魔法少女と宣戦布告
☆
「ん……」
「おや、やっと起きたかね」
梅雨ちゃんに肩を貸してもらって、出入り口付近まで避難した直後、私は気を失った。
脳無の攻撃と、それを治すために行った継ぎ接ぎの応急処置。
次に私が目を覚ましたのは、保健室のベッドの上だった。
呆れた様子のリカバリーガールに聞きたいことは山ほどあったが、一先ず、私がどれだけ寝ていたのか質問する。
窓の外は明るい。今は昼頃だろうから、半日ほどだろうか。
「3日だよ。正確には2日と半日だがね」
「みっ……!?」
病人服の襟口から胸元に鼻を突っ込み、数回鼻をひくつかせる。それほど酷くはないが、やはり年頃の少女としては気になるレベルだ。
言われてみれば頭や体なんかが少しピリつく感覚がある。誰かが体を拭いてくれてはいたのだろうが、これは私、というか年頃の少女としては死活問題であった。
「リカバリーガール、聞きたいこととか謝りたいこととか色々あるんですけど、」
「はいはい。シャワールームはその扉だよ」
「……失礼します」
ベッドの横の籠にあった制服をひっ掴み、私はそそくさとシャワールームへ向かった。
☆
シャワーを浴び、その後リカバリーガールからおおよその事件の顛末を聞いた私は、制服を身に纏い廊下を歩いていた。
オールマイトや相澤先生に目覚めた事を報告するためだ。
体調は至って快調。痛みなどはなく、気だるさもない。リカバリーガールの『個性』で体の方は完全に治してもらったようだ。
まあ、リカバリーガールには、もう来るんじゃないよ、なんて説教をされたけれど。
明日にでも菓子折を持って訪ねるべきかもしれない。2日も付きっきりで診てもらっていた謝罪をしたいし、治癒系の『個性』を持つ先達として聞きたいことも色々ある。どちらにしろ近々訪ねることになるだろう。
「……というか、何だか見られてるような」
昼休みということもあり、さっきから何人もの生徒とすれ違っているのだが、その度にヒソヒソ声で会話されたり、私の顔を見るなり逃げ出したり、敵意のようなものを向けてくる人もいた。
おかしい。こんな風に見られるようなことをした覚えはないというのに。
「わっ」
「っと」
と、釈然としない気持ちで歩いていると、角を曲がろうとした時に誰かとぶつかりそうになった。
いつもの癖で『個性』を使いながら体勢を整えようとして、
「うぇっ!?」
ぐるん、と視界が横に180度回転した。訳も分からないまま、なす術なく体の制御を失ってしまう。
傾いていく視界に、背中に伝わるであろう衝撃をこらえようと、私は目を閉じた。
「……おい、大丈夫か」
が、いつまで経っても衝撃は伝わらなかった。代わりに、背中と膝裏を支えてくれる腕の感触と、どこかで聞いたことのある声が聞こえてくる。
「えっ? ……あれ、轟くん?」
恐る恐る目を開けてみると、すぐそこに轟くんの顔があった。
どうやら彼とぶつかりそうになり、その上転びそうになったところを助けて貰ってしまったようだ。
しかし、少し体勢がまずい事になっている。
轟くんの腕が私の背中と膝裏を支え、反射的に何かを掴もうとした両手は彼の制服を掴んでいた。
俗に言う、お姫様抱っこというヤツである。
「…………え、えーっと、その、ごめんね?」
「構わねえよ。それより、もう降ろすぞ」
「あ、うん」
いつものクールな表情を崩すことなく、轟くんはそっと私を下ろしてくれた。
仮にも女子をお姫様抱っこしたというのに、この冷静な対応。よほど女の子慣れしているのだろうか。それとも単に、私に魅力がないだけなのか。
「ん、んん。ありがとうございます、轟くん。ぶつかりそうになった上に、転びそうになったのを助けてくれて」
「別に。……これで2度目だな」
「2度目、ですか?」
後者だと少し傷つくなあ、なんて思いながら、咄嗟のことで崩れていた口調を戻すために一つ咳払いをして、轟くんに頭を下げる。
轟くんはそっぽを向いて何でもないように応え、少し笑みを浮かべて続けた。
「ぶつかりそうになったの。入学初日もそうだっただろ」
「ああ、そういえばそうですね。ごめんなさい、度々」
「構わねえよ。俺も少し考え事をしてたからな」
「そうなんですか。なら、お互い様ですね?」
「ああ、お互い様だ」
2人して顔を見合わせ、くすりと笑い合う。まだ1ヶ月程度しか経っていないというのに、ずいぶん前のことのように思えた。
☆
お昼休みということもあり、中庭には談笑する生徒達の姿が多く見られた。
私は中庭の一角にあるベンチに座り、プチ退院祝いにジュースを奢ってくれるという轟くんが戻ってくるのを待っていた。
「体は大丈夫なのか?」
戻ってきた轟くんが、パックのりんごジュースを差し出して尋ねてきた。
「ええ、リカバリーガールのお陰で、この通りです」
礼を言ってから受け取った私は、むん、と左腕で力こぶを作ってみせる。
それを見た轟くんは、そうか、とだけ短く言ってから、私の隣に腰を下ろした。
「あ、そうだ。轟くん、私、廊下を歩いていただけなのにやけに注目されたんですけど、何か知っていますか?」
「……お前、それマジで言ってるのか?」
「そりゃもう大真面目ですよ。心当たりなんて一つも……いやちょびっとしか……いやいや小爪の先程度しか……」
「USJの一部を『個性』で吹き飛ばしただろ。あれがお前の仕業だって知れ渡ってるんだよ」
あれかー! いや、あれは戦闘中のことゆえ大目に見てほしいというか、あの時必死でそんな余裕無かったし、手加減したらこっちがやられていたんだし、というか修繕費とか要求されるんだろうか……!?
