頑張っています。……それを『調子づいている』の一言で済まされるのは、些か不愉快です」
私を侮辱するのは構わない。勝手に先走って、勝手にやられて、勝手にボロボロになったのだから。けど、先生たちの手を借りることなく、自力で生き残った緑谷くんたちを侮辱するのは許せない。
調子づいている? バカを言うな、彼ら彼女らはただ一心不乱に上を目指しているだけだ。
「……というか、そろそろ教室の前に屯するのは止めてもらっていいですか。率直に言って邪魔でしかありません」
私が一歩踏み出すと、最初に発言してきた男子生徒以外が海を割るように道を開けた。
真面目に時間が無くなってきた私は、その道を歩いていく。
「……やっべえ、さすがUSJに穴開けただけあるな」
「ああ、マジでヤバい目してた」
「絶対人殺してるよあれ……」
……聞き捨てならない言葉が聞こえた気もするが、反論する時間も惜しい。
私は少し頬を引きつらせながら、帰路を急ぐのだった。
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