「……一応言っとくが、俺たちが壊した分に関してはお咎めなしだそうだ。相澤先生が言ってたから、間違いない」
「ほ、ほんとうですか?」
「ああ」
「はあー……良かった……」
大きく安堵のため息を吐く私の隣で、轟くんが苦笑する。
何だか余計な心配をしてしまったらしい自分が恥ずかしくなって、りんごジュースを吸い込んでいると、それと、と轟くんが続けた。
「2週間後、雄英体育祭がある」
「ああ、そういえばもうそんな時期ですね」
入学してまもない状況で忙しく、さらに数日とはいえ寝込んでいた身としては、あっという間に時が過ぎているように感じる。
『個性』使用禁止を貫き、規模も人口も縮小し形骸化してきたオリンピックに代わり、昨今注目を集めているのが『雄英体育祭』だ。
多くのテレビ局が視聴率の為に訪れるのはもちろん、ヒーローの卵たちを見定めようと全国からヒーローもやってくる。私たちヒーローを目指す生徒にとっては、自分をアピールする為の重要な場なのだ。
「
「だからこそ、だそうだ。例年より警備も厳重にするらしい」
なるほど。襲撃を許したからこそ、何事もなく終わらせることで警備体制の強化を示す、と。
まあ、生徒たちのチャンスの場を潰すよりは、まだマシな選択肢だと言えるだろう。
「あれ、そういえば轟くん、私に構っていていいんですか? お昼まだなんじゃ……」
「俺は先に済ませてる。それに、元よりお前に用があったからな」
「用、ですか?」
オウム返しした私に、轟くんは無言で立ち上がる。そして私の前に立ちはだかるようにして、静かな闘志を見せながら言った。
「――魔乙女。俺は雄英体育祭で、お前に勝つ」
突然の宣戦布告。
正直言って少し驚いたが、私は彼から目を逸らすことなく応えた。
「名前、初めて呼んでくれましたね」
その時の轟くんの表情といったら、普段からは考えられないほど呆気に取られていて、思わずくすりと笑ってしまうほどだった。
「……お前、ふざけてるのか。それとも冗談だとか思ってんのか?」
「いえ、何もふざけてはいませんし、言葉の意味は理解していますよ。ただ、当たり前のことをキメ顔で言われたものですから、少しイタズラしてみたくなりまして」
「それをふざけてるって言うんだよ」
「それはすいません」
一転して苛立ちを顕にした轟くんが詰め寄ってくる。私はそれに対して否定を返し、彼と同じように立ち上がった。
轟くんよりも背の低い私の視界には、彼の胸元の校章が映っている。そこから少し視線をあげると、轟くんの顔がすぐそこにあった。
「もちろん、私だって負けるつもりはありません。ですがそれは、クラスのみんなも、他の生徒達も同じです。目先の事にばかり囚われていると、足元を掬われますよ? 例えば――」
緑谷くんとかに、ね。
そう付け足すと、轟くんの目が鋭いものになった。どうやら彼もターゲットに入っているらしい。
私と緑谷くんの共通点で、轟くんが執着するようなことと言えば、
「オールマイト、ですか?」
「――――」
轟くんは応えない。しかし、彼の『個性』が感情の昂りを示すように発動し、周囲の気温が少し下がっていた。
「秘密という訳では無いですが、緑谷くんはともかく、私とオールマイトの関係は話していなかったんですけどね」
「……手型の男が言っているのを聞いた。『オールマイトの義娘』だってな」
「あー、あのド畜生ですか。次会った時はぶちこ――失礼、今のは忘れてください」
ニッコリと笑顔で言うと、轟くんは少し引き気味に頷いてくれる。
だけど、彼の言葉は『嘘ではないが本当でもない』と感じられた。死柄木が言っているのを聞いたのは間違いないだろうけれど、それより前から知っていたような感じだ。
まあ、今はいいか。いずれ、その辺のことも話してくれるだろう。
「別に轟くんの姿勢を悪く言うつもりはありませんし、深く踏み込むつもりもありません。もちろん、私も全力で応えて見せますよ」
「……そうか」
静かに言った轟くんだが、その瞳に宿る闘志は消えていない。いや、これは闘志というよりも
ところで申し訳ないのだが、轟くんに一つ言わなければいけないことがある。
「ところで轟くん」
「何だ」
「その、私たち……凄く見られてます」
恥ずかしながら、私自身、今が昼休みだということを忘れていた。
中庭で急に男女2人が密着しそうな程近くで会話し、しかも男子の方は『個性』が漏れているのだ。
これで注目されないわけがなかった。
表情を変えることなく、無言で轟くんが一歩下がる。
気まずさで視線を逸らした私は、ついでにゴミ箱にカラになったジュースを投げ入れた。
「……とりあえず、教室に戻りましょうか」
「……おう」
さっきまでの気迫はどこへやら。
恥ずかしさのあまり目を合わせるとこなく、私たち2人はそそくさと中庭を離れた。
